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※ 家康入府以降、人口の増加に伴う「水不足」を解消するため
  玉川兄弟 他の尽力により江戸市中への水の供給体制が整った
  のは有名な話。

  但し、考えてみると石樋/木樋等々により大名屋敷や町々に
  給水したとはいえ、とどの詰まり「川や池の水」を浄水もせずに
  そのまま飲んでいた事に変わりはない。

  今よりは汚染されてはいなかっただろうが、上流では
  「立ち小便  肥桶洗い  動物の死骸」等々があったであろうに
  
  -と考えると、う~ん!?  なんですが如何なもので御座ろう?
   この考え方は「おかしい」でしょうか?

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A 回答 (2件)

その通りです。


だから江戸時代では寿命が短かったんです。
もちろん医学的な発達もありますが。

ちなみに江戸時代の大名の家では井戸があったので川の水を直で飲んではいなかった
と思います。

さらにちなみに、近代国家ができてからでも水道水は危険な物でした。
塩素が入れられるようになってから大幅に安全性が上がったのです。

水道水に殺菌剤として塩素を使用するようになる前と後では
決定的に平均寿命が違っています。
その確証データは手元にないので見せられないですが、
ネットで調べられるかもしれません。
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この回答へのお礼

※ 早速有難う

(1) 推測ですが当時の病気で多かったものは
 (多分)各種伝染病 腹下し 眼病 性病 だと考えている。

(2) 最後のものは別として前の三つはやはり「不衛生な水」の摂取
  ~使用が原因だと思われる。

(3) 平均寿命は摂取可能な栄養と深い関係がある、とは承知していたが
  水との因果関係については思い至らなかった。

 勉強になりました
  

お礼日時:2010/11/13 19:44

水を確保できないところに住む人はなかなかいなかったと思います。


特に日本は山が多いので、水質には結構恵まれています。
しかし、江戸の町は湿地帯で塩水しか取れず、井戸を掘っても良い水を手に入れることは出来ませんでした。

そこで徳川家康は、江戸幕府を開く際に水を確保するための対策をはじめました。
地中に埋めたパイプで、池から城下に水を送る仕組みを編み出し、また生活廃水を捨てるためのドブをつくりました。
現在の上水道・下水道の原理とほぼ同じです。

〔1590年〕神田上水(井の頭池などを水源)を整備する。
〔1654年〕人口増加に伴い、玉川上水を整備する。

実は水道代も払わなくてはなりませんでした。(水道代=水銀:みずぎん)
武家は石高=給料に応じた分、その他の庶民は家の間口(建物または敷地の前面道路に接する側の幅)の広さに応じて支払いをしました。水銀節約のために、間口を狭くした“うなぎの寝床”のような家が江戸には多くありました。
水銀だけでなく、商家に対する税金も間口で決められました。

上水道→井戸→各家庭の水がめ…というルートを通って人々の生活に使われることになります。

そして使った水は、汚れていなければ花のみずやりに使われたり、ドブ(下水道)をつたって隅田川・神田川に流されました。
(水源は『池』、捨てるのは『川』と分けられているのがポイントです。)

“川に流すなんて汚い”とは思いますが、この頃は洗剤が無かったので大した環境汚染にはなりません。
ドブには、ゴミが流れないように杭が打ってあったり、ドブ掃除のメンテナンスもされていました。
厠(かわや=トイレ)の汚物も、肥問屋に換金したり、百姓に野菜と交換してもらったりして、上手くリサイクルしていました。
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この回答へのお礼

※ う~ん!! 勉強になる

(1) ず~っと以前、玉川上水の水取入れ口のある「羽村」まで見学に行ったことがあった。
  多摩川の本流から左斜めに掘り割り、水の道が造られていた。
  う~ん、ここから新宿までネ~!! それほど高低差もない平地をよくもま~!!
  と感嘆しきりだった。

(2) 一概に「昔の事はすべて今より劣っている」は禁物ですな。  
 

お礼日時:2010/11/13 20:05

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空想の話で恐縮です。

時代小説を読んでいて時々思うのですが、もし今の日本人がタイムマシンか何かで数百年前の江戸時代に戻り、そこで1ヶ月ほど当時の一般庶民の家に滞在するとしたら、何で困ると思われますか? あるいは何も困る事はないでしょうか?

例えば食事。 衛生状態は今ほど清潔ではなかったはず。 もしかして最初の食事で腹痛や下痢をおこし、ギブアップになるでしょうか? それとか味付け。 現代人の口に合うでしょうか? 我慢しないで1ヶ月食べ続ける事に何も問題ないでしょうか? それとか、今のように肉食はそんなにしなかったはず。 せいぜい鳥や兎の肉くらいでしょうか? あと、お酒もそうですね。 現代人に飲めますか?

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トイレ。 現代人に当時のトイレで大・小できるでしょうか? 特に女性の場合。

人によって感じ方が違うと思いますが、上に挙げた以外で 「1ヶ月滞在するとしたら、おそらく大多数の現代人にはこれが苦痛だろう、あるいは無理だろう」 と考えられるのは、どんなものでしょうか?

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Aベストアンサー

 下級武士のご新造さんの一日(朝のみ)。
(1)最初にご新造が起床、用便を済ませます。汲み取り便所だから臭いですね。蛆が湧いています。ハエが便所に限らず、そこいらじゅうブンブン飛び回っています。しゃがんでウンコ・オシッコするのはきついですぞ。
(2)次に井戸端で洗顔します。釣る瓶で水をくみ上げて、その水で洗顔、大体は外の吹きさらしですから、これからの季節は寒いですぞ。
(3)朝食の準備にかかります。井戸端で味噌汁の実にする大根を洗い、米を研ぎます。台所の水がめに水を張ります。ブリキのバケツではなく、木の桶で運びますから重たい。道具は何でも重たくて大変。飯炊きの釜や薬缶もアルミ製のものはありません。みんな鉄か瀬戸物です。
(4)カマドに火を着けます。火打ち石でやります。なかなか火が着かず難しいです。火吹き竹で空気を送り込んでやっと景気よく燃え出しました。飯を炊きます。一人当たり三匹の目刺をあぶります。
(5)雨戸を開けます。障子はみな紙です。ガラスではありませんので、吹き降りの日だと雨戸を閉めないといけません。昼間でも暗いです。
(6)家族そろって朝食。
(7)食器などを洗います。油の着いた食器を洗うのは大変です。ママレモンはありませんのでギトギトがなかなか取れません。水道の水でジャージャーやるわけのもいきません。
(8)井戸端で盥で洗濯します。これも大変です。

・・・女性は大変でしょう。田舎の明治生まれの女は、以上のようなことをやっていました。江戸時代とそんなに変わりません。電気(裸電球)とマッチだけが江戸時代よりマシなだけです。

>「1ヶ月滞在するとしたら、おそらく大多数の現代人にはこれが苦痛だろう、あるいは無理だろう」 と考えられるのは、どんなものでしょうか?
・・・夏場の暑いときに一ヶ月滞在すれば、参るでしょう。
・網戸がないので蚊に食われる。
・ハエがブンブン飛び回る。食卓の食べ物にハエがたかる。
・冷房や扇風機がないので暑い。雨の日は雨戸を閉めるのでこれも暑い。
・便所が臭く、人の体も臭い。
 夏場でいいことは、行水などで女性の裸を見る機会が多いことくらいかな。

 下級武士のご新造さんの一日(朝のみ)。
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Q江戸時代の関所って関所を通らなくてもよかったのでは

江戸時代の関所ですが、別にそこの関所を通らなくても迂回することは可能ですよね?例えば箱根の関所ですが、やる気になれば街道から一歩山の中へ分け入り、そこから関所を越すという感じでやれば関所を通らなくてもOKのような気がします。もちろん道なき道をわけいるのは面倒で勇気のいることだとは思いますけど、やってやれないことはないと思います。

入り鉄砲・出女と言われますが、鉄砲商人だったら死ぬ気でやれば見つからずにできたと思います。今みたいに山の中へ入ったら装置が作動して電気が付くなんていう事もできなかったと思いますし。あと時代劇とかで出女が関所を通るときに身分を偽って顔を隠すみたいな事をしていますが、これも関所を通らずに別のルートで出て行けたような気がします。

そこで質問ですが、関所はそれなりに機能はしていたと思いますが、本気で回避しようとしたら回避できたのではないでしょうか?

Aベストアンサー

>本気で回避しようとしたら回避できたのではないでしょうか?

士農工商のうち、農工商については通行手形なしで旅をした人もいるくらいで、回避方法はいくらでもあったようです。
例えば、厳しくて有名な箱根の関所の場合、関所近くの間道にも小さな番所が設けられていたり、森の中に鳴子(ヒモに触れると音が出る)を張ったりしていました。
が、箱根自体を通らず、北の方から迂回するルートはあり、そこの関所をこっそり抜ける道を案内する仕組みはあったそうです。
もっとも、こんな仕組みができるようになった頃には、関所自体、あまり取締が厳しくなくなっていた現実もあるようです。

でも、士分はそうはいかない。
入り鉄砲・出女は武士を対象にした規制ですが、例えば(こんな例はないと思いますが)、大名の妻が江戸から国へ帰った場合、関所を通ったという記録が残っていないと後が大変です。
幕府と戦をするつもりがあると見られてもしょうがない。

身分に関係なく、江戸を出る時は許可を得る必要がありますし、
大名の場合は大目付によって妻子が江戸藩邸にいるかどうかチェックされていましたので、入り鉄砲・出女は関所だけがチェック機関だったわけではないのです。

ただし、幕末になると妻子を国に返してもかまわない、ということになり、出女については意味がなくなっています。
討幕運動が一気に盛り上がれた要因の1つかもしれません。

>本気で回避しようとしたら回避できたのではないでしょうか?

士農工商のうち、農工商については通行手形なしで旅をした人もいるくらいで、回避方法はいくらでもあったようです。
例えば、厳しくて有名な箱根の関所の場合、関所近くの間道にも小さな番所が設けられていたり、森の中に鳴子(ヒモに触れると音が出る)を張ったりしていました。
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Qクリエイティブってどういう意味ですか?

「クリエイティブ」ってどういう意味ですか?また、こういった「日常でよく聞く言葉だけど、意味がよくわからない」というものを、どうやって調べたらいいですか?ちなみにgooの辞典なんかを使って「クリエイティブ」と調べてみましたが、分かりませんでした。つまらない質問でごめんなさい。

Aベストアンサー

「クリエイティブ」は英語の"creative"から来ていて、「創造的な」「創造力のある」「独創的な」「創作的な」という意味があります。

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参考URLの「カタカナ表現」には、残念ながら「クリエイティブ」は載ってませんでしたが、今後役立つこともあるかも知れません。

参考URL:http://home.alc.co.jp/db/owa/reloc?genre_i=001&ctgr_i=001002&url_i=http://home.alc.co.jp/db/owa/ehj_idx

Q戦国時代以前の飲み水確保の所要時間

農民階級の人間は最大何キロぐらい往復して飲み水をバケツで運んでいたんでしょうか?
貧困層は一日何十分ぐらいを飲み水確保のために費やしていたのか参考書などあれば教えてください。

Aベストアンサー

http://www.city.saijo.ehime.jp/mizunorekishikan/lineup3-8-2.htm

そんなに苦労していないかと。

世界的に見て、日本は大量の雨水が急速に流れれている(濾過される)場所なので、江戸時代に江戸という、鹹水地域に無理やり巨大都市を作るまでは、大掛かりな飲み水供給システムは作っていないように思います。

上記の西条市の例でも井戸が平安時代から存在しています。

江戸時代前の長期の大都市というと京都になりますが、京都盆地は、琵琶湖に相当するような古代湖の上に出来上がっているので、地下水が非常に豊かです。

平安京提要
とかに「その後の試掘,立会調査では、平安中期から鎌倉時代にかけての包含層、平安末期の井戸などが確認されている」とかある。

現代人のイメージでの水田地帯は、江戸初期の新田開発の結果であり、その前の段階では、農作の主力は扇状地などで、扇状地は飲料水には事欠きません。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%87%E7%8A%B6%E5%9C%B0
ここでの湧水というやつ

http://www.city.saijo.ehime.jp/mizunorekishikan/lineup3-8-2.htm

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Qなんで世界中で”日本人”しか海藻食べないのでしょうか?

一部、韓国などで”味付け海苔”を真似て食べてるようですけど・・・

外人の研究で、海苔は日本人しか消化できる酵素をもっていないというのは分かります。

しかし、そんなのは長い歴史の食生活の話であって、 日本人は古代から海の幸して、魚も海藻も食べといました。

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ま~確かに醤油がなければ、かなり調理しようのない食材だとは思います。

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でも現代では、世界のどの地域でも、醤油もマヨネーズも手に入ります。

今世界で日本の豚骨ラーメンが流行っているそうですが、昆布の出汁が流行る時代も来るのでしょうか?

Aベストアンサー

常食という意味では日本人だけですけど、
海藻を食べる民族や国は他にもあります

 有名なのは中国で江戸時代からかなりの量の昆布が薩摩琉球経由で送られました。総菜の材料として,水にもどして細切りにし野菜や肉と一緒に炒めたり煮込んだりされます。
 大陸内部の人たちにとってヨウ素の供給源として大切だったようです。
 次にロシア。生昆布を細切りにしてオイル漬けされた缶詰があります。、サハリンなどの生産地近くで野菜代用にしているようですね。

 イギリス北部、アイルランドは海草を食べる習慣があります。ひじきも食べるし、ひじきのジャムがあるらしいです。

 日本が常食として有名なのはやはり『わかめ』の存在が大きいと思いますよ
わかめは古来日本近海で繁殖している海藻で海外にはなかったんです。
 近年バラスト水などで世界的に繁殖してます。移入先の天敵皆無の環境下で一方的に増殖する為
世界の侵略的外来種ワースト100 (IUCN, 2000) 選定種の1つにされています。
 なのでそもそも日本以外にわかめがないわけで・・・食べる文化も育ちにくかったと思います

常食という意味では日本人だけですけど、
海藻を食べる民族や国は他にもあります

 有名なのは中国で江戸時代からかなりの量の昆布が薩摩琉球経由で送られました。総菜の材料として,水にもどして細切りにし野菜や肉と一緒に炒めたり煮込んだりされます。
 大陸内部の人たちにとってヨウ素の供給源として大切だったようです。
 次にロシア。生昆布を細切りにしてオイル漬けされた缶詰があります。、サハリンなどの生産地近くで野菜代用にしているようですね。

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