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質問です。「朝廷」という名称は何時なくなり、明治「政府」という名称ができたのか、また1868年まで律令制度は残っていたのでしょうか(律令制度下のいろいろな法令は残っていたのでしょうか)

A 回答 (1件)

Wikipedia [朝廷] の項は既にお読みになられたでしょうか。

あそこにヒントになるようなことが書かれていました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E5%BB%B7

すなわち、慶応3年(1867年)に大政奉還と王政復古がなり、朝廷は太政官制をしきました。
そして明治18年(1885年)太政官制が廃止されて内閣制度に移行したために、朝廷という政治機構が消滅するに至った、ということが書かれています。

また、律令制度についてですが、これは形のみの形骸化したものではあったとしても、上記の太政官制の廃止されるまでは残っていた、ということが下記のサイトなどには書かれていますので、参照なさって下さい。
http://www2.odn.ne.jp/~rekisinotobira/contents01 …
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Q朝廷は明治以降どうなっているのでしょうか?

朝廷は明治以降どうなっているのでしょうか?

明治になって王政復古という事で、朝廷に仕えている公家を職員?などの立場にして宮内省に変わったという扱いですか? それとも朝廷は存在していないのでしょうか?

また、現在も宮内庁で働いている侍従や職員の中には、代々朝廷に仕えている一族というのもいるのでしょうか?

Aベストアンサー

んーと、朝廷=明治以降の宮内省 ということでは
ないと思います。

日本には江戸時代
江戸の幕府 と京都の朝廷
という二つの政府があり、今で言う地方官庁は
ほぼ江戸幕府に属していました 
(朝廷の地方官制度は江戸時代には形式だけ)
ということになるかと。

明治時代になって
江戸幕府と付属の従来の地方官庁
は、解体され、京都の朝廷の組織を
改組することから新政府は始まった ということになると思います。

明治以降の「宮内省」(主に天皇とその一族のお世話をする)の役割を持ってたのは
それ以前は
「中務省」「宮内省」「蔵人所」「後宮」の一部(内侍司など)など
が相当するかと思います。

現在も宮内庁には古くから天皇家にお仕えしている、という方々が
いらっしゃると思います。
具体的にお名前が出てこないですが、かつての上流貴族のなかにも
いらっしゃると思いますし

*宮内庁式部職楽部
現在は民間からの楽士の採用がありますが
かつては
東儀家・園家・上家の出身のみが楽士として
宮中等におつかえしていたようです。
有名な「東儀秀樹」さんもこのお家ですね・・

*掌典職
天皇家の三種の神器を守り、天皇家の神々に仕える
神職。
掌典(一般にいう神主)や内掌典(一般に言うところの巫女)と
いった方々は宮中の古式を守っていらっしゃる方々のようですし
社家(いわゆる神社のお家)のご出身が多いようですので
先祖代々朝廷に・・という方も多くいらっしゃると思います。

調べたらほかにもいらっしゃるかもしれません

んーと、朝廷=明治以降の宮内省 ということでは
ないと思います。

日本には江戸時代
江戸の幕府 と京都の朝廷
という二つの政府があり、今で言う地方官庁は
ほぼ江戸幕府に属していました 
(朝廷の地方官制度は江戸時代には形式だけ)
ということになるかと。

明治時代になって
江戸幕府と付属の従来の地方官庁
は、解体され、京都の朝廷の組織を
改組することから新政府は始まった ということになると思います。

明治以降の「宮内省」(主に天皇とその一族のお世話をする)の役割を持っ...続きを読む


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