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戦の戦術について                     
時代は古代から中世までの設定でまさに乱世 日本で言うと南北朝か戦国時代、中国でたとえると春秋戦国時代や三国志のような争いが絶えない時代であったとします
自国は敵国と互角に渡り合えるほどの国力を持っていましたが大戦で敗北を喫し領土の大半を無くし君主はやっとのことで一城に逃げ込みましたが大敗したため味方は四散し城内にいる兵力は3000ほどしかいません 
そこに敵国の君主自らが2~3万ほどの軍を率いて攻めてきました
籠城することにしましたが城の防御力はそれほど高くなくあと何日持つかわかりません
自軍の四散した兵力や援軍が来るのにもまだ時間がかかりそうです
大して防御力もない城での籠城をあきらめ奇策を用い戦うのか
敵に落とされにくい守備の戦術を用い援軍を待つのか
敵国の君主は冷酷かつ欲深い性格で信長や曹操のような人で実力はあります
自国の君主は敵国の君主に実力は及びませんが求心力 人望があり自軍にはまだ忠誠心も結束力も人望もあります
みなさんならどうしますか
どう戦いますか
地形はあとでお絵かき機能みたいなので書きます
赤が敵兵で君主がいるのは小山の上です
自軍はみんな城の中にいます
自軍の城はあまり堅固ではありません

「戦の戦術について            」の質問画像

A 回答 (3件)

歴史上の戦例から似た状況を探してみると、賤ヶ岳の戦いに敗れて北ノ庄城に逃れた柴田勝家に酷似しています。


残念ながら状況は全く絶望的だと思います。

>時代は古代から中世までの設定でまさに乱世 日本で言うと南北朝か戦国時代、中国でたとえると春秋戦国時代や三国志のような争いが絶えない時代であったとします


質問者様が想定されている時代は内応や寝返りが正に日常茶飯事であり、史実を見ても、ことに大きな戦いで敗れた側は味方(長年の同盟者や譜代の家臣)が一斉に寝返るということが珍しくありません。質問者様が想定されている状況では、まず間違いなく篭城した城主は各地に援軍の督促をするでしょうが、各地の味方は敵方の調略に応じるか、あるいは質問者様の言われる”城の防御力はそれほど高くなくあと何日持つかわかりません”という状況を見て様子見を決め込むと思います。

援軍は期待できない。兵力差は絶望的。城主は最終的に柴田勝家のように自決するか、あるいはごく少数の供回りを連れて逃亡するか、もしくは自らの命と引き換えに城兵の助命を嘆願する、といった運命を迎えると思います。
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逃げますね。

三十六計逃げるにしかず、です。そもそも相手が曹操、信長クラスなら敵うはずがありません。相手は歴史に名を残す名将です。
長篠合戦のときの織田軍と武田軍の兵力差がおよそ3:1です。一般的に、兵力差が3:1になると兵数が少ない方が勝つチャンスがほとんどなくなります。長篠合戦の武田勝頼は、決して愚将ではなく、実に優れた野戦指揮官でした。それでも戦力差はいかんともしがたいのです。それが十倍ではね。

あともうひとつ。そもそもその前の戦いで敗北を喫していますよね。その時点でアウトです。人間の士気というのは一度崩壊すると立て直すのは非常に困難なのです。例えば、ケンカをして負けてボコボコに殴られた直後にまた別の奴とケンカしてやろうという気にはならないですよね。
負けている側が立て直すのはそんなに簡単なことではないのですよ。日本の経済がなかなか上向かないのもそういうことであります。

この回答への補足

なるほど
じゃあですね
敵将の実力は同じくらいの時
の籠城の仕方 奇策などを教えてください

補足日時:2010/06/28 16:25
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私が軍師なら奇策ではありませんが


まず敵の侵攻を予測し、裏山から迂回して敵の領地に入れる
間道を用意しておきます。
敵の大軍が進発したら、籠城すると見せかけ、守りの得意な兵を
主体に千人ほどを城に残し、三、四日持ちこたえさせる。
攻めに強い二千人を大将が率い、間道伝い敵の領地に向かう。
夜忍びこませた乱波(忍び)を使い、敵の城下町に放火させる。
二、三箇所成功すれば良い。   夜間なので目立ち大騒ぎになる。
その間手薄になった国境を越え易々侵入する。
翌日動揺している敵の留守兵と戦いながら、家々に放火し、
城下町を火の海にする。   仮に留守兵が多い場合でも、煙でこちらの
兵力が掴めず過大評価し、本隊に早馬を出すとともに、城に籠もり
守りを固めるだろう。
留守兵が少なく城を落とし、人質を取れれば最高だが、
そんな期待はしない。
夜には撤兵し間道伝いに戻る。  二日位かかり戻ると敵の我が城攻めは
三日目になるが、早馬の伝令で、城の抑えに少し兵を残し
敵の撤退は始まっている。
本隊の撤退を見届け、抑えの兵を背後から攻める。  城内からも
出撃して、敵の残存兵は敗れ、本隊のあとを追い敗走する。
追撃してしんがり兵に追いつき討ち取る。
取った首数は少なく、少勝だが大小の問題でなく勝ったという事が大きい。

四散していた家臣は戻り、日和見の豪族は味方になる。
敵の方は、攻めにこだわり、守りをおろそかにして、領民に大損害を
与えたことで、その処理に追われる事になる。
その間のこちらは力を蓄える。

このような例はたしか有った筈で、実際に厳島や桶狭間は
もっと劇的です。

この回答への補足

ありがとうございます
参考になりました

補足日時:2010/06/28 16:27
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