痔になりやすい生活習慣とは?

仕事…働くとはなんでしょう

現在うつで療養中の一人暮らし28才、無職です。
生活は傷病手当てでなんとかギリギリやっています。
うつ状態の最悪期はなんとか抜けて、そろそろ仕事をしなければと考えています。

そこで本題なのですが、自分は高卒で母子家庭で裕福でなかったので、お金の為…見つかった仕事をやり→身体を壊して、転職を繰り返し気がつけば正社員から派遣社員、うつ状態と派遣切りが重なって今に至ります。

医師からは『仕事をやらなきゃいけないものと考えてるうちは、長続きしない。やりたい事を仕事にしなさい。』と言われました。
ですが、改めて考えるとこの年になると現実ばかりみて何を仕事にしたいのか純粋にわからなくなりました。
医師曰わく、仕事を長く続けて忙しそうな人は『何かしら好きがある』といいます。
身近な人に聞けば確かに経理をやってる人は簿記が好きだから…とか、好きなことをやっているようです。
皆さんも仕事はつらくても好きなところがあるのでしょうか?

自分としては仕事に対する考え方が変われば、うつは完全治癒すると思っています。
逆に言えば仕事に対する考えが変わらないまま働けば再発すると思っています。
なので、皆さんの『仕事・働くということ』をお聞きしたいと思い、質問させて頂きました。

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A 回答 (11件中1~10件)

傍(はた)を楽にさせてあげること・・・ですかね。



周りを思い遣る行為!すべてをワタシは指します。。。


・目線を投げ掛けて“励ます”
・手を差し伸べて“力添え”する
・気持ちのいい“返事”で応える
・笑顔をつくって“笑いかける”
・肩に手を回して“トントンと叩く”
・思い遣りの在る“愛の在る言葉”を話す
・分かりにくいだろう事柄を“シンプルに伝える”


このような行為をヒトが行なうと、その行いに関し動くのが
“神さまの計らい”である【お金】。ヒトの流れが生まれた
処に【お金】が動く・・・ということ。


この地球という星では
・ジブンの食い扶持をジブンで稼ぐ
・周りから喜ばれる存在になること
が宿命として存在するようです。出来ることをする、(上記の様な事を)最大限する
だけで、魅力がつくし“ヒトから支えられる”様になります。ご安心ください♪

☆オススメ本 道は開ける(斎藤ひとり 著)を読まれてみてくださいネ


仕事には呼ばれる。職場には呼ばれる。呼ばれた職場で奉仕のつもり(奉仕
と思っていても経営者はお金をくれる)で傍を楽にするため、喜ばれるため
に動く・・・好きなことをやっている!と言われている様ですが、やっている
うちにスキになるものと言い換えておきましょう。楽しい仕事は皆無でも、
楽しみが見つけられる(2例)

<例(1)>
●ひとりの石屋が石をを切っている
●もうひとりの石屋も石を切っている
二人に質問したら、一人目はこう言う【あぁ、石を切っているヨ、見りゃ分かるだろ!】
二人目にも聞いて見た、彼はこう答えた【そうだよ、この石があの大聖堂の土台になるんだ!
そう思うと楽しくてしかたないヨ、君もやってみるかい!?】

<例(2)>
同じ行為でも、単に電球磨きをしていた一人の従業員に語った松下幸之助の様に
リーダーがモチベイトする例も。
●君は単に電球を磨いているだけと思っているようだね。それはそのとおりだ・・・だけど
よく考えて欲しい、この電球がつく真っ暗な部屋に住む誰かさんの心にも明かりを灯す事を・・・

考え方(波動)が大事だと分かってらっしゃる貴方なら大丈夫。仕事というより
生き方(在り方)を顕すといっても過言でないので[ご自身のいま]を先ず大事に
していきましょう。どんな仕事(家事と呼ばれるものでも)にも貴賎がなく、誰かを
支え支えあう素晴らしいものです。

一キャリアカウンセラーのつぶやきになってしまいました・・・何か伝わるエッセンスが
あれば嬉しいなぁ(^^ゞお元気で!!
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私の場合は、


仕事と言うものは「自分の生き方」です。

本来私はカッコつける?タイプの人間なんでしょうが、
私は仕事を「自分の生き方」を具現化するものとして
なんとかかんとか頑張っております。

例えば、私は妻子供がいるのですが
口先だけでは家族を養えません。
やっぱり辛くとも大変であろうとも仕事に取り組めばこそ
収入を得ることができ家族を養えるのでしょうし、
それが男として旦那父親として責任を果たしたことになるのでしょう。

もちろんその他、社会に対しても他人に対しても
言いたいことや文句など様々ありますが、
でも仕事もロクに出来ずに口先だけで文句ばかり言っていても
それは自分の生き方としては不本意ですし、
そういう意味で自分が取り組むべきこと=仕事だけは
何をおいてもきちんと遂行する気持ちで
日々なんとか仕事に向かっております。

嫌なんですよね、仕事もロクに出来ないのに
他方でああだこうだばかり言う人って。

古い考え方かもしれませんが
男はやるべき仕事をキチッとしてなんぼ、という考え方が
私の中からは抜け切れません(私は30代後半です)。

そういう意味では
私はある意味ただのカッコつけです。

でも自分の生き方には誇りを持っていたいです。
仕事をすることはそれを愚直に現してくれるものと位置づけます。

他の方の回答も見ずに書きましたが
私にとっての仕事の位置づけはこんなところです。
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うーん、そうですね…水をさすようですが「好きなことを仕事にする」としても、その「好き」なことを行っていく、もしくは達成していくためには「嫌いなこと」をしなきゃいけないのは当たり前と言って良いと思います。


ただ嫌いなことを黙々とやるのは、意味が自分の中で持てないから、尚更のこと苦しくなってくるわけです。
理由が見つからないわけですからね。

でもそれは逆に考えれば「嫌なことでも楽しく前向きにやれば」意義は発生するし、自然面白くなり、好きになる、ということでもあります。
今は状態が状態ですから、嫌なことをコツコツするのは辛いでしょう。
自分の中で「楽しくやれば楽しい」ということを実践できないな、と感じているなら、私は「好き」よりも「楽」を優先して欲しいと思います。
自分の気持に大きな乱れが起きないような仕事を探して欲しい。
そのほうが心も癒えると思うのですが。
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仕事と賃金を別に考えるなら・・・


仕事は何でもいいと思います。
つまるところ、直接にしろ間接にしろ、誰かの役に立つ何かを提供することが仕事だからです。
私が、もし仕事が嫌いだったとして、それでも辞めない理由があるなら、人のために生きない人生が嫌だからに他なりません。
同じ空の下で生活する見知らぬ誰かの役に立ち、たとえささやかな幸せでも与えることができたらと思うからです。
逆に、どんなに仕事が好きでも、人のために何の役にも立たなかったなら、その仕事をやる意味が失われます。(もっとも、通常の仕事で、そんな仕事があるとは思えませんが・・・)
人が一本の苗を植える間に自分は三本植える・・・それが人のために生きることだと思います。
人は人のために生きることが、自分の幸せでもあるのです。それが仕事を通じて実現されるのです。
なので、私の仕事に関する基本的考えは、仕事のための仕事をするつもりはありませんし、ましてお給料をもらうために仕事をするのでもありません。報酬は、結果的なものであって、感謝して受け取ります。
人のために生きる仕事ができることが、まず感謝なのです。「へえ~、その上、お給料までもらえるんですか?メチャ嬉しいです!」こんな感じですね。
しかし、夫婦や家族を養う立場では、少し違ってくるかもしれません。
先ほど人のために仕事すると言いましたが、家族は、同じ屋根の下に住む者であって、その人達を度外視するわけにはいかなくなるからです。
この場合は、身近な人を幸せにしつつ、他の誰かの幸せにも役立つ仕事ということになりますね。
ここに至っては、賃金が無関係ではなくなるのです。
問題は、今の社会にある賃金バランスです。頭脳労働と肉体労働のバランスが取れていないと思われます。
私が考えているのは、従来の職種の賃金相場にメスを入れることです。
たとえば、介護の現場からよく聞かれる声は、かなり大変な仕事なのに、平然と賃金が安いのです。
直接に生の人間を救う仕事であるにも関わらず、はたしてそのようなことでいいのかどうかです。
そこで私は、今から作ろうとしているのは、あらゆる職種の等価性です。
今まで、漠然とまかり通ってきた賃金の高低に疑問を投げかけ、バランスが取れるような指標を作ることです。
事業仕分けの職種版みたいなものでしょうかね。
「この職種でこの給料は多すぎじゃないのか?」とか「労働量の割りに給料は少ないね?」とか、まず基準となる労働指標の数値化をしていかなければならないと思っています。
特に大鉈を振るうのは、頭脳労働と肉体労働の等価性についてです。
今や、肉体労働とはいっても、むしろ知恵がなかったり、本当に頭が良くなければ肉体労働はできないのです。
反対に、頭脳労働についている人の方がバカやってることが多く見られるようになったからです。
そういう現実に照らし合わせて考える時、今までのような単純な線引き自体がナンセンスになっているのです。
更に、これは、ある大物政治家を高校で教えた教諭から直接嘆き節で聞いた話しですが、「彼は確かに暗記力は群を抜いて凄かった。」「その暗記力で東大に入るまではいいとしても」「そのまま政治家になれる、なれてしまうという感覚とその現実」を大変嘆いておられました。
要するに暗記力が秀でてるぐらいで、簡単に東大に入れることもさることながら、政治家になれてしまうという日本のシステムの甘さというか問題点を指摘されておられました。
仮にも日本の舵取りを任せる人なら、そんな程度の人間を政治家にならせてはならないということです。
そういう根本から従来の制度を見直す必要があると考えます。
どうしても能力があると思われる人の行動や動機は、逆に見透かされてしまいます。
そこに人間の弱さがあるのだと思います。
そういう弱い人間が、政治家になった時、何が起きるかは、ここで挙げるまでもありません。
不平等な社会の元凶がこともあろうに、それを正すべきはずのトップにあるのです。
こういうことは、今まで、メスを入れなかった部分なので、政治家や高所得者にとっては、嫌な話でしょうが・・・
私がやらなくとも必ず、誰かがやらなければならないと考えています。
以上、前半では、個人としての仕事は、人のために役立つなら何でもいいという結論ですが、
後半では、全体のバランスという視点からは、見直すべき課題があるのだということを述べさせていただきました。
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そのお医者さんに反論することになるのですが…


「やりたい事」を仕事にできたら苦労しないですよね(苦笑)
それが出来ている人はそう言うでしょうね。もっともなことだし。
けれど…と思うのですよ。

生きて行く上でお金を稼がなければならないわけですが、長く続けるには「やりたい仕事」に就くのがいい。それは理解できます。
けれど、お金を稼ぐ事と仕事を続ける事の優先順位は稼ぐ事が先だと思います。
もちろん、「やりたい仕事」にたどり着くまでどうにか食いつなげればそれでもいいですが。

そもそも仕事(=お金を稼ぐこと)だし、お金をもらう事に対して苦労や苦痛、ストレスが伴っても「仕方がない」と私は諦めています。
そうしてかなりの長い年月を同じ仕事をして過ごしてきましたし、これからもこの仕事を続けるのだと思います。


私は色々な業務の傍らで採用も担当します。
応募してくる彼らは「この仕事に興味を持って…」「私に合っていると思うので…」「この業界で働きたい…」などと色々言いますが、私はそんな所は見てもいないし気にもしません。
そしていつもこう思います。「実際にこの仕事をせずに何が分かるのだろうね」と。

そういう私はなぜこの仕事を続けているのか。
仕事は楽しいか、と聞かれれば「楽しくない」です。
ですが、楽しみを見つけるようにしています。
周りよりも少しだけでもいいので上に行けるように努力もしています。
その結果経営にも携わり、給料もそれなりに増え、部下もでき、家も建てました。
ほんの少しの事なのです。
たとえば営業であれば人より少し多く顧客を回ってみたり、説明方法を変えてみたり。
製造であれば人より丁寧に早く、効率を追求してみたり。
周りに認められるため、というよりは自分の中に目標を立ててそれをクリアしていくこと。
それによって「自己満足」かもしれませんが「楽しみ」は見つけられます。
これはどんな仕事でも同じだと思います。

「仕事は楽しくない。楽しみは日頃の仕事の中から自分で見つけるもの」
そう思っています。


興味がある、楽しそうだ…
初めのうちからそんな期待を持つから、結果として失敗をするのです。
減点法ではなく、加点法と考えた方が落胆しないと思います。
仕事について「楽しみを見つける」こと。
これだと思います。
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ご病気大変ですね。

このまま回復なさるといいですね。

私が仕事を選ぶ際気にしていることは三つです。
(1)体力的につらくないこと
→これつらいと続かないです。収入より継続を重視してます。
(2)人間関係が流動的なこと
→人の流れが激しいほうが好きです。同じような人たちと定年までとか息詰まりますw
(3)何かしら楽しみが見つけられること
→仕事に限らないですけどね。ちょっとしたことが息抜きになります。

何のためにと言われると困りますが…仕事って生きることですかね。
「一生何もしなくていいよ。生かしてあげるよ」と言われても私なら嫌かな。暇すぎるので。
好きといわれてもたいしたことじゃないですが…
私は接客業なので、毎日笑ってるとそのうち楽しくなってきますかねw
スマイルも仕事のうちなんですが、あまり「営業用」とか使い分けてなく笑ってるので
なんか免疫力上がってきた気がします。
仕事以外では全然人と話さないんですけどねw仕事になるとスイッチ入る。
プライベートだと友達も作れない人間なんですが、仕事だと人と話しやすい。
「店員とお客様」という関係性があるからやりやすいんですよね。

何が向いてるかは難しいところですが、案外接客とかオススメですよw
事務とか工場とか人間関係が複雑そう?なところは自分は苦手です。
お客様っていろんな人がいるし、毎日変わるのでわりと楽しいです。
自分のこと否定する人もいれば、認めてくれる人にも出会えますから。
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まず、先入観を捨てて


自分の本心を見つめることが重要かなと思います。
現時点純粋にわからない、という自分を大切にしましょう。
「やりたい仕事をやれ」というのが身をもってわかる段階ではなく
その前段階にいらっしゃると思います。
医師は病を治療してくれますが、
神ではありません。
人です。
自分の本心、腑に落ちる、ということが一番大切です。

仕事は動いてその対価を得る経済活動です。
働いて稼がないと自分の生命が危機に晒されます。
これが最低ラインのことだと思います。
その上で、
大体の場合起きている時間の大半を職場で過ごしますので
それをどのように自分の中でとらえるか、によって
その人の生活の質は変わってきます。

自分の思うように働きたいのであれば
起業すればよく、
それができなければ雇用されるしかありません。
大前提として
「雇ってもらっている」のです。
そこの感謝がないと、どこにいっても、どんな仕事をしても
不満が湧き出る温床になります。

どんな仕事にも、
見つけようと思えば楽しさを見つけることができます。
それが多く得られれば「向いている」ということなのかもしれません。
そしてみんながみんな「仕事自体」を重視しているわけではなく
職場の人間関係や余暇の多さ、給与など
総合的に考えてメリットがあるかどうか、で見ている人もいます。

私の周りにいる
うつを患った知人や友人は
「~でなければならない」「~であるばずだ」
という思考パターンに陥りがちな人が多い気がします。
なので
何でも自分で「決め付けない」のがまず大事なのではないかと思います。

私は勉強をすることと
人を分析するのが好きなので
今の仕事をしています。
それまでは
事務をしたり接客をしたりしていました。
事務は定時に帰れて仕事後に勉強ができ賃金が得られるから続けていたし
接客は手技が身についてそれがお客様からダイレクトに反応あるので
続けていました。
どちらも自分のためです。
仕事自体の好き嫌いもありますが
総合的に考えて自分が得するか損するか、でみていました。
損と思えば、それを得とするにはどうしたらいいか考え
そのように行動しました。
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質問者様と同年代の男性です。


うつの経験もあります。育った家庭も似たようなところはあります。

視点を変えてみてはどうでしょう。
例えば「やりたい仕事を探す」のではなく、見つかった仕事を好きになっていく。

なぜ仕事に対する考え方次第でうつは完治すると考えているのでしょうか?
確かに私は仕事に対する考え方を変えることでうつから復活しました。
でもそれは例えば、家に帰ったら仕事のことは考えないようにするとか、そういった意味で、会社とプライベートを分離することでした。
うつと診断された時は会社の仕事を家に持ち帰ってまでやったり、家に帰ってからも仕事のことをあれこれ考えていました。
今はプライベートはプライベートだからと割り切っています。
「好きな仕事をすればうつは完治する」は、ちょっとどうなのかなと思います。

『仕事・働くということ』はお金を稼ぐ為の手段の1つだと思います。
やりたい仕事というよりも、やりがいを感じることができる仕事が良いと思います。
やりたくない仕事でも、やりがいを感じれば自然と誇りがが持てて長続きするではないでしょうか?
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仕事とは・・・それは生きることだと思います。



働くということは、人生に希望を見出し、生きる原動力になるからです。

私もリストラにあって失業手当をもらっている時期がありましたが、何もせず家にこもっていると、まるで世間から追い出されて、人生に希望がなくなるかのような思いに囚われました。

そして「これではいけないな・・・」と、「ちゃんと生きなくては・・・」と、思いました。

何の仕事がしたいかわからない・・・実は、私もずっとそう思いながら、色々な仕事をしてきました。
生きる為(生活の為)に・・・。

そういう自分に対して、いつも不安でした。

でもある時テレビで、海外(確かオランダ)での失業率や生活状態をやっていて、そのナレーターがこんな事を言っていました。

「好きな事を仕事に出来れば勿論幸せだが、仕事があることに喜びを見出せる人は、輝いた毎日を送っています」と。
「働きながら自分に合う仕事を、好きな事を見つけていばいい」と言っていました。

10年位前の番組でしたが、私はその言葉がずっと頭にあって、自分が何をしたいのかわからない事に悩んだ時、生きる方向性を見失った時は、とりあえず自分に出来る仕事をやってみようと思い、今も頑張っています。

どんな仕事でもつらいことはあります。でも生きていく為に働くのですから、前向きにがんばりましょう!

あと、働くということは、どんな仕事でも、何かしら世の中の役に立っているのですから、そんな事も考えて、明るく仕事をしたいですね!(生きていきたいですね!)

頑張ってください!
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勤続二十数年です。


その間、時代はバブル期から失われた10年と言われる時期、そしてITバブルを経て格差社会の現代。
いろいろありながらも、一つの会社に仕えています。

仕事とは何かってことは時代時代、そして自分の状況によって考えが変りますからいまだに何とも答えられません。
しかし、どんな事を仕事にすれば長続きするかと聞かれれば「自分を支えてくれるものがあるかどうか」だと思います。
若い時は収入額でした。でも年功序列も無くなり、実力主義との幻想で評価というニンジンで会社に踊らされている現実を知るとそれもなくなりました。
そして次は仕事の中身になりました。「これを作っている事が楽しい」って思えてやりがいにしていました。
しかし、それも時代のニーズが変化し海外生産に移行。別の事業に移ることに・・・。
そしてその次が家族。家族の笑顔のために働くんだ。休日に家族と出掛ける事が楽しみ。
でも、それってモチベーションの支えくらいにしかなっていない。

数十年、共通して関わっていた大事な物。
それは先輩であり同僚や後輩。つまり、社会でもそうですが結局は金でも地位でも家族持ちとの責任感でもなく、時に励まし励まされ、行き違いで喧嘩になったりもするけど「仕事を続ける上で大切な物は仕事の内容でもなんでもなく周りの人たち」って事だと思います。

仕事の種類や条件など、「文字に起せるもの」にフォーカスしてたら今日の私は無かったと思います。
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