戦艦大和で艦砲射撃を加えていた場合、ヘンダーソン飛行場は全滅していたでしょうか?

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A 回答 (7件)

ヘンダーソン飛行場への攻撃実行時、島には戦闘機などの単発機用のヘンダーソン"第二"飛行場が既に完成していましたが、帝国陸海軍は偵察不足からこれを察知していませんでした。

戦史にある"この攻撃で数日に渡り基地機能が失われた"、と言うのは第一飛行場だけで第二飛行場は無傷でした。つまり大和型が参加したとしても第一次攻撃時点では敵第一・第二飛行場を双方とも殲滅するのは不可能だった事になります。
元々この作戦の骨子は米増援部隊の上陸阻止でしたので、増援部隊が着陸可能な滑走路(及び破壊された第一飛行場を整備する部隊)を殲滅しきれなかったことで戦略的に失敗に終わりました。
ヘンダーソン飛行場を無力化している間に増援部隊を急送する作戦も、この第二飛行場から飛び立った米航空部隊に輸送船団が大きな損害を受け、弾薬・重火器のほとんどを喪失するなど、戦術的にも成功したとは言い難いものです。

また、当時帝国陸海軍では人力で木の根を抜き、土を運んで滑走路を設営していたので飛行場が完成するまで数ヶ月を要したのですが、米軍は機械化部隊がブルドーザーで地面をならし、鉄板を並べ、わずか数日で滑走路を作って行きました。双方の滑走路を破壊したとしても、結局はこう言った地力に勝る米軍に敗れていたのでは無いかと思います。

"戦力の逐次投入""敵戦力の過小評価""偵察の軽視""補給・整備部隊の軽視"など、帝国陸海軍の悪癖が露見してきたのもガダルカナル戦からです。
大和型は確かに強力な戦艦ですが、あくまで対艦兵器として強力なだけです。ミッドウェーでの大敗を引きずる海軍が、空母を伴わずにこの戦域に進出させたなら、結局は大和型を失う結果に終わるのではないかと思います。
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大和金剛榛名でいけば


最後の一回分の反撃はないかもたしか
少数機と一回分の燃料しか
ならないほど被害をうけていた
大和の三段式も役に立ったとおもうよ
その一回の損害がなくなるだけだと思うけど

その間に陸さんが占領成功しなければ

史実どうりに
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結果論ですがヘンダーソン飛行場への艦砲射撃よりも、水上戦においてそれなりの戦果は得られた可能性があります。


仮に第三次ソロモン海戦で比叡・霧島と共に鉄底海峡に突入していれば、これら両戦艦の喪失は避けられたでしょうし、ワシントン・サウスダコタ両戦艦との砲戦が勃発した可能性もあります。
仮想戦記のように米戦艦を次々となぎ払う華々しい活躍とまではいかずとも、大和が目的とした「戦艦同士の砲撃戦」が行えたかもしれないのです。
もっとも当時の大和は連合艦隊旗艦でしたので、そのような局地戦に投入される可能性は低く、現実味があるかと言われると疑問ですね。
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 金剛・榛名に替わって大和が砲撃していたら、って意味にとっていいんでしょうか。



 もしそうだとしたら、金剛・榛名の36センチ砲、大和の46センチ砲でどれだけ破壊力が違ったかという話になると思います。ただし砲弾にはいくつかの種類があって、それぞれに特性や破壊力は異なっており、またヘンダーソン飛行場砲撃の際には金剛・榛名はそれぞれ3種類の砲弾を混ぜて使用していますので、このシーンでの破壊力の比較はそう簡単ではありません。

 たとえばごく乱暴に、単純に砲弾重量を破壊力に置き換えてしまえば、46センチ砲弾は36センチ砲弾の2.2倍程度だったか(間違っていたらすみません)と思いますので、破壊力も2.2倍程度となります。ただし大和が(単艦)という設定ですので、金剛・榛名合計の破壊力2に対し大和が2.2で、せいぜい1割増し、ということになるのでしょう。
 さて、この程度の差でヘンダーソン飛行場の運命がどう変わったかということですが、結論としてはたいして結果は変わらないだろうと思います。
 ただし、そもそもこの手の話はそれ以外のパラメータ、例えば発射速度などを加えた一定時間内の投射重量などの条件も重要になるはずですので、設問自体がちょっと無理目なのかもしれません。

 なお、大和型戦艦の話になると脊髄反射的に時代遅れとおっしゃる方もいますが、少なくともガダルカナル戦の時点では戦艦は(使いようによっては)まだ有効な兵器であったことはよく知られているところです。
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一時的には、甚大な被害を与えた可能性はあります。



考えなければならないのは、ヘンダーソン基地に対する砲撃はあくまで飛行場に対する攻撃であって、海兵隊地上部隊に打撃を与えたわけではないということです。無線機の信頼性が極めて低かった日本軍では、米軍や独軍が見せたような地上部隊への戦術支援爆撃なんかはできなかったのです。
そもそも日本の陸海軍といえば「海軍は全力で陸軍と戦い、余った力で米軍と戦う」と揶揄されたほどの犬猿の仲で、飛行場攻撃はあくまで「海軍独自の作戦」です。別に「陸軍を支援してやろう」なんていうつもりでやったわけじゃありません。海軍が作戦を行う上でヘンダーソン基地を叩いておきたかったからやったまでであって、陸軍は陸軍で勝手にやってくれという感じです。ただし、ガダルカナル攻防戦のときはそれでもあの日本軍にしては陸海軍がかなり緊密に協力したほうなんですけどね。

考慮しなきゃならないのは、海軍の設営部隊通称「シー・ビーズ」の奮闘振りです。史実の砲撃のときも突貫工事をして数日のうちにほぼ修復してしまいました。仮に大和の砲撃でさらに甚大な損害を受けたとしても米国の工業力をもってすればせいぜい一週間使用不可能にする程度だったでしょう。米国の工業力ときた日にゃ現代の日本人をもってしても想像を超越したものです。ミッドウェーで空母ヨークタウンが突貫工事で三日で修理をした話は有名ですが、あれが日本なら修理にたっぷり三ヶ月はかかっているところです。最近あまり話題にならないチリの鉱山事故ですが、救出に四ヶ月かかるなんていわれてますが、それを四日でやったら驚きでしょ。比較対象としてはふさわしくないですが、感覚的に考えるならすごさが分かると思います。

もしヘンダーソン基地が壊滅的な損害を受けたのならその後の第二師団の重砲が上陸していた可能性もありますが、じゃあそれでその後のガダルカナル島の陸上戦に影響を与えたかというと、まあまず無理です。川口支隊と第二師団はヘンダーソン基地の西側から攻撃していましたが、川口支隊が回り込んだ南側は人跡未踏のジャングルな上かなり険しい山岳地。重砲どころか歩兵が進むのも苦労したほどです。比較的持ち運びやすい山砲でさえ兵士がバラしてそれぞれ部品を背負って山登りするという苦労ぶりで、攻撃予定日にはもうお話にならないくらい後方に取り残され「ええい、大砲がくるのを待っていたら敵が陣地を築いてしまう」と待たずに攻撃して失敗したので、とうとう無用になったので山の中に捨てられたほどです。
一方、地形がなだらかな西側は海兵隊の強力な陣地が展開しており、当時世界一の性能と実力を持つ米軍砲兵隊が展開していました。大砲の射程、性能、数、弾薬数全てに劣っており重砲が攻撃したところでこっぴどい展開になったことは火を見るより明らかです。本来なら米軍の重砲陣地に空爆を加えて使用不可能にすべきですが、前述の通り日本軍は戦術爆撃ができないのでそれは不可。そもそもガダルカナル上空に行っていたのは海軍航空隊なんですから陸軍への戦術爆撃なんてできるわけがない(指揮命令系統が違う)のですが。海兵隊も自前の航空部隊を持っていて、戦術爆撃は自前の航空部隊でやっています。

「歴史にIFはない」としばしばいわれるのはそういうことなのですよ。
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そりゃ全滅してたでしょうね(^^;



訓練艦ってのはウソですから気にしないで(^^;
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%92%8C_(%E6%88%A6%E8%89%A6)
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戦艦大和は「訓練艦」としての任務で実践では全く活躍してません。


既に、艦砲射撃の時代ではなくなったので、出港したなら米軍機から攻撃されて主砲を射つ前に撃沈されてます。
事実、沖縄戦に向かう途中に撃沈されました。
戦艦大和の兄弟艦と言われた、戦艦武蔵も主砲を放つ以前に米軍機によってフィリピン・レイテ沖で簡単に撃沈されてます。
明治時代の日露戦争の頃なら活躍したかも知れないですが、太平洋戦争では役立たずの戦艦だったのです。
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QB29の迎撃に活躍した戦闘機

B29の迎撃に活躍して
最も多くのB29を撃墜破した戦闘機は何でしょうか?
月光ですか?
屠龍ですか?
それとも雷電でしょうか?
またどのような性能がB29の迎撃に適していたかも
教えて下さい

Aベストアンサー

普通に考えたら陸軍の三式戦飛燕だと思います。
 
 飛燕は稼働率も低く、不慣れな水冷エンジンのためもてる性能を発揮できず、速度では一式戦より速いですが格闘戦では一式戦の方が優れているため、米軍のパイロットから見ると一式戦の方が三式戦より手強い相手だったそうです。初の三式戦装備の68、78両戦隊はニューギニアでほぼ全滅で解隊するというかなり厳しい戦歴でした。
 B29が本土に飛来するようになると、日本機の中では高高度の性能が比較的良く、速度も日本機の中では速い飛燕が活躍するようになります。小林照彦戦隊長率いる244戦隊は部品の補給、整備も行き届いていたため他隊に比べ稼働率も高く、また攻撃精神旺盛なためB29の迎撃に活躍しました。震天制空隊による体当たりをはじめ、通常の攻撃でもB29を撃墜しています。小林戦隊長自らB29に体当たりで撃墜し、生還するなど244戦隊は敗戦までに撃墜84機(うちB29 73機)撃破94機(同92機)と言う戦果を上げました。
 
 水冷エンジンについては工業力が追いついていないのを無理して使ったというのが一般的ですが、ただ単に今までの日本機のほとんどが空冷エンジンであったため整備員が不慣れであったと言う話も聞きます。同じく水冷エンジンの彗星を装備した芙蓉部隊は整備員の努力により高い稼働率を維持していました。
 
 B29の迎撃に必要な性能は高高度での飛行性能、速度、高い上昇力、加速性、火力など格闘戦性能より一撃離脱に適した機体が良かったと思います。

普通に考えたら陸軍の三式戦飛燕だと思います。
 
 飛燕は稼働率も低く、不慣れな水冷エンジンのためもてる性能を発揮できず、速度では一式戦より速いですが格闘戦では一式戦の方が優れているため、米軍のパイロットから見ると一式戦の方が三式戦より手強い相手だったそうです。初の三式戦装備の68、78両戦隊はニューギニアでほぼ全滅で解隊するというかなり厳しい戦歴でした。
 B29が本土に飛来するようになると、日本機の中では高高度の性能が比較的良く、速度も日本機の中では速い飛燕が活躍するよう...続きを読む

Q戦艦の対空砲火

こんにちは。
戦艦の対空砲火の威力について教えて下さい。
太平洋戦争において、大和、武蔵をはじめとするわが国の戦艦のほとんどが米軍機によって沈没させられましたが、

1.わが国の戦艦は対空砲火(高射砲・機銃)によって具体的にどの程度の米軍機を撃墜できたのでしょうか(○○作戦において大和は米軍機○機を撃墜した等)

2.かりにわが国戦艦が、マリアナ沖海戦で米軍が使用したVT信管(砲弾が外れても目標物が近くにあれば自動的に炸裂する)を使用していれば、様相はかなり変わったのでしょうか。

3.わが国戦艦が使用した三式段によって実際に米軍機が撃墜された戦闘はあるのでしょうか。あるとすると実際に何機を撃墜したのでしょうか。

4.大和、武蔵などほとんどの戦艦が魚雷によって沈没させられていますが、接近する魚雷を戦艦からの機銃掃射によって爆破させることはできなかったのでしょうか。

軍事には素人ですので、どうぞ教えて下さい。

Aベストアンサー

1) 戦艦大和他の第二艦隊が撃滅された「坊の岬沖海戦」の場合、米軍の損害は「艦載機10機」であるようです。
この海戦の場合「母艦への着艦が夜になったため多数の飛行機が着艦に失敗して失われた」といった事情がありませんので、
米軍の損害10機=第二艦隊が対空砲火で撃墜した機数
となるでしょう。

2) 様相はあまり変わらなかったとする論者がいます。
なぜ敗れたか日本海軍 光人社NF文庫
http://www.7andy.jp/books/detail/-/accd/31828766
に「VT信管は化け物か?」と題して、質問者さんの疑問(2)を考察し、結論として「否」としています。
主な理由は
「対空射撃式装置の性能がアメリカは桁違いに優れていた」
ということで詳細に説明されています。
筆者は、防衛大学校を卒業して護衛艦に乗り組んでいる際に、米軍が第二次大戦中に主用していたのより性能の劣る米国製対空射撃式装置で対空射撃訓練を行い、5インチ速射砲(第二次大戦時の高角砲に相当)に「時限信管」を使用した対空砲弾を使用して、飛行機が曳く吹流しに名中断を与えているとのことです。

なお、筆者によりますと、5インチ(12.7センチ)高角砲の命中率は
アメリカ 30%~50%
日本 0.3%
と、100倍以上の差があったと言います。

また、VT信管は「高角砲弾が目標の20メートル以内を通過した時に炸裂する」ものでしたが、日本の対空射撃式装置の性能があまりに悪いため、実戦では「どこを撃っているのか分からない」状態であり、そもそも米軍機の20メートル以内に高角砲弾を通過させることができず、VT信管があってもなくても同じだったろう、と筆者は言っています。

上記の本は質問者さんの疑問の多くを解いてくれると思いますので、ぜひお読み下さい。

3) 日本側では、マリアナ沖海戦やレイテ沖海戦で、戦艦の三式弾射撃で何機かの米軍を撃墜している、と言っています。
一方、ウィキペディアには
「米軍側の資料には『パンパンと破裂するがまるで花火のようで、実際の被害は少なかった』との記述も存在し、対空射撃での確実な戦果は、ほとんど確認が無いとされる」
と書かれています。

米軍の飛行機が日本の飛行機より工作精度が良く頑丈で、燃料タンクや乗員の防御も優れていたことを考えますと、
「三式弾の焼夷弾子は、日本機には有効だったが、米軍機には威力不足だった」
ことがあったことは有り得ます。

4) 軍艦の対空機銃は、水面に向かって射撃することも出来ました。
太平洋の戦闘、大西洋の戦闘で、「自艦に向かって来る魚雷の航跡を発見して機銃で射撃した」という話はいくつか聞いた記憶がありますが、その射撃で魚雷を破壊できたという話は聞きません。
ただ
「飛行機が、敵の潜水艦が発射した魚雷を上空から発見し、魚雷に体当たりして魚雷を破壊した」
という話はあります。

そもそも、魚雷を発見した軍艦は急転舵して魚雷に艦首を向ける運動をし、魚雷の命中を避けようとします。魚雷に艦首を向ければ、艦首を左右に分ける波ができますので、そこに敵の魚雷が来てもどちらかに流れてしまい、命中しません。戦史でも「敵の魚雷を発見して急転舵して艦首を向けたが、艦首に魚雷が命中した」例はありません。

急転陀する軍艦から、自艦に向かってくる魚雷を狙い撃ちして命中させるのは不可能と思われます。
「水中の物体は海水という分厚い盾に守られていますから、撃てたとしてもなかなか破壊はできなかったでしょう」
ということもありますが、それ以上に
「魚雷が自艦に迫っているという状況下で、物理的・心理的に、魚雷に機銃弾を命中させることは難しい」
ということではないでしょうか。

1) 戦艦大和他の第二艦隊が撃滅された「坊の岬沖海戦」の場合、米軍の損害は「艦載機10機」であるようです。
この海戦の場合「母艦への着艦が夜になったため多数の飛行機が着艦に失敗して失われた」といった事情がありませんので、
米軍の損害10機=第二艦隊が対空砲火で撃墜した機数
となるでしょう。

2) 様相はあまり変わらなかったとする論者がいます。
なぜ敗れたか日本海軍 光人社NF文庫
http://www.7andy.jp/books/detail/-/accd/31828766
に「VT信管は化け物か?」と題して、質問者さんの疑問...続きを読む

Qなぜ真珠湾に米軍空母がいなかったのですか?

なぜ真珠湾に米軍空母がいなかったのですか?

僕は死ぬほど歴史が苦手で、ろくに勉強してこなかったことを後悔しています。

最近知ったのですが、真珠湾攻撃に参加した零戦パイロットの原田要(はらだかなめ)氏(97)は、真珠湾に米軍空母はいなかったと証言しています。

なぜ真珠湾に米軍空母がいなかったのですか?偶然にしては出来すぎではありませんか?

Aベストアンサー

太平洋には3隻しか航空母艦がいませんでした。これはドイツの海軍が大西洋で活動を激化させたのと、英国への武器援助法などのほうが重要だったので、大西洋に重点的に空母を配置したからです。

太平洋にいた空母ですが、サラトガは、サンディエゴで整備をしていました。攻撃後、あわてて真珠湾に進出しましたが1月12日に真珠湾の近くで日本の潜水艦から魚雷を撃ち込まれて大損害をだし、またもや本土のブレマートンで修理する羽目となりました。

同じ型式のレキシントンは、ミッドウェイに飛行機運んでいました。

エンタープライズは、ウェーク島に飛行機を運んでいた帰りに母港の真珠湾が襲われたので、日本艦隊を1隻で探していましたが空振りであります。6隻もいる空母機動部隊に一隻で立ち向かうのですから、温存どころか無謀に近い勇気があるものだと感心します。

航空母艦は英語でCarrier 単なるキャリアーです。文字通り飛行機運びをしていたわけですね。で、戦艦は大事に要塞地帯である真珠湾に温存されていました。

空母が温存、どころか、飛行機運びと修理していただけでです。運んでいただけですから攻撃能力もありません。

空母しか残らなかったので、空母でしか初期の戦争行動ができなかったのが真相で、珊瑚海ではレキシントンまで沈められてしまうし、ミッドウェイでは1隻が半分こわれた状態で使われています。

情勢はガダルカナルが終わるまでアメリカにとって決して楽ではありません。

陰謀とか空母を温存しておいたというウソがこの時代になっても大手をふって出てくるということこそ、歴史を学ぶ上でひっかかってはいけないホラ、都市伝説でしかないことを、見抜けるようになってください。

その証拠に、陰謀を言い立てる人は、証拠を出すことができません。ネタとしても、もう賞味期限切れでしょう。

太平洋には3隻しか航空母艦がいませんでした。これはドイツの海軍が大西洋で活動を激化させたのと、英国への武器援助法などのほうが重要だったので、大西洋に重点的に空母を配置したからです。

太平洋にいた空母ですが、サラトガは、サンディエゴで整備をしていました。攻撃後、あわてて真珠湾に進出しましたが1月12日に真珠湾の近くで日本の潜水艦から魚雷を撃ち込まれて大損害をだし、またもや本土のブレマートンで修理する羽目となりました。

同じ型式のレキシントンは、ミッドウェイに飛行機運んでいました...続きを読む

Q真珠湾攻撃で空母を大破していたら?

真珠湾攻撃の日に空母3隻は湾にはおらず打ち漏らした事は良く聞きますが、この3隻を大破していたら歴史は変わったのでしょうか? 3年8ヶ月の太平洋戦争が4年になったのでしょうか?? 大勢には影響しなかったと思いますが、実際はどうでしょうか? 歴史にたら、ればで論じても仕方のないことですが、こうなった事には変わりないくらいのコメントでも頂けると参考になります。

Aベストアンサー

>歴史は変わったのでしょうか?

その可能性はあります。
日本の勝算は上がったでしょう。

真珠湾攻撃の時、太平洋にはアメリカの大型空母3隻がいました。
エンタープライズはオアフ島西約200浬に位置し、レキシントンはミッドウェー島南東約420浬に位置し、サラトガは本土のサンディエゴで整備中でした。
これが全て真珠湾で大破し(大破の状況にもよりますが・・・複数の魚雷を受け大きな損傷負って修理に手間取り戦線復帰に半年もかかるとか、そこまでの損傷ではなく2~3カ月で復帰するとか、色々考えられますが)、それと空母に所属する飛行隊も壊滅したと仮定しますが・・・
まず、最初の日本軍の真珠湾攻撃において空母を大破させたなら、日本軍は史実では行われなかった第二撃を行う可能性もあるかと。第二次攻撃を行わなかった理由の一つが敵空母の所在不明です。それが真珠湾で大破し、ましてや史実での戦果予測ではハワイの敵航空部隊も壊滅に追い込んでいる状況です。特に日本側の水平爆撃隊は損失機0でもありました。第二次攻撃を行いさらなる戦果を得たかもしれません。
それはともかく、当然、米国としては空母を大西洋から回すと考えます。

当時、大西洋には就役したばかりで訓練中のホーネット(1942年2月より任務開始)、レンジャー、ワスプ、ヨークタウンの4隻の大型空母がいました。
ただし、レンジャーは防御に問題のある艦であり、史実でも太平洋での戦闘は無理だと判断され主に大西洋で輸送、護衛、訓練、上陸支援などの任務につきました。1942年10月の南太平洋海戦で米国は無傷の大型空母が0隻となる「アメリカ史上最悪の海軍記念日」と米国側が言うほどの最悪の状況だったにも関わらず、レンジャーが太平洋に投入される事はなかった事から、真珠湾で空母3隻が大破してもレンジャーだけは大西洋で任務につくかと考えます。
なお、ワスプは史実では1942年に太平洋艦隊に編入されるまでは、マルタ島への戦闘機輸送任務を数回従事するなどしており、日本との開戦後、すぐに太平洋に投入するとすれば、その分、マルタ島の航空戦力が低下し、地中海を通る北アフリカ戦線のドイツ軍への補給路への攻撃がその分、和らぎ、ドイツ軍に多少有利な状況になるかもしれません。

そんなわけで、おそらくワスプ、ホーネット、ヨークタウンが太平洋に回されると考えます。
そして、ミッドウェー海戦までは史実と同じような展開になるのではないかと考えます。
そして珊瑚海海戦でも史実と同じように米国空母1隻が撃沈され、1隻が中破となり、ミッドウェー海戦になるかと思いますが、ここで仮定の上に推測でしかありませんが、真珠湾で大破した空母が修理を完了し戦線復帰。
米国は無傷の空母1隻に復帰した3隻の計4隻の空母で日本艦隊を迎え撃ちますが、問題は空母の航空部隊です。
史実では、ミッドウェー海戦での米空母部隊は訓練が完了していないパイロットまで作戦に参加させるほど切迫した状況でした。
今回はハワイ攻撃時に3隻の空母の航空部隊は打撃を受けているので、なおさら酷い状況かと思います。空母は戦線復帰しても技量の未熟なパイロットを多数使う事になり、この点において、日本側は非常に有利になるかと思います。

ただし戦争に絶対はありませんから、日本が史実通りミッドウェーで敗北する可能性も充分あります。
その場合は、やはり史実通りの展開となり敗戦の道を辿っていくかもしれません。

しかし、ミッドウェー海戦で勝利した場合は戦局が大きく動くかもしれません。
まず、ミッドウェーで米国側がパイロットの低い技量が災いして敗北し、空母が全滅したとして、日本軍が次に狙うのはハワイです。
これは史実でもミッドウェー海戦前に、9月以降を目処にしてハワイ攻略戦の準備命令が陸軍では既に出されています。
ですが、その前にインド洋が焦点になります。
史実では6月に北アフリカ要衝のトブルク要塞を陥落させたドイツ軍が勢いに乗っており、ドイツとイタリアからインド洋での通商破壊強化と有力な艦隊派遣の要請が来ていました。
この状況に日本もインド洋で潜水艦隊や水上艦部隊を派遣する命令を出し準備していましたが、ガダルカナルの戦いが生じ、インド洋での作戦は極少数の部隊に任される事になりました。
しかし、ミッドウェーで勝利すれば米国はハワイの防備強化と航空部隊、艦隊再建に忙しく、ガダルカナルへの反攻は行わないでしょうから、日本は史実で予定されていた通りか、それ以上の戦力をインド洋に投入して通商破壊戦を行うかと思います。

インド洋は連合軍にとって、北アフリカ戦線、ソ連へのレンドリース(ソ連への軍事援助で全体の約3割がインド洋を通りました)、ビルマ戦線、中国戦線への補給路であるばかりか、インドからイギリスへ戦略物資を運ぶ海上交通路でもありました。
もし、この海上交通路が阻害されれば、各戦線は崩れるかもしれませんし、イギリスは戦争遂行に大きく響くでしょう。
特にイギリスは1942年にはドイツのUボートの通商破壊戦により、穀物などの輸入量が低下し消費量が輸入量を上回り備蓄で何とか凌いでいました。また貯蔵していた商船の燃料も3ヶ月分を切っている危険な状況でした。これにインド洋でさらに大きな被害を被ればイギリスは持ち堪える事ができないかもしれません。
元々日本には政府上層部の言う「通商破壊戦により英国の死命を制し米国の態度を変える」「英米連合軍の弱点は英国にあると考えられる。海上交通を断ち英国を餓死せしめて英国を屈服せしむること最も捷径なり」「英国の屈服に際し之と直ちに講和する事なく英国をして米国を誘導せしめる」という、まず英国を叩き、それにより米国との講和へ持ち込もうと言う戦略がありました。これが実際に成功するかどうかはともかく、英国の死命は海上交通路にあり、もしインド洋を日本が制すれば、前述した各戦線に致命的であり、英国にも大打撃だった事でしょう。

また、日本の潜水艦隊は開戦時に南方とハワイ方面に大きく二分され作戦しており、ミッドウェーで勝利した場合も当然、インド洋だけでなくハワイ~米本土、オーストラリア~米本土間で通商破壊戦に全力をあげる事になるかと思います。
史実では大戦初期は日本の潜水艦も遠く米本土沿岸で暴れ周りましたが、戦局の推移とともにそれもできなくなりました。しかし、ミッドウェーで勝利し米国の大型戦闘艦艇も多くを沈めたとなれば太平洋で通商破壊戦に力を入れる事も可能になるかと思います。
そうなれば、米軍も大西洋にばかり護衛艦を投入するわけにもいかず、その分、大西洋のUボートが楽になり戦果を拡大し英国を一層苦しめる事になるかもしれません。

そして、太平洋ではハワイ攻略戦となりますが、日本の潜水艦の通商破壊戦がうまくいけば、ハワイの防備も思うようには進まないかもしれません。
攻略自体は制海権、制空権をとれれば可能かと思います。あまり陸軍の大兵力を投入できないでしょうが制海権、制空権を握れば圧倒的有利になります。フィリピン攻略戦やマレー攻略戦、ジャワ攻略戦でも日本軍は連合軍より兵力が少ないにも関わらず勝利したのは、そうした要素において勝っていたからです。

ハワイの失陥は米国にとり大きな衝撃となるでしょう。
そもそも開戦前の米国の新聞には「日本は我々を攻撃する事はできない。軍事的にも不可能な事だ。ハワイの基地にしろ日本艦隊の有効攻撃圏の外にある」と載っていたくらいです。
おそらく、ここで活気付くのが米国内の黒人などの有色人種です。
開戦時、米国は一つに纏まっていたかのように言われますが、実はそうでもありません。
第一次世界大戦で黒人は待遇改善、地位向上を目指し、戦争に積極的に協力しましたが終わってみれば何も実りはなく失望だけが残りました。その経験から第二次世界大戦に米国が参戦した時も、有色人種の間では冷ややかに戦争を見ている部分がありました。
また、大戦を勝ち抜くため軍の増強と軍需産業での人員確保に黒人も組み込まれますが、黒人のこれまでの不満を和らげ、また人手不足を解消するために、これまで働けなかった職場や地位に黒人が就きました。
それに反発したのが白人労働者で職場放棄や暴動を起こしています。黒人側も歴史的に差別されている事から当然不満と反発がありました。1943年だけでも全米47都市で100以上もの人種暴動が発生しています。これにより、軍需産業の生産にも影響が出ています。デトロイトの暴動では黒人が軍の武器庫に突入しようとしました。軍内部でも黒人対白人の暴動が発生しています。
暴動で逮捕された黒人指導者の中には「黒人は米国内の日本軍だ」「東条首相に日本の勝利を祈る」と言い放った人もいました。
日本の勝利がこうした米国内の不満分子である有色人種を刺激し、より一層、反政府運動を大きくするかもしれません。
もしそれが広がれば米国内は酷い紛争状態となり兵器や物資の生産は遅れ、生活用品の流通にも影響を及ぼし、市民の不満を更に募らせるかもしれません。ただでさえ戦争で食肉やバター、ガソリンや暖房用燃料等色々な物が配給で不足気味なのです。それが更に悪化したら・・・
そうなれば、米国は日本と戦うより先に国内問題を解決しなければならず、日本に有利な状況で講和という事になるかもしれません。

史実では、前述した1942年10月の「アメリカ史上最悪の海軍記念日」の後に、米国では上下両院議員選挙が行われましたがルーズベルトの民主党は51議席も減らしました。ミッドウェーで負け、ハワイも攻略されたら民主党はもっと大敗し、ルーズベルト政権ももたないかもしれません。

>歴史は変わったのでしょうか?

その可能性はあります。
日本の勝算は上がったでしょう。

真珠湾攻撃の時、太平洋にはアメリカの大型空母3隻がいました。
エンタープライズはオアフ島西約200浬に位置し、レキシントンはミッドウェー島南東約420浬に位置し、サラトガは本土のサンディエゴで整備中でした。
これが全て真珠湾で大破し(大破の状況にもよりますが・・・複数の魚雷を受け大きな損傷負って修理に手間取り戦線復帰に半年もかかるとか、そこまでの損傷ではなく2~3カ月で復帰するとか、色々考えられます...続きを読む


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