痔になりやすい生活習慣とは?

所詮、男と女は分かり合えない相容れない存在だと思いませんか?

私は、以前こういう質問をしました
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/5977958.html
回答してくださった。方々ありがとうございます。


問1
所詮、男と女は分かり合えない相容れない存在だと思いませんか?

男女の違いは、日本人と中国人またはかつての米ソの違いよりも大きいと思います。
ベルリンの壁よりも分厚いと思います。

問2
もし仮に、SF作品みたいに人口で生命体を作る装置や遺伝子工学の発達により単体で生殖が可能になったら
男と女は別々で暮らすべきだと思いませんか?

現在、男と女が共存しているのはお互いがいなければ子孫が生まれないからです。
単体で生殖が可能なら男と女は交わる必要はありませんよね?

男性専用区域と女性専用区域に分けて。お互いに立ち入り禁止にして。
交わりたい人のために、男女共用区域も設定すべきだとは思いますが


所詮、男と女は分かり合えない相容れない存在なのですから。

対立している民族や宗教も「おなじ男同士じゃないか?内輪もめしていけない。女こそ共通の敵」
「おなじ女同士じゃないか?内輪もめしていけない。男こそ共通の敵」といえば結束すると思います。

よく塾の先生が言っていました。共通の敵が出来れば結束すると。

そして、「男と女は全く違う生き物だ。つまり女には男にはない長所があるということだ。」と言って妬みや嫉妬を煽って男性同士の結束を強めるというのもありかもしれません。

私は、男性ですが女性(特に若い女性)に対して妬みや嫉妬心ばかり感じます。
「男と女は違う」とよく言いますよね。つまり男性には無い長所があるということじゃないですか。
女性の方が複数のことを同時に出来ますしコミュニケーション能力が優れてますし性を売り物に出来ますし、同性同士で友情表現として手をつないだり何だって出来ます。
それに今の日本じゃ、若い女性の方が生き生きしてアクティブで元気ですし明るく楽しそうに見えますし。
周りに若い女性がいなければそういう妬みややきもちや嫉妬心は緩和されると思いますし。

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A 回答 (8件)

問1.


お互いに理解できないところはあるとは思いますけど。
相容れなくてもいいじゃないですか。違うから面白いんだし。

問2.
わたしは間違いなく、男女共用区域に住みますね。
っていうか、99%以上の人がそうなるんじゃないですか。

まあ、あなたとその同志は、男性専用区域(女性専用区域)に居住すればいいんでしょうけども、世界の大多数が男女共用区域でしたら、相互に立ち入り禁止にしたところで、無意味でしょうね。

というか、いまの現実社会がそれでしょうし、あなたの理想は実現できます。
修道院にでも入ったらいいじゃないですか、こんなサイトでグチグチ言ってないでさ。

しかし、男女で交流したいと考える、ほかの人々まで巻き込むのはお門違いです。

(私は男性です。)
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男はプライドが高い生き物だし、女はアラフォー(女性が更年期に入る手前)になっても独身だとプライドが高くなります。

そういった意味ではアラフォーの女性は「男性になる転機」と言ってもいいのかもしれないですね。
いつの時代も男が優れています。
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http://oshiete.goo.ne.jp/qa/3922604.html
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/3922604.html
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/3986075.html

このころから一貫して似たような趣旨の質問を何百と繰り返し、
そして質問者様を肯定してくれる回答だけをいつも喜んで受け入れているところを見ると、
世の中の「男と女が分かり合えない」のではなく
質問者様がただ「他人や社会を受け入れられない」に過ぎないだけに思います
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私は、だいぶ前の話しですが、地域のスポーツ大会でのことです。


バレーボール部の主将だった私は、対戦相手のチームの実力が我がチームよりも断トツに格上であることがわかった時、正直負けを覚悟しました。何故なら試合直前になって、実力を上げる術はないからです。
しかし、負け試合をするつもりはありませんでした。
そこで、戦いの方向軸を変えたのです。
もし実力が同じなら、チームが一体となった方が勝つのだとしたら・・・
実力では完全に負けている、それを覆す道は・・・チームが極の一体化したらどうなる?
私は、そこにかけ、技術や能力以上の部分に意識を集中して戦いました。
結果、誰もが予想した結果を完全に裏切り、その優勝候補のチームを撃破したのです。
しかも、その波に乗って、とうとう優勝してしまいました。
その時、私は一つの勝利がもたらされる背景を知ったのです。
チームには、そもそも経験者が少ないだけでなく、スポーツ音痴に近い者もいたのです。
ましてや、個人の性格を考えれば、チームが一つになることにも困難が伴ったのです。
だからそういう追い込まれた状況下で、奇跡的にも一体化し、勝利できた経験は、今でも宝になっています。
私が掴んだ世界は、素人のバレーボールだけではなく、プロのサッカーや野球、その他、人が組織だって目標に向かって闘う際には、絶対必要な要件だと思います。
日本のプロスポーツが弱いのは、こういう世界が実はまだまだ無知なのではと思わせられてもいます。
私は、このような、人と人とを一つにする力に名前を付けるとしたら、「愛」しかないと思っています。
最後に愛は勝つという印象的な歌詞でヒットしたKANの「愛は勝つ」を最初に聴いた時、まっさきに
「うん、その通りだ!」と妙に実感したのも、先述の経験があったからです。
前置きが長くなりましたが、あなたのおっしゃられるテーマも全く同じなのです。
私自身もあなたと全く同じで、男女間にある深くて暗い溝を越えることは、不可能に近いと思っています。
それは事実なのでしょう。
しかし、その極と極が一つになる道があるとしたら、愛によるしかないのではないかと思います。
神が、男女というこの異質な者同士を創造した理由があるとすれば、それを一つにする力(=愛)の顕現に有るのではないかと思います。
どうあっても、愛の力なくしては、一つになることができない存在として男と女はあるのです。
複数の人を一つにするのも、また極と極の異質な者同士を一つにするのも、愛のみが成せる力だということです。
逆に言えば、愛が愛らしくあるためには、むしろ簡単に一つになれない状況にある者同士が一つになることの方が、適例となり、真価を発揮するのです。
愛なくしては理解しあえない存在、愛なくしては深くて暗い溝が埋められない存在、愛なくしては部厚い壁を越えられない存在・・・まさに男女関係は、そこにあるのです。
神の創造に意図があるとしたら、異質な男女を創ったことに意味があるのではなく、そういう異質な者がひとつになるために現れる「愛」を見たかったからでありましょう。
ただ一人で生きるよりも、愛するには努力や責任が伴いますからね。
愛には、縁遠い者や難しい者、異質な極同士でさえ、関心を持ち、一つにする不滅な力があるのです。
私達夫婦の例で恐縮ですが、独身時代はあなたと同じように、男と女の壁を知っていたため、生涯独身を貫こうと思っていたのです。しかし、偶発的な事故に端を発し、好きでもない縁もゆかりもない女性と結婚することになってしまったのです。
予想した通りの夫婦地獄が待ち受けていましたが、そこで終わらなかったのが奇跡です。
双方がもはや離婚する以外ないところまで追い込まれていましたが、あるきっかけから、一気に夫婦天国へと大逆転してしまったのです。地獄駅が終着駅ではなく、もう一つ先に本当の終着駅である天国駅が待っていたというわけです。地獄で終わっていたらと思うと、本当に薄紙一重の差だったのです。
おそらく、夫婦地獄から生還できた他に例がない夫婦かもしれません。
その紙一重の差とは何か? かつてのバレーボールで掴んだ愛よりもはるかに深い世界の愛だとしか言いようがありません。
ですから、あなたの言う通り、男と女の壁の厚さはその通りの事実だと思います。
ですから大多数の人達のように、甘い結婚理想など私の心に入る隙はありませんでした。
この溝や壁の事実を厳しく認識していたからに他なりません。
多くの人達のように、結婚してからそれがわかるような愚かな人生だけは避けたかったのです。
しかし、思いもかけない結婚から始まり、地獄夫婦を経て、その先の天国夫婦も味わった者としては、
いくつかの変わった認識もあるのです。
結婚否定派から結婚肯定派へ。
愛の力の途方もなさ。
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なんか、さっきの質問(No.5998475)と似たような質問内容ですね。


長所・短所という前に何が本能に備わっているのかを考えてみましょうよ。本能と言っても条件反射的なものになります。つまり歴史的にどのような生活様式で生活してきたかという部分ですね。
男性は外に出て仕事をするのを、女性は子孫を産み育てる事と、その為に外にあまり出る事が出来ないので家事を主に行うという歴史的な生活様式を日本の場合営んできました。外に出ると色々な危険にさらされることになります。その為に体つきは男性の方ががっしりしてきます。また五感(視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚)が危険防止のために感覚が鋭くなってしまいます。翻って女性はと言うと、子供が主になってきます。子供ができれば生まれた当初は言葉なんて持っていませんから、言葉を教える役目も果たさなければならなくなります。(今は男性側の子供に対するコミュニケーション云々という話はありますが、夜が早かった昔を考えるに子供とのコミュニケーションは男性視点では昔も今もそう変わらないのではないかと思いますね。なにせ夜9時10時で夜更かし、夜3時起きで普通に早起き、4時起きが標準という時代が確かにあったんですから)
すると言葉の優位性は女性側の物になります。何も子供を産む準備というのは体だけの話じゃありません。本能ができる全てがそちらに向かう(女性ホルモンの活用として)様になっていきます。甘いものだって、体の中に体ができるのですからグリコーゲンの補給も男性のそれ以上に必要になってくるでしょうし、必要な時にパワーを出す生活様式は男性側なのに対して10ヶ月間体の中に他の体ができる分、四六時中栄養補給を少しずつ取るようになっていく(間食が増える)のも仕方がないとも思いますね。
ただ、男女どちらも少量(一定ではなくその量すらも人によって違うそうです)の異性ホルモンを持っているそうです。それが一部の性格の違いの方向へと向かうと思いますね。

では、今の日本を考えてみましょう。言葉が「お金」に通じる世の中になっています。そういう意味では女性優位の世の中と言えると思います。皮肉な話ですが、そういった世の中を作ったのは男尊女卑を掲げていた一部の男性と言える部分もあります。(70年代のウーマンリブ運動よりこちらの方が原因として大きいと思いますね)まぁ所詮言葉の国ですから仕方ないのかもしれませんね。
ただ、上記したように自分たち男性が何に対して優位性があって、女性が何に対して優位性があるという事の基本部分だけでもわかっていればあせる事もないはずです。
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性別、年齢に関わらず、「本当に分かりあえる人」って人生全部の中でも数人だと思います。

それでは質問者様は、同性であれば全ての人と分かりあえるとお考えですか?
男女は分かり合えないと言いますが、同性にしても、人付き合いは、どれだけ互いを受け入れ、許すことができるかです。男性にしても、女性にしても嫌な面のない人は居ないので、それを如何に相容れるかで人付き合いは成立します。許せない相手とは相容れないですよね・・・。
以前質問者様がしている質問の回答でも多くの人が答えていますが、女性が優遇されているという事はないと思います。仕事、家事、育児、容姿、同じ仕事をしていても給料が低いですし…。昇給だって、余程頑張らないとできません。
相手の長所に魅力を感じるのも、性別に関係ないです。人は自分の持ってない部分に魅力を感じます。コミュニケーションについても、男性でも肩を組んで酔っ払って大声で歌いながら歩いてたりしませんか? また、コミュニケーション能力の高さについては、「相手を許すことができる」事が多いためです。まぁしょうがないかとか、私も悪かったかも知れないと思えるためです。全ての女性がアクティブで元気なわけでもないと感じます。元気のない女性もいますし、皆に見えないところで泣いていたりします。
こうだと決め付けずに、もうちょっと別の方向から見て見るのもいいんじゃないでしょうか?
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>問1 所詮、男と女は分かり合えない相容れない存在だと思いませんか?



「分かり合えない」というのは正しいと思いますが、「相容れない」というのは誤りだとおもいます。分かり合えないことは前提とするけれども互いに譲歩して協力すると子孫を残す上で有利です。互いに長所短所がありますから。

>問2 もし仮に、SF作品みたいに人口で生命体を作る装置や遺伝子工学の発達により単体で生殖が可能になったら男と女は別々で暮らすべきだと思いませんか?

男が女のような現実的な能力を身に着けない限り、男の共同体の方の子供はだんだん減っていくか弱体化していくでしょうから「分かり合えない」だけの理由でそうしないほうが良いです。「子供を守って育てる」という能力において、男性は女性の足許にも及ばないと思います。

-補足-
あなたがそうなのかは分かりませんが「女には男にはない長所があるが、逆はいえない」と考えているとしたらこれは誤りです。例えば概して男性の方が論理的な思考が可能で、世界を正確に観察することができます。左記のような能力においては女性は概して低い能力しか持ち合わせていないと思います。女性は性愛をほとんど唯一の価値とおいて現実的に行動している一方、男性はその他の価値を認めることが可能であり、性愛を乗り越えて世界を思考することができます。女性が明るく楽しそうなのは、男性ならうすうす感じる「生きることは苦である」というような考えにたどり着けないほど鈍感だからです。女性が未来永劫子供と平穏に暮らしたいという現実性のためにこの部分は弱いのだと思います。
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何時までも若くないですよ!30にも40にも50にも60にも70にも80にも為ります。

人生の総てとは言わないまでも、ある程度は見越した見方にはなれないのでしょうか?但し何時まで生きられるのかは誰も判りませんが!

或る事に,過大に執着するならそれは過大な不安に変わるかもしれませんよ、注意が必要になります。
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