硫黄島のP-51についてです。 硫黄島に展開したP-51は下面にアンテナを増設して従来のアンテナも1本から2本にしている機体が多くみられます。 さらに座席のヘッドパッドが従来のP-51と違って分厚くなって、無線機(?)とも思うような機械が増設されているようにも見えます。 手持ちの資料などでも、これらの装備については記載されていません。 長距離洋上任務のために、硫黄島に配備されてから改造などを施したのでしょうか?ご存知の方がいましたらご教授願います。

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A 回答 (2件)

こんにちは



> 硫黄島に展開したP-51は下面にアンテナを増設して従来のアンテナも
> 1本から2本にしている機体が多くみられます。 さらに座席のヘッド
> パッドが従来のP-51と違って分厚くなって、無線機(?)とも思う
> ような機械が増設されているようにも見えます。

ちょっとズバリの写真が見当たらなかったので、半分推測ですが・・。

D型後期(硫黄島の頃でしたら多分該当?)には 様々な航法支援装置が
付加されているようですね。

"P-51 Mustang Pilot's Flight Manual"によれば・・・
→Google Books(書籍)の検索で上記のキーワードを入力して検索して
みてください。

31頁本文に
・・・and the IFF antenna project from the undersides of the
wings・・・
(IFF<敵味方識別>アンテナは主翼の下面より輻射する)
という記述が一応あるのですが、P-51Dの無線関係の機器の配置図が載って
いる同頁(RADIO EQUIPMENT)には残念ながら(胴体)下面のアンテナの
位置は記載されていないようです。

座席のヘッドパッド(ヘッドレスト)後部には SCR-522-A RADIO SET と
名の付いた でっかい箱がありますので、そいつじゃないでしょうかね?


それにしても、この当時で既に IFFやら後方警戒装置 なんか積んでいる
んですねぇ~ 驚きました。
こりゃ戦争に負けるハズですわ (--;)
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この回答へのお礼

ご回答有り難うございました。下面アンテナは敵見方識別装置の可能性もありそうですね。 質問のアンテナや無線機については、こちらに写真があります。 http://www.7thfighter.com/78th/planes/p51s.htm 参考になれば幸いです。

お礼日時:2010/07/21 21:33

航空機搭載の航空機レーダーの可能性あり


サイパン基地からのB29の夜間爆撃護衛任務には、必需兵器。
ご参考まで
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あと、他にかなり過酷な戦いだったと言われる戦いは何がありますか?おしえてください

Aベストアンサー

書籍の方がいいように思います。とりあえず、
「ガダルカナル」五味川純平著
をお勧めしておきます。絶版になっているようですので、図書館か古書店で探してみてください。1冊読むと次に何を読めばいいかがわかってくるように思います。

http://search.newgenji.co.jp/sgenji/L3/?10000264/

Q硫黄島の戦い

もし硫黄島の戦いでの日本軍司令官になったら
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Aベストアンサー

栗林中将と同じですね。
補給等もなく、装備も貧弱なら小規模だけれども組織的な抵抗が精一杯
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Q爆弾を背負って戦車に飛び込む?(硫黄島の戦い)

下記サイトに硫黄島の戦闘の体験記があります。
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この中に、「20キロ爆弾を作って背負い」「明朝敵の戦車に飛込み、戦車諸共我が身も死ぬのである」とあります。
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起爆装置はなかったのでしょうか?
「アラビアのロレンス」で遠隔で鉄道を爆破していましたが、あの方法がよいと思うのですが。
少なくとも手榴弾と一緒に投げればと思いました。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

新方式にも「かなりの無理」があります。
1.ジョーズ方式。
 a.爆弾を吸着させる装備がありません(ドイツでは「磁気による吸着」、「アメリカではプライベート・ライアンで描かれた様な粘着性の物質で吸着」する方法が考案されました)。
 b.作動装置を狙撃する前に、敵兵に倒されます(戦車は戦車だけでは行動しません。必ずと言っていいほど歩兵隊を随伴させます)。
 c.銃弾では撃発装置(信管)が作動しません。大抵は単に壊れるだけ。
 d.投げつけて付着させられる場所では装甲が厚く「それ用の爆弾」でなければ戦車はびくともしません。繰り返しですが、戦車の装甲が薄いのは「下面」「上面」「背面」です。

2.ハンマー投げ方式
 a.投げつける前に投擲兵が敵の随伴歩兵に倒される。
 b.よほどの幸運がないと主砲身には絡まない。
 c.1.同様、遠隔撃発の方法がない(実のところ、この技術が一番のネックになっている。銃撃で爆破出来るのは「映画だから」)。
 d.砲身が多少壊れても、戦車の対歩兵戦闘能力はほとんど低下しない。砲身が曲がったり半分になった程度では発射可能な上、車載機銃、随伴歩兵もいるので「全体としての対歩兵戦闘力」はほとんど変化しない。

3.糸車方式
 a.弓箭がない(笑)。戦国時代ではないので、歩兵装備に弓箭は含まれない。素人が作る程度の弓箭では射程数m。手で投げた方が早い。
 b.爆弾は自動的に「爆発しない」。これも繰り返しですが、何しろ「一番の問題は、どうやって爆弾を爆発させるか」です。

どの方法をとっても#8さんの言われる「当時の帝国陸軍が採用した方法以下」です。何しろ「どうやって爆弾を作動させるか」について、全く考えられていませんから。

指令が「徹底抗戦」であっても、補給・増援・撤退の期待出来ない状態でいつまで続けられるでしょうか。毎日砲弾の雨にさらされ、食べ物、水、武器・弾薬、そして戦友が次々減っていく中で、あなたはどこまで耐えられますか。何しろ「逃げ場がない」のです。
今日を生き延びても「数日後には死ぬ」のです。

新方式にも「かなりの無理」があります。
1.ジョーズ方式。
 a.爆弾を吸着させる装備がありません(ドイツでは「磁気による吸着」、「アメリカではプライベート・ライアンで描かれた様な粘着性の物質で吸着」する方法が考案されました)。
 b.作動装置を狙撃する前に、敵兵に倒されます(戦車は戦車だけでは行動しません。必ずと言っていいほど歩兵隊を随伴させます)。
 c.銃弾では撃発装置(信管)が作動しません。大抵は単に壊れるだけ。
 d.投げつけて付着させられる場所では装甲が厚く「それ用の爆弾」で...続きを読む

Q本土で戦いたくないからですか?硫黄島

沖縄がそうだったように、硫黄島戦も、断固として島を死守しろという命令は、アメリカとの戦いを本土へ持ってきたくなかったからという理由もあるのでしょうか? 他の戦いだと押されたら引き返せという方法をとっていたようですが、硫黄島(沖縄も?)に関しては絶対に死守しろという命令ですよね?本土戦をきらう以外の理由ってなんですか?教えてください

Aベストアンサー

少し違います。
絶対国土防衛圏というのを聞いたことがないでしょうか。
簡単にいうとB29のような戦略爆撃機の航続距離内で
楽に爆撃できる範囲なんですが、
この中に敵の基地、特に飛行場があると、
日本列島はことごと廃墟にされてしまうというので
ナントカその圏外まで敵を遠ざけようとしたわけですが、
サイパンが陥落しちゃってそれも無理になったんですが、
B29は長距離飛行ができるといっても、途中でエンジントラブルとかが
あったときに、緊急着陸するため、サイパンと日本との間に
もういっこ飛行場が必要でした。それが硫黄島。
だから硫黄島の攻防中にもB29は強行着陸したりしてます。
飛行場をめぐる戦い。地理的に島が限られるので、
飛び石作戦のできない、どうしても攻略しなければならない島となったわけです。

ところで沖縄戦の意味はまた硫黄島とは少し違います。
沖縄戦は、連合軍側からすれば、本土上陸の予行演習。
日本側からすれば、(自称)本土決戦の準備のための時間稼ぎでした。
だから日本は島民もまきこんで、とにかく持久戦にもちこもうとしました。
連合軍は日本本土に上陸したらどうなるかというシミュレーションというところ。
いずれにしても島民にしたら迷惑な話ですが。

沖縄や硫黄島への攻撃は、日本本土への上陸への前段階のひとつとはいえるでしょう。
日本は本土攻撃を”遅らせるために”に断固死守しようとしたわけですが、
日本側が勝つというのは不可能のため、本土上陸を防ぐことは
もうこの時点では無理で、それが前提での戦いということです。
一億玉砕まっしぐらってとこかな。

少し違います。
絶対国土防衛圏というのを聞いたことがないでしょうか。
簡単にいうとB29のような戦略爆撃機の航続距離内で
楽に爆撃できる範囲なんですが、
この中に敵の基地、特に飛行場があると、
日本列島はことごと廃墟にされてしまうというので
ナントカその圏外まで敵を遠ざけようとしたわけですが、
サイパンが陥落しちゃってそれも無理になったんですが、
B29は長距離飛行ができるといっても、途中でエンジントラブルとかが
あったときに、緊急着陸するため、サイパンと日本との間に
もうい...続きを読む

Q硫黄島での日本軍の作戦は?

ディスカバリーチャンネルで「兵士が語る硫黄島決戦」の戦いを見ました。
アメリカ軍から見た硫黄島の戦いの様子がよくわかりました。
ところでこの番組では日本軍は穴に隠れていて、ゲリラ的に攻撃してくるだけでした。
日本軍の作戦はどういうものだったのでしょうか?
2万人も動員したわけですから、勝つための作戦があったはずです。
どのようにして勝利を得る予定だったのでしょうか?
また補充などは行われていましたか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

硫黄島は、当時の米空軍の最前線基地であるグアム・サイパンと日本本土のちょうど中間に位置し、大型爆撃機の発着が可能な飛行場の設定に都合の良い地形の島です。

米軍のB-29爆撃機はグアム・サイパンの基地からでも日本本土を爆撃できましたが、往復5000キロ分の燃料を搭載すると爆弾の搭載量が減ってしまいます。また、戦闘機は航続距離が短いためB-29に同行できません。このため、B-29は日本の戦闘機に食われないよう精度の低い夜間・高高度爆撃を行っていました。
米軍は、B-29の爆弾搭載量を飛躍的に増加するとともに、戦闘機の護衛をつけて精度の高い昼間爆撃を行うために硫黄島を必要としていました。
一方、日本軍は、当面、本土に対する爆撃がより激しくなるのを防ぐとともに、来るべき本土決戦準備の時間を稼ぐため、1日でも長く持ちこたえる必要がありました。硫黄島(と沖縄)の戦いにはそのような意味があったのです。

硫黄島作戦における日本軍の作戦目的は、究極的には時間稼ぎです。つまり、勝ちはありません。兵士の命と引き換えに1日でも長く持ちこたえる持久戦、これが硫黄島の戦いでした。
もちろん、大本営も指を咥えて見ていたわけではなく、可能な限りの支援はしました。米軍の上陸前には、人員の補充、弾薬・食料・医薬品などの補給、傷病者の後送などを行っていました。米海兵隊が上陸した後も、米軍艦船に対する特攻(第2次御盾攻撃隊)、上陸部隊に対する空爆、補給品の空中投下、潜水艦による艦船攻撃などを行っています。しかし、圧倒的な物量を誇る米軍と比較すれば、所詮、焼け石に水でした。

硫黄島作戦に先立ち、日本軍は、ギルバート諸島・マーシャル諸島・サイパン島などにおいて米軍の上陸を迎え撃ちました。しかし、日本軍は、激烈な艦砲射撃と爆撃のため地上部隊の上陸以前に大打撃を受けた上、米軍の態勢確立前に逆転を狙った夜襲・白兵突撃は火力を伴なわないために失敗して兵力の大半を失い、予想外の短期敗北を喫しています。
米軍と互角に戦うためには、先ず激烈な艦砲射撃と爆撃から生き残り、火力を伴なわない白兵突撃(バンザイ突撃)の代りに神出鬼没・変幻自在の歩兵戦闘を行う必要がある、硫黄島の最高指揮官、栗林中将はそう考えました。

このため延べ17kmにも及ぶトンネル陣地を掘り(何と、ほとんど手掘りです)、これによって米軍の艦砲・空爆を堪え抜きました。その効果は絶大であり、ある米軍の将官は「この島にはアメリカの爆弾は効かないのか」と嘆息したといわれています。しかし、トンネルに篭もっているだけでは戦闘になりません。

米軍は、友軍相撃を避けるため、地上部隊が前進するとその分艦砲や砲兵の射程を延伸します。日本軍は、トンネル陣地に篭もって艦砲射撃をやり過ごし、射程が延伸されるとトンネルから出て陣地につき、米軍に小銃・機関銃同士の歩兵戦闘を挑みました。
このような戦法は極めて効果的でしたが、米軍は砲弾のカーテンの後ろからジリジリと前進し、少しずつ、確実に硫黄島を攻略していきます。日本軍は、弾と食料、そして水まで欠乏して半病人状態で戦いました。こんなに苦しい思いをするくらいなら、いっそ突撃してしまおうか、と考える指揮官もいましたが、栗林中将は決してバンザイ突撃を許さず、持久戦の続行を厳命しました。

結局、硫黄島守備隊は玉砕し、島は占領されました。しかし、硫黄島においては攻撃側(米軍)の死傷者数が防御側(日本軍)のそれを上回っています。これは通常の戦闘では起こり得ない非常に珍しい現象であり、世界の戦史にも類例がありません。栗林戦法のすばらしさを証明する何よりの証拠といえるでしょう。

硫黄島は、当時の米空軍の最前線基地であるグアム・サイパンと日本本土のちょうど中間に位置し、大型爆撃機の発着が可能な飛行場の設定に都合の良い地形の島です。

米軍のB-29爆撃機はグアム・サイパンの基地からでも日本本土を爆撃できましたが、往復5000キロ分の燃料を搭載すると爆弾の搭載量が減ってしまいます。また、戦闘機は航続距離が短いためB-29に同行できません。このため、B-29は日本の戦闘機に食われないよう精度の低い夜間・高高度爆撃を行っていました。
米軍は、B-29の爆弾搭載量を飛躍的に増...続きを読む

Q沖縄の海兵隊の移転先は硫黄島ではダメ?

沖縄の海兵隊の移転先は硫黄島ではダメ?
沖縄に駐留している米軍の一部の移転先はグアム島だそうですが、残りの部隊の移転先として辺野古ではなく、硫黄島ではダメなのですか?
もちろん今より中国や台湾、北朝鮮とは遠くなり地勢的には不便かもしれませんが、硫黄島なら自衛隊しかいませんからへりでも大砲でも好きなように訓練できます。
硫黄島ではいけない事情や理由を教えてください。

Aベストアンサー

硫黄島がダメな理由
1.面積が狭い
2.島が高速で隆起中
3.硫黄ガスが立ち込めてる
4.もったいない

面積が狭すぎるので、数千人単位の常駐には適しません。スラム化します。
兵隊は家に住まわせて置けばそれで良いのではなく、文化的な正常な生活をさせてこそ、必要時に正常な兵隊として活躍できます。
また面積が狭いために、島内での大部隊の訓練地の確保が困難。

万一、敵の空や海からの攻撃があった際、多人数の海兵隊員の陸上での退避拡散場所が無いため、海兵隊は戦わずして壊滅します。
島内に充分な空海戦力を設置する為には場所が必要になるが、その場所が島内で充分に取れなさそう。(数千人の海兵隊で島内は埋め尽くされるし)
島外からの米軍の航空戦力や海軍戦力の短時間での支援は、硫黄島ではさほど期待できず。また自衛隊戦力で米海兵隊を守るという発想は、米軍は本気では持っていない。

島が高速で隆起中なので、継続的な軍港が設置困難。よって海兵隊員が船に乗れない。

そして島内には硫黄ガスが立ち込め、少人数の派遣部隊の駐留は可能であっても、大規模部隊の本格駐留は不可能。
大部隊に居住を強制すれば、脱走者続出。

更に硫黄島というあんなに良い場所であんなに良い地形は、日本の防衛戦略のために取っておくべき。
一度米軍を住まわせたら追い出すのに苦労するのは沖縄で経験済み。
将来は日本の対艦ミサイル基地や、日本製の巡航ステルス爆撃機の待機基地としても有望。
30年後、硫黄島は西の大東島諸島(沖大東島?)と共に日本の海洋防衛を担う位置づけになる。

硫黄島がダメな理由
1.面積が狭い
2.島が高速で隆起中
3.硫黄ガスが立ち込めてる
4.もったいない

面積が狭すぎるので、数千人単位の常駐には適しません。スラム化します。
兵隊は家に住まわせて置けばそれで良いのではなく、文化的な正常な生活をさせてこそ、必要時に正常な兵隊として活躍できます。
また面積が狭いために、島内での大部隊の訓練地の確保が困難。

万一、敵の空や海からの攻撃があった際、多人数の海兵隊員の陸上での退避拡散場所が無いため、海兵隊は戦わずして壊滅します。
島内に充分...続きを読む

Q硫黄島からの手紙

「硫黄島からの手紙」の単行本を探しています。

映画だと2部作みたいですが、
・硫黄島からの手紙(日本から見た硫黄島)
・父親たちの星条旗(アメリカから見た硫黄島)

「硫黄島からの手紙」の文庫本は
http://www.bunshun.co.jp/book_db/3/68/37/9784163683706.shtml
だと思うのですが、単行本は無いのでしょうか?

「父親たちの星条旗」の単行本はあるみたいなのですが・・・
http://item.rakuten.co.jp/book/4144506/

Aベストアンサー

記載されている文藝春秋の案内には、「硫黄島からの手紙」の判型の所を見ると
http://www.bunshun.co.jp/book_db/3/68/37/9784163683706.shtml
  判型 四六判上製カバー装
とありますから、単行本ですよ

Q硫黄島2部作

クリント・イーストウッド監督の硫黄島2部作「父親たちの星条旗」
「硫黄島からの手紙」
日本では「父親たちの星条旗」の方が公開が先だったようなのですが、アメリカではどちらの公開が先だったのでしょうか?やはり「硫黄島からの手紙」でしょうか?
 よろしくお願いします!

Aベストアンサー

両国ともに、
父親たちの星条旗が2006年10月公開、
硫黄島からの手紙が2006年12月公開ですね。
リアルタイムで劇場で観ました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%88%B6%E8%A6%AA%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%AE%E6%98%9F%E6%9D%A1%E6%97%97
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A1%AB%E9%BB%84%E5%B3%B6%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AE%E6%89%8B%E7%B4%99

Q硫黄島のP-51についてです。 硫黄島に展開したP-51は下面にアンテ

硫黄島のP-51についてです。 硫黄島に展開したP-51は下面にアンテナを増設して従来のアンテナも1本から2本にしている機体が多くみられます。 さらに座席のヘッドパッドが従来のP-51と違って分厚くなって、無線機(?)とも思うような機械が増設されているようにも見えます。 手持ちの資料などでも、これらの装備については記載されていません。 長距離洋上任務のために、硫黄島に配備されてから改造などを施したのでしょうか?ご存知の方がいましたらご教授願います。

Aベストアンサー

こんにちは

> 硫黄島に展開したP-51は下面にアンテナを増設して従来のアンテナも
> 1本から2本にしている機体が多くみられます。 さらに座席のヘッド
> パッドが従来のP-51と違って分厚くなって、無線機(?)とも思う
> ような機械が増設されているようにも見えます。

ちょっとズバリの写真が見当たらなかったので、半分推測ですが・・。

D型後期(硫黄島の頃でしたら多分該当?)には 様々な航法支援装置が
付加されているようですね。

"P-51 Mustang Pilot's Flight Manual"によれば・・・
→Google Books(書籍)の検索で上記のキーワードを入力して検索して
みてください。

31頁本文に
・・・and the IFF antenna project from the undersides of the
wings・・・
(IFF<敵味方識別>アンテナは主翼の下面より輻射する)
という記述が一応あるのですが、P-51Dの無線関係の機器の配置図が載って
いる同頁(RADIO EQUIPMENT)には残念ながら(胴体)下面のアンテナの
位置は記載されていないようです。

座席のヘッドパッド(ヘッドレスト)後部には SCR-522-A RADIO SET と
名の付いた でっかい箱がありますので、そいつじゃないでしょうかね?


それにしても、この当時で既に IFFやら後方警戒装置 なんか積んでいる
んですねぇ~ 驚きました。
こりゃ戦争に負けるハズですわ (--;)

こんにちは

> 硫黄島に展開したP-51は下面にアンテナを増設して従来のアンテナも
> 1本から2本にしている機体が多くみられます。 さらに座席のヘッド
> パッドが従来のP-51と違って分厚くなって、無線機(?)とも思う
> ような機械が増設されているようにも見えます。

ちょっとズバリの写真が見当たらなかったので、半分推測ですが・・。

D型後期(硫黄島の頃でしたら多分該当?)には 様々な航法支援装置が
付加されているようですね。

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Q青山 繁晴さんの硫黄島に関する動画を探しています

青山さんが硫黄島に行った時の様子を語っている動画で、

場所は部屋や事務所とかではなく、講演会場のような場所でした。

長さは10分位のものだったと思います。

印象に残っている動画の内容は、
硫黄島に行くために飛行機(ヘリコプター?)に乗っている途中で、急に100人・200人っていう人じゃない、何千人っていう人数の霊的なものが体に入ってきた。

機内で、さっきまでニコニコ笑っていたのに急に泣き出した。

硫黄島で滑走路に降りられなかった。

アメリカを責めているんじゃない。いつまでも遺体回収作業を進めない日本政府を責めている。

といった内容の事を舞台の上でちょっと涙ながらに語っていらっしゃいました。

上記の動画をご存じのかたいらっしゃいませんでしょうか?

Aベストアンサー

下記のタイトルではないのですか?
「青山繁晴 硫黄島の戦いで何があったのか」

YouYube内で検索を・・
https://www.google.co.jp/


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