僕は22歳でナイナイ大好きです。なぜPTA等はお笑いがいじめになると言うのでしょう?僕から見れば毎週やっている殺人事件の方が深刻ではないかと思います。
テレビやマンガでゲ-ムのように推理をしている。そして本や映画では警察の捜査のやり方をばらしている。犯人が捕まりにくくなっている原因の一因では?またすぐに殺人が起きてしまうのはこういう擬似的な殺人に慣れてしまったからではないですか?
お笑いが無い社会を考えてみてください。なぜ生きているのか考えませんか?
はっきり言って僕はお笑いを非難している親は、自分の楽しみにしているドラマを無くされたくない(もしくは自分は影響を受けないと思っている。しかしなぜ殺人ドラマだけは影響を与えないといえるのか?)から非難しないのだと思います。
人の楽しみは社会正義を理由に奪っておいて、自分の楽しみに問題提起しない人たちが何で子供を教育できるのでしょうか?
こんな状態になぜ非難が行かないのですか?こんな矛盾にみんな気が付かないのですか?幅広い年齢の方のご意見を聞きたいです。

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A 回答 (19件中1~10件)

私は、まだ学生で、議論に値しないと思われるかもしれないので、統計を取ってある「常識のウソ」からほぼ


引用した回答にします。(私の思ったとおりの答えですが)テレビや小説の殺人シーンは確かに良いとはいえません。でも、私に言わせて貰えば、それは、ただ、
テレビや小説に責任転嫁しているだけです。(もちろん
そう思わているかもしれませんが)それと、お笑いの
件ですが、この頃、やりすぎの気がしてなりません。
でもそれもこれも、責任をテレビに擦り付けたとしか私には思えません。子供はそんなに馬鹿ではありません。
私は、5歳から可愛良くない子でした。
それと、ここから引用しますが、本当は、30代までは、あのコンクリート詰めじけんの(1989年)以降、少年犯罪は増えていません。もちろん、凶悪化はしていますが。むしろ、50代60代は殺人率は5060の人のうち
10%と多いです。3人に1人は自殺もしています。
(2002年の統計ですが、ゴメンナサイ、古いかもしれません)少年犯罪は、バブルの時がピーク。景気のいいときのほうが高いのです。
そう30代までは、世界で1番優しくて音楽が好きな民族なのです。それから、テレビより残酷な事をされても、
やらない人は大勢います。虐待されても、30%の人しか
しません。(心理学の授業より引用しました)
結論は、確かにいじめには関係あるかもしれませんが、しょせんテレビなのに、それを体裁を考えて、
(もしくは、テレビに罪をなすりつけるのは)結局は、
自分の罪を軽くしたいと考えているだけの事です。
質問者様のように、確かに理想はそうですが、
私も賛同したいところですが、本当は、そういう人は、罪や非難から
逃れたいだけの一心だということを、きづかれる事を
願っております。
しかし、ただ、日本は、昔より、弱者に優しくなっているいいほうに向かっている事だけ、最後に付け加えておきます。そして、これは、あくまで私の予想ですが、
日本は、間接差別も法律で規制されたので、良い方向に向かうと思います。
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お笑いというのは普通とは逆のことをやって人気を得る商売だと思います。


例えば、わざと禁句である下品なことを言うなどして。
それゆえに多くの人が不愉快に思ったり、やりすぎだと思うのだと思います。
笑いは必要ですが、分度を超えたものはやはりだめだと思います。
殺人事件に関してですが、おっしゃることはかなり当たっていると個人的には思いますが、あなたくらいの年齢なら、例えば、殺人ドラマが視聴者どのような影響を与えているかを研究してみるのもいいと思います。
研究せずに、仮説でしかない意見を述べていても、推測の域を出ず前にも進まないと思います。
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以前、ここでちょっと書かせてもらった者です。

みなさんの意見大変勉強になりました。
今回また書かせてもらいます。

私は規制しろといったつもりはありません。ですが、TVに流している以上、なんらかの制限が必要だと思ったので、前回あのような文章を書きました。
うまく伝えられなくてごめんなさい。

確かにお笑いがない世界は嫌ですね。ですが、今現在TVで流れているものの大半が生理的にだめです。やはり、2歳の娘には自分から見るといわない限り、見せられません。

小さい頃に見た怖いもの、今でも覚えてる方、いませんか?
私は死神の格好をした人がいまでも夢に出てきます。
それは話にしてしまえば笑い話なんでしょうが、小さい頃に見たバラエティ番組のなかで、タレントさんのどなたかが演じて(記憶があいまいでごめんなさい)いたものです。そのときは笑ってみていたのかもしれません。でも、いまでもそれを夢に見ると恐怖で目が覚めます。
幼児期に見たもので、恐怖心を感じる時、心になんらかの影響があると聞いたことがあります。それを聞いてから、娘といるとき、TVはなるべく怖い映像がでないようなものを選ぶようになりました。

もう少し大きくなったら分かるときが来るでしょう。そのときまで待つつもりです。

私のところのコメントに「はなせばよいこと」と書かれましたね。2歳じゃ全部は理解できませんよ・・・(分かってくれるのなら嬉しいけど。しつけるのが楽になるから(笑))

親のしつけがどうのと皆さん書かれていましたね。
あまりにも果てしない問題ですよ、それは。ひとつひとつの家庭に入りこんでいく訳にもいかないし。
社会問題という感じもしますが、どうしたらいいかなんて、誰が答えを出せましょうか。誰も分からないから、こんな社会なのでは?


なんだかみなさんの意見やyasutoさんのコメント読んでると、たくさんの問題ばかりでてきて、本来の質問からかなり遠ざかってしまいましたね(笑)
最後には子供のしつけの理想論になってしまいますし。
(それは私か。ごめんなさい)


あ~、でも本当に勉強になりました。これからの子育てにも活かしていきたいです。ありがとうございました。

そうだ。ここに来るのは最後にするつもりなんで、ちょっと書き足りないこと、書かせてください。
yasutoさんがいつか、子供の親になったとき、ここで仰っていたコト、実践できますか?人は思っていることと実際やることが違う場合もありますからねぇ。
(正直、コメント、痛かったです。最後にちょっといやみ言わせてください。私、あなたのコメント読んで、かなり悩んだんだから(笑))
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この回答へのお礼

こんにちは。また投稿してくださってありがとうございます。
僕の意見はもう書いてあるとうりなので、あえて投稿にお礼をしていません。
自由に発言してもらうためにこれからもなるべく発言はやめようと思います。


さて最後に書かれていた事ですが、当然話し合いに持っていきますよ。
僕の親はすごく普通(?)なので、茶髪は馬鹿だ、大学は卒業してくれなど言われました。
今行っている音楽学校も入る時は反対されました(親戚一同からも)。
で、僕は東大生(親が言う頭の良い人)でも茶髪(親の言う馬鹿な人)はいるぞ!と言いました。
親でも人間ですから視野が狭くなる事があって当たり前だと思いますし、今ではとりあえず音楽を認めてくれています。

これがあり、僕が親になった時子供がここまで熱く言ってきたら全面的バックアップをしてあげようと思います。
ただ2歳はどおなんですかね-(笑)?どれぐらいの大きさか分からないし。
でも当たり前なこと(公共施設で騒がない、順番は守る、挨拶はする)はしつけます。これに「嫌だ」と言うのは意見ではないですからね。社会で生きる為のル-ルとしてしつけます。
 
僕はいつも思うのですが、小学校でミニ裁判を授業としてやれば良いと思います。
例えば「A君がBさんをたたいた」なら「A君を検察、BさんをA君の弁護士」または普通に「A君が被告でC君が弁護をする」みたいにクラス全員が見ている前で模擬裁判をしたら、子供の視野(価値観)が広がると思います。PTAの人どおですか?
子供の単純だからこそ鋭い指摘を甘く見てはいけません(笑)!

お礼日時:2001/05/10 21:17

わたしは昔いじめられてました。


でも、お笑い番組がいじめにかかわっているだなんて思ってません。

むしろ、私は復讐のために推理小説のネタを利用しようか、と思ったことがあります。

推理小説や、ミステリードラマが悪影響を与えているのは確かでしょう。

どうやら、物語と現実の区別がつかない人間が氾濫しているようですね。

ところで、一概に、お笑い系から会といじめとの境界線が引きにくいことは確かです。

お笑い気分でやった行動が、別の人に不快感をもたらすことはある、というのが実情です。

引かせることは今後の大人の役割でしょう。

もちろん、物語と現実の境界線を引かせるのも大人の役目だ十枚ます。
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 こんにちは、23歳男性です。

私は生理的にこの手のバラエティーは嫌いです。見てて、笑えるというより、痛々しくて見てられない、というのが本音ですね。特に「しり○り侍」のほうの番組は全体的に痛々しくて嫌ですね。例えば、たらいが頭に落ちるコーナーとか。本当に見ててどこが面白いのか。むしろ、怒りすら感じます。「腹の底から笑える」という言葉は死語となってしまったのでしょうか。ただ、これがdirectにいじめに直結するかは疑問でしょうな。でも、中学生でも凶悪犯罪を行うこのご時世、直接ではないにしろ、間接的に引き金になる要素としては否めませんな。
 昔、某二枚目俳優が主演したドラマで、その俳優がドラマの中でバタフライナイフをもっていたのを見てかっこいいと思い、中学生が先生を学校内で刺し殺した、という事件がありましたね。そのとき、このドラマとバタフライナイフが標的されたのは記憶に新しいですが、これは極端かもしれないけれども、難しい問題だね。
 根本は親の管理不十分、もっといえば怠慢でしょう。憂えるべき浮世かな。
 脱線してしまいましたが、私のコメントをさせていただきました。
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 既に多数のご意見が出ていますので、いきなり話が逸れないよう(笑)、まずは質問の本題を忘れないよう、下記の通り区切りながら意見を述べさせて頂きます。


(1)「お笑い」はいじめ・暴力を「助長」するか
(2)不謹慎な報道やドラマ等は「助長」しないのか
(3)PTA(親)は何故、お笑いを非難し、報道・ドラマを非難しないのか
(4)まとめ(と言うかここで大きく話が脱線する恐れあり)

(1)「お笑い」と言うと落語、漫才、数々のパフォーマンスも含め非常に多種多様になりますが、この場合問題なのはある種の「バラエティー番組」ですよね。「助長」する恐れは十分あると思います。と言うか「危惧」せざるを得ないですね。内容に「いじめ・暴力」を扱っているのが原因では無く、それを笑い物にしているのが問題です。確かに当の芸人はイジメられてなんぼですが、視聴者を参加させる事も多く、それを会場・スタジオ内ですべてひっくるめて「笑い」で納めてしまい、それを放送するのが問題だと思います。つまり、一旦番組であたかも「これはおもしろいでしょ?別に悪くないんですよ」と結論付けられたことが放送されますので、躾や教育が十分にされていない無防備な視聴者にすると、笑って済んでしまうその内容がそのまま「擦り込まれ」て、善悪の区別がつかなくなる恐れは十分にあると思います。
(2)ドラマや映画等も確かに助長する恐れはありますが、あくまで視聴者の受け止め方に委ねられていると言う点で(1)と大きく違うと思います。しかも物語上(2時間サスペンスは一寸・?・ですが)そう言うシーンが「必要」であることが多いと言えます。但し、興味本位の報道(特に民放)は考えを「誘導」する事が多く、同じ内容の繰り返しが多いので(1)同様、悪影響は多いと思います。
(3)皆様も仰っていますが、単に放送時間帯の関係もあります。又「子供」はパラエティーしか見ないことが多いですので。但し、PTA等が抗議する場合、特定のお笑い番組も多いですが、不必要な過激な暴力・差別・性表現を「全体的に」メディアに自粛するよう抗議する事も多いです。

(4)個人的に言って、抗議するのは筋違いだと思います。格好良く言えば、親は子供の躾・教育を放棄し、その責任を社会に責任転嫁していると言えます。問題は、テレビを見る子供が物事の「善悪を見極める能力」があるな否かです。そう言う能力のある人間に育てるのが、親の義務です。当然、学校や地域社会にも望まれますが、自分の子供が教師や他の大人に叱られて親が抗議するようでは・・・・。只、民放のレベルの低さも私は気になります。法律等によるメディアの規制はすべきではないと思いますが、最近の話題で名前を覚えていませんが、根拠は違いますが政府こう言う動きがありましたよね、でマスコミ各社は抗議をしましたが、ある程度「自業自得」感は否めません。「自主規制」ってとこで決着して欲しいですけど。
勿論、規制がかかるとどんなメディアもつまらない物になるでしょう。禁止なんてされたら先にも申しましたが、大阪(関西)は「独立」しなっくちゃなりません(笑)。しかし最近の民放は少々悪ノリしていて、しかもまだ悪い方に突き進んでいるというのが私の実感です。
 nakaGさんの仰る諸外国の差別・いじめネタのお笑い。私も好きですし、nakaGさんに同意申し上げます。ですが日本に置き換えてみると、まだそれほど成熟していないと言えるかと思います。私は比較的在日朝鮮・韓国人に知り合いが多い方ですが、オチ(ギャグ)として「だから朝鮮人はあかんねん!」(無論、その逆もアリ)と大声で言える世の中がはよ来んかなって話したことがあります。
(誤解の無いように補足しますが、このオチは日本人では思いも付かない画期的又はおバカな発想がイヒ!となった時などに使用)
 私の年代では、小学生の頃「ドリフの全員集合!」ってのがあり、超人気のこの番組こそPTAの非難の常連でした。あるコントで、メンバーが背中に発泡スチロールを仕込み、包丁で背中を刺し合うって言うシーンがありました。今だったら、さすがの民放も放送しないでしょう。私は、強烈に印象に残ってます。おもしろかったのでは無く、「あほなことすんな。こわいからやめんかい!」って強く思ったからです。

善悪の区別、そんな堅苦しい言葉ではなく「これをやったら、どうなるか」と言う想像力・イマジネーションが大切だと思います(目新しい意見ではないですが)。
 これは私見と言うより偏見に近いでしょうが、私はジャンルとしてホラ-・オカルト映画が好きな人が信じられません。私はイマジネーションを働かしてしまい(笑)、バカバカしい話でも怖くって怖くって仕方ないです。ある時、ホラー好きの知人に「怖くないか?」と尋ねました。こう答えてくれました「怖い?あほか、あんなもん作り事やんけ。いっこも怖いことあるかい」。私には、この考えの方が物凄く「怖い」です。

長々と失礼致しましたが、まあこう言う意見もあるってところで。

・・大体、辻褄合ってますよね(笑)・・・・
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
さすがに温めていた分長いですね-(笑)。
以前ニュ-ス番組でアメリカで朝鮮の人たちをネタにした日本の芸人の特集を見た覚えがあります。かなり過激だった覚えがありますが、僕には差別には受け取れなかったです。
やはり子供たちに一つの事柄を色んな角度から見えるように体験させるのが良いですね。どっかの小学校ででやってませんでしたっけ、擬似裁判みたいなの?

お礼日時:2001/04/14 14:06

 お笑いがいじめの原因にならないとか、TVや映画の影響で犯罪は起こらないと云う意見がありますが、はっきり言ってそれは間違いです。

これは社会学でも古典的なものから最近のものまで統計的に立証されています。子供達が99の番組を見て、遊びに取り入れ、弱い子を集中的にいじめる光景は容易に想像できます。子供が無垢で純粋と云う幻想は現実的ではありません。子供が意外に狡猾で残酷だと云うことも受け入れるべきです。ただそれだけが原因ではないことが重要なのです。

 むかし(1960年代前半)、暴力がいけないとか、刃物は危険だとかの意見が強くなり、NHKなどではチャンバラのない剣劇物のドラマとかがありました。学校で刃物を禁止したので、鉛筆が研げない子供が増えました。
 子供達が日常的に殴り合いの喧嘩をしなくなったので、いざ暴力が暴走し始めると殺すまで進む事件が増えました。

 これは、寄生虫を駆除し尽くした為に花粉症が増えた現象に似ています。

 前にも言いましたように、差別、いじめは人間の根源的な欲望です。差別・いじめを笑いにしたものは各国にあります。ただ笑いにすることによって、差別・いじめを下らない物にしてしまう効果があります。

 昔のガキ大将は、弱い子や不具の子を守ることによって他の信頼も得ていました。その代わり腕力の伯仲した子はボコボコにしていました。逆説的に差別をしていた訳です。

 今のいじめが、絶望的なのは、親の社会の反映だからです。親がそれらを矯正する構造に立っていないので、是正のしようがない。

・・・・・・・・う! これを書いている間に焼酎が進みすぎました。ながくなったし、もう寝ます。スイマセン!
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この回答へのお礼

再度の投稿ありがとうございます。
ご意見をうかがっていると性悪説の方かなと思います(そおですよね?)。
僕も性悪説の立場なんですが、性悪説は法律で規制しなければならないという方向に走りがちなんで悩みます。
この矛盾(子供は悪(純粋)なのに規制はしたくない)をどう解決させるかですね。上手く表現できてませんが、一人一人意識をそこに持つというのが僕の今の精一杯の考えです。
注釈がありましたら又お願いします。

お礼日時:2001/04/14 09:53

15歳女です。


お笑い規制は、増える少年犯罪やいじめの理由付けをしたくて、とりあえず目の前に転がっている”それっぽいもの”に蓋をしてみよう、ということではないでしょうか。
私は、お笑い芸人にそんなに影響力があるとも思えないのですが…。親の言葉遣いや教師の発言の方が、よっぽど子どもに大きな影響を与えると思います。
ちなみに、私はお笑いは好きじゃありません。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
レアな意見です。僕は親と先生の矛盾を突きまっくっていました(笑)。
今思えば生意気なガキでしたが、そんなに突っ込まれる人たちもどおなんだとおもいます。

お礼日時:2001/04/14 00:02

小学生と保育園児のワーキングマザーです。




私は、テレビの影響で、子供が非行に走ったり、いじめたりすることはないと思っています。
ナイナイは面白いこともしてるし、基本的に大阪人なので関西弁の笑いは大好きです。
2時間ドラマは、私の好みでないから見ないだけです。
連続幼女誘拐事件で18歳未満がだめになったスプラッターなどが随分ありましたが、良かったわ、私大人で、と思ったものです。
面白いものは面白く、つまらないものはつまらないです。
ただ、子供達が「恐い」と言ったら消します。←スプラッターでなく、普通のドラマ等で人が殺されるとか。
子供を怖がらせてまで、テレビ見たくありません。
他の方が回答されてましたが、ビデオに録って、子供のいない時に見てます。
ビートたけしさんも、以前「テレビタックル」で言ってましたが、いじめられる芸人さんは、あれで稼いでいるので、いじめられてなんぼのものだそうです。
背が低いとか、太っているとか、頭髪が薄い、と言うのも、その人の特徴として使えるので、それを売りにしているお笑いの人もいっぱいいます。
それとは別に、友達やよその人に傷つけることを言うのはいけない、と子供達には教えているのですから、テレビはテレビ、現実は現実と、全て子供達は受け止めています。
仮面ライダークウガ、アギトと、残酷だ、子供向きでない、と言った批判を聞きました。
私は特撮ものは大好きで、子供達とリアルタイムで見た後、ビデオにも録って後から1人でも見ています。
たとえばクウガなど、残酷かもしれませんが、今笑っていた女子高生が未確認に殺害されたり、お世話になった人が未確認に殺されたと泣いている人が出たり、人の命の大切さをとても感じる部分が多かったです。
残酷なシーンをそのまま見せっぱなしにせず、子供達には一言「お姉さん死んじゃったね」「人を殺してゲームやなんて、嫌な奴らやね」と声かけたりもしました。
もう、子供への悪影響を考えていたら、テレビも映画も、本も大人の会話も、何もかも引っかかってくると思います。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
こちらも熱い意見ですね!
ほんと何もかにも引っかかると思います。
ちゃんと対話のできる親は良いですね。

お礼日時:2001/04/14 00:18

なんだか質問回答ではなく討論の域に達してますね(^^;



さてはて、このような疑問は昔の「マンガを読む奴は馬鹿になる」とかに似てますね。果たしてそれが正しいかどうかは議論しませんが(^^;

それはともかく、いじめとメディアもしくはお笑いに関する考察ですね(^^;

私個人の意見としては「短絡的である」と言ったところでしょうか。実際、ある事象が生じたとき、ただ一つのことが要因でその事象が発生するわけではありません。「いじめはなぜ起こるのか。なぜなくならないのか」この問題に対しても同様のことが言えるでしょう。「お笑いが悪影響だ」=「お笑いをなくせばいじめがなくなる」とは誰も考えてないでしょう。

理想論を言うなら、yasutoさんが「いじめ対策」として提案されている。「各親が責任を持って自分の子供に教育を施す」と言うことですが、まず不可能でしょう。理想論過ぎます。もちろん、それが出来るならまさに理想です。しかし、「すべての親」にそれを徹底させることが出来なければいじめはなくならないでしょう。
まあ、各親が責任を持って子育てをすることが当然であると言う気風を高めていけば理想には近づくと思いますが、今現在は(本当に残念なことに)無理です。

とすると、”取り敢えずの処置”として「悪影響」と思われるものを除去するという対応がとられるわけです。

ここで「人をどつき倒して笑いをとる」「人をけなして笑いをとる」と言うことをメディアで流すことによる悪影響があるのではないかという問題が上げられるのですが、ここでは論議の対象にしようとは思いません。
悪影響があるかないかという統計を見たことがない(たぶん存在しないんじゃないかな?)ため、そのようなデータのない状態での論議は感情論的になりすぎ、理論的解釈がしにくいからです。
現在のこの討論も感情論に走っているきらいがあるように思います。(とはいえ、感情論も時には必要ですが)

どちらかは分かりませんが「お笑い」は悪影響を及ぼすと仮定して話を進めていきます。

ここで「お笑い」と「他のメディア」についての論議です。どちらが悪影響か……どれも悪いです……という言い方も出来ます。「お笑い」はもちろん「他のメディア」に関しても一部の子供が見てそれを実践しようとしたらダメなわけです。
その立場で極論を言うと全メディア停止しろ、とかになります。
ただ、生活の利便というものがありますからそれとの兼ね合いになってるだけです。
「お笑い」と「他のメディア」を比較したとき「お笑い」が非難されるのは「お笑い」の比重が軽く見られているためです。お笑いがなくても生活の利便は損なわれないと一般社会に於いて思われているのでしょう。
yasutoさんは「お笑い」の比重が軽く見られていることに腹を立てているだけでしょう。それはお笑い好きの人にとっては怒るに値することでしょう。

話は変わって、子供への情報規制について強い反発があるようですが……
例えば、殺人現場があったとして子供にそれを見せますか?
子供にトラウマが出来たらどうするんですか?
と言う問題と一緒です。
つまり、「自分の子供にはまっすぐに成長して欲しい」と願う親心ととれませんか?
(メディア封鎖にかんするデメリットについては分かっているようなので反対意見のみを述べています)

さて、答えになったでしょうか?
なるべく、客観的に述べてみたつもりですがお役に立てれば幸いです。

・ちょっと気になったので討論の際の注意点を少しばかり

討論するときは極論を言いつつ、心の片隅で冷静な(客観的な)自分がいるような状態でいると相手の言葉も素直に聞けます。
自分の意見を持つことは良いことですがそれが絶対正しいとは限りませんからね。
相手をつぶしにかかっちゃダメですよ(^^;
(反対意見に対してそのような対応をしているように感じたので不躾ながら言わせてもらいました)

後、問題は何が問題なのかを細分化して考えた方が問題の早期解決が望めます。
(なにかいろいろな問題がごっちゃになっているのを感じたので)

・最後に極論を一つ

大人だって人間さ。間違いは犯すし、人間なんだから結局自己中なのもしょうがないさ。ただ、経験が多いだけの人間なのさ。
子供だって人間さ。大人と同じ人間さ。ただ、経験が少ないだけなのさ。
「大人だから」「子供だから」なんて言葉、愚かの極みなのさ。

などと曰ってみたり(^~^)

それではこの辺で
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
かなり悶々としていた内容を質問として出したため、熱く答えていました(笑)。
ご指摘の通り皆さんにもっと自由に発言してもらえる様にします。

殺人現場を見せるかどうかは、僕も見せないでしょう。
その境界線は難しい所です。
あと物事を大きく見ていてとても共感できますが、悪く言えば関係無いと言っている様にも聞こえて(余り過激にならない様に言いますが...)。
違う事柄なら僕もこんな意見は多々あります。しかし問題定義した者としてはやはり...(つぶす気は無いんだが...)。

お礼日時:2001/04/13 23:56

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http://www.japan-karaoke.com/05hakusyo/p1.html
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なんか子育てに力が入ってないな。と思います。
親自身、たいして自分を成長させたいとか、偉くなりたいとか、一度きりの人生だから大きなことをしたい、などとは思わない性格のようです。そんな向上心のない消極的な親から学ぶことはないです。親の背中から学ぶことって私の場合本当にないんです。

高い知的水準、すばらしい人間性、豊かな経験、しっかりした人生哲学を持つ親がうちに居れば、私も日々学ぶことだらけで、さぞかし成長できるのではないかと思い悔しいです。

教育熱心な親に育てられた一流大の人間がうらやましくて仕方ないです。

皆さんの親はどうですか?
教育熱心ですか?
野心はありますか?
親から学ぶことってありますか?

一流大学に入るような人間はやはり親が高学歴だったり、教育熱心だったりすると聞きます。

私は地方国立大の人間です。(偏差値たぶん国立大の中でいちばん低いです)

うちの親は、あんまり活動的でも積極的でも野心的でもなく、仕事から帰ったらテレビ見るくらいしか趣味がない人間です。

なので、私を塾に行かせるのも中学生のときからで、子供のころにこれといった教育を受けた覚えはないです。
大学受験の時も、いい大学に入ることがどれだけ就職や入社後の昇進で有利になるかを説いて聞かせたこと...続きを読む

Aベストアンサー

一流大学に行くのは やはり自分のやる気次第ではないのでしょうか? 経済面もあると思いますが…

私の親も全然教育熱心ではありませんよ
逆にその環境を生かして自分のやりたい事を見つける事も出来ると思います

親から学ぶことは
無いと言ったら無いかも知れませんが
自分はこうならないようにしようとか色々考えさせられてます。

質問者様も前向きに頑張って下さい

Q多様化した日本社会におけるコミュニケーションとは?

「多様化」した日本社会における,コミュニケーションの「あり方」

1990年代より,日本社会は急速な多様化の時代に突入しました。

労働力の確保として来日した外国出身者,日本人配偶者として来日した外国出身者,さらには,彼ら彼女らの子供たちである,外国につながる子供たち,また,難民として受けいれた人々など,日本社会にはさまざまな「バックグラウンド」をもつ人々がいます。

さらには,それまでに日本社会のなかにおいて可視化されなかった「多様性」についても,しだいに理解がされるようになりました。たとえば,同和地区出身者,同和地区につながりをもつ人々,アイヌ,沖縄出身者,沖縄につながりをもつ人々,障碍者,ホームレス,ハンセン病患者,エイズ患者,おたく,ニートなど,「内なる多様性」が再評価されるようになりました。

日本社会は「単一民族の社会」ではなく,「同質性の社会」でもなく,そして,「均質性の社会」ではありません。ひとりひとりが,「違っている」こと,さらには,「違っている」ひとりひとりが,「“WA”になって踊ること」のできる<社会>こそ,これからの日本社会において必要とされている,目指すべき社会像であると,わたしは考えます。

「多様化」した日本社会においては,そのコミュニケーションの「あり方」が,たびたび問われています。ひとりひとりの「多様性」が「尊重」されることの重要さが強調される一方で,日本社会における<多様性>とは,「上っ面だけの<多様性>であり,社会の構成員にたいしては,“同化が強制”される」ことも指摘されています。(たとえば,テッサ・モリス‐スズキらによる日本批判。)

皆さんにとって,「多様化」した日本社会における,コミュニケーションの「あり方」とは,どのようなものでしょうか? わたし自身は,ひとりの「外国につながる日本人」という立場から,「ホンネ」と「タテマエ」に頼らない<コミュニケーション>の「可能性」を問うことが,いまの日本社会にとって必要であると考えます。

「多様化」した日本社会における,コミュニケーションの「あり方」

1990年代より,日本社会は急速な多様化の時代に突入しました。

労働力の確保として来日した外国出身者,日本人配偶者として来日した外国出身者,さらには,彼ら彼女らの子供たちである,外国につながる子供たち,また,難民として受けいれた人々など,日本社会にはさまざまな「バックグラウンド」をもつ人々がいます。

さらには,それまでに日本社会のなかにおいて可視化されなかった「多様性」についても,しだいに理解がされるようにな...続きを読む

Aベストアンサー

>皆さんにとって,「多様化」した日本社会における,コミュニケーションの「あり方」とは,
>どのようなものでしょうか? わたし自身は,ひとりの「外国につながる日本人」という
>立場から,「ホンネ」と「タテマエ」に頼らない<コミュニケーション>の「可能性」を問う
>ことが,いまの日本社会にとって必要であると考えます。

コミュニケーションが「パブリックな場でのコミュニケーション」と言う意味であれば、おっしゃる通り、西洋のように「タテマエ」だけで完結するコミュニケーションが必要となるのでしょうね。民族同士の軋轢の長い歴史を持つ西洋の場合、プライベートは「同質の者が集まる場」で、パブリックは「異質の者が集まる場」と言う位置づけにそもそもなってます。ホンネを全く介在させず、タテマエ(=ロジック)のみで社会を動かし、結婚や宗教まで「契約」の概念でくくって来る彼らの価値観はそれなりに大したもので、「プライベート」が「パブリック」にダダ漏れしてしまう普通の日本人にはなかなかついていけない面があります。

とは言え、本当に、タテマエだけで社会を動かす西洋的手法が、これからの多様性維持のための主流となっていくのか、私個人は疑問を感じています。最近のEUの移民問題の状況等を見ていると、理念と現実のギャップがもはや抜き差しならぬ所まで迫ってきており、日本がこれからの社会のあるべき姿として、本当に目標とするべきなのか、やや危なさも見えてきているように思えます。

理想論かもしれませんが、私は、これからの日本社会には、プライベートとパブリックを峻別する西洋流の手法ではなく、「ホンネベースでの共有化」と言う、ある意味正面突破の正攻法で、多様性を達成してほしいなあと思っています。単一神の西欧キリスト教社会に真っ向から対立する概念として、八百万の神を数千年間信仰してきた日本ならではのアプローチがある筈です。神様の多様性ならこちらの方が上手です。

世界同時多発テロが起こった時、日本も当初当然親米国としてテロの対象になっていたのですが、実際には日本国内でテロは発生しませんでした。その理由として、逮捕されたテロリストの一人がこう語っていたのを覚えています。
「日本国内のイスラム教徒の中に、テロに協力してくれる者が現れなかった。」

多くの日本人は、さもありなんと実感すると共に、そのような日本社会を誇らしいと感じるでしょう。日本人は確かに排他的で村社会で勝手に自分達を単一民族だと思っている傾向はあり、少数派をいじめたりからかったりする悪い面も見られますが、一方で、自らの価値観を決して絶対視せず、異なる宗教や異なる文化を、論理ではなく感覚ベースで受け入れる柔軟性・寛容性も併せ持っています。少なくとも宗教の違いを理由として殺し合いをするような感覚は持ち合わせていません。この点は、日本人の(おそらく自分たちが想像している以上に遥かに大きな)美徳だと思います。

と言うことで、「あなたと私とはだいぶ違っていますけど、そのことを一向に私は気にしませんよ。」と皆が思うような社会は、実は西洋よりも日本の方に潜在的な可能性があると私は思っています。ご質問の「コミュニケーションのあり方」から、少し話が広がってしまいましたが、倫理や理念で多様性を受け入れるのではなく、感覚で受け入れることがこれからの日本社会には必要だし、またそれができるポテンシャルも持っているのではないでしょうか。

>皆さんにとって,「多様化」した日本社会における,コミュニケーションの「あり方」とは,
>どのようなものでしょうか? わたし自身は,ひとりの「外国につながる日本人」という
>立場から,「ホンネ」と「タテマエ」に頼らない<コミュニケーション>の「可能性」を問う
>ことが,いまの日本社会にとって必要であると考えます。

コミュニケーションが「パブリックな場でのコミュニケーション」と言う意味であれば、おっしゃる通り、西洋のように「タテマエ」だけで完結するコミュニケーションが必要となるので...続きを読む

Q親の影響について、一流大の人間は親のおかげでは?

一流大学に入るような人間はやはり親が高学歴だったり、教育熱心だったりすると聞きます。

私は地方国立大の人間です。(偏差値たぶん国立大の中でいちばん低いです)

うちの親は、あんまり活動的でも積極的でも野心的でもなく、仕事から帰ったらテレビ見るくらいしか趣味がない人間です。

なので、私を塾に行かせるのも中学生のときからで、子供のころにこれといった教育を受けた覚えはないです。
大学受験の時も、いい大学に入ることがどれだけ就職や入社後の昇進で有利になるかを説いて聞かせたこともないです。
どう生きるかとか、何を成し遂げたいかとか、ぜんぜん子供に積極的に考えさせようとしないんです。
そういうことを子供のころから言っててくれたら、私ももっと大学受験も頑張っただろうし、今みたいに就職活動に苦労することもないはずです。

一流大の人間は、3歳とか4歳とかのころから、クラシック音楽が家で流れてたり、両親の政治とか哲学とかに関連した話を聞いたり、新聞読んだりする環境が家にあったんでしょうね。

うちなんか幼稚園受験も小学校受験も中学受験もしてないです。
クラシック音楽なんかうちではかかってないし、そもそも音楽が流れるような文化的に豊かな家庭ではないです。

一流大に入るような子は、やはり両親が高学歴だから、いい教育をしていたのでしょう。いろいろな話をし、いろいろな経験をさせていたのでしょう。よって人間的にも知的にも高水準の人間が出来上がるのでしょう。

悔しいです。
うちの親なんか子供を一流大にいかせようとするくらいの教育熱はありません。
なんか子育てに力が入ってないな。と思います。
親自身、たいして自分を成長させたいとか、偉くなりたいとか、一度きりの人生だから大きなことをしたい、などとは思わない性格のようです。そんな向上心のない消極的な親から学ぶことはないです。親の背中から学ぶことって私の場合本当にないんです。

高い知的水準、すばらしい人間性、豊かな経験、しっかりした人生哲学を持つ親がうちに居れば、私も日々学ぶことだらけで、さぞかし成長できるのではないかと思い悔しいです。

教育熱心な親に育てられた一流大の人間がうらやましくて仕方ないです。

皆さんの親はどうですか?
教育熱心ですか?
野心はありますか?
親から学ぶことってありますか?

一流大学に入るような人間はやはり親が高学歴だったり、教育熱心だったりすると聞きます。

私は地方国立大の人間です。(偏差値たぶん国立大の中でいちばん低いです)

うちの親は、あんまり活動的でも積極的でも野心的でもなく、仕事から帰ったらテレビ見るくらいしか趣味がない人間です。

なので、私を塾に行かせるのも中学生のときからで、子供のころにこれといった教育を受けた覚えはないです。
大学受験の時も、いい大学に入ることがどれだけ就職や入社後の昇進で有利になるかを説いて聞かせたこと...続きを読む

Aベストアンサー

人は他人の物が良く見えてしまうものです。
貧乏な子が金持ちの子をうらやましくおもうのと一緒ですね。

うちは完全放任主義です。
私は野心のある教育熱心な親だったらグレてたでしょうね。
完全放任主義で、好きな高校、好きな大学を行かせてもらい、それでもちゃんと正社員として企業に勤めています。
結局は、行った先での個人の努力になると思うので、親にぶつかるのはお門違いかと。
よっぽどひどい親なら別ですが。

Q公立高校の入試の多様化は、良いことか悪いことか

ここしばらく、全国的に、公立高校の入試の多様化が進められています。どこの自治体も、競って入試を多様化しています。
ここでいう多様化とは、
(1)学校によって、学力検査(入試)の科目を変える。
(2)学校によって、学力検査の科目ごとの配点を変える。
(3)学校によって、調査書(内申)の評定の計算方法を変える。
(4)学校によって、学力検査と調査書の点の割合を変える。
(5)面接、実技検査、小論文、自己推薦書、各種実績(部活動、生徒会、資格取得等)の重視

行政上の意図としては、学校の序列づけ(いわゆるランク、偏差値)をやわらげるとか、学校の特色作り(こういう生徒がほしい、といった意図をもって入試を実施する)といったことがあるように思います。

一方、受験生から見れば、自分の得意なところを生かせる学校を選べるという利点がありますが、反面、制度が複雑で理解しにくく、またどこの学校に合格しそうか判断しにくいという問題があると思います。

中学校や塾などの側からは、制度が複雑になって、データ・情報の収集や進路指導が大変だと思います。しかし、逆に制度をうまく使うテクニックがあるかもしれません。

ということで、みなさんにとって、あるいは社会にとって、あるいは教育の未来にとって、高校入試の多様化は良いことでしょうか、悪いことでしょうか。児童・生徒、保護者、教員、塾講師・家庭教師、教育委員会職員、一般の方、どの立場からでもよいのでご意見をください。

ここしばらく、全国的に、公立高校の入試の多様化が進められています。どこの自治体も、競って入試を多様化しています。
ここでいう多様化とは、
(1)学校によって、学力検査(入試)の科目を変える。
(2)学校によって、学力検査の科目ごとの配点を変える。
(3)学校によって、調査書(内申)の評定の計算方法を変える。
(4)学校によって、学力検査と調査書の点の割合を変える。
(5)面接、実技検査、小論文、自己推薦書、各種実績(部活動、生徒会、資格取得等)の重視

行政上の意図としては、学校の序列づ...続きを読む

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現在中3の娘がおります。この夏休みはがんばって塾と宿題に精を出しています。(中2までは「高校はどっちでも・・」のスタンスでしたが)

確かにココ数年公立高校受験のシステムが変わってきています。(奈良県です)
2学年違いの上の娘の頃から変更(学校の統合など)があったのですが昨年度よりさらに複雑になってきているように思います。ヘタに2年前の情報などがあるものですから余計混乱している保護者の一人です。

中学の進路担当の先生も、イマイチ混乱しているようです。意外と塾の進路対策のほうが確実か?などと思ったりしております。
県立高校は同じ試験問題だったのが、各校別になるなど内申の割合なども各校により違うとか・・もう混乱です。

この何年かが過ぎると落ち着くようですが、この時期に受験をする子供達がなんか可愛そうです。

一昨年より先が見えない受験に身も細る(気持ちだけ)母でございました。

Q数1A、2B、3の中ではどれが難しいですか?僕は数Aが一番難しいです。

数1A、2B、3の中ではどれが難しいですか?僕は数Aが一番難しいです。

Aベストアンサー

確かにAは突如現われるので抵抗が大きいと思います。でも以前は大学で激突し単位を落す学生が多過ぎるので高校へ移ってきたのです、高校は通常一単位で留年にはせず、再試験、再々試験になるからです。
大学では時に一単位で再試験を失敗すると何年も留年、最悪退学になるので。


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