三島由紀夫が少年時代坂口安吾のようなスポーツマンだったら?

坂口安吾と三島由紀夫の少年時代は対照的です。
坂口安吾は柔道が強く、陸上部ではないのに大会の時には助っ人を頼まれる程スポーツが得意だったそうです。三嶋由紀夫は虚弱児で、剣道やボディービルをやり始めたのは(或いは、そういうことが出来るようになったのは)大人になってからです。私は、ふと、もし三島由紀夫が少年時代坂口安吾のようなスポーツマンだったら小説家にはならなかったのではないかと思うことがあるのですが、みなさんはどう思いますか?

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A 回答 (4件)

cpbrさん、こんにちは。



一介の安吾ファンですが、なかなか興味深いご質問を立てられましたね。
三島が書いた安吾論は、ほとんど安吾に対する絶賛、オマージュで貫かれていると思います。
安吾も、《戦後派》一色に塗りつぶされていた文壇に、『仮面の告白』を引っ提げて殴り込みを掛けてきた三島を大いに買っていたようです。

とは言っても、もし安吾がもう少し長生きをしていたとしたら、その後の三島の文学をどれだけ評価したかとなると、私としてはちょっと疑問を覚えますね。
その意味では、二人の関係は、三島の方がもっぱら自分の中にない人間的魅力を安吾の内部に見出し、一方的に片思いをしていたのではないかと思われてなりません。

>三島由紀夫が少年時代坂口安吾のようなスポーツマンだったら?

う~ん、生まれてから小学校に入学するまで、看護婦付きの祖母の病室で育てられた三島に、やんちゃ坊主でガキ大将だった安吾のような幼少年期は望むべくもないような気がします。
で、三島が「安吾のようなスポーツマンだったら」と仮定することは、乳幼児期の三島が祖母に溺愛されなかったらと仮定することでもありますが、その場合、祖父や父親と同じように、エリート官僚として大蔵省を勤め上げ、現在も存命中なら、満85歳になっていますから、今頃は悠々自適の隠居生活を送っているのもしれませんね。

>坂口安吾は柔道が強く、陸上部ではないのに大会の時には助っ人を頼まれる程スポーツが得意だったそうです。

はい、それも、三島のような、付け焼き刃のスポーツ憧憬ではなく、幼少時の忍者ごっこの成果なのか、中学時代にはハイジャンプで全国優勝していますし、自分ではヘタだと言ってますが、野球にもずいぶん熱心だったようです。

でも、この点では太宰治と似ているのかもしれませんが、素封家の大家族の中で生まれたこともあって、平均的な家庭の子のように両親の愛情を受けて育ったわけでもなく、幼くして自分探しを余儀なくされ、早い段階で文学にのめり込んでいますよね。
そのことが、彼のふるさと思慕、しかも親とか、先祖とか、生まれ故郷とか、自然とかをも超越した、もっともっと形而上学的な、しかも生きることの現実的必要性から決して遊離しないふるさと憧憬へと彼を向かわしめたような気がします。
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この回答へのお礼

かなり普通の(エリート官僚を普通と言うとして)人生を歩んだ可能性はありますよね。
題名は忘れましたが、三島由紀夫が随筆の中で、神輿を担ぐことに就いてあれこれ考察したあとで、こんな小難しいことを考えて神輿を担ぐ男の顔を見てみたいと自虐的に書いていたのを読んで、この人は只普通のことを普通にしたかっただけなのではないかと思ったことがあります。

お礼日時:2010/11/08 14:52

ボディービルというのも自己管理能力を要求される、観賞に特化した芸術の方に近いスポーツだと思います。


スポーツは(武道も含めて)だいたいが身体をつかう芸術でもあるから小説家が身体に興味を持って、上手な人であるのは不思議ではないような気がします。

私は三島が虚弱児として過保護にされなかったとしても別の傾向の小説家になったんではないかという気がしますが、もしも・だったらの話には違いないですよね。
あと少年期にスポーツをしていたら長じてからのスポーツはやらなかったんではないか。

でも芸術をなりわいにする他無いというような動機やそれを可能にするような環境は多分に家にあったということは言えると思います。
そういう事情のようなものは坂口安吾にもあったんではないか、もし安吾が現今のように選手として食えていたらあるいは小説家にはならなかったか、なったとしてももっと後に… とまあこれも“もしも”の話ですが。
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この回答へのお礼

別の傾向の小説家になった、或いは、別の芸術に取り組んでいたということはあるかもしれませんね。

お礼日時:2010/11/09 01:36

 ではなぜ、坂口安吾はスポーツが得意だったのに、小説家になったのでしょうか?

この回答への補足

どういう少年時代を送ろうと小説家になったに違いない小説家と、生い立ちが小説家にしたと思われる小説家がいるような気がするのですが。
スポーツが得意だと小説家にならないというようなことを言いたかったわけではありませんので。

補足日時:2010/11/08 14:36
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恵まれた才能を活かして、


ただれた生活を送っていたに違いない。と思います。
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この回答へのお礼

切腹もしなかったでしょうね。

お礼日時:2010/11/07 12:57

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三島由紀夫が少年時代坂口安吾のようなスポーツマンだったら?

坂口安吾と三島由紀夫の少年時代は対照的です。
坂口安吾は柔道が強く、陸上部ではないのに大会の時には助っ人を頼まれる程スポーツが得意だったそうです。三嶋由紀夫は虚弱児で、剣道やボディービルをやり始めたのは(或いは、そういうことが出来るようになったのは)大人になってからです。私は、ふと、もし三島由紀夫が少年時代坂口安吾のようなスポーツマンだったら小説家にはならなかったのではないかと思うことがあるのですが、みなさんはどう思いますか?

Aベストアンサー

cpbrさん、こんにちは。

一介の安吾ファンですが、なかなか興味深いご質問を立てられましたね。
三島が書いた安吾論は、ほとんど安吾に対する絶賛、オマージュで貫かれていると思います。
安吾も、《戦後派》一色に塗りつぶされていた文壇に、『仮面の告白』を引っ提げて殴り込みを掛けてきた三島を大いに買っていたようです。

とは言っても、もし安吾がもう少し長生きをしていたとしたら、その後の三島の文学をどれだけ評価したかとなると、私としてはちょっと疑問を覚えますね。
その意味では、二人の関係は、三島の方がもっぱら自分の中にない人間的魅力を安吾の内部に見出し、一方的に片思いをしていたのではないかと思われてなりません。

>三島由紀夫が少年時代坂口安吾のようなスポーツマンだったら?

う~ん、生まれてから小学校に入学するまで、看護婦付きの祖母の病室で育てられた三島に、やんちゃ坊主でガキ大将だった安吾のような幼少年期は望むべくもないような気がします。
で、三島が「安吾のようなスポーツマンだったら」と仮定することは、乳幼児期の三島が祖母に溺愛されなかったらと仮定することでもありますが、その場合、祖父や父親と同じように、エリート官僚として大蔵省を勤め上げ、現在も存命中なら、満85歳になっていますから、今頃は悠々自適の隠居生活を送っているのもしれませんね。

>坂口安吾は柔道が強く、陸上部ではないのに大会の時には助っ人を頼まれる程スポーツが得意だったそうです。

はい、それも、三島のような、付け焼き刃のスポーツ憧憬ではなく、幼少時の忍者ごっこの成果なのか、中学時代にはハイジャンプで全国優勝していますし、自分ではヘタだと言ってますが、野球にもずいぶん熱心だったようです。

でも、この点では太宰治と似ているのかもしれませんが、素封家の大家族の中で生まれたこともあって、平均的な家庭の子のように両親の愛情を受けて育ったわけでもなく、幼くして自分探しを余儀なくされ、早い段階で文学にのめり込んでいますよね。
そのことが、彼のふるさと思慕、しかも親とか、先祖とか、生まれ故郷とか、自然とかをも超越した、もっともっと形而上学的な、しかも生きることの現実的必要性から決して遊離しないふるさと憧憬へと彼を向かわしめたような気がします。

cpbrさん、こんにちは。

一介の安吾ファンですが、なかなか興味深いご質問を立てられましたね。
三島が書いた安吾論は、ほとんど安吾に対する絶賛、オマージュで貫かれていると思います。
安吾も、《戦後派》一色に塗りつぶされていた文壇に、『仮面の告白』を引っ提げて殴り込みを掛けてきた三島を大いに買っていたようです。

とは言っても、もし安吾がもう少し長生きをしていたとしたら、その後の三島の文学をどれだけ評価したかとなると、私としてはちょっと疑問を覚えますね。
その意味では、二人の関係は、...続きを読む

Q坂口安吾の肝臓先生について

1.オーダンカゼってなんですか?カゼは風邪ってわかるけど、オーダンはなんですか?Autunですか?

2.久須美荘園ってどういう由来がありますか?辞書とウェブを調べてもないみたいです。

3.「五つ間ぐらいの家が二百万円だったり、二間の貸し部屋......」

「五つ間」って「五つの部屋がある家」という意味ですか?
「二間」って「二間の長さの部屋」ですか?

以上、よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

ついでにこちらも回答しましょう。

1.赤城先生は「流行性肝臓炎」という病気を発見しますね。

これはただの風邪ではない。この大陸(中国大陸のことです)から来た風邪は、肝臓を侵す。この風邪に随伴して起こる「肝臓炎」を「流行性肝臓炎」と名づけた。

ただ、その「流行性肝臓炎」という言葉は、漁師町の人々には馴染みにくい。だから、オーダンカゼと言って聞かせるのです。

黄疸とは、肝臓などの病気によって出る症状で、皮膚や粘膜が黄色くなる。つまり、パッと見てわかりやすい病気なんです。肝臓が悪い=黄疸、という一種の図式が昔はあった。だから、肝臓風邪、としてもいいんですが、黄疸風邪という名で通るようになった。そういうことです。

2.曽我物語、ってご存じですか?

鎌倉初期の武士で、お父さんの仇討ちで有名になった話で、歌舞伎なんかでも有名な演目のひとつなんですが。

伊豆の豪族だった伊東十郎祐成(すけなり)と弟の五郎時致(ときむね)がお父さんの敵を討つんですが、そもそもお父さんがなんで一族の工藤祐経に殺されたかっていうと、久須美荘の所領を争ったからなんです。

「久須美荘園の故地」、「故地」とはゆかりのある地、つまりここは曽我物語にゆかりのある荘園である、といっているわけ。

3.温泉町では、五部屋ある家の値段が二百万円(これは別荘ですね)、ふたま(二部屋)つづきの部屋を借りるにも七千円、一万円(これは月額)とふっかけられる、といっているのです。

ここらへんの金銭感覚はいまひとつピンとこないのですが、とにかく高い、それに対して、烏賊虎さんはタダで部屋を貸してやっている、という流れです。

ついでにこちらも回答しましょう。

1.赤城先生は「流行性肝臓炎」という病気を発見しますね。

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ただ、その「流行性肝臓炎」という言葉は、漁師町の人々には馴染みにくい。だから、オーダンカゼと言って聞かせるのです。

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Q三島由紀夫の本

最近三島由紀夫の興味をもったのですが、三島由紀夫の本で最初に読むに一番ふさわしい本・三島を知るのに一番オススメの本を教えて下さい★

Aベストアンサー

 こんばんは。満場一致で『金閣寺』ですね。
是非読んで頂きたい一冊、賛成です!

 最初に読まれるということで、一応『金閣寺』より文字数の少ない(途中で挫折しにくい・・・?)著作も以下に挙げておきます。
1)『憂国』
 死ぬ瞬間ってどんなだろう、経験した人って少ないと思いますが、目が離せないほどの迫力の描写でした。

2)『頭文字』
 ベールに包まれている天皇家の物語。何というか、ゾクッとします。

3)『不道徳教育講座』
 エッセイです。結構笑えます。これは最初に読むより、何冊か読んだ後の方がいいと思いますけど、ご参考までに。他の著書との関連性、根本みたいなのが見え隠れしてます。

あと、『孔雀』は美輪明宏さんをモデルにしたということで有名ですよね。美輪ファンにもおすすめ・・・かな。

Q「三島由紀夫事件 没後45年 現代へのメッセージ」を読んだ感想

楯の会の元会員はこう推測する。「バルコニーに立った三島先生と森田さんは、その場で自衛隊員に狙撃されることを覚悟、否、それを望んでいたかもしれない。決起は森田さんの意向が強かったと思う。森田さんは情熱的な人で、森田さんがいなければ決起していないだろう。森田さんがもちかけたとも考えられる」・・・との報道です。
http://www.sankei.com/premium/news/151123/prm1511230011-n2.html
三島事件で私が腹がたつのは何故若い人を道ずれにしたのか?自分一人で死ねばよいではないかということでしたがこの報道が事実なら三島由紀夫氏を以前より好感が持てる気がしますが皆様はどう思われますか?

Aベストアンサー

どちらが引っ張った、というのではなく、ちょうど呼応し合う精神性だったのだと思います。
森田必勝は、一般に思われている以上に楯の会の会員たちに人望があったようです。
戦後体制に関して、天皇・自衛隊を大元とする憲法の矛盾だけでなく、物量優先の経済主義にも危機感を抱いていました。
事件後、元の一部会員たちによって蛟龍会(こうりょうかい)なる組織ができ、森田の精神を承継すると共に、「三島事件」とか「自衛隊乱入事件」ではなく「楯の会事件」と呼称すべきである、という主張もしていました。
三島は三島で、精神的な行き詰まりを感じていたのだと思います。彼の場合、肉体と切り離して考えることはできず、ボディビルなどによって鍛えるという行為自体、強迫的観念とも言えたと思います。
彼は、自らの老衰を怖れていた部分もあったことでしょう。
天皇の赤子として、あくまで超自我的存在として人生を全うするのが夢であったやに思われます。
こうした両者が同時代に期せずして邂逅した結果、あのような事件につながっていったのでしょう。
憲法改正に向けて踏み出したかに見える現在の日本を、彼は、どんな気持ちで見ていることか、若干、興味あるところではあります。

どちらが引っ張った、というのではなく、ちょうど呼応し合う精神性だったのだと思います。
森田必勝は、一般に思われている以上に楯の会の会員たちに人望があったようです。
戦後体制に関して、天皇・自衛隊を大元とする憲法の矛盾だけでなく、物量優先の経済主義にも危機感を抱いていました。
事件後、元の一部会員たちによって蛟龍会(こうりょうかい)なる組織ができ、森田の精神を承継すると共に、「三島事件」とか「自衛隊乱入事件」ではなく「楯の会事件」と呼称すべきである、という主張もしていました。
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Q三島由紀夫に関する書籍

大学の講義で三島由紀夫について学び、すっかり魅了されました。
そこで、三島氏に関する(思想、人柄、生涯等について書かれている)著書で
お勧めがあれば教えて下さい。
ちなみに、数年前『三島由紀夫の最期』を購入しましたがイマイチでした。

Aベストアンサー

私は昔、三島由紀夫の「金閣寺」を読んだことがあるのですが、その後たまたま出会った本にインドのエリートビジネスマンが書いた日本体験記「喪失の国、日本」(M・K・シャルマ著)で三島由紀夫に一部触れている章「三島由紀夫は民族主義者じゃない」があります。「金閣寺」に対する著者の三島由紀夫論なのですが、観察眼のない一般書評などとは一味違い深く切り込んだ解説が圧巻でした。「金閣寺」を読んでいなくともこれを見たら読みたくなると思います。この他にも驚きの日本体験談で前半笑いをちりばめながらも、後半で日本人以上に日本を見る鋭い目や先見性で語っていく著者の頭の良さと洞察力に関心します。読み物としても面白く、あっという間に読めてしまうので娯楽にも勉強にもなりおすすめです★

参考URL:http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4167651386/qid=1107897707/ref=sr_8_xs_ap_i1_xgl/250-6085018-8442660

Q坂口安吾の「じろりの女」に分からないところ

1.「じろりの女」にでる「待合」はどんなところですか?泊まる部屋もあるし、酒も飲めるし、女と遊べるところですか?

2. 「お酒でも、買ってきて飲ませてくれると、オヨシちゃんも、女中なんかはさせておかないと言う人がアチラコチラから現れてくるだろうがな。」

意味は分からないが、これはからかう言葉ですか?

Aベストアンサー

1.「待合い」
これは時代によって多少使い方が異なるのですが(たとえば江戸時代「待合い茶屋」というと、芸者を呼んで遊ぶところとなります)、この戦後間もない頃の「待合い」は、連れ込み宿、いまでいうラブホテルみたいなところなんだと思います。

2.この部分の背景をちょっと説明しておきます。

語り手のゴローは、江戸時代の「幇間」(読みは「ほうかん」、あるいは「たいこもち」ともいいます)を意識して演じている人物です。

幇間は、江戸時代、遊郭で、宴席を盛り上げるために、おもしろおかしい話をしたり、踊りを踊ったりして、さまざまな芸を見せる人です。その芸も、すばらしい、とか、カッコイイ、とかいう芸ではなく、いかにもバカに見えるような、そんな芸です。そうして、遊びに来た旦那にお世辞を言って、よい気分にさせる。それが幇間の仕事なんです。

ゴローは、安吾に多い「頭と体が引き裂かれた男」です。
引き裂かれて、幇間をやることを通して、自分の場所を見つけようとしています。

江戸時代の花魁(高級遊女)は、気位が高く、簡単に気を許さない。そうした花魁と旦那の仲を取り持つのも、幇間の仕事です。

それと同様、この『ジロリの女』に出てくる金龍も、ゴローが追いかける三人の女性である衣子、衣子の娘の美代子、社員のヤス子も、ゴローにとっては花魁の位置にある女性たちです。

そうして、物語が進んでいくにつれて、それぞれの境遇が変わっていき、そうしてその性質のちがいが浮き彫りにされていく。

そうしてゴローがほんとうに、その存在のまるごとを許される女性がだれだかわかりますか? とにかく、その女性とめぐりあうことができるわけです。

ご質問の会話は、ゴローが衣子の家の女中に向かって軽口をたたく場面です。
こんなふうに幇間はだれにむかってもお世辞を言う。

衣子は、美代子の縁談の持参金をめぐって、大浦博士と話をする、という。

この大浦博士と衣子は実は恋人同士でもあり、同時に、財産を巡っては、争ってもいるんです。衣子は病院その他の財産を守りたい、大浦博士はなんとか手に入れたい。
美代子の結婚は、その駆け引きの道具でもあります。

ここからは「花魁」と「旦那」の話、「幇間」のアンタはお帰り、とゴローさんは締め出しをくらってしまった。ところがゴローさんも話に加わりたい。だから女中に頼むんです。

どこか、自分をこの家のどこかに隠しておいてください、と。

ここで「鼻薬」は、おこづかい程度のお金。
そうして「オヨシちゃん」がかわいい、美人だと言っているわけ。

女中なんかはさせておかない、というのは、女中をやめさせて、恋人にしてやろう、という男がいっぱいでてくるよ、って言っているんです。

あげたお金で、お酒でも買ってきて、お燗をつけてくれるとうれしいんだけどな、と、そんなことを本当は頼んでいるわけではない、頼んだとしても、実際にはそこまではしてくれないでしょう、それでも冗談で、そんなことを言っている。

それが「女中をからかいながら」ということなんです。

1.「待合い」
これは時代によって多少使い方が異なるのですが(たとえば江戸時代「待合い茶屋」というと、芸者を呼んで遊ぶところとなります)、この戦後間もない頃の「待合い」は、連れ込み宿、いまでいうラブホテルみたいなところなんだと思います。

2.この部分の背景をちょっと説明しておきます。

語り手のゴローは、江戸時代の「幇間」(読みは「ほうかん」、あるいは「たいこもち」ともいいます)を意識して演じている人物です。

幇間は、江戸時代、遊郭で、宴席を盛り上げるために、おもしろ...続きを読む

Q坂口安吾

坂口安吾とはどんな作家なのでしょうか?
また、お勧めの作品を教えてください。

Aベストアンサー

 「安吾巷談」「安吾新日本地理」「日本文化私観」をお勧めします。
坂口安吾は戦時中、自由な文筆活動が出来なかった頃に日本の歴史研究に没頭し、戦後に彼独自の歴史観を世に問いました。平明にして常識的な記述ながら人間精神の本質に迫る彼の考察は一読に値すると思います。
 現在活躍されている歴史学者には彼の影響を受けた方が多数いらっしゃると思います。

Q坂口安吾の行雲流水

1.「当世は、久米の仙人などはショッチュウ目玉をまわしていなきゃならないのさ。オレだから、がんばっていられるようなものだ。」

その久米の仙人ってなんですか?
どうして目玉をまわし泣きゃ?
どうして「おれだからがんばっていられる?

2.「だけど、和尚さん、八掛かなんか立ててくださいな。あの野クビふんづかまえて、蹴っぽらかしてくれるから。」

「八掛をたてる」ってここにどういう意味ですか?

3.「ワシもタイコクを三人もとりかえたら、その又、昔はコツやナカへ繁々と通ったものだが、当世の女流はわからん。」
「コツ」と「ナカ」って店の名前ですか?

以上、よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

パンスケはパン助、パンパンの別称です。
「パンパン」とは、売春婦です。特に、第二次大戦後の日本で、アメリカの進駐軍を相手に売春をする女性を指すのですが、ソノ子はアメリカの兵隊ではなく、ふつうの日本人相手に売春をして、肺病(結核)の父親と弟妹を養っていたわけです。

この「助」というのは、ねぼうをする人を「ねぼ助」、お酒をたくさん飲む人のことを「飲み助」というように使うときの「助」ですね。

とりあえず言葉の意味さえわかれば、こういうのはいいのかな。
せっかくですから蛇足として書いておきましょう。
必要がなかったら忘れてください。

坂口安吾には、娼婦ないしはそれに近いような女性を主題にした作品が多くあります。
安吾には、女性は肉体を生きている、男性は頭と肉体に引き裂かれている、という基本的な思想があるんです。

ここでもソノ子は肉体の欲求そのままに生き、ソノ子を取り巻く男は、和尚さんも含めて、みんな引き裂かれた存在として生きることを余儀なくされています。

和尚さんは、そんなソノ子の生き方を「お尻というものが天下を行雲流水しているだけのことである」(この表現には思わず笑っちゃいましたが)と考えて、妬ましくもあり、うらやましくもあり、ついでにそのお尻に引かれる気持ちもあって、なんともかとも複雑な気持ちで彼女を見ているわけです。

そうして、この視線は、安吾自身の、自分が理想とする女性(現実にいたという意味ではなく)に向ける安吾のまなざしでもあったのだろうと思います。

社会とか、国家とか、軍隊とか、そういうのはみんな、男が、さらにいえば男の頭が創り出したものだ。戦争に負けて、男の頭が創り出したものがみんな廃墟になって、男たちはみんな途方に暮れている。そういうなか、肉体として生きる女は、その肉欲のおもむくまま、世間の決まり事やしがらみを軽々と越えて生きて行く。そういう存在に、理想の女性を見ているわけです。

パンスケはパン助、パンパンの別称です。
「パンパン」とは、売春婦です。特に、第二次大戦後の日本で、アメリカの進駐軍を相手に売春をする女性を指すのですが、ソノ子はアメリカの兵隊ではなく、ふつうの日本人相手に売春をして、肺病(結核)の父親と弟妹を養っていたわけです。

この「助」というのは、ねぼうをする人を「ねぼ助」、お酒をたくさん飲む人のことを「飲み助」というように使うときの「助」ですね。

とりあえず言葉の意味さえわかれば、こういうのはいいのかな。
せっかくですから蛇足と...続きを読む

Q三島由紀夫が潮騒を書いた理由

このまえ学校で三島由紀夫の作品についての授業があったんですが、
気になることがあって質問しました。

三島由紀夫の作品の中で「潮騒」は明らかに浮いていると思います。
三島由紀夫がこのような作品を書いたのには、
どんな背景、理由があったのでしょうか?

分かる方いらっしゃいましたら、
回答よろしくお願いしますm(_ _)m

Aベストアンサー

>三島由紀夫が潮騒を書いた理由

ギリシャの古典作品の「ダフニスとクロエ」に触発されて書かれたとされています。Wikipediaの記述で確認できます。
三島作品の中では異色のように思われますが、三島は戯曲・台本なども数多く手掛けています。また、「豊饒の海」が「浜松中納言物語」に着想を得て書かれているように、三島の幅広い古典の渉猟ののなかから生まれた作品は数多くあります。

以上、参考までに。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BD%AE%E9%A8%92_%28%E5%B0%8F%E8%AA%AC%29

Q坂口安吾の「織田信長」の続編はあるのでしょうか?

安吾さんの「織田信長」(1978年発行)を読んだんですが、
桶狭間の所で終わっているので、
もし続きや、人生の後半も書かれているなら読みたいと思い、
調べてみたんですが、
どうも、最近発行された「信長」も、
桶狭間までの若い頃を書かれているようで、続編が見つけられません。

あとがきに、「織田信長」を発行した後に、
「信長」(続き)をまた書いた、とあった気がするのですが・・・
御存知の方、教えて下さい。

Aベストアンサー

残念ながら「信長」はあれでお終いです。

安吾先生には、長編を書き掛けては完結させずにブン投げる、
という癖があったようです。
「小説よりエッセイの方が面白い」と言われる一因ですね。


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