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74式戦車とM1戦車が戦った場合どうなりますか?

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A 回答 (6件)

あらゆる面でM1戦車が遥に優れています。

ほぼ100%M1が勝つでしょう。

まともに打ちあっては、M1戦車は74式戦車の射程外からドンドン命中させてきます。
もし74式がそれを掻い潜って自分の有効射程内に入っても、
T-72の125mm滑空砲ですら通用しなかったM1の複合装甲には
よほどの近距離に迫らない限り通用しないでしょう。
機動性の面でも、ガスタービンエンジン搭載のM1は速度・瞬発力・悪路踏破力に優れ、
ディーゼルエンジンで馬力も半分以下しかない74式を遥に凌駕しています。
74式はフットワークでかわすどころか、逆にM1に翻弄されてしまうでしょうね。
もし、74式が勝機を見出すとすれば、遮蔽物の多い地形を利用し、
側面あるいは後方近距離からの先制攻撃、いわゆる奇襲しかないでしょうが、
M1の索敵能力は世界最高水準であり、イラク戦争時にT-72を寄せ付けなかったように、
74式を間近まで近づかせないでしょう。
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 スペックだけを並べて比べれば、圧倒的にM1の優勢でしょうが、案外74式も意外と健闘できる可能性はあります。



 もちろん砂漠のような開豁地で正面から撃ち合えばあっという間に勝敗はつくでしょうが、隘路や都市部のような建造物が立ち並ぶ状況や、森林地帯や丘陵地のように地の利を生かしての攻撃をすれば、M1にも相当な損害を強いることが出来ます。

 74式の105ミリ砲に不安が残りそうですが、心配はありません。湾岸戦争当時も105ミリ砲搭載のM1や、これも105ミリ砲搭載のM60がそこそこの活躍をしているのは、その主砲弾の性能に大きく与るところがありました。

 現代の戦車砲弾における双璧はHESHとAPFSDSですが、APFSDS弾は別に滑腔砲だけの専売特許ではありません。ライフル砲でも使用できるAPFSDS砲があってこその、湾岸戦争での105ミリ砲の活躍でした。この105ミリ砲弾は(M735)現在でもかなり通用するもので、何を隠そう74式もこのM735をダイキン工業がライセンス生産をしており、74式主砲弾に採用しています。

 もっともそれでもM1の正面複合装甲はさすがに貫けませんが、M1の弱点であるサイド、リング、背後のラジエターグリル付近を狙えば、破壊は出来なくとも行動不能の状態に陥れることは余裕で可能です。

 湾岸戦争でのM1とイラク戦車部隊のキルレシオは1対400でしたが、それでも戦争期間を通じてのM1の損害19両(そのうち半数は「ブルーオンブルー」と呼ばれる同士討ちでしたが)のうちの2両は、確実にイラク戦車(T72)の戦果でしたので、そこまでM1が無敵というわけではありません。RPGでさえM1を喰っています。

 ただなんといっても、イラク戦車部隊の戦車そのものと戦車兵の練度が酷すぎました。戦車自体は旧ソ連からのあてがわれ物だったため意図的にスペックダウンされており、その装甲やFCSなどの主要性能は旧ソ連戦車部隊の戦車とは外見は同じであっても、中身はまったく別物だとさえ言えるものです。そういう事情もあってイラクはその後自国での戦車生産を模索していたのですが、それはまた別のお話ですので省きます。

 イラク戦車兵の練度にいたっては、陸自戦車兵のそれと比べること自体が陸自に対して失礼というほど情けないものです。それになんといっても部隊そのものの士気の高さと、高度な部隊運用を合わせた考えれば、間違いなく74式はM1を痛い目に遭わせられる可能性をしっかり持っています。

 
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普通に考えて、74式の勝ち目は薄いのですが・・・一方的な結果に終わるとは言い切れません。



湾岸戦争の地上戦において、米軍はM1戦車を4両(以上)失っています。M1同士の同士討ち(!)もありましたが、T-72に撃破されたM1が存在したことが戦後の調査で判明しています(公式の調査結果として発表されています)。
不用意にイラク軍戦車隊と遭遇した米軍戦車中隊が統制が取れないままに戦車戦に入り、混乱のさなかにイラク軍のT-72戦車にM1戦車が撃破されるなど、戦死者が出ると共にM1戦車やブラッドレー歩兵戦闘車など数両を失ったという、さんざんな結果に終わった戦闘が報告されています。
湾岸戦争の記録を見ても、米軍を含む多国籍軍の勝因は豊富に揃えたM1戦車に代表される最新戦闘車両の優位性だけではなく、訓練を積んだ戦車兵と指揮官の冷静な判断が勝利に繋がった感があります。

>74式戦車とM1戦車が戦った場合
1対1の戦車戦は考えにくいのですが・・・どのような戦闘を想定しているかにもよりますが

実戦経験皆無の中隊長に指揮された急造の寄せ集めM1戦車隊とベテランの中隊長に指揮された実戦経験豊富なベテラン揃いの74式戦車中隊の戦闘で、74式に有利な地形だったら、M1側が相当に苦戦する可能性もあります。

もっとも、デリケートすぎて平時でも稼働率が低いと言われる凝った油気圧サスペンションを持つ74式戦車・・・必要な数が戦場に出られない「不戦敗」の可能性もあるんじゃないか と。
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ワンサイドゲームでM1が圧勝するでしょう。

他の方も書いていますが、湾岸戦争で米軍のM1はイラク軍を圧倒し、戦闘で破壊されたM1は一両もないといわれたほどに暴れまわりました。
M1には最新鋭の照準装置がついており、それで一度相手をロックオンすると自動的に目標を砲身が捕らえ続けます。ディスカバリーチャンネルで、M1がテレビカメラを捕捉しながら不整地を走るところを見たことがありますが、戦車本体が上下左右に激しく揺れるのに砲身は不気味なほどテレビカメラをピタッと捉えていました。また有効射程距離はM1の方が圧倒的に勝っているのは明らかです。

現在の自衛隊の主力戦車は90式となっており、74式は旧型です。ですから、74式が勝てなくてもそれは当然のことといえるでしょう。また90式も時代に合わせて改良版が作られているので順次更新される予定ですがこんなご時勢なのでなかなか予算がつかず、配備は遅々としているのが現状です。
アメリカは長年戦車を作るのが今ひとつヘタだったのですが、現在のM1A2は世界最強の戦車であるということは専門家及びミリタリーマニアの見解がほぼ一致するところです。燃料バカ食いのガスタービンエンジン(しかも整備にも手間と金がかかる)を採用できるなんて米軍くらいです。エンジンの信頼性に疑問が持たれていましたが、最も苛酷な環境である砂漠の湾岸戦争で大きな問題にならなかったので、ここも解消されています。

ちなみに、自衛隊がM1を採用するのはほぼ不可能といえるでしょう。アメ車を見ても分かるように何もかもがデカいアメリカでは大きさと重さの制限を受けません。しかし、日本の道路事情(普段はトレーラーに乗せて移動させる)を考えるとM1は大きさも重さも「オーバー」しているのです。
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 湾岸戦争では74式戦車と同世代のイラク軍のロシア製T-72戦車が米軍のM1A1戦車にボコボコにやられています。



 74式戦車は戦後第2世代戦車でM1戦車は戦後第3世代戦車です。機動性も防護力も全く違います。

 現在、米軍が使用しているのは改良型のM1A2戦車で第3.5世代戦車に分類されています。

 74式戦車ではM1戦車には勝てないでしょう。
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 ウィキペティアによると、74式戦車は「エンジン出力に余裕がないため装甲は軽量化し機動性を重視している」とのことなので砲弾を先に撃って直撃すれば一撃必殺でM1戦車が勝つかもしれません。

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Qレオパルト2が最強と言われる理由

レオパルト2が最強と言われる理由

現在の西側先進国が保有する第三世代戦車のうち、レオパルト2が最強だと言われている理由は
何でしょうか?
また、よく戦車ランキングが出ますが、これも大方どのような評価の元ランク付けしているのでしょうか?

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

 この質問に本気で応えようと思えばいったい何時間掛かるのか分かりません。ということでざくっと回答すれば、正直いろいろな分野で様々な兵器が世界最強という言葉を冠されていますが、これらが果たしてどのような視点から見た世界最強なのか、誰もその答えは持ち合わせてはいないはずです。もっとも限定的に言えるなら、やはり数次の実戦を経験したM1エイブラムスが最強の言葉にふさわしいかもしれません。

 とはいえこの手のランク付けは、簡単に言えば単なる主観的な問題でしかないといえるのではないでしょうか。レオパルド2が世界最強の戦車というタイトルを付けられたのはずいぶん昔のことですが、その当時でもかなりの攻撃力と斬新な機能や防御力をもった戦車が世界中にありました。それでもレオパルドが最強のタイトルを持っていたのは、やはりレオパルドが先鞭をつけた先進的な攻撃、防御、機動性能を各国の軍隊が後追いしたことによるものと、なんといっても第二次世界大戦でのあの病的ともいえる、しかしあまりも魅力的だった戦車開発の歴史を、世界の陸軍が忘れきれないでいるからでしょう。

 現代の戦車戦はあらゆる要素と資源をシステム的に機能させなければ、とても戦い抜けないほど複雑になっています。広大な開豁地で大量の数の戦車同士が戦うという構図は、湾岸戦争で終焉を告げたと考えていいかと思います。現在は極言すれば一人の歩兵が携帯したATMであっさりと撃破されるほど、対戦車兵器は劇的な進歩を遂げています。イラク戦争(第二次湾岸戦争)ではあのM1エイブラムスでさえも、イラク兵のRPGで撃破されています。しかもHAがです。

 それぞれの戦車の各能力を数値化して、これを比較すれば確かにそれなりにランク付けは出来るでしょう。しかし実際に360度全てが戦場になっている場所で、この数値は何の意味も持ちません。必要なのはトータルシステム的な戦車部隊とその支援部隊の運用法です。

 戦車はほかのサブ的な支援部隊を引き連れていなければ、その性能は十分に発揮できなくなっています。ということで、これからは世界最強の戦車というランク付けは意味をなさなくなると思います。

 この質問に本気で応えようと思えばいったい何時間掛かるのか分かりません。ということでざくっと回答すれば、正直いろいろな分野で様々な兵器が世界最強という言葉を冠されていますが、これらが果たしてどのような視点から見た世界最強なのか、誰もその答えは持ち合わせてはいないはずです。もっとも限定的に言えるなら、やはり数次の実戦を経験したM1エイブラムスが最強の言葉にふさわしいかもしれません。

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Q第二次世界大戦時で最も優秀な戦車は?

ドイツのタイガー戦車が強力で有名ですが、
ソ連軍のT-34という戦車がそれを打ち負かしたということを知りました。
さらにタイガー戦車より最新のパンター戦車というのもあるらしいです。
総合的に見て最優秀の戦車(一対一で勝てる)は何だったのでしょうか?

又日本は戦車の開発には関心が薄かったようですが、
それはどうしてでしょうか?
中国戦線では大活躍すると思うのですが。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

兵器の優秀さというのは、1対1で強いかとかカタログデータで決まるものではないのですね。別に兵器に限った話ではないのですけれど。
1対1で単純に強いといったらドイツのタイガー2(キングタイガー)だったと思いますが、じゃあキングタイガーは無敵で前線の兵士から歓迎されたかというと、前線の兵士の評判はあまりよろしくないのですね。なぜかというと、これはまあドイツ軍重戦車の宿命でもあるのですが故障しやすくて部品ひとつひとつがやたらと重い。つまり整備が大変だったからです。

1対1で強い戦車があれば戦争に勝つかというとそうでもないのです。例えば1940年のフランス電撃戦のとき、ドイツ軍の持つ戦車は3号戦車と4号戦車(前期型)が中心で、武器としては機関銃しか持っていない2号戦車の数もまだまだありました。
一方のフランス軍にはシャールB1という重戦車があり、イギリス軍にもマチルダ2という戦車がありました。カタログスペックだけ見たら、B1戦車もマチルダ2も3号戦車や4号戦車より優れているのです。しかも、その数はドイツ軍に比べると英仏連合軍のほうが多くの戦車を持っていたのです。
しかし、戦争にはドイツ軍が勝ちました。その勝因は、戦車を集中して運用したからです。

プロ野球でも、ものすごい4番バッターがいたら優勝するかというとそうではないですよね。チームとしての全体のバランスが重要です。サッカーもそう。軍隊(戦争)もそうなんです。
第二次大戦のときのアメリカ軍の主力戦車はM4シャーマンです。カタログスペックだけ見ると、ドイツ軍の4号戦車よりちょっと優れている程度です。だからドイツ軍のタイガーやらパンターやらには直接対決では勝てなかった。でも、アメリカ軍はそれでよかったのです。アメリカ軍にとってM4戦車は歩兵支援用です。だから、それ用のための性能を重視しました。そして、ドイツ軍の強力な戦車には、航空機などの戦車の苦手な手段で当たればいいと考えていたのです。これぞアメリカ人の超合理主義。「戦車の相手は戦車がしなきゃいけないと誰が決めたのだ」というわけです。

戦車というのはですね、基本的に消耗品なのです。いくら優れた戦車でも1両だけじゃどうしようもない。それなら平凡な性能の戦車が10両あったほうがいいのです。
これが基本的に理解できなかったのが日本軍。理解できなかったというか、受け入れられなかったというべきでしょうかね。基本的に貧乏な日本軍では、お金のかかる戦車を大量に用意して消費しながら戦うなんて贅沢な戦い方はやりたくてもできなかったのです。

日本軍悲劇の戦車チハタンこと九七式中戦車は、カタログスペックだけを見ると同時代の戦車、例えばドイツの3号戦車初期型とほぼ同等の性能を持っています。3号戦車初期型が37ミリ砲を搭載していたのに対して、チハタンは57ミリ砲を搭載していたので、カタログ上は上です。
しかしこの、「カタログ上は」ってのがネックで、実はチハタンの57ミリ砲、初速が遅くて徹甲弾の性能が低かったので対戦車砲としては使い物にならなかったのです。これは日本工業力の限界。
そしてなによりエンジンの性能が低かった。3号戦車が300馬力のエンジンを持っていたのに対してたった170馬力しかなかった。だから、改良を加えたくても性能に余裕がなかったのです。

日本軍は戦車の開発に関心がなかったわけではないです。ただ中国軍にはほとんど戦車はなかったし、アメリカ軍も第二次大戦前にはほとんど戦車を持っていませんでした。しかしソ連軍は戦車を大量に持っていたので、ソ連軍への対抗上戦車への関心は持っていました。
しかし、ソ連軍が戦車を「大量に動員する」という戦い方をしてきたノモンハン事変を目の当たりにして、「あんな戦い方は(貧乏で戦車を揃えられない日本には)とてもムリ」となったのです。
戦車は戦車単独で存在しているわけじゃなくて、修理をする整備兵や、補給をするトラックなども必要ですよね。ところが当時の日本人にはそもそも車の運転ができる人がいなかった。自動車運転は「特殊技能」扱いです。ましてやそれの整備ができる人となるともっといない。だから運用にも限界があるのです。国に車が行き渡っていて、当然自動車修理工がいっぱいいたアメリカとの違いです。

兵器の優秀さというのは、1対1で強いかとかカタログデータで決まるものではないのですね。別に兵器に限った話ではないのですけれど。
1対1で単純に強いといったらドイツのタイガー2(キングタイガー)だったと思いますが、じゃあキングタイガーは無敵で前線の兵士から歓迎されたかというと、前線の兵士の評判はあまりよろしくないのですね。なぜかというと、これはまあドイツ軍重戦車の宿命でもあるのですが故障しやすくて部品ひとつひとつがやたらと重い。つまり整備が大変だったからです。

1対1で強い戦車があ...続きを読む

Q第二次大戦中に現代の自衛隊を投入したら

くだらない質問ですが、気になったので書いてみます。

第二次世界大戦末期の1945年1月1日時点に、現在の最新鋭の自衛隊(航空・海上・陸上)の全戦力を日本本土に投入したら、日本軍は勝てるのでしょうか?兵器の生産設備などは投入しないものとします。

いくら最新鋭の戦力を持っていても核と資源がないのでアメリカが多大な犠牲を出しながらも勝つだろうという見方もできるし、当時の日本はインドネシアを占領していたので資源不足を克服し日本の勝利という考え方もあると思います。

Aベストアンサー

戦争に「絶対」は無いですから必ず勝てるとは言いませんが、面白い勝負にはなるでしょう。

近代軍では補給が重要な要素を占めるので、どれだけの弾薬や燃料、整備、補給品を保持しているかで、戦い方も変わってきます。自衛隊のそうした物資の正確な保有量が不明なので、推測するのは困難なのですが、とりあえず・・・

1945年1月の時点なら、できるかどうかは分かりませんが、まずは自衛隊の戦力を秘匿します。
2月の米軍による硫黄島攻略あたりで航空自衛隊の全力出撃です。
この次期、米艦隊は正規空母12隻、護衛空母17隻を含む大艦隊を出撃させてきており、このうちの正規空母12隻、護衛空母4隻が日本近海に現れ本土空襲を行っています。これを狙います。ちなみに、この当時の米艦隊の正規空母の数は14隻ですから全部撃沈できれば、後がかなり楽になります。
F2攻撃機、約80機を中心とする対艦ミサイル攻撃で、空母を撃破します。現代の対艦ミサイルを当時の米軍艦艇がそれほど迎撃できるとは思えないので、うまくいけばかなりの空母を撃破できるのではないかと・・・
また、B29への迎撃にもF15を出撃させます。最大で4発のミサイルを別々の目標に連続発射できるF15の戦闘力に、B29の部隊は大打撃を受けるのではないかと・・・
さらに海上自衛隊の潜水艦部隊によるハワイの真珠湾攻撃を行います。ハープーン対艦ミサイルは対地攻撃にも転用可能とという事なので、ハープーンで真珠湾の燃料施設や艦艇補修設備などに攻撃を行い、打撃を加えます。
要は自衛隊の進んでいる兵器を一挙に出して大打撃を加えるとともに、米軍にショックを与えます。
これでうまくいけば、アメリカは空母艦隊とB29の部隊とハワイの後方施設に大打撃を受け、直ぐには大きな作戦をできなくなるのではないかと思います。

その後は、まずシーレーンの確保です。九州から中国沿岸、そして台湾海峡を通ってシンガポールへの海上交通路の守備に海上自衛隊のP3C対潜哨戒機の部隊や、一部航空自衛隊の戦闘機部隊を派遣します。輸送船団には海上自衛隊の護衛艦隊も付けます。航空部隊の根拠地の設営は大変でしょうが、部隊が稼動すれば米潜水艦隊の脅威へ大きな力になると思います。日本の輸送船の撃沈された半数は、米潜水艦隊の通商破壊戦によるものだそうですが、当時の旧式な潜水艦なら現代の対潜哨戒機と護衛艦でかなりの確率で防ぎ、逆に戦果をあげられるのではないかと思います。
日本本土の防空は航空自衛隊の戦闘機とPAC3ミサイル部隊と、陸上自衛隊の高射特科団(改良ホーク地対空ミサイル部隊)が守ります。
攻撃には海上自衛隊の16隻の潜水艦部隊を使います。潜水艦隊で通商破壊戦を行います。第二次大戦末期のドイツで建造されたUボート21型は連合軍の対戦哨戒部隊にも察知されにくかったそうです。それよりさらに技術の発展している現代の潜水艦なら数は少なくとも大きな戦果を期待できると思います。
未だフィリピンの日本軍の抵抗は続いており、米陸軍20万人が投入されている時点で、米空母艦隊が大打撃を受け、さらに通商破壊戦を仕掛けられたら・・・米軍は楽勝とはいかなくなるでしょう。

米軍としてはこうした進んだ技術の兵器対策に苦慮する筈です。簡単には有効な対抗策は出てこないのではないかと思います。まずは打撃を受けた艦隊の再編と、戦略爆撃部隊の戦術の見直し、フィリピンへの海上補給路の守備を固め、真珠湾の設備の再建をしなければなりません。
建造中のエセックス級空母の建造を急いでも、半年以内に戦闘に参加させる事ができるのは5隻です。
大西洋から部隊を回す必要も出てくるかもしれません。

一方、自衛隊を除く日本の連合艦隊の状態はよくありません。
戦闘可能な空母は小型の鳳翔1隻ですし、戦艦は2隻、巡洋艦も数隻、駆逐艦も二十数隻というありさまです。
南方から資源が入ってきたら、まずは艦隊の増強が急務でしょう。まずは空母で建造途中の伊吹、天城や損傷状態の龍鳳、準鷹、葛城を戦闘可能な状態にしなければなりません。
他にも損傷を受けている戦闘艦艇があるので、大至急修理が必要です。
また、輸送艦の建造も急務です。1945年1月から終戦時までに約180隻の輸送船が建造されています。
しかし、同じ期間に実に700隻が沈められているのです。
まあ、自衛隊の参戦で、その数は減るでしょうが、しかし、1944年だけでも約970隻の輸送船が撃沈されています。
日本の造船所はとにかくフル稼働しなくてはならないでしょう。
また、航空機パイロットの育成や、戦闘機などの生産も必要でしょう。
時間は幾らあっても足りないくらいです。

こうした中で、日本の潜水艦隊がどれだけアメリカに打撃を加えられるかが重要だと思います。
そしてフィリピンの米軍を孤立させ、ハワイを孤立させる事ができれば、新たな展望が開けるかもしれません。
時間が立てば、連合艦隊の戦力もある程度は回復してきます。そうなれば、新たな作戦を立てる事も可能となるでしょう。

なお、そのうち満州にソ連軍が侵攻してくるでしょうが、これについては航空自衛隊の支援を受け、東満山地で持久戦を行えば、かなりの機間、持ち堪える事ができるのではないかと思います。

戦争に「絶対」は無いですから必ず勝てるとは言いませんが、面白い勝負にはなるでしょう。

近代軍では補給が重要な要素を占めるので、どれだけの弾薬や燃料、整備、補給品を保持しているかで、戦い方も変わってきます。自衛隊のそうした物資の正確な保有量が不明なので、推測するのは困難なのですが、とりあえず・・・

1945年1月の時点なら、できるかどうかは分かりませんが、まずは自衛隊の戦力を秘匿します。
2月の米軍による硫黄島攻略あたりで航空自衛隊の全力出撃です。
この次期、米艦隊は正規空母12隻、...続きを読む

Q自衛隊の10式戦車の実力は?

先日、この10式戦車の実力は世界のランキング上位に来ると紹介されていました。では、あのアメリカの最強戦車のエイブラハムと比べてどのくらいのレベルですか? 搭乗者の技量や経験により比べるのは難しいと思いますが、もし、戦うならば10式戦車に勝ち目はありますか??

Aベストアンサー

 まぁ、今は戦車戦というのは滅多にやらないし、市街戦なのか森林なのか草原なのか乾燥地帯なのか、で戦闘性能はかなり違って来るのですが・・・・遮蔽物が少ない草原や比較的起伏の緩やかな山岳地帯で単純に1対1なら、ヒトマル式の方が強いでしょうねぇ。何しろヒトマル式は、行動中での遠射の命中精度が段違いですから。M1エイブラムスが有効射程内まで接近する前に叩ける可能性があります。問題があるとすると、他国の戦車砲より火薬量が少ないヒトマル式の44口径120mm滑腔砲(飛翔体構造の工夫で、一応55口径120mm滑腔砲相当の破壊力とされています)で、遠距離からエイブラムスの複合装甲(後述のチョパム装甲の改良型と言われています)+劣化ウラン装甲を破壊出来るかどうか?ってところですが。

 それよりワタシ実は、マジメに『2次大戦スタイルの』戦車戦をやると、ヒトマルよりエイブラムスよりレオパルドよりチャレンジャー2が最強なんじゃないか?という気がします。産油国地域での戦闘で無敗神話を作った元祖チョパム装甲と5000mの遠射でも敵戦車(T-55)を破壊したL30系120mmライフル砲は、戦車戦では最強ではないか、と。
 さらに(さすが英国)、ティーセットを収納する棚も付いてるし。

 ついでに・・・・現在の装甲車両は、上述の劣化ウラン装甲やチョパム装甲、アメリカお得意のリアクティブ装甲などの特殊装甲を用いるのがフツーなので、単純に車両重量やSPEC.上の装甲の厚さだけでは装甲性能を判断できません。多少の重量差はあまり考慮しなくてよいでしょう。ま、劣化ウラン装甲はかなり重いんですけど。

 まぁ、今は戦車戦というのは滅多にやらないし、市街戦なのか森林なのか草原なのか乾燥地帯なのか、で戦闘性能はかなり違って来るのですが・・・・遮蔽物が少ない草原や比較的起伏の緩やかな山岳地帯で単純に1対1なら、ヒトマル式の方が強いでしょうねぇ。何しろヒトマル式は、行動中での遠射の命中精度が段違いですから。M1エイブラムスが有効射程内まで接近する前に叩ける可能性があります。問題があるとすると、他国の戦車砲より火薬量が少ないヒトマル式の44口径120mm滑腔砲(飛翔体構造の工夫で、一応55口...続きを読む

Q軽い10式戦車の装甲が防御力は60t並と言われて

10式戦車は他先進国の最新戦車と同等の防御力を持っているといわれています。
機関銃ひとつまともに作れない日本が、戦車の分野ではドイツやアメリカの装甲技術を圧倒的に上回ってるのはなぜでしょうか?

Aベストアンサー

確かに疑問ですね

日本の技術は優秀という刷り込みで防衛技術は優秀、自衛隊の持つ国産機材も全て優秀だと過信している部分があります


かつて旧ソ連防空軍所属のミグ25が函館に亡命しましたが
当時の防空軍所属の高高度迎撃機にスクランブルした空自のF4をかわし、バッジシステムの死角の超低空侵入許した事を棚に上げ
ことさらミグ25の構成機器に真空管を使っていた事を当時の日本のマスコミや軍事評論家の多くはボロクソに叩きました


その十数年後、自分は自衛隊にいましたが
その時の自衛隊の野外交換機、野外電話機など通信機の大部分はその時も真空管使ってましたね

教育隊の助教は電子戦に強いと痩せ我慢にもならない事言ってましたが…
電子戦には強いかも知れないが、タンポポの種に弱いという笑い話にもならない致命的な弱点もありましたけどね


ある部隊の陸曹から自衛隊の輸送車両に使われてるパーツは民間向けに比べて材質など落としてあると聞いた事もあります

当然ですよね
少ない防衛費、志願制であるゆえに人件費の割合が大きく、開発費の捻出も厳しいはずなのだから

レオパルト2やM1はその都度、改良され延命されてますし
他国でも採用されています
当然、採用する国は貴重な国民からの血税で高価な買い物するから
厳しいテスト、審査する
空自のFXもそうでしょう


日本の10式が輸出可能になり他国の戦車と比較テストされれば
その軽い重量に他国戦車に相当する複合装甲を持っていたのか、わかるでしょうが
残念ながら自分は日本にとり、あまりいい結論は出ないと思いますね

確かに疑問ですね

日本の技術は優秀という刷り込みで防衛技術は優秀、自衛隊の持つ国産機材も全て優秀だと過信している部分があります


かつて旧ソ連防空軍所属のミグ25が函館に亡命しましたが
当時の防空軍所属の高高度迎撃機にスクランブルした空自のF4をかわし、バッジシステムの死角の超低空侵入許した事を棚に上げ
ことさらミグ25の構成機器に真空管を使っていた事を当時の日本のマスコミや軍事評論家の多くはボロクソに叩きました


その十数年後、自分は自衛隊にいましたが
その時の自衛隊の...続きを読む

QB-52ってなぜ長寿なのですか?

アメリカの爆撃機B-52についてですが、まだ現役で飛行しているのを知り、びっくりしました。
たしか初飛行は1952年頃だったと思うのですが。
もちろん最新式の爆撃機はB-1とかB-2も存在しますが、B-52と同時期に飛んでいた
戦闘機はF-86セイバーとかだと思うのですが・・・
戦闘機の方が更新のサイクルが早いとは思うのですが、アップデートしてるとは思いますが、
B-52が半世紀以上も現役でいられるのはどうしてですか?

Aベストアンサー

現在、配備中のB-52は、1952年から飛んでいるワケじゃ無く、最新のH型・・・といっても最終号機がロールアウトしたのは1962年だから、すでに50年以上に渡って度重なる改修を受けて飛び続けているか・・・

元々、機体が柔構造で設計されて耐久性に有利だったようですが・・・そのほかに

B-52はステルスなんて発想の無い時代の設計で「敵防空圏内に侵入して爆撃」なんて技は使えないけど、主翼下にもハードポイントを持つことからトマホークなどの対地ミサイル母機としての能力はB-1/B-2より上になるなど、それぞれの能力を補完する関係にあるし、爆弾槽も様々な兵器を搭載できるなど「多種多様な兵器を、大量に搭載し、遠方に投入・投下する」能力(運用の柔軟性)の観点で見れば、まだまだ一線級の能力を持つのは間違いない。

あと、「実は”核攻撃能力”を持っている爆撃機が核装備型B-52しか残っていない」のもポイント。
配備開始時に核アラート任務に就いていたB-1も、冷戦終結後にボムラック(爆弾架)の改修で通常兵器装備型のみになったし、B-2は最初から通常兵器装備型しか配備されていない。
勿論、B-1/B-2もボムラック改修で核装備対応型に出来るけど、平時に運用可能な機体を減らすことになる=通常兵器攻撃能力に穴が開くことになるし、コスト的にもペイしないとのこと。

あと、長寿命という点では、ヘリコプターのCH-47(チヌーク)系が、原型機の初飛行が1962年、極めて優秀な機体で、未だに後継機は存在せず、現在も生産中。
どころか、2025年までの生産がほぼ確定していて、その時点で生産が終了しても改修を続け30年以上の運用継続計画がある。
ま、同じなのは、基本的な形状やメカのレイアウト程度で、エンジンもアビオニクスも違う「似て非なるヘリコプター」になるんだろうけど・・・

現在、配備中のB-52は、1952年から飛んでいるワケじゃ無く、最新のH型・・・といっても最終号機がロールアウトしたのは1962年だから、すでに50年以上に渡って度重なる改修を受けて飛び続けているか・・・

元々、機体が柔構造で設計されて耐久性に有利だったようですが・・・そのほかに

B-52はステルスなんて発想の無い時代の設計で「敵防空圏内に侵入して爆撃」なんて技は使えないけど、主翼下にもハードポイントを持つことからトマホークなどの対地ミサイル母機としての能力はB-1/B-2より上になるなど、それぞ...続きを読む

Q97式中戦車チハについて

なんかやられメカというか、弱いというイメージが定着してしまい…近年ではへっぽことかドジッ子とかかわいいとかチハたんとか擬人化までされてる97式中戦車チハですが、
本当にそんなに何の役にも立たなかったのですか?

まがりなりにも帝国陸軍主力戦車でしょ?
そんな使えないなら生産する必要すらないじゃないですか。


とあるサイトで、
「チハを撃破しても戦車一両撃破とはカウントせず、戦車砲がもったいないので、戦車砲は使わず機銃のみで撃破し、それももったいないので、塩酸をかけてドロドロに溶かしてしまおうという研究までされてた」
と書いてありました。

更にチハは歩兵の小銃でも撃破可能と書いてあり、本当なら
下手すると歩兵1人にやられるかもしれない戦車ということになります。だって戦車が照準する前に小銃撃ちまくれば勝てますやん、そんなの。
本当にそんな弱かったのですか?
弱かったとしたら、なぜそんな意味のない物作ったのですか?
チハが出現したら、敵兵は小躍りして喜んだのですか?
チハだっ!って戦々恐々したり、潰走したりしなかったのですか?

教えてください。
宜しくお願いします。

なんかやられメカというか、弱いというイメージが定着してしまい…近年ではへっぽことかドジッ子とかかわいいとかチハたんとか擬人化までされてる97式中戦車チハですが、
本当にそんなに何の役にも立たなかったのですか?

まがりなりにも帝国陸軍主力戦車でしょ?
そんな使えないなら生産する必要すらないじゃないですか。


とあるサイトで、
「チハを撃破しても戦車一両撃破とはカウントせず、戦車砲がもったいないので、戦車砲は使わず機銃のみで撃破し、それももったいないので、塩酸をかけてドロド...続きを読む

Aベストアンサー

>まがりなりにも帝国陸軍主力戦車でしょ?

主力戦車っつー概念は第二次大戦当時はなかったのですが、主に生産された戦車であることは間違いないです。
ただ、他の帝国陸軍戦車となると、ハ号こと九五式軽戦車となってしまうので、ますます絶望するほかありません・笑。

>そんな使えないなら生産する必要すらないじゃないですか。

お気持ちは分からんでもないですが、他にまともなものが作れないんだからしょうがない。
ただ開発された1937年当時のカタログスペックから見ると、実はそんなに悪くないんです。あのドイツのIII号戦車と似たようなカタログスペックです。III号A型と比べるなら、あっちは37ミリ砲でこっちは57ミリ砲とスペック上は勝っているのだァ!
・・・ただし、他の人も指摘していますが、あの短砲身57ミリ砲は対戦車戦闘を考えていなかったので、初速が遅く何よりかにより徹甲弾の質が悪くて対戦車戦闘では使い物になりませんでした。
ただ、対戦車戦闘があまり考慮されなかったのには日本軍ならではの事情もあります。何しろ主に相手になっていた中国軍はゲリラ兵の集まりみたいなもので、戦車なんてほとんど持っていませんでした。敵が持ってない兵器への対処法は後回しになるのは仕方がない面はあります。

>戦車砲は使わず機銃のみで撃破し

さすがにそれはあんまりないです。そりゃ場合によっては重機関銃で撃破できたときもあるかもしれないけど、なんせ敵のアメリカ軍にはバズーカ砲っつー威力がありかつ携行性に優れた対戦車兵器がありますので、それで主に対処できたようですよ。

>下手すると歩兵1人にやられるかもしれない戦車

それはないですね。まあちょっとウケ狙いのオーバーな表現をしたのでしょう。

それでね、チハたんが低性能で終わってしまったのはエンジンの馬力が小さいせいだということは私も以前から指摘していました。何しろ、180馬力程度しかない。III号戦車が300馬力、T-34が500馬力、M4の400馬力と比べるといかにも貧弱です。
エンジンの馬力が低ければ、重い車体は動かせない。自ずと、砲は小さく、装甲は薄く、となります。トラックのボディに軽自動車のエンジンを積んだら使い物にならない車にしかなりません。

ところがですね、最近、元日本戦車兵の手記を読んで「あーしまった。それがあったかあ」と初めて知ったもっと切実な内情を知ったんです。
その本に、「チハの重さに耐えられずに、デリックのビームがひん曲がった」と書いてあったんです。調べてみると、陸軍が戦前に助成金を出していた大型船には25トンのデリック能力を求めていたようですが、すべての船がそれだけの性能を持っていたわけではありません。
日本はご存知の通り島国でございますので、どこへ運ぶにも一旦船に載せなければなりません。例え朝鮮半島でもね。それこそ、北海道や九州にさえ船で運ばなければならない。そうである以上、デリックの積載能力の縛りは考慮して設計しなければなりません。
だから仮にもっと高性能なエンジンが開発できたとしても、デリック能力の縛りを受けて重戦車は作れなかったのではないかと思います。

また実際問題としては、太平洋戦線では無敵のキングタイガーの如くに思われているM4シャーマン戦車もいうほど大活躍ではありませんでした。アメリカ海兵隊員の手記には、「戦車は使い物にならない」とはっきり書かれています。日本軍の対戦車砲の偽装が巧みで、「いつも戦車がやられてから対戦車砲があることに気づいた」とあります。
だから米軍戦車も常に歩兵の「護衛」がないと前進できませんでした。なんと、意外にも米軍戦車は米兵に守られながらおっかなびっくり静々歩兵の後ろから前進していたのです。
沖縄戦では、戦車中隊が歩兵の支援なしに単独突入をしましたが、なんとこれまた意外にも一方的にやられて攻撃は失敗。以降米軍は決して戦車を単独で投入することはありませんでした。
日本軍の野戦指揮官そのものが戦車の使い方がよく分からなかったというのも、チハの悲劇を重ねた部分もあったかと思います。サイパンでは、戦車隊が夜襲を命じられて全滅しています。

このあたりの経緯は光人社NF文庫の「サイパン戦車戦」に出ています。文庫本で手に入りやすいし、読みやすいので一読をお奨めしますよ。

>まがりなりにも帝国陸軍主力戦車でしょ?

主力戦車っつー概念は第二次大戦当時はなかったのですが、主に生産された戦車であることは間違いないです。
ただ、他の帝国陸軍戦車となると、ハ号こと九五式軽戦車となってしまうので、ますます絶望するほかありません・笑。

>そんな使えないなら生産する必要すらないじゃないですか。

お気持ちは分からんでもないですが、他にまともなものが作れないんだからしょうがない。
ただ開発された1937年当時のカタログスペックから見ると、実はそんなに悪くないんです。...続きを読む

Q旧日本軍はどうして潜水艦を強化しなかったのでしょうか?

第二次世界大戦もののDVDを観て思ったのですが、
潜水艦の役割は重要です。
攻撃にしろ、防御にしろ威力絶大と感じました。
とくに太平洋に飛び飛びにある島の防衛などは、潜水艦を配備していれば強化できたと思います。
日本の潜水艦のことはあまり聞きませんが、
海軍は、どうして潜水艦の開発に力を注がなかったのでしょうか?
海を制したかったら潜水艦が不可欠ではないでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

日本海軍は、甲標的艦を完成。実戦に投入しました。
2人乗りの水中高速型の潜水艦の開発に成功していたのです。

この事実に米軍は驚愕しました。

時の水上機母艦は、甲標的艦母艦として即座に改装可能なように設計、建造されていました。

潜水艦に対し相当力を注ぎ込んでいたようです。

日本軍では潜水艦とは、
隠密行動を取り、単独で侵入し、敵艦船を攻撃する為の兵器でした。(特攻に近い思想)

艦隊戦では、艦隊の前で哨戒に当たらせ、
平時は、敵の基地付近の哨戒任務に付かせました。

一方、米軍の潜水艦は日本軍のそれよりはるかに劣ります。
酸素魚雷の開発もまだでした。

米軍は、
潜水艦を3隻一組とする狼狽戦法で弱い輸送船団を襲う事に専念します。
彼らは、日本軍の海防艦が、殆ど使い物にならない木造船である事を知っていました。

日本軍は
駆逐艦を重雷装する事により重巡洋艦と匹敵する戦力としようとします。
重巡洋艦は、重雷装させ、戦艦と互角で戦える事を目標としました。

その結果、被弾に対しては極めて脆く火災、誘爆が多かったのです。

米軍は、無理な雷装や、無理な作戦より、
より効果的な運用方法を目指しました。

追い詰められ、
潜水艦に戦艦が沈められるようになると、
日本海軍も、もう終わりだな。
こう言う空気が流れます。

潜水艦に対する防御、発見方法、攻撃方法などが確定していないと言う、根本的な問題でした。

>とくに太平洋に飛び飛びにある島の防衛などは、潜水艦を配備していれば強化できたと思います。

潜水艦は、常に最前線に投入され、後方は無視されました。

>日本の潜水艦のことはあまり聞きませんが、
海軍は、どうして潜水艦の開発に力を注がなかったのでしょうか?
海を制したかったら潜水艦が不可欠ではないでしょうか?

上層部は、敵艦隊を攻撃する事しか頭にありませんでした。後方、補給よりも、最前線でした。
援護の無い、単独攻撃は、犠牲も大きかったようです。

日本海軍は、甲標的艦を完成。実戦に投入しました。
2人乗りの水中高速型の潜水艦の開発に成功していたのです。

この事実に米軍は驚愕しました。

時の水上機母艦は、甲標的艦母艦として即座に改装可能なように設計、建造されていました。

潜水艦に対し相当力を注ぎ込んでいたようです。

日本軍では潜水艦とは、
隠密行動を取り、単独で侵入し、敵艦船を攻撃する為の兵器でした。(特攻に近い思想)

艦隊戦では、艦隊の前で哨戒に当たらせ、
平時は、敵の基地付近の哨戒任務に付かせました。

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Q太平洋戦争当時日本軍が三八式銃を使用していた理由は

三八式銃とは、明治38年 に発明された旧式の銃らしいですが、
これを太平洋戦争当時でも使用していたそうです。
戦争中の兵器の進歩は日進月歩なのが普通なので、
これは不思議なことです。
使用し続けた理由は何でしょうか?

大量に余っていたとしても新式に鋳直せばよいだけのことです。
現に戦闘機などはどんどん改良を重ねています。
なにか特別なことがあったのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

銃は、航空機、戦車、潜水艦のいわゆる三大新兵器とは違う「熟練した兵器」ですので、寿命は桁外れに長いです。
ほかに寿命の長い兵器は、歴史的に見ると刀剣があります。日本刀は、太刀~打刀に変わったりと、若干の変更がありますがおおむね形は変わりません。これは刀は、熟練した兵器であり、戦術的な変革がなければ、仕様を変える必要がない代物だったといえるでしょう。

さて、三八式についてですが、これも似たようなものです。諸外国の兵器と比べた場合の旧式度合いについては、すでに前に語られていますね。
新しいともいえませんが、それほど古いともいえません。つまり、ボルトアクション式では、すでに三八式は「決定版」ともいえる代物だったのです(No12の方が言っているように日本人にとって扱いやすいのも大きい)。
決定版なので、それ以上のものは戦術的転換がないかぎりは不要です。現在でもピストル、小銃などは50年以上前の設計の物だって十分現役で使っている国もあります。これらは現代の戦術では決定版足りえる代物だからです。

さて、先ほどから「戦術」という言葉を使っていますが、これが、三八式におきた一つ目の悲劇です。
時代は第1次大戦、火器は「小銃による打ち合い(砲は補助的)」から「重砲と機関銃(小銃は補助的)」による戦術に「転換」しました。

つまり三八式の作られた時代の戦術概念と第2次大戦では大きく様相が変わったのです。
基本的に新しく作られた戦術というのは、前に使われていた戦術よりも優れています(優れているから採用される)。
つまり、三八は世界的な戦術である、火砲、機関銃の大量使用による弾幕戦と戦うようには対応していません。
諸外国のようにそれらの「補助兵器」として使うならば十二分の性能だったでしょう。

当時の戦術において勝利を決めるのは火砲、機関銃、戦車といった兵器で、小銃はすでに勝利を左右する兵器ではなくなっていました。
しかし、日本軍にはそれらで力のある兵器はありません。

勝利を左右する兵器を持っていない軍隊と、勝利を左右する兵器を大量保有している国が戦えば・・・どうなるかはわかりますね?

日本軍が、(あくまでボルトアクションから進歩した存在であり、補助兵器の域を出ない自動小銃はともかくとして、です。諸外国がこれの更新を遅らせたのは、他に国力を注いでいたためです)火砲や機関銃の大量配備を嫌ったのは、塹壕戦による経験が薄かったために有効性を信用しきっていなかったのもありますが、最大の理由は、工業力がこれらの兵器を「全軍にいきわたらせて、かつ戦えるだけ」の力を持ち合わせていなかったことです。
国力と軍事力の兼ね合いが著しく悪いとも見れます。海軍でもいえますが、国力以上の軍事費は維持費や更新費用の面で国家を破綻させます。弾薬についてもそうです。自国の国力でまかなえる以上の弾薬を使う軍隊を持てば、補給にひずみが生じて、供給が追いつかなくなります。
かといって軍隊を減らすわけにもいかない状態ですし、そのおかげで更新(つまり戦術転換)に使う国力もない。新しい戦術では弾薬を多く使うので、転換したところで維持できるだけの国力もない(諸外国は生産量を増やしたのですが、日本ではそれができるだけの国力すら残っていなかった)。
日本軍が抱えていたひずみとかゆがみが、小銃にも現れているのです。

もう一つの悲劇が、1つ目の後半とかぶりますが日本の工業力の低さです。
当時、日本の技術力はとにかく欧米に追いつけということでタッチアップを図っていましたが、まだまだ追いついていません。
よく「日本の技術力は世界一だった。アメリカに物量で負けた」なんていう人がいますがこれは大間違いです(空技廠から上がってきた航空機の図面で、「この部分は鋳型をつかった鋳造で」となっていても金型が作れずに削り込み部品にしたというのはよく聞く話です。つまり当時の技術はその程度)。
中でも惨憺たる分野が重工業全般の中でも最重要分野の鉄鋼業でして、製鉄も自国では補完できない、鋳型技術も低い状態です。
さらには、精密機械技術が発展途上でして、とにかく精度が悪い(戦前の日本兵器において「統一規格」はありません。というより作れなかったのです。精度が維持できないのですね)。そのため小銃ですら調整しないと命中精度が維持できない上、部品の互換性がない。これは前線において問題です。
別々の箇所が壊れた銃をばらして一つの壊れていない銃にするというのは、軍隊ではある程度普通ですが、日本ではこれが出来ない。つまり不経済な状態です。
また、弾薬の製造精度も悪いため、弾詰まりが多い。これは自動小銃のほうで批判されますが、こちらについては「吐き出す量が多いためハズレに当たる確率が高い」だけなのです(まあ、自動小銃のほうが若干弾詰まりを起こしやすいというのはありますが・・・)。

ながくなりましたが、結局は日本と日本軍の構造上の問題なのです。
日本において三八式が評判が悪いのは、本来的に責任はない三八式に、日本の抱える問題を添付してしまっているからです。結局問題は日本自体にあるのです・・・
というわけで、三八自体の設計は優秀ですし、ボルトアクション式小銃の決定版でもあります。

銃は、航空機、戦車、潜水艦のいわゆる三大新兵器とは違う「熟練した兵器」ですので、寿命は桁外れに長いです。
ほかに寿命の長い兵器は、歴史的に見ると刀剣があります。日本刀は、太刀~打刀に変わったりと、若干の変更がありますがおおむね形は変わりません。これは刀は、熟練した兵器であり、戦術的な変革がなければ、仕様を変える必要がない代物だったといえるでしょう。

さて、三八式についてですが、これも似たようなものです。諸外国の兵器と比べた場合の旧式度合いについては、すでに前に語られてい...続きを読む

Qドイツの科学技術が高水準な理由は?

他のQ&Aを読んでいて思ったのですが、
第二次大戦で(現在もですが)、ドイツの科学技術力が高かった理由は
何故ですか?
銃器、対戦車兵器、ミサイル、カメラ、人工石油・・・。
いくつかの兵器では、英米ソが勝っていたものもありますが全体的に
ドイツの兵器の優秀さが際立っているように思えます。
戦車生産数も3万両以上(?)の国力も驚異的です。

19世紀まで統一国家ではなく、英仏同様に階級社会だし・・・。
「機械好きはドイツ人の特性だから」の原因は何でしょうか?

Aベストアンサー

ドイツの化学技術が高水準であった理由。

教育制度が優秀だったからです。
ヨーロッパの後発国家として、1810年にベルリン大学が作られました。この誕生は、イギリスのオックスフォード・ケンブリッジやフランスのパリ大学などと比較すると格段に後発です。
ただし、キャッチアップする方式として、理工系では、ゼミナール方式という教育方式を作り上げました。それまでの教育が講義方式だったのに対して、研究しつつ教育するというもの。キャッチアップ国家ならではかもしれませんが、学生も教授とともに研究するというスタイルのために、教育効果が上がりました。
イギリスでは19世紀の後半に於いて、すでに、「ドイツの教育に学ばなければ、イギリスは科学全般で負ける、すでに化学では負けているじゃないか」という論評がありました。

世界の大学危機―新しい大学像を求めて (新書)
潮木 守一 (著)

この書籍にその辺の話が書いてあります。


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