テストでウェーバーのことがでるという話なんです。
授業を振り返ってみるとウェーバーの話は「支配の三類型」しか覚えていません。(情けないです)それなので、
ウェーバーの支配の三類型ですが、官僚が三類型の1つだとおもうのですが、あとはわかりません。あとの2つとその説明をしていただきたいのですが。ほんとに申し訳ないことです。あと文献も与えていただけると嬉しいです。
なにとぞお願いします。

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A 回答 (1件)

こんにちは。



ウェーバーの「支配の三類型」は、以下の3つに分類されます。

【カリスマ的支配】
カリスマとは特定の人物に宿る畏怖すべき資質のことで、この支配は人々がカリスマ的人物に畏怖の念を抱くことで服従する

キリスト・ナポレオン・レーニン
この支配の問題点は、カリスマが宿る人物は、ごく限られており、その人が死んだ場合その支配体制をどうやって維持していくか(カリスマの日常化)ということである。
<日常化の手法>
(1)世襲カリスマ
カリスマ的人物の子孫もまた、カリスマを持つと考え、代々カリスマを世襲する
例:本願寺の法主・茶道の千家
(2)官職カリスマ
組織上の地位にカリスマ性を付与して、継承していく
例:ローマ法王・ダライ=ラマ

【合法的支配】
制定された規則の正当性を自明のものとして支配する
情緒的なきずなは存在しない
行政官僚制の支配・企業
近代社会における主要な支配形態

【伝統的支配 】
伝統を神聖視し被支配者が自発的に支配者に服従している
この場合の忠誠心は恭順とよばれる男性支配・封建的主従関係・君主制

文献は参考URLを参考にされてください。

参考URL:http://www.l.u-tokyo.ac.jp/~yano/weber/bib.htm
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この回答へのお礼

返事が遅くなり申し訳ありません
参考になりました
ありがとうございました
またお願いします

お礼日時:2003/07/24 11:43

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どこで尋ねれば、良いのかわからなかったので、こちらで質問します。メリアムのミランダとクレデンダとは何ですか。政治学は、まったくの初学者ですので、できるだけわかりやすくお願いします。あるいは、詳しく説明しているサイトがあったら教えてください。

Aベストアンサー

 ミランダとクレデンダというのは、アメリカの政治学者C.E.メリアム(1911~)が『政治権力』の中で提示した、政治的象徴の分類です。まずミランダとは、大衆の情緒的・非合理的側面に訴え、権力を神聖かつ壮大なものとして正当化するものです。例えば、大衆動員、儀式、記念日、記念碑、旗などがあげられます。次にクレデンダとは、大衆の知性的・合理的側面に訴え、権力を尊敬、服従、自己犠牲などの対象として正当化するものです。

 現代においても、政治権力の担い手はごく少数者に限られるのが一般的です。この権力者が支配を行うには、警察や軍隊による物理的強制の他に、被支配者が自発的に権力に服従する状況を創り出すことが重要です。その道具として用いられることが多いのが、政治的象徴です。特にマス・メディアが大いに発達した現代社会においては、これを操作することが重視されるのです。

 そしてこの政治的象徴を、被支配者の中に内面化されていく状況から分類したものが、ミランダとクレデンダです。大衆社会においてはクレデンダよりもミランダの方が効果的に利用されます。

 なお、同様の用語に若干の注意が必要です。まずM.ウェーバーの「支配の正当性原理」(被服従者が権力に正当性を与える様子を、伝統的支配、カリスマ的支配、合理的支配の3つに分類したもの)は、クレデンダに帰属するものと考えられます。また、ナチ支配下のドイツ国民の行動様式は、一見ミランダによるもののように感じますが、フロムの『自由からの逃走』によれば、自由を重荷に感じるようになったドイツ国民の多くが自発的に権威に服従したものであり、これを彼は「権威主義的パーソナリティー」と呼びました。自発的、という点でミランダとは少し違います。

・・こんなところでいかがでしょう?

 ミランダとクレデンダというのは、アメリカの政治学者C.E.メリアム(1911~)が『政治権力』の中で提示した、政治的象徴の分類です。まずミランダとは、大衆の情緒的・非合理的側面に訴え、権力を神聖かつ壮大なものとして正当化するものです。例えば、大衆動員、儀式、記念日、記念碑、旗などがあげられます。次にクレデンダとは、大衆の知性的・合理的側面に訴え、権力を尊敬、服従、自己犠牲などの対象として正当化するものです。

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Q慣習法 判例法 が分らず困っております。

政治経済を勉強しているのですが政治の分野で分らない部分があるので質問しようとおもいましたがカテゴリーの中になかったのでこのカテゴリーに質問さして頂きます。


法には自然法と実定法があって
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ネット検索で「慣習法 例」「判例法 例」で探してもでてきませんし

この2つを自分にもわかるようにできれば具体的な例も交えて教えていただけませんでしょうか?

Aベストアンサー

専門家ではありませんが、法律は嫌いでは無いので今までに読んだ事例を脚色して、例を書きます
・慣習法
『弁護始末記 17』(http://www.npb.go.jp/ja/books/mokuroku/_380301.html)という書籍にでてきたのですが、「こさがり」と言う慣習があります。これは、地方によって意味合いが異なるとはおもいますが、邪魔な草や枝を刈る行為のことです。
さて、ある村に住むAは山林を持っておりました。その山林に隣接する畑をBが所有しており、Bは慣習に従い、畑に接する山林の下草を刈り、枝を取り除いておったのです。しかし、突然の病でBは死亡し、よそから来た娘婿のCが畑を相続したことが問題の発端です。
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・判例法
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日本でも殺人事件が起きると、『死刑を求刑する場合には、最高裁判例が適用され・・・と言う事は、今回の事件においては、条件に当てはまらないが、』このような解説等を読んだ事御座いませんか?

専門家ではありませんが、法律は嫌いでは無いので今までに読んだ事例を脚色して、例を書きます
・慣習法
『弁護始末記 17』(http://www.npb.go.jp/ja/books/mokuroku/_380301.html)という書籍にでてきたのですが、「こさがり」と言う慣習があります。これは、地方によって意味合いが異なるとはおもいますが、邪魔な草や枝を刈る行為のことです。
さて、ある村に住むAは山林を持っておりました。その山林に隣接する畑をBが所有しており、Bは慣習に従い、畑に接する山林の下草を刈り、枝を取り除いておった...続きを読む

Qイデオロギーって何ですか???

イデオロギーとはどんな意味なんですか。
広辞苑などで調べてみたのですが、意味が分かりません。
どなたか教えてください。

Aベストアンサー

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオロギ-には賛成・反対といった概念がないのです。

例えば、環境破壊は一般的に「やってはいけない事」という一定の考えに
組織されています。つまりみんなが根本的な共通の考え(やってはいけない事)として組織されているもの、これがイデオロギ-なんです。
しかし、社会的立場によってはその「やってはいけない事」を美化して
公共事業と称して環境破壊をする人達もいますけど。
ここでイデオロギ-という概念に対して色んな論説が出てくるわけです。
一応これは一つの例ですけど。

というかこれくらいしか説明の仕様がないですよ~~・・。
こういう抽象的な事はあまり難しく考えるとそれこそ分からなくなりますよ。
この説明で理解してくれると思いますけどね。

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
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Qデュルケームの「社会分業論」って何?

明日、デュルケームの「社会分業論」についての試験があります。語句説明や、カッコに用語をいえれないといけなかったりするそうで、試験時間は20分ほどです。さて、ポイントはなんなのか、さっぱりわかりません。どこを重点的に理解していけばいいでしょうか?

Aベストアンサー

有斐閣の『社会学小辞典』から。

社会的分業
技術的分業や経済的分業に対置される概念。これについて説いた学者は多いが、とくにデュルケムは分業が能率や経済効率を増進させるという側面よりも、複数の個人のあいだに道徳的連帯を生み出す事実に注目して、社会的分業を体系的に明らかにした。そして、この分業の発達が社会を機械的連帯から有機的連帯へと、連帯の性質そのものの変化を伴って進むものと見た。また、とくに有機的連帯が正常な道徳的連帯を生まない場合の分業を無規制的分業、拘束的分業などの異常形態と見て、現代社会を批判した(以下略)。

キーワード:機械的連帯、有機的連帯

大学のテストはすくなくとも講義に出席していたことを前提として行なわれますので、マルクスと対置させる場合、スミスと対置させる場合もあります。その場合はご愁傷様です。
社会学史のテストなのでしょうが、講義に出ていなければ当然点数は低くて然るべきと考えましょう。点数が低くても、すべてはbinbouさんの自己責任です。

関連概念:マッキーヴァーの「コミュニティ」と「アソシエーション」など。
『社会学の基礎知識』(有斐閣)で復習しましょう。

訳書は田原音和(たわら・おとより)訳『社会分業論』(青木書店)。
井伊玄太郎訳(講談社学術文庫)はお勧めできません。

有斐閣の『社会学小辞典』から。

社会的分業
技術的分業や経済的分業に対置される概念。これについて説いた学者は多いが、とくにデュルケムは分業が能率や経済効率を増進させるという側面よりも、複数の個人のあいだに道徳的連帯を生み出す事実に注目して、社会的分業を体系的に明らかにした。そして、この分業の発達が社会を機械的連帯から有機的連帯へと、連帯の性質そのものの変化を伴って進むものと見た。また、とくに有機的連帯が正常な道徳的連帯を生まない場合の分業を無規制的分業、拘束的分業などの...続きを読む

Qインド人に特有の思考様式について

インド人に特有の思考様式の一つの「抽象観念を実体視すること」という観点から、業(カルマン)及び輪廻(サンサーラ)についての説明と、次いで両者の関係について…論述できる方いらっしゃいませんでしょうか?お願いします。

Aベストアンサー

「業」の原語は、カルマンというサンスクリット語で、単に「行為」という意味です。
古代インドでは、よい行いをすれば、現世あるいは来世に良い結果があり、悪いことをすれば悪い結果となるという自然な因果の法則が信じられました。この善悪の行為は、ある潜在的な力があるとされ、この業の力は、過去現在未来に渡って存続すると信じられ、それによって業による輪廻思想が生まれたようです。
なお、サンサーラとは「流れる」という意味で、流転と訳されるサンスクリット語です。

以上、哲学とはいうものの現実の法則が哲学に発展したというのがインドの思想でしょう。
印度哲学というのは、生活上の様々な事象を体系的に整理したものです。カーマスートラなどという哲学書が存在するのもインドならではのことでしょう。
因みに、私の卒論は「サンギータ・ラトナーカラ」という名の音楽に関する哲学書の考察でした。

Qデュルケーム、マルクス、ウェーバーの共通点と相違点

デュルケーム、マルクス、ウェーバーの共通点と相違点はどういうところでしょうか?できれば、文化概念や女性問題(女性の労働など)に焦点をあてて考えてみたいのですが。それともどの人か一人に絞って、考えてみてもいいですが。。。レポートを書くのですが、ポイントがわかりません。。。どなたか社会学に強い方、いらっしゃいませんか?

Aベストアンサー

お礼の文章読みました。なるほど。じゃあ、ちょっとだけ、アドバイスを。
一人に絞ってもよいのならば、マルクスの『経済学・哲学草稿』を中心に書くのは
どうでしょうか?
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一読して、考えてみてください。参考文献を挙げておきます。

上野千鶴子1986『女という快楽』剄草書房。
 この中の「6、個の解放と種の解放」を参考にしてみてください。

Qヴェーバーの行為の4類型?

ヴェーバーの行為の4類型について質問したいのですが…。ヴェーバーの支配の3類型についての資料はいろいろあるのですが、行為の4類型について書かれている資料を探せ出せなくって…困っています。お願いします!

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Max Weber のことですか?
それなら、
1,人間が他の人間を物として支配する型
2,人間が他の人間を物としてではなく人間として、人格的に支配する型
3,人間に対する人格的支配を内容とせず、人間がその特定の行為の側面においてのみ関係しあう型 
4,人間に対する人格的支配を内容とせず、しかも人間が人間としての側面において関係しあう型

のことだと思いますが、ヴェーバーがWeberでないなら違いますね。
外国人の名前は綴りで書かれたほうが良いかと思います。

Q「自然法」と「自然権」の違いをおしえてください。

「自然法」と「自然権」の違いが、いまいちよくわかりません。すっきり単純明快な説明をお願いいたします。

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>ホッブズの考えでは、自然権=生命、自由、財産のなのではないでしょうか?

正確には、ホッブズの場合は、「生命・自由・財産を保持する権利」=自然権です。生命・自由・財産=自然法です。

で、ホッブズの場合は、世の中の資源は限られているので、各人は自分の自然権を行使すれば、他者の自然権を侵害しなければならないと考えたのです。これが「万人の万人にたいする闘争」というやつです。つまり、ホッブズの場合、自然法と自然権は矛盾するのです。各人が自然権を行使することによって、他者の自然法が侵害されるからです。

そこで、社会契約をむすび、各人が自然権を放棄して、一人の支配者に自然権を委ねるのです。この支配者をリヴァイアサンというのです。つまり、自然法を守るために、自然権を放棄せよというのがホッブズです。

Qウェーバーの支配の諸類型について。

ウェーバーの支配の諸類型について。
私は今、ウェーバーの支配の諸類型について調べています。
支配の諸類型には「伝統的支配」「カリスマ的支配」「合法的支配」があることがわかりました。また、それぞれの特徴もそれなりに理解しました。
しかし、支配は時代が下るにつれて「伝統的支配」「カリスマ的支配」「合法的支配」へと移り変わっていくようなのですが、それがわかりません。
「カリスマ的支配」から「合法的支配」は合理性を求めて変化していくのかなと思いますが、「伝統的支配」から「カリスマ的支配」へ移り変わるのはさっぱりわかりません。
どうしてなのか教えてください。

Aベストアンサー

一つの安定した支配が不安定になると、カリスマが現れて、支配形態を変更する。
だが、カリスマ支配が非日常から、支配の長期化により、日常化するその日常化のプロセスで、伝統的支配になったり、合法的支配になったり、その両者の結合物になったりする。
その支配がまた不安定になると、カリスマがやってくる。


「カリスマ的支配」から「合法的支配」は合理性を求めて変化

カリスマの日常化です。

偉大なる王が生まれ、支配したあと、そのあと、血統カリスマによる、伝統的支配が始まります。
中央アジアで、チンギスハンの子孫がハンなのが合理的だよなとか
イスラム圏では、ムハンマドの子孫の支配が正しいよな
というやつ。
そこには個人的なカリスマは不要です。

伝統的 → カリスマ
社会や支配形態の不安定化です。

フランス革命は、「不敗将軍 ナポレオン」の軍事カリスマによって安定化します。そして、ナポレオン法典と、ハプスブルグの血の入った息子による継承で、伝統的+合法的な日常的(安定した)支配を確立しようとしたが、失敗した。

Qマックスウェーバーについて無知な人への説明

マックスウェーバーの前提知識がない人に、ウェーバーについて説明するとしたら、どのようなことを話したらいいのでしょうか?
私自信もまだ勉強不足なため、上手く説明できません><;

1.ウェーバーの思想とは、具体的にどのようなものだったのか

2.それが現代社会に及ぼす影響とは何か

特にこの点についてお聞きしたいです。

明日までというかなり緊急な状態のため、回答できる方はぜひお願いします!!!

Aベストアンサー

 理系なので、多少偏っています。

 マックスウェーバーは、歴史学者で社会学者ですが、自分ではどちらとも言った事はないと思います。当時のドイツ(プロイセン帝国)では伝統的に、歴史的必然によって現社会になった、という立場が主流だったと思います。そう言われると当然のような気もしますが、当時の内容は、現在思い浮かべるものとかなり違います。その辺りは、ご自身でご確認下さい。キーワードは、シュモラー,ドイツ歴史学派などです。

 ウェーバーも先の学派の一員ですが、歴史学と社会学を分離するところから始めます。自身の社会学的方法を、歴史的文脈を分析できるかどうかで検証し、検証結果に基づいて現社会に適用する、という行動だったと思えます。

1.理念型モデルの提唱
 ある社会なり時代なりを、いわばステレオタイプ化して、その社会を成立させる動機付け(エートス)の明確化を可能にする、理解社会学の基礎を提唱します。この手法は、今ではある意味常識だと思います。フィールドワーク的な有名な著作は「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」です。

2.学問価値自由論
 歴史の分析を通じて(と思えます)、エートスの価値は、学問(科学)によっては説明も証明もできないという立場を取ります。故に学問は、いかなる価値判断とも無関係だとなります。例えば核物理の研究の正否は、それが核戦争に用いられるかどうかとは関係ないという話にもなりますが、ウェーバーの言いたかった事は逆です。学問はいかなる価値判断にも準じるな、です。これも今では当然と思えますが、当時は違いました(シュモラーらとの対立)。

3.価値の通約不可能性
 よって価値は、説明可能なものでなく、信じるものになります。つまり、ある価値を信奉すれば、原理的に他の価値は認められません。価値の衝突は絶え間なく起きる事になります。何か、イラン・イラク戦争などを想起させますが、これにより、どんな社会(西欧,非西欧など)も、ある意味平等です。そして学問は、他人の価値を理解する方法にはなる、という立場を取ります(価値の根拠の説明はできないが)。ある価値を理解する事と認める事は違うという彼の立場が通じないために、歴史学派の学会の席をたったという有名(?)な話があります。

4.職業としての政治
 ゆえに政治とは、価値の表明です。これはさっきと逆です。政治とは、学問と無関係な行為です。これも危なく聞こえますが、政治に学者を抱きこむな、と言っています。2.とこれは合わせて、当時のドイツの官学癒着に対する、独特の学会批判と政治批判になっています。

5.心情倫理と責任倫理,近代人
 信じるもの,価値=心情倫理(キリスト経含む),結果責任(学問?)に基づく行為=責任倫理という構図です。価値は説明できなくても、結果責任により価値の衝突を回避する(理解する)事、だと思います。この結果、人は、自身と社会との間に「異様な緊張を孕む、自律的存在」となるが、それが近代人の宿命だと言います。

6.組織論
 以上の統合を経て、これも彼が先鞭を付けたと思われる組織論が出ます。その中で彼は、当時のビスマルク官僚体制を批判すると同時に、同じ視点から返す刀で、黎明期にあった社会/共産主義は、いずれ破綻すると言います。自分には、ソ連の崩壊を200年前に予見したように思えます。ウェーバーはある意味、自由主義の申し子です。

7.ウェーバーその後
 ふるいですが、1960~70年代にウェーバー・フリークと言われる学派(?)がありました。バーガーに代表される人達です。バーガーの有名な著作は、「聖なる天蓋」「故郷喪失者達」などです。ウェーバーの始めた理解社会学のその後の系譜がわかると思います。

 理系なので、多少偏っています。

 マックスウェーバーは、歴史学者で社会学者ですが、自分ではどちらとも言った事はないと思います。当時のドイツ(プロイセン帝国)では伝統的に、歴史的必然によって現社会になった、という立場が主流だったと思います。そう言われると当然のような気もしますが、当時の内容は、現在思い浮かべるものとかなり違います。その辺りは、ご自身でご確認下さい。キーワードは、シュモラー,ドイツ歴史学派などです。

 ウェーバーも先の学派の一員ですが、歴史学と社会学を分離す...続きを読む


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