いよいよ公開!ア・ゴースト・ストーリーのみどころ紹介!

ニンゲンには何故ワルモノが必要なのですか






お世話になつております。
何故、人の所為にする習慣を
持つてしまうのか、
という質問です。

ただ、解を求めています。


わたしの観察結果によると、
3歳ぐらいまでは、
人の所為にする習慣を
持つていないようです。

たとえば机に頭をぶつけて
とても痛いとき、

「机も痛かつただろうね」
と言えば、
3歳の子どもは
机さんごめんねと言つて
机をヨシヨシと撫でます。

しかし、ある年齢になると、
「机のアホタレめ」と言つて、
机を殴るようになるようです。


これは、何故なのですか。
ただ、解を求めています。



なお、お礼・補足・締め切りは
数年後になるかもしれません。


それでも
何かしゃべつてやつてもよい
という方、
何かしゃべつてください。

できれば、わたしを、
納得させてください。


よろしくお願いします。

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A 回答 (51件中1~10件)

納得させられるかはわかりませんが、


僕なりに思ったことを書いてみますね

他人所為にしてしまう原因ですね。

僕は自我意識がその原因となると考えてます。
「固定した私」と言う幻想=自我意識だと思います。

「何か現象が起こり、感覚が生まれた。」

までが客観的な事実なのでしょうが、ここに自我意識が絡んでくると。

「~が、私にこのような感覚を生じさせた。」
「~が私を不快にさせた。」
「怒らせた。貪らせた。混乱させた。」

となってきますね。

特に

怒りは「私は正しい、他は間違っている」
貪りは「私が思うのだから、こうあるべきだ。」

というとんでもない馬鹿げた考えが隠れているように思います。

本当は生まれた感覚に勝手に怒り貪り混乱しているのにもかかわらず・・・

感覚が生まれた途端にデータの捏造がなされてしまっているのですよね。。。

初期仏教ではその働きをパパンチャというみたいです。

体も心も変化消滅しているのに、「固定した私」という錯覚がある。

錯覚があるゆえに悩み憂いにさいなまれる。

錯覚を打ち破れば悩み憂いはなくなる。

その方法が八正道と呼ばれているのだと思います。



何か参考になれば幸いです。

この回答への補足

maggaさん。こんにちわ。
ご回答ありがとうございます。
お礼が、こんなに遅くなってしまい申し訳ありません。

>体も心も変化消滅しているのに、「固定した私」という錯覚がある。
:感激しました。「錯覚」ですね、「錯覚」。
一瞬か、数分か、数時間か、数週間かの、
数ヶ月かの、数年かの、
「錯覚」!!、ですね。
「錯覚」という言葉に、激しく感歎しているのですよ、

この「錯覚」という言葉なんですが、
たとえば「無自覚的曲解」とか、
「無自覚的誤解」とか「勘違い」とか、
に書き換えても差し支えないですか。


>「固定した私」と言う幻想=自我意識だと思います。
:なるほど。なるほど。なるほど。
本来、心(?)は、流動的なものであり、
感情(?)は、生まれたり消えたりする、
だから、本当は、「私は固定していない」、なのに、
「固定した私」という、「幻想」を、持ってしまう、
ということですね(「幻想」という言葉にも感歎しています)。
で、これは、「錯覚」、ということで、いいのだろうか。

しかし何故「幻想」を持たざるを得なくなって、
「錯覚」せざるを得なくなってるんだろ・・・
とか、考えてるんですよ、


>「何か現象が起こり、感覚が生まれた。」
:これは、社会の中で生きている以上、
必ず、ある、ことですね。


>ここに自我意識が絡んでくると。
「~が、私にこのような感覚を生じさせた。」
「~が私を不快にさせた。」
「怒らせた。貪らせた。混乱させた。」となってきますね。
:はい、そうなんです、だいたい同感です。

ん~・・・・。
自我意識(≒幻想とか錯覚による自分固定?)
が、いけない、ということで、いいのだろうか。

>怒りは「私は正しい、他は間違っている」
貪りは「私が思うのだから、こうあるべきだ。」
:はい、そう、なってしまうようなのですが、
これは、【他】に対する、【期待】あるいは【甘え】、
を含んでいる、と理解して、いいのだろうか。

あるいは、「>私は正しい」「>私が思う」、における、
【私】の中に【発生した感情?】を、
【他】に、【投げつけたがっている】、
【他」に、【受け取ってもらいたがっている】、
ということで、いいのだろうか。

>感覚が生まれた途端にデータの捏造がなされてしまっているのですよね。。。
:はい、そうなんです。

>初期仏教ではその働きをパパンチャというみたいです。
:仏教のことは、あまり知らないのですが、へえ・・・です。

>錯覚を打ち破れば
:ん~・・・。できるのかなあ。
一生、まちがえない、というのは、
ちょっと、難しい、ような気がしています。
(↑反抗的、のようで、すみません。)


大いに、参考に、なりました。
ありがとうございました。

補足日時:2010/06/12 17:34
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この回答へのお礼

maggaさん。こんにちわ。
ご回答ありがとうございます。
取り急ぎ、拝見しました。
お礼が、とても、遅くなります。

お礼日時:2010/06/08 13:21

 No.48です。

よき評言としてのお応えをいただきありがとうございます。

 今回でわたしのほうからは 打ち止めです。

 ▲ (パウロ:コリント人への第二の手紙  11:30)
  もし誇らねばならないのなら、わたしは自分の弱さを誇ろう。

 ☆ この方針でわたしはいましたから
 ■ >自分を究極まで許す大きな和解の力
 ☆ について分かりがたかったです。すなわち
 ★ 「耐えがたさ」のような、煩悶から、自由になりたい、
 ☆ という第一次の反応は 同じくしますが(そして 誰もにとっても同じだと思いますが) そのあと
 ★ わたしは、わたしが「耐えがたい」と感じることをゆるす、
 ☆ という――わたしから言わせれば――廻り道をすることはなかったのです。
 すなわち《何らかの外からの刺激や難儀を受けて 自由になりたい》という第一次反応のあと 一目散に《自分の弱さを誇る》態勢に入るからです。自分と和解するひまもへちまもないほどです。《自分大好き人間》なのでしょうか。
 ただ そういう意味では あまり《ワルモノつくり》はしないと思っています。
 いえ 思っていました。
 ところが 途中でニュートラルさんの評言を受けて こりゃあまづい 自分もきちんと相手に非があるのではないかと疑うこともやっていたぢゃないですか。自省のそのあと―― 一秒あと――ではあるのですが イハノヒメと同じように問題が相手にある場合もあると思うわけですから ちゃんとワルモノづくりをやらかしています。ゆえに ひゃああああっ でした。

 あとは アース役の主題としては――わたしが言いたかったことは―― ツイ関係の場合は〔一般の二角関係の場合よりも特に強く〕 互いのあいだに電磁場が出来ていると思うことです。いわゆる以心伝心があるとすれば その場のことですが。
 そうして アース役の側は 仮称《ミラー・ニューロン現象》が起きると思います。相手の思いや悩みや魂胆をアース役は――寅さんのように 聞き役になって―― みづからの身と心で受け止めている。あたかも引き受けている。鏡に映すごとく 相手の気持ちやたくらみを自分の心の中にまづは受け止めていると考えます。
 ナルシスは 自分の顔や姿を水に映したのですが アース役は自分の心の全体が鏡となってのように 相手の気持ちを映すことになる。そのことで影響を受ける。そして初めは それがどう成っているのか いったい何なのかが分からないのだと思います。やがて分かってくる。
 《あたかも鏡のようなはたらきをする神経細胞》のことだそうです。そう言えば鏡は ニュートラルでした。白雪姫の継母に対しても 鏡は正直でした。

 (ええっ? ずいぶん書いてしまいました。今回はこれで退散といたします)。
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この回答へのお礼

ぶらじゅろんぬさん。こんにちわ。
何度もありがとうございました。
とても感謝しています。

感想などです。


>もし誇らねばならないのなら、わたしは自分の弱さを誇ろう。
:なるほど。気になって、ちょっとペラペラっとしました。
(29)だれかが弱くてわたしが弱くないことがあるでしょうか。
(31)‥‥わたしが偽りを語っていないことを知っておられます。

こういうの、わたしは普段すっかり忘れてしまっています。
「わたしは裸んボだ!どぢゃ!」
と、誇ってみたいです。
しかし、どうやら「着る」「飾る」習慣を持っているようです。
ずいぶん昔から、転んでも泣いてはいけないと思っていました。
そうして、どんどん着て、飾りました。

そうして、
>廻り道をすることはなかったのです。
:このような廻り道をしているようです。
>一目散に《自分の弱さを誇る》態勢に入る
:これを、ときどき、忘れているようです。

>「自分大好き人間」
>「ナルシス」
:これ、わたしのことですが、
そのことも、ときどき、忘れているようです。


>アース役の側は 仮称《ミラー・ニューロン現象》が起きる
:なるほど。うなづきました。
ツイ関係の場合は特にミラーになりやすい、ということですね。
自分の「>思いや悩みや魂胆」ではないのに、
ということですね。
影響を受けるのも、やがて分かるのも、うなづきました。
で、「お役御免」になるのも、うなづきました。

>鏡は ニュートラルでした。
:「鏡はつらいよ」とか一瞬、言ってそうです。
まあ、一瞬なのでしょう、とは思えました。


==================
  
≪1週間ぐらい前のまとめ≫

☆無力だから
☆神のごとく真理を知ることは出来ないと思っているから
☆自分を否定するモノやコト、に出くわすという経験し
  全てを信じる(?)ことはできないから
  全てを「善(?)」だと思うことはできないから
  疑う(?)のを完全にやめるわけにはいかないから
☆そうして、自己防衛、をしなくてはならないから

___________________________________


明らかな原因や結果があるわけでもなさそうなときにも
ワルモノが生まれることがあるのは?

それは、
☆「その溢れ出る」ものを(24番様より)、とめてしまったから、
 あるいは、とめなくてはならない状況があったから、

☆「ワルモノを仮想することでその場の憤りを軽く放出」
 (19番様より)
 するという労働を、サボったから、ケチったから、
 あるいは、それができない状況だったから、

☆そうして、「出る」べきものを、大切に保管してしまい、
 あるとき、ふさわしくない場所で「出てしまったから」

================

≪さらに≫

☆ワルモノが生まれる過程で、「引力」と「斥力」が働く。
 「引力」→(渇愛)・期待・甘え、など。
 「斥力」→攻撃・否定・拒絶、など。
 どちらも、防衛本能。生命の根元的な欲望。

=================

≪さらに≫
☆正直であることにより、
 まぼろしのワルモノは減る、
 あるいは短時間で消える。


みなさま、ご回答、ありがとうございました。
質問して良かったです。

お礼日時:2010/06/21 13:33

ん~?


事の発端は「今回の曲解ブーム」?のような質問に対し質問者様が「ワルモノを仕立て上げようと」?のような回答からでは?
「ワルモノ」を仕立てているのではなく元から「ワルモノ」だったと言いたいのでしょう。
この質問とも「ワルモノ」つながりですしね。
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この回答へのお礼

れふりーさん。おはようございます。
ご回答ありがとうございます。

曲解ブームの質問は(消えていますが)覚えています。
何がどうブームなのかも分かりませんでしたが、
「曲解」という言葉にだけ、
つい反応して、なにかしゃべったような気がします。
消えていますから、わたしが何を書いたのか、
正確には覚えていませんが、

>「ワルモノを仕立て上げようと」?
:とは書かなかったことだけは確かです。

曲解→物事や相手の言動などを素直に受け取らないで、
   ねじまげて解釈すること。また、その解釈。


たしか、
☆なぜ曲解してしまうのでしょうね、
☆なぜ曲解してわざわざ悪意を拾う(探す)のでしょうね、
☆そうしてワルモノが生まれてしまうのはなぜでしょうね、

と、こんなことを書いたと思います。
まあ、たしかにワルモノつながりです。

>「ワルモノ」を仕立てているのではなく元から「ワルモノ」だったと言いたいのでしょう。
:ちょ・・・ちょっと待ってください。
わたしが回答したのは「曲解」についての質問です。

>「ワルモノ」を仕立てているのではなく元から「ワルモノ」だったと言いたいのでしょう。
:それは「曲解」ではない、と言っているのですか。
元から「ワルモノ」の人がいるのかどうか分かりませんが、
元から「ワルモノ」の人には、わたしは、あの質問では、
まるで興味を示さなかったと思います。


あの質問の、わたしの回答が誤解を与えたならお詫びします。
しかし、
>「ワルモノ」を仕立てているのではなく元から「ワルモノ」だったと言いたいのでしょう。
:この話は、わたしの質問とは関係ないように思うのですが、
どうですか。

お礼日時:2010/06/19 08:48

「ペ」ではなく「パ」だがな。

大体、利用停止中のIDと同一のIDは登録不可。
やはりあなたも「普通」ではないらしい。
とかくこのサイトで投稿する者には多い。
傍観している大多数の人間はそのことに気付いているが、ただ笑っているだけである。
あなたが特殊な人間であることはこの際どうでもいい。
あなたが悪意を感じないのならそれも止むを得ない。
しかし一般に件のような回答は悪意のある回答という。
http://sooda.jp/qa/284948
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この回答へのお礼

すみません、まちがえました。
ぽこぱろぽさん。こんばんわ。
これは、この質問の、回答なのですか。

>やはりあなたも「普通」ではないらしい。
:わたしは別に「普通」ぢゃなくていいです。
わたしが「普通」ぢゃないことで、
誰か、困ってるんですか。

>ただ笑っているだけである。
:それも、別にどうでもいいんですが、
そのことで、誰か、困ってるんですか。

>一般に件のような回答は悪意のある回答という。
:これは、誰の、意見ですか。
多数決で、決めようとしてるんですか。
多数決で、その「誰」が増えたら、
ぽこぱろぽさんは、喜ぶのですか。


申し訳ないのですが、
質問の回答ではないような気がしますから、
つまり、わたしにとって、どうでもいい話ですから、
つまり、わたしは、この話の責任を取りたくないですし、
責任を取らなくていいと思ってますし、

別の場所でしゃべってもらえませんか。
ちょっと、読むの、めんどうくさいです。

わたしは受け取りきれません。

お礼日時:2010/06/18 21:21

 No.45です。

今回はいただいた評言とわたしの考えのあいだに行き違いもあるように思いましたので つづってみます。

 ☆☆ まなざしを注ぐ側( A )と注がれる側( S ) / 女ないし一般に S 者の側が 男ないし A 者
 ☆ これはですね。あごで人を使うことができる側( A )と使われる側( S )と言えば分かりやすいでしょうか。古い考えですが いわゆる男尊女卑の風潮からいけば 女= S であり 男= A であるという設定です。
 それでも そのツイ関係のふたりの間には 以心伝心か何か分かりませんが いちいち言葉で言わなくても分かり合える部分もある。それが 共通感覚(コモンセンス)です。その中でたとえば互いに相手の意志や心をとうとぶといった了解があれば それは普遍的な内容をもった共同主観・常識(コモンセンス)です。
 
 そうしてここでは 《アース役》は イハノヒメのほうです。仁徳オホサザキが 勝手な振る舞いをしているのだからです。
 でも
 ★ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~
   >《わたしはわたしであり続けている》。わが主観そして関係としては共同主観 これらをけなげにも守っている。
 :うなづきました。磐姫皇后に、たくさん拍手します。
 (「共同主観」の理解がおぼろげですが)
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ ここがいちばん大事ぢゃないですか。ですので よかったと思っています。
 ただし その中身に わたしから見てですがズレがあるようにも思います。

 ☆☆ >《弱さ》のつらぬかれることによって 透明な弱さに変身し やがて我れに還り自己到来を果たす。その《わたしがわたしである》ことにおいて弱さは強さにまで脱皮する。
 ☆ このイハノヒメの弱さは 仁徳オホサザキなる《君が どこかの女のもとに行き 日数が長くなりぬ》ことを受けとめての 耐えがたさの感覚です。そしてその感覚をそれこそ《ニュートラル》に捉えて 言葉にもして自己や情況の分析をしている。やがてその結論を得ます。
 ▲ 88:秋の田の穂の上(へ)に霧らふ朝霞〔* この朝 霧が濃くて田んぼの穂が見えるか見えないかのごとくだ。ちょうどそのように わが夫の仁徳オホサザキよ あんたは ちゃらんぽらんだ。そう考えると〕 何処辺(いづへ)の方にわが恋ひ止まむ〔* と歌わなければならないのは おまえさんのほうではないか?〕
 ☆ という結論です。イハノヒメは 自分でありつづけている。初めに感じた弱さによって 《わたしは自分が我が恋に悩んでいる》と思ったが そうではない。問題は 夫のほうにこそある。間違いない。・・・

 じつは 古代のことですから そしてそれも――当時 天皇はまだなかったので――オホキミ(大君)は キサキやツマを何人か持つこともあったので オホサザキとてそれほど罪悪感はなかったものと思われます。じっさい イハノヒメと最後まで添い遂げます。
 ただし 人の心や思いにいろんな動きがあるのも 実際です。その中には 妥当なもの・普遍的なこともあるはずです。信頼関係というのが いちばんの共通感覚であり 人間の一般的な二角関係にとっても大事な共同主観だと思います。
 ですから 万葉集の編集者は そのような主題を扱っているのではないかと思います。ほんとうに 仁徳天皇やイハノヒメ皇后が歌ったのかどうかは分からないようです。言い伝えじたいはあったようです。
 ですから イハノヒメがこのウタの連ねにおいて みづからをすくうような結論を得たというのも 大きくは仁徳オホサザキとのきづながあったからだとも見られます。(破たんの事態そのものは かなり大きいものがあったとも思いますが)。

 あと 次の箇所が分かりません。
 ★ ~~~~~~~~~~~~~~~~
  >その弱さによってこそすくわれている。
  >これらの歌をうたって自分でも自分をすくっている。
 :これは11番様の「>自分を究極まで許す大きな和解の力」
 のようなものだろうか。
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ というのは 一言で 人間はまづ例外なく《自分がかわいい》。ので 他人の目の上におが屑が載っていてもゆるせない場合がありますが 自分の目の上に梁が掛けてあっても へいちゃらだとよく言われます。要するに自分の欠点には甘く他人のには辛い。と思いますので どういう意味あいなのか ちょっと分からない状態でいます。ひとは自分とは常にと言っていいほど和解していると思います。

 さて どうだったでしょう? そして最後の問題点についておしえていただけるとさいわいです。

 * ということは イハノヒメは初めからワルモノを求めなかった。内省において自分の生きる道を問い求めた。言い過ぎかなぁ。

この回答への補足

ic.

ありがとうございました。

補足日時:2010/06/20 20:45
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この回答へのお礼

ぶらじゅろんぬさん。こんにちわ。
たびたびありがとうございます。

おかげさまで、今回は、だいたい分かったように思います。
それにしても、わたしは、ずいぶん誤読していたようです。
イハノヒメが仁徳オホサザキをワルモノにして
文句言ってるのかと思いました。苦笑。
で、仁徳オホサザキがアース役かと思いました。苦笑。


☆(A)→(S) の設定もだいたい分かりました。
ものすごく大雑把に言うと支配者→服従者ということですね。

共通感覚の意味も、たぶん分かりました。
共同主観の意味も、だぶん分かりました。
もっとも大事なのが「信頼関係」ということですね。

イハノヒメと仁徳オホサザキの間には、これがあり、
初めは、これに傷がついた、と感じるのだけれど、
歌にすることによって、
「これ」はある、自分は「これ」を守っている、と気づく、
ということですね。

>耐えがたさの感覚
>《ニュートラル》に捉えて
:なるほど。なるほど。なるほど。
ごまかさなかった。うそをつかなかった。
耐えがたさの感覚を、正確に、自分で、抱っこした。

>言葉にもして自己や情況の分析をしている。
:なるほど。なるほど。
ニュートラルにとらえて、わたしは、わたしを、している。

>あんたは ちゃらんぽらんだ。
>おまえさんのほうではないか?
:なるほど。なるほど。うなづきました(ちょっと笑いました)。
これが、「強さに脱皮」ですね。

しかし「耐えがたさ(弱さ)」の中で、
ここまで冷静に状況を分析できるイハノヒメはすごい、

それは、
まず「絶えがたさ」を「弱い」ままニュートラルに捉えたから、
まず「弱さ」に正直だから、
まず「弱い」自分を見つめて自分の状況を把握したから、
ということで、よいのかなあ。

>問題は 夫のほうにこそある。間違いない。
:強さに脱皮してますね。自分で傷を癒やしてますね。
夫をワルモノにしてるっぽく見えなくもないですが。苦笑。

_____________________


>自分を究極まで許す大きな和解の力
:ここなんですが、
最初、11番様のご回答を、
わたしは、このように解釈したのです。

『このとき、「自分A」は、
 「ムカつく」とか「悲しい」とか「悔しい」とか「憎憎しい」とか
 そういう「発生したもの」と「戦って」いて、
 その「発生したもの」が自分Bで、
 その自分Aと自分Bとの、和解、ということでよいですか。
 そうすると、許すのは、自分Aですね。』


そして、11番様は、29番のご回答で、
次のように訂正してくださっています。

『>罪をとがめないの「許す」ではなく、聴き届けという宗教用語に似た「許す」の意味
>あなたを絶対に傷つけない、あなたを絶対におろそかにしない、あなたを絶対に善きものとおもう、あなたを絶対にたいせつにおもう、あなたから絶対に目を逸らさない、』


これを、わたしは、このように解釈しました。

「耐えがたさ」のような、煩悶から、自由になりたい、
わたしは、わたしが「耐えがたい」と感じることをゆるす、
わたしは、わたしが、弱いということを、ゆるす、
わたしは、わたしが「耐えがたい」としゃべることをゆるす、
このような弱さによって自分を救うことをゆるす。

この、わたしの解釈が合っているのかも分からないのですが、
このように、自分の「弱さ」を眺めているときは、
「>《自分がかわいい》」とは、なかなか、思えないのですよ、


しかし、
そのような状況の中で、「>《自分がかわいい》」、
と思うことができるようになるといいですよ、

と、このようなことを、29番様は、言っているのかなあ、
と思ったのでした。


>ということは イハノヒメは初めからワルモノを求めなかった。
:仁徳オホサザキのアホタレメ、
と、一瞬、言っているようにも見えますから
全くワルモノを求めなかったかは、疑問が残ってますが、
>内省において自分の生きる道を問い求めた。
:こういうことができる、というのは、うなづきました。
「信頼関係」「きづな」があるから、というのも、うなづきました。


「関係」の中に「信頼」「きづな」がある、と
「分かる(信じる?)」ことができたら、
「ワルモノ作り」「偽悪」は、減るのかなあ、とも思いました。


ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2010/06/20 16:38

>質問者によってワルモノにされてるっぽい、


ワルモノは被害者にワルモノにされているのではなく最初からワルモノ。
生まれたときからという意味ではなく質問をしたときには既にワルモノであった。
例)
「 never ness Jr 」という名前の無礼で愚かな予備校の英語講師がいたとする。
そいつが「なんとなく誰でもいいから人を殺してみたい」と思い
neutral様の息子さんを殺したとする。
neutral様が「 never ness Jr 」をワルモノ扱いしたとき
周りの人たちに「never ness Jr をワルモノにした」や「 never ness Jr がワルモノにされた」
と言われたらどう感じますか?
あなたが言っているのはそういうことです。
この場合「 never ness Jr 」は紛れも無くワルモノです。

この回答への補足

この例を、ちゃんと想像しました。(怖すぎます。)
この例は、たぶん不適切だと思います。
この例は、あの回答から離れすぎています。

わたしは、あの回答者を知りませんから、
あの回答について、のみ、しか、話せません。

以下、放棄させてもらいます。
わたしにとって、必要なことぢゃないからです。

補足日時:2010/06/18 22:10
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この回答へのお礼

ぽこぺろぽさん。こんにちわ。
お久しぶりでございます。
ご回答ありがとうございます。


>質問者によってワルモノにされてるっぽい
>最初からワルモノ
:ん?この回答者さんは、回答をする時点で、
>「なんとなく誰でもいいから人を殺してみたい」
という感覚で回答している、と言っているのですか。

>最初からワルモノ
:わたしはこの回答者さん知らないんですが、
ん~、そうなのかなあ。

>「なんとなく誰でもいいから人を殺してみたい」と思い
neutral様の息子さんを殺したとする。
:この場合は紛れもなく本物のワルモノですね。
本当に「悪いこと」してますね。
わたしの手足が砕けるまで殴って蹴ると思います。

>周りの人たちに「never ness Jr をワルモノにした」や「 never ness Jr がワルモノにされた」
と言われたらどう感じますか?
:この場合、本物の「悪いこと」してますから、
そんなこと言う人は誰もいないと思いますが、
もし、言われたら、周りの人も、殴って蹴ると思います。

>あなたが言っているのはそういうことです。
:ん~。そうなのかなあ。同じかなあ。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2010/06/18 13:18

>ここでは、2番と3番の回答者が、


>質問者によってワルモノにされてるっぽい、
>ということです。
その回答から悪意を感じないのか?

この回答への補足

わたしなら、
もう少し甘ったるくしゃべると思います。
無駄にワルモノになるのは
めんどうくさいですから。

補足日時:2010/06/18 21:54
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この回答へのお礼

ななしさん。こんにちわ。
入会とか退会とか、お疲れ様です。

ここには、わたしの感想を書くのですか。
「>その回答」に対する感想を書くのですか。
読むのがめんどうなので
最初に見たときの感想でいいですか。
なるべく質問者の立場になってみます。

☆しゃべり方が、こわいです。
 始めに辛口だと言われても縮み上がります。
☆質問者の、よろしくないところを、
 毒っぽい言葉で指摘しています。
 毒っぽすぎて指摘しすぎかもしれません。
 毒を投げすぎているかもしれません。
 毒を受け取らせすぎているかもしれません。
☆わりと律儀に思ったこと書いてると思います。
☆質問者がどうしたらいいか、
 親切に指導しています。
 それは質問者が求めているものだと思います。
☆悪意は感じません。
 毒が出すぎてしまったのだと思います。
☆厳しい優しさを感じます。
☆だけど親子ぢゃないのに距離が近すぎると思います。

これで、いいのだろうか。

お礼日時:2010/06/18 13:33

何が起きているのか誰がコラシメて いるのか わからないんです。



ナナシの世界だから 徹底的に疑うんです。

ナイーブだから じゃないんです。

 助けてみんな! 聞いて! でショー そうよネー と言う人は悪者を みんなにも こさえてほしいのです。

自分だけで こさえる自信が ない。

♪ ネーバーー エンディング ストーリーー ♪  (笑)

http://okwave.jp/qa/q5613567.html
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この回答へのお礼

ななしさん。おはようございます。
ご回答ありがとうございます。

>何が起きているのか誰がコラシメて いるのか わからないんです。
:はい、まるでわかりません。
これは、わたしにとって、あまり問題ではないので、
わかるのを、放棄します。

>ナナシの世界だから 徹底的に疑うんです。
:「疑う」に使う労力がないので、これも放棄します。
めんどうくさいです。

>ナイーブだから じゃないんです。
:すみません、理解不能でした。


>助けてみんな! 聞いて! でショー そうよネー と言う人は悪者を みんなにも こさえてほしいのです。
:それはどうかなあ。

「>と言う人」は、
☆わたしはワルモノを、こさえました、
☆わたしがこさえたワルモノを見てちょうだい、
☆わたしがワルモノをこさえることを
 認めてちょうだい許してちょうだい、
☆あー見てくれてありがとう
☆おかげでわたしがこさえたワルモノは死にました
と、こうなってほしいのぢゃないかなあ。
だから「>こさえてほしい」わけではないと思うなあ。
(こさえるのも、めんどうくさいから放棄したいんですが、
 これは、ちょっと無理みたいです。)

>自分だけで こさえる自信が ない。
:みんな、自分だけで、こさえてる、と思うんだけど、
自分でこさえたモノを、「>自分だけで」殺す、
のはなかなか難しいなあと思います。
でも殺すのはやっぱり自分なんだろうなあと思います。

>♪ ネーバーー エンディング ストーリーー ♪  (笑)
:たぶん、「>ネーバーー」ぢゃないと思います。



http://okwave.jp/qa/q5613567.html
これ、見たんですが、これの前の状況はわかりません。

>私は圧倒的にN氏が悪いと思いますが間違っていますか?
:わかりません。

>N氏:やれやれ、説明下手やな。w
:これ、Nの感想。
>U氏:人に道を尋ねておいて無礼ですね。
:これも、Uの感想。
>N氏:あなたのようなナイーブな方は答えるべきではなかった。
:これ、Nの「ワルモノ作り」。
>U氏:謝罪してください。
:これ、ワルモノにされたUが「ワルモノはお前」と言ってる。
以下、無駄な誹謗中傷とか報復とか挑発とか。
あ、そうか、その、きっかけは、N、のようですね。

無駄な誹謗中傷とか報復とか挑発とか、そういうのは、
わりと疲れると思うんですが、いやめんどうくさいんですが、
なんでわざわざ疲れたがるんでしょうねえ・・・。


あ、もしかして、
>N氏:あなたのようなナイーブな方は答えるべきではなかった。
:このように決定したがるから、というのが、
この質問の、解、ですか。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2010/06/16 10:35

 No.40から続きます。



 茶の木畠に入ったと言いつつも しっかりしておられるので・つまりその迷路の見取り図もあるにはあるがとおっしゃっているようにも思えるので――と言いながら わたしは何か見落としがあるだろうか?と 絶えず考え続けているのですが―― ともかくもこれまでに自分で明確だと思った部分について あらためて述べてみたいと思います。
 それは 次のご指摘に対応しているかと思います。
 ★ ~~~~~~~~~~~~~~~~
 「ワルモノ」=「悪いもの」、とは限らない、というのが、
 とても大事なこと、のような気がしてきている。

 このときに、「引力」なのか?
 攻撃する対象への「引力」なのか?
 で、それは甘える対象だったりするのか?
 と、思って、ますます分からなくなったのです。
 で、41番様は、「斥力」で「引力」だ、と言っています。
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ そして さらには《アース役》という主題にかかわることのように考える事例です。

 ▲ (万葉集 二・85-89) ~~~~~~~~~
 磐姫皇后(いはのひめのおほきさき) 〔仁徳〕天皇を思(しの)ひたてまつる御作歌(みうた) 四首

 85:君が行き日(け)長くなりぬ 山たづね迎へか行かむ 待ちにか待たむ

 86:かくばかり恋ひつつあらずは〔* 恋い慕っていないで〕 高山の磐根(いはね)し枕(ま)きて死なましものを

 87:ありつつも君をば待たむ 打ち靡くわが黒髪に霜の置くまでに

 88:秋の田の穂の上(へ)に霧らふ朝霞 何処辺(いづへ)の方にわが恋ひ止まむ
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ ここは 男女のツイ関係としての或る種の《スサノヲ( S )- アマテラス( A )》連関です。或る種のという意味は ここではすでに両者とも アマテラス公民圏の住民ですが それでもまなざしを注ぐ側( A )と注がれる側( S )といった連関があると思うからです。たぶん 引力と斥力のふたつがあると思われます。

 初めから結論めいたことを言いますが 女ないし一般に S 者の側が 男ないし A 者に対して その《 S - A 》連関関係の破綻をより一層つよく感じ取る。浮気か何か分かりませんが 破たんもあり得る。
 互いに結ばれた共同主観(または 共通感覚)に傷がついたと感じ取ると 女はより早くその内面へ向き返られる。――すなわち いっそのこと《死なましものを》と口走るまでに。
 と同時に そのように もし弱いということであれば その弱さによってこそすくわれている。かも知れない。これらの歌をうたって自分でも自分をすくっている。《打ち靡くわが黒髪に霜の置くまでに》というのは 実際そこまでの長いときが経っているのか 単に想像裡においてのことなのか たぶん後者だと思いますが その弱さをきちんと見つめて歩んでいるようです。

 あるいは その《うたの構造》と言うべきものを解き明かしていこうとしているようです。
 たぶん 単純に言って 《弱さ》のつらぬかれることによって 透明な弱さに変身し やがて我れに還り自己到来を果たす。その《わたしがわたしである》ことにおいて弱さは強さにまで脱皮する。

 なぜならば
 ▲ 88:秋の田の穂の上(へ)に霧らふ朝霞〔* くらげの如くうなぎの如く何とも正体の分からぬまま鉄砲玉のごとく出て行ったきり 言葉のやり取りを欠かし続けるのっぺらぼうのもやもや史観の持ち主である仁徳オホサザキよ〕 何処辺(いづへ)の方にわが恋ひ止まむ〔* と歌わなければならないのは おまえさんのほうではないか?〕
 ☆ という答えを見出しているからです。むろん歌は 自分の恋のことを言っているのですが 《うたの構造》としては――それが 《 S ‐ A 》連関というクオークか何か知りませんがの磁場であると見ようとしているのですが―― あくまで《関係》の問題であると知られるからです。ツイ関係に磁場をもつくるかのような感覚としてのクオリアを明確に捉えてみると 何のことはない 《わたしはわたしであり続けている》。わが主観そして関係としては共同主観 これらをけなげにも守っている。それぢゃきに うんとかすんとか言ってみろ 仁徳のやろう!! と言い得る。

 という以上のような部分については 整理整頓がきちんと行き届いているとは思うんですが 果たして どうでしょうか?
 
 * ワルモノは 仁徳オホサザキという存在ではなくて その行ないや思想なのでしょう。と気づくまでは 人はたどり着くものと思います。どこまでも自分が自分であることが 人に対する慈悲であるのかも知れません。

この回答への補足

ぶらじゅろんぬさん。こんばんわ。
48番、拝見しました。

わたしはずいぶん誤読しているようですね。
説明してくださってありがとうございます。
直してくださってありがとうございます。

例によって、反応は遅いです。
言い訳ですが、日常の雑事とか、いろいろに、
ちょっと疲れてます。
反応、遅くなります。

補足日時:2010/06/18 21:52
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この回答へのお礼

ぶらじゅろんぬさん。こんにちわ。
たびたび、ありがとうございます。

これは、ツイ関係のことを話しているのですか。
すべての「関係」に、当てはまることですか。

万葉集の磐姫皇后の歌、
なんか、すごい勢いでぶっつけてますねえ。
弱りきって、
「あいつのせいで」「悲しい淋しい苦しい辛い」と言ってるけど、
その、ぶっつけ方の勢いがすごい。

あ、ちょっとすみません、
歌の、状況とか背景とか、いろいろ分かりません。
これは仁徳天皇に届くものとして歌われてるんですか。
つまり「アース役」は、ちゃんと仁徳天皇なのですか。
それとも日記みたく独り言として歌われてるんですか。
つまり「アース役」不在ですか。
皇后ってことは、
仁徳天皇は「すっかり他人になった」のではなくて、
仁徳天皇の「無視(?)」を悲しんでるんですよね、
で、アホタレめ、って言ってる、ということでいいですか。


>まなざしを注ぐ側( A )と注がれる側( S )
:すみません、ちょっと分かりません。
>女ないし一般に S 者の側が 男ないし A 者
:すみません、これもちょっと分かりませんが、
このような前提であるとして、それ以降を読みます。

>その《 S - A 》連関関係の破綻をより一層つよく感じ取る。
:そう、のような気がします。なんでだろ。

あと、すみません、共同主観・共通感覚の意味も
あまり分かっていないかもしれません。
必ず通じ合うことができる共有通路のようなものですか。
双方が納得しているもの、のようなものですか。

>女はより早くその内面へ向き返られる。
:これも、そう、のような気がします。なんでだろ。


>その弱さによってこそすくわれている。
>これらの歌をうたって自分でも自分をすくっている。
:これは11番様の「>自分を究極まで許す大きな和解の力」
のようなものだろうか。


>《弱さ》のつらぬかれることによって 透明な弱さに変身し やがて我れに還り自己到来を果たす。その《わたしがわたしである》ことにおいて弱さは強さにまで脱皮する。

:弱い→ワルモノを作って自己防衛をする・悪態をつく・毒を吐く、
たぶん、これ↑、弱い人の、失敗・まちがい、
だけど、それを知っていて、そうしているか、
知らずにそうしていたとしても、そのうち知る、
まあ、そうしてる自分も自分で、「わたしがわたしである」、

と、このように理解してよいですか。ズレてますか。


>* と歌わなければならないのは おまえさんのほうではないか?〕
 ☆ という答えを見出しているからです。
:すみません、ここ、まるで分からんのです。
>あくまで《関係》の問題であると知られるからです。
:これもよく分かりません。

>《わたしはわたしであり続けている》。わが主観そして関係としては共同主観 これらをけなげにも守っている。
:うなづきました。磐姫皇后に、たくさん拍手します。
(「共同主観」の理解がおぼろげですが)


>整理整頓がきちんと行き届いているとは思うんですが 果たして どうでしょうか?
:ん~。散らかってますが・・・。

>ワルモノは 仁徳オホサザキという存在ではなくて その行ないや思想なのでしょう。と気づくまでは 人はたどり着くものと思います。
:はい、わたしも、そう、思います。
>どこまでも自分が自分であることが 人に対する慈悲であるのかも知れません。
:はい、わたしも、そう、思います。
みんなが「>どこまでも自分が自分である」。


すみません、ところどころ理解不能でした。
ぶらじゅろんぬさんが、最も強調したいところが、
理解できていないかもしれません。

ご回答ありがとうございます。

お礼日時:2010/06/18 14:43

この回答への補足

ななしになってる○○さん。こんばんわ。

そこ、全部、読みました。
わたしは、「2ちゃんねる」は知らないんだけど、

とりあえず、どんな質問なのか、とか、
どんな回答なのか、とかは、分かりました。

それで、ですね、しかし、ですね、
これが、わたしの質問と、どう繋がっているのか、
わたしは、何を拾ったらいいのか、分からんです。

分からんのですが、わたしに分かったことは、
(感想として、ですが、)
ここでは、2番と3番の回答者が、
質問者によってワルモノにされてるっぽい、
ということです。


わたしに、分かったのは、それだけです。
ちょっと、お手上げです。

補足日時:2010/06/15 22:46
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この回答へのお礼

garconさん。ありがとうございます。

読むのが、あさってぐらいになると思います。
しかも、読むのが遅いので、
反応がとても遅くなると思います。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2010/06/14 17:02
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