痔になりやすい生活習慣とは?

クオリア問題って結局はこうでしょうか

視覚(赤いリンゴ)を例にすると、
リンゴに反射した光は網膜で電気信号に変換され、その信号は後頭葉で処理されます。
しかし、電気信号はどこまでいっても電気信号なのに、なぜこうして「赤いリンゴ」
として頭の中に表示されるのか?

クオリア問題ってそういう問題ですよね?
だとしたら、コンピュータを例にするとカメラのレンズから入ってきた光を
ハードディスクに電気信号として記録し、もう一度表示したいときはディスプレイに表示します
ディスプレイには我々が脳内で思い起こしたのと同じ赤いリンゴが表示されます
そこへ更にディスプレイ向きにカメラを配置し、コンピュータの中にフィードバックさせたら
内部では赤いリンゴを見た!とあたかも以前見た記憶を人間が思い起こしたように認識してると思います

うまく表現できませんが、ニュアンスを掴んで頂けたら幸いです。
つまり、人間の脳も機械と同じではないですか?
やはり人間は機械に還元されてしまうのでしょうか

以前もここや知恵袋で皆様に助けてもらいましたが
またこうして還元主義?唯物論?に堪え難い恐怖を感じています。
若干パニックになってるのでそれが原因かもしれませんが
どなたか、僕のクオリアに対する見解が間違っているかどうか
それと、仮に正しかったとして、万物に希望が持てる考え方を教えて頂けないでしょうか

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A 回答 (34件中1~10件)

上できついこと書いちゃいましたが、一足飛びに結論を書きすぎたかも知れません。


僕に説明を聞くのでなくどこがおかしいか自分で考えられるようになってください。いちいち一つ一つの理論について説明を求めるのは無茶です。理論だけで現在星の数ほどの理論があるのに、~~理論、~~理論はどうか?と質問されても、それは知りません。
ただ言えることは、具体的には知らないけど、「それは正しいです」とお返事はできます。でもぼくあまりそんな勉強したくないので・・・能力も興味もないし。

といっても、やはりとことん追い求めないと気が済まないと思いますので、頑張って下さい。
苦しんだ、と言われてますが、まだ考えるのが楽しいみたいなので、それは止められないし。
嫌みではなく、僕が物理や心理学など好きなのを追いかけて、最終的に論理や正しさの薄っぺらさに気付いたように、sisiさんも、進化論など自分の才能や性格にあった学問か何かを追いかけまくらないと、いくら僕が言っても納得はしないんじゃないかと思います。自分の能力を極め尽くしてみられたら、きっと・・・
でないと、今回のお返事のように、また次から次への新しい理論を引っ張り出してくることになりそうです。気が済むまでその繰り返しになりそうと思いました。

底つきするくらい極限まで追いかけて、いい加減唯物論還元論を追いかけるのに飽きたら、そこに真理を追い求めるのを止めたくなったら、それで気が変わったら、また話しましょう。
自分を変えるべきかも? とか意識が向いたらまた質問してください。
この正しさのループから出たいと思われたら、また言ってください。





ーーー最後に投稿があったので

>sheep67さんが聖書と進化論に博識であれば頼もしいのですが、どうなんでしょう
ごめん、全く興味ありません。
この辺りが、うすうす、ぼくと性格違うなーと思ってた所なので、参考になることはなさそうです。
ただ、唯物論が無理あるように、これもID論??というのも無理ありますねー。間違ってないけど一面的で皮相的、と言う意味です。
ID論も、唯物論と同じくこれもまた正しくて、そして拠り所にはなりそうにない、と個人的には思いますが、でもsisiさんがそれで納得されるなら、問題ないわけですが。

宗教にチェンジとか書いたんですが、かなりのずれがあるので、具体的なことも知らないので、話は無理みたいです。
ぼくは例えば聖書が史実かどうか? とか、進化論とどう理論的にすりあわせるのか?等は完全に後回しです。ああいうのは神様の参考書だとしか思っていません。その内容が正しいかどうかでなく、参考になるかどうかだけです。
ぼくはつまり、聖書が史実であった!とか証明されてもそれで信じようという気にはならないので。聖書でなく神様専門です。
神様のことさえ分かるなら、例え仏教でもヨガでもタオでもスピリチュアルでも新宗教でも物理でも数学でも参考にしますし、選ぶ目安はそれだけなので・・というか宗教そのものに興味がないんですねー。宗教を拠り所にもしてないし。みんな参考書です。


なので、具体的には聖書やIDについてはわかりません、ごめんー。
というかそういうのなら、キリスト教などにもたくさん論者がおられるので、詳しい方に伺ったらどうでしょうか?
GOOにもいるかも。




全部に答えたかな~~・・・自信ないけど
以上ぼくもまだ途中で、上のようなえらそうなこと言える身分じゃないんですが、自分のことは棚に上げて言いました。でないと何も言えないんで・・(というか偉そうなこと書いて冷や汗です・・慣れないことするもんじゃないわ・・・)
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この回答へのお礼

>ただ言えることは、具体的には知らないけど、「それは正しいです」とお返事はできます。
「それは(その土俵では)正しいです」ですよね

>といっても、やはりとことん追い求めないと気が済まないと思いますので、
>頑張って下さい。苦しんだ、と言われてますが、まだ考えるのが楽しいみたいなので、
>それは止められないし。嫌みではなく、僕が物理や心理学など好きなのを追いかけて、
>最終的に論理や正しさの薄っぺらさに気付いたように、sisiさんも、進化論など自分の
>才能や性格にあった学問か何かを追いかけまくらないと、いくら僕が言っても納得は
>しないんじゃないかと思います。自分の能力を極め尽くしてみられたら、きっと・・・
すっかりお見通しなんですね

>底つきするくらい極限まで追いかけて、いい加減唯物論還元論を追いかけるのに
>飽きたら、そこに真理を追い求めるのを止めたくなったら、それで気が変わったら、
>また話しましょう。
>自分を変えるべきかも? とか意識が向いたらまた質問してください。
>この正しさのループから出たいと思われたら、また言ってください。
もう大分走り疲れました。また変な疑念が湧いてこなければ良いのですが
まだ進化論側からの精神を考察できてないので、唯一、心のこりですが・・・
まぁそこは前にも言った通りクオリアを自覚できる素晴らしさということも言えますね


ーーー最後に投稿があったので
>ただ、唯物論が無理あるように、これもID論??というのも無理ありますねー。
>間違ってないけど一面的で皮相的、と言う意味です。
>ID論も、唯物論と同じくこれもまた正しくて、そして拠り所にはなりそうにない、
>と個人的には思います
人類の起源もそうなりますか
まぁどれもそれを正しいとする土俵の理論なのでという意味だろうと思いますが
そこは客観的にどの論が正しいかある程度割り切れるんじゃないでしょうか

>なので、具体的には聖書やIDについてはわかりません、ごめんー。
>というかそういうのなら、キリスト教などにもたくさん論者がおられるので、
>詳しい方に伺ったらどうでしょうか?
>GOOにもいるかも。
そうしてみます
堂々巡りになるのかもしれませんが
ただ、今そのラエリアン・ムーブメントが頭から離れなくて辛いです


ありがとうございました

お礼日時:2010/10/09 09:04

>還元主義?唯物論?に堪え難い恐怖を感じています。



生物学の立場からは、それが当たり前のスタイルです。ひともゴキブリも同じ生命という感じ。下の本もとくにその視点では新しいものではありません。

逆に、魂などの別の存在を仮定することはない、意識とはニューロンという物質から生み出されてくるものである、という一元論を強く押すものとなっている。
http://www.amazon.co.jp/DNA%E3%81%AB%E9%AD%82%E3 …

だからといって生物学者たちが万物に希望が持っていないとはあたりまえですがいえません。そういう合理的な考え方に何も恐怖を感じないひとたちもいるのだということ。

個人的にはゴキもクオリアをもって、ひとが近づいたらなんとなくすごくヤバイと感じ、暗い隙間に逃げ込み、生きるのに役立てているのだと思いますけど。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます

生物学者はその還元論にどのような希望を持ち合わせているのでしょうか?

お礼日時:2010/10/09 15:05

つまり・・・ざっくりですが、


組み合わせ、とは、要素と同等、場合によってはそれ以上の本質なんです。分析して要素に還元してしまったら、組み合わせは消えて、大事なものも消えています。組み合わせとは、関係性と言えると思います。
最終的に単純なクオリアといっても、その分析何か意味があるように思えません。 それは、「ただ正しい」だけで何も分かっていません。正しいから終わりなんでしょうか?
要素に還元したこと=理解したことなのですか? その理解は、理解の一側面に過ぎないんです。
車を部品に分解したら、車じゃありません。水が蒸発したら、水じゃなくなるんです。組み合わさりようはこの世の本質ですが、sisiさんは、それを認めておられないみたいです。
この辺りは前も書きましたが、この組み合わせ、という問題を、要素的存在の議論で表現すると、それは無限に属する物なので、言語表現はできませんが。

最初の投稿に書いた、りんごがここに存在するには、宇宙と時空が存在しないと、存在できないんだ、という単純な事実です。宇宙というか、りんご以外の全部とは無限に属する物で、りんごは有限ですよね。でも、その無限と有限の組み合わせがあってこそ、りんご存在は成り立つんです。
この手のある種の、背理法的表現になりますねー。
というかまた同じ所をぐるぐる回ってますよね・・・。






ーーー大きな意味で循環論法になってる問題

なので絶対にらちがあきません。
この先、単なる装いだけ変えた、表面の来てる服だけ形を変えた、唯物論や還元論の変形理論がいくら出てこようと、同じことの繰り返しです。そのたびに新しい物を発見したかのように言われても困ります。それに気付いてください。
「この世により所など無い」ことを理解してください。←これが一番大事です。依存を抜けるには。
キリスト教をご存じなら、意味は分かってもらえると思いますが。

正しいけど、不毛です。
だからこれからsisiさんが言ってきそうな理論については先にお答えしておきますが「それは正しいです」。これで議論は終わりのはずです。全部正しいですし、そんなところに求める拠り所になる答えはないです。

(補足:現実主義的な人意識中心の人にとっては、つまりsisiさんのお父さんのようなタイプの人にとっては、そういう還元論は本当に心の拠り所になります。お父さんは還元論唯物論に依存されています。でもsisiさんは、そういうタイプではない、と思うので、例え親子であっても他人の依存対象を自分に取り込もうとするのは良くないと思います、噛み合わないので)









現在、sisiさんとの議論は、終わりのない堂々巡りのループに入っております。
堂々巡りなのでぼくはギブアップします。

こういう依存の問題は、底つきが必要です、必ず。
ぼくはもうsisiさんは底をつかれたのかと思ってましたが、まだなのかも知れませんねー。
考えることに追い詰められて、死にそうになって、だから真剣にそこから出たい、という気持ちなんだ、と思ってたのですが。まだどちらかというと、論理を追いかけて考えを追求したがっておられるように見えます。
この先一生、目新しい理論が生まれるたびに、「そこに真理が隠されてるのではないか?」と目を輝かせて追いかけそうですが。 ぼくはそれにはついて行けません。というか着いていく意味がないのです。それらの理論は正しいだけなので。
どこからに素晴らしい正しさと真理があるんじゃないか、とサーチするのではなく、自分の足元を見ていただければ・・・
カタルシス、憂さ晴らし、ストレス発散にはなっても、自分の問題をちっとも解決してくれないのに気付いたからです。
このままぼくとsisiさんで、延々唯物論の土俵で相撲を取っても、その理論の主張は正しい、で終わるだけです。本当に正しいのですから。ただそれだけです。正しい、というだけの価値であり、価値観です。頭のいい人がよってたかって考えてるんですから、正しいのが当り前です。
ある意味、話す前からもう答えは出てるんです。sisiさんのいうことは全部正しいです。それで終わりです。

受動意識仮説も正しいです、間違いなく。でもだからなに? と言うことです。他になにもありません。「正しさ」をおなかいっぱいになるまで食べたら、問題は解決しますか? もう答えは出てると思います。素直になってもらえれば。 脳科学者になりたい、というのなら、話は別ですが、目的はなんでしょうか?
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この回答へのお礼

>要素に還元したこと=理解したことなのですか? その理解は、理解の一側面に過ぎないんです。
そういうことなんですね。分かります

ーーー大きな意味で循環論法になってる問題
>「この世により所など無い」ことを理解してください。
>←これが一番大事です。依存を抜けるには。
>キリスト教をご存じなら、意味は分かってもらえると思いますが。
そうなんですか。まだなかなか実感するのには苦労しそうですが、頭に叩き込んでおきます
キリスト教は全然わからないです。全然分からないながらもしょっちゅうお祈りしてたので
そういう土台があるというだけです。
この世によりどころなど無い・・・仏教的な教えとは違うんでしょうか


>ぼくはもうsisiさんは底をつかれたのかと思ってましたが、まだなのかも知れませんねー。
いえ、もう底ついてきました
ただあまりにも自分の基盤となっていた考えが壊れてきたので精神的に不安定ですが。
論理的思考の限界を感じてきました

>考えることに追い詰められて、死にそうになって、だから真剣にそこから出たい、
>という気持ちなんだ、と思ってたのですが。まだどちらかというと、
>論理を追いかけて考えを追求したがっておられるように見えます。
いえ、「考えることに追い詰められて、死にそうになって、だから真剣にそこから出たい」
です。ただ、確信を持ちたくて最後の最後まで還元論を追いつめているのです
完膚なきまで叩きのめしたら一生の安楽が訪れそうなので。
確かに新しい理論が発表されるたびに打ちのめそうと目を輝かせて追いかけそうですね
あっいや、ということはsheep67のおっしゃってる通りですかね
もちろんそこに救いを求めてないですよ
それを破綻させることに救いを求めてます

まぁなので一番はこのループから抜け出すことのようですね
なかなか難しいですが頑張ります

>受動意識仮説も正しいです、間違いなく。
いえ、あれは論理的にもおかしいと思いますよ。
というかあんまり正しい正しい言われると不安になってきました。
これも「受動意識仮説が正しいとする土俵では確実に正しい」という意味ですよね
怖いです。勘弁してください

>目的はなんでしょうか?
唯物論還元論から神秘主義を返してもらうことです
たぶん僕の心の中でそう言ってるんだと思います
頭ではゴリゴリの還元主義でしたが
幼少期の環境でしょうね

お礼日時:2010/10/09 08:46

ーーー論理の導く結論を認めてください



なので
>レベル(段階?)が違うので物質という仮定で解体していっても本質の追求に至らないということですか?
は間違いです。
クオリア=幻想、幻、というのはひとつの本質的結論です。こういう本質的結論が出ているじゃないですか? 認めるのは恐いですが。
冷静に考えてみてください。
唯物論に則って考えてみれば、すぐに、それこそ1秒で分かります。「クオリア=幻、そんな物はない」、という論理的結論が一瞬で分かり、そして認められるはずです。以上終わりです。

この先どんな新しい理論が生まれるか、そんな物を待たなくても、もう答えは出てるんですよ? 恐いですが分かりますか? 議論の余地など無い簡単な答えなんです。
それが分かったので、ぼくは論理の世界を出ることにしたのです。

sisiさんの、本当のところで求めておられるものも、いくら正しい理論を勉強しても得られないと予想します。それらの理論はただ正しいだけです。求めるものはそこにはありませんし。
拠り所を探す場所を間違えておられるし、だからこそ、唯物論も還元論も完璧に正しい、という簡単すぎる事実を、まだ認められないでいる、とぼくは見ます。




ひも理論については、まだまだ仮説ですので、議論はパスしたいです。証明できるかどうかもあやしいと言われてるので。多分解釈問題に近い性質があると思います。sisiさんも言われてるとおり。







ーーークオリアの捉え方

>あれは電磁波の波長を機械的に処理してますが
そこに自覚できないクオリアがあるとか・
不思議なのは、前も書いたですが、クオリアを「物」だと思ってることです。
クオリアが物なら手のひらに載せて見せることができるはずです。
クオリアは主観的体験であり、つまりクオリアを感じる人と、いつも必ず「対になって」あるものです。
いつも、クオリアは、クオリアを感じ取る人とペアでないと存在できない、と言うことはどういう意味でしょうか?
それは存在ではない、と言う意味だと思います。
存在ではないクオリアを存在物のように言われるsisiさんは、そこですでに還元論唯物論の土俵に上がって勝負しようとしていますし、ぼくはそういう土俵には2度と上がりません。辛かったので。道具としては活用していきますが。依存はしません。
存在は本質でないというのは、観測問題で言ったとおりです。
クオリア体験には、それを感じ取る人との「対」「ペア」というのが絶対条件です。
言換えると、下に書いた、ゲシュタルトの主張、つまり組み合わせこそが本質であり、要素に分解したら、クオリアはなくなる、と言うことですか・・
ゲシュタルトの主張や、関係性の哲学、などを見てもらえたらいいんですが。







ーーー唯物論の限界

>どんな高尚な絵も脳の中で最終的には快感という単純なクオリアに行き着きそうですが・・・

んな無茶なことを・・ 無理言いますねー。
それはあれですね、人間幸福になりたければ、多幸感を得ることができるドラッグなどを死ぬまで打ち続ければいいんだ、という主張と似てますね。
確かにそれで一生幸福ですが、それでいいんでしょうか? 全部は快感ですか? 
いいえ、現実に、死ぬまで覚醒剤を打ち続けたら、確かに本当に一生幸せなんですが、どうでしょうか? あるいは幸福中枢を電気的に刺激するようにしてやればずっと幸福ですが、やりたいですか? これが理屈では正しい、と言うことになります。
正しいからやるべきでしょうか? それを目標にしたらいいんでしょうか?
「正しい、間違っている」という理屈と論理から出る気はないんでしょうか?
「正しい、間違っている」、という論理が把握し漏らしてる物に気付きませんか?
確か、ゲシュタルトの方で主張されてますが、「全体は、部分の総和ではない」という言葉もあります。


続く
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この回答へのお礼

>>レベル(段階?)が違うので物質という仮定で解体していっても本質の追求に至らないということですか?
>は間違いです。
これはsheep67さんは多分他の意味で捉えられてるよな・・・
ここでいうレベルとは数学的、物理的な次元とか(というのですか?詳しく知りませんが)そういうのじゃなくて
唯物論的、客観的観察で解を求めることのできないという意味合いでのレベルです
そういう化学的論理の通用しないという意味のつもりです
まだ間違ってますでしょうか
乱文失礼しております

>この先どんな新しい理論が生まれるか、そんな物を待たなくても、
>もう答えは出てるんですよ? 恐いですが分かりますか? 
>議論の余地など無い簡単な答えなんです。
つまり構成する要素がある限り還元主義がなりたつことは100%です
というようなことでしょうか?

でもそのsheep67さんのおっしゃる論理というのは、どれもがどれもそこまでどうしようもないものなんでしょうか
そういうわけではないですよね?なんかゲシュタルト崩壊してきました
電磁波のこの帯域が網膜に入るとなんだか分からないけど青が見える!←これは論理ですよね
なんか意味わからなくなってきました。怖いです。
要するにコチコチの僕の頭をほぐす例えですよね?


ーーークオリアの捉え方
>不思議なのは、前も書いたですが、クオリアを「物」だと思ってることです。
いえ、物だとは思ってません
それは情報かあるいは、神経繊維と神経繊維の関係性だと思ってます

>クオリアは主観的体験であり、つまりクオリアを感じる人と、いつも必ず
>「対になって」あるものです。いつも、クオリアは、クオリアを感じ取る人
>とペアでないと存在できない、と言うことはどういう意味でしょうか?
>それは存在ではない、と言う意味だと思います。
ぁー少し違ってるかもしれません、僕は。
情報でもないですか?いえ、情報とも言えますか?
神経繊維と神経繊維の繋がりはクオリアと対応関係はあるが因果関係でない
といった感じですか?誰かが同じようなこと書いてました。


ーーー唯物論の限界
>>どんな高尚な絵も脳の中で最終的には快感という単純なクオリアに行き着きそうですが・・・
>んな無茶なことを・・ 無理言いますねー。
最終的に快感を誘発する、でしょうか。間違ってました。

もう少し時間をかけて返信すべきか直感と緩い思考で返信すべきか悩みます・・・
>「全体は、部分の総和ではない」
検索してきます

お礼日時:2010/10/09 00:12

まず自分のことは棚に上げて言っているので大目に見てくださいね。





ーーー受動意識仮説について

読んで大体分かりました。知らなかったけど。
で、意識も作り出せる、という主張もされてますが、ちょっとびっくりしました。
なぜって、
産婦人科では女性が何もないところから意識を生み出してます。 その二番煎じの何が楽しいのか、です。
でも臓器移植とか応用に繋がるから役に立つと思います。でもなにも本質的な問題をクリアはしてません。
意識を生み出すのはこの地球上で最も平凡なことです。

産婦人科のお母さんのみ成らず、生命体なら、生き物なら、今この瞬間、ぼくやsisiさんの周り周囲至る所で、人間から微生物までの生命体が、毎瞬毎瞬大量の意識を生み出してるじゃないですか?
その数どのくらいですかねー。一秒間に数百億くらい?? それだけの意識がこの瞬間何もないところから生き物によって作られてるんですよ。
そのうちの一個を学者が、試験管の中で、あるいはピンセットやいろんな道具を使って作ったからと言ってなんなんだろうか? と思います。
女性の子宮のほうがよほど良くできた装置ですし。
ただもちろん、生命体の真似をすることで役立つことはたくさんあるし、過去人間は生き物の真似をする中でたくさん学習してきたので、意義深いですよ。脳の学習もその一部ですし。(例えば、鳥の翼を真似ることで、空気抵抗の少ない車体を作ったりしています)
将来そのお陰で、脳の損傷を回復できるようになったりすると思うので、もしかしたらぼくもお世話になるかも知れないし、ありがたいことです。
でも意識を生み出す、ってことに意味はありません。冷や水ぶっかけちゃいますが。というかなんのこっちゃです。






ーーー論理の土俵上では論理が正しいのは当然

論理の土俵に上がって相撲を取るなら、論理が正しいのは当り前です。
この先たくさんの、還元論唯物論を基礎にしたその亜流の理論や応用編の理論がたくさん出てきますが、それらはみんな正しいんです。
なぜなら、それは論理の土俵の上にありますし、論理的主張が正しくなるようにうまく調整された物が論理の土俵だからです。だから正しくなるように人が考えたものだから、正しいのは当り前なんです。

このような、還元論や唯物論は、「正しい」のです。間違いなく。だって正しくなるように人間が考えたのですから当り前です。もちろんニヒリズムも虚無も正しいんです。
でもその正しさはクオリアの不思議を解決しない。問題はそこです。
はなから正しいと分かってる還元論や唯物論を、これ以上いくら議論しても無駄ですよ。答えはもう分かっているのですから。「還元論や唯物論は正しい」これが答えです。
これからもいろいろ、唯物論の延長線上に、目新しい理論がたくさん出てくると思います。でもそれらは全部正しいに決まっているんです。ただそれだけです。決して心の支えにはなりません。
つまり、だからどうなんだ? と言うことになるんです。いくら正しくても悩みは解決しない、自分の拠り所にならない、そういう論理にしがみついて、頼りになる理論が生まれるまで待つんでしょうか?
唯物論還元論においては、クオリア=幻、気のせい、という結論です。そしてそれは正しいんです。認めてください。逃げることなどできません。
唯物論還元論を追うなら、クオリア=幻、これで決まりです。決定です。疑いようがないですよね?

>受動意識仮説の前野教授も書かれてました
まぁこの話は「クオリアの”自覚”を進化と伴い獲得できた」とも言い換えれますが
これは、クオリアを、sisiさんと同じく、存在だと「仮定」した場合に出てくる話ですね。そんな無条件の仮定をするなら、これで正しいわけです。げんに言換えられますし、正しいですよ。でなにか問題でもありますか? と言うことになります。本当の問題はそこではないのですか? 大事な部分のすり替えを感じます。
前のさんが言われてるのは、「存在」としてのクオリアです。sisiさんと同じく、クオリアが「存在」であると「仮定」するなら、受動意識仮説が成り立ちますよ、と主張されてます。
その仮定を無条件に承認する地点で、すでに受動意識仮説=完全に正しい、と言うことになります。



続き
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この回答へのお礼

受動意識仮説もそうですが、僕がこういう脳科学を素人なりに興味をもつのは
やはり自分が何者なのかという疑問かなとも思います。
主体性というか自分というかそんな確固たる自分が欲しいのだと思います
とにかく絶対的な価値判断が欲しいのだと思います
だから意識が存在しないと嫌、クオリアが存在しないと嫌、単純な神経組織を取り除いても自分がいなきゃ嫌。みたいな感じで質問ばっかり投稿してきたのだと思います。
受動意識仮説とかそういうのでまた人間を作ったりとかそういうのは
おそらくsheep67さんと同じで、興味ないです。確固たる”自分”が欲しかったのです

それと、sheep67さんがよく使われる”意識”ですが、世間一般で言う意識とはもちろん違う意味ですよね?石ころや草木にもある意識というのは。
信じられないようですが、自分でも何となく分かるような気もしてきました
この最初のsheep67さんとの隔たりは、僕の万物の構成要素に対する偏見だったのでしょうか。
全てはあの冷たくて何の面白みもない物質によるものだという。
加えてあまりにも客観性にこだわりすぎて、その構成要素(物質)から全てを視てしまったというのが原因でしょうか



ーーー論理の土俵上では論理が正しいのは当然
>「還元論や唯物論は正しい」これが答えです。
「還元論や唯物論は(論理上)正しい」こういうことですよね(恐怖感があるので確認のため)

何でもとくに哲学的な分野で、僕はかなり知識不足なのでsheep67さんと同じレベルで議論できないくてかなり煩わしい思いをさせてると思います。すみません
でもクオリアのことを考えてると論理的限界を初めて感じれるようになりました
まだまだ体でもきっちり分かったわけではないですが、頭ではなんとなく分かってきました

お礼日時:2010/10/08 23:34

>唯物論が否定されるからといって二元論が肯定されるわけではないし


何を信じたらいいのかわかりません
これは、下のクリスチャンの話とお父様の話のからみですよね。


んーご希望であれば、宗教の話に、チェンジ!してもいいんですが・・
それも選択肢としてありかも。
物理の話としていけるところまでは行きます?


でも
>幼いころから子供(私)のささいな疑問に還元論的な答えを押し付けてきました
これはものすごくきついですねー。すり込まれますものねー。いえ、軽く書いてますが、実際想像を絶します。


>凄く病んでた中学生のころも考えていて
僕も強烈に病んでたので、大丈夫です。

>頭は唯物主義、心は神秘主義
ああなるほどーそうなんですかー。了解しました。

>神秘的なものが存在してほしいと願ってるんだ
僕は願うどころか、信じるどころか、当然だと思ってます。
ただ、それは唯物論を否定して、と言うわけではなく、唯物論や還元主義を便利な把握の道具として、自分の使う道具のひとつとして位置づけてるので、今は飲み込まれることはないです。
だってぼく科学も大好きなんですもの。
でも道具です。
神秘があることと、唯物論は、なんにも矛盾しません。


>肉体も脳みそもぐちゃぐちゃになって飛び散りそうでした。もの凄く怖かったです
んーーもしかたしたらぼくよりちょっとうわてかも、まあどっこいどっこい?
で、これがまた人に言ったって絶対わかってもらえないですからねーさらに大変です。
似てるのは似てますよねー。違うところもあるとは思うんですが。



>進化論的に逆引きしていって
これは上に書いたようなことの話でしょうか?


多分宗教の話などになると、人によって個性があるので、更にろくなことは言えない気もしますが、知ってる限りは言えると思います。
メールについては、必要性があれば、いいんでしょうかねー?ぼくGOOの規約とかあまり知らなくて・・どうなんでしょ?
でもここで書くのを出し惜しみなく書けるだけ書いてるのでー。



ここまで話してみて、ぼくとsisiさんでは、多分ちょっと性格が違うと思ってます。でも似てはいます。
なので、もっとつっこんだ話になると、本当に参考程度になりそうです。
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この回答へのお礼

そうですね、刷り込まれたものがあるので、なかなかうまく考え方が変わったりしないんです
薄皮が剥がれていくように・・・徐々に変わっていくのでしょうか

>んーご希望であれば、宗教の話に、チェンジ!してもいいんですが・・
実は今もうひとつ悩んでることというのがその宗教のことなんです
進化論の本読んでたら、まだ進化論には疑問が残るみたいなのが書いてあって
進化論を当然だと思ってたので驚きました。それで有神論的な進化の方向性でいろいろ調べてみると、インテリジェント・デザイン論にいき、ラエリアン・ムーブメント(失笑ですよね)のサイトにたどり着き、もちろん彼の言葉が全て真実だとは思いませんでしたが
聖書に記述してあること数々の奇跡とかは宇宙人の発達した科学技術によるものではないか
と思ってきました。例えば、処女受胎は人工授精?ソドムとゴモラはは核兵器による壊滅?
死後転生なんかもクローン技術のことでは??とか。
そうだとしたら話がなんかうまく行くと思いました(彼の本はサイトから無料で読めますttp://ja.rael.org/request.php?32)
でもラエリアン・ムーブメントは神や霊魂の存在を否定してるので、内心有神論で神秘主義な僕はかなり不快感をおぼえました。
まぁ25000年前に全ての生物を宇宙人が創造したというのは無理がありますし、ラエル自体うさんくさすぎます。
ただ、聖書に出てくるエロヒムを「天空から来た者(宇宙人?)」と訳すと巧い具合に語られてしまうのです
そこが何とも嫌で、他の創造科学(偽科学と呼ぶのでしょうか)の人が書いてる文章も全てインテリジェント・デザイン説を肯定してるようにも受け取れ、なかなか辛いです。
とにかくラエルは嘘つきにしても人間は宇宙人に作られた人工的な存在でないのかという可能性からの恐怖が今度は僕を支配しています
創造主は宇宙人なんでしょうか、そこにはラエルの言うように神も霊魂も存在しないのでしょうか
(早朝一気に本を読んだのでかなり洗脳されてるのかもしれません)

>>進化論的に逆引きしていって
>これは上に書いたようなことの話でしょうか?
とりあえず、逆引きできるほど神経系について何もわかってないらしい&ID論恐怖で今は収まってます・・・

宗教の方にシフトチェンジみたいな感じなってきましたが
いきなりID論ですみません。sheep67さんが聖書と進化論に博識であれば頼もしいのですが、どうなんでしょう。僕自身、キリスト系の幼稚園ってだけで聖書はよんだことなかったのでラエリアンのサイトでいきなり読まされて、神聖なものが怪我されたようで気分悪いです。


メールの件についてはできる限り教えてgooでいきましょうか
ただあまりにも助けて貰ってるので少ないながら謝礼をだしたいと思い

・・・よく考えたら気持ち悪いですね。

知恵袋とかでもいろいろ質問したりするのですが、なかなか同じような考えの人が見つからず困っていたところなんです。
性格違うんでしょうか、確かに質問者と回答者というところからある意味正反対かもしれないですね

お礼日時:2010/10/08 16:49

>自覚できるところまで発達できた脳の素晴らしさですか



そう思いますー。王様の家に生まれても外に出て貧乏したり外国行って帰ってこないと自分の家の素敵さなんて分からないですし。
すてきでもすてきに思わない、それが普通の動物だろうと思います。




>ある進化の時点でクオリアは消失していると思います
僕は無くならないと思うんですが・・推測です。そんな線は引けないと予想します。確かめられないのですが、予想です。
いっちゃなんですが、人間なんて、脳という有機コンピュータを積んだただのカルシウムとタンパク質ですよ?
そんな有機物のかたまりが現実にクオリアを感じられるのですから、
つまり人体なんて、単に複雑なだけで、砂浜の石ころと基本的に変わりません。
言換えると、人間にクオリアがあるなら、石ころにもクオリアはあるんじゃないでしょうか?
確かめようはないですが。
もっとも岩石君にとってのクオリアは、上に書いたように、「当り前の自覚なしクオリア」ですが。
僕は全宇宙のすべてのものにクオリアがあると思います。予想です。


>クオリアも極めて簡単に説明できるようになるのではないかと思うのです
これは根拠がないですし、論理的に構築する世界にどっぷり浸ってしまってるのではないでしょうか?




>意識が発生するかしないかの中間
それはないんじゃないでしょうか?  意識はものではありませんし、クオリアと同レベルの本質的なものです。生命だけにあるとは思えません。
意志ではありませんよ。純粋意識です。「ただある」、という感覚です。哲学でいう今ここ、というやつですねー。




>物質には還元されないが、極めて単純な存在のふるまいに還元されるのではないか?

この言い換えは、なんかあんまり変わらないよな気がするんですが・・
存在の振る舞い、と言うところで、また単純な物質存在を前提に無条件に肯定していませんか?
それでは行き止まりに着くのは当り前です。
物質はないので、物質の存在の振る舞いもありません。


>物質は波
ごめん、これも違うんです。ちょっと引用・・
物質の性質も持ち、波の性質を持ち、しかも物質ではなく、波でもない、そういうものが本質です。
物質からも、波からも、離れてください。どちらも極めて一面的です。



>哲学的用語で構造主義?還元主義?
こういう手段は、その構成する要素が有限な要素の場合、初めて可能になります。でも意識もクオリアも有限ではないので、構造主義にも還元主義にも無関係です。
構造主義や還元主義の扱う対象ではないし、そういう道具のまな板の上に乗らないのが、意識やクオリアですし。
別物です。
スポーツカーで地面を掘るようなことをしても上手く行きません。道具が違いますし。(と言う僕の考えです)




>れは仮説であり、社会的な約束事です。
これは少しほっとします。助かります
加えていうなら、波もありません、本質的には。無でありかつ有です。なんで休憩していただければ・・



>もし神様がいると思うと罪悪感で狂いそうです。許してくれないのでしょう)
そうですね・・・行けるところまでは論理で行った方が良いのかしら・・・んーー。



>複雑なクオリアとはなんでしょう?
モナリザのほほえみみたいなクオリアです。例ですが。




>クオリアを還元するやり方は僕にはわかりませんが、存在する以上より単純なものに還元されることは自明ではないでしょうか?
これはもしかしてsisiさん! クオリアが「存在する」と思ってるんですか? 何かものか何かと勘違いしてません? 手にとって人に見せられますか?

いえ、もちろん存在しますが、それだけではなく、感性主観でもあります。
要素的存在でありながら、感性でもあり、感受性として自分がその中に浮かぶこともできるのがクオリアなので、単純に存在するものに当てはめられる還元的方法は応用できません。
大体物ではないですし。
還元論は、それが当てはまる対象に限定すべきだと思います。



>進化に伴い獲得したクオリア
そんな話し始めて聞きます。上にもちょっと書いたですが、進化と関係なくあらかじめこの全宇宙を埋め尽くしているクオリアです。

・・・クオリアの定義もずいぶん僕と違います。
sisiさんは、クオリアは「存在」だ。そして進化の途中で獲得された、と言われます。
僕は両方とも違うと思います。
理由は先に書いたとおりですー。

続くです。
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この回答へのお礼

回答感謝です

>>ある進化の時点でクオリアは消失していると思います
>僕は無くならないと思うんですが・・推測です。
>そんな線は引けないと予想します。確かめられないのですが、予想です。
偉そうに名前を出しますがチャーマーズ的な立場というやつでしょうか
確かに突き詰めていくとそうなりますよね
ただ自覚できないというのが斬新です(チャーマーズの本を読んだことないからかも)
でも前に例を挙げたデジカメについてはどういう解釈でしょうか
あれは電磁波の波長を機械的に処理してますが
そこに自覚できないクオリアがあるとか・・・・そういうわけではないですよね?
あと、下の方に書かれていた、「意識ある物は皆クオリアとともにいると思います」
とは矛盾してないんですか。それともこれが自覚という奴ですか?

>>クオリアも極めて簡単に説明できるようになるのではないかと思うのです
>これは根拠がないですし、論理的に構築する世界にどっぷり浸ってしまってる
>のではないでしょうか?
>>意識が発生するかしないかの中間
>それはないんじゃないでしょうか?  意識はものではありませんし、
>クオリアと同レベルの本質的なものです。生命だけにあるとは思えません。
>意志ではありませんよ。純粋意識です。「ただある」、という感覚です。
>哲学でいう今ここ、というやつですねー。
主観を追求していくとそうなるんでしょうか
確かに、現在の唯物論で説明された受動意識仮説なんかは間違いな気がしてきました
自覚しないクオリア・・・・・こう言われると本当に頭を抱えてしまいます
というか今の時代の人は意識について語れるほど科学が発達してないんですかね
なんか考えれば考えるほど、調べれば調べるほどお手上げ状態になります
本当ハードなプロブレムです

>>物質には還元されないが、極めて単純な存在のふるまいに還元されるのではないか?
>この言い換えは、なんかあんまり変わらないよな気がするんですが・・
>存在の振る舞い、と言うところで、また単純な物質存在を前提に無条件に
>肯定していませんか?それでは行き止まりに着くのは当り前です。
>物質はないので、物質の存在の振る舞いもありません。
レベル(段階?)が違うので物質という仮定で解体していっても本質の追求に至らないということですか?

>>物質は波
>ごめん、これも違うんです。
えっ超小さなひもが振動してるんじゃないんですか
それはあくまで調弦理論という仮定ですか?ただ波の性質もあるという事実を言うと・・・
ってことでしょうか。まぁ離れます;

>>哲学的用語で構造主義?還元主義?
>こういう手段は、その構成する要素が有限な要素の場合、初めて可能になります。
>でも意識もクオリアも有限ではないので、構造主義にも還元主義にも無関係です。
>構造主義や還元主義の扱う対象ではないし、そういう道具のまな板の上に
>乗らないのが、意識やクオリアですし。
レベルが違うということでしょうか


>>複雑なクオリアとはなんでしょう?
>モナリザのほほえみみたいなクオリアです。例ですが。
絵画とかは遺伝子に組み込まれた黄金比や色の快感をうまく抽出した二次元の情報と還元できないですか?
音楽もそうで遺伝子上のこのコード進行が気もちいいとか。
どんな高尚な絵も脳の中で最終的には快感という単純なクオリアに行き着きそうですが・・・
あっでも視覚や聴覚が発達してない動物はそんなの感じないですね
そういうことでしょうか

>還元論は、それが当てはまる対象に限定すべきだと思います。
なんとなくそう思ってきました

>>進化に伴い獲得したクオリア
>そんな話し始めて聞きます。上にもちょっと書いたですが、進化と関係なく
>あらかじめこの全宇宙を埋め尽くしているクオリアです。
これは僕の他の質問での回答者さんも書かれていましたが、
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/6230476.html
動物が行動をとるとき、クオリア(感情や感覚)が存在したほうが有利だそうです
受動意識仮説の前野教授も書かれてました
まぁこの話は「クオリアの”自覚”を進化と伴い獲得できた」とも言い換えれますが。

お礼日時:2010/10/08 08:04

ーーー論理的思考で真理を追究する方法はすでに終了しています




物理学において論理的に考える方法は、すでにある意味、終わりを向かえました、もう100年も前にです。
数学においては、ほぼ同時期に、数学自体が正しいかどうかは分からない、考えが足りないからではなく、本当に分からないんだ、という証明もとっくにされています。



クオリア問題、観測問題、ゲシュタルト崩壊、意識の境界問題に、数々の不可能問題や、不完全性定理など、人間の思考力は、あらゆる所において壁にぶつかり、崩壊しているんです。
つまり、論理思考は、「論理思考の使用できる範囲が限られている」、と言うことです。それは「有限」です。
そして、それは事実です。
sisiさんは、考えてこの文を書いたり読んだりしておられますが、そのこと自体すでに、答えを見つける方法としては使えないんです。
思考を「楽しむ」ぶんにはかまいません。エンジョイできます。でも真理の探究には全く役に立たない道具です。これを認めてもらえませんか??
だから、できたら理屈でものを考えて本質的問題を解決しよう、と言うことは止めたほうがいいと思います。無理ですから。もっと日常的な問題なら考えたらいいと思いますが、クオリアについて考えて答えを出すこと自体、矛盾してます。
ハードプロブレム、と言いますが、それはもうほとんど解けない問題です。
それは考えが足りない、知恵が足りないのではありません。
もっといっぱい考えたら、クオリアが物質であると分かるのでは? というのでもありません。
人間が馬鹿だから分からないわけでもありません。
違います。
いくら考えても「分からない」これが正解、と思います。「分からないことが正解」なんです。


なので、僕は、矛盾こそこの世界の基礎だ、と生活において実感してます。


sisiさんは、考えて答えを出そう! とされてますよね、現在? 気になっていろいろ考えますよね?
でもその答えは「分からない」それが答えじゃないでしょうか?
つまり「?」 クエスチョンマークこそ、思考の追い求める究極の真実であり、答えだ、とかってに思っております。

ただ、考えても分からない、と言うこと自体の証明は、とても難しいので、まだなかなか社会に出てきません。まだまだその証明は、いくつかの学問分野に留まっており、人間の思考力の限界そのものを問えるようになるのは、もうちょっと先と思います。
どのくらい先かは分からないけど、まだかかると思うけど時間の問題だ、とは思います。





ーーーお疲れでしたら

後もし精神的にお疲れでしたら、一度閉じて、冷却期間をおかれてから再投稿とか、されたらいかがかしら? とも思います。
人間、精神疲労がたまりますと、さらに情緒不安定になって、目も当てられないことにも成りかねません。
精神的に疲れる、ただそれだけでマイナス思考から出られなくなります。
論理に縛られ続けていたら、クオリアを感じてホットする間もないですし、心が限界まで疲れると、僕は経験ありますが、世界が灰色から黒色に変わります。言換えると、クオリアの完全な消滅です。心の傷になりました。

普通にいう目の前が真っ暗になる、と言う表現ですが、あれは、風景が目で見えていても、この世界からクオリアが一つ残らず消えてしまったときのことを表現しています。
疲れすぎると、本当にクオリアは一つ残らず消えます。心が活動を停止するから。
気をつけてください。そんなときは、心を封じてる論理を自分の宇宙の外側にまでけっ飛ばして弾き出してください。
疲れすぎる前に休まれてもいいかも、と想像しました。
まだそうではないんだったら、続けてください。よくわかりません。


的外れでしたら済みません。自分の経験なので、当てはまるかどうかわかりません。
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この回答へのお礼

連絡遅くなって申し訳ありません
文章考えてるあいだにもいろいろと他の悩みが湧いてきてずっと考え事していました。
できれば、sheep67さんとはこの質問が終わっても縁を切りたくないです
気持ち悪がられるかもしれませんが、この質問とは同時並行でメールでのやりとりをさして頂きたいです。僕のアドレスはsisi91sisiをそのままメールアカウントにしてます
お手数ですが、このまま送って頂けないでしょうか

ーーーーーー
本題について・・・

論理の限界ですか、そんな気もします
ただ唯一今は進化論的に逆引きしていって正体を掴めるのではないかと思っております
そのことについて(下二つのお礼欄内で書いたことに関して)sheep67さんに考えがありましたら返信お願いします

>心が限界まで疲れると、僕は経験ありますが、世界が灰色から黒色に変わります。
これ僕もあります。真っ暗になって一応見えてるんだけど、テレビの砂嵐の中にかすかに見えるというか、そんな感じでしょうか。肉体も脳みそもぐちゃぐちゃになって飛び散りそうでした。もの凄く怖かったです

ただ何をしても、以前だったらクオリアなんてない!ない!ない!って頭の中がぐわーっとなって睡眠薬で無理矢理就寝してました
今は一応クオリアは感じるので気が紛れるかもしれません

ありがとうございます

お礼日時:2010/10/07 20:38

ーーークオリア問題は、唯物論の枠の外の問題




唯物論が正しいのであれば、
「クオリアは物質に還元できる」、ではなく、
「そもそも一生に一度も人間がクオリアを感じることはありえない」、というのが正しいと思います。
つまりクオリアの経験があることが、物質とは全く別の、クオリアがあることの証拠だ、と言ってもいいと思います。
唯物論が正しいなら、クオリアが物質に還元できる、のではなく、  クオリアはなかったことにする、というしかないのですから。

説明できないから、クオリアはなきものにしよう、幻だ、というのが唯物論の論理です。
でもあるものは仕方ないじゃないですか?

唯物論においては、クオリアは幻想だ、と言ってるんですよ? クオリア経験者のsisiさんがそれを主張するのは、どう考えてもおかしい。



sisi91sisiさんは、「クオリアは物質だったと証明されました!!」みたいなお話を聞かれたことはあるんでしょうか?
僕は聞いたことがありません。
今現在この瞬間、そんな証明は、この地球上にない!!んですよ?
それなら、公平な立場に立てば、「クオリアは物質かも知れない、でもクオリアは物質ではないかも知れない」と思うのが普通でしょ?
なのにどうして勝手に先回りして、根拠のないことを信じられるのですか?
それは恐怖心から来る、ある種の妄想(失礼!)です。
わるいですが、sisi91sisiさんは、案外、唯物論であって欲しい、簡単にクオリアのことが、論理的にけりが付いて欲しい、という奥底の願望はありませんか? クオリアが消えて欲しくない、と思う反面、消えてもいいから簡単にクオリアの由来が説明された方が気が楽だ、という願いを感じます。
その気持ちが、根も葉もない唯物論を信じる原動力じゃないでしょうか?


だって、事実そんな話は聞いてません。(クオリアは物質だ、そう言いはるひとはたくさんいます、もっともらしい説明も聞きますが、それらがことごとく証明に失敗しており、ただの子供じみた主張に過ぎない、という事実はご存じですか?)



やっぱり、世界観の問題だと思いますし、物質がある、というのは、人間同士の約束事に過ぎないこと、
僕らが物質だ、と思ってるものは、想像の産物なんだ、物質がある、というのは、人の作ったルールだ、と言うことを了承していただけたらいいんですが。
唯物論自体、現在過去の産物であること。(と言いきります)。便利な仮想上の道具として唯物論を使えるとは思いますが、真理を追いかけるなら、それは間違いです。
ある種の、なんて言いましたっけ、えーーーパラダイムシフト? です。
物質はあるのではなく、物質は「あるように見える、感覚で捉えられる」だけなんだ、と言うことです。
バーチャルリアリティー仮想現実にだまされないでください。



物理学を引っ張ってくるなら、観測問題か、あるいは超弦理論かなー。
でも、sisi91sisiさん自身、クオリアを感じた経験があるんですよね?
だったら、自分の体験に矛盾する理屈を言われるのは変です。
なぜなら、唯物論は、クオリアがなぜあるか、説明してないんですから。
それにとどめを刺す、と思うんですが。



でも上にも書いてますが、sisi91sisiさんは、クオリアが無くなってもいいから、論理的に物事解決して欲しい、という願望がありませんか?
それは、僕もそうでしたが、全然違う悩みを解決するときに、考えて論理的に正誤をはじき出して解決するんだ、と言う自分の方針があるために、そこから出られない。
そして、その論理的に考える方針、それ自体が、クオリアを打ち消すことになり、ひいては自分を否定することになる、僕はそういう構図でしたが、sisiさんも同じに見えます。
そういう心理的な問題の場合、もともとの悩みを解決するのも大事だし、
おそらくsisiさんは、物理学において、論理的に考える方法自体が、行き止まりになっている、という単純な事実を、自分の問題の解決のためにも認めたくない! ただそれだけなんじゃないでしょうか? 前の僕みたいに。

続く
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この回答へのお礼

>唯物論が正しいなら、クオリアが物質に還元できる、のではなく、  
>クオリアはなかったことにする、というしかないのですから。
そう思います。言葉がいけなかったです。
物質というよりは物質のふるまいです
というか物質は概念なので、人体を構成している要素ですね。言い換えるとすれば。
うまく表現できませんが、何かがあるとすればそれは何かに還元できるというのが僕の考えです
クオリアを還元するやり方は僕にはわかりませんが、存在する以上より単純なものに還元されることは自明ではないでしょうか?
人間が単純なものから進化してきた以上、進化に伴い獲得したクオリアは単純なものに遡れる気がしてしまいます。

唯物論についてはかなり見方が変わってきました。たしかに仮想の存在ですね
ただそれが否定されるとすると二元論とかになってしまいませんか
もう訳が分からないです。本当にハードなプロブレムですね


>でも上にも書いてますが、sisi91sisiさんは、クオリアが無くなってもいいから、
>論理的に物事解決して欲しい、という願望がありませんか?
>それは、僕もそうでしたが、全然違う悩みを解決するときに、考えて論理的に
>正誤をはじき出して解決するんだ、と言う自分の方針があるために、
>そこから出られない。そして、その論理的に考える方針、それ自体が、
>クオリアを打ち消すことになり、ひいては自分を否定することになる、
>僕はそういう構図でしたが、sisiさんも同じに見えます。
>そういう心理的な問題の場合、もともとの悩みを解決するのも大事だし、
>おそらくsisiさんは、物理学において、論理的に考える方法自体が、
>行き止まりになっている、という単純な事実を、自分の問題の解決のためにも
>認めたくない! ただそれだけなんじゃないでしょうか? 前の僕みたいに。
一字一句違わずそうかもしれません
もうどうしようもないのでしょうか
唯物論が否定されるからといって二元論が肯定されるわけではないし
何を信じたらいいのかわかりません
これが論理の限界なのでしょうか

(下の回答に対するお礼投稿と書いた時間が違うので、下と矛盾する表現があったらすみません)

お礼日時:2010/10/06 13:22

sisi91sisi問題解決って書いてあったので、わーうれしー!!とか思ったんですが、


そのあと書いてある文が、なんかまだ雲行きあやしいですねー。
その、解決した、というわりにはなんか悲観的な・・


あ、お考えですか、ってかいてあるので、書いていいですか?




1.どの段階からクオリアが生じてるのか疑問
僕は、意識ある物は皆クオリアとともにいると思います。ただ人間の特別なところは、その素晴らしさをクオリアだ、と自覚できるところです。
僕自身小さいときからクオリアを感じてたみたいですが、自覚したのは大きくなってからです。
生まれたときから無条件にクオリアと共にあると、平凡すぎてそのよさは分からないし、あらためて自覚的にクオリアを感じられるのは人間の特別なところだと思ってます。




2.グラディエーションのようにこの神秘的なクオリアも簡素な物質に還元されるのでしょうか
??なんで? どこからこの発想が・・・わかりません。
これはおそらく、恐怖を下敷きにした、「イメージ」だけで突っ走るから、こういう発想になる、と思います。冷静になってください。




3.現代科学ではその物質の正体は分かってないんでしょうが
これ違います。物質の正体、という質問自体が、もはや間違いなんです。
「物質」は、「物質」ではなかった、というのが、量子力学の結論です。だからこの質問自体違うんです。
物質は実は物質ではなかったので、上に書いた、クオリアは簡素な物質に還元される、というのもあり得ません。

ん~~~量子力学の話どうしてもわかってもらえないですねー。僕も専門じゃないのでなんですが、ほんと一度その手の本お読みください。というかwikiの説明が理解できたら十分ですが。





4.クオリアの起源も単純な化学反応ですよね
・・・・・・なんで?・・・・・・なんで??  orz 涙目になりそう・・

クオリアが、網膜で光を電気信号に変えて脳内処理、的な、そう見なせる過程を経てはいますが、だからといってなぜ唯物論にいくんでしょうか?
僕思うんですが、何か世界観が変です。

この部分がおかしい、というのではなく、全体が変です。世界観のことです。
上に書いたように、まず基本的に常識的な物質はありませんし、そのあたりから認知を変えて行かれるといいと思います。
(社会生活では、物質はある、という仮定に基づいて皆実生活を行っていますが、世間の常識=正しい、というのではないです)

「物質はない」これは理解できるでしょうか? この世に物質というものは存在しません。それは仮説であり、社会的な約束事です。

これは、幸い僕なんかが考えたことではなく、科学的証明なので、信じてもらっていいですし。
唯物論的常識が、強烈ですねー。その強力な牙城はどうやったら崩れるんでしょうか?
僕は常識のひっくり返しからやられたらいいんじゃないかと思います。





5 度のい低い動物もクオリアを感じているものだと思うと
そんな、動物と比べても仕方ないですし。
というか、素晴らしいものは、うさぎが見ても素晴らしいし、人間が見ても素晴らしいし、それでいいと思うんですが。
クオリアが素晴らしい、というのはそれで完結してると思うんです。
あえて動物と比べるなら、確かに複雑なクオリアを動物が作り出すことはないと思いますが。


続く
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます

1.どの段階からクオリアが生じてるのか疑問
>ただ人間の特別なところは、その素晴らしさをクオリアだ、と自覚できるところです。
自覚できるところまで発達できた脳の素晴らしさですか


2.グラディエーションのようにこの神秘的なクオリアも簡素な物質に還元されるのでしょうか
>??なんで? どこからこの発想が・・・わかりません。
× 簡素な物質
○ 物質の簡素なふるまい
です。クオリア問題を進化論に沿って考えると、ある進化の時点でクオリアは消失していると思います
それは猿の段階かもしれませんし、魚の段階かもしれないし、アメーバの段階かもしれないです。
そこでその消失する段階のすぐ次ぎのステップでおそらくクオリアは出現しますが
そのクオリア的に原始的な生命を考察することで、我々人類が感じているこのクオリアも極めて簡単に説明できるようになるのではないかと思うのです・・・
つまりそこからの恐怖です
sheep67さんの考え方は、意識によってクオリアは存在できるということでしょうか
それだとしても、意識が発生するかしないかの中間の、意識的に原始的な生命を考察することによって、その神秘のベールははがされてしまうと不安なんです


3.現代科学ではその物質の正体は分かってないんでしょうが
>物質は実は物質ではなかったので、上に書いた、クオリアは簡素な物質に還元される、
>というのもあり得ません。
僕の表現が間違ってました。物質には還元されないが、極めて単純な存在のふるまいに還元されるのではないか?です。
一応、量子力学の雰囲気は把握してます。まだ理解が足りないのでこういった考えになるのかもしれませんが。
とにかく物質は波なんですよね
(今また気分が悪いので悲観的に考えてしまってるのかもしれません)


4.クオリアの起源も単純な化学反応ですよね
これは項目2に書いた考えによるものです
すべての複雑さ(クオリア)は単純な要素に還元されるのではないかという恐怖です
これを哲学的用語で構造主義?還元主義?というのでしょうか
あまり学がなくてわかりませんが、とにかく単純化される恐怖です(進化論に裏付けられた)

>上に書いたように、まず基本的に常識的な物質はありませんし、
>そのあたりから認知を変えて行かれるといいと思います。
やはり僕は病気で冷静な判断(とても落ち込んでるので冷静と言えば冷静ですが)にかけてるとも思います
こういう状態でいろいろな本を読むとまたそこから悲観的に考え、どつぼにはまりそうで怖いです
実際脳科学に関する本がいくら部屋にあるのですが、何冊か読んで今はやめてます

>「物質はない」これは理解できるでしょうか? この世に物質というものは存在しません。それは仮説であり、社会的な約束事です。
これは少しほっとします。助かります

>唯物論的常識が、強烈ですねー。その強力な牙城はどうやったら崩れるんでしょうか?
>僕は常識のひっくり返しからやられたらいいんじゃないかと思います。
ありがとうございます。環境のせいだと思います
キリスト教の幼稚園にいき毎日お祈りをしていたので、僕の心の奥底では有神論のようなものが根付いています(これは最近気づきました)
しかし、父親はかなりの唯物主義で、幼いころから子供(私)のささいな疑問に還元論的な答えを押し付けてきました。そこらが原因かと思います(他人のせいにしてすみません)
そこから大人になり、自らこのような脳科学の問題に関心を持ち調べていくうちにどつぼにはまっていったというのが現状です
心のどこかでは神秘的なものが存在してほしいと願ってるんだと思います
頭は唯物主義、心は神秘主義です
(こういうこと凄く病んでた中学生のころも考えていて、無神論から猟奇的殺人鬼を崇拝してました。もし神様がいると思うと罪悪感で狂いそうです。許してくれないのでしょう)


5 度のい低い動物もクオリアを感じているものだと思うと
>あえて動物と比べるなら、確かに複雑なクオリアを動物が作り出すことはないと思います
複雑なクオリアとはなんでしょう?
視覚、嗅覚、聴覚、触覚、味覚だけではないんですか?
それはどれも単純な動物も持ち合わせてる気がします


sheep67さん、ほんとうにありがとうございます

お礼日時:2010/10/06 08:52

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Q「心の存在」は科学的に証明されているのか?

「心理学」のカテゴリーで聞くべき質問かどうかはわかりませんが。

怖い話とか心霊とか大好きなんですよ。もちろん信じてもいます。
「あんなのデタラメだ」って否定する人たちのなかには「自分の目に見えるものしか信じない」って人もいますよね?
でも、そんな人でも「幽霊と同じく、人間の「心」も目には見えない。だから人間には「心」なんて存在しない。そんなものは妄想だ。」って主張する人など聞いたことないです。

実際、心は目には見えません。見えないけど誰も存在を否定はしません。
「心霊写真?ああ、あれは二重露出で再現できるよ。ハイ論破。」と言うなら
「悲しい時に流す涙?ああ、あれは目薬で再現できるよ。ハイ論破。」とも言えるはずなのに、なぜだかそうはなりません。
これは心の存在を誰も疑ってないからだと思います。

実際、心の存在って科学的に証明されてるんですかね?
それともかつてのエーテルのように「あるものとして考える」ってことがベースなのでしょうかね?

Aベストアンサー

たとえば「楽しい」とか「悲しい」などを感じることは、人間は誰でも出来ます。
脳波のお話が出ていますが、楽しいと感じたときの脳波、悲しいと感じたときの脳波など、それぞれを解析することは出来ます。
もちろん今の技術的に完全にとは行きませんが、一応理論的には可能です。
また、一般に「心」と呼ばれるものを司るのは、脳の前頭前野と呼ばれる場所であることはわかっています。
前頭前野を事故のケガや手術によって損傷するなどすると、一般に「心」と呼ばれるものが失われたようになることからわかってきたことです。
脳の機能は、事故などの損傷や、昔の誤った認識による脳手術などで、行動がどう変わったかなどの統計を取ってわかってきたことが多大にあります。
そうして大体の機能がこの辺りにあるらしいとわかった後で、機械を使って脳血流や脳波を測り実証する、という感じです。
ですが、脳というのはあまりに複雑かつ不明なことが多すぎるのも事実。
わかっていないことの方が断然多いです。
心の働きも然り。完全にはわかっていませんから「科学的に~」といってもたかが知れているわけです。

それでも誰も信じて疑わないのは、実際に自分が感じているから。
例えば幽霊は、実際にいるかいないかは別として、普通の人は見ることは出来ません。
ですが一部の人は見たり感じたりできるわけです(本当かどうかはとりあえず置いておきます)。
しかし見ることが出来る人は極少数、見られない一般人が大多数を占めているので、「幽霊なんているわけないだろ」「本当にいるの?」となるわけです。
実際にどうやっても幽霊を見たりできないからこそ、疑うわけですね。
あとは、死んで物理的にいないはずの人がいて動くとか変な力を使うとか、生物学や物理学的にどうやっても説明できないというのもあるでしょう。
ですが、もし誰もが見られるのであれば、否定もせず、五感や感情と同じように当たり前のことと捉えるでしょう。
そしてそれを解明するために1つ学問が出来ているかもしれませんね。

ちなみにですが、個人的な見解では、一部の人はどこぞの脳機能が活発だから霊と呼ばれるものが見られるが、脳なんてまだまだわかっていないことが多く、さらに実験や実証等も困難ゆえに全く手付かずの脳科学の分野と思っています。

たとえば「楽しい」とか「悲しい」などを感じることは、人間は誰でも出来ます。
脳波のお話が出ていますが、楽しいと感じたときの脳波、悲しいと感じたときの脳波など、それぞれを解析することは出来ます。
もちろん今の技術的に完全にとは行きませんが、一応理論的には可能です。
また、一般に「心」と呼ばれるものを司るのは、脳の前頭前野と呼ばれる場所であることはわかっています。
前頭前野を事故のケガや手術によって損傷するなどすると、一般に「心」と呼ばれるものが失われたようになることからわかって...続きを読む


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