私はいつも純文学を読んでいます。

これはドストエフスキーやトルストイなどの古いロシア文学や、日本で言えば夏目漱石や公房や村上春樹などを愛好しています。話の内容は重く、中身は濃いものです。

しかし最近さらっとカフェなどで暇つぶしに読むために、ミステリー小説を読もうと思い、何冊か流行りの海外物を読んでみました。このミステリーはすごいなどの雑誌を参考にしました。

とても面白かったです。こんなにもハラハラドキドキし、徹夜してでも読んでやろうと意気込んだ読書は初めての経験でした。

しかし読んで1週間くらいしたらすべて忘れてしまって何も残りません。

かなり空っぽで、正直暇つぶし用以外、なにも人生のためになるとか価値観が変わるとかそういったことはまずありません。ハリウッド大作映画よりはかなり面白く時間を潰せるのですが、読後はだいたい映画と同じような感じになります。

読んだ海外ミステリーは、最近世界中で大流行したスウェーデンのミレニアムシリーズ3作品すべて。犬の力、チャイルド44です。これらの作品はとても楽しかったです。

そこでみなさん。海外もの限定で読後、純文学とはいかなくても、ミステリーの枠に収まらないすぐれた作品を教えてください。作家でもOKです。

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A 回答 (8件)

推理小説という呼び方より、ミステリー、サスペンス、ハードボイルドというくくり方だと物語性の強いのもちらほら。



ドロシー・L・セイヤーズ作『ナイン・テイラーズ』創元推理文庫。

P・D・ジェームズ作『皮膚の下の頭蓋骨』ハヤカワ文庫。

D・E・ウェストレイク作『斧』文春文庫。

レイモンド・チャンドラー作『長いお別れ』ハヤカワ文庫。近年、村上春樹訳で新潮社版も出てたはず。

ロバート・B・パーカー作『初秋』『晩秋』ハヤカワ文庫。

ヒラリー・ウォー、パトリシア・ハイスミス、マイクル・コナリー、ミネット・ウォルターズ、サラ・ウォーターズ、ロバート・ゴダード、トマス・H・クック。

海外エンターテイメント小説の紹介本には、児玉清著『寝ても覚めても本の虫』新潮文庫もあります。

日本人作家だと、稲見一良(いなみいつら)、原りょう(りょうはウ冠のない寮)、多島斗志之。読んだあとグッと来ます。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
大変参考になりました。
私の友人たちもまずチャンドラーとエーコを上げていました。
やはり純文学として読めるものが多いそうです。

お礼日時:2010/11/24 17:16

私もフィリップ・マーロウシリーズ夢中になって読んだ時期がありました。


そのチャンドラーの後継者と言われているロス・マクドナルドの「動く標的」などもおすすめです。
カトリーヌ・アルレーの「わらの女」も衝撃的でした。
古い作品ばかりですが、いずれも私自身ロシア文学と両立しているので大丈夫だと思いますがいかがでしょうか?
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
すべて読んでみます!

お礼日時:2010/11/24 17:20

レイモンド・チャンドラーのフィリップ・マーロウシリーズ


ハードボイルド派の中で最も有名な探偵
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
はやりマーロウですね

お礼日時:2010/11/24 17:20

No5の回答者です。


サラ・ウォーターズ「半身」は2005年版ではなく「2004年版」のこのミス海外編1位」でした。
訂正してお詫び申し上げます。
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ブッカー賞・ゴングール賞など(純文読みの方なら賞の説明などは今更不用と思います)の受賞作家で、


なおかつ日本国内でミステリとして読まれている小説を書いている作家を何人か、ご参考までに。

●カズオ・イシグロ「わたしを離さないで」 2005年ブッカー賞最終候補 2007年版このミス海外編10位
カズオ・イシグロ「わたしたちが孤児だったころ」 2000年ブッカー賞最終候補
(カズオ・イシグロは「日の名残り」で1989年ブッカー賞受賞)

●サラ・ウォーターズ「半身」 2000年サマセット・モーム賞 2005年版このミス海外編1位
サラ・ウォーターズ「荊の城」 2002年ブッカー賞最終候補 2005年版このミス海外編1位
サラ・ウォーターズ「夜愁」 2006年ブッカー賞最終候補
サラ・ウォーターズ「エアーズ家の没落」 2009年ブッカー賞最終候補
 
●マイケル・フレイン「墜落のある風景」 1999年ブッカー賞最終候補 邦訳は創元推理文庫。
マイケル・フレイン「スパイたちの夏」ウィットブレッド小説賞(現コスタ賞)

●マーガレット・アトウッド「昏き目の暗殺者」 2000年のブッカー賞 2001年のハメット賞(ハードボイルドの始祖の名を冠した賞)

●コーマック・マッカーシー「血と暴力の国」映画「ノー・カントリー」原作。邦訳は扶桑社ミステリー文庫。
(コーマック・マッカーシーは「すべての美しい馬」で1992年全米図書賞・全米批評家協会賞を受賞。「ザ・ロード」で2007年ピューリッツァー賞文学部門を受賞)

●ジャン・ヴォートラン「パパはビリー・ズ・キックを捕まえられない」1996年版このミス海外編10位
(ヴォートランは「Un grand pas vers le Bon Dieu 」(邦訳は無いみたい)で1989年ゴンクール賞)

●シャスティン・エークマン「白い沈黙」
(訳者後書きに寄ればエークマンはスェーデンでは純文学畑の作家としても既に不動の位置にある作家とのこと)

●ウンベルト・エーコ「薔薇の名前」 1991年版このミス海外編1位 文学ミステリの代表格。

他に、純文系の賞取り作家では無いけれど
●クリストファー・プリースト「奇術師」2005年版このミス海外編10位
クリストファー・プリースト「双生児」2007年週刊文春傑作ミステリー海外部門4位
●「ケルベロス第五の首」ジーン・ウルフ 2005年版このミス海外編19位

実はNo4の方が仰るように私も「ミステリは知的暇つぶし」であることが第一義」だと思ってはいるのですけれど。それに空っぽと感じられるかどうか、個人の好みもあると思いますしねえ。私には「ミレニアム」より「砂の女」の方が「空っぽ」と感じられるので。

この回答への補足

 

補足日時:2010/11/24 11:55
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この回答へのお礼

 

お礼日時:2010/11/24 17:19

「木に依りて魚を求む」という言葉がありますが、知的暇つぶしであることが第一条件のミステリに、「人生のためになる」ということを求めることが、やや的外れではないかとも思いますが。

各ジャンルの文学には、それぞれ守備範囲があります。ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』に人生を求めても無駄なのと同じように、ミステリに純文(のごくごく一部の特徴である)人生を求めても詮無いことです。

しかし、「知の文学」としてのミステリなら

ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』

は必読でしょう。あと、イギリス「文学」の特色でもある「風俗小説」としてのミステリとしては

ドロシー・L・セイヤーズの一連の作品
クリスチアナ・ブランドの一連の作品
ルース・レンデルやP.D.ジェイムズの一連の作品

などを読まれてはいかがかと思います。

ただ、上記に書きましたが、「空っぽ」と読まれているのは、ご自身の読み方が間違っている可能性も考えられた方が良いかと思いますよ。
文学とは、様々な書き方、読み方があるものですし、その中で「重い」とか「人生」云々は、ごくごく一部のものに過ぎませんから。

この回答への補足

 

補足日時:2010/11/24 03:33
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この回答へのお礼

 

お礼日時:2010/11/24 17:17

刑事コロンボの原作本は読まれましたか?



まず、ここが出だしだと思います。アクがアクを制する という、本来の姿で描かれてます。

あとは、
 月長石

アイザック・アジモフ の 黒後家蜘蛛の会、鋼鉄都市

基本的に、「数学が面白い」と感じ無い人には、推理小説って向かないと思うので、ハードボイルドやルパンなどの方が良いかもしれません。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
アシモフを読んでみます。

お礼日時:2010/11/24 17:14

 そもそもミステリーとは娯楽作品ですから、質問者さんが望まれるような要素は少ないでしょう。


 ミステリーとしてのおもしろさということであれば、本格派と呼ばれるジャンルが相当するでしょうが、これらもトリックなどに重点が置かれているので、人生観に影響するようなものはあまりないかと思います。
 あえてそういった要素がありそうなのは、社会派とされるジャンルでしょうか。松本清張などはその代表的な作家です。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A4%BE%E4%BC%9A% …
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この回答へのお礼


松本ではなく、海外の作品を聞いています。

お礼日時:2010/11/24 17:13

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 名作純文学がこれみな名文か、といわれると御認識のように決してそうではなく、大江は悪文の代名詞ですし、『蟹工船』の小林多喜二も下手な方です。小林多喜二、いいけど下手くそですよw

 私が旧い人を推したのは、旧い人は悪文・名分はともあれ、言いたいことを伝えようとする意志が非常に強く、それゆえ読んで感じ入るところが非常に強く、読後に損しない物が多いからです。
 蟹工船も、現代では絶対書けない迫力に満ちており、その先は共産主義の破たんが明らかになった現代でも、ラストの爽快感は繰り返しになりますが、現代の作家に書きえないものだからです。蟹工船読まれるなら、『一九二八・三・一五』が併載されている、岩波文庫版がいいです。流行った新潮文庫版は、新しい装丁はいいけど(旧いのはヒドかったんですよ)、併載が『党生活者』で、迫力に今一つ欠けるので。

 純文学という概念が現代では極めて希薄です。村上の作品はつねにベストセラーですが、それは量産された大衆の読む大衆文学である、と言われたら反論しがたいですよね。また、村上は『ロング・グッドバイ』なんてタイトルで、チャンドラーのハードボールド『長いお別れ』を自分訳していますが、大衆英米文学をオレオレ訳している彼は≠純文学者でしょうか。
蛇足ですが、村上のオレオレ訳刊行行為、私は反吐が出る気分です。

 純文学、なんて概念であれこれ言っているのは、みんな馬鹿にするけど便利な時には便利なウィキペディアみたら、世界で日本人とロシア人だけでした。ちょっとビックリでしたが、せっかく現代に生きているのですから、純文学・大衆文学とかまえずに、興味がわいた本は、なんであれよんでみるのがいいのではないでしょうか。エロでもマンガでも、お料理の本でも、そこから自分になかった感性を見つけ出し、自分のものにできれば、素晴らしいと思いますが。

 文章がうまい人なら、あとは阿川弘之と宮脇俊三です。
 宮脇氏は編集者で、どくとるマンボウ航海記を見つけ、世に出した人です。阿川氏は志賀直哉の最後の弟子ですが、戦記・軍事関連が非常に達者です(それ以外の文学作品もいいですよ。『舷窓』なんておすすめです)。

 で、両者とも内田百閒の『阿房列車』に心酔し、阿川は『南蛮阿房列車』ほか多くの旅行記を、宮脇は鉄道紀行を文学にした、といわれる素晴らしい紀行文を数多くのこしています。阿川だったら個人的ベストは『暗い波濤』 宮脇なら『時刻表昭和史』ですね。
 純文学と悩むと、現下の出版状況ではきっと袋小路にハマって困られると思います。古今東西なんでも、読んでみるのが吉でしょう。

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とは思いますが、あえて!特に、明るい純文学を知りたいです。

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お時間のある方、よろしくお願いします。

最近気になって仕方がないのですが、純文学と大衆文学の違いとは
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こんにちは。
お礼読ませていただきました。すぐに補足を書いたのですがgoo側に
削除されてしまったようで、kaigaisenさんの補足要求の再回答が
結果として遅れてしまい、失礼しました。

<<宮本輝について>>
純文学より大衆文学にカテゴライズされる作品がはるかに多いです。
ダ・ヴィンチ誌上インタビューで「希代のエンターテインメント小説作家」
というタイトルが振られるくらいです。
『道頓堀川』から読書を始められるのはお薦めしません。純文学→大衆文学への
変遷作なので、
(1)作品として洗練されていない(私個人は大変好きな話ですが)
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という要素があるからです。
kaigaisenさんが質問の「純文学・大衆文学」にこだわって理解を深められたいなら(2)の方法で作品を読むとよいかもしれません。
単に宮本作品を読んでみよう!と思われたのでしたら、『ここに地終わり海始まる』『錦繍』がよいかも。
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<<漱石・鴎外について>>
鴎外は『舞姫』かな?
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<<純文学の暗さについて>>
生と死はどうしてもエンターテインメントなしに語ると自然と暗くなりませんか?
だから意識して暗くかいてるわけじゃないと思います。
ただ海外の純文学は日本のものより明るいイメージを抱くことが。
芸術作品を作り上げる際に影響するだろう、国民性の違いでしょうか?

こんにちは。
お礼読ませていただきました。すぐに補足を書いたのですがgoo側に
削除されてしまったようで、kaigaisenさんの補足要求の再回答が
結果として遅れてしまい、失礼しました。

<<宮本輝について>>
純文学より大衆文学にカテゴライズされる作品がはるかに多いです。
ダ・ヴィンチ誌上インタビューで「希代のエンターテインメント小説作家」
というタイトルが振られるくらいです。
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