今日図書室にてぼけっ~っとしていたら「新保守主義」とかなんとかいう文字が目についた。
かつて(いまだに?)産経新聞などでワーワーやってたような連中が勢揃いでまたぞろワーワーやってる。
内容は・・ようわからんが確か「日本人は日本人としての誇りを取り戻すべき」なんだそうな。
そういや今小学校の教科書が問題になっているらしいし・・・
皆さんはどう思われますか?

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A 回答 (16件中11~16件)

話を初等教育に絞るならば、自国に誇りを持って欲しいという願いを教科書に込めることは悪いことではないと最近思うようになりました。


日本の外を見ると、政治も経済も文化も低調でちょっと誉めようのないような国の人でも、自国のことはそれなりに誇りに思ってるようです。
偏狭なナショナリズムと切って捨てる事も可能でしょうが、私はこれはやはり正しいというより健全なことだと思います。そういう思いは将来実際に社会を良くするためにもきっと必要でしょう。

で、学問としての歴史とは別の問題として、根本的な所で「自分の国は良い国だ」という誇りや信頼感を持って貰う事は、社会を良くするためにも、そして人間としても重要な事ではないかと思うのです。
小さい子供が「ウチのママは世界一の美人だ」「パパは世界一エライ」と素朴に信じるのと似てるかもしれません。明らかに独善な訳ですが(笑)子供の頃にそう信じる事はやはり意味があると思います。知恵と経験を身につけるに連れ「そうでもないかも」という事は分かってくる訳ですし、歴史についてもそういう風に自分の頭で考えられるような教育をこそするべきだと思います。
もちろんウソを教えて良いはずはありませんが、「教育=学問」という一面的な見方を離れればきっと折合いのつけようはあるのではないでしょうか。

こんな風に思うのも、明らかに受け売りで「こんな国ろくでもない」「日本は滅びた方がいい」と言う人を本当によく見るからです。
私自身の学生時代を振り返っても、教育の影響は否定しきれないと感じています。
しかし普通の高校生くらいの人がこんなことを軽く言ってのけるのを見ると、さすがに首を傾げるというか気持ちの悪いものを感じます。
保守的・進歩的という以前の問題として、やはりある種不健全だなと思わずにはいられないのです。
(ちなみに最近は「人間は滅んだ方が地球のためだ」と言うのも良く聞きます。人間のことをどれだけ知った上で言っているのやら…)

あまり自信のある意見ではありませんし、あるいは危険な考え方かも知れませんが、まぁ一つの見方として読んで貰えれば幸いです。

この回答への補足

返信どうもありがとう。

>話を初等教育に絞るならば、自国に誇りを持って欲しいという願いを教科書に込めることは悪いことではないと最近思うようになりました。

うん。日本人であることに「誇り」を持てと教えればそりゃ持つかもしれないね。
だって現に日本人なんだから。そも「誇り」を持つ仕方とすれば一番簡単なんだから。
だけどそもそも善く生きていないから誇りを持てないでいるあれらの人々が一斉に「日本人」であることに「誇り」を持ったって仕方ないんじゃないの。
そのまんま戦争にでもなった日にゃ、どうなるかあなた、よく知ってるはずだがね。

>小さい子供が「ウチのママは世界一の美人だ」「パパは世界一エライ」と素朴に信じるのと似てるかもしれません。明らかに独善な訳ですが(笑)子供の頃にそう信じる事はやはり意味があると思います。

いやいや。子供はそんなこと素朴に感じはしないね。
子供がそうするのは必要だからなんだがね。

補足日時:2001/04/14 00:36
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「日本」と一口に言いますが、



1)日本国という国家(その代表者は日本政府)
2)日本文化(食や言語を含む)
3)大和民族(アイヌや朝鮮系を含まず)
4)日本の気候風土(四季や自然も)

どれを指すのでしょう?時代も

a)石器時代以来
b)縄文以降(縄文人は古モンゴロイドの血が濃い、アイヌ・沖縄に繋がる)
c)弥生以降
d)古墳以降(大和朝廷に繋がる)
e)明治以降
f)戦後
g)現代

と色々あります。中国文化から多大な影響を受けながら、独自の繊細な文化として結晶した日本文化。それを愛することと、「日本国」なる国家を愛することは全く別です。すりかえてはいけません。日の丸・君が代を強制し、戦前のアジア侵略を正当化することと、日本の文化や気候風土を愛することは別です。個人的には日の丸を付けた特攻機に乗り込んで南の海に散って行った若者にはシンパシーを感じますが...。

では、国家としての「日本」に愛着を持つべきか?それは個人個人の自由でしょ?別に好きな人に干渉する気はありません。その方が牛丼が好きだからと言って私が反対する理由がないのと同じです。

しかし、私や第3者に「牛丼」を押し付けられても困ります。最近の上記論調は、そんな印象を持ちます。

残念ながら、IT時代の今こそ、「国粋主義」が世界的規模で蔓延するでしょう。というより、既にそうなりつつあります。しかも一番厄介なのは、街宣車でガナリ立てる大音量のスピーカでもなく、一部突出したマスコミの宣伝でもなく、「我が内なる国粋主義」です。それは私自身を含めて、確実に広がりつつあります。街で中国福建省からの蜜入国者らしき者を見たら、「警察は何しとるんじゃい」と心の中で叫んでいますし、日本から、彼らを一掃すべきだと、思っています。これって、下手すると関東大震災時に朝鮮人虐殺した人達の心理にも繋がるのかも知れないですね。ああ、おそろし~。
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この回答へのお礼

返信どうもありがとう。

>「日本」と一口に言いますが、 ・・・どれを指すのでしょう?

いやはやまったく。

>中国文化から多大な影響を受けながら、独自の繊細な文化として結晶した日本文化。それを愛することと、「日本国」なる国家を愛することは全く別です。すりかえてはいけません。

うんうん。まったく。

>残念ながら、IT時代の今こそ、「国粋主義」が世界的規模で蔓延するでしょう。というより、既にそうなりつつあります。しかも一番厄介なのは、街宣車でガナリ立てる大音量のスピーカでもなく、一部突出したマスコミの宣伝でもなく、「我が内なる国粋主義」です。それは私自身を含めて、確実に広がりつつあります。 

いやはやまったく。

>ああ、おそろし~。

いやあまったく。

お礼日時:2001/04/14 00:35

これは中年のぼくでも足を止めて、ちょっと考えてみようという質問ですね。



「日本人としての」というのは、日本という「民族・文化」または「国家」ですよね。多分第2次大戦前は、日本という「国家」は戦争が強い、高度成長時代は経済が強いというような誇りを大衆は持っていたと思う。こうした単純な誇りは第2次大戦の敗戦と、ここ十年の大不況でで殆ど消えてなくなったんじゃないかな。政治もあんなだし。ですからいまは、「国家」に対する誇りは最低だと思うし、いまは「国家概念」それ自体が希薄になっているといわれてます。

「民族・文化」となると、これは伝統文化がかろうじて対象になる。ヨーロッパ人なんかは、これに依存する傾向が強い。しかしこれも「世界遺産」、つまり地球人の遺産なんて概念が出始めた。

またアメリカを考えてみると面白い。「民族・文化」は他より希薄で、ヨーロッパ人は軽蔑さえしている。しかし「国家」には誇りを持っていると言われている。これは「国家」がいろいろの意味で強いし、世界のリーダーになってることが、影響してるんじゃないかな。

一方でハンチントンは「文明の衝突」という本を書いたし、哲学者のレヴィストロースは固有な「民族・文化」の重要性を言っている。

こうして考えてくると、ぼくは「日本人としての誇り」というのは、「日本人の創造力」ということに非常に近い意味を持っている気がします。過去の文化や伝統はその結晶だし、将来に向けても、たとえ世界のための創造ではあっても、日本人からノーベル賞がどんどん出たり、世界に類のない政治や経済のシステムを創ったときには、また「誇り」という感情が沸いてくると思うんですが、いかがでしょう?

この回答への補足

返信感謝致します。

>「日本人としての」というのは、日本という「民族・文化」または「国家」ですよね。
 
う~ん・・・あなたのいう「日本」とは「民族」ないし「文化」または「国家」なのですね。
あなたのいう「民族」・「文化」・「国家」について是非お話していただきたい。

>多分第2次大戦前は、日本という「国家」は戦争が強い、高度成長時代は経済が強いというような誇りを大衆は持っていたと思う。こうした単純な誇りは第2次大戦の敗戦と、ここ十年の大不況でで殆ど消えてなくなったんじゃないかな。政治もあんなだし。ですからいまは、「国家」に対する誇りは最低だと思うし、いまは「国家概念」それ自体が希薄になっているといわれてます。

うん。あなたのいう大衆の国家に対する誇りとは、とある集団が富んでおり強兵を持ちその中の一員であることなんだ。であるから上記二つがなくなると同時に消え失せるものなんだ。あなたはご自分をその大衆の一人である・・・と思っているわけだね。

>「民族・文化」となると、これは伝統文化がかろうじて対象になる。ヨーロッパ人なんかは、これに依存する傾向が強い。しかしこれも「世界遺産」、つまり地球人の遺産なんて概念が出始めた。

>伝統文化がかろうじて対象
何の何の為の対象だと思う?

人が歴史を持つということには興味があるね。
ヨーロッパ人云々はさておき、「人が歴史に依存する」ということは一体どんなことなのだろう。
「人」が「歴史」と呼ぶその正体とは?

>またアメリカを考えてみると面白い。「民族・文化」は他より希薄で、ヨーロッパ人は軽蔑さえしている。しかし「国家」には誇りを持っていると言われている。これは「国家」がいろいろの意味で強いし、世界のリーダーになってることが、影響してるんじゃないかな。

うん。アメリカね。あなたのいうアメリカ・・・ありゃ何だと思う?

>こうして考えてくると、ぼくは「日本人としての誇り」というのは、「日本人の創造力」ということに非常に近い意味を持っている気がします。過去の文化や伝統はその結晶だし、将来に向けても・・・

いやいや・・日本人としてなにを誇りと呼ぶかはどうでもいいのさ。
今はそんなことをいってるんじゃないだろう。

>たとえ世界のための創造ではあっても、日本人からノーベル賞がどんどん出たり、世界に類のない政治や経済のシステムを創ったときには、また「誇り」という感情が沸いてくると思うんですが、いかがでしょう?

日本人からノーベル賞がどんどん出たりシステムというヤツを造ったならばまたぞろ湧いてくるのが「誇り」ってヤツなんだね。

・・・ところで世界水泳大会が近いわけなんだが・・・どうして人は自国の選手をあんなに応援するのかね?
彼らと選手になんの関係があると思うかね。

補足日時:2001/04/14 00:16
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わたし自身に関しては。


日本人であることに全く誇りは持てません。
そのよりどころがどこにも見つからないのです。
確かに日本は長い文化的歴史を持っています。
しかしそれは過去の遺産にすぎないように思います。

今の日本のどこが誇りに思えるでしょうか・・

また、まだ真っ白な小学生に政治的意図を叩き込むのは
卑怯な行動に思われます。

それでも、「日本人」として生まれた以上は、
知る努力、知らせる努力をして行くしかないと思います。

さて、最近聞いた意見で目を開かれたものがありました。
「日の丸・君が代」が他国の民族に一度は死をもたらした以上、使うべきでないと思っていました。
ところが、出典は定かでなくて申し訳ないのですが、
「日本人は日の丸というくびきを背負って行くべきだ」
・・・そうかもしれません。
また、こういうときに「じゃあ他国は何をした」という言葉を持ち出す方がよくいらっしゃいますが、それは話題のすり替えにすぎませんので、先に申させていただきます。

この回答への補足

返信感謝致します。

>わたし自身に関しては。
日本人であることに全く誇りは持てません。
そのよりどころがどこにも見つからないのです。

うん、そりゃそうだろう・・・君はまだ誇りなんてものがよそから指し示して貰い得ると思っているのかね?

>今の日本のどこが誇りに思えるでしょうか・・
そりゃそうだ。(笑)

>それでも、「日本人」として生まれた以上は、
知る努力、知らせる努力をして行くしかないと思います。

どうして「していくしかない」のかね?

補足日時:2001/04/14 00:20
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日本人としての誇りと言うよりは、もっと日本のことを知るべきだとは思います。


日本に生まれたことを疎む必要も喜ぶ理由もないけれど、
民族的なことを誇りにもつことよりも、自分がその民族であることを
理解する?必要はあると思います。

知らないことが多すぎる。
それはよく思います。
なんか、返答になってないですね。

この回答への補足

返信感謝致します。

>日本人としての誇りと言うよりは、もっと日本のことを知るべきだとは思います。 日本に生まれたことを疎む必要も喜ぶ理由もないけれど、
民族的なことを誇りにもつことよりも、自分がその民族であることを
理解する?必要はあると思います。

うん。なるほど。
しかし、日本について疎むことも喜ぶこともさしてない君が自分が思うところの自分の民族について理解する必要があるのはどうしてなんだろう?

補足日時:2001/04/13 23:33
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そうした「新保守主義」とやらが、西洋コンプレックス丸出しの教科書を誇らしく掲げている時点で、「誇り」も何もあったものではないですね。



そもそも、「誇り」が個人(自身)ではなく、その属する組織や国家に向けられるべきという発想からしておかしい。

第一、そんな狭隘なナショナルアイデンティティの確立を目指してる場合じゃないですよ。

そういう意味では福田カズヤはまだまともな保守と言えるかな。
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この回答へのお礼

返信どうもありがとう。

>そうした「新保守主義」とやらが、西洋コンプレックス丸出しの教科書を誇らしく掲げている時点で、「誇り」も何もあったものではないですね。

まあね。実際相当へんな国ではあるよね、君たちの日本って国は。(笑)

>そもそも、「誇り」が個人(自身)ではなく、その属する組織や国家に向けられるべきという発想からしておかしい。

うん。組織や国家に向かう誇りはあり得ないとおっしゃってるのかな?
そこのところはどうだろ?

>第一、そんな狭隘なナショナルアイデンティティの確立を目指してる場合じゃないですよ。

うん。そこで君らは何を目指すべきなんだい?

お礼日時:2001/04/13 23:31

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 日本語を勉強中の中国人です。「日本人らしい」って結局本人は日本人なのでしょうか。「日本人っぽい」などの言い方もあるのでしょうか。シチュエーションによって文を作りましたが、とても自信がありません。自然な日本語に添削していただけないでしょうか。自然という基準は人それぞれで、とても難しいと思います。回答者は自分の表現が自然だと思ったら、それで良いです。よろしくお願いいたします。

1.Aさんは日本人である。

「Aさんは日本人らしい顔をしています。Aさんの顔を見ると、日本人であることがすぐ分かります。」

2.Aさんは日本人ではない。

「Aさんは中国人です。日本人らしい顔をしています。日本人とよく間違えられます。」

3.Aさんは日本人である。

「Aさんのこのしぐさは日本人らしいですね。さすが日本人です! 」

4.Aさんは日本人ではない。

「Aさんのこのしぐさは日本人らしいですね。どこで覚えてきたのでしょうか。」

 また、質問文の中には不自然な表現がありましたら、指摘していただければ大変嬉しいです。よろしくお願いいたします。

 日本語を勉強中の中国人です。「日本人らしい」って結局本人は日本人なのでしょうか。「日本人っぽい」などの言い方もあるのでしょうか。シチュエーションによって文を作りましたが、とても自信がありません。自然な日本語に添削していただけないでしょうか。自然という基準は人それぞれで、とても難しいと思います。回答者は自分の表現が自然だと思ったら、それで良いです。よろしくお願いいたします。

1.Aさんは日本人である。

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「日本人らしい」も「日本人ぽい」も「日本人的な」という非常に曖昧な表現であり、また、曖昧だからこそこの言い回しが必要になってもいるのです。

1.Aさんは日本人である。

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3.Aさんは日本人である。

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⇒ここも、このままの言葉遣いを生かすのであれば、
「Aさんのこの仕草は、いかにも日本人らしい仕草ですね。(【さすが日本人です】は、何かのコンクールとかコンテストとか競い合っているような場合はともかく、普通は必要ないかもしれません)
⇒「Aさんのこの仕草は日本人独特(特有)の仕草です」
⇒「Aさんのこの仕草は、日本人でなければ出来ない仕草です」

4.Aさんは日本人ではない。

「Aさんのこのしぐさは日本人らしいですね。どこで覚えてきたのでしょうか。」
⇒ここでも、
「Aさんのこの仕草は、いかにも日本人らしい仕草ですね。いったい何処で覚えてきたのでしょうか」とすると聞きやすいですね。
⇒ここでも「日本人ぽい」は使えます。
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★このような表現を使うときに、「顔」という言葉を、「顔つき」「目鼻立ち」と置き換えると、何処を以って日本人らしさを表しているのかが鮮明になります。

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「日本人らしい」も「日本人ぽい」も「日本人的な」という非常に曖昧な表現であり、また、曖昧だからこそこの言い回しが必要になってもいるのです。

1.Aさんは日本人である。

「Aさんは日本人らしい顔をしています。Aさんの顔を見ると、日本人であることがすぐ分かります。」
⇒「Aさんは日本人らしい顔をしています」だけでは、Aさんが日本人なのかどうかはまだわかりません。
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⇒「Aさんは日本人特有の顔つきをしています」
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やおろず神と日本版新自由主義

日本版新自由主義の特徴を考えてみると経済的合理性のみで社会と組織を分析する点にあると思います。
この「思わぬところと思わぬところが関係しているかもしれない」という意識の欠如はどこからきたのでしょうか?

個人的に思うのは
一神教においてはひとりの神が万物を制御していると考える為に、世界全体は極めて精緻で人間がうかがい知れぬという認識になり
多神教においては多数の神どうしの関係が相対的に緩やかである為に、世界の捉え方がアバウトになるのかと思っています。

例えれば、複数の学問分野を体系的にまとめて統一した仮説をたてるのは、個別学問分野の統一的仮説よりも難しいということかなと。

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Aベストアンサー

>「思わぬところと思わぬところが関係しているかもしれない」という意識の欠如

この言葉は抽象化能力の欠如の別な表現ですね。この能力のない人は、単に頭が悪いというだけです。例えばここに3冊の本と3本のバナナが在ったとして、チンパンジーにそれらの間に共通な部分があるかどうか聞いてご覧なさい。チンパンジーは共通部分がない、何故ならバナナは食べられるが、本は食べられないからと言うと思いますよ。私自身が質問者さんの主張を抽象化してみると、この主張は「日本版新自由主義の連中は、やおよろずの神という日本固有な文化が原因で、一神教の連中から比べるとチンパンジー並みになっているのだ」と言う主張をしているように思えます。

>一神教においてはひとりの神が万物を制御していると考える為に、世界全体は極めて精緻で人間がうかがい知れぬという認識になり、多神教においては多数の神どうしの関係が相対的に緩やかである為に、世界の捉え方がアバウトになるのかと思っています。

この主張に関していくらでも反例が在ると思いますが、直ぐに思い浮かぶのは、アメリカ人の物の考え方です。ご存知のようにアメリカは世界でも突出したキリスト教原理主義の国ですね。彼等の思考のナンセンスさ、バランス感覚の欠如は、しばしば芸術的です。何かの結論を導き出すときに、彼等は自分の目の前の事象を回りの事象から完全に孤立させてしまう。例えば、ある州でマリファナの取り締まりを強化する法律を作った。その結果、マリファナを未成年者に売った者は、麻薬の胴元か末端のチンピラに関係なく、25年だったか30年だったかの刑にしてしまった。そして、現にその刑の判決を受けているチンピラが何人もいます。ところが、どこかの州では12才ぐらいの女の子を強姦して殺してしまった者が10年以下の刑で釈放され、また同じような殺人を犯していることが問題になっている。まるでバランスが取れていないのですね。ある放送局の記者がマリファナに関するこの法律を通した政治家にこのバランスの欠如に関して質問をしたら、その政治家は、「今は殺人の話をしている訳ではない」と先ず話の範囲を回りの事象から完全に切り離し、麻薬の害を滔々と捲し立て、如何に自分たちの作った法律が合理的であるかを主張しておりました。

つい最近の例では、35才ぐらいのある女性が13才の男の子に自分の乳を触らせたことが訴えられ、その結果、その女性は未成年者に対する性犯罪として、終身刑を受けました。アメリカでは各州で法律が違いますから、性犯罪に関して、上の例の女の子の殺人に対する判決と比べて、これだけ開きが在ります。その女性の判決が出た裁判で彼女の弁護士が「もし彼女がその時その男の子を殺していれば30年ぐらいの刑で済んでいただろうに」と涙を流しながら裁判官に訴えていたのが印象的でした。

これらの例は、一神教で凝り固まった人達が、現象を全体として眺めつつ思わぬところで関係しているというバランス思考が出来ない、すなわち、抽象化能力が欠如した頭の悪さが露骨に出ている結果起こりえる現象だと思います。

一神教の物の見方は世界を超単純に眺めてしまう傾向があり、その結果、上の例のような馬鹿馬鹿しくて、かつ人迷惑な現象を生み出す原因になっている可能性もあります。ところが、世の中は複雑に出来ている物で、この単純さが、しばしば強力な武器になることもある。事実アメリカ人の幼稚さはヨーロッパでも評判ですが、そんな幼稚さが、若者達の向こう見ずな力を彷佛とさせるようなアメリカの底力の一因に成っているようです。

実は、私も普段から一神教の世界観が自然科学の後押しをして来たことを主張しているのですが、その西洋人の成功は、このアメリカ人の例と同列な彼等の世界観の単純さに原因が在るのではないかと考えています。

それに対して、八百万の神に代表される多神教的な発想は、始めから「多様性」の重要性を認識した世界観です。そして複雑なものを複雑なままで捉え、かつ理解しようとする。その結果、各部分を切り離すのではなく、各部分が互いに複雑に関わり合っている全体をとして捉えようとする。このような世界観で合理的な結論を下すには、大変高度な論理的思考が要求されます。長い時間を掛けてそのような訓練をされてきた日本人の間では、さすがに上のアメリカの判決を是とするような単純な連中を見付けるのは大変でしょう。

ところが、戦後この一神教的な単純な物の見方がアメリカから圧倒的な勢いで入り込んで来た。そんなことが原因で、貴方の憂えているような連中が日本にも出現して来たのかも知れませんね。

しかし、そのことを憂いている必要はないと思います。現在では自然科学でも複雑系の科学が長足な進歩を遂げており、いよいよヤオヨロズ派の出番になって来たようですから。

>「思わぬところと思わぬところが関係しているかもしれない」という意識の欠如

この言葉は抽象化能力の欠如の別な表現ですね。この能力のない人は、単に頭が悪いというだけです。例えばここに3冊の本と3本のバナナが在ったとして、チンパンジーにそれらの間に共通な部分があるかどうか聞いてご覧なさい。チンパンジーは共通部分がない、何故ならバナナは食べられるが、本は食べられないからと言うと思いますよ。私自身が質問者さんの主張を抽象化してみると、この主張は「日本版新自由主義の連中は、やおよろ...続きを読む

Q日本人と遺伝子的に遠い人種はコーカソイド系?ネグロイド系?

日本人と遺伝子的に遠い人種はコーカソイド系?ネグロイド系?

生物多様性の話を聞いてふと疑問に思いました
日本人と遺伝子的に異なる人種はどの人種になるのでしょうか?

生物学的条件に限定すれば、
多様な遺伝子を持っていた方が環境に適応しやすいということですが、
モンゴロイド系日本人と相性の良い人種ってあるんでしょうか?
(差別的な意図は全くありません)

Aベストアンサー

遺伝子は個人個人で当然異なっています。 もし、人類すべての遺伝子が同じだとすれば、世界中に同じ顔で同じ性格で、何もかも同じなワンパターンの人間しか存在しなくなります。 但し、どんな人種でも遺伝子の差はせいぜい0.012%しかないと言うのも事実です。 諸説ありますが、人類はネグロイド→コーカソイド→モンゴロイドの順に進化したと言う説もあります。 この説が正しければ、日本人から遺伝子的に一番遠いのはネグロイドと言うことになります。

Q「保守主義」とはなんですか?

「保守主義」という政治思想について、いまいちよくわかりません・・・

保守主義、保守思想、というのは政治思想を語るときによく聞く言葉だと思うのですが、自民党も確か長い間保守政党みたいに言われてたんですよね?そういうのもあって割と多くの人に支持されている思想のように見受けられるのですが…

どうもよく分からないんですけど、今までの歴史の中で培われてきたもの、伝統的なものを大事にするとか、そのまま継承するとか、そういう考え方ですよね?今までのものを引き継ぐだけならそれこそたいして頭良くない人でも政治家勤まりそうだし…(実際日本の政治家は人間関係の調整能力だけで勤まるとか蔭口は言われていると思いますが。)

先日、保守の論客として知られる西部すすむ(漢字が出てきません。)氏の本を読んでいて、全体の内容としては大変面白かったのですが、氏が自分の思想の核心的なことを語る段においては、やっぱり良く分からんな~と思わざるを得ませんでした。大体大学教授とか評論家みたいな知的エリートの人が語る割には、全然論理的に聞こえません。伝統を大事にしたいなら、その辺の町の長老みたいな人が「伝統を大事にせんといかんぞ~」というのと変わらない気がします。何で知的エリートの人が語る必要があるのでしょうか?学問としてはバークと言う人が有名だと思うので、そういうのも含め今度時間があるときに読んでみたいな、とは思うのですが。

最近では小林よしのり氏もおそらく保守論客なのではないでしょうか?

社会に何らかの問題が大きく膨らんできているときに、改革を唱えたがる政治家や評論家が出てくるのは自然、当然なことだと思うのです。そういう人の気持ちは私は分るつもりです。結果がどうなるかは別として。しかしこういう保守思想の人たちは、常に改革と名のつくものは、社会の邪魔もの、不要物みたいにみなすらしいのです。そこがどうしてもわかりません。社会問題が大きくなっているときに、伝統に従いながらゆっくり解決ゆっくり解決、とやっていては、その問題に潰されて人生狂わされる人も増えると思うのです。

経済においても、ケインズが正しいか、ハイエクが正しいかではなく、その時の状況はケインズ的な状況か、ハイエク的な状況か、と、状況に合わせて経済思想を使い分けることが正しいやり方だそうですが、政治思想についても、その時の状況に合わせて、保守で良い時は保守、改革が必要な時は改革と、使い分けるのが正しいのではないでしょうか?

「保守主義」という政治思想について、いまいちよくわかりません・・・

保守主義、保守思想、というのは政治思想を語るときによく聞く言葉だと思うのですが、自民党も確か長い間保守政党みたいに言われてたんですよね?そういうのもあって割と多くの人に支持されている思想のように見受けられるのですが…

どうもよく分からないんですけど、今までの歴史の中で培われてきたもの、伝統的なものを大事にするとか、そのまま継承するとか、そういう考え方ですよね?今までのものを引き継ぐだけならそれこそたいして...続きを読む

Aベストアンサー

保守と革新というのは、文脈や使った人の意図などで変わってきます。
特に、政治の話となればその時代、その地域の事情によって変わっていくので一定の定義は無いともいえます。

保守主義という言葉が現れたのは、18世紀の英国の政治家エドマンド・バーク(Edmund Burke)という人が、『フランス革命に関する省察(以下、省察と略)』という冊子を作った事から始まるとする説が普通です。
彼は「保守主義の父」であり、『省察』は保守主義者の聖書ともなっています。
彼が『省察』を書いた背景には、フランス革命があります。
「フランス革命」によって半ば強引に王政が倒され、フランスは共和制へと移行しました。
しかし、その急激な変化には暴力が伴うなど、マイナス点も多くありました。
そうしたマイナス面を指摘しつつ、「人間のあらゆる制度の基礎」を「歴史」に置き、長い時間をかけてゆっくりと培われたモノだけが永続性を持つと主張しました。
保守主義は決して変化を拒絶するのではなく、変化は歴史の流れに逆らわず、しかし斬新的に改革されながら国が続いていくとしました。
具体的には、法の支配・王室の血縁による相続・私有財産の保持・伝統、慣習の存続・保守と修正の二原理 などを主張しました。
これが近代保守主義の伝統的な考え方となりました。

しかし、文脈や使う人の意図によって微妙にブレがあるので、一概に「○○こそが保守だ!」というのは、なかなか難しい問題です。
それでも、強引に定義すると、「社会主義・共産主義」を掲げる方を「革新党」、「自由主義・資本主義」を掲げる方が「保守党」なります。
また、「革新」は「コスモ・ポリタン的」な主張をし、「保守」は「国粋主義的」な主張を行います。
因みに、この定義に従えば、民主党も「保守政党」という事になります。
とはいえ、日本国内事情では「自民党=保守政党」「民主党=革新政党」と位置づけられている面があります。
しかし、きれいに「保守政党」と「革新政党」という風に分かれておらず、自民党・民主党にもそれぞれ一定数の「保守派」と「革新派」が混じり合っています。(自民党も民主党も、所詮は利害関係で結ばれた烏合の衆です)


>経済においても、ケインズが正しいか、ハイエクが正しいかではなく、その時の状況はケインズ的な状況か、ハイエク的な状況か、と、状況に合わせて経済思想を使い分けることが正しいやり方だそうですが、政治思想についても、その時の状況に合わせて、保守で良い時は保守、改革が必要な時は改革と、使い分けるのが正しいのではないでしょうか?

ルネサンス期の政治思想家のマキァヴェッリは、『君主論』にて君主に必要な要素として、運命(フォルトゥーナ)と力量(ヴィルトゥー)に次いで「時代性(ネチェシタ)」が重要だと説いています。
運命に恵まれた賢明な力量のある君主でも、彼の「性質」が時代とそぐわないものになると滅亡してしまう。
なので、時代性に合うように自分を変えていかなければならない。
これは、現在の政治にも言えることかもしれません。
また、マキァヴェッリは君主という個人について説いていますが、現代民主主義では「君主」を「政党」に置き換えると良いかもしれませんね。
つまり、一方に「保守政党」があり、もう一方に「革新政党」がある。
主権者である国民は、時代に応じて「保守政党」と「革新政党」を使い分ける。(つまり、政権交代させる)
二大政党制も、そういったことを念頭に置いてる考え方ですしね。
ただ日本の場合、思想と政党が=で括れるように政界再編は必須でしょうけど。

ではでは、参考になれば幸いです。

保守と革新というのは、文脈や使った人の意図などで変わってきます。
特に、政治の話となればその時代、その地域の事情によって変わっていくので一定の定義は無いともいえます。

保守主義という言葉が現れたのは、18世紀の英国の政治家エドマンド・バーク(Edmund Burke)という人が、『フランス革命に関する省察(以下、省察と略)』という冊子を作った事から始まるとする説が普通です。
彼は「保守主義の父」であり、『省察』は保守主義者の聖書ともなっています。
彼が『省察』を書いた背景には、フランス革命...続きを読む

Q海外の反応のサイトについて

海外の反応というサイトがうさんくささを感じます。
誰もが日本人を称賛してますよね?
ヨーロッパの人もアメリカ人も。
あれは管理人がネトウヨで自分に都合のよい
コメントのみを選択していると思うのですが
みなさんはどう思われますか?

あんなサイトばかり増えてるので
今はマスコミと同じくらいにネットの情報も
信じられないですね

Aベストアンサー

ネットなんて自分に自信のないエセ右翼ばっかりですから気にしない方がいいですよ。正直僕も毎回そういうのをテレビやネットで見てこの国はもうダメなんだろうな思うことも多いです。

Q資本主義、共産主義、次は何主義?

資本主義も共産主義も問題が多いです。もっと良い主義はないのでしょうか?

考えたことありませんか?

資本主義も修正し共産主義も修正し人口爆発、資源の争奪戦をやてますが

何か・・・ボランティア主義?世界宗教?の様な 新しい思想はないものでしょうか?

僕は存在性思想を掲げましたが 桜咲かず 梅咲かず

何か良い主義ありませんか?

ちなみに当方病人のため、要点を教えて下さると有難いですm(_ _)m

Aベストアンサー

共存共栄を願う、win-winのを目指すサナダムシイズムでしょうか。

日本周辺の海に住み、最終宿主が人間であるサナダムシは、
宿主さまから栄養のお余りをいただく代わりに、
宿主さまがガンやアレルギーなどにならないような化学物質を作り、ひそかに宿主さまの健康を守っていた。陰ながら健康に貢献させていただいていた。
宿主さまに死なれると自分もともに死ななければならないので、長い進化の過程でこのようなwin-winの関係が構築された。

このサナダムシの活動を見倣おうというのがサナダムシイズムです。
あくまで控え目で謙虚に、そして、宿主さまへの感謝の念を忘れない。

実際の人間⇔サナダムシの関係は宿主⇔寄生虫の固定的な関係ですけれども、
人間社会においては、時に、宿主がサナダムシになり、サナダムシが宿主になったりと、その都度、その役割を変えますがね。宿主とサナダムシの役割は流動的であり、同時に流動的でなければならない。固定的になってはいけない。


ちなみに、西洋の海に住むサナダムシは凶暴で宿主から栄養を一方的に搾取して宿主を劇ヤセさせたり、宿主に様々な健康障害をもたらします。
西洋のものは、思想、原理・原則だけではなく、サナダムシまで凶暴なんですよ。
Win-Winの関係を目指したりしない。
そこにあるのは一方的な搾取であり、相手を根絶やしてまでも自身の利益や正義(?)のみを追求しようとする貪欲で非情な論理。

共存共栄を願う、win-winのを目指すサナダムシイズムでしょうか。

日本周辺の海に住み、最終宿主が人間であるサナダムシは、
宿主さまから栄養のお余りをいただく代わりに、
宿主さまがガンやアレルギーなどにならないような化学物質を作り、ひそかに宿主さまの健康を守っていた。陰ながら健康に貢献させていただいていた。
宿主さまに死なれると自分もともに死ななければならないので、長い進化の過程でこのようなwin-winの関係が構築された。

このサナダムシの活動を見倣おうというのがサナダムシイズムです。...続きを読む

Q日本人が英語が苦手な原因の一つとシャドーイングについて

日本人が英語が苦手な原因の一つとシャドーイングについて

現在海外に留学中で、普段のコミュニケーションは英語で行っているものですが、
留学して日本人が英語が苦手な原因の一つに気づきました。
それは日本人の話す速度が他の国に比べて格段に遅いということです。
普段の会話のスピードを聞いていても海外の人の話す速度が
日本人にとってめちゃくちゃ早く感じるのは、日本人が日本語で話す速度が遅いために
感じるのではないかと思うようになりました。
そのため、英語の学習法の一つにシャドーイングという方法がありますが、あの方法は
もともと喋る速度が遅い日本人にとって、ナンセンスなんじゃないかとも思うようになりました。
みなさんはこの意見に関してどう思いますか?

Aベストアンサー

日本人が喋るスピードが遅いのは、日本語の習慣で、全ての子音の後に母音を補って発音しようとするからです。

例えばbuildingは英語では2音節ですが、日本人が発音すると「ビ・ル・ディ・ン・グ」で5音節になってしまうので、単純に考えても2.5倍の長さがかかってしまうことになります。
 
日本式の発音を止めれば、日本人でも英語を喋るスピードは速くなると思いますよ。
シャドーイングは日本式の発音をしていたらついていけないので、英語の話すスピードをあげる訓練にはもってこいだと思いますけれど・・・
 

 

Q日本人としての誇り

日本は他国と比べ、非常に崇高な文化・心を持っていると考えています。
(愛国心ゆえかもしれないが)

そこで質問です。

皆様は、日本人として生まれたことに、誇りを持っていますか?

私は持っています。

武士道精神の発祥の地に生を受け、日々、何かに目を向けることの出来る国に生まれ、良かったと思います。

Aベストアンサー

常に意識しているわけではありませんが、日本人としての誇りは持っているつもりです。


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