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TBFアベンジャーによる日本本土空襲はどれくらいあったんでしょうか?

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北海道 交通」に関するQ&A: 北海道 交通事情

A 回答 (1件)

 アベンジャーによる日本本土への空襲はかなりありました。

もっともB29と違って詳細な出撃記録は残っていませんので、正確な数字を回答することは不可能です。またアベンジャーは前期型のTBF-1と後期のTBM-3がありますが、日本本土への空襲に参加した機種はTBM-3が多かったかと思います。

 日本本土への空襲はB29一機種による爆撃が印象的ですが、日本近海まで進出した空母艦隊の艦載機も相当数の爆撃を行っております。戦爆連合で一度に大量の航空機を出撃させ、かつ何波にもわたって行う攻撃法をとっていましたが、日本全国にわたって行われたといってもよいくらい執拗に行われています。

 アベンジャーもF6FやF4Uとともに日本本土を襲っており、特に昭和20ね年7月下旬に行われた東北、北海道への空襲では、青函連絡船13隻を魚雷攻撃により壊滅させて、東北と北海道の交通網を断絶させています。さらに主翼下に取り付けた計8発のロケット弾もかなりの被害をもたらしており(なにせ低空での攻撃ですので命中率が高かった)、これも主翼と胴体に装備していた3丁の12.7ミリ機銃による機銃掃射も脅威でした。

 後世になって空襲に関する資料で「グラマン」と記述されているものは、F6Fかアベンジャーのことで、極端になると小型機はすべて「グラマン」と「カーチス」で済まされることもあります。地上から見上げる小型機はその形状を見分けることは困難で、しかも機銃掃射で追われる人たちはそれどころではなかったでしょう。

 末期になれば艦載機の目標は畑仕事をしているような一般市民を狙うようになり、しかもエンジンを絞ってエンジン音を低くすることでいきなり機銃掃射をして面白がるという、きわめて非人道的な行為が行われていました。

 ちょっと余計なことを書きました。お許しください。 

 
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Q旧日本軍はどうして潜水艦を強化しなかったのでしょうか?

第二次世界大戦もののDVDを観て思ったのですが、
潜水艦の役割は重要です。
攻撃にしろ、防御にしろ威力絶大と感じました。
とくに太平洋に飛び飛びにある島の防衛などは、潜水艦を配備していれば強化できたと思います。
日本の潜水艦のことはあまり聞きませんが、
海軍は、どうして潜水艦の開発に力を注がなかったのでしょうか?
海を制したかったら潜水艦が不可欠ではないでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

日本海軍は、甲標的艦を完成。実戦に投入しました。
2人乗りの水中高速型の潜水艦の開発に成功していたのです。

この事実に米軍は驚愕しました。

時の水上機母艦は、甲標的艦母艦として即座に改装可能なように設計、建造されていました。

潜水艦に対し相当力を注ぎ込んでいたようです。

日本軍では潜水艦とは、
隠密行動を取り、単独で侵入し、敵艦船を攻撃する為の兵器でした。(特攻に近い思想)

艦隊戦では、艦隊の前で哨戒に当たらせ、
平時は、敵の基地付近の哨戒任務に付かせました。

一方、米軍の潜水艦は日本軍のそれよりはるかに劣ります。
酸素魚雷の開発もまだでした。

米軍は、
潜水艦を3隻一組とする狼狽戦法で弱い輸送船団を襲う事に専念します。
彼らは、日本軍の海防艦が、殆ど使い物にならない木造船である事を知っていました。

日本軍は
駆逐艦を重雷装する事により重巡洋艦と匹敵する戦力としようとします。
重巡洋艦は、重雷装させ、戦艦と互角で戦える事を目標としました。

その結果、被弾に対しては極めて脆く火災、誘爆が多かったのです。

米軍は、無理な雷装や、無理な作戦より、
より効果的な運用方法を目指しました。

追い詰められ、
潜水艦に戦艦が沈められるようになると、
日本海軍も、もう終わりだな。
こう言う空気が流れます。

潜水艦に対する防御、発見方法、攻撃方法などが確定していないと言う、根本的な問題でした。

>とくに太平洋に飛び飛びにある島の防衛などは、潜水艦を配備していれば強化できたと思います。

潜水艦は、常に最前線に投入され、後方は無視されました。

>日本の潜水艦のことはあまり聞きませんが、
海軍は、どうして潜水艦の開発に力を注がなかったのでしょうか?
海を制したかったら潜水艦が不可欠ではないでしょうか?

上層部は、敵艦隊を攻撃する事しか頭にありませんでした。後方、補給よりも、最前線でした。
援護の無い、単独攻撃は、犠牲も大きかったようです。

日本海軍は、甲標的艦を完成。実戦に投入しました。
2人乗りの水中高速型の潜水艦の開発に成功していたのです。

この事実に米軍は驚愕しました。

時の水上機母艦は、甲標的艦母艦として即座に改装可能なように設計、建造されていました。

潜水艦に対し相当力を注ぎ込んでいたようです。

日本軍では潜水艦とは、
隠密行動を取り、単独で侵入し、敵艦船を攻撃する為の兵器でした。(特攻に近い思想)

艦隊戦では、艦隊の前で哨戒に当たらせ、
平時は、敵の基地付近の哨戒任務に付かせました。

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Q政治将校はどんな仕事をするのでしょうか?部隊での役割などを各国の共産主

政治将校はどんな仕事をするのでしょうか?部隊での役割などを各国の共産主義の軍隊別で教えていただければ幸いです。

Aベストアンサー

NO.1です。
大戦中の政治将校は、初期は指揮官、参謀と同様な権限を持ち、指揮官が上からの命令を遵守しているか、また下す命令が妥当かどうか判断し、時にはその指揮に口を出すなどしたり、指揮官を監視する事をしていました。
これは、大戦初期の敗北により軍が大きな損害を被り多くの将校を失ったため、予備役や新たに任官させた将校を大量に採用しなくてはなりませんでしたが、その将校達に対する信頼度に不安があったため、政治将校に重い権限を与えていたという理由もあります。
これについては、後にある程度、将校達が信頼できるという事で政治将校の権限は縮小されました。
他の任務としては、兵士達の党・愛国的教育行い規律を維持し、その士気の高揚に努める事も重要でした。
また、兵士達の監視、造反に対する摘発と告発も任務でした。例えば、多くの脱走者を出した小隊の小隊長を軍法会議に告発したり、臆病者、反国家的行動と思われる行動をとった兵士を告発したり、時には軍律に違反した兵士を、その所属していた部隊の隊長に処刑(銃殺)させる事もありました。
ただし、政治将校の権限が縮小された後は、指揮官の「顧問」と兵士の「教育」に役割は限定されました。
こうした役割が限定された後について将校は政治将校に対し「政治将校は全く責任がなくなり新聞を読んで寝るだけなのだから将校の給料をもらうべきではない」というような事を言っている者もいたようです。

督戦隊についてはNKVD(内務人民委員部)の所属で、軍とはまた別組織だと思います。
政治将校は下位組織としては中隊司令部にまでしか配属されません。その上で監視任務も果たします。そのため、少数の造反者ならその場で指揮官を通じ、適正に処分を下す事もできますが、中隊、大隊の大半が問題を起こした場合はとても政治将校では対処できません。そういう場合の時、対処するのはNKVD(内務人民委員部)の督戦隊です。

NO.1です。
大戦中の政治将校は、初期は指揮官、参謀と同様な権限を持ち、指揮官が上からの命令を遵守しているか、また下す命令が妥当かどうか判断し、時にはその指揮に口を出すなどしたり、指揮官を監視する事をしていました。
これは、大戦初期の敗北により軍が大きな損害を被り多くの将校を失ったため、予備役や新たに任官させた将校を大量に採用しなくてはなりませんでしたが、その将校達に対する信頼度に不安があったため、政治将校に重い権限を与えていたという理由もあります。
これについては、後にある程...続きを読む


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