ソ連の前線戦闘機

ソ連の戦闘機MiG23についてWiKipediaでは写真下の分類のところに、前線戦闘機、多目的戦闘機、迎撃戦闘機、戦闘爆撃機、練習戦闘機とあります。
前線戦闘機以外はWiKipediaに項目があるのでどういうものかはわかりました。
しかし前線戦闘機は項目がないので詳しい事がわかりません。
WiKipediaのMiG23の解説の中に「前線の制空権を確保するための前線戦闘機」という文があるのですが、これはF15が分類されている制空戦闘機と同じような意味にとれるように思えるのですが、前線戦闘機と制空戦闘機は同じようなものでしょうか?それとも大きな違いがあるのでしょうか?
知ってる方教えて下さい。お願いします。

http://ja.wikipedia.org/wiki/MiG-23_(%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F)

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A 回答 (3件)

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この回答へのお礼

見ました。書いてありますね。

前線戦闘機(制空戦闘機、戦術戦闘機のこと。迎撃戦闘機に対して前線に配備するから)

MiG23の迎撃戦闘機のところをクリックして転送されて、このページを見たことあったのですが、上の方の概要までしか見てませんでした。まさか下の方に求める答えがあったとは。
すっかり疑問は解消しました。
回答有り難うございました。

お礼日時:2010/09/08 03:51

軍用機は作った国の事情に合わせた設計がされています。


たとえば日本なら島国なので海に落ちないように航続距離が長いとか。

で、ソ連は国境(前線)が長く、接している国も多いです。
そこから侵入してくる空中の脅威にすばやく対応する必要があります。
前線戦闘機は宅配ピザが最寄りの拠点から配達するように、国境にそって基地をたくさん設置して敵を発見したら手近な基地から急行する機体です。

そこで求められる特性は
1.粗末な滑走路で使えること
予算が有限なので立派な滑走路はたくさん作れないですし、シベリアだと滑走路が凍ってたりします。
そのため短い滑走路で離着陸する可変翼や丈夫なタイヤ、氷に強いインテークなど。

2.安いこと
数を装備するため

3.壊れにくいこと
整備面でハンデのある前線基地で扱うため。
複雑な装備を排除し、信頼性を優先する必要があります。

4.ダッシュ力
離陸して敵に急行する為の上昇力や加速。
反面、燃料や武装の搭載量を妥協しています。

それで撃ち漏らした敵(高速爆撃機とか)は火力や速力をもった後方の要撃戦闘機が対処します。

制空戦闘機の目的は戦場における敵機の破壊や阻止です。
そのために「より速く、より高く」飛ぶことはもとより、「相手が撃ってくる」事を前提に「撃たれる前に撃つ」そのための探知や射程の優位が求められ、結果的に高性能なエンジン、電装、武装をもった「高度・高価な機体」になります。
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この回答へのお礼

回答有り難うございました。

お礼日時:2010/09/08 03:45

すでに出ているように、前線戦闘機とは要撃機のことで、たとえばF16が該当します。


MIG23と対を成し制空戦闘機の役割を持っていたのはsu-17です。

誤解や間違いを含みまくって極めて大雑把に言うと、前線戦闘機は自国の上空を守る機体、制空戦闘機は敵国の航空優勢を奪う機体です。
戦闘機はこの時期予算の都合でハイローミックスが起き、自国領空を守れる航空戦ができれば用が足りるとする安い戦闘機と、長い航続距離を持つ高い機体にわかれています。
前者が要撃機で、後者が制空戦闘機です。

制空戦闘機のほうが機体が大きく航続距離が長く、概して偵察・爆撃と多用途な任務に耐えられる傾向にあります。
(まあF16もいろいろ任務が付け加えられて結局制空戦闘機と何が違うのかわからないような機体になっていくのですが。)

ちなみにこうした概念は、現在では薄れつつあります。要撃機のポイントは安いことだったのですが、レーダーや電子機器の高度化、開発費の高騰で、結局安い要撃機など新開発できなくなりつつあるので、一機種でなんでもできるマルチロール化が現在の傾向です。
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この回答へのお礼

回答有り難うございました。

お礼日時:2010/09/08 03:46

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一次資料ということは、写真の原版などを捜しておられるのでしょうか。
もし資料の原版が必要ならば歴史博物館をお勧めします。

例えば呉市海事歴史博物館(大和ミュージアム)の場合、
写真資料の案内を通じて申請することができるそうです。
http://yamato-museum.com/%E5%86%99%E7%9C%9F%E8%B3%87%E6%96%99%E3%81%AE%E4%BD%BF%E7%94%A8%E3%81%AE%E3%81%94%E6%A1%88%E5%86%85/
ちなみに、検索はこちら。
http://jmapps.ne.jp/yamatomuseum/
これらは一定のマナーを守れば引用することができるということです。



資料収集の方法ですが、公的な保存史料として残してあるものや
博物館が研究目的として独自に収集や購入したものがあります。
知り合いの学芸員(地方の無名博物館です)によると、
展示やサイト上などで情報発信できる資料以外にも、
相続の整理などによる寄贈で非常に多くの資料が集まるそうで、
個人が趣味で集めたものや、ご自身の体験された日記や写真など、
一般では見たことが無いようなものもあるそうです。
ただし、そこはそのような資料の貸し出しをしていないそうです。
これはもったいぶっているのではなく、分類や史料批判をする
余裕がないからだそうで、整理できたものから○○氏寄贈などと
明示しているそうです。

一次資料ということは、写真の原版などを捜しておられるのでしょうか。
もし資料の原版が必要ならば歴史博物館をお勧めします。

例えば呉市海事歴史博物館(大和ミュージアム)の場合、
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第二次世界大戦で日本がアメリカに負けた理由は資源や兵器の物量の差が理由だったというのは、そう言われたら確かにそうだろうと思うのですが、ナチスドイツに国土を蹂躙され、生産設備をほとんど破壊されたはずのソ連がドイツに侵攻し、最終的にベルリンを占領できるほどの力を蓄えることができた理由がよくわかりません。焦土と化した国内でどうやって兵士を訓練し、兵器を増産できたのでしょうか。
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Aベストアンサー

1942年6月当時、ドイツ軍が北アフリカ戦線に投入したのは3個師団。これに対し東部戦線は171個師団。

Location Of German Divisions In June Of Each Year
Country      1941   1942   1943  1944
USSR        34     171   179   157
France, Belgium
& Holland      38     27    42    56
Norway & Finland 13     16    16    16
Balkans       7       8     17    20
Italy          0       0     0     22
Denmark       1       1     2     3
North Africa     2       3     0     0
http://www.angelfire.com/ct/ww2europe/stats.html

それからイギリスが受け取ったレンドリースは、大戦を通じてソ連の3倍にも及ぶ。

           1941    1942   1943   1944    1945    Total
        (Mar. to Dec.)                (Jan. to Aug.)
Total aid to British
Commonwealth  1,082  4,757   9,376  10,766   4,437    30,073
Aid to Russia    20   1,376   2,436?  4,074   2,764    10,670
Aid to other countries                              2,872
Total lend-lease aid                               43,615
http://www.ibiblio.org/hyperwar/USA/BigL/BigL-5.html

 だが、現実は違った。ヒトラーは、対ソ侵攻開始直前の四一年六月十一日に発令した総統指令第32号「バルバロッサ以後の事態の準備について」の中で、対ソ戦が終結した後の四一年から四二年にかけての冬の期間に、陸軍の60個師団をロシアに駐留させるとの計画を立て、この駐留で必要となる冬季用装備についても陸軍側で手配が完了していた。
 ところが、四一年十月以降、ソ連国内での鉄道輸送網がパンク状態に陥っていたことから、用意された冬季用装備は、輸送手段がないためポーランドのワルシャワで山積みになったまま放置されてしまう。
http://wau.private.coocan.jp/wwtef/gaso/kampfe_vor_moskau.pdf

「終戦までのドイツ国防軍全体の損失は1348万8000人を数えた。このうち1075万8000人が東部戦線で戦死するか捕虜になった」
http://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784059011736

 ユーリー・レヴァダ分析センターが実施した世論調査の結果によると、ロシア人の60パーセントが、ソ連は第二次世界大戦で同盟国の援助なしに勝利できたはずだとの確信を示している。なお、回答者の32パーセントが、それに反対の見解をとっている。
http://japanese.ruvr.ru/2011/06/22/52225119/


戦線別ドイツ軍戦死者統計
Losses per theater
Theater      Dead      %
Africa       16.066     0,3   ←アフリカ戦線ww
Balkans      103.693    1,9
 North      30.165     0,6
 West       339.957    6,4
 Italy       150.660    2,8
Eastern Front
(- Dec 1944)  2.742.909    51,6   ←ソヴィエト赤軍は
Germany (1945) 1.230.045   23,1   ←頼もしいよなぁ♪
Various       245.561   4,6
 Total       4.859.056
http://www.axishistory.com/axis-nations/germany-a-austria/144-germany-unsorted/statistics/2461-german-losses-per-theater


<各戦線のドイツ軍機損失 GRUのデータ3476号>
En frente sovietico-aleman(独ソ戦線)
Durante 1941 (desde 22.6) 4 200
Durante 1942 11 550
Durante 1943 15 200
Durante 1944 17 500
Durante 1945 (hasta 9.5) 4 400
En frente occidental(西部戦線)
Durante 1941 (desde 22.6) 500
Durante 1942 800
Durante 1943 1 800
Durante 1944 14 550
Durante 1945 (hasta 9.5) 4 200
En Alemania y en los paises ocupados {2}(ドイツ国内)
Durante 1941 (desde 22.6) 800
Durante 1942 1 300
Durante 1943 4 850
Durante 1944 2 500
Durante 1945 (hasta 9.5) 1 500
Total aviones perdidos
Durante 1941 (desde 22.6) 5 500
Durante 1942 13 650
Durante 1943 21 850
Durante 1944 34 550
Durante 1945 (hasta 9.5) 10 100
http://www.rkka.es/Estadisticas/VVS_stat/01/01_10.htm

 ソ連側資料によれば、11月14日から12月5日までの期間、赤軍航空隊は西部方面戦区で15903回の出撃を行ったが、これとまったく同じ期間に同じ地区で確認されたドイツ機の上空通過は3500回であった。もちろん、すべての上空通過が確認されたわけではない。後に押収されたドイツ軍の参謀資料からすると、ドイツ軍のパイロットたちは11月末に平均して1日240回発進していたと推察できる(これに対してソ連軍パイロットたちは760回の出撃で応え、敵の約2倍の航空機を有していた)ドイツ軍の対ソ侵攻後初めて、赤軍航空隊はルフトバッフェよりも稼働率を上げて活動するようになっていた。ドイツ第4戦車集団の戦闘行動日誌は上空の様子を何とか説明付けようと試みている。
―「赤い首都はその多数の幹線道路・鉄道とともに前線のすぐ後方にある。敵は『地の利』に恵まれている。ソ連空軍は格納庫や修理所、モスクワの飛行場を持っているが、ドイツ機は野戦飛行場の雪原に立ち、悪天候の影響をすべて耐えねばならぬのである」
 11月18日に西部方面軍戦区の右翼に第6戦闘航空軍団の主力が基地を移し、さらに1日おいてそこに長距離爆撃航空軍の1個師団が投入された。上空ではソ連空軍が明らかに優位にあったことをドイツ第9野戦軍の戦闘活動日誌も認めている。
―「敵空軍再び我が軍進撃部隊を爆撃し、銃撃しているが、ドイツ戦闘機部隊は今にいたるも地上部隊の上空援護を保障できないでいる」
<モスクワ上空の戦い 知られざる首都航空戦1941~1942年
ドミートリィ・ハザーノフ/著 アレクサンドル・ペレヴォースチコフ/監修 小松徳仁/訳>

ノルマンディー上陸作戦
▼フランス展開部隊の実状
 ・フランスは東部戦線で疲弊した師団の休養・再編成地
 ・歩兵師団の多くは沿岸警備用師団か訓練師団
 ・第709師団の平均年齢36歳。対するアメリカの歩兵は平均年齢25歳
  →第一線の軍隊にとっては大きな差。
http://members.jcom.home.ne.jp/hartmann/page008.html

ちなみに米軍死者は欧州戦線で25万二千、太平洋戦線で15万6千人。

MILITARY      HOSTILE               NON-HOSTILE
ACTION       DEATHS      WOUNDED    DEATHS              
World War II
(1941-45)
Total          293,1216       670,846       115,185
European Theater  185,179        498,948       66,805
Pacific Theater    107,903        171,898       48,380
http://www.vfw.org/PR/Media%20Room/AmericasWarDead1775_2009.pdf  

1942年6月当時、ドイツ軍が北アフリカ戦線に投入したのは3個師団。これに対し東部戦線は171個師団。

Location Of German Divisions In June Of Each Year
Country      1941   1942   1943  1944
USSR        34     171   179   157
France, Belgium
& Holland      38     27    42    56
Norway & Finland 13     16    16    16
Balkans       7       8     17    20
Italy          0       0  ...続きを読む

Q前線への命令はどうやって伝えた?

太平洋戦争での話しですが
ジャングルなどを行軍中の日本兵に撤退などの「命令」はどうやって伝えたのでしょうか?
ニューギニアなどはアメリカの制空・制海権の中日本はジャングルを行軍していたので
海や空から命令を伝えるのは不可能だっただろうし通信機も壊れていたりして使えなかったら命令も伝わらない気もしました

ジャングルの奥地に居た軍に命令を伝えた方法を教えて下さい

Aベストアンサー

ガダルカナル撤退は、第8方面軍の参謀が駆逐艦で持参。
ニューギニアは無線連絡。(第20師団、第41師団、第51師団は、昭和18年までは、それなりの戦力を持っていました)
第18軍は終戦まで、南方軍との連絡は確保されていました。


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