テストでウェーバーのことがでるという話なんです。
授業を振り返ってみるとウェーバーの話は「支配の三類型」しか覚えていません。(情けないです)それなので、
ウェーバーの支配の三類型ですが、官僚が三類型の1つだとおもうのですが、あとはわかりません。あとの2つとその説明をしていただきたいのですが。ほんとに申し訳ないことです。あと文献も与えていただけると嬉しいです。
なにとぞお願いします。

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A 回答 (1件)

こんにちは。



ウェーバーの「支配の三類型」は、以下の3つに分類されます。

【カリスマ的支配】
カリスマとは特定の人物に宿る畏怖すべき資質のことで、この支配は人々がカリスマ的人物に畏怖の念を抱くことで服従する

キリスト・ナポレオン・レーニン
この支配の問題点は、カリスマが宿る人物は、ごく限られており、その人が死んだ場合その支配体制をどうやって維持していくか(カリスマの日常化)ということである。
<日常化の手法>
(1)世襲カリスマ
カリスマ的人物の子孫もまた、カリスマを持つと考え、代々カリスマを世襲する
例:本願寺の法主・茶道の千家
(2)官職カリスマ
組織上の地位にカリスマ性を付与して、継承していく
例:ローマ法王・ダライ=ラマ

【合法的支配】
制定された規則の正当性を自明のものとして支配する
情緒的なきずなは存在しない
行政官僚制の支配・企業
近代社会における主要な支配形態

【伝統的支配 】
伝統を神聖視し被支配者が自発的に支配者に服従している
この場合の忠誠心は恭順とよばれる男性支配・封建的主従関係・君主制

文献は参考URLを参考にされてください。

参考URL:http://www.l.u-tokyo.ac.jp/~yano/weber/bib.htm
    • good
    • 1
この回答へのお礼

返事が遅くなり申し訳ありません
参考になりました
ありがとうございました
またお願いします

お礼日時:2003/07/24 11:43

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Qマックスウェーバーの著書の中で聖徳太子について触れているものがあると聞

マックスウェーバーの著書の中で聖徳太子について触れているものがあると聞いたのですが、著書名を教えてください。

Aベストアンサー

Gesammelte Aufs?tze zur Religionssoziologie 著者: Max Weber
P296
Prinz Shotoku-Taishi なんてのがある

Qウェーバーの支配について教えてください

1、ウェーバーの支配の社会学について、なぜ彼は支配の問題を扱う必要があったのか教えてください
2、それとウェーバーの支配の社会学をわかりやすく説明していただけると助かります。
よろしくお願いします

Aベストアンサー

1かれは 支配の問題を扱う必要があったのか、というより、彼の生涯のテーマのように思います
2支配の社会学
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
『支配の社会学』(Soziologie der Herrschaft)とは1922年に社会学者マックス・ウェーバーによって発表された官僚制を主題とした研究である。

概要 [編集]
ウェーバーの官僚制の理論では、古代エジプトや古代中国の前近代的な官僚制と、近代において出現した官僚制が区別され、後者には客観性(Sahilichkeit、即対象性、没主観性)という性質があるものとされる。即ち、彼は、近代的官僚制を、中立的に適用される規則や明確化された職務権限、更に階層性の組織構造という形式合理性で特徴付ける。 このような官僚制においては、他の組織の形態と比して、一方で、優れた業務の正確性と継続性や、曖昧性と恣意性を排除する性質などの積極的側面が認められ得るが、他方、官僚化が進むと形式合理性の論理によって組織は閉鎖化し、単一支配的な傾向が生じる。この閉鎖性をウェーバーは「鉄の檻」という比喩で表現する。 このように、ウェーバーは近代官僚制の、消極的な側面をも指摘する。

そもそも社会全体に影響を与える行政活動から政治性を排除することはできない。しかし官僚制は政治性を排除し、非政治的なものへと変容させ、合理化が進めることができる。これは官僚制の有効性であると同時に官僚政治の原因にもなり、そのことは「政治の貧困」をもたらし、価値観の対立や討議という政治の意義が失われることにもつながる。

関連項目 [編集]
職業としての政治
参考文献 [編集]
ウェーバー、世良訳『支配の社会学』(創文社、1962年)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%AF%E9%85%8D%E3%81%AE%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E5%AD%A6

1かれは 支配の問題を扱う必要があったのか、というより、彼の生涯のテーマのように思います
2支配の社会学
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
『支配の社会学』(Soziologie der Herrschaft)とは1922年に社会学者マックス・ウェーバーによって発表された官僚制を主題とした研究である。

概要 [編集]
ウェーバーの官僚制の理論では、古代エジプトや古代中国の前近代的な官僚制と、近代において出現した官僚制が区別され、後者には客観性(Sahilichkeit、即対象性、没主...続きを読む

Qマックスウェーバーについて無知な人への説明

マックスウェーバーの前提知識がない人に、ウェーバーについて説明するとしたら、どのようなことを話したらいいのでしょうか?
私自信もまだ勉強不足なため、上手く説明できません><;

1.ウェーバーの思想とは、具体的にどのようなものだったのか

2.それが現代社会に及ぼす影響とは何か

特にこの点についてお聞きしたいです。

明日までというかなり緊急な状態のため、回答できる方はぜひお願いします!!!

Aベストアンサー

 理系なので、多少偏っています。

 マックスウェーバーは、歴史学者で社会学者ですが、自分ではどちらとも言った事はないと思います。当時のドイツ(プロイセン帝国)では伝統的に、歴史的必然によって現社会になった、という立場が主流だったと思います。そう言われると当然のような気もしますが、当時の内容は、現在思い浮かべるものとかなり違います。その辺りは、ご自身でご確認下さい。キーワードは、シュモラー,ドイツ歴史学派などです。

 ウェーバーも先の学派の一員ですが、歴史学と社会学を分離するところから始めます。自身の社会学的方法を、歴史的文脈を分析できるかどうかで検証し、検証結果に基づいて現社会に適用する、という行動だったと思えます。

1.理念型モデルの提唱
 ある社会なり時代なりを、いわばステレオタイプ化して、その社会を成立させる動機付け(エートス)の明確化を可能にする、理解社会学の基礎を提唱します。この手法は、今ではある意味常識だと思います。フィールドワーク的な有名な著作は「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」です。

2.学問価値自由論
 歴史の分析を通じて(と思えます)、エートスの価値は、学問(科学)によっては説明も証明もできないという立場を取ります。故に学問は、いかなる価値判断とも無関係だとなります。例えば核物理の研究の正否は、それが核戦争に用いられるかどうかとは関係ないという話にもなりますが、ウェーバーの言いたかった事は逆です。学問はいかなる価値判断にも準じるな、です。これも今では当然と思えますが、当時は違いました(シュモラーらとの対立)。

3.価値の通約不可能性
 よって価値は、説明可能なものでなく、信じるものになります。つまり、ある価値を信奉すれば、原理的に他の価値は認められません。価値の衝突は絶え間なく起きる事になります。何か、イラン・イラク戦争などを想起させますが、これにより、どんな社会(西欧,非西欧など)も、ある意味平等です。そして学問は、他人の価値を理解する方法にはなる、という立場を取ります(価値の根拠の説明はできないが)。ある価値を理解する事と認める事は違うという彼の立場が通じないために、歴史学派の学会の席をたったという有名(?)な話があります。

4.職業としての政治
 ゆえに政治とは、価値の表明です。これはさっきと逆です。政治とは、学問と無関係な行為です。これも危なく聞こえますが、政治に学者を抱きこむな、と言っています。2.とこれは合わせて、当時のドイツの官学癒着に対する、独特の学会批判と政治批判になっています。

5.心情倫理と責任倫理,近代人
 信じるもの,価値=心情倫理(キリスト経含む),結果責任(学問?)に基づく行為=責任倫理という構図です。価値は説明できなくても、結果責任により価値の衝突を回避する(理解する)事、だと思います。この結果、人は、自身と社会との間に「異様な緊張を孕む、自律的存在」となるが、それが近代人の宿命だと言います。

6.組織論
 以上の統合を経て、これも彼が先鞭を付けたと思われる組織論が出ます。その中で彼は、当時のビスマルク官僚体制を批判すると同時に、同じ視点から返す刀で、黎明期にあった社会/共産主義は、いずれ破綻すると言います。自分には、ソ連の崩壊を200年前に予見したように思えます。ウェーバーはある意味、自由主義の申し子です。

7.ウェーバーその後
 ふるいですが、1960~70年代にウェーバー・フリークと言われる学派(?)がありました。バーガーに代表される人達です。バーガーの有名な著作は、「聖なる天蓋」「故郷喪失者達」などです。ウェーバーの始めた理解社会学のその後の系譜がわかると思います。

 理系なので、多少偏っています。

 マックスウェーバーは、歴史学者で社会学者ですが、自分ではどちらとも言った事はないと思います。当時のドイツ(プロイセン帝国)では伝統的に、歴史的必然によって現社会になった、という立場が主流だったと思います。そう言われると当然のような気もしますが、当時の内容は、現在思い浮かべるものとかなり違います。その辺りは、ご自身でご確認下さい。キーワードは、シュモラー,ドイツ歴史学派などです。

 ウェーバーも先の学派の一員ですが、歴史学と社会学を分離す...続きを読む

Qアメリカ支配勢力が日本を支配するための陰謀

戦後、アメリカ支配勢力が日本を支配するためには、愛国心ある優良な日本国民を政党幹部や総理や閣僚や霞ヶ関幹部などにすえれば、悪政などや売国政策などを行うよう命令しても、言う事を聞かず非常に不都合なので、

日本や日本人を憎んでいる、愛国心のかけらもない不良朝鮮人や不良日本人を、政党幹部や総理や閣僚や霞ヶ関幹部などにすえて、アメリカ支配勢力が命令する悪政や売国政策などを行わせてきた、という事でよろしいでしょうか?

だから、田中派や田中派の流れを汲む経世会は、日本の経済を強くし、景気・雇用。内需も良くし、福祉も充実させ、アジアとの友好関係を深め、日本独自に石油資源なども保持しようとし、離米を進め、独立国家を目指そうとするなど、非常に不都合な政治ばかり行ったので、暗殺したり、冤罪投獄したりして、潰してきたということで?

民主党の石井紘基氏も、非常に不都合な言動を行ってきたから、アメリカ支配勢力の命令で暗殺されたと思いますがね。

不良朝鮮人や不良日本人でも、良心の呵責を感じる者もでてくるから、アメ(報奨金や官房機密費やインサイダー情報や地位や出世や女や物などを与える)とムチ(暗殺や冤罪投獄や左遷や首など)も使い分けて、支配体制を強めてきたとね。

戦後、アメリカ支配勢力が日本を支配するためには、愛国心ある優良な日本国民を政党幹部や総理や閣僚や霞ヶ関幹部などにすえれば、悪政などや売国政策などを行うよう命令しても、言う事を聞かず非常に不都合なので、

日本や日本人を憎んでいる、愛国心のかけらもない不良朝鮮人や不良日本人を、政党幹部や総理や閣僚や霞ヶ関幹部などにすえて、アメリカ支配勢力が命令する悪政や売国政策などを行わせてきた、という事でよろしいでしょうか?

だから、田中派や田中派の流れを汲む経世会は、日本の経済を強くし、...続きを読む

Aベストアンサー

貨幣の廃止すなわち真実の価値への復帰
 現代社会において、人がある個人に置く価値は、しばしばその財産に比例する。作家、画家、発明家、音楽家、研究者に関しても、文無しの者は世間の関心を引くことがない。人は、個人に特有の価値よりも金銭的な価値の方を重んじ、それを強調するものとして「金持ちにしか金を貸さない」という諺がよく引かれる。このことは単に金を貸す場面だけではなく、人の気を引く場面においても全く同様に真実である。天才画家も、かれの絵を通りに並べると誰の気も引かないのに、この同じ画家が著名な画廊に展示すると、世の女性たちを有頂天にさせるのである。音楽家や詩人についても同じことが言える。貨幣の容認は、現代人の目にとって価値を持つ唯一のものなのだ。
 現代の一流画家として認められはじめた私の友人は、かれを掘り出してきた画商が、どのようにしてかれを世に出し、かれの絵を人びとが先を争って非常な高値で買い求めるようにしていったかを、私に説明してくれた。この画商はまず手始めに、この画家の絵を買うことが大変な投資(いつも金がからむわけだが)になる、と映画の大スターに持ちかけた。次に大新聞の再重要ポストにいる記者たちにかれの絵を見せて、この若い天才画家に興味を示している大スターの話をしながら、この若い芸術家を世に出す記事を書くように、そうすれば一週間もすればその絵は莫大な価値をうみ、何の問題もなく売れるだろうと頼みこむ。こうして世に売り出す運動が始められ、他の新聞も後に続き「その作品を人々が争い求める新進気鋭の天才」とほめそやし、次にはテレビ・・・・・・。そうしておいて画商は、財界の大物たちに、値が非常に高く吊りあがる前に「まだ手に入るいくらかの作品」を買うようにと持ちかける。そこで一万フランを受けとり有頂天になっていた記者たちに見せた絵を、その大物に売りつける。卸商人の所に蓄えていた百枚近くの絵はたちまちのうちに売り切れ、あとはもう、ひとりでに値が上がり続けていく。上流社会の者たちは互いに見せて自慢し合い、あらゆる新聞が新たなピカソの出現と書き立てているあの有名なX のうちの一枚を、相場の二倍で買い戻そうとする。私の友人はこの間に、月々相当の金(まさに管理職の給料に匹敵する)を画商から受け取った。その代わりこの三年間、毎年何枚かの絵を画商に描いて渡さなければならないのだ!勿論、モンマルトルの家の下で、腹が空いて死ぬ思いをするよりはましであったろうが。
 ラエル著
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 目の付け所が気になるところですが、各種目の付け所、それの引き起こす大災害と言えるのではないでしょうか?
目の付け所、ナチスドイツのヒトラーがポーランドに目を附ける、ソビエトとポーランド2分割を密約する、ポーランドを侵略する、どこまでもその悪は進行するのではないでしょうか。
ウランに目を憑ける、ウラン採掘周辺の原住民の健康被害が無視されたまま採掘は続行される、以下福島原発が水素爆発をするまで、その目の付け所による殺人行為は繰り返される。
テレビ制作者がその題材として暴力歴史に目を付ける、俳優エキストラを大動員して大殺戮戦がフィクションされる、子供がまねをする。
 政治家が歴史暴力に目を付ける、現行犯でもない歴史絵巻にするよりは現行犯であるテロとその敵対に対する武器凶器供給劇にするほうが政治的収入が上がる。
 このようにどこまでも悪は連鎖する。

 _  _  _  _  _
【 Money As Debt 】
『 いつのあらゆる時代でも 銀行はローンを作っている 新しい信用貸し 新しい預金 真新しいお金がつくられている 』
--- グラハム・F・タワーズ カナダ銀行(1934-54)---

『 銀行がお金をつくるプロセスは 心が拒否してしまうほど 簡単で受け入れがたい 』
--- ジョン・ケネス・ガルブレイス 経済学者 ---

『 通貨の発行と管理を私に任せてくれ そうすれば誰が法律をつくろうとも私の知った事ではない 』
--- マイヤー・アムシェル・ロスチャイルド 銀行家 ---

Usury  たくさんの金利をローンにつけることは高利貸しと呼ばれ、かつては死刑を含む厳しい刑罰が課せられました。主要な宗教は みな高利貸しを禁止していました。習慣に関する議論の大部分は道徳的でした。
お金の目的は モノとサービスの交換を容易にするものと信じられていました。お金からお金をつくる行為は、泥棒あるいは寄生者の行為とみなされていました。しかし、商業の増大に信用貸しが必要になるに連れて、貸すことは貸し手にとって危険と損失を伴うのだから貸すことによって利益を得ようとするのは正当だとされました。今日これらの概念は奇妙に思えます。今日お金からお金をつくるという考えは、理想として目指すべき姿だと思われています。何故あなたは 働いてお金を稼ごうと働くのですか?しかし持続可能な未来を思い描くとき 利息を課すことは非道徳的で 問題があることは明らかです。
 ~
全住民のあいだで、貸出金利の収益が均一に分配されたときだけこの問題は解決します。銀行利益への重税は、この目標を解決に導くかもしれません。しかし、そうすると何故銀行はビジネスすることを望むのでしょう?もし私たちが現状から自由になることができたとしたら、銀行の金利収入をすべての人々の配当として分散させることを想像できるかもしれません。
 ~
彼らは 金によって行われる多くの詐欺行為を無視しています。
 ~
現代の借金によるマネーシステムは、300年ほど前に生まれました。イングランド銀行が王室から特許状を与えられ、2:1の穏やかな比率で金の受領書を発行した時です。このささやかな割合が悪夢の始まりだったのです。そのシステムは今世界中に及んで無限のお金を無から創造し、地球の誰もが永遠に決して払うことのできない膨張する借金で鎖につながられています。 ~
  http://rothschild.ehoh.net/material/animation_01b.html
  http://www.youtube.com/watch?v=iqlxMp3dR7Q&index=1&list=PL318479305C84706B
 _  _  _  _  _

 連合国の第2次世界大戦の反省に、ドイツへの賠償金が巨額であることがスポットライトされていますが、
金権不正な者、者達には“ 私の知った事ではない【 Money As Debt 】 ” なのでしょう。

金権不正な者、者達とギャング殺人集団、テレビのようなそれらにもネタはあるものと見える。
目をつけられては困る集団が。フィクションかノンフィクションか、テロップである。

貨幣の廃止すなわち真実の価値への復帰
 現代社会において、人がある個人に置く価値は、しばしばその財産に比例する。作家、画家、発明家、音楽家、研究者に関しても、文無しの者は世間の関心を引くことがない。人は、個人に特有の価値よりも金銭的な価値の方を重んじ、それを強調するものとして「金持ちにしか金を貸さない」という諺がよく引かれる。このことは単に金を貸す場面だけではなく、人の気を引く場面においても全く同様に真実である。天才画家も、かれの絵を通りに並べると誰の気も引かないのに、この...続きを読む

Q実際のところどの学説が使われる?

法学の勉強の初心者です。

法学の参考書をみていると、往々にして複数の学説が併記されています。

司法試験予備校の先生によると、どの学説を使っても結論はそんなに変わらないということなのですが、やっぱり変わることがあると思います。

そうした場合、裁判官はどの学説を採用するのでしょうか?
自分がよく知っている学説を使うとか?
はやっている学説を使うとか?
出したい結論に適合するような学説を採用するとか?

実務をご存知の方、教えていただけないでしょうか?

Aベストアンサー

結論から言えば、裁判官が採用する理論は基本的には前例たる最高裁判例であり、最高裁判例がなければあるいはあっても妥当だと思わなければ「幾多の学説、あるいは他の裁判所で採用した理論を参考にしつつも自分が最も妥当だと思える理論」を使います。たまたまそれが既存の学説と同じであることもあれば違うものであることもあります。

もちろん理論には傾向というものはあります。しかしこれは流行り廃りという話ではなくその背景にある社会思想の変遷の影響によるもので、社会思想の変遷の影響を裁判官もまた当然受けるので、それが理論に現れているだけです。
ただし、最高裁の採る理論には大きな傾向が一つあります。それは、「個別の事例における法的安定よりも制度全体としての法秩序の安定を重視する」というもの。もちろん例外は幾らでもありますが、手形法などではその傾向が顕著に出ます。

なお、司法試験予備校における「結論はそんなに変わらない」というのは全くその通りですが、「判決には理由を付さなければならない」ことになっている以上、理由は無視できません(論文式試験でも理由は必要なわけですし)。理由は即ち理論構成であり、である以上、結論が変わらなければ説はどうでもいいというわけでもありません。
単に「受験政策上の説の選択にあれこれ悩む意味はない」というだけの話であって、法律学として理論がどうでもいいということを意味しませんし、法律学を学ぶ者が理論をないがしろにしていいという意味でもありません。

ところで釈迦に説法かもしれませんが、判決がいかなる法理論を採用するかは「自由心証とは無関係」です。自由心証とは「証拠の評価」の問題であり、つまり事実認定に先立って証拠をどう評価するかという話ですが、「理論は法律解釈の話であってまるで次元が違う」からです。
それから、「判例の理論はころころ変わる」という評価をする人がしばしばいますが、ほぼ99%の場合は間違いです。そういう人の話を聞くと大概が「判例理論は一貫しているのにそれが理解できていないだけ」です。判決のブレは「法解釈の問題ではなくてほとんどが事実認定の問題または事実の評価の問題」であり、「同じ理論でも前提となる事実認定または認定事実の評価が異なるために結論が異なるだけ」です。
そりゃそうでしょう?例えば貸金返還請求訴訟で、金を渡した事実があったと認定するかなかったと認定するかで結論がまるで正反対になるのは当たり前。それを「裁判の理論がころころ変わるからだ」などと言ったら「馬鹿じゃないの?」って言われるだけです。

結論から言えば、裁判官が採用する理論は基本的には前例たる最高裁判例であり、最高裁判例がなければあるいはあっても妥当だと思わなければ「幾多の学説、あるいは他の裁判所で採用した理論を参考にしつつも自分が最も妥当だと思える理論」を使います。たまたまそれが既存の学説と同じであることもあれば違うものであることもあります。

もちろん理論には傾向というものはあります。しかしこれは流行り廃りという話ではなくその背景にある社会思想の変遷の影響によるもので、社会思想の変遷の影響を裁判官もま...続きを読む

Qヴェーバーの行為の4類型?

ヴェーバーの行為の4類型について質問したいのですが…。ヴェーバーの支配の3類型についての資料はいろいろあるのですが、行為の4類型について書かれている資料を探せ出せなくって…困っています。お願いします!

Aベストアンサー

Max Weber のことですか?
それなら、
1,人間が他の人間を物として支配する型
2,人間が他の人間を物としてではなく人間として、人格的に支配する型
3,人間に対する人格的支配を内容とせず、人間がその特定の行為の側面においてのみ関係しあう型 
4,人間に対する人格的支配を内容とせず、しかも人間が人間としての側面において関係しあう型

のことだと思いますが、ヴェーバーがWeberでないなら違いますね。
外国人の名前は綴りで書かれたほうが良いかと思います。

Q外国人参政権の学説

最近外国人の参政権についてレポートを書いているのですが学説が分かりません。
学説とその内容を教えてもらいたいです。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 外国人参政権の全体的な状況について、総括的な論評が、2008年に、国会図書館の資料として作られており、ネット上でも見ることが出来ます。

http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/document/2008/20080128.pdf 

Qマックス・ウェーバー

『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を
読んでいます。
しかし難しすぎて、いまいち理解出来ません。
簡単にどういうことなのか、教えて下さい。

Aベストアンサー

すごーく簡単に言ってしまうと、歴史の形成や変革に際しては「理念」が大きな役割を果たすのであって、単に経済や物質的欲求によってのみ社会変化が起きる(=唯物史観)のではない、というのが同書でのウェーバーの主張です。

ウェーバーの自著にいきなり当たるのは少々とっつきにくいので、参考図書で理解を深めてみては如何でしょうか?
とりあえず一冊ご紹介しておきます。

「ウェーバーと社会主義」濱嶋朗著、有斐閣刊 1980

Q法律の学説や判例について

法律の勉強をしていますが、裁判所が判決をだすときは過去の判例だけでなく、学説も参考にするのでしょうか?そもそも学説の果たす役割がいまいちよくわかりません。

Aベストアンサー

法律は、色々な場面に適用できるように総論的というか、解釈の余地が残る書き方をしているものが沢山あります。
そうしますと、色々な場面で柔軟に適用できる反面、主義・主張が異なり争いになる場合も出てきます。
そのような異なる解釈の積み上がりが学説といえます。
裁判所、特に下級審は最高裁の判例を意識して判決を出すのはもちろんですが、学説を見ていますし引用することもあります。
学説というより学者は多く出される判決や判例について評価し、論文として発表しています。この研究の積み重ねによって学説は多数説や少数説などに分かれていきますが、判例とは異なる意見の多数説の勢いが強い場合、判例が変更されることもあります。
裁判官の中にも学者と同じく論文を発表している人は沢山いますし、最高裁の裁判官の中には学者出身の人もいます。
そういうわけで、裁判所実務での理論と学者の理論とがお互いに批評、評価し合いながら、精緻化されていると言えます。

Q「非核三原則」「武器輸出三原則」「専守防衛」

は、日本が、勝手に作った、スローガンです。
これらのスローガンは、外国に利益をもたらすだけで、日本にとって、不利益になります。
即刻、撤廃するべきだと思いますが、いかがですか?
国際紛争は、勝たなければいけません。
日本が、二度も敗戦国になることは、絶対、避けなくてはいけません。
第二次世界大戦は、国際法を破った国が、勝って、国際法を守った国が、負けました。
国際法で、自分を縛った国が負けたんです。
歴史に学ばす、馬鹿なスローガンで自分を縛っていては、日本は、また、敗者になってしまいます。

スポーツでも、ルールを守るより、ルールを破った方が、有利にことを進められるのは、自明の理です。

Aベストアンサー

"日本が、勝手に作った、スローガンです"
     ↑
占領中に米国人の手によって三日で作成され
米国のための憲法下で造られたスローガンです。
いわば、二人羽織で造ったようなものです。
日本や唯一の被爆国ですから、核武装する権利が
あるのです。
二度と広島長崎を起こしてはいけません。
日本は、反日核武装国家に囲まれた、世界でも最も
危険な場所に位置している国です。
こんなスローガンは狂気の沙汰いがいの何者でもありません。


”これらのスローガンは、外国に利益をもたらすだけで、日本にとって、不利益になります。”
     ↑
そのとおりです。
その証拠に、これらを破棄すると宣言してみましょう。
朝日を始めとする左派や、中韓が狂ったように反対しますから。
これだけで、外国に有利で日本に不利、ということが判ります。

”国際紛争は、勝たなければいけません”
     ↑
全くその通りです。
侵略戦争を始めたのは欧米列強なのに、いつの間にやら
日本だけが悪者にされました。
日本は悪い事をしたから悪者にされた訳ではありません。
負けたから悪者にされただけです。

”スポーツでも、ルールを守るより、ルールを破った方が、
 有利にことを進められるのは、自明の理です。”
      ↑
こと、戦争と恋愛にはルールはない、といいます。
義経は、船頭を殺さないというルールを破って壇ノ浦で
勝利し、英雄になりました。
敗れた平家はクズだアホだとののしられています。
ルールなど守る必要はありません。
ただ、守っているかのような演技は必要です。

"日本が、勝手に作った、スローガンです"
     ↑
占領中に米国人の手によって三日で作成され
米国のための憲法下で造られたスローガンです。
いわば、二人羽織で造ったようなものです。
日本や唯一の被爆国ですから、核武装する権利が
あるのです。
二度と広島長崎を起こしてはいけません。
日本は、反日核武装国家に囲まれた、世界でも最も
危険な場所に位置している国です。
こんなスローガンは狂気の沙汰いがいの何者でもありません。


”これらのスローガンは、外国に利益をもたらすだけで、日本にとって...続きを読む


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