【復活求む!】惜しくも解散してしまったバンド|J-ROCK編 >>

デリダのいう「差延」と、ドゥルーズのいう〈差異と反復〉が同じことを指しているように思えてしまうのですが、どなたか詳しい方、この二つの概念の違いをご教示いただけませんでしょうか。
どうぞよろしくお願いします。

A 回答 (1件)

お早う御座います。


なかなか難しい問題で、やはり回答がすぐつきませんね。
私もど素人ですから、専門家の回答を待っていたのですが。

取り敢えず、個人的な感想としては、
「同じようなものを、別の切り口で見ている」とか「前者が作用に中心をおき、後者が作用内容に中心をおいている」といった感想ですが、全く自信無です。

そこで、すでにご存知かもしれませんが、一冊の本をご紹介して、回答とさせていただきます。

「ベルクソン読本」法政大学出版局

この本は、当然、ベルクソンの解説本ですが、後半に、「ベルクソンとフッサール」「ベルクソンとデリダ」「ベルクソンとドゥールズ」といった小論文が掲載されています。これらの諸論文が、ベルクソンの持続との関わりで、差異と反復・差延・強度といった概念の説明をしています。それと、この本は色々な人の論文が載っており、専門の研究者を探すにも便利かと思います。
例えば、「ベルクソンとドゥールズ」の著者の檜垣さんは、ドゥールズが専門のようで、彼の他の本を当たる事もできるかと思います。

ご紹介した本は、個人的には、難しすぎて、重箱の隅をつついているような感想ですが、専門にやられる方なら、理解できるかもしれませんのでご紹介してみました。

すでに、ご存知でしたら、失礼しました。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

遅くなりまして申し訳ありません。

『ベルクソン読本』は知りませんでした。
たしかに、ベルクソンを介してデリダとドゥルーズの立場の差が整理されるかもしれませんね。
読んでみます。

ありがとうございます!

お礼日時:2010/12/31 02:30

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

関連するカテゴリからQ&Aを探す

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Qデリダの差延はもっと応用できない?

デリダの差延の概念で、リベラリズムとリバタリアニズムの違いとか、新自由主義と新保守主義の違いとか、そういう政治・経済用語の微妙な違いを説明することはできませんでしょうか?

Aベストアンサー

差延の概念はデリダのフッサール批判である「声と現象」で初めて言われた考えで、差異と時間的なズレを合成したものです。
差異はすでに言語学者のソシュールが言語の意味は「語と語とのネガティヴな差異から生じる」と言っていたことに由来し、ソシュールのいう言語の性質、パラディグム(範型)とシンタグム(文法)の内のパラディグムに相当し、1つの語の意味はその家族類似の他の語との差異によって、生じる、ということ。
たとえば、猫は犬や猿や他の動物との差異によって成り立っているということです。
デリダはフッサールが自我は根源的な声から生じると言ったのに対して、意識と意識の差異から生じる、しかも時間的なズレから生じると言って批判しました。
言い換えると自我という実体は存在せず、それは「差異の戯れ」なのだということ。

このようにデリダの差延はフッサールをはじめとする近代哲学の根源が存在するという思想に対する批判として持ち出されたもので、リベラリズムとリバタリアニズムの違いとか、新自由中主義と新保守主義の違いに応用できるものではありません。
もともと哲学の中の自我とか心に対する批判として言われたもので、それを政治・経済問題の微妙な違いを説明するのに使えるとは思えません。

もし、使えるというのなら、デリダの「声と現象」をぜひ読んでみてください。
たぶんそれを読んだなら、あなたのイメージする差延とはまったく違うことが分かると思いますよ。

差延の概念はデリダのフッサール批判である「声と現象」で初めて言われた考えで、差異と時間的なズレを合成したものです。
差異はすでに言語学者のソシュールが言語の意味は「語と語とのネガティヴな差異から生じる」と言っていたことに由来し、ソシュールのいう言語の性質、パラディグム(範型)とシンタグム(文法)の内のパラディグムに相当し、1つの語の意味はその家族類似の他の語との差異によって、生じる、ということ。
たとえば、猫は犬や猿や他の動物との差異によって成り立っているということです。
デ...続きを読む


人気Q&Aランキング