以前、女性の著書で「胸部焦燥感」という言葉に出会い、ぴったりの感覚にとても安堵した記憶があります。
その後、だんだんと元の感覚が戻り、あのときの開放感に浸りたいと思うようになりました。
 どうしたら良いのでしょう。

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自己暗示 方法」に関するQ&A: 自己暗示の方法

A 回答 (2件)

え~、焦燥感をとりたいということでしたら,私の経験から自律訓練法とかいいんじゃないかと思います。


 やり方になりますが,
1,部屋を暗くしてなるべく静かにしてゆっくりと横たわる。
2,目を閉じて呼吸をややゆっくり目にする。
3,心の中で「右(左)腕がだんだんと重くなってくる・・・・」と何回かゆっくりと唱える。
4,逆の腕もそのようにする。
 これは自己暗示のようなもので,そのように感じられないときもありますが,ゆっくりとあせらずにやってみるのがいいと思います。
5,「足がだんだんと重くなってくる・・・・」と何回かゆっくりと唱える。
6,「頭がだんだんと重くなってくる・・・・」と何回かゆっくりと唱える。
7,「おなかが温かくなってくる・・・・」と何回かゆっくりと唱える。
8,「頭が涼しくなってくる・・・・」と何回かゆっくりと唱える。
9,最後にゆっくりと目をあけ,伸びをするなどして身体的にリラックスする。
 腕や足が重くなったと感じた後で,おなかが温かくなる暗示がありますが,これはなかなか難しく,私も何回かやってなんとなくしか感じれませんでした。また,それぞれの暗示の後で,その感覚をしばらく味わってみてください。
 これは自律『訓練法』なので,自律神経の訓練になりますが,昔から心身相関と言って,心のリラックスはまず身体からと言うのも一つの手になります。慌てているときでも,平静を装えばなんとなく心も平静に戻っていくと言うことがあります。
 最後に,この方法は一応先生に教えてもらったものですが,様々なやり方があるそうです。いろいろと調べてみれば自分にあった方法が見つかるかもしれないです。
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この回答へのお礼

 
 ご指導ありがとうございます。
 あなたの場合はこの方法で胸部焦燥感から脱出できましたか。
 確かに、自己暗示による精神のリラックスは効果があるとは思いますが、なかなか自己暗示に陶酔することが難しく、どこかでそんなことをしている自分を冷ややかに見ている感覚に覚醒させられてしまいませんか。
 すっかりリラックスできるとき、何かに夢中になっていられるときは幸せですね。妙な空き時間は要注意なんですよね。

お礼日時:2001/04/11 20:58

少しご質問の趣旨にわかりにくいところがあります。



今は焦燥しておられると言うことで、何かそれを静める言葉もしくは手立てを必要とされておられるのでしょうか?

「胸部焦燥感」というのは、言い換えれば「焦燥型うつ」とでもいえるのではないでしょうか。
焦っているが、動けない、やる気も起こらないが、気持ちは空回りして身体もだるい、気分だけは高ぶって躁状態のようだ・・・これが焦燥型うつの主なパターンです。

こういう説明を欲しておられるのでしょうか?

この回答への補足

 説明不足で申し訳ありません。 
 自分の心について、はっきり説明の出来ない状態があり、胸部焦燥感という言葉が一番説明がつくと感じたとき、一人だけのことではなく、一般的にそういう状態が起こっていて、解決できるものなのだと思い、とても安心したことがありました。
 一時期は、焦燥感を感じたときに、「これが胸部焦燥感と言われるもので特別なものではないんだ」とその場を解消することが出来ていました。
 しばらくはそんなことから開放されて、少し別世界にいられたのに、最近また胸部焦燥感を感じ始め、以前のように単純な解消が出来なくなりました。
 そんな経過をふまえ、クリアな心になりたいなと思うこのごろです。
  

補足日時:2001/04/10 22:53
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Q他人の不幸を喜んで優越感に浸る女の生物的正体とは?

他人の不幸を喜んで優越感に浸る女の生物的正体とは?

他人の不幸を喜んで優越感に浸る人が男女問わずいます。
これは一体どういう心理的メカニズムによるのでしょうか?
動物としてのヒトが持つ生来的本能なのでしょうか?
また、誰もがそのような側面を持ち合わせているとはいえ、
その程度に大きな個人差があるのはなぜでしょうか?

         ***

人間の性格は、育った環境の影響も大きく受けるとはいえ、
やはり生まれつきの「悪人」がいると、経験則上感じています。
例えば、同じく苦労して育った人間であっても、
その人格は次の二通りのタイプにハッキリと分かれます。
(1)自身の経験から、人の痛みを理解する人間。
(2)人に自分以上の苦しみを与えないと気がすまない人間。

もちろん善悪の基準は人間社会が決めたものに過ぎません。
例えば、殺人が悪であり、人道に反するとされるのは、
人間同士が決めた契約に過ぎないということが、
生物学の世界では常識のようです。

人間の倫理観も、生物学の世界では打算の産物と言われます。
もしも突然この世から法律がなくなったり、
悪いことをしても処罰されない特権階級が生まれたりしたら、
殺人を犯しても罪に問われない特権を手にした男性が、
強いオスとして女性からモテモテになるでしょう。

そして、残酷なことに、人間として優れた善人が、
子孫をたくさん残す生物的優等生とは限りません。
人間として優れていることと、生物として優れていることは、
互いに全く別物であり、両立しないことが多いような気がします。
善人だけが子孫を残していれば、我々はみな善人のはずです。
歴史上の善人は子孫が残らず、死に絶えてしまったのでしょうか。

やはり、人間にこのような攻撃性やマイナス思考があるのは、
動物の進化の過程で必要だったとされる本能が、
今でも名残として残っているためなのでしょうか?

もう少し具体的な事例は、以下で述べることとします。

時々このような女性を見ます。
(わかりやすいようにわざと誇張して書きます。)

彼女らは、長身で高学歴の男性が好きと言います。
理由は、子供に男性の体質や知能が遺伝するからだそうです。

しかし、子供に遺伝するのは、男性が持つ先天的素質のみです。
男性の身長や学歴は、先天的素質ばかりではなく、
10代までの育った環境、親が与えた環境などの、
後天的影響も少なからずあります。
先天的素質に恵まれながら、大人になるまでの短い間、
後天的素質である環境に恵まれなかったため、
素質が開花せずに大人を迎えてしまった人もいます。

ところが、恐ろしいことに、この種の女性の中には一部、
このような(ある意味気の毒な)男性を見下して、
優越感に浸る者がいるのです。
ごくたまに、環境に恵まれなくても、生まれつき頭が良いのか、
塾にも通わず独学でエリート大学に合格する苦学生もいます。
「バカが子供に遺伝するのは嫌だ」と言いながらも、
恵まれた環境で育った低学歴の遊び人以上に、
このような貧乏苦学生を見下す女性がいるのです。

冒頭で挙げた例とは逆になりますが、不思議なことに、
経済面や愛情面などで恵まれた家庭で育ったはずの女性も、
次の二通りに分かれます。
(1)素直で純真な人間に育ち、どんな人にも愛情を持つ女性。
(2)家柄で人を見下し、恵まれない人を内心で見下す女性。
同じいわゆる「令嬢」でも、このように性格が割れます。
実際のところは、前者(1)のタイプが多いと感じていますが、
たまに後者(2)のような女性もいます。

自身の経験則を総合すると、どう考えても、
人間の性格は生育環境だけでは説明がつかない気がします。

やはり、男女を問わず生まれつき悪い人間はいるのでしょうか?
また、そのような悪人も、生物学的視点からは、
生物界全体の進化向上にとっては必要であるが故に存在する、
“必要悪”と考えられるのでしょうか?

他人の不幸を喜んで優越感に浸る女の生物的正体とは?

他人の不幸を喜んで優越感に浸る人が男女問わずいます。
これは一体どういう心理的メカニズムによるのでしょうか?
動物としてのヒトが持つ生来的本能なのでしょうか?
また、誰もがそのような側面を持ち合わせているとはいえ、
その程度に大きな個人差があるのはなぜでしょうか?

         ***

人間の性格は、育った環境の影響も大きく受けるとはいえ、
やはり生まれつきの「悪人」がいると、経験則上感じています。
例えば、同じく苦労して...続きを読む

Aベストアンサー

>他人の不幸を喜んで優越感に浸る人が男女問わずいます。
これは一体どういう心理的メカニズムによるのでしょうか?
動物としてのヒトが持つ生来的本能なのでしょうか?

おっしゃるとおり「>生来的本能」が大いに関係しているでしょう。
ただ、「他人の不幸を喜ぶ」というのはひとつの形態にすぎないのであって、根本的には、相対的な価値観でしか自己基盤を確立できない憐れな(ある意味で健気な)人種と言えます。
いわゆるアイデンティティ無しには人は生きられないようですが、このアイデンティティを確立するには案外手間がかかります。
動物としての(無くてはならない)本能を適度に制御しつつ、精神の高みを目指すよう人はプログラムされているわけですが、本能を制御するということは中々難しいことです。
しかも自主的にそれを為すとなれば余計に難しいでしょう。

そこで、自らは努力せず、自分よりも弱い立場のものを見つけ、その者と比較することによって自らの優位性を確認しようとします。
これによって彼の存在意義は確立され(たと勘違いし)安心するわけです。
ところで、「弱い」と判断する基準が、二義的ではありますが問題になります。
一般的には「異質性」を以って弱いという判断が為されるのではないかという気がします。
こういった人々は「他人と違わないこと」に腐心することでしょう。
ゆえに、「他人の不幸を喜ぶ」というレベルから「他人の不幸を醸成する」段階へと足を踏み入れる者がいたとしても何の不思議もありません。
 
生来的とはいえ本能に操られつつという状態でしかアイデンティティを確立できないというのは、人間としては不幸な状況ということが言えます。
なぜ不幸かと言えば、(進化論を信じるとすればですが)動物が人間へと進化した、まさにそのほんのわずかの違いが、本能に対する制御が可能かどうか、という点だからです。
つまり、
「他人の不幸を喜んで優越感に浸る」ような人は、この違いをクリアしきれていない人種という結論が導かれることになります。

ところで、
「>動物としてのヒトが持つ生来的本能」と
「動物の本能」とは区分して考えるべきだろうと個人的には思います。
「>動物としてのヒトが持つ生来的本能(のひとつ)」とは、ここでは「アイデンティティの確立」を指すわけですが、この観点からすると、
「他人の不幸を喜んで優越感に浸る」ような人は、この確立方法を誤った人である、ということに気づかれると思います。
(時節柄なので)オリンピックに譬えれば、金メダル候補の失敗を願う(あるいは足を引っ張ろうと画策する)選手のようなものです。
何が誤りかと言えば、自らの(人間としての)可能性を貶めていることになる(しかも、そのことに気づけない)からです。

>やはり、男女を問わず生まれつき悪い人間はいるのでしょうか?

上で述べてきたような私見に基づけば、基本的には、【生まれつき】悪い人間というのは存在せず、あくまで「作られるもの」だと考えます。
なぜならば、「生来的本能」を制御していく超自我性というものは動物との違いとして人間に【芽として】備わってはいますが、それは育てていかなければ育たないものだからです。
いくら踏まれても芽を出すたくましいものもあるでしょうが、これは個体差があります。
ひねくれた方向に育ったり、あるいは途中で枯れてしまうものだってあるでしょう。
また過保護に育てすぎても正常な発達は望めません。
適度の栄養と適度の水分と適度の陽の光りを必要とする植物のようなものです。

無論、植物と違うのは、人間は成人ともなれば自己責任が伴うということです。
責任は負わなければなりません。
しかし、そうなった原因が全て本人だけにあるということとはまた別の問題です。
「>人間の性格は生育環境だけでは説明がつかない気がします。」
とおっしゃる点については、このような感想を述べるにとどめておきましょう。

>また、そのような悪人も、生物学的視点からは、
生物界全体の進化向上にとっては必要であるが故に存在する、
“必要悪”と考えられるのでしょうか?

「必要悪」というわけではなく、生物学的視点からは、
単に「そういったものだ」という確率論になるのではないか、という気がします。
総体としてどうなのか、ということは留意されても、個体ごとの評価をしようとするのは(生物学的には)おそらく無意味でしょう。

人という種族が仮に進化すべき方向に向かうならば、そういった個体(悪人)の出現する確率も次第に減ってくるだろう、ぐらいのことになるでしょうか。
さらに言えば、そうなった時点では「悪人」の概念もまたさらに進化?というか、他の要素が組み込まれている可能性はあるでしょう。

とりとめもない感想に終始してしまい失礼しました。
  

>他人の不幸を喜んで優越感に浸る人が男女問わずいます。
これは一体どういう心理的メカニズムによるのでしょうか?
動物としてのヒトが持つ生来的本能なのでしょうか?

おっしゃるとおり「>生来的本能」が大いに関係しているでしょう。
ただ、「他人の不幸を喜ぶ」というのはひとつの形態にすぎないのであって、根本的には、相対的な価値観でしか自己基盤を確立できない憐れな(ある意味で健気な)人種と言えます。
いわゆるアイデンティティ無しには人は生きられないようですが、このアイデンティテ...続きを読む

Q感覚様相(感覚モダリティ)について

感覚様相(感覚モダリティ)を調べたところ、「感覚の種類とそれに即した体験内容」と書いてあったのですが、説明文が理解できません。簡単に言うとどういうことなのでしょうか?
どなたか、わかりやすく説明していただけるとありがたいです。

Aベストアンサー

#1です。
3行目を修正させてください。

△ 現在では皮膚感覚をさらに触覚,圧覚,痛覚,温覚,冷覚に分類しますし,
○ 現在では皮膚感覚をさらに触覚・圧覚,痛覚,温覚・冷覚に分類しますし,

「触覚・圧覚」は「触圧覚」,「機械(受容)感覚」とも呼ばれ,
「触覚」,「圧覚」,「振動覚」に下位分類することがあります。
「くすぐったさ」をこれに加えることもあります。
機械受容器には多様なものがありますが,
応答特性の違いによって4種類に分かれることがわかっています。

「温覚・冷覚」は「温冷覚」,「温度(感)覚」とも呼ばれ,
「温覚」,「冷覚」に下位分類されます。
応答特性の異なる温受容器,冷受容器の2種類が確認されています。

ついでながら「痒み」について。
以前は「痛覚」の一種とする説が有力でしたが,
近年,化学的刺激に応答して特異的に痒みの感覚を生じる経路の存在が明らかになってきました。
「痒み感覚」という独立した感覚としての扱いがふさわしいようです。

もうひとつ。
感覚受容器の種類に応じて感覚様相を細分化することについては議論があります。
これは皮膚感覚だけの話ではなく,たとえば視覚についても細かく見てみると,
光の波長に対して応答特性の異なる4~5種類の光受容細胞(桿体と3~4種類の錐体)が
網膜上に異なる分布で存在することがわかっています。
だからといって感覚様相を4ないし5種類に細分化することに妥当性があるだろうかということです。
これは受容器や伝達経路の相違という生理学的基準を優先するか,
感覚経験の非連続性という心理学的基準を優先するかの問題とも言えます。

#1です。
3行目を修正させてください。

△ 現在では皮膚感覚をさらに触覚,圧覚,痛覚,温覚,冷覚に分類しますし,
○ 現在では皮膚感覚をさらに触覚・圧覚,痛覚,温覚・冷覚に分類しますし,

「触覚・圧覚」は「触圧覚」,「機械(受容)感覚」とも呼ばれ,
「触覚」,「圧覚」,「振動覚」に下位分類することがあります。
「くすぐったさ」をこれに加えることもあります。
機械受容器には多様なものがありますが,
応答特性の違いによって4種類に分かれることがわかっています。

「温覚・冷...続きを読む

Q人の不幸が安堵を与える理由

 正直、自分は「人の不幸」をみると安堵するんですが、どうしてこういう心理になるんでしょうか?。
 子供の頃は純粋に「かわいそう・・・」と思っていたんですが、年を取るにつれついていない人生に気づき、最近は不幸なニュースを見るたびに「ガッツポーズ」を決めています。
 一種の報復的心理なんでしょうか?。

Aベストアンサー

人間という生き物が持つ永遠の真理。
「隣りの芝生は青く見える」
「他人の不幸は密の味」です。

自分に「ついてない」ことが起きると、何にもない他人が羨ましく思えます。
「俺はついてないよ。ダメだな~」
「あいつは何もないしいいな~」
「よその人も結構調子良いようでいいな~」
「こいつは恵また人生を送っているようで羨ましいな~」
*これがまさに「隣りの芝生が青く見えている状態」です。

→ところが「恵まれている」と思っていた人が、思わぬ不幸に見舞われたことを知ったとき、これは青いと思っていた芝生もよく見てみたら枯れ始めている事に気付いた瞬間です。
→「なんだ、こいつもよく見ればそんなに恵まれているばっかりじゃないんだ。良かった、ホッ!」

*これが「他人の不幸は密の味」へと変わる瞬間です。

人間はこの二つの感情の挟間を行ったり来たりです。
決して報復的心理なんかではありません。

ただ、ガッツポーズはやりすぎ。
生まれっぱなしの心のままに自然に生きて行くと、この感情の揺れのまま大人になってしまいます。

ここは、「隣りの芝生には枯れている所もある」そして「他人の幸は密の味」と思えるようになる努力が必要でしょうね。

ところが、「恵まれているな~」

人間という生き物が持つ永遠の真理。
「隣りの芝生は青く見える」
「他人の不幸は密の味」です。

自分に「ついてない」ことが起きると、何にもない他人が羨ましく思えます。
「俺はついてないよ。ダメだな~」
「あいつは何もないしいいな~」
「よその人も結構調子良いようでいいな~」
「こいつは恵また人生を送っているようで羨ましいな~」
*これがまさに「隣りの芝生が青く見えている状態」です。

→ところが「恵まれている」と思っていた人が、思わぬ不幸に見舞われたことを知ったとき、これは...続きを読む

Qカール・ロジャース著書の日本語訳本

カール ロジャースの"On Becoming a Person ---A Therapist's View of Psychotherapy---" (1961年初版、Houghton Mifflin Company, New York)の日本語訳は出ていますか?
もしご存知の方がいらっしゃいましたら、教えて下さい。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

ロジャーズが語る自己実現の道/ロジャーズ主要著作集3
http://www.iwasaki-ap.co.jp/2005/04/post_16.html
になります。

Q著書の発行年を教えて下さい。

Charles Spielbergerの著書:Manual for the State-Trait Anger Expression Inventory(STAXI).Odessa,FL.Psychological Assessment Resources の発行年は、1985年でしょうか?

Aベストアンサー

1988年ですね。

http://lccn.loc.gov/89104611
http://www.docstoc.com/docs/53644618/State-Trait-Anger-Expression-Inventory
https://secure.wikimedia.org/wikipedia/en/wiki/Affect_measures#STAXI


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