痔になりやすい生活習慣とは?

米軍はどうやって日本軍の暗号を解読したのですか?
アメリカ人にとって日本語は難解です。二世ではとても暗号を解読できません。日本人で協力した者がいたのでしょうか?
どうして日本軍はいつまでも解読されていた暗号を使い続けたのでしょうか? そんなに日本軍の上層部はトンマだったのでしょうか?

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A 回答 (7件)

何も日本語全文を理解する必要はありません。

重要なのは、「○月×日、X部隊がY島に上陸作戦を行う」というのが分かれば充分なのです。日本語の基礎が分かれば充分理解可能ですね。
また命令を受け取る側も、難解な日本語で命令されても困ります。要点をズバッとしてもらえばそれで充分なわけです。というか、そうじゃないと困るんですね。「命令は、簡潔・明瞭」は世界中の軍隊の鉄則です。

で、じゃあなんで暗号がバレちゃったのかっていうと、暗号てのは基本的に数学の分野なんですね。暗号のエキスパートってのは、数学のエキスパートでもあるんです。アメリカっつうのは頭がいい人もいっぱいいますから数学のエキスパートを総動員して日本はもちろん、ドイツ、イタリアからソ連に至るまでの暗号の解読作業に当たっていました。
暗号解読がどのくらい戦争を有利にするかってのについてはアングロサクソン(英米)ほど知り尽くしている民族はいないんじゃないかって思っています。実際のところ「どこまで解読していて」「どこまで解読していないか」ってのについても英米は手の内をさらさないんですよね。実際、自分の手持ちのカードが全部知られているか、半分知られているか一枚だけ知っているかじゃこっちの対応も全然違いますよね。第二次大戦中にイギリスがドイツの暗号をどの程度解読していたのか、実は今でもそのへんははっきりしていません。しかし、どうもかなり解読していたようだという説が有力です。
イギリス人の暗号に対する執念は相当で、あるときドイツ空軍がイギリスの都市コベントリーを空襲することが暗号の解読で判明しました。しかし、もし市民に避難を呼びかけたら「暗号が解読されている」ということがドイツ側にバレてしまい、暗号が変えられてしまう。だから、イギリス政府はコベントリー市民を見殺しにしました。「今日の犠牲で、未来のもっと多くの命が救われる」という冷徹な判断で、これはとても日本人には真似できそうにありません。

んで、どうも当時はその基礎的な数学の学力において日本はアメリカに劣っていた(こういうときはひとりふたり優れた人がいることより、全体的な実力がモノをいいます)ようですよ。いったい彼らはどこまで解読していたか?それがポーカーゲームでいうところの「ブラフ」てやつですよ。
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この回答へのお礼

>「命令は、簡潔・明瞭」は世界中の軍隊の鉄則です。

そうでしょうね。

>暗号てのは基本的に数学の分野なんですね。

今回知りました。

>暗号解読がどのくらい戦争を有利にするかってのについてはアングロサクソン(英米)ほど知り尽くしている民族はいないんじゃないかって思っています。

イギリス人はやっぱり頭がいいです。さすが近代文明の創始者だけあります。いま「仕事の歌」というロシア民謡を思い出しました。今晩はヒマなので書きます。
「イギリス人は頭がいいから水や火などを使う。ロシア人は歌を歌い自らを慰めるううううう」というものです。じーんと来る素晴らしい歌です。ロシア人はイギリス人の頭の良さをわかっていたんですね。

>「今日の犠牲で、未来のもっと多くの命が救われる」という冷徹な判断

このあたりはさすがアングロサクソンですね。合理主義、功利主義に長けています。日本人はすぐ人情や義理をもちだして映画ではそこを妙に引っ張る。成功者をインタビューすると親をもちだして泣かせる。民族の違いですね。ご回答ありがとうございました。たいへん勉強になりました。

お礼日時:2010/09/16 22:42

米軍というより、アメリカと言う国家が、戦略として国家規模で世界中の国の暗号を解読しているのです。


これは現在でも変わりありません。
一例を挙げれば、Eメール等で国家安全保障局が解読できない暗号の使用が国家反逆罪に問われたことがあるくらいです。
日本の外交・軍事暗号は、第一次世界大戦に日本が参戦した当時から始まっていたそうです。
その結果は、海軍軍縮条約や日英同盟破棄等、日本外交の敗北と言う形となって明らかとなっています。
その、平時からの積み重ねがあり、また、日本政府・軍の情報軽視(これは今も続いていますが)から、気が付かないというより理解できないのです。
さらに、「海軍乙事件」のように、暗号書や重要な書類の紛失よりも「捕虜になったかどうか」等体面のみを重視するあまり、秘密保持がいい加減で、暗号の更新も、古い暗号から逐次新しい暗号に切り替えています。
これでは、相手に解読の手がかりを与えているようなものです。
人間は自分の見たいことだけを見、信じたいことのみを信じる傾向があります。
日本においては、それが顕著です。
日本の現在まで続く国家戦略にも明らかです。
「暗号が解読されているかも知れない」と考えるよりも、「暗号は解読されない」と考えたほうが楽ですし、対策を講じる必要もありません。
「暗号は解読されない」「ここに敵は来ない」「敵の戦闘力はこちらよりも低い」等々の思い込みが日本の敗戦の原因であり、今の日本の凋落の原因だと思います。
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この回答へのお礼

>人間は自分の見たいことだけを見、信じたいことのみを信じる傾向があります。日本においては、それが顕著です。

やはり島国だからでしょうかね。ぼやぼやしていたら隣国に攻め込まれ国がなくなるという地続きの状態であればもっと危機感や猜疑心が強くなったと思います。しかしながらそういう日本人だからこそカミカゼ攻撃などというとんでもない作戦が生まれたのかもしれません。ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2010/09/17 06:03

No.1ですが、一部の方は暗号通信と秘匿コードを勘違いしているようです。

また、モールス暗号と無線通信をゴッチャにしているようです。

通信にはモールス信号で送る方法と無線電話で送る方法があります。

モールス信号の場合、平文(暗号化せずに送る)のと暗号化の二つの手段があります。
日本海軍及び外務省の解読された暗号とは、モールス信号の暗号です。このキーが見抜かれたために簡単に解読されたのです。陸軍は毎月変更していたため、解読はほとんど出来ませんでした。

日本海軍がズサンだったのは単純なキーの上に、部隊・地域コードを普段でも用いてました。そのためそれが何なのかがばれたのです。普通は秘匿コードですので日常では用いません。


ナバホ語の話しが出ていましたが、それは無線通信の話しであって暗号ではありません。作戦中に使う無線周波数が日本軍にバレてしまい、英語で会話すると日本軍の通信将校(彼らは英文学科出身)に解読されたため、日本では学べないナバホ語を会話に使ったのです。それがウィンド・トーカーです。
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この回答へのお礼

二度目のご回答ありがとうございました。
今回は暗号という未知の分野でいろいろと勉強になりました。

私は回答をするほうが多いのですが、しばしば質問もします。いつもは議論を呼ぶ質問を敢えてするのですが、今回は純粋の質問であったせいか、錚々たる顔ぶれが並びましたね。なんか嬉しかったです。
いつもは一つか二つくらいおかしな回答が出てきたり、笑っちゃうような回答があるんですが、今回はありませんね。それともこれから出てくるかもしれませんね。だれかトンマなこといってくれないかな~

お礼日時:2010/09/16 23:07

 日本人はみんな眼鏡をかけている。

眼鏡をかけている者は飛行機の操縦が出来ない、だから真珠湾は大丈夫だ。

 日本語は難解だ、だから非日本人には分からない、だから誰か日本人が協力した。どちらも似たところがありますね。

 日本語は、日本に生まれ育てば人種や国籍は日本人でなくても、使えます。ついでですが常識で考えても、「解読された暗号を使い続ける」人はいないとお思いでしょう。

 しかしドイツから開戦前に君んところの暗号はアメリカに割れてるよ、と言われても、変えなかったのは、どこに問題があったのでしょうね。

>>そんなに日本軍の上層部はトンマだったのでしょうか?

 問題があったのは、軍だけじゃなかったようですね。
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この回答へのお礼

>しかしドイツから開戦前に君んところの暗号はアメリカに割れてるよ、と言われても、変えなかったのは、どこに問題があったのでしょうね。

真面目で仕事熱心というのは非常に大事なことだと思いますが、軍隊となると上層部はそれだけではいけない。いろんなアンテナを張り巡らせておかないといけませんね。「無知のために多くの兵隊が死んだ」では本当に情けないと思います。福沢諭吉は「知は善だ」と言いました。つまり「無知は悪だ」ということになろうかと思います。ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2010/09/16 22:49

>アメリカ人にとって日本語は難解です。

二世ではとても暗号を解読できません

いや、「二世=日本語が出来ない」ではないのでは・・・・人によるでしょう。
戦争前に日本に来て学校に通っていたりしたら戦争になり、帰れなかった日系人がいたと思いますし、何しろ白人達も日本語を勉強したぐらいですから。
その一人ドナルド・キーンさんで、米海軍日本語学校に通ったそうです。

確認のためにググってみたら、二世は比較的日本語が使える人が多かったようです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E7%B3%BB% …

しかし何となれば、まだ一世がいたでしょうから。

外務省の暗号の話は読んだことがありますが、開戦前に解読されていたそうですね。パターンを分析して解読したようです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%BC% …


余談ですが米国側は先住民のナバホ語を利用した暗号を使っていました。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。

>戦争前に日本に来て学校に通っていたりしたら戦争になり、帰れなかった日系人がいたと思いますし、何しろ白人達も日本語を勉強したぐらいですから。

そうですね。私などは二世の下手な日本語をさんざん聞かされましたので「暗号解読なんて高等なことができるものか」と思ってしまいますが、考えてみればエキスパートが一人いれば良いのであってそれならそんなに難しいことではないと思いました。

お礼日時:2010/09/16 22:27

詳しくないですが, それにしても....


まず「アメリカ人にとって日本語は難解です」というのは, 「日本語は難しい」という思い込みじゃないかなぁ. 軍事命令に関して言えば (基本的なフォーマットは確立しているので) そんなに難しいことはないと思うんだが.
あと, 固有名詞の解読に関しては「偽電文を送る」という作戦をとったこともあるみたい. 「この暗号は『この地名』か『あの地名』か, どっちかなんだけどどちらかわからん」というときに, わざと平文で偽の電文を送る. その電文を受け取った日本軍が「暗号で」送ったために解読できたという例もあるらしい. その結果が「ミッドウェイ海戦」となったわけだが.
最後のところについては「解読されたと思っていなかった」ふしもあるんじゃなかったっけ? 対ドイツだったかな, 「暗号が解読できている」ことを隠すためにわざと民間機を撃墜させたという記録もあるはず.
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この回答へのお礼

私は暗号に関してはまったく知識を持ちません。
語学には多少の知識はあります。英語を知る日本人の数と日本語を知るアメリカ人の数を比較すると99対1程度の差になるでしょう。ではどうして日本人がアメリカの暗号を解読できずアメリカは日本の暗号を解読できたのかという素朴な疑問でありました。しかしながら一番さんの回答でその疑問はすでに氷解しました。
確かに暗号の解読にはたった一人のエキスパートがいればいいのですからアメリカ人全体の日本語の知識がいかにプア―であろうと関係ないことだったんですね。ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2010/09/16 22:21

日本陸軍の暗号は解読されていませんが…


海軍と外務省の暗号は解読されました。

原因は日本語の『ぱぴぷぺぽ』です。これのキーが判明して鍵列が分かったのです。また、海軍はGF(連合艦隊司令長官)やAF(ミッドウェイ)などコードを普段でも多用しており、言葉が何を意味するのかが筒抜けでした。そういう意味ではトンマです。これに対して陸軍は数字でしか部隊が呼ばれないため、米軍は何の部隊なのかが分かりませんでした。

一方の米軍の暗号は昭和19年初頭に解読され、日本陸軍情報部に筒抜けとなりました。また部隊コードも解読されています。原爆攻撃部隊であった509爆撃部隊のコードも判明しています。残念なのが、広島が攻撃地点である事を解読したのが8時前後であったため、迎撃する方法が無かったのです。

日本陸軍の暗号は毎月コードが変更されるため、解読に成功しても翌月には使い物になりませんでした。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
ぱぴぷぺぼの話はたいへん興味深いです。ぱぴぷぺぽは世界ではメジャーな音声でありますが、日本語ではマイナー音声で、ぱぴぷぺぼで始まる名前は聞いたことがありません。
陸軍というのは猪突猛進のイメージ、海軍はインテリのイメージがありますが、暗号では逆だったんですか。驚きました。たいへん勉強になりました。

お礼日時:2010/09/16 22:11

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Q日本は太平洋戦争終結までアメリカに暗号が全部筒抜けだった事を知らなかったのですか?

タイトルどおりの質問なのですが、今年になって「あの戦争は何だったのか」を読んでから(まだ途中ですが)今まで太平洋戦争のことに全く興味がなかったのですが、突然いろいろ知りたくなりました。
日本の軍部の指導者のおそまつさが、よくわかりました。
敗戦まで、暗号が漏れていることを知らなかったというほど、オマヌケだったのでしょうか?
さすがに、最後の方ではうすうすわかってきたのですか?
だとしたら、何か対策をとっていたのですか?

Aベストアンサー

最後まで、『これほど優れた暗号を解読できるわけ無い!』という誤った自信を持っていました。

解読されていると認識したら使うわけ無いです。

その上、アメリカは頭がいいので、解読していることがばれないようにいろいろ策略を練っていましたから。

たとえば、山本五十六が視察のため、あるルートを飛行機で通ることを解読したとき、待ち伏せして撃ち落としただけでは暗号が解読されていることがばれてしまうので、撃墜した後も何日か同じ場所に飛行機を飛ばして、待ち伏せしていたのではなく定期的な偵察飛行中に偶然発見して撃ち落としたかのように見せかけたのです。

このトリックに日本はまんまと引っかかってしまい、暗号が解読されていたのではないかと疑う者もいたのですが、結局、解読されてないと判断してしまったのです。

日本人の判断力は、幼稚というか、硬直しているというか、戦争をするには不向きな民族のようです。

Qミッドウェー海戦の敗因を教えて下さい

ミッドウェー海戦の敗因を教えて下さい。なぜあんなに強かった日本軍が負けてしまったのですか?理由を教えて下さい。ちなみに僕は戦史に関してはド素人ですので、その辺はご了承ください。

余談ですけど、先日新聞を読んでいたら「アベノミクス第三の矢はミッドウェー」とかいう記事が載っていて、要するに第一、第二の矢(経済政策)はうまくいったが問題は第三の矢で、これが日本の今後の経済趨勢を決するという内容でした。

それで僕は、緒戦の快進撃から一転、大敗北を喫したミッドウェー海戦の敗因とやらをどうしても知りたくなった次第です。

Aベストアンサー

○日本には防衛研修所戦史室 (現在の防衛省防衛研究所戦史部の前身)が編纂した「戦史叢書」という全102巻にも及ぶ太平洋戦争について書かれた公刊戦史がありまして、ミッドウェー海戦について書かれたものは、その第43巻が「ミッドウェー海戦」として出されています。
「戦史叢書ミッドウェー海戦」・・・市立や県立図書館でも置いてるところは結構あります。
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%89%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC%E6%B5%B7%E6%88%A6-1971%E5%B9%B4-%E6%88%A6%E5%8F%B2%E5%8F%A2%E6%9B%B8-%E9%98%B2%E8%A1%9B%E5%BA%81%E9%98%B2%E8%A1%9B%E7%A0%94%E4%BF%AE%E6%89%80%E6%88%A6%E5%8F%B2%E5%AE%A4/dp/B000J9GX1M

この本によると次の6項目が大きな日本軍の敗因として取り上げられています。

(1)情報戦の大敗。日本海軍の暗号が解読され、米軍は日本軍の計画を察知していたのに、日本軍は敵情がよくわかっていなかった。

(2)心のゆるみ。開戦以来の戦果から心にゆるみが生じ、作戦の計画と実行に慎重さを欠いた。

(3)山本長官の出撃。山本長官が戦艦に座乗して出撃したので、その位置を秘匿するため、無線の使用が制限され、作戦指導に支障を生じた。

(4)航空戦様相の事前研究、訓練の不足。索敵、偵察、報告などの地道な訓練及び、空母の被害局限対策の研究が足りなかった。

(5)5日の航空決戦の指導の誤り。二度の兵装転換によって弱点を作った。

(6)戦艦主兵思想の転換の不十分。戦艦部隊が後方遠く離れて航空決戦に寄与できなかった。


○ちなみに当時、敵であったニミッツ太平洋艦隊司令長官は戦後に出した著書の中で、「勝利は主として情報による。・・・日本軍は奇襲を試みようとして日本軍自体が奇襲された」と述べています。また日本軍が空母戦力を分散してアリューシャン作戦を行った事を批判し、その戦力分散が無ければ米艦隊が敗北していた可能性があると述べています。

○なお、アメリカ海軍公刊戦史を編纂したサミュエル・エリオット・モリソン少将はミッドウェー海戦について、日本の空母が最も脆弱な状態の時に、米爆撃隊が偶然に日本の空母を発見し攻撃できたという、幸運に恵まれた事から「100秒足らずの時間に起こった事実の相違で、日本軍はミッドウェイに勝ち、太平洋戦争にも勝利をおさめたかもしれない」と日本軍にも勝利の可能性が十分あったことを述べています。

○英国の著名な戦史家リデルハートはその著書で日本の敗因について、十分な数の索敵機を出さなかったこと、戦闘機の援護不足、空母の防火対策が不十分、空母での兵装転換時に敵に向かって航行したこと等、他にも色々指摘していますが、最後は「・・・これらの過失は自信過剰から生じたと言っても過言ではない」と述べており、日本軍の「自信過剰」を問題視しています。

○日本には防衛研修所戦史室 (現在の防衛省防衛研究所戦史部の前身)が編纂した「戦史叢書」という全102巻にも及ぶ太平洋戦争について書かれた公刊戦史がありまして、ミッドウェー海戦について書かれたものは、その第43巻が「ミッドウェー海戦」として出されています。
「戦史叢書ミッドウェー海戦」・・・市立や県立図書館でも置いてるところは結構あります。
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%89%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC%E6%B5%B7%E6%88%A6-1971%E5%B9%B4-%E6%88%A6%E5%8F%B2%E5%8F%A2%E6%9...続きを読む

Q旧日本軍の暗号と解読

旧日本軍の暗号がアメリカに解読されていたという話は有名です。

1,陸軍も海軍も解読されていましたか?
  どの程度解読されていたのでしょうか?100%ですか?
2,旧日本軍はどうして解読されていることに気付かなかったのか?
  ミッドウェイ海戦で気づくはずですが。
3,暗号は同じものをずっと使っていましたか?
4、米英に対する暗号の日本軍の解読はどのくらい進んでいましたか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

2ですが、ミッドウェイより、海軍甲事件(山本五十六機撃墜)の時に、本格的に疑いだします。

以下漫談ですが、日本もかなり暗号の取り扱いには気をつかっており、海軍の暗号関連のファイルには、表紙に鉛板をいれてもしものときには確実に水没するようにし、水溶性インクで印刷して水中から引き上げられたとしても読めないように工作し、かつ一回活字で印刷したあと、もう一回インクのついていない活字で痕をつけ、活版印刷の凹み痕から解読されないよう対策する、とまでやっています。

陸軍暗号ですが、終戦まで破られていません。今日で言うワンタイム・パッドという、通信をするたびに新たに、文字の数だけ乱数を当てる方式を使っていました。特殊乱数といいます。
これだと、通信するたびに毎回乱数が変わるわけですから、理論的に破るのは不可能です。

陸軍の暗号解読理論は、長年満州国でソ連と対峙していたため、対ソ暗号解読は非常に進んでいました。暗号化された北方のソ連気象情報を傍受して、毎日天気予報していたくらいです。

日本はアメリカのストリップ・サイファー暗号の解読にいい線までいきました。これも陸軍が経験を伝授して海軍が努力した結果です。
ただ、暗号そのものの解読には至らず、日本の対米暗号対策は、電波の送信状況、発信部署、通信量、などを分析し、アメリカ側の企図を察知する、という方向に発展します。
しかし、この方法は、どのような規模でいつぐらいに、までは察知できるのですが、「どの方面で作戦をするのか」を察知しがたいという欠点がありました。
例として、サイパンに特殊任務用のB29が2機きて、練習を繰り返していたが、練習をやめたのでなにかに使う可能性大、と推測ができました。ただ、その2機が広島と長崎を目標としていることが、わからなかったのです。

2ですが、ミッドウェイより、海軍甲事件(山本五十六機撃墜)の時に、本格的に疑いだします。

以下漫談ですが、日本もかなり暗号の取り扱いには気をつかっており、海軍の暗号関連のファイルには、表紙に鉛板をいれてもしものときには確実に水没するようにし、水溶性インクで印刷して水中から引き上げられたとしても読めないように工作し、かつ一回活字で印刷したあと、もう一回インクのついていない活字で痕をつけ、活版印刷の凹み痕から解読されないよう対策する、とまでやっています。

陸軍暗号ですが、終戦...続きを読む

Q第二次世界大戦で日本は絶対勝てなかったのでしょうか

第二次世界大戦で日本は絶対勝てなかったのでしょうか
もし日本がミッドウェーで勝利しアメリカ空母艦隊が崩壊したうちに
ハワイ・パナマを占領しアメリカ西海岸を爆撃、細菌兵器をアメリカ本土にばら撒き、
結果アメリカ国民の世論を反戦に動かし、日本が有利な形で講和できなかったのでしょうか。

Aベストアンサー

当時の帝国海軍及び陸軍の致命的な欠点の一つとしてあげられるのが「補給の軽視」です。
そもそも海軍の対米戦略は「艦隊決戦による早期講和」でそのために艦隊の整備を行って来ました。

長大な航続距離と偵察機を装備した「イ号潜水艦」はその典型で「艦隊決戦を行う前に敵艦隊の戦力をすり減らすため」といった通商破壊を主とするWW2での各国の潜水艦戦略とは大きく異なった運用法からも見てわかるとおり、「潜水艦はあくまで補助戦力」といった考え方から抜け出せず、米軍の魚雷の劣悪な性能も相まって「輸送・補給船団が潜水艦に攻撃されたとしても大した損害はないだろう」、「護衛は旧式駆逐艦でもつけとけばいいだろう」と考えた結果もともと少ない輸送船及び護衛艦は大損害を出し、次第に作戦遂行に影響を与え始めます。

昭和18年11月になってようやく「海上護衛総司令部」を設置し12月には護衛空母4隻を編入するなど、それなりの体裁を整えますが、主力となるはずの駆逐艦は「峯風型」や「神風型」といった旧式艦ばかりでした。

帝国海軍の駆逐艦は対潜戦闘よりも上記の艦隊決戦構想のため対艦戦闘と主眼とした装備で対潜性能が低く、狩るはずの潜水艦に逆に沈められるケースも多く、もっとも米潜水艦による駆逐艦の損害が多かった昭和19年だけでも30隻の駆逐艦が撃沈されています。

長々と書いてまいりましたが、
(1)日本海軍は開戦初頭に占領したウェーク島の補給が限界地点だといわれており、ウェークよりもさらに遠いハワイやパナマを占領し維持し続けるための輸送能力及び護衛戦力があるのか?

(2)ガトー級だけでも200隻あまりを計画し大戦中にほとんどを整備した米国の造船能力・潜水艦戦力に対抗できるのか?

(3)北方(ソ連)を重視し、泥沼の中国戦線を抱え、南方に戦力を割かなければならない状況を苦々しく思っていた陸軍からハワイ・パナマを占領し維持するために必要な戦力を抽出することが可能か?

等々、ハワイ・パナマを占領し維持するだけでも「日本軍には不可能」と言わざるを得ません。


西海岸の爆撃ともなると防弾性能の貧弱な日本軍機が、管制された雲霞のような米軍迎撃機群、対空砲火網を突破し、爆撃し、帰還出来る機体が何パーセントあるのか、など考えるだけでも恐ろしい損害を出すことが予想されます。

細菌兵器の使用に関しては昭和19年から実行された米本土爆撃作戦(ふ号作戦)で計画されたものの作戦内容を知った天皇陛下によって細菌兵器の使用が禁止されたことがあるため、今回のケースでも実行されることはないと思います。

長文失礼しました。

当時の帝国海軍及び陸軍の致命的な欠点の一つとしてあげられるのが「補給の軽視」です。
そもそも海軍の対米戦略は「艦隊決戦による早期講和」でそのために艦隊の整備を行って来ました。

長大な航続距離と偵察機を装備した「イ号潜水艦」はその典型で「艦隊決戦を行う前に敵艦隊の戦力をすり減らすため」といった通商破壊を主とするWW2での各国の潜水艦戦略とは大きく異なった運用法からも見てわかるとおり、「潜水艦はあくまで補助戦力」といった考え方から抜け出せず、米軍の魚雷の劣悪な性能も相まって「輸送...続きを読む

Qお米1合はご飯何グラムですか?

お米1合(150g)は炊きあがり後の「ご飯」になった時は大体何グラムでしょうか?
また、炊飯ジャーなどで、容量6L等とありますが、このリットルはどの状態の事を差すのでしょうか?(米?ご飯?、容積?)

Aベストアンサー

一合150gのたきあがりは約300gです。ちなみにお茶碗一杯150gおにぎり一個100gすし一貫20gカレー一人前300g弁当一個220gが標準です。

Qもし日本が太平洋戦争をしていなかったら・・

満州を放棄し、中国へ侵攻している全ての軍隊を引き上げて、
日米戦争を回避していたら、今頃(現代)の日本やその周辺国はどうなっていましたか?

例えば、
・今頃、韓国、北朝鮮、台湾やグアム、サイパン、パラオなどはパスポートのいらない日本国内旅行ですか?
・フィリピンはアメリカ領、インドネシアはオランダ領、インドやマレーシアはイギリス領、ベトナムはフランス領のままですか?
・今のような、日本は経済大国になっていないのでしょうか?

考えてみたら、戦前の日本のほうが領土的に広いので、戦争していなかったら今とどう違っていたんだろうと、ふと疑問に思いました。

Aベストアンサー

戦前の軍事書籍を読むと分かるのですが戦前の日米対立とは即ち「中国市場を巡る対立」でした。
もともと市場規模が小さく、資源も少ない日本を支配しても米国の得にならない事は明白であり、そんなことは当時から分かりきった話でした。
このため戦前から日本では「米国の圧力は中国市場を獲得するために目障りな日本を潰すためのもの」という認識だったのです。
そして戦前の日本では日清・日露の両戦争を始め多くの戦争と犠牲を通じて獲得した「満蒙の特殊権益」はいかなる理由があろうと手放してはならない、という意識が極めて強かったのです(戦後で言えば「憲法9条を絶対に守れ」と似たようなものです)。
この結果、中国大陸での武力行使は国民の強い支持を得る事となり、必然的に中国市場を巡る日本と米国との対立を深める事になってしまいました。
しかし逆に考えれば、大戦後に中国が共産化してしまえばもはや、中国における利権対立も無くなるわけで、日米の対立要因も失われるでしょう。
そうなると戦後の日本はかつての韓国やインドネシアのように軍部が強い影響を持ちつつも、開発独裁体制の元で経済成長を遂げ、その後の民主化の発展に伴い軍部の影響力も次第に減少していくものと考えた方がよいかも知れません。

戦前の軍事書籍を読むと分かるのですが戦前の日米対立とは即ち「中国市場を巡る対立」でした。
もともと市場規模が小さく、資源も少ない日本を支配しても米国の得にならない事は明白であり、そんなことは当時から分かりきった話でした。
このため戦前から日本では「米国の圧力は中国市場を獲得するために目障りな日本を潰すためのもの」という認識だったのです。
そして戦前の日本では日清・日露の両戦争を始め多くの戦争と犠牲を通じて獲得した「満蒙の特殊権益」はいかなる理由があろうと手放してはならない、と...続きを読む

Q北朝鮮は民主主義なんですか?

タイトルの通りです。
なぜ「朝鮮民主主義人民共和国」なのか疑問です。
初歩の初歩のような質問で申し訳ないのですが、宜しくお願いいたします。

Aベストアンサー

 まずDemocracyの訳語としての「民主主義」ですが、あくまでも体制概念(cracy)であって、主義(ism)ではありません。ですので「民主制」という方が的確であり、民主主義は誤訳とする考えもあります。
 つまり「君主制」「寡頭制」「貴族制」「共和制」など主権者がだれであるかという概念・制度です。ですから日本国を含めイギリス・ノルウェーなどの大半の君主国は自由主義であり「立憲君主制」であっても、厳密な意味では民主制ではないといえます。もちろん、その逆に形式上では民主制であっても、実質独裁ということもあります。
 つまり民主制であるなしと、国民の自由や権利・福祉が保証されているか否かは別問題であり、また自由主義や社会主義などの主義とも別物です。
 ただし、いわゆる“民主的”という言葉が、参政権や思想信条の自由などが保証されている状態を指すため、両者が混同されるのでしょう。

 それと、朝鮮民主主義人民共和国という呼称はあくまでも外国語です。なぜなら漢字を廃止しているからです。正式名称をカタカナ表記すると「チョソンミンジュジュイインミンコンファグク」です。

 つまり、彼らにとっての“民主主義”と、われわれの“民主主義”は別物だということですね。

 まずDemocracyの訳語としての「民主主義」ですが、あくまでも体制概念(cracy)であって、主義(ism)ではありません。ですので「民主制」という方が的確であり、民主主義は誤訳とする考えもあります。
 つまり「君主制」「寡頭制」「貴族制」「共和制」など主権者がだれであるかという概念・制度です。ですから日本国を含めイギリス・ノルウェーなどの大半の君主国は自由主義であり「立憲君主制」であっても、厳密な意味では民主制ではないといえます。もちろん、その逆に形式上では民主制であっても、実質独...続きを読む

Q戦闘機や航空基地 : どうして陸軍と海軍でバラバラだった?

先の大戦における歴史書を読んで気がついたのですが、当時の陸軍と海軍では、それぞれ独自の戦闘機を保有したり、各地に専用の航空基地を構えていましたよね?

調べると、たとえば有名なゼロ戦や紫電改は海軍、隼や飛燕は陸軍の所属になっていました。

シロウトなので教えて頂きたいのですが、もし海軍所属の戦闘機が空母艦載を目的とするなら、折畳み式主翼にするとかの特徴があるかなと思うのですが、海軍所属の全ての戦闘機はそうなっていますか?

それと海軍が各地に航空基地を構えたのにはどんな理由があったのでしょうか? 陸軍がまとめて防空の構えをすれば事足りるように感じたのですが ・・・

それと、海軍と陸軍でどうして戦闘機の機種を統一しなかったのでしょうか? 

もちろん、戦闘内容が違うので両軍が求める性能を統一するのは難しいのは理解できるのですが、すごく不経済だし合理的ではないように思いました。

たとえばゼロ戦を陸軍も使用するとか、逆に隼を海軍も使用するとか出来なかったのでしょうか?

歴史書を読んでいて、ふと感じたので質問させて頂きました。

先の大戦における歴史書を読んで気がついたのですが、当時の陸軍と海軍では、それぞれ独自の戦闘機を保有したり、各地に専用の航空基地を構えていましたよね?

調べると、たとえば有名なゼロ戦や紫電改は海軍、隼や飛燕は陸軍の所属になっていました。

シロウトなので教えて頂きたいのですが、もし海軍所属の戦闘機が空母艦載を目的とするなら、折畳み式主翼にするとかの特徴があるかなと思うのですが、海軍所属の全ての戦闘機はそうなっていますか?

それと海軍が各地に航空基地を構えたのにはどんな理...続きを読む

Aベストアンサー

そもそも航空部隊の設立の経緯を考えればよろしいかと思います。第一次世界大戦のときに「空の戦い」が始まります。このときは、航空部隊は陸軍所属でした。そもそも、航空部隊は陸軍の偵察隊として生まれました。
やがて海軍でも偵察機があると便利だなとなります。そのとき陸軍の飛行機を借りるより、自前で航空部隊を作ったほうが手っ取り早いし便利です。かくして「海軍航空隊」が誕生します。

日本に限らず、世界中で海軍と陸軍というのは対抗意識を持っています。例えば、アメリカとイギリスの陸軍では「イエス・サー」といいますが、海軍では「アイ・アイ・サー」といいます。かように「はい」という答えひとつでも違う言い方をしたがるほど陸軍と海軍はときに対抗します。いわんや航空機の仕様については他の方も回答されているように陸軍と海軍では要求するスペックが違いますから自ずと機種が違ってきます。
それは現在でもそうで、例えばアメリカ空軍が使うF-16と海軍/海兵隊が使うF-18は大きさといい性能といいよく似ています。大きな違いは、F-16が単発エンジン、F-18が双発エンジンという点です。一時期、海軍でもF-16を採用してはどうか、という声も上がったのですが、海上で活動することが多い海軍機はエンジンがひとつ故障(あるいは損害)を受けてももうひとつのエンジンで基地や空母までたどり着ける可能性がある双発機のほうがふさわしいとのことで海軍/海兵隊はF-18を採用しました。しかし実際は長年米海軍とお付き合いのあるノースロップ社の「ロビー活動」のたまものです。

合理的精神の塊であるアメリカ人でさえ空軍(陸軍)機と海軍機の統一ができません。ロバート・マクナマラが機種を統一しようとしてF-111という戦闘爆撃機を作りましたが、これは海軍と空軍の猛反対を押し切って強引に進められたものでした。海軍はよっぽど気に食わなかったのか、何かと理由をつけてちゃっちゃとF-111を退役させました。

今でも、ゼロ戦と隼とどっちが優れているか議論させたら答えは出ませんよ。カタログスペックではゼロ戦が優れていますが、ゼロ戦はかなりクセの強い戦闘機だったようです。じゃじゃ馬だったんですね。それに比べると隼のほうがはるかにマイルドで乗りこなしやすかったそうです。ゼロ戦はホンダ車、隼はトヨタ車みたいなもんだったのかもしれません。

そもそも航空部隊の設立の経緯を考えればよろしいかと思います。第一次世界大戦のときに「空の戦い」が始まります。このときは、航空部隊は陸軍所属でした。そもそも、航空部隊は陸軍の偵察隊として生まれました。
やがて海軍でも偵察機があると便利だなとなります。そのとき陸軍の飛行機を借りるより、自前で航空部隊を作ったほうが手っ取り早いし便利です。かくして「海軍航空隊」が誕生します。

日本に限らず、世界中で海軍と陸軍というのは対抗意識を持っています。例えば、アメリカとイギリスの陸軍では...続きを読む

Q日本は強かったの? 他国から歴史をみたら日本なんてなんてことない国だったの?

第一次、第二次世界大戦の時代
私は今まで、日本はアメリカに負けたけど、日本は戦争に強かった。と思っていました。零戦とか戦艦大和とか聞くし、神風特攻隊を出撃させたのは、作戦には疑問を持ちますが、とにかく日本は強かったんだと思っていました。でも、実際そうなんでしょうか?戦争に関して知識は豊富ではないですが、昔のVTRなどをみていると、簡単に言うと、ずるい方法をとったりしていたようにいわれてました。(約束破り?)
私は日本で日本の歴史を勉強するので日本は負けたけど、すごかった、強かった、というような感じを受けるものが多いですが、ほかの国から歴史を見たら、日本なんてなんてことなかった かのような存在だったのでしょうか?教えてください

Aベストアンサー

ご質問が「第一次、第二次世界大戦の時代、日本は強かったの」
ですが、
「アメリカには勝てないが、かなり強かった」といえます。

第二次大戦の時期の列強陸海軍ランキングを仮に作成してみます。

陸軍
1) アメリカ
2) ドイツ
3) ソ連
<この間、かなりの差>
4) 日本 4) フランス 4) イギリス
7) イタリア
(他はランキング対象外)

海軍
1) アメリカ
2) 日本
3) イギリス
<この間、かなりの差>
4) イタリア 4)フランス
6) ドイツ
(他はランキング対象外)

<陸軍について>
日本陸軍は弱かった、人命無視のムチャクチャな作戦をやって自滅して行った…という悪いイメージがありますが、仔細に見るとそうでもありません。

A) 支那事変は、蒋介石率いる国民政府が、上海周辺にドイツ軍事顧問団の指導で建設した第一次大戦型の塹壕陣地(第一次大戦の常識では『突破不可能』。ゼークトラインと呼ばれた)を建設した上で、上海に駐屯していた海軍の上海特別陸戦隊を襲撃し、救援にやってくる日本陸軍を、上海周辺の塹壕陣地に誘致して殲滅する、という計画で始まりました。

蓋を開けてみますと、上海特別陸戦隊は意外なほど頑強に戦って陸軍の援軍が来るまで持ちこたえ、杭州湾に上陸した日本陸軍3個師団は、国民政府が頼みにしていたゼークトラインを「浸透戦術」を巧妙に用いることで少ない損害で突破し、国民党軍を包囲殲滅しながら国民政府の首都である南京へ進撃しました。

これは蒋介石にとって全く予想外のことで、国民政府軍は総崩れとなりました。日本陸軍は、上記のランキングでは「ランキング対象外」の国民政府軍より「遥かに強かった」と言えます。

ウィキペディア 第二次上海事変
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%AC%A1%E4%B8%8A%E6%B5%B7%E4%BA%8B%E5%A4%89

B) ポツダム宣言受諾の「後」に、ソ連軍が北方から千島と南樺太に侵攻しました。
千島列島の北端である占守島、日本領であった南樺太には、比較的装備が良く、兵員も充実した守備隊が残っていました。
8月15日以降のソ連軍の攻撃に対し、占守島と南樺太の陸軍部隊は善戦し、
「占守島においては、上陸したソ連軍をもう少しで海岸に追い詰めて全滅させるところまで戦う」
「樺太においては、ソ連軍の南下を食い止め、南樺太の日本人が北海道へ逃げる時間をかなり稼ぐ」
という戦いぶりを見せています。

<海軍について>
日本海軍については、アメリカに次いで世界第二位の戦力を持っていたのは異論がない所で、戦前においては、東太平洋は「日本の海」でした。

「空母機動部隊」はアメリカと日本だけが編成して運用できたものですし、18インチ砲搭載の戦艦を建造できたのは日本だけです。第二次大戦終結までに完成させた大型空母の隻数で言えば、アメリカが圧倒的に多いわけですが、次に多いのは日本です。第三位のイギリスにかなり差をつけているはずです。

無限の物量と高度な技術を持つアメリカと戦っては、昭和19年のサイパン沖海戦で日本空母機動部隊が壊滅し、レイテ沖海戦で航空機の援護のない「レイテ湾への特攻」を命じられた水上部隊がろくな戦果を挙げられずに甚大な被害を受け、「沖縄への大和特攻」(坊の岬沖海戦)で終わったわけですが、アメリカ海軍相手にここまで戦える海軍は日本海軍だけだった、というのは紛れもない事実でしょう。

ご質問が「第一次、第二次世界大戦の時代、日本は強かったの」
ですが、
「アメリカには勝てないが、かなり強かった」といえます。

第二次大戦の時期の列強陸海軍ランキングを仮に作成してみます。

陸軍
1) アメリカ
2) ドイツ
3) ソ連
<この間、かなりの差>
4) 日本 4) フランス 4) イギリス
7) イタリア
(他はランキング対象外)

海軍
1) アメリカ
2) 日本
3) イギリス
<この間、かなりの差>
4) イタリア 4)フランス
6) ドイツ
(他はランキング対象外)

<陸軍について>
日本陸...続きを読む

Q70年前の日本は、なぜ戦争を決断したのでしょうか?

お世話になります。

戦争は、外交手段の一つの方法でしかも最後の方法です。それでも、70年前に日本は世界大戦を決断しました。

(この世界大戦に至る序章として中国東北部の植民地化があったと考えます。この植民地化は、日本の勝手な解釈で「欧米列強のマネであることが権利」で錯覚していた様子です。この意味では、日本を含め中国を占領した国家は中国に謝罪は必要です。)

その延長で、連合国との全面戦争は開始されましたが、

●技術的
●生産力
●資源力
●人員力

から見ても、圧倒的に不利であったはずです。合理的に考えれば、国力の差は戦力に比例するはずですよね。

でも、70年前の日本は、なぜ戦争を決断したのでしょうか?その時の日本は、戦争をしなければならない 進退窮まる理由 があったのでしょうか?でも、敗戦は必定です。

Aベストアンサー

マクロ経済の観点から考察する対米開戦はまさに無謀の一言、一例を挙げれば一般会計と臨時軍事費に占める直接軍事費の割合が脅威の75.7%、これは対米開戦直前の数字ですが、当時の日本は日中戦争以来まさに食うや食わずで戦争を継続していた事がこの点に於いて明らか。
冷戦構造下のソビエト連邦が、アメリカとの軍拡競争で経済が破綻した際の同比率が50%強ですから、戦争突入以前の直接軍事費が70%を超える事の異常さが御理解頂けるかと思います。

更にはGDP比換算で1(日本):20(アメリカ)、質問者様が仰る通り近代戦は国家としての総力戦でありまさに大人と子供の喧嘩、そう形容するしかない戦争でした。

>70年前の日本は、なぜ戦争を決断したのでしょうか?

以上述べた前提はいかに当時の軍部主導下にあっても、大国アメリカとの戦争を想定した場合当然客観的判断材料として顧みられたはずであるが、では何故当時の大日本帝国首脳が対米開戦を決意したのか、その原因はそれこそ無数にあると思われますが、私なりの結論としては以下の2点。

1.本来日本の意図は対中権益の確保、本命である日中戦争を継続する為の石油・粗鋼の多くをアメリカに頼っており、その供給をストップされ且つ日本の対米資産凍結、更にはイギリス・オランダがそれに同調して所謂ABCD包囲網が構築された事で追い詰められていた事。

2.日露戦争の悪しき前例、即ち交戦期間2年程度を互角の戦いに持ち込み、ナチスドイツの欧州での勝利を希望的観測で織り込み、総力戦・消耗戦になる以前に仲介国を待つという戦略が可能であると甘く判断していた事。

但しドイツがソ連との不毛な戦争に突入した事で日本の思惑は大きく外れ、しかもアメリカの戦時経済が本格的に稼働しはじめた為、太平洋戦争開戦1年を過ぎた頃から国力相応の差が出始め、皆様御承知の通りの結果に終わってしまいましたが。

マクロ経済の観点から考察する対米開戦はまさに無謀の一言、一例を挙げれば一般会計と臨時軍事費に占める直接軍事費の割合が脅威の75.7%、これは対米開戦直前の数字ですが、当時の日本は日中戦争以来まさに食うや食わずで戦争を継続していた事がこの点に於いて明らか。
冷戦構造下のソビエト連邦が、アメリカとの軍拡競争で経済が破綻した際の同比率が50%強ですから、戦争突入以前の直接軍事費が70%を超える事の異常さが御理解頂けるかと思います。

更にはGDP比換算で1(日本):20(アメリカ)...続きを読む


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