いじめをする人と、毒舌お笑い芸人に対する評価の相関

「世の中には、いじめをする子と、いじめをすることを思いつきもしない子の2種類がいる」
という発言を読んで、そのとおりかもと思いました。
(私が、いじめをすることをてんで思いつかない子だったため)

そこで、ふと、

いじめを思いつく人は、出演者をいじり倒してというかけなし倒して、それを面白がるという最近のお笑い番組(要するに島田紳助です)に対する評価が高く、
いじめを思いつかない人は、そういうものを面白いと思わない

という関係があるのではと思いました。

私は島田紳助はぜんぜん面白いと思わないのですが、世の中のかなりの人は、あれは高度な技能で面白いと思うようです。

ぜんぜん的はずれでしょうか?
それとも、前提が全然間違っていますか?

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A 回答 (7件)

見ているひと(の半分以上)が不快になるかならないか、の見極めができるのならばそれは芸とか技能とか言って良いんじゃないでしょうか。



信頼関係のある間柄で相手をからかったり罵倒したりいじくりまわして笑うのは芸人の専売特許じゃありませんよね。
島田紳助の場合は信頼関係があるかどうかより露骨な上下関係があるのが見えてしまうので、私は不快になってしまいますが。

>いじめをする人と、毒舌お笑い芸人に対する評価の相関
相関があるんじゃないかという気がしますが、それはたぶん気のせいでしょう。
きっちり社会学的な調査してみたら例外が多すぎて傾向を見いだせないんじゃないでしょうか。
ただの勘ですけど。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

「上下関係をかさにきていじり倒していても、それを面白いと思うかどうか」と、
いじめをするかどうか、との相関のほうがありそう?と思えてきました。

所詮好き嫌いだから傾向なんてないんでしょうかねえ。。

お礼日時:2010/09/30 16:55

いじめを思いつく人と思いつかない人っていうのがよくわからないけど、たぶん関係ないです。



出演者をいじりってけなす人もうまいこと言えば面白いです。いじってる内容がつまらなければ、つまらないです。

出演者をいじらなくても、面白い人は面白いし、つまらない人はつまらないです。



出演者をいじっている構図自体がおもしろいのでなく、その内容が自分の笑いの基準を超えていれば面白いのです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

お礼日時:2010/10/04 09:21

おっと、島田紳助が面白いか?という質問には回答して無いので補足して置きます。



私個人の意見を言わせてもらえば「面白い」です。
”話術”という意味では芸能界でも上位に位置すると思います。

ただ”面白い”という感性は人によって違いますし年齢によっても違うでしょう。
例えば「ジャルジャル」や「はんにゃ」と言った若手芸人は私は全く笑えません。
話術もトーク力も紳助の足元にも及んでないです。

しかし、世の中には紳助より彼らの方が面白いと感じてる方も多いでしょう。
誰が見てもスベってる様にしか見えない「山崎邦正」や「狩野英孝」でさえ面白いと感じてる方も居るでしょう。

私はそれを否定する気はありません。
先にも書いたように面白いと感じる感性は人それぞれだからです。

先ほどの回答にも関係しますが、貴方は「いじめをすることをてんで思いつかない子」と言っておられますが、「私は島田紳助はぜんぜん面白いと思わないのですが、世の中のかなりの人は、あれは高度な技能で面白いと思うようです。」と発言している時点で差別的です。

無意識にイジメをするというのはそういう所から来るんですよw
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この回答へのお礼

無意識に島田紳助を差別しちゃったようですね。
まあ、それぐらい鈍感なんです。ごめんなさい。

お礼日時:2010/10/04 09:14

前もって書いておきますが、あくまでも個人的な意見です。



質問者様は「世の中には、いじめをする子と、いじめをすることを思いつきもしない子の2種類がいる」と書かれてますが、これは間違いだと思います。
(本か何かに書いてたんでしたっけ?)

まず、イジメには大きく分けてニ種類あると思います。
”意識的”にイジメるかと”無意識”にイジメるかです。

何が違うかと言えば・・・
意識的にイジメるのはイジメる相手を嫌ってる場合。
無意識にイジメるのは冗談や我儘が結果的にイジメ繋がってる場合。
・・・です。

つまり「いじめをすることを思いつきもしない子」でも結果的にイジメをしてる可能性があるって事です。
結局、世の中に存在するのは「イジメをする子とイジメられてる子とイジメに参加しない子」の三種類だと思うのですが、イジメに参加しない子がイジメを見て見ぬフリしてれば結果的にイジメに参加してるのと同じだと思うのです。

なので、大きく分ければ「イジメをする子」と「イジメられてる子」しか居ない・・・と言うのが私の考えです。

前置きが長くなりましたがw
「島田紳助」などの突っ込み芸人、または「和田アキ子」や「みのもんた」の様な毒舌系芸能人が嫌いな人は、イジメられっ子が自分をイジメてる相手を芸能人に投影してしまってるんじゃないか?と思います。

よく、某掲示板やこういう質問系サイトで彼らを叩いてる方たちを見かけますが、結局そう言った日頃(イジメ)の鬱憤を晴らしてるだけだろうと考えます。
実際、島田紳助や和田アキ子らが”偉そう”とか言ってる方たちのコメントは、ターゲットにしてる芸能人よりもクチ汚く罵り、嫌ってるはずの(偉そうな)行為を平気で繰り返してるからです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

「いじめに参加しない子」・・なるほど。
「いじめを思いつかない子」よりも的確な表現かも。

まあ、鈍感な人が、そうとは思わずにいじめに参加してしまうこともあるかもしれませんね。

前提と本題の両方とも違ってるぞ、とのご意見、ありがとうございました。

お礼日時:2010/10/04 09:11

何となくですが質問者様のおっしゃってることが分かります。


私も質問者様と同じタイプで、島田紳助さんは全く自分に合わないので一切観ていません。
昔から、芸人さんを落とし入れたり、どっきりにはめたりする企画が性に合いませんでした。芸人さんにとってそれがオイシイと言うのも分かるのですが、そんな笑いの取り方しなくても、テレビを面白くすることは出来るはずと思うのです。
言われてみると、私もいじめの何が楽しいのか全く分からないタイプだと気付きました。気分が悪くなるだけなのです。
難しい話は分からないのですが、参考までにm(__)m
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

自分でも短絡的な発想だと思うのですが、感性としてはわかるって思ってくださるのですね。
まあ、いろんな笑いがあっていいし、否定しようとまでは思わないのですよ。
ただ、自分にわからない笑いが、どういう要因で自分にはわからないのかがわかれば、すっきりするなあとは思っています。

お礼日時:2010/10/01 09:21

梶原しげるさんの本で毒舌お笑い芸人有吉弘行の事を紹介してましたが、島田紳助もそうですけど


けなす相手の事を実に良く観察し、試行錯誤した上で短いコメントでけなしています。
もう1人毒蝮三太夫の事も書いてありましたが、相手をけなしてもちゃんと褒めたり元気付けたりもして
います。第一、この人達はけなす相手とちゃんと差しで向かい合って堂々とけなしてるじゃないですか。
「あいつはみんなと違うから」とか「むかつくから」とかと感情の赴くままに、人の見て無いところで
集団で陰湿ないじめをしたりする連中と彼等を一緒の次元で見るのは、失礼なんじゃないのかと私は思いますが。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

確かに、毒舌芸人さんは、芸としてやってるから、当然公衆の面前でやってるし、気遣いもあるでしょう。
ただ、私が言いたかったのは、面白がる視聴者の側のことでして。。
いじめをする連中のほうが、何の疑問もなく面白がるのかなあ、と。

お礼日時:2010/09/30 15:53

そういいながらいじってあげてる風にも見えます


笑えない時もありますが
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

お礼日時:2010/09/30 15:54

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