痔になりやすい生活習慣とは?

凡人がどんなに努力しても天才には勝てないのでしょうか。また、凡人が突然天才になることはあるのでしょうか。

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A 回答 (4件)

「凡人がどんなに努力しても天才には勝てない」



絶対にそんなことありません。というか僕はそう信じて疑いません。

そんな僕が貴方に送りたい言葉は「努力に勝る天才はいない」です。

僕は陸上の長距離をやっています。この種目は、確かに才能は存在しますが、練習=努力によるところが圧倒的に結果にでます。いくら天才だからって、何もしなければ凡人と変わりないんです。これはすべての物事に共通するのではないでしょうか?何もしない天才と、何もしない凡人なら、凡人に勝ち目などないでしょう。でも何もしない天才と、努力した凡人とではどうでしょうか?きっと凡人にも勝ち目はあるはずです。というか勝てます。

ちなみに僕に才能はありません。だから、僕は努力で才能を破ることが目標の一つでもあります。強いて言うなら、僕の才能は「努力できること」でしょうか。

あなたはもしかして才能という壁にぶつかっているのですか?
なら、迷わず努力をしましょう。あきらめることなく。きっとそんな壁など打ち砕くことができるはずです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。がんばります

お礼日時:2010/10/21 04:58

イチロー選手は幼少時代を振り返ってこう語っている。


「僕は、みんなが遊んでいるときも必死になって野球の練習をやってきた。
だから、僕はプロになって当然だ。
みんなが、必死にがんばっているときに僕は、エンジョイしてると思う。」

人間には、生まれつき天才はいない。
日々の小さな努力が将来、大きな結果を生む。
努力は、人間を成長させ幸福をもたらす最高の修行である。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

お礼日時:2010/10/21 04:56

もしも凡人が天才に勝てば、その人は凡人ではなく天才とみなされます。


「どんなに努力しても」とありますが、人がマネできないほどの努力は、凡人にはできません。
凡人と思われていた(思い込んでいた)人が相当の努力を積み重ねることで初めて天才として開花して成果を残すこともあるでしょう。それを「凡人が突然天才になった」と思うかどうかはあなた次第です。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

お礼日時:2010/10/21 04:57

天才には勝てないでしょうね。


天才というものの定義が「通常の人間ではない」人の意味ですから。
普通の人に劣る人は初めから天才ではありません。
日本語の問題です。
秀才には勝てるでしょう。秀才は才能に恵まれた人ですから、怠けたウサギのように凡人に笑われるはめになることも多いです。
別の意味で「天才とは偉大な常識人である」と考える事も出来ます。
アインシュタイン先生の「特殊相対論」や「ブラウン運動の原因」などは普通の人は信じたがらないことをあえて前提に据えれば「矛盾」と考えられてきた事実がすんなり説明できる事を示しています。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

お礼日時:2010/10/21 04:57

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Q凡人はいくら努力しても天才には勝てないのか?

凡人はいくら努力しても天才には勝てないのか?

将棋の名人戦が始まっています。
羽生名人に三浦八段が挑戦していますが、すでに三浦八段の
2連敗となっています。
三浦八段といえば、毎日寝る間もおしんで将棋の勉強をする事で有名です。

しかし、羽生名人には勝てそうもありません。
それは羽生名人は天才だからです。
天才というのは努力の天才だ、その天才の努力の量を知らないだけだ。
と、いうことをよく耳にしますが、ことこの二人に関しては、おそらく
三浦八段のほうが将棋の勉強はしていると思われます。
と、いうくらい三浦八段の勉強量は有名なのです。

普通の人はいくら努力しても天才には勝てないのでしょうか?

Aベストアンサー

こんにちは。凡人1号です。あ、1号は余計でした。

先日ある科学雑誌に、天才の脳から通常の人には見られないある種の「酵素」が発見された
という論文が掲載されました――という、噂話を耳にしました。

この話が本当なら、凡人は天才には逆立ちしてもかなわないことになりそうです。
ありうる事態かもしれませんが、その後その論文にはお目にかかっていないのをみると、
与太だったのかもしれません。

ロシア(だったとは思いますが)では、一人の天才と、通常の人の集団による作業効率では、
後者がより高い数値を示したという研究結果が提出されたという話も聞いたことがあります。
ソースも何もない上に、作業の内容にもよるだろうという気もします。

私は将棋はしないのですが、羽生名人は西洋将棋(チェス)も嗜まれ、腕も相当なものです。
その彼が以前、東欧だったかどこかの小学生相手に苦戦していました。
(いや、その小学生が凄腕だったということなんですけど)

世界には生まれつき、あるいは人生のある時点で、脳の障害に見舞われ、
千年以上先のカレンダーを(計算することなしに)言い当てる人がいることはよく知られています。
千年先のデートの約束にはたいへん便利かもしれません。

羽生名人にせよ、カレンダーの賢人にせよ、
「彼は天才である」という表現は慣用句としては成立します。
が、結局のところ「天才」とは何なのか、それこそ我々凡人にはまだまだ分からないのです。
あたかもナチスが、「彼はユダヤ人である」と言うのと・・・(ちょっと違うか)

こんにちは。凡人1号です。あ、1号は余計でした。

先日ある科学雑誌に、天才の脳から通常の人には見られないある種の「酵素」が発見された
という論文が掲載されました――という、噂話を耳にしました。

この話が本当なら、凡人は天才には逆立ちしてもかなわないことになりそうです。
ありうる事態かもしれませんが、その後その論文にはお目にかかっていないのをみると、
与太だったのかもしれません。

ロシア(だったとは思いますが)では、一人の天才と、通常の人の集団による作業効率では、
後者がより高い数...続きを読む

Q秀才に占める先天的な天才と努力家の割合

高校時代、周りにはとても優秀な人がいっぱいいました。
毎年東大に半分以上入る高校でした。
そういう中から見れば自分は落ちこぼれだったと思います。
直感的に、半数以上は生まれつきの天才たちだったと思えます。
はじめてみた問題もあっという間に解いてしまうのです。会話をしていても何か普通の人とは違うんじゃないかと思えました。

しかし今になって考えてみると、天才は半数もいたというのはただの思い込みだったのでしょうか?半数を50%とすると、10%は天才だったのかもしれませんが、40%は努力家だったのかもしれません。
陰で必死に勉強をしていたのかもしれません。

50%も天才がいたならば、もっと世の中が良くなっていてもおかしくない気がします。

努力家ではなく、生まれつきの「天才」と呼ばれる人は、いったいどれくらいいるのでしょうか。

皆さんの考えと、根拠となる何か統計や文献など分かりやすいものがあれば、教えて下さい。

Aベストアンサー

こんばんは。

一応、天才の定義です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E6%89%8D

ただもう少し調べたところ、大体次のような感じになるのではないかと思います。

1.脳などの機能に何らかの障害を持ち
そのため
2.凡人には想像もできないような、まったく新しいものを作り出す人。
もしくは
3.凡人とは桁違い(例えば凡人の5倍、10倍と言うレベルではなく、10000倍、20000倍というレベル)のインプット・アウトプット能力を持つ人。

つまり1かつ2、ないし1かつ3、または1かつ2かつ3です。

一般に天才と認定される人物は脳に障害があり、そのため生活に支障をきたしたり、言動が変わっていることが多いみたいですね。
http://www.fujitv.co.jp/unb/contents/ps7_3.html

http://www.nikkei-bookdirect.com/science/page/magazine/0209/savan.html

そこで上記の意味で、どのくらい天才が東大いるか考えてみると、ほとんどいないのではないでしょうか?

僕の知っている東大出身者は、頭が良いという意味で優秀ですが、人格的にも優れ、どちらかと言えば「欠陥のない」人たちです。
こういうのを「秀才」と言うのだと思います。
つまり脳に異常がなく、少ない時間と努力で効率よく勉強できるという程度では天才ではありません。

一方、天才とは「桁違いの才能と大きな欠陥を併せ持つ」ような人たちだと思うのです。

多分、本当の天才は塾や予備校に通って、あの退屈な(?)受験勉強をおとなしく1年以上も続けるなんてことはできないんじゃないでしょうか?

ましてや天才というのは「得意分野はずば抜けてできるけど、できない分野はまったくだめ」という人たちがほとんどですから、東大のように満遍なくどの教科もできるというのは「天才は入学させません」と言っているに等しいと思います。

ズバリ、東大に天才はほとんどいないと考えます。
ただし知能の高い人はたくさんいると思います。
僕も人に勉強を教えた経験がありますが、確かにモノを覚えたり、理解する能力と言うのは世間で思われている以上に個人差があります。

しかし、それとて凡人の3倍とか、せいぜい10倍程度の差だと思います。
そして、その人たちには脳に障害があって異常な行動をする、というわけではありませんよね。
彼らは秀才タイプです。

つまり、秀才と天才は質的に相容れない別物なので、秀才に占める天才の割合はゼロ、というのが答えではないでしょうか?

もっとも人には役割があるので、天才ばかり多くても困ります。
この世に天才があふれれば、社会はかえって混乱するでしょう。

ごく一部の天才が新しい時代を切り開き、東大出身者を中心とする秀才集団がそれを効率よく学習して一般人も恩恵を享受できるような仕組みを整える役割を担っているのだと思います。
まさに帝大時代から官僚(=大部分が東大出身者)にはこのような使命がありましたよね。

なお、スポーツ天才は、生まれつきの特異体質(運動神経、動体視力が抜群であったり、血液の酸素の取り込み方が異常だったり)に訓練、努力などが重なり、並の選手よりはるかに優れた業績を残す人だと思いますが、ここでは割愛します。

こんばんは。

一応、天才の定義です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E6%89%8D

ただもう少し調べたところ、大体次のような感じになるのではないかと思います。

1.脳などの機能に何らかの障害を持ち
そのため
2.凡人には想像もできないような、まったく新しいものを作り出す人。
もしくは
3.凡人とは桁違い(例えば凡人の5倍、10倍と言うレベルではなく、10000倍、20000倍というレベル)のインプット・アウトプット能力を持つ人。

つまり1かつ2、ないし1かつ3、または1かつ...続きを読む


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