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人の命よりも、競争は尊いのでしょうか?

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A 回答 (11件中1~10件)

それは精神的な快楽なのでは



人の命どころか、政治、外交、経済全てにおいて悪影響を及ぼしているのでは

それも一種の哲学だと思いますよ

堕落と腐敗から生まれた
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この回答へのお礼

競争は快楽であり堕落と腐敗から生まれたものなのですね。

お礼日時:2010/12/10 16:17

No10です。



そもそも心などというものは、固体が生き残る為の法則性を持った生物的な機関です。
脳の無い単管生物でさえ、生き残る為の法則に従い行動します。
「心=生存競争の為の善悪判断基準」ということでしょう。

固体の存在を犠牲にして家族兄弟の為に働く蟻や蜂など、
昆虫基準でも心に似た機関(基準)を持ちます。
最近の研究では、「昆虫には心は無い」とされています。
ロボットに入れる心(の代用機関)の研究結果です。

生命とは何なのか、宇宙の法則に従い動いている存在であれば、
宇宙拡大(熱エントロピーの拡散)に従って存在範囲を広げる法則に基づいているのか、
しかし理論物理学上では永遠にあるはずの時間でさえ反転収縮してしまうらしく、
人の心の存在理由を計る基準も不明確です。

倫理や道徳などの人類学を生物学から切り離すのは危険です。
生物学などの科学の基礎は哲学ですが、哲学を規定する宇宙の絶対法則さえ不明なのです。

命とは何なのかということすら解っていないのに、感情論で「命」を考えても意味ありません。
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この回答へのお礼

御回答ありがとうございました。

お礼日時:2010/12/10 16:14

競争という状態が尊い訳はありません。



人には命を賭けてで守るべき物事があって、それが故に現実の争いになり、累々たる屍を越えてきたという歴史があるにすぎません。

人には人の命よりも尊い物事が有ると言うことです。
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この回答へのお礼

どういうものでしょうか?

お礼日時:2010/12/05 05:03

もちろんです。



あらゆる生物において、生存競争は絶対です。

負ける弱い固体は淘汰されます。
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この回答へのお礼

人間以外の生物は、他の個体の心や気持ちの置かれた立場を考えられると思いますか?

お礼日時:2010/12/05 05:02

「競争」というのが、抽象的で不明確ですが、「人の命=


個人の生」というのと対比している状況からして、
社会規範や組織的目的が、個人の意志の充足より
優先するかどうか、という話であれば、それはその
「個人」の選択によります。

すでに人類は、一人では生きられない社会生命に
なっている以上、何らかの社会性=他人とのギブ&
テイクが必要です。
そこにおいて、ある個人の命の存続が社会全体の
より多くの命の存続を阻害する状況が生じたなら、
その「人の命」は、「社会のため」に奪われ得ます。
もちろん、その「個人」がそれを受け入れたくなければ、
その社会に反旗をひるがえし、また社会を離脱する
選択の自由は残っています。
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この回答へのお礼

御回答ありがとうございました。

お礼日時:2010/12/10 16:15

 こんにちは。



 そうですね。
 どういう考えでこういう質問を問うておられるのか。

 そのうたがいを延ばしてちょっと遊んで答えるなら:
 《競争のほうがとうとい》と言うひとであれば この問いに対して もしくだらんと思ったときには こう答えるでしょう。

   ひとの命を守るために競争をせざるを得ないんですよ。ねっ?

 と。さらにいやみを言いたい思いにかられたなら つけくわえるでしょう。

   だいじょうぶ。人間性をうしなうってことはありませんから。それより
  われわれがこうやって競争に勝つ もしくは 負けないことによって 国
  も世の中の生活も成り立っているのだと自負していますよ。
   どうですか? そうは思いませんか?

 と。
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この回答へのお礼

御回答ありがとうございました。

お礼日時:2010/12/05 04:58

人の命よりも、競争は尊いのでしょうか?




○ すでに回答のある「くらべるものではない」というのが正しい答えですね。
理由が必要ですね。その理由はね。この問いは「愛」と「進歩・発展」と置き換えて良いものだからですね。つまり、あなたは「愛」と「進歩・発展」を天秤にかけてどちらが重いかと問うているのですね。
どちらも人類にとって重要なファクターですよね。
競争は「進歩・発展」の因子ですから、この因子がなければ進歩はありませんね。
同じように進歩が無ければ愛という意味の進歩もありませんね。これちょっと難しいかもしれませんが、例えば、弥生時代のあなたと現代のあなたでは命に対する考え方が同じではない。ということなのですね。つまり、人の愛も環境により進化しているのですね。
これは、進歩が愛に勝るという意味ではありませんよ。人の愛、命があるから進歩やそれに付随する歴史があるという意味ですね。
つまり、同じ立ち位置にある存在が「愛=命」と「進歩=競争」という意味なのです。
だから、「くらべるものではない」ということなのです。
うまくバランスをとっていくしかないものですね。
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この回答へのお礼

御回答ありがとうございました。

お礼日時:2010/12/10 16:18

人の命の方が、大切だと思います。

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この回答へのお礼

わたしもそうおもいます。

お礼日時:2010/12/05 04:50

比べるようなものではありませんね

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この回答へのお礼

そう思われますか。

お礼日時:2010/12/05 04:49

http://oshiete.goo.ne.jp/qa/6347490.html?&status …

の#6の方の意見は説得力があります。参考にして下さい。

イチローや石川遼の玉転がしのゲームや紅白歌合戦の千分の一ほども人の命に関心が持たれていたら、アフリカの子供達は死ななくても済みそうです。
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この回答へのお礼

>イチローや石川遼の玉転がしのゲームや紅白歌合戦の千分の一ほども人の命に関心が持たれていたら、アフリカの子供達は死ななくても済みそう

言えてますね。
彼らも後から気が付いて知っていることでしょう。

お礼日時:2010/12/05 04:55

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