『金枝篇』という題の何が悪いのでしょうか?
丸谷才一さんの『思考のレッスン』の中に「フレイザーの『黄金の枝』-僕は『金枝篇』という訳語は嫌いだから『黄金の枝』なんですが-」とあります。

以前にも別の方が「『金枝篇』という訳語は嫌いだ」と書いているのを目にしたことがあり、その訳に違和感を感じない身としては、嫌う理由が気になります。
なぜ『金枝篇』という訳は嫌われるのでしょうか?

A 回答 (4件)

No2回答者です。


「金枝」には「ご指摘のような意味がある上、「篇」も古臭い感じがして、しかも原題にはありません。
恐らく、種々の要因が重なって、原題にふさわしい現代的な訳をつけたのでしょう。
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明代中国のエロ小説、金瓶梅、を連想させるからじゃないでしょうか?

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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
イメージの悪いものを連想させるからという理由は確かにありそうなことですね。

お礼日時:2010/07/24 12:43

原題は、The Golden Bough(金の枝)です。

この回答への補足

ところで、いま辞書を引いてみて初めて知ったのですが、「金枝(金枝玉葉)」という言葉は天皇の一族を指すこともあるそうです。
もしかしたら、金枝篇という訳が嫌われるのは、この紛らわしさも理由なのかもしれないと思いました。

補足日時:2010/07/24 12:46
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
原題に忠実な訳ではないので嫌われるということでしょうか?

お礼日時:2010/07/24 12:40

「キンシ」という音が、「オウゴンのエダ」よりも内容を感じさせにくいためではないでしょうか。


「キンシ」と言われて黄金の枝なんだな、と連想しにくいですし。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
仰る通り「キンシヘン」という音から「金枝篇」という字を思い浮かべることは難しいです。

『ツァラトゥストラかく語りき』を『ツァラトゥストラはこう言った』、『失楽園』を『楽園の喪失』と改めるように、現代では文語調の邦題は避けられる傾向にあるのかもしれませんね。

お礼日時:2010/07/24 12:39

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・そのうち翻訳以外の時にも新仮名遣いを使うようになった。
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必然的に両者の比較をわたしに課すことになつたのである。
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皆さんの言われるとおりですが、戦後の国語改革で、歴史的仮名遣いを廃したものの、「助詞」に関してはそのまま残したように認識しています、ただこれは「不徹底」というより、助詞と、名詞をはっきり分離できるという意味があったようです。英文などでは単語と単語の間にはスペースを置きますが、日本文や中国文ではそのようなスペースは存在しませんからある意味合理的です。

句読点も旧い漢文などでは存在せず、あったとしても句点だけとかで、今のように整備されたのは明治以降です。読点もあるにはあったが、実際は殆ど使われておらず、江戸時代の本を原書で読むには慣れが必要です。

使われる「カナ」も江戸期までは全くバラバラでした。今も蕎麦屋の暖簾に「楚者」の草書が使われたり、「多ん古」(=だんご)などの表記が残っています。当て字なんかもザラです。書き順もメチャクチャ。ですから、カナや書き順をガタガタ言い始めたのは明治以降なんです。

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・中国呉方言:p(確か)
・韓国朝鮮:p
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実はzerounoさんの「先駆者」がいるのです。「かい人21面相」です。彼らの脅迫状には、関西弁が使われ、助詞には「わ」、「お」、「え」使っていました。ある意味で革命的な出来事です。(彼らによる犯罪の善悪は別ですよ!!)

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Q天皇陛下の生前退位の費用が100億円掛かることが明らかとなった。 天皇陛下が亡くなってもまた行事を行

天皇陛下の生前退位の費用が100億円掛かることが明らかとなった。

天皇陛下が亡くなってもまた行事を行わないといけないので完全な追加出費となる。

まず世界各国の要人が天皇陛下の生前退位に対して挨拶に来られるので全ての要人の天皇家への訪問が90日間掛かるという。

更に天皇家の神道の行事も行われて全て警備費用も含めて生前退位に100億円の経費が掛かる。

天皇陛下の自由意思で生前退位して良いじゃんって言ってたけど追加費用が100億円を国民の税金を当てるというのでどうなんでしょう。

死んだら生前退位やったからもう無しっていうわけにもいかないし、100億円の税金消費は許せますか?許せませんか?

ちなみに天皇陛下の資産は3億円なんで私財で支払ったらアイフルの消費者金融に97億円の借金が出来てしまいますよね。

Aベストアンサー

安いですね。加計には約200億近くかかるから、どうって事ないのと違いますか!?
何分、硬質だけに堅い話ですね。

Q東西線『葛西駅』の『葛』の漢字について

入力をしていて、どうしても変換ができなかったので教えて下さい。

私の記憶では、『葛西(かさい)』の『葛(か)』の部分は
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何か良い方法がありましたら、是非ともお願いします。
(説明解りづらくてすみません。。。)

Aベストアンサー

質問の形態は違うのですが先日も同じ文字の質問があり、私も解答を書きましたが他の方の意見も興味があり拝見している所です。

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http://www.okweb.ne.jp/kotaeru.php3?q=283022

参考URL:http://www.okweb.ne.jp/kotaeru.php3?q=283022

Q天皇退位の引き金になるのは何ですか?

天皇の退位に関して、法制化が進められています。
今、どのような法律が検討されているのか、教えて下さい。
1.退位の引き金になるのは何ですか?(例えば、天皇がその旨を公式に表明する、ことですか?)
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Aベストアンサー

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そして、そのことは『奥の細道』中にもいえて、冒頭部分に、
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 明らかに、「無常」のことを述べ表していると思いました。
上記に挙げたことは、私の考えですが間違いですか?
芭蕉は、多くの旅で、姿ある風景ではなく、何を見てきたのですか?
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教えてください。
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Aベストアンサー

>上記に挙げたことは、私の考えですが間違いですか?
 間違いかどうか、というご質問ですと難しいところです。
 理由は簡単なことで、「正解」というものが存在し得ないためです。

 文学研究では「正解」はありえません。
 「限りなく真実に近いと確信できる答え」を探すのがやっとです。古典研究であれば作者はもう居ませんし、仮に「こう書いたつもり」という記録が見つかったとしても、作者の中にある無意識がこの文章を書かせた、という論は成り立ちます。
 要は、どこまでも「こうなんじゃないか」の連続、積み重ねがあるだけで、真実も正解もあろうはずがないのです。

 ということで間違いかどうかは言えません。
 しかし、私個人の見解としては、芭蕉の文に「無常観」が見られる、という意見には概ね賛成です。

>芭蕉は、多くの旅で、姿ある風景ではなく、何を見てきたのですか?
>歌の伝統、伝統の文学の心を、風景に投影したのですか?
 まず「歌の伝統、伝統の文学の心」とは一体何を想定してお話されているのでしょうか?
 芭蕉が何を見てきたか、という問いに答えられるのは芭蕉だけです。
 従って次の問いに答えられるのも芭蕉だけです。

 この問いに関する「限りなく真実に近いと確信できる答え」を探すためには相当な研究を重ねる必要性があります。それこそ先行研究が山のようにある分野ですので、まずはそこの読み込みからになります。本文研究も相当必要です。
 ぶっちゃけた話、大学の卒論クラス、もしくはそれ以上の問いになりますので、答えるとしても全角800文字の制限がある中では不可能といわざるを得ません。
 ですので、こればっかりはご自分で研究して、「答え」を見つけるよりほかないと思われます。

 そこまで深刻ではない、というのであれば、お近くの図書館で松尾芭蕉と無常観に関する本をお探しになられるとよろしいのではと思います。


 最後になりますが、私は、芭蕉は旅の中で風景を見て、その中から何かを感じ取って作品を書いたのではないかと思います。
 その感性は無論彼の人生観やその形成に関わった書物の影響の下に存在しているでしょう。彼が尊敬する人物の中に西行法師が挙げられることからも、無常観というものは常に彼の中にあったものとは思います。
 しかし、これが正解ではありませんので、あしからず。

>上記に挙げたことは、私の考えですが間違いですか?
 間違いかどうか、というご質問ですと難しいところです。
 理由は簡単なことで、「正解」というものが存在し得ないためです。

 文学研究では「正解」はありえません。
 「限りなく真実に近いと確信できる答え」を探すのがやっとです。古典研究であれば作者はもう居ませんし、仮に「こう書いたつもり」という記録が見つかったとしても、作者の中にある無意識がこの文章を書かせた、という論は成り立ちます。
 要は、どこまでも「こうなんじゃない...続きを読む

Q天皇陛下の退位のお気持ちの言葉、なぜ摂政ではダメなのでしょうか?

先日の天皇陛下のお言葉は要約すると次になると思います。
1.天皇は激務で年齢的にきつい
2.仮に摂政をおいても天皇であることには変わりない
3.崩御で天皇が変わるより生前退位の方が皇室及び国家にとって負担がより少ない
私の心配は生前退位された天皇陛下が韓国や中国に利用されるのでは?ということです。それらの国を訪問して謝罪すれば日本政府はとても困ります。なぜ摂政ではダメなのでしょうか?

Aベストアンサー

>私の心配は生前退位された天皇陛下が韓国や中国に利用されるのでは?ということです。

天皇の位を退かれても「皇族」である事にかわりはないので、あの元総理のようにはならないと思いますが。


質問の主旨は↓でしょうか。

>なぜ摂政ではダメなのでしょうか?

回答:摂政ではできない行事がある。(これが結構ハード)

誤解している方がいるようですが、陛下のお仕事は、政治や外交等の国事行為だけではありません。
皇統は、他国の国王や元首と違って、日本創世の神話とも関わっています。
その為に、天皇は国事行為以外の「神事」も行わなければなりません。(これが結構ハード)
そして、神事は天皇という位の者しか行う資格のないものもあり、摂政や皇太子が代行する事はできません。

https://www.youtube.com/watch?v=3losFkjBvgo

Q中村春雨『無花果』の結末(三浦綾子『塩狩峠』)

中村春雨(吉蔵)のキリスト教小説『無花果』の結末に関する質問です。
学生の時分にこの小説が授業で取り上げられたことがありました。
三浦綾子の長編『塩狩峠』にも登場する作品です。
ところがこの『無花果』の結末、授業で学んだものと『塩狩峠』に書かれているものとでは著しく異なっているのです。


●授業での結末(授業バージョン)
主人公の牧師鳩宮が紆余曲折の末、家族に温かく迎えられて幸福の涙を流す場面で終わりです(七十五章)。

●『塩狩峠』での結末(塩狩峠バージョン)
授業での結末の続きが書かれています。
主人公が苦悩の末に家出し、汽車にはねられて死ぬところで終わります。


私は実際に読んでおりませんが、
この『塩狩峠』に書かれているエピソードがあるかないかによって、
『無花果』の読後感は180度変わってくると思います。

「授業バージョン」は物語の御都合主義的な欠陥が際立つ結末となっています。
授業でも「入信→救済」という単純な図式が指摘されていました。
つまりキリスト教の宣伝小説のような印象を受けるのです。

一方「塩狩峠バージョン」はいわばバッドエンドです。
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「せっかく鳩宮家に平和が戻って来たというのに、どうしてこんな結末になってしまったのだろう」と。
しかしこの結末に考え込んだ信夫は以前にもましてキリスト教に強く関心をもつようになります。


当時この点について授業の担当教員に質問したところ、
「おそらく三浦綾子の記憶違い」とのことでした。
しかしこれほど重大な部分について記憶違いが起るだろうかと私は疑問に思うのです。
たとえば中村春雨が結末に手を加えるなどして、異なるバージョンが存在することになったということもありえます。
『無花果』を読めばすぐに疑問が解決するのでしょうが、
たいへんに古い作品のため容易に読むことができない状況です。


『無花果』の結末についての真相をご存知の方がいらっしゃいましたら、ご教示のほどよろしくお願いいたします。

中村春雨(吉蔵)のキリスト教小説『無花果』の結末に関する質問です。
学生の時分にこの小説が授業で取り上げられたことがありました。
三浦綾子の長編『塩狩峠』にも登場する作品です。
ところがこの『無花果』の結末、授業で学んだものと『塩狩峠』に書かれているものとでは著しく異なっているのです。


●授業での結末(授業バージョン)
主人公の牧師鳩宮が紆余曲折の末、家族に温かく迎えられて幸福の涙を流す場面で終わりです(七十五章)。

●『塩狩峠』での結末(塩狩峠バージョン)
授業での...続きを読む

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  オークション > 本、雑誌 > 文学、小説 > 小説一般 > 日本人作家 > 複数作家
に、
  ◆現代日本文学全集【歴史・家庭小説集】改造社◆昭和3年◆
というのが出品されています。
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当時全集ブームにのって、大ベストセラーとなった改造社の現代日本文学全集です。
天の部分が金色になっており豪華に作られております。
大変古いものですので入手困難な貴重なものだと思います。

由井正雪 塚原渋柿園
元禄女 村上浪六
無花果 中村春雨
小松嶋 村井弦齋

経年によるヤケ、シミ、折れ、角に傷み、汚れ、函破れあります。
ご了承いただける方のご入札お待ちしております。
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との説明があります。写真を見ると全集の中の「第34集」のようです。
 現在の価格は700円、あと4日です。


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