古代エジプトの多神教信仰の名残って現代のエジプトにありますか?
キリスト教にそまっているヨーロッッパでも「妖精」が信じられていたり、クリスマスなど多神教信仰の儀礼が残ったりしています。
今のエジプトにもそんなものが、ありますか?

A 回答 (1件)

悪魔に取り付かれること、縁起の良い日と悪い日、予言、動物崇拝。

など、下記に現在のエジプトの信仰が出ていますので、ご参考までに。

 http://www.touregypt.net/egyptmagic8.htm
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Qキリスト教カトリックは一神教なのに マリア信仰の存在は何故?

キリスト教カトリックの最大の会派は、今でもイエズス会とありました。

イエスのみの一神教で、多神教を信望する者は異端とし迫害するくらいの唯一神。であるならば、聖母マリアはどんな位置付けなのでしょうか?。
またゼウス・マリアと江戸時代の仙台のキリシタン信者は弾圧の際にも「マリア」を最大の保護者として祈った。

唯一神であるならば、イエス様だけを祈ると推察されます。

クリスチャンの方には申し訳ありませんが、江戸時代の背景も含ませて、マリアの位置付けを知りたいのです。
しろうとだと緩やかな多神教に思えてなりません。

Aベストアンサー

No.6です。

私の前の回答は、やや言葉足らずでした。

私はクリスチャンではないので、現代のキリスト論を語るつもりはありません。

ただ、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教が唱える一神教というのは、それぞれの教義が確立した当初は「万能なる神」のみを信仰とするべきで、他の対象を信仰することは、信仰対象のズレをもたらしかねず、認められないものでした。(神を見立てた肖像画・彫刻も、神ではなく、その絵や彫像そのものが信仰対象となる恐れがあるとされ、認められなかったのです。)

それが、言葉の通じにくい他民族や教育を十分受けていない人たちへの普及のために分かりやすく、既存のものとオーバーラップさせる必要があったために、絵や彫像への信仰を認めたり、土着の母性信仰とオーバーラップさせるためにマリア信仰を黙認したり、という教義の解釈を現実に沿って微妙に変えてきました。

・・・という時代の経過と共に信仰対象が拡大され、現代の解釈とは大分違うものでした。

そのため、「マリアの位置付けを知りたいのです。
しろうとだと緩やかな多神教に思えてなりません。」という質問に対して、本来一神教であったキリスト教が、そうでない人々に教えを広めるために、多神教も母性信仰も取り込めるような柔軟な教義解釈に変わったんですよ、という点をお伝えしたかったとご理解ください。

No.6です。

私の前の回答は、やや言葉足らずでした。

私はクリスチャンではないので、現代のキリスト論を語るつもりはありません。

ただ、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教が唱える一神教というのは、それぞれの教義が確立した当初は「万能なる神」のみを信仰とするべきで、他の対象を信仰することは、信仰対象のズレをもたらしかねず、認められないものでした。(神を見立てた肖像画・彫刻も、神ではなく、その絵や彫像そのものが信仰対象となる恐れがあるとされ、認められなかったのです。)

それ...続きを読む

Qキリスト教が古代日本に伝わっていたという説について

この方が語っているように、キリスト教が古代日本に伝わっていたというのは本当だと思いますか?

http://www.youtube.com/watch?v=DeOrxV4yYmI&feature=relmfuより

「【隠された】十字架の国・日本」(ケン・ジョセフ著、徳間書店)という本があります。景教とか秦氏とか、ユダヤの失われた部族などの方面に関心をもってインターネットで検索すると、研究している人が決まっているので、だいたい同じ結論に行き着きます。その内容がこの本の中に見事にコンパクトにまとまっています。これを知っておかないと、古代史、日本史の神仏習合、日本の神様と日本史の関連が分からないのです。
非常に重要な部分なので、今回と次回は基本的な知識を集めないといけないということです。多くの方が見落としている、僕しかもっていない、誰も知らないレベルの世界観があって、それで見ると神話と日本史をリンクして非常によくものが見えてくる。
どうして日本史を説明しないといけないかというと、これがずっと後で、とんでもない話しになって繋がっていくのです。それは驚かれるだろうを思います。


http://www.youtube.com/watch?v=Y8oriv-ZqMk&feature=relmfuより

ぜひ興味のある方は「【隠された】十字架の国・日本」を読んでください。例えば桂離宮とか、完全に日本のものと思っているものでも、庭園に祠があって、下の方を見ると十字架が書いてあったりとか、皇族の中に隠れキリシタンが!とか、凄まじいことがあるわけです。
この時代(8世紀ごろ)にキリスト教の宣教師が来ていて皇族に宣教していたのなら、私的にキリスト教を信じていて個人の邸宅にそういうものを作って拝んでいた人がいてもおかしくないわけです。この本の中にたくさんそういうことが書いてあります。
秦氏が土木建築に力を持っていて、平安京を造ったのは秦氏であるということが書いてあります。「平安京」という名前は、「エルサレム(平安の町)」と同じ意味です。しかも平安京のすぐ近くに琵琶湖がありますが、イスラエルには琵琶湖とよく似た「ガリラヤ湖」があって、これの本来の意味は「琵琶」というのです。
これは偶然ではなくて、秦氏は意識して平安京をこの位置に造ったということになってきます。もしこれを全部偶然として全部無視するなら古代史は意味を持たないと思うのです。

この方が語っているように、キリスト教が古代日本に伝わっていたというのは本当だと思いますか?

http://www.youtube.com/watch?v=DeOrxV4yYmI&feature=relmfuより

「【隠された】十字架の国・日本」(ケン・ジョセフ著、徳間書店)という本があります。景教とか秦氏とか、ユダヤの失われた部族などの方面に関心をもってインターネットで検索すると、研究している人が決まっているので、だいたい同じ結論に行き着きます。その内容がこの本の中に見事にコンパクトにまとまっています。これを知っておかないと、...続きを読む

Aベストアンサー

 いや、なんでもかんでもキリスト教にこじつけただけだと思いますよ。

 唐では初期から景教があり、遣唐使があった以上、日本において知識として景教を知っていてもおかしくはありません。

 でもそれだけです。信仰まで高まった形跡は何も発見されていません。唐末期~宋初期には、中国での景教も、ほぼ消滅しています。日本における隠れキリシタンのような、隠れ景教徒がいたという形跡もありません。

 もし日本のその時代に、その信仰の痕跡でもあれば、まずは後の戦国時代にキリスト教が伝播してきたとき、盛んに宣伝に使われたはずです。たとえ、異端とされたネストリウス派であってもです。

 キリスト教が禁教になり、明治期に再びキリスト教布教が自由になっても、隠れキリシタンは盛んに喧伝されても、日本での景教信仰については何も言っていません。それは現在に至るも、同じです。

 その動画で主張されているように、そんなに明らかなものなら、日本におけるキリスト教布教において、またキリスト教の歴史を語る上で、無視されるはずがありません。

 唐王朝は、歴代中国王朝と同じく、世界で唯一最高位の天子を持つ世界の中心と自負しており、他民族や他宗教に鷹揚であったわけです。余裕があったときは、ですが。

 日本はそうはいきません。中国発祥の儒教は宗教と言うよりは学問です。これは中国同様、日本においても封建的に有用な思想価値があり、学問として推奨されました。しかし、孔子像を作って何かを願うようなことはありませんでした。儒学と呼んだ方が適切でしょう。

 やはり中国発祥の道教は、その定義が難しいですが、中国では盛んであっても、日本においては普及しませんでした。

 当時の日本では、伝統的な日本発祥の神道以外では、インド発祥で中国でも盛んになった仏教だけが宗教的価値を認められ、普及しました。宗教的価値といっても、政治利用できたからですが。

 ようやく仏教だけ。中国で盛んな道教すら入り込めない。神道では救われない困窮する民衆も仏教の教えは救うことができた。ロクな指導者もいない景教は、知識として存在が知られていたとしても、信仰されようがありません。

 その後、仏教が現世利益に固執して腐敗するようになると、民衆を救えなくなってきた。織田信長と政治的・軍事的に対立して焼打ち、皆殺しされてしまう大事件も起きてきた。
 その仏教界の自浄作用が充分でなく、絶望する民衆が増えてきたとき、タイミングよくキリスト教の正式な宣教師がやってきた。ここでようやく、キリスト教が広まる条件が整ったわけです。

 仏教で言えば念仏を唱えればいい浄土宗、さらには「既に救われている」とする浄土真宗のようにシンプル。神を信じれば、それでもう救われている。天国が約束されている。悟りを開く努力も、難しい教学も必要無し。

 そうなるまでの日本の歴史を理解するのに、景教の影響を考える必要は全くありません。そういうものの影響をこじつけなくても充分に理解できる。

 もちろん、景教が影響したと主張するのは自由です。学問の自由は保障されねばならない。そう主張したいなら、Youtubeや商業しでなく、論文を書いて、しかるべき論文誌に提出するべきでしょう。それが学問の手続きというものです。そして学会発表の機会があれば、発表すればいい。それが学問の手続きというものです。

 それが評価されれば、追試の論文も出るでしょう。批判や反論もあるはずで、それに再反論していくことになります。全て、論文ベースです。

 たとえば。昔々、銅鐸に描かれた模様が絵文字だと主張、さらにそれを読み解いたら、蘇我王朝があったと商業誌に書いた人がいます。当然ながら無視されました。そういうことは毎年毎年、現れては消えて行きます。

 もし仏教に万字(卍とか)があるからといって、それをナチスドイツの鉤十字と結び付け、「ナチスドイツの思想的基盤は仏教だ」など言ったら、普通の人からは無視されるか、時には指さして笑われます。歴史学者や、仏教界の中には怒る人も出て来るでしょう。

 古代日本のキリスト教も同様です。途方もなく見込みの低い賭けでしかありません。それでも、そういうギャンブルに一生を使うかどうかは、個々人の自由です。

 しかし、「布教」する前に準備くらいはするものです。思いつきで他人を振り回すのは「はた迷惑」なのです。特に判断能力がまだ低い年齢だと、それらしきことを言えば信じてしまいます。そうなると、はた迷惑と苦笑しているだけでは済みません。「害毒」となります。

 歴史でなく、疑似科学で「水からの伝言」というものがあります。水に「ありがとう」などと「綺麗な」声を掛けながら凍らせると、「綺麗な」結晶ができ、「ばかやろう」などと「汚い」声を掛けながら凍らせると、「汚く」凍るというものです。

 人間を作っている過半は水です。だから汚い言葉は心身に悪い。そういう嘘です。

 騙された大人もいました。そして、「教祖」と一緒になって、純真な子どもたちに教え込みました。子どもたちはいったん信じました。

 やがて真相を明らかにする人々が出てきて、全ての嘘を暴きました。徹底的に。もう言論の袋叩き状態でした。そうして真実を知った子どもたちは深く傷つき、中には人間不信になる子さえいました。「水からの伝言」教祖や残った大人の信者は、今も嘘を認めていませんが、権威は地に落ちたと言っていいでしょう。

 動画で仮説らしきものを述べている人が、そういうことを心得ているのかどうか。怪しいものですね。調子に乗り過ぎて、ついには袋叩きに、なんてならなければいいんですが。

 いや、なんでもかんでもキリスト教にこじつけただけだと思いますよ。

 唐では初期から景教があり、遣唐使があった以上、日本において知識として景教を知っていてもおかしくはありません。

 でもそれだけです。信仰まで高まった形跡は何も発見されていません。唐末期~宋初期には、中国での景教も、ほぼ消滅しています。日本における隠れキリシタンのような、隠れ景教徒がいたという形跡もありません。

 もし日本のその時代に、その信仰の痕跡でもあれば、まずは後の戦国時代にキリスト教が伝播してきたと...続きを読む

Qユダヤ教キリスト教イスラム教の共通点

どなたかユダヤ教キリスト教イスラム教共通点をいくつか教えていただけませんか?

Aベストアンサー

元々、ユダヤ教が原点です。(ユダヤ教の原点は何か?は割愛)
で、そのユダヤ教を改革しようとして出てきたのがイエスです。
しかし、結局は改革ではなく分離独立という道を選び、その宗教がキリスト教となります。
成立は紀元前後ですね。

イスラム教は7世紀にアラビア半島で生まれた宗教です。
ユダヤ・キリスト両方の影響を受けて成立しました。

よって、ユダヤ・キリスト・イスラームは3つ併せて「アブラハムの宗教」と呼称されます。
お互いがお互いに密接に関係しているので、共通点もたくさんあります。

1・「聖典」の共通

ユダヤ教は『旧約聖書』(ただしこの呼称はキリスト・イスラム教からのもので、ユダヤ教徒自信は単に「聖典」と呼びます)を唯一の聖典としています。

キリスト教は『旧約聖書』にイエスやその弟子の言葉や手紙を収めた『新約聖書』が加わります。

イスラム教は『旧約聖書』と「『新約聖書』の中の4福音書」に加え、ムハンマドの言葉をそのまんま記した『コーラン』が加わります。

2・共通の預言者

預言者とは、予言者とは違い、「神の言葉を預かり伝える人」という意味です。
3宗教とも、この預言者の存在を重視しています。
そして、預言者は一人ではなくて何人もいます。
当然、共通の預言者もいれば、一方は認めるけど一方は否定される預言者もいます。
共通のモノとしては、

アブラハム・ノア・モーセが有名どころですね。
で、そこにイエスが加わるとキリスト教。
さらに、ムハンマドが加わるとイスラム教です。

ユダヤ教は、イエスもムハンマドも認めません。
キリスト教はムハンマドを認めません。
イスラム教はすべて認めますが、最大にして最後の預言者がムハンマドであると主張します。


3・聖地イェルサレム

共通の聖地もいくつかありますが、やはり最大のモノがイェルサレムですね。
まぁ、ユダヤ教の聖地であり、そこから分派・影響を受けて成立したのがキリスト・イスラムの両宗教なので、聖地が同じってのも仕方ないですね。
ただ、イスラム教はイェルサレムよりもメッカの方が重要視されますね。(といっても、イェルサレムの重要性も無視できませんが)

とまぁ、今思いつくのはこれくらいですかね。
最後に注意してもらいたいのは、これらはおおざっぱな解釈・説明で、当然宗派によっての違いもでてきますし、その解釈の違いから互いに争ったりしています。

元々、ユダヤ教が原点です。(ユダヤ教の原点は何か?は割愛)
で、そのユダヤ教を改革しようとして出てきたのがイエスです。
しかし、結局は改革ではなく分離独立という道を選び、その宗教がキリスト教となります。
成立は紀元前後ですね。

イスラム教は7世紀にアラビア半島で生まれた宗教です。
ユダヤ・キリスト両方の影響を受けて成立しました。

よって、ユダヤ・キリスト・イスラームは3つ併せて「アブラハムの宗教」と呼称されます。
お互いがお互いに密接に関係しているので、共通点もたくさん...続きを読む

Q日本に中国経由でキリスト教、イスラム教が伝来しなかった理由

日本へ中国経由でキリスト教やイスラム教が伝来しなかったのは
なぜでしょうか?
中国までは景教、回教といった形で伝来してるのに、
日本に伝わらなかった理由を教えてください。

Aベストアンサー

現代人の感覚では、宗教は個人の選択ですが、近代以前においては、宗教の選択とか広まりというのは、
1 集団の移動
2 鎮護国家思想的に、集団改宗
3 占領等による強制的改宗
この三つくらいです。
唐の時代中国におけるキリスト教・イスラム教は 1が多い。北アメリカのキリスト教も1となります。イスラム教は 3 となります。日本の仏教は 2となります。
日本での2のパターンは有名ですが、近代以前では、これが普通のパターン。
ロシアのギリシャ正教受容は、ロシアとしてギリシャ正教がいいか、カソリックがいいかという選択の上での受容です。これが九世紀。
となりのポーランドは10世紀に対抗するかのように、ギリシャ正教からカソリックになります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%82%A7%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%B31%E4%B8%96
このように、国としてどの勢力につくか?で宗教選択が行われます。
この例で有名なのが、ハザールのユダヤ教受容です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%82%B6%E3%83%BC%E3%83%AB

日本は1,3がないので、(基本的には)2となり、日本の国家として、何をチョイスするか?ということになるため、複数の宗教を持ってくることは、国策上考えられません。
わざわざ、複数の宗教を招来させ、混乱させる必要はありませんので。

現代人の感覚では、宗教は個人の選択ですが、近代以前においては、宗教の選択とか広まりというのは、
1 集団の移動
2 鎮護国家思想的に、集団改宗
3 占領等による強制的改宗
この三つくらいです。
唐の時代中国におけるキリスト教・イスラム教は 1が多い。北アメリカのキリスト教も1となります。イスラム教は 3 となります。日本の仏教は 2となります。
日本での2のパターンは有名ですが、近代以前では、これが普通のパターン。
ロシアのギリシャ正教受容は、ロシアとしてギリシャ正教がい...続きを読む

Qギリシア神話はユダヤ教やキリスト教に当てはめられたことは有るのですか?

多民族の神々を自国の似た神々に当てはめて理解していたギリシャ・ローマ人はゾロアスター教
はアフロディーテを崇めてるとか行ってましたが(ヘロドトス)
 ユダヤ教やキリスト教に自国の神々を当てはめたことは有るのですか?

Aベストアンサー

たしかに古代ギリシア人は、インドのシヴァ神を「ディオニュソス」と呼んだり、エジプトのセトを「テュポン」と呼んだりしていますね。ヤハウェについても同じことが起こったとしてもおかしくはありません。

ただこういう問題は、日本の本やサイトでは、あまりとり上げられていないようです。洋書には、それらしい話がいくつか出てきました。

「ゼウスがヤハウェと同一視されていたことを示す多くの実例がある。」
(D. M. Murdockほか "Did Moses Exist?" 432ページ)
https://books.google.co.jp/books?id=8ZWPAwAAQBAJ&pg=PA432&dq=%22There+are+many+instances+in+which+Zeus+is+identified+with+Yahweh%22&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwjVp8qqq6HMAhWEKpQKHc0mDr4Q6AEIHDAA#v=onepage&q=%22There%20are%20many%20instances%20in%20which%20Zeus%20is%20identified%20with%20Yahweh%22&f=false
「したがって、非ユダヤ教徒たちがヤハウェをしばしばディオニュソスと同一視したのは、驚くほどのことではない。」
(Barbara Ehrenreich "Dancing in the Streets" 61ページ)
https://books.google.co.jp/books?id=rqoUa90ut8IC&pg=PT74&dq=%22Accordingly,+it+is+not+surprising+that+Yahweh+was+often+identified+by+gentiles+with+Dionysus%22&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwjIo_PSq6HMAhWKHpQKHY-pCQYQ6AEIGzAA#v=onepage&q=%22Accordingly%2C%20it%20is%20not%20surprising%20that%20Yahweh%20was%20often%20identified%20by%20gentiles%20with%20Dionysus%22&f=false
「モートン・スミスによれば、マカバイ戦争以前、ヤハウェはイェルサレムで、ゼウスやディオニュシオスと同一視された。」
(Mark S. Smith "God in Translation" 284ページ)
https://books.google.co.jp/books?id=yvWlC0kUlkYC&pg=PA284&dq=%22before+the+Maccabean+revolt+Yahweh+was+identified+in+Jerusalem+with+Zeus+and+Dionysius%22&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwjJl7K7raHMAhVEEpQKHXAmDBkQ6AEIHjAA#v=onepage&q=%22before%20the%20Maccabean%20revolt%20Yahweh%20was%20identified%20in%20Jerusalem%20with%20Zeus%20and%20Dionysius%22&f=false

これらが正しいとすれば、ヤハウェは主にゼウスやディオニュソスと混同されていたようですね。実際似たところがありますし、起源は同じなのかもしれません。

たしかに古代ギリシア人は、インドのシヴァ神を「ディオニュソス」と呼んだり、エジプトのセトを「テュポン」と呼んだりしていますね。ヤハウェについても同じことが起こったとしてもおかしくはありません。

ただこういう問題は、日本の本やサイトでは、あまりとり上げられていないようです。洋書には、それらしい話がいくつか出てきました。

「ゼウスがヤハウェと同一視されていたことを示す多くの実例がある。」
(D. M. Murdockほか "Did Moses Exist?" 432ページ)
https://books.google.co.jp/books?id=8ZW...続きを読む


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