「わが国において必要不可欠な教育の原理とはどのようなものが考えられるか?」という問いに答えるとっかかりがサッパリわかりません。

教育の原理って、具体的には一体どんなものがあるのでしょうか?「原理」自体の意味は「多くの人がそれに従うことが求められる、基本的な考え方」ということですが。

1つでいいので、例を挙げてもらえないでしょうか?

A 回答 (7件)

「わが国において必要不可欠な教育の原理とはどのようなものが考えられるか?」という問いには、私なら「自己責任のリスクを背負うことを是認して自由に発言し行動するやり方を学んで自立した人生を歩む方向性」だと答えたいと思います。

私も含めて、大人の世代の多くがそうした生き方を実践できていないので、子供たちには違った生き方をしてほしいと思っています。具体的な方法としては、障害者に接する、動物と触れ合うなどで様々なコミュニケーションの難しさを知り、心と心で接する経験を積めば、少しは前述したことを実践する心を養うことができると考えています。私自身、盲導犬協会を見学させて頂いてから、少しだけそうしたものの考え方をするようになりました。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

具体的な方策まで言及していただいて、大変参考になります。

お礼日時:2003/07/21 21:36

私見なのですが私の経験則では


◆「多くの人がそれに従うことが求められる、基本的な考え方」とは?
信じて記憶することではなく、自分で検証して確からしさ(真実)を得る術を学ぶこと
◆「児童・生徒の自立を支援する」とは?
自分が歩いている道を知って自覚すること、自分を導く道を得て迷うこと

でも最近の男の子は安易に他人の回答を求めて論評する人ばっかりです
戦後教育の現場は宗教なんて麻薬だというわけで唯物史観、社会的科学主義が横行していましたから「あなたの教育現場以外」で教えている旧来の知識(人類の知恵)にも興味をもてれば良いのではないでしょうか、余計な話でごめんなさい。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

余計だなんてとんでもないです。大いに参考になりました。

お礼日時:2003/07/21 21:31

#2です。



学校教育が健全にかつ適切に機能するために必要不可欠なというのなら、なおさらです。

あまりにも政治的プロパガンダに毒されていて反日的内容の教育は酷いものですからね。日教組などの影響を廃し、はやく日本の教育もまともになって欲しいものです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

お礼日時:2003/07/21 21:29

1つしかありません。



「児童・生徒の自立を支援する」です。
文部科学省が「生きる力を育てる」と謳っている以上、これ以外にないでしょう。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

すごく明確に示していただいてありがたいです。なんとなくわかってきたような気がします。

お礼日時:2003/07/12 23:24

現在の我国の公教育制度に内在する問題を解決の処方箋としての教育原理の模索ですよね。


 まず、近代民主主義国家における公教育制度は、子どもを、人格的に自律した理性的な人間へと育てることがひとつの原理になっているかと思います。
 また、我国の教育原理を考察するのであれば、過去には、戦前の「教育勅語」が原理であったのではないでしょうか。教育勅語については、批判の対象となるものでしょうが、最近では復活させたいと望む人も多いようですね。
 
 原理的な問題からは離れてしまうかもしれませんが、教育方法論のひとつとして、ルドルフ・シュタイナーの教育学はどうでしょうか。彼の教育方法には賛否両論ありますが、日本の教育原理に示唆的なものがあるかもしれません。

参考URL:http://www.steiner-schule.or.jp/
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

すごく参考になりました。さっそくそのあたりから調べてみたいと思います。

お礼日時:2003/07/12 23:21

「わが国において」というものが果たしてあるのでしょうか。

それは国外であるとか、日本人以外には適用できないということですよね。

きっと日教組や全教組の偏向教育の影響を徹底して排除しないと、まともな教育ができないということですね。どうも、それしか考えられません。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

質問が言葉不足でした。「わが国において、学校教育が健全にかつ適切に機能するために必要不可欠な…」という部分を省略していました。すみません。

fey_pipiさんと同様に、明確に示してもらえるとありがたいです。

お礼日時:2003/07/12 10:33

こんにちは。

私はおそらく時代背景が大きく関わっているのだと思います。
教育の必要性が強く求められるようになったのは、幕末あたりで、その当時は字を読み書きできない人間がたくさんいました。でもそれでは集団生活を送る上で非常に困ることです。教育が必要とされた、いきさつはそれだったと思います。
で、現在の学校の立場は、一昔前までは「いい会社の就職の為」でした。社会的な図式は「いい会社」に就職するために「いい学校」に入学し、「いい学校」に入学するために、親が家庭で英才教育をする。今は会社としても雇用が安定しないので、その図式が壊れてしまっている。今は過渡期だと思います。
教育は、将来働いたり大人になって困らないようにするための準備期間だと、振り返ってみてそう思うのです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
ただ、結局、fey_pipiさんが考える教育の原理というのは、この回答の中のどこにあたるのでしょうか?できれば、「私の考える教育の原理はこれ」というのを明確にしてもらえるとありがたいです。

お礼日時:2003/07/12 10:26

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