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日本軍は歩きまくっていたそうですが、
中国では歩くより止まれるから戦いたいという話をきいたことがあります。
そういった中で豆が出来て歩けなくなったとか、
足が痛い、体力が無くて落伍したら死ぬしかないんでしょうか?
落伍したけど生き延びた話があればお願いします。

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A 回答 (4件)

戦争ってのは落後してもおうちに帰るわけにはいかない。



落後、即、死を意味するのだから、豆ができても歩き続ける。

軍のマネジメント(指揮官)だって、落後者が大勢でるような強行軍を決行しては戦力低下し、ひいては自分の命を失うことになるので、できるだけ落後者が出ない範囲の行軍計画を立てる。演習で50キロ行軍に耐えた兵士に対して実戦では30キロ行軍を計画するという具合に。

ですから、攻める時(=計画的作戦)の行軍ではあまり落後者は出なかったと考えられます。

敗軍の行軍は計画通り行くものではないでしょうから、落後者には水と食糧を与えてお休みしてもらったのでしょう。
一旦落後した兵は二度と追いつくことは出来なかったでしょうね。
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5分遅れれば5分休みが減ります。


1時間遅れれば1時間休みが減ります。

こうやって落伍兵はどんどん落伍して行きます。

軍隊には、道足行軍から駆け足行軍まであり、
背嚢と小銃を背負って駆け続け、1日に100kmを移動する場合もあります。

徒歩速度時速4km

>落伍したけど生き延びた話があればお願いします。

4X24=96
寝なければ歩ってでも十分に追いつきます。
落伍したままなら無視です。(死以外に道が無いから。)
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この回答へのお礼

でも重い荷物持ってるから無理では

お礼日時:2010/11/27 19:26

日本軍の軍事教育のやり方は「強靭な精神」を養う事にあります。

ですから歩かせる訳です。戦前の学校の遠足も「行軍」って呼んでたんですよ、実は。

落伍したけど生き延びたとかいう話は聞いた事がありません。しかし日本の軍部の歴史を紐解いてみれば、「生き残りは恥」とされてましたから、行軍などで落伍した兵士は「自害」したのが殆どだと思います。落伍して生き残れば「敵前逃亡」と同じ扱いになり、軍法会議にかけられたという兵士の話もありますから、軍法会議にかけられて部隊を追放されて故郷に戻れば、その家は村八分にあったとも聞きます。そうゆう恥を晒すよりは「死」を選んだのは想像に難くありません。それが「美学」とされてた時代背景もありますから。

事実、八甲田山雪中行軍遭難事件の際に、青森歩兵連隊の指揮を執った神成大尉は、行軍失敗の責任を取り、舌を噛んで自害してます。落伍した訳では無いのですが、指揮官として責任を取ったのでしょう。それ程軍部の規律は厳しかったとも言えます。
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1、敵地に向かう時の落伍


旧陸軍は軍規が異常なほど厳しかったのはご存じと思います。
進軍(これから戦闘に向かう)途中の落伍は、「敵前逃亡」と同じに扱われます。
意図的であろうとなかろうと、まず銃殺確定です。
これは、「厳罰にしなければ、意図的でないふうを装って意図的な落伍(=脱走)が起きる」という理由です。

2、敵地にあるとき、または退却中の落伍
敵地、あるいは敵の追撃の前に取り残された兵隊は、敵に狙われます。
まず助かりません。

助かった話は、あまり聞きませんね。
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