最近本で知ったんですが戦争当時ドイツの新型機を
日本で製作しててもしこれら<橘花とか・・M262やT183>
とB29が戦っていたらどっちが勝つと思いますか?
想像でもええです
物量VS新型兵器ではどっちが勝つんでしょうか?
歴史上ではどうなんでしょうか?
おしえてください

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A 回答 (11件中1~10件)

 まず橘花等の登場時期をどの時点に設定するかという点が問題になると思います。

B29による日本本土空襲が本格化するのは、昭和19年夏以降ということで、ただでさえ米国に劣った日本の工業力で、どこまで配備出来たか設定が想像でも厳しいものにならざるを得ない所ですが、本土防空のために優先配備されたとして二乃至三飛行隊が、目いっぱいだったでしょうなあ。松山343空のような運用のしかた若しくは紫電改の替わりに橘花を同隊に配備したとするならば、稼働率の点では疑問が残るものの、対米戦略空軍迎撃には相当の戦果を挙げることが可能であったでしょう。科学技術のイノベ-ションが、戦時に驚異的進展をしめすことは、歴史上枚挙に暇がありませんが、敗者側の技術に対するセンチメンタルな思い入れってありますよね。
 さてご質問の前半は上記でいいかもしれませんね。B29は爆撃機ですから橘花と亘り合うのは実際その護衛のP51あたりになるのでしょう。橘花のスペックがMe262と同じとしてヨ-ロッパ戦線の実績と照らしてみれば、数次の昼間空襲を撃退することは出来るものの夜間に切り替えられ、生産力燃料精密部品精度等の問題からジリ貧になっていき、結局原爆投下から終戦への道程に変化は与えられなかったでしょうなあ。
 後半について。大量既存兵器対少量新型兵器ということですと戦術兵器なら前者戦略兵器なら運用次第ということでしょうか。「勝つ」ということの意味も扱いが難しいものなのですよ。ある戦いでは一方が圧倒的に相手を殺戮したにもかかわらず、こんな狂信的なやつらの国は支配するのが嫌だということで結局撤退しちゃった。つまり戦術的には敗北しても戦略的には勝ったといえるわけなのです。数字上は最新型の機関銃があって十万発の弾薬があっても、刀しかもたない二十万人の敵には圧倒されるのです。もっとも用兵と士気にもよるのでしょうが。
 半村良の戦国自衛隊って本知ってますか?技術、人、補給、指揮、士気、装備等色々な意味であなたの質問に答えてくれているような気がします。
 あと「戦空の空」というコミックもご興味に合うかと存じますので、お勧めします。
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この回答へのお礼

ありがとうございます
それで優秀な新兵器+343等のベテランで一時的に
B29を半数撃破したとすると相当敵の士気は落ちますよね?
戦略爆撃自体中止になったりはせえへんのでしょうか?こういう場合は?
逆に橘花の登場で士気もあがり・・・という方向へは行かないものでしょうか?

戦術的に新兵器で勝つのは可能ですか?
というかこの当時の場合有利に講和という形になると思うのですが・・
それが一つの新兵器によって可能かどうか・・・

半村良の戦国自衛隊さっそくしらべてみます
参考になりました
またおねがいしますね

お礼日時:2001/04/10 04:20

久振りに見てみたら、kichijiさんから、誤りのご指摘がありました。

ありがとうございます。

B29への体当たり攻撃は存じています。私が言いたかったのは、「はずれも,弾を破裂させて.その破片で敵の機体に損傷すればいいのです」というのは対空砲の考えであって、B29の積んでいた機銃ではこうした防御法が取れなかったはずだということです。もし、B29に艦船と同じような対空砲が積まれているのなら完全に私の認識不足です。お詫びして訂正いたします。言い訳になりますが、軍事オタクであったのは、今を溯るン10年前の中学生の頃で、今は「丸」やら「航空ファン」を読みかじった記憶を頼りにしているに過ぎません。

それから、misacyan4wdから、5式戦についての質問がありました。ええ、そのとおり、5式戦は「空冷飛燕」とも言われています。飛燕の水冷エンジンはダイムラーベンツのエンジンを国産化したものですが、信頼性だか、生産性だかが悪く、信頼性の高い金星エンジンに切り替えたのものです。速度なんかは落ちているのですが、確か上昇性能に優れ、防空戦闘機として評価されたように記憶しています。

飛燕や5式戦の設計者土井武夫氏は最近まで生きていました。YS21開発にも参加したはず。零戦の堀越二郎も参加してました。確か東大の同期生のはず。
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この回答へのお礼

ありがとうございます
たしか羽にロケット式の筒のような物を搭載して
敵重爆の近くで爆発させるロケット弾があったと思います
飛行機は装甲薄いので効果あるかもしれませんね

え?飛燕はm109のコピーやないのですか?

お礼日時:2001/05/10 07:56

 ちょっと気になったもので。

ametsuchiさんのお答えの中で、特攻機の体当たりは関係ないとの記述がありましたが、これは多分ご存じなかったのだとおもいますが、当時の迎撃能力の低下のため、B29に組織的に体当たりさせたようです。高高度をとるために劣悪な機体を極限まで(主武装すらはずしたと聞きます)軽量化し、飛行経験不足で拙劣な飛行技術にもかかわらずB29の爆撃梯団に肉薄し、少なくない空中特攻が行われ、あたら多くの若者の命が失われた事は事実として私は認識しております。B29一機が直接的に多くの民間人を爆殺していた事を考えれば、艦船特攻に負けず劣らず必死の防空戦闘であったのだろうと心が痛みます。
 それと雷電に搭載された30ミリ云々についていえば、これは私もametsuchiさんの答えが正解と思います。雷電搭載の30ミリはエリコンタイプの5式30ミリの事だと思いますがこれの四連装は厳しい。重量、携行弾数、信頼性、効果いずれをとってみてもM262のMG213とは比較になりません。
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この回答へのお礼

ありがとうございます
体当たりは羽などに当ててパイロットが生還した例もあるみたいですね
5式戦闘機などよく使ったそうです
ドイツ製なら良かったのですが・・<30mm>

お礼日時:2001/05/10 07:50

補足させて下さい。

2度目の登場。

1)seachingboyさんの体験談は楽しく読ませていただきましたが、「特攻機の体当たり」云々以下は、米国艦船 VS 日本特攻機 の話であって、B29とは何の関係もないと思います。

2)misacyan4wdさんのレスで、「30mm機関砲」云々ですが、やたら口径が大きけりゃいいというものではないです。口径が大きいと

・携行弾数が制限される。
・初速度が落ちるため真っ直ぐ飛びにくい。これを「小便玉」と称す。

で、坂井三郎空戦記録などを見ても、20mm機関砲は必要最小限しか使っていないし、B17に対してすら、7.7mm機銃を(も)使用しています。B17、B24クラスだと20mm機関砲を生かさないと話にならんと思うが...。

屠竜だか、月光だか忘れたが、37mm機関砲を斜めに付け、B29などの大型爆撃機迎撃目的の双発複座戦闘機もありましたね。これなんかは、「1発必中」に近いです。

B29迎撃には、単に速度だけでなく、上昇性能や安定性(信頼性・稼働率)と言った総合力を問題にすべきだと思います。5式戦などはスペック的には3式戦より落ちるし、そもそも迎撃機として作られたものではないのに、B29迎撃ではかなりの成績を挙げて特別に表彰されています。

何れにしても、ターボチャージャ付きで高々度を悠々と飛ぶB29にまともに対抗するのは難しく、ジェット機である「橘花」がどの程度役に立ったか興味はつきませんが、前にも述べたように、裸の爆撃機 VS 迎撃機の一騎打ちという想定には無理があり、必ず複数護衛機の存在を考慮しなくちゃいけません。私個人は、国産技術のターボチャージャ付き試作戦闘機「キ-87試作高々度戦闘機」に興味があります。

しかし、ガスタービンというのは当時の技術ではかなり難しかったと想像しています。ターボチャージャを作る技術というのは、実は、ジェット機を作る上での最重要な技術の一つでもあるのです。流体力学、金属材料工学など、最先端の理論や技術が必要だったわけです。特に流体力学は電子計算機のなかった当時は現在とは比較にならないほど難しいものだったはずです。
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この回答へのお礼

いろいろ詳しく教えていただいてありがとうございます
そうですか坂井さんもいうてるんですか~
でも爆撃機に7.7で攻撃ですか~
凄いですね~きっとエンジンとかパイロットとかに
正確に命中させたりする腕ですね?
最近お亡くなりになったんですよね

キー87ですか
たしか陸軍のですね?
調べてみますね

堵龍ですかたしか37MMが前?に付いてたのがありましたね!
結構発射が難しいようですが・・
効果ありそうですね

30MMはあまり効果なかったようです
それはうちも本で知りました
命中すれば効果的!と期待を込めてログしたのですが・・・・

たしかに一騎射ち<爆VS戦闘機。>はありえませんね
あればおもしろいのですが・・
この場合P51は紫電がひきつけて
B29は橘花&秋水という作戦になるのでしょうが
なにしろ数が違いますしね~~

ガスタービン&ターボの飛行機のほうが実用的なのかもしれませんね!
5式戦というと飛燕の空冷タイプですか?
またおながいしますね

お礼日時:2001/04/13 03:19

この問題は面白いですね.B29の爆音をいまでもも忘れません.


B29にも機関砲を前後についていたように思います.
日本の高射砲も届きません。ジェット機の装甲も重要ですね.日本が資源不足で
充分な装甲をしていないことをアメリカに知られていました.もう一つアメリカには
特攻隊の体当たりを防ぐさまざまな防御方法を考案されていたのです.そのために最初は体当たり戦術は成功しましたが,次第に成功しなくなりました.その方法をジェット機にも応用されると,高速でも打ち落とせるか.機体に損害を与えます.普通 の考えは飛行機であれば,弾を当てなければと思いますね.違うのです.はずれも,弾を破裂させて.その破片で敵の機体に損傷すればいいのです.これで機能停止です.この考えと速射砲による弾幕で,特攻隊を防いだのです. この方法であれば,いくら高速でも,連続でされるとジェット機でも墜落してしまいます.何も命中しなくても、いいのですから,日本にはこの考えが理解できなかったでしょう.一発必中でしたから,
既に.考えの差で負けています.また人の損失を防がなかったことも日本の負けではす. 単発銃 10  機関銃1(1分で120発 としても)でも。単発銃で3方面から,
  いちどに攻撃されると,機関銃でも負けますね. 一方向に機関銃が向いていると他2方から,攻撃されますね.飛行機も同じです.新型兵器も使い方によっては,負けます. ジェット機があろうがなかろうが,既に考えの差で負けています.どうでしょうか.
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この回答へのお礼

ありがとうございます
B29の爆音聞いたのですか?
これは凄く参考になります!よろしくおねがいしますね

まずM262の30MM機関砲ですがこれは海軍インターセプターの
雷電に搭載されていたそうでこれが命中すると大穴があき
過去B29が空中分解して墜落というデーターがあります
これがX4搭載されていたそうで
さすがのB29の装甲もやくにたたへんのでは??
と期待できませんか?<ちょっとヒイキ目ですが・・>

それと速度差200~300Kですよ
一方向に指揮機が目標補足してるころにはもう
射程外に離脱・・・と期待したいのですが・・・

でも破片で撃墜させる手段もあるのですか~
それは強敵ですねー
やはり考え方で負けてるみたいですね~~
日本人として残念です
またおねがいしますね
ありがとうございました

お礼日時:2001/04/10 23:52

>爆撃機って標的面積が大きいですよね


>それで200kも速度差あったら
>めちゃくちゃ爆撃機やっつけちゃうこと出来るような
>気がするのですが・・?

たしかに目標物としては良いでしょうね。
しかし結構速度差がありすぎるのも問題になるんです。現在のような電子機器とミサイルがないので主な武器は銃器になりますが目標補足からアタックするまでの時間がとれなかったり再度アタックするのに時間が掛かったりします。
例えば赤とんぼのような複葉機が速度差と布張りの翼のために終戦直前まで現役でしかも達成率が高かったりします。


また一番大きい理由は

迎撃機は全部落とさなくても何とかなるが迎撃機側としては一機たりとも進入させれないと言う物があります。
これが先に書いた大量の爆撃機を防ぐ手段はないと言う理由の一つです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます
なるほど撃ち漏らしが出来ないってことですね
飛行機ですから全機打ち落とすだけの武器積んでないですから
全部は無理ですね

それと速度差ですね
速度差ありすぎてもダメなんですかー
それは残念です
200K差といいますと
止まっている人間に高速道路の車から
射撃するようなものですよね
結構難しいかもしれませんね
参考になりました
またおねがいしますね

お礼日時:2001/04/09 06:19

 こんばんは。


 私より博識な方が大勢いらっしゃるので、たいした事書けませんが・・・。
 
 小学館文庫 「ザ・コクピット」1~8巻 
              松本零士
第二次大戦時を題材にした漫画です。戦闘機、戦車など他のことも書いてます。
直接の回答ではないのですが、参考までに読んでみてはどうでしょうか。自分としては結構良い資料になると思っています。
(回答になってなくて、すいませんでした)それではお元気で。
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この回答へのお礼

ありがとうございます
うちも前に松本さんの漫画よんだことあって・・
感動ですねーー
今回のテーマというか「ベルリンの黒騎士!」ええ漫画でした
あの漫画で「ジェットvsb17&p51」は
爆撃機全然歯が立ちませんでしたよね!??笑
またおねがいします

お礼日時:2001/04/09 00:20

メッサーシュミットのMe262タイプはユンカース社のエンジンを積んでいました。

Me163タイプはBMW社のエンジンでしたネ。
Me262は上昇高度11500m、時速870km/h、航続距離1050km、装備は30mm機関砲4門、R4Mロケット24発でした。
B29は通常、高度10000mで巡航しましたから、十分に攻撃範囲であったと言えます。
航続距離の問題がありますので、B29の進入を事前に察知し、待ち構えるという形であれば、Me262の方に軍配が上がったでしょうネ。
橘花は上昇高度10700m、時速677km/h、航続距離800km程度、装備は特攻用なので250kg爆弾2発か、800kg爆弾1発でしたネ。
これを30mm砲に付け替えれば、速度も航続距離も格段に向上し、Me262と同じ程度の効果を出せたでしょう。
当時の機銃は肉眼による射撃だけですから、高速移動のジェット戦闘機を打ち落とすことは非常に困難であったことはたやすく想像できます。
ただし、燃費の悪いジェット戦闘機を十分に活躍させることができるだけのガソリンは無かったですし、戦争末期には、機体はあってもパイロットがいない状態でしたから、どうなったか‥
富嶽については、計画とおりのものが完成していれば、1機がB29の編隊と同等の戦力でしたから、これもパイロットと燃料の問題さえクリアできていれば、大きく戦局を左右したと想像できます。
戦争のかなり早い時期に新兵器が導入されていれば、大いに戦局は変化したでしょうネ。
以上kawakawaでした
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この回答へのお礼

詳しいデータありがとうございます
それでたとえば厚木の源田部隊などのベテランが
十分な燃料で待ち伏せたと仮定した場合
大編隊と50~100対1でも・・
200kの速度差と30mx4でも勝てへんのでしょうか?
またおねがいします

お礼日時:2001/04/09 00:14

間違いなく物量、と言うか爆撃機でしょう。


大量の爆撃機が来た場合全てを落とすことはまず無理ですからその中の何割かが目的地に到達したら目的は果たせます。
「大量の爆撃機を防ぐ手段はない」といわれるくらいですから。
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この回答へのお礼

ありがとうございます
それですごく疑問なんですが
爆撃機って標的面積が大きいですよね
それで200kも速度差あったら
めちゃくちゃ爆撃機やっつけちゃうこと出来るような
気がするのですが・・?
だれか意見ください

お礼日時:2001/04/09 00:06

それは「勝ち負け」の定義によるんじゃないですか?



よく、朝鮮戦争での、MIG-15対F86のことが引き合いに出されますが、この2つの戦闘機同士の空中戦では、確か10:1位で、F86が圧勝しているはずです。しかし、製造コストや、使用目的の違いを見落とす訳にいきません。即ち前者は対爆撃機用として使われ、それなりに成果を挙げたことを考えると、一概にF86圧勝と片づけるのは薄っぺらな見方です。特に、F86が登場するまでは、ソ連人パイロットの操るMIG15は「国連軍」側にとって脅威そのものだったのです。だから慌ててF86を投入したのです。「セイバー(=Saver)」という名も象徴的です。

西部戦線では、「橘花」の原形になった、Me262は実践配備されたものの、戦局を動かすに至りませんでした。英国もグロスター・ミューティアという戦闘機を開発していました。この戦闘機はロールス・ロイス製エンジンを積んでおり、MIG-15のエンジンも基本はこのエンジンのはずです。(不確か!)

爆撃機対戦闘機での勝ち負けはいわば「異種格闘技」であり、「勝ち負け」の定義を明確にしない限り意味ないと思います。

・爆撃機に護衛の戦闘機は?
・そしてその質と数は?
・爆撃機と戦闘機の数は?1:n?

など考えると、机上での戦闘なら、先ず「ルール作り」が必要でしょう。

現実の戦闘では、ドイツでは既に戦局な流れが決ってしまった後ですから、「焼け石に水」状態で、日本でもMe262k実績を超えるのは不可能だったでしょう。それは間違いのないところです。

「橘花」以上に、「烈風」は「この戦闘機が何100機あれば..」などと言われましたが、米軍は終戦間際に全ての面で「烈風」を上回るF8Fを実践配備しかけており、「烈風」が何100機あっても、ワンサイドゲームに終わったことでしょう。「富岳」なる、画餅に等しい長距離爆撃機の構想までありましたが、仮に出来ていたとしても空母もなく、制空制海剣を完全に抑えられている状態では、ただの粗大ゴミに終わっていたでしょう。

「物量VS新型兵器」の比較もあまり意味を感じません。私は精神主義者ではないですが、戦争では「士気」の占める割合が大きいです。「蟻が象を打ち破った」ベトナム戦争を見て下さい。ソ連もアフガンから撤退を余儀なくされました。しかし、WW-IIで本土決戦になり、竹槍で米国に勝てたとも思いません。終戦間際、日本国内での戦闘意欲、士気は衰えていました。本気で本土決戦など考えていたのは一部に過ぎません。
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この回答へのお礼

ありがとうございます
データだけ見ると200~300kの速度差があるみたいで
もしや100対1でも勝てるのでは?と期待してたのですが・・・

そのとうり異種格闘技ですよね
それも数が平等でない異種格闘技ですから
勝ち負けが非常に難しいですよね
日本の士気は衰えていたのですか・・・
複雑な気持ちですね・・
参考になりました
またおねがいします

お礼日時:2001/04/08 23:56

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教えて下さい

Aベストアンサー

普通に考えたら陸軍の三式戦飛燕だと思います。
 
 飛燕は稼働率も低く、不慣れな水冷エンジンのためもてる性能を発揮できず、速度では一式戦より速いですが格闘戦では一式戦の方が優れているため、米軍のパイロットから見ると一式戦の方が三式戦より手強い相手だったそうです。初の三式戦装備の68、78両戦隊はニューギニアでほぼ全滅で解隊するというかなり厳しい戦歴でした。
 B29が本土に飛来するようになると、日本機の中では高高度の性能が比較的良く、速度も日本機の中では速い飛燕が活躍するようになります。小林照彦戦隊長率いる244戦隊は部品の補給、整備も行き届いていたため他隊に比べ稼働率も高く、また攻撃精神旺盛なためB29の迎撃に活躍しました。震天制空隊による体当たりをはじめ、通常の攻撃でもB29を撃墜しています。小林戦隊長自らB29に体当たりで撃墜し、生還するなど244戦隊は敗戦までに撃墜84機(うちB29 73機)撃破94機(同92機)と言う戦果を上げました。
 
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普通に考えたら陸軍の三式戦飛燕だと思います。
 
 飛燕は稼働率も低く、不慣れな水冷エンジンのためもてる性能を発揮できず、速度では一式戦より速いですが格闘戦では一式戦の方が優れているため、米軍のパイロットから見ると一式戦の方が三式戦より手強い相手だったそうです。初の三式戦装備の68、78両戦隊はニューギニアでほぼ全滅で解隊するというかなり厳しい戦歴でした。
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Q太平洋戦争中、日本を空爆した(米国機などの)爆撃機・戦闘機で

太平洋戦争中、日本を空爆した(米国機などの)爆撃機・戦闘機で

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正確な数字があればお願いします。

正確な数字がない場合は、概算・類推でもかまいません。

よろしくお願いします。

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米軍の戦略爆撃調査団が戦後詳細なリポートを提出しており、その邦訳版が出ています。

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これを読むと、もうこういうときのアメリカ人のすさまじさというか、なんというかもう「質が違う」としか言いようがないですね。こういうレポートを自ら記すことも、また他国の戦力についてこれだけの分析をすることもたぶん現代の日本人でも不可能と思えますので、奴らとは百回戦争しても一勝もできないと思います。

なお、この本によると米軍の損害率は最大で3%、平均で1%程度で、調査団は「損害は無視してもよいものであった」と結論づけています。

米軍の戦略爆撃調査団が戦後詳細なリポートを提出しており、その邦訳版が出ています。

http://www.amazon.co.jp/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%91%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%AF%E3%83%BC%E2%80%95%E7%B1%B3%E5%9B%BD%E6%88%A6%E7%95%A5%E7%88%86%E6%92%83%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E5%9B%A3%E5%A0%B1%E5%91%8A-%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%A9%BA%E8%BB%8D%E3%81%AE%E8%88%88%E4%BA%A1-%E5%A4%A7%E8%B0%B7%E5%86%85-%E4%B8%80%E5%A4%AB/dp/4769807686

これを読むと、もう...続きを読む

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PRIMORIS INVESTMENTSという会社について
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http://kaniza.sokujitsu.biz/cgi-bin/index.cgi?mode=comment&no=47
http://tenbinza.sokujitsu.biz/cgi-bin/index.cgi?mode=comment&no=47

上のサイトに情報があります。
ご覧ください。

Q太平洋戦争当時日本軍が三八式銃を使用していた理由は

三八式銃とは、明治38年 に発明された旧式の銃らしいですが、
これを太平洋戦争当時でも使用していたそうです。
戦争中の兵器の進歩は日進月歩なのが普通なので、
これは不思議なことです。
使用し続けた理由は何でしょうか?

大量に余っていたとしても新式に鋳直せばよいだけのことです。
現に戦闘機などはどんどん改良を重ねています。
なにか特別なことがあったのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

銃は、航空機、戦車、潜水艦のいわゆる三大新兵器とは違う「熟練した兵器」ですので、寿命は桁外れに長いです。
ほかに寿命の長い兵器は、歴史的に見ると刀剣があります。日本刀は、太刀~打刀に変わったりと、若干の変更がありますがおおむね形は変わりません。これは刀は、熟練した兵器であり、戦術的な変革がなければ、仕様を変える必要がない代物だったといえるでしょう。

さて、三八式についてですが、これも似たようなものです。諸外国の兵器と比べた場合の旧式度合いについては、すでに前に語られていますね。
新しいともいえませんが、それほど古いともいえません。つまり、ボルトアクション式では、すでに三八式は「決定版」ともいえる代物だったのです(No12の方が言っているように日本人にとって扱いやすいのも大きい)。
決定版なので、それ以上のものは戦術的転換がないかぎりは不要です。現在でもピストル、小銃などは50年以上前の設計の物だって十分現役で使っている国もあります。これらは現代の戦術では決定版足りえる代物だからです。

さて、先ほどから「戦術」という言葉を使っていますが、これが、三八式におきた一つ目の悲劇です。
時代は第1次大戦、火器は「小銃による打ち合い(砲は補助的)」から「重砲と機関銃(小銃は補助的)」による戦術に「転換」しました。

つまり三八式の作られた時代の戦術概念と第2次大戦では大きく様相が変わったのです。
基本的に新しく作られた戦術というのは、前に使われていた戦術よりも優れています(優れているから採用される)。
つまり、三八は世界的な戦術である、火砲、機関銃の大量使用による弾幕戦と戦うようには対応していません。
諸外国のようにそれらの「補助兵器」として使うならば十二分の性能だったでしょう。

当時の戦術において勝利を決めるのは火砲、機関銃、戦車といった兵器で、小銃はすでに勝利を左右する兵器ではなくなっていました。
しかし、日本軍にはそれらで力のある兵器はありません。

勝利を左右する兵器を持っていない軍隊と、勝利を左右する兵器を大量保有している国が戦えば・・・どうなるかはわかりますね?

日本軍が、(あくまでボルトアクションから進歩した存在であり、補助兵器の域を出ない自動小銃はともかくとして、です。諸外国がこれの更新を遅らせたのは、他に国力を注いでいたためです)火砲や機関銃の大量配備を嫌ったのは、塹壕戦による経験が薄かったために有効性を信用しきっていなかったのもありますが、最大の理由は、工業力がこれらの兵器を「全軍にいきわたらせて、かつ戦えるだけ」の力を持ち合わせていなかったことです。
国力と軍事力の兼ね合いが著しく悪いとも見れます。海軍でもいえますが、国力以上の軍事費は維持費や更新費用の面で国家を破綻させます。弾薬についてもそうです。自国の国力でまかなえる以上の弾薬を使う軍隊を持てば、補給にひずみが生じて、供給が追いつかなくなります。
かといって軍隊を減らすわけにもいかない状態ですし、そのおかげで更新(つまり戦術転換)に使う国力もない。新しい戦術では弾薬を多く使うので、転換したところで維持できるだけの国力もない(諸外国は生産量を増やしたのですが、日本ではそれができるだけの国力すら残っていなかった)。
日本軍が抱えていたひずみとかゆがみが、小銃にも現れているのです。

もう一つの悲劇が、1つ目の後半とかぶりますが日本の工業力の低さです。
当時、日本の技術力はとにかく欧米に追いつけということでタッチアップを図っていましたが、まだまだ追いついていません。
よく「日本の技術力は世界一だった。アメリカに物量で負けた」なんていう人がいますがこれは大間違いです(空技廠から上がってきた航空機の図面で、「この部分は鋳型をつかった鋳造で」となっていても金型が作れずに削り込み部品にしたというのはよく聞く話です。つまり当時の技術はその程度)。
中でも惨憺たる分野が重工業全般の中でも最重要分野の鉄鋼業でして、製鉄も自国では補完できない、鋳型技術も低い状態です。
さらには、精密機械技術が発展途上でして、とにかく精度が悪い(戦前の日本兵器において「統一規格」はありません。というより作れなかったのです。精度が維持できないのですね)。そのため小銃ですら調整しないと命中精度が維持できない上、部品の互換性がない。これは前線において問題です。
別々の箇所が壊れた銃をばらして一つの壊れていない銃にするというのは、軍隊ではある程度普通ですが、日本ではこれが出来ない。つまり不経済な状態です。
また、弾薬の製造精度も悪いため、弾詰まりが多い。これは自動小銃のほうで批判されますが、こちらについては「吐き出す量が多いためハズレに当たる確率が高い」だけなのです(まあ、自動小銃のほうが若干弾詰まりを起こしやすいというのはありますが・・・)。

ながくなりましたが、結局は日本と日本軍の構造上の問題なのです。
日本において三八式が評判が悪いのは、本来的に責任はない三八式に、日本の抱える問題を添付してしまっているからです。結局問題は日本自体にあるのです・・・
というわけで、三八自体の設計は優秀ですし、ボルトアクション式小銃の決定版でもあります。

銃は、航空機、戦車、潜水艦のいわゆる三大新兵器とは違う「熟練した兵器」ですので、寿命は桁外れに長いです。
ほかに寿命の長い兵器は、歴史的に見ると刀剣があります。日本刀は、太刀~打刀に変わったりと、若干の変更がありますがおおむね形は変わりません。これは刀は、熟練した兵器であり、戦術的な変革がなければ、仕様を変える必要がない代物だったといえるでしょう。

さて、三八式についてですが、これも似たようなものです。諸外国の兵器と比べた場合の旧式度合いについては、すでに前に語られてい...続きを読む

Q太平洋戦争B29VSジェット機は?

最近本で知ったんですが戦争当時ドイツの新型機を
日本で製作しててもしこれら<橘花とか・・M262やT183>
とB29が戦っていたらどっちが勝つと思いますか?
想像でもええです
物量VS新型兵器ではどっちが勝つんでしょうか?
歴史上ではどうなんでしょうか?
おしえてください

Aベストアンサー

 まず橘花等の登場時期をどの時点に設定するかという点が問題になると思います。B29による日本本土空襲が本格化するのは、昭和19年夏以降ということで、ただでさえ米国に劣った日本の工業力で、どこまで配備出来たか設定が想像でも厳しいものにならざるを得ない所ですが、本土防空のために優先配備されたとして二乃至三飛行隊が、目いっぱいだったでしょうなあ。松山343空のような運用のしかた若しくは紫電改の替わりに橘花を同隊に配備したとするならば、稼働率の点では疑問が残るものの、対米戦略空軍迎撃には相当の戦果を挙げることが可能であったでしょう。科学技術のイノベ-ションが、戦時に驚異的進展をしめすことは、歴史上枚挙に暇がありませんが、敗者側の技術に対するセンチメンタルな思い入れってありますよね。
 さてご質問の前半は上記でいいかもしれませんね。B29は爆撃機ですから橘花と亘り合うのは実際その護衛のP51あたりになるのでしょう。橘花のスペックがMe262と同じとしてヨ-ロッパ戦線の実績と照らしてみれば、数次の昼間空襲を撃退することは出来るものの夜間に切り替えられ、生産力燃料精密部品精度等の問題からジリ貧になっていき、結局原爆投下から終戦への道程に変化は与えられなかったでしょうなあ。
 後半について。大量既存兵器対少量新型兵器ということですと戦術兵器なら前者戦略兵器なら運用次第ということでしょうか。「勝つ」ということの意味も扱いが難しいものなのですよ。ある戦いでは一方が圧倒的に相手を殺戮したにもかかわらず、こんな狂信的なやつらの国は支配するのが嫌だということで結局撤退しちゃった。つまり戦術的には敗北しても戦略的には勝ったといえるわけなのです。数字上は最新型の機関銃があって十万発の弾薬があっても、刀しかもたない二十万人の敵には圧倒されるのです。もっとも用兵と士気にもよるのでしょうが。
 半村良の戦国自衛隊って本知ってますか?技術、人、補給、指揮、士気、装備等色々な意味であなたの質問に答えてくれているような気がします。
 あと「戦空の空」というコミックもご興味に合うかと存じますので、お勧めします。

 まず橘花等の登場時期をどの時点に設定するかという点が問題になると思います。B29による日本本土空襲が本格化するのは、昭和19年夏以降ということで、ただでさえ米国に劣った日本の工業力で、どこまで配備出来たか設定が想像でも厳しいものにならざるを得ない所ですが、本土防空のために優先配備されたとして二乃至三飛行隊が、目いっぱいだったでしょうなあ。松山343空のような運用のしかた若しくは紫電改の替わりに橘花を同隊に配備したとするならば、稼働率の点では疑問が残るものの、対米戦略空軍...続きを読む

Q太平洋戦争当時の日本軍

太平洋戦争の本を読んでいるのですが、当時の日本軍の仕組みが複雑でよくわかりません。そこで質問なのですが、
(1)軍務大臣(陸・海軍大臣)・軍令部総長・参謀総長・教育総監の役割(仕事内容)を教えてください。
(2)軍令部総長・参謀総長・教育総監というのは、陸海軍それぞれ別々にある役職なのですか? つまり、陸軍軍令部総長と海軍軍令部総長という2つの役職があるのでしょうか。(多分教育総監は陸軍だけのような気がするのですが)
(3)小学生みたいな質問で恐縮なのですが、結局のところどの役職が一番偉いのですか?
(4)他にも重要な役職があれば教えてください
どれか1つの質問に対する回答でも良いので、お願いします。

Aベストアンサー

 軍は全体を統轄するのに軍政と軍令が必要です。

 軍政というのは役所としての軍を見るところ。予算を立てたり、人事を決めたりという機能は軍隊と言えども必須です。現在の日本では防衛庁の官僚が担っていますが、当時は軍人が行政も行っていました。このトップが陸海軍大臣です。

 軍令というのは実際の戦闘指揮と考えて下さい。このトップが陸軍なら参謀総長、海軍は軍令部総長です。それぞれ陸/海軍固有の名称です。参謀総長は陸軍、軍令部総長は海軍です(端折って言うと、日本では陸軍の力が強かったため、分かりやすい参謀総長の名前は陸軍が取ってしまったのです。海軍は明治初期などは完全に陸軍の風下に置かれていました)。
 現在では自衛隊の陸自/海自の幕僚長に相当でしょうか(自衛隊にはこの上にもう一階級陸海空を統合する統合幕僚会議議長がおり、彼が制服組のトップです)

 教育総監は陸軍独自のポストで軍事教育の総てを統轄します(陸軍大学校が参謀本部管轄だったり、航空系が航空総監の管轄だったりなど、例外が有ります)。

 で、陸軍の場合、大臣・参謀総長・教育総監を「陸軍三長官」とよびます。彼らのボスは天皇陛下。明治憲法下では天皇は独自の意志を発揮する余地がないので、実質ボス無しで同位の人間が三人も並んでいたわけです(逆に言うと誰が一番えらいとは言えない)。同じ軍人ですから調整は出来るんでしょうが、弊害は大きかったとされています。

 海軍では政治的なことは大臣、軍事的なことは軍令部長と割りきっていたので(海軍内部の空気の問題なのでしょうが)そういったことはないとされていますが、それでもこの2ポストも天皇に直隷していました。
 なお、海軍三長官もありまして、こちらは大臣、軍令部総長と作戦を実施する機関の長である聯合艦隊司令長官の3人です(直し、聯合艦隊司令長官は前2者の指示を受けるので、格という面では一歩下です。数合わせに入れた雰囲気が強いです)。

 上は陸軍三長官に関する記述、下は海軍の重要ポストについて記述があります。
http://www.wdic.org/?word=%B3%A4%B7%B3%BB%B0%C4%B9%B4%B1+%3AMILI

http://mltr.e-city.tv/faq08e.html

 軍は全体を統轄するのに軍政と軍令が必要です。

 軍政というのは役所としての軍を見るところ。予算を立てたり、人事を決めたりという機能は軍隊と言えども必須です。現在の日本では防衛庁の官僚が担っていますが、当時は軍人が行政も行っていました。このトップが陸海軍大臣です。

 軍令というのは実際の戦闘指揮と考えて下さい。このトップが陸軍なら参謀総長、海軍は軍令部総長です。それぞれ陸/海軍固有の名称です。参謀総長は陸軍、軍令部総長は海軍です(端折って言うと、日本では陸軍の力が強か...続きを読む

QB29の空襲について

太平洋戦争中のB29の空襲について質問します。
ドラマや絵画でみると、B29は驚くほど低く飛んでいます。
また昼間に編隊を組んで来襲したりしています。
これは本当のことなのでしょうか?

昼間に敵国の上空を低空飛行するなんて危険すぎますね。
終戦間際とはいえ、完全に制空権を奪われていたとは思えません。
B29は見えていたとしても、はるかの夜空で小さくしかみえていなかったと思うのですが、どうなんでしょうか?
何人かのお年寄りに聞いてみましたが、B29を見た人はいませんでした。

それからもう一つ、B29は焼夷弾を落としたのですが、爆弾は落さなかったのでしょうか?
東京大空襲のように火事で消失させるのが目的の場合は、焼夷弾だけだったのでしょうか?
橋、鉄道、道路などには爆弾を落とした方が効果があるように思いますが。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

初期の爆撃は、高高度からの精密爆撃で、立川の中島飛行機工場などを狙いましたが、ジェット気流に翻弄されて爆撃は失敗を重ねます。また、この頃は、B29の直掩機がついていなかったことから、本土防空の航空隊による迎撃により無視できない損害を出していました。

B29が低空からの焼夷弾爆撃をおこなうようになったのは3/9東京大空襲が最初です。それまでの密集編隊での爆撃はやめ、編隊を組まず各機がおのおの低空で東京に侵入し指定された目標に投弾するという方法がとられました。

夜間に低空で侵入したことにより、探照灯が敵機に追いつけず、従って、夜間戦闘機はB29を迎撃することが出来なくなります。
また、帝都の各所に配置された高射砲も、低空を高速で横切るB29をとらえることは出来ませんでした。
こうして、東京大空襲はさしたる損害を出すことなく成功させることが出来たのです。

この成功に味をしめたルメイ少将は、同様の爆撃方法で日本の各都市を焼き尽くします。やがて4月に入り硫黄島からのP51による直掩が可能になると昼間も堂々と低空で侵入し爆撃を行なうようになります。この頃になると本土防空の航空隊は、本土決戦に備え兵力温存の為、迎撃に上がらなくなってしまいます。
これ以降の本土上空の制空権は完全に米軍の手の内にあったといえます。本土防空隊が最期の一矢を報いたのは3/19の松山上空での三四三空紫電改による迎撃戦だったといわれています。

爆弾についてですが、
精密爆撃による軍事目標や軍需工場などには爆弾が使用されましたが、日本の都市部など広い目標の場合は焼夷弾(E46など)を使いました。
余談ですが、ドイツの都市の場合は建物が石造りの為、最初に爆弾を投下してある程度破壊した後に焼夷弾をばら撒くという爆撃方法が最も効果的とされていました。ドレスデンなどはこの方法で爆撃されましたが、一回目の爆撃が終わって市民が防空壕から出てきた頃を見計らうように焼夷弾の投下が行なわれた為、都市が壊滅すると共に多大な人的被害を出してしまいました。

初期の爆撃は、高高度からの精密爆撃で、立川の中島飛行機工場などを狙いましたが、ジェット気流に翻弄されて爆撃は失敗を重ねます。また、この頃は、B29の直掩機がついていなかったことから、本土防空の航空隊による迎撃により無視できない損害を出していました。

B29が低空からの焼夷弾爆撃をおこなうようになったのは3/9東京大空襲が最初です。それまでの密集編隊での爆撃はやめ、編隊を組まず各機がおのおの低空で東京に侵入し指定された目標に投弾するという方法がとられました。

夜間に低空で侵入した...続きを読む

Q太平洋戦争でB-29でどのくらい日本を焦土にすれば

テニアン、サイパン、グアムに集結したB-29は合計どれほどだったか知りませんが、当時の米軍はどれくらい空爆すれば大体日本は降伏するだろうと見ていたのですか? 原爆投下以前にもう焼き尽くすところは限られていたでしょう?

Aベストアンサー

>当時の米軍はどれくらい空爆すれば大体日本は降伏するだろうと見ていたのですか?

どれくらいの空爆で敵が降伏しそうかを判断するためには、判断のための「基準」となるものが必要ですが、当時の米軍にとって判断の基準となるものは、同じような状況の前例であるヨーロッパ戦線の推移でした。

ヨーロッパ戦線では、アメリカ軍とイギリス軍とが協力して、およそ1,000機の四発重爆撃機をもってドイツ本土を爆撃し、軍需工場や港湾施設や鉄道施設、さらには大都市を次々と爆撃して廃墟と化していきました。

その結果、工業生産力を壊滅させ、物流を途絶させ、ドイツ国民の継戦意欲を木っ端みじんに打ち砕きましたが、それでも空爆だけで降伏させることはできませんでした。

実際は、ソ連軍とアメリカ軍とがベルリンを東西から包囲し、市街全域が廃墟と化す程の激戦で制圧し,総統官邸の地下壕に潜んでいたヒトラーやゲッペルスが自殺して、ドイツ軍が組織的な戦闘を継続する事が出来なくなってようやく降伏という話になりました。これが1945年の4月末から5月初めにかけての事で、太平洋戦域では沖縄でアメリカ軍と日本軍とが激戦を展開している真っ最中の事です。

ヨーロッパ人であり合理的なドイツ人相手でさえこれだけ手こずった訳です。これが日本兵相手となると、弾薬食料が尽きるまで戦って最後はバンザイ突撃で玉砕するわ、カミカゼ特攻機が数千機も次々に突っ込んでくるわ、サイパンや沖縄では現地に住んでいた民間人に至るまで米軍に投降することなく断崖から身を投げたり集団自決した例が少なくありませんでした。

だからNo.2の回答者さんが書かれている通り、日本は本土決戦で負けるまで降伏などしないだろうというアメリカ側の判断となるわけですね。

>原爆投下以前にもう焼き尽くすところは限られていたでしょう?

マリアナ諸島でB-29爆撃機を運用していたアメリカ第XX空軍(カーティス.E.ルメイ少将指揮)では、当初日本の都市180箇所をリストアップし、人口や工業生産量などで重要度をランク付けし、重要都市から順に攻撃していきました。奈良・京都など政治的理由その他でリストから外した都市もありましたが、原爆投下時点でもまだ137箇所の日本の都市が攻撃リストに残っていました。

No.4の回答者さんが書かれているように、アメリカ本土から焼夷弾の供給が追いつかずに爆撃作戦が延期になったことが何度もありました。逆に言えばB-29の爆弾搭載量の大きさを示しているとも言えそうですが、ルメイ少将らは航空燃料と焼夷弾の供給が続きさえすれば、まだまだ攻撃を続けるやる気満々でした。

>当時の米軍はどれくらい空爆すれば大体日本は降伏するだろうと見ていたのですか?

どれくらいの空爆で敵が降伏しそうかを判断するためには、判断のための「基準」となるものが必要ですが、当時の米軍にとって判断の基準となるものは、同じような状況の前例であるヨーロッパ戦線の推移でした。

ヨーロッパ戦線では、アメリカ軍とイギリス軍とが協力して、およそ1,000機の四発重爆撃機をもってドイツ本土を爆撃し、軍需工場や港湾施設や鉄道施設、さらには大都市を次々と爆撃して廃墟と化していきました。

その...続きを読む

QアメリカのB29による都市空爆はゼロ戦があれば対抗できた?

太平洋戦争末期、アメリカはB29による都市空襲を続け日本人を虐殺し続けました。
悠々と日本列島上空を飛びつつ焼夷弾を落とし続けるB29に何もできない非力、悔しくて仕方なかったでしょう。

そこでもしもの話ですが、
<質問1>
たとえ数十機のB29が都市空爆に飛んできても、ゼロ戦が2~3機でもあったらばっさばっさと撃ち落すことができたのでしょうか?
<質問2>
であれば、普段は上空から見えない、木や土でカムフラージュした滑走路と応戦用のゼロ戦が僅かでもあれば、B29の都市空爆に一糸報いることができたのでしょうか?(件名は「対抗できた?」としたましたが、実際は全てを追い返すことができないことはわかっています。)

Aベストアンサー

ゼロ戦は、元々爆撃機を迎撃するために作られていないので、B29に対抗するのは難しかったでしょう。
爆撃機を迎撃するには、短時間で上空に上がれることと、強力な武装が必要です。高速も必要ですね。逆に航続距離を短くても良いですし、小回りが利く必要もありません。
ゼロ戦は空母に載り、また味方の攻撃機などと一緒に敵地に向かうことを想定しています。敵の戦闘機と戦うために作られ、また航続距離もながいです。

その後、爆撃機を迎撃するための戦闘機も作られていますが、残念ながら時期も遅く、少量しか作られず、B29には対抗できませんでした。

Q太平洋戦争で、もし日本にドイツの兵器が生産できたら

太平洋戦争で、もし日本にドイツの兵器が生産できる技術があったら、戦局はどのように変化したでしょうか?

ただし、ドイツ軍が1945年までに実戦使用した全兵器を、日本軍は1940年から生産できるとします。
例えば、Ta-152(戦闘機)、パンターG型(戦車)、8.8cm FlaK 37(対空砲)、StG44(突撃銃)、Panzerfaust 100(対戦車擲弾発射器)、SEETAKT(レーダー)なども生産可能です。

一方、国内の資源量は変わらないとします。

空想の話ですが、よろしくお願いします。

Aベストアンサー

そりゃ分かってると思いますが、5号パンターも、6号タイガーも、重戦車は大量の鋼鉄を必要とします。さらにその重戦車を南の島へ持っていくとなると、しっかりした大型クレーンを持った立派な輸送船を使わなければなりません。日本軍は対潜能力が低かったので、大戦中盤から輸送船をボカスカ沈められてしまったので「戦車を送りたいけど、船がない」という事態になるでしょう。実際、大戦末期は本土決戦に備えて大量の戦車が生産されましたが、それが前線に送られなかったのは「船がない」という事情もありました。

また連合軍兵士を震え上がらせたハチハチですが、太平洋戦線では1000mを超える距離での撃ち合いというのはあまり起きなかったので、大きすぎて使い勝手は悪かったでしょう。南の島できちんと運用するためにはコンクリートのトーチカに入れないといけないでしょうが、そうなると目立つし射界も限られるので、米軍の戦車は近づかなければいいだけです。
意外に思うかもしれませんが、米兵の手記を読むと「戦車は役に立たない」と書いてあることが多いんですね。日本軍が主力にしていたのは47mmの速射砲でしたが、あまり大きくないせいもあって隠ぺいしやすかったようです。だから、「戦車がやられて初めて対戦車砲があることに気が付いた」ということが多かったそうですよ。威力不足は口径の問題ではなく、弾丸の質が悪かったためです。実際、沖縄戦で米軍は一度戦車部隊単独で攻撃をかけたことがあったのですが、結構な損害を出して失敗し、以降、歩兵の支援なしで戦車部隊が運用されることはありませんでした。

ただ日本兵の手記ではM4シャーマン戦車に手も足も出ないというものが多かったので、パンツァーファウストつまりバズーカ的な武器があったらもっと米軍を苦しめたでしょうね。ただし、ああいうバズーカ的な兵器は命中率が悪いんです。米軍も独軍もそれはある程度しょうがないと目をつぶったのですが、日本軍つうところは根本的に貧乏でございますので、「ハズれる可能性が高い兵器」なんていう贅沢はできなかったんですね。低コストで生産できて運用がしやすい迫撃砲を日本軍があまり積極的に使わなかったのも、「命中率が悪い」からです。
だから、MG42とかStG44なんかも運用不可能です。あんな発射速度が高い武器なんか使ったらあっというまに弾丸が尽きてしまいます。資源量の前提が変わらないんだから、いくら高性能の兵器を揃えたところで弾がなければ戦うこともできません。

よく「軍事マニアは兵器のカタログスペックばかりを語りたがって補給については理解しようともしない」といわれます。また、日本軍が前線の事情ばかりを優先し、補給戦で敗北したということもいわれます。生産・補給面について語らなければ、それは日本軍が犯したあやまちと同じ轍を踏んでいることなんですよ。

私個人が思う日本軍にあったらいいなという兵器は、通信技術全般と、ヘッジホッグです。とにかく当時の日本の通信技術はレベルが低くて、まともな無線通信機もなかったし、同じ技術の応用であるレーダーとソナーの性能もとても低かったのです。レーダーの能力が低かったので空襲では何度も奇襲に遭い(それでトラックもサイパンも壊滅しました)、ソナーの能力が低かったので潜水艦に輸送船がボカスカ沈められました。また対潜兵器も第一次大戦の頃とあまり変わらない時限信管方式の爆雷しかなかったので、日本の駆逐艦は米軍の潜水艦に対して有効な打撃を与えられませんでした(それでも、潜水艦乗組員にとっては駆逐艦に追われることは精神的には大変なストレスだったようですが)。

そりゃ分かってると思いますが、5号パンターも、6号タイガーも、重戦車は大量の鋼鉄を必要とします。さらにその重戦車を南の島へ持っていくとなると、しっかりした大型クレーンを持った立派な輸送船を使わなければなりません。日本軍は対潜能力が低かったので、大戦中盤から輸送船をボカスカ沈められてしまったので「戦車を送りたいけど、船がない」という事態になるでしょう。実際、大戦末期は本土決戦に備えて大量の戦車が生産されましたが、それが前線に送られなかったのは「船がない」という事情もありました...続きを読む


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