痔になりやすい生活習慣とは?

人は花を美しく感じます。(もちろん、花に無関心な人もおり、美しいとは思わない花もありますが)昔、ネアンデルタール人が仲間の遺体に花を添えて埋葬したそうです。(ただし、異論もあるそうですが) なぜ、昔から人は花を美しいと感じるのでしょうか?

 たとえば、食物である米は、人の生存に直接不可欠です。したがって、人が米をめでるのは納得できます。一方、ほとんどの花は、(美しさを除けば)衣食住に直接役には立ちません。しかし、人は花をめで、綺麗だといいます。この理由を教えて下さい。

 なお、哲学的な・美学的な回答は、別なカテゴリーへ表して下さい。ここでは、あくまで生物学の分野での回答を期待しております。

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」に関するQ&A: 花の名前と種

A 回答 (4件)

サルといえば



哺乳類は、中生代に夜行性動物が主力となったために、視覚が弱くなった。
犬やネコが白黒でモノを観ているといあれです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%93%BA%E4%B9%B3% …

ここの部分哺乳類の進化、第三パラグラフ。
霊長目のみが、哺乳類では異常に色覚が発達しています。
理由は、樹上を食物獲得のニッチとして発達し、色が付いている「花」も食べたからです。
犬猫が過去において、色づいた花を食物にすることはなかったが、人類の先祖は、樹上で他の哺乳類が見向きもしない(昆虫くらいしか食わない)花まで食っていたわけです。

花と他の動物との共進化でいえば、昆虫との付き合いが長いので、霊長目の効果は薄いと思います
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この回答へのお礼

再度の回答、ありがとうございました。
私は、人が花を美しく感じる、と何気なく書きましたが、感じるのは、感覚のうちの視覚でしたね。
人が花を好むのは、「色」が付いている花を食べたから、ということはわかりました。

お礼日時:2010/12/20 08:15

美しいと感じるえもーしょんは食欲というより、性欲に近い感覚です。

花の臭いやら華やかな形態が異性(男女共通の?)の性感を連想、刺激させる(錯覚ではあっても)何らかの因子があるのではないでしょうか。
虫が石油系の溶剤の臭いにひかれるようなものです。

そのほうがなんとなく理にかなっているように思います。
単なる妄想です(笑)。
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この回答へのお礼

別な角度からの回答、ありがとうございました。
花のようにきれいな女性、という表現がありますね。
花を見ると、食欲よりはどちらかというと淡い性感を感じますね。

以下は、私の単なる妄想です。植物にとっては、花は生殖器官の一部です。人も自分達の生殖器官ばかりでなく、花のそれにも引かれるのでしょうか。

お礼日時:2010/12/20 10:54

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E4%B8%BB% …

このへんの段階で、主食が樹上の花や果実だったそうだ。人類の先祖は。
それまでの動物が餌と思っていないニッチの開発によって、サルの先祖は生き残った。

上記の発生の段階で、花を好む遺伝子を持っている個体が生存するうえで優位になります。
その後、花を主食にしない時代になっても、花を好む遺伝子が積極的に種の保存に役立たない限り、花を好む遺伝子は残る可能性がある。

生物学というか遺伝子レベルで考えると、人間がコメを本能的に好むというのはありえないと思う。
ほぼ肉食のイヌイットはたぶんコメを見てもなんとも思わないでしょう。
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この回答へのお礼

回答、ありがとうございました。
人の祖先の祖先は、花まで食べて生き残ったのですか! そのため花を好む(美と感じる)遺伝子が残ったわけですか。
私が米を例に出したのは、確かに不適切でした。

 

お礼日時:2010/12/20 07:58

花が美しいというより、花は生物が美しいと感じる形に進化したと、私は思っています。


何で花が咲くかといえば、虫などによって受粉させるためです。
見た目と香りで他の生き物を呼び寄せるためです。
美しいと思われなかった花は淘汰され、美しい花(植物)だけが残ったと考えたほうが、説明しやすいのではないでしょうか。

この回答への補足

早急な回答、ありがとうございました。
受粉をとおして、花は美しいものに(魅惑的なものに)淘汰され、昆虫はその花を美しく感じる(魅惑される)性質を持つように、淘汰された、ということは、了解しました。
人は、受粉は行わないが、昆虫から、この花を美しく感じる(魅惑される)性質を遺伝的に引き継いだ、ということでしょうか?

補足日時:2010/12/19 21:17
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Q花が美しいのはなぜ? 天の恵み?

花が美しいのはなぜでしょう? 色々考えたのですが、うまい説明が見つかりません。

初めは、進化論的なメリットがあるのかなぁと考えてみました。でも、花にとって、ハチを惹きつけるのは意味がありますが、人を惹き付けてもしょうがないと思いました。また、人にとっては、花が美しいと、確かに気分はいいですが、それが、種として生き残るための必須条件とも思えません。

それなら、教育の効果かなぁと考えてみました。親が子に花は美しいと教えたためでしょうか? でも、現実には、親の好きな歌を子供も好きだということは、むしろまれです。いくら教育しても、人の嗜好は強制できないと思いました。

ということで、「花はなぜ美しいのか?」 うまく説明できません。天の恵みでしょうか?

うまい説明があったら、教えてください。

Aベストアンサー

これはモシ社会も含む黒人アフリカ全般にいえることだが、造形表現で、自然を模写したものがまったくないといってよいくらい欠如している。また、花を植えたり、切り花をして鑑賞したり、自然の景色を愛でたりというならわしがない。サバンナの落日でも、雨期のはじめのパルキア樹の花盛りでも、タチアオイに似た西アフリカ原産の植物であるオクラの花が家の裏一面に、朝露に濡れた花を開いているときでも、私は美しさに思わず足をとめて眺めてしまう。そんなとき、傍らにいるモシの村人に何度も「きれいだね」と同意を求めるように言ってみたことがあるが、反応はなかった。見馴れているから特別の感慨はない、ということでもなさそうだ。
これは私一人の個人的な体験ではなく、一般的な形でモシ社会の知識人の何人かに尋ねてみた結果でも確かめられた。アフリカとインドを主な専攻地域とするイギリスの人類学者ジャック・グディの花の比較文化史の浩翰な著述でも、サハラ以南のアフリカ社会に、花を観賞するならわしがないことがいくつかの留保つきでだが、指摘されている。
(『コトバ・言葉・ことば』川田順造)
長い間、学習は本能と対置されて考えられてきた。この立場では、本能は遺伝によって決定されている行動で、学習は遺伝子から解放された行動ということになる。しかし、この二分法が正しくないことは、二〇世紀の中頃には確立した。ニコ・ティンバーゲンの教科書にはつぎのようなことが書いてある。行動の発達と発現を制御する遺伝的なシステムのことを、本能あるいは生得的行動機構という。経験の結果、この生得的行動機構にある程度持続的な変化がおきたとき、これを学習という。そのとき、中枢神経の過程になんらかの変化が起こっているはずである。(『人間性はどこから来たのか』西田利貞)

飛行機が落ちた原因を、人はあれこれと調査しますが、
だれかが、「それは重力だ」と叫べば、笑われてしまいます。飛行機が落ちた原因は飛んだからです。

色々有りますが、頑張ってください、これを言いたかっただけ(代読、笑。

これはモシ社会も含む黒人アフリカ全般にいえることだが、造形表現で、自然を模写したものがまったくないといってよいくらい欠如している。また、花を植えたり、切り花をして鑑賞したり、自然の景色を愛でたりというならわしがない。サバンナの落日でも、雨期のはじめのパルキア樹の花盛りでも、タチアオイに似た西アフリカ原産の植物であるオクラの花が家の裏一面に、朝露に濡れた花を開いているときでも、私は美しさに思わず足をとめて眺めてしまう。そんなとき、傍らにいるモシの村人に何度も「きれいだね」と...続きを読む

Q花が美しいのは?

花が美しいのは、花が美しいから?
それとも人間がただ美しいと感じているだけ?

花は、人間に見てもらうために咲いているのではないと思いますが、なぜ色とりどりに綺麗に咲くのでしょうか?虫に受粉させるため、みたいな話は聞いたことがあるのですが・・・綺麗に咲く理由にはなってませんよね。見てもらう対象がいるから咲いているように思えて仕方ないのです。それは、花の意思なんでしょうか?
くだらない質問かもしれませんが、よろしくお願いします。

Aベストアンサー

花が美しいのは、花の意思ではなく、心の原理だと思います。心の原理が、心のスクリーンに花を美しく映し出しているのだと思います。

この世界のあらゆる現象の「具体的なありよう」は、全て「心」によって決めれています。例えば、赤い花が赤いのは、花が赤いのではなく、「心」の働きが花に「赤さ」を与えているのです。花は、ただ、特定の波長の光を反射しているに過ぎません。その特定の波長が「赤く」見えるか、「青く」見えるか、あるいは、「灰色」に見えるかは、花の側の問題ではなく、それを見る「心」の側が決めていることです。同様に、花の良い香りも、花自身が良い香りを発散しているのではなく、花から発散される特定の分子を「心」が「良い香り」として受け止めているのです。

ここで、最も不思議なことは、ある波長の光が、「赤く」見えるか、「青く」見えるかを決定しているのは、物質的原理ではないということです。言い換えると、科学的因果関係で決まっているのではないということです。何の理由もなく「偶然」そのように決まっているということです。それを「心の原理」と言っても良いと思います。

同様に、花や景色を美しいと感じるのは、花や景色が美しいのではなく、花や景色が心のスクリーンに美しく映るように、心の原理が働いているからです。では、何故、花や景色は心のスクリーンに美しく映るように、心の原理が働くのでしょうか?これに対しては、2通りの答えがあるように思います。

一つは、もし、花や景色が心のスクリーンに美しく映るように心の原理ができていなかったとしたら、例えば、花を見るとムカつき、花の臭いを嗅ぐと、吐き気を催すように心の原理ができていたとすると、そのような心の原理を持った人類種は、人生を悲観して、生存意欲をなくし、早々に滅亡してしまったと考えられます。従って、結果的に、花や景色を美しいと感じる心の原理を持った人類種のみが今日生き残ったという考えです。

もう一つの考えは、人類が生まれてきた段階で、初めから、花や景色を美しく感じるような心の原理を持っていたという考えです。

私は、後者の考えを取ります。理由は、自然は最もエレガントな解を最初から選んでいるように私には思えるからです。

花が美しいのは、花の意思ではなく、心の原理だと思います。心の原理が、心のスクリーンに花を美しく映し出しているのだと思います。

この世界のあらゆる現象の「具体的なありよう」は、全て「心」によって決めれています。例えば、赤い花が赤いのは、花が赤いのではなく、「心」の働きが花に「赤さ」を与えているのです。花は、ただ、特定の波長の光を反射しているに過ぎません。その特定の波長が「赤く」見えるか、「青く」見えるか、あるいは、「灰色」に見えるかは、花の側の問題ではなく、それを見る「心...続きを読む

Qチンパンジーも花を美しいと感じるのか?

人はなぜ、花を美しいと感じるのか?検索したら以下の過去ログがありました。

http://oshiete.goo.ne.jp/qa/6394795.html

上記の回答者の説明によると、霊長目はかつて樹上生活時代、花を主食にしていたからということです。納得したのですが、とすると霊長目の子孫であるチンパンジーも我々人間と同じように花を見て美しいと感じているのでしょうか?あるいは今でも花を普通に食べるのでしょうか?
ゴリラやオランウータンはどうですか?

「花を好む遺伝子が積極的に種の保存に役立たない限り、花を好む遺伝子は残る可能性がある。」
とのことですから、チンパンジーが今花を食べないのだとしたら、積極的に種の保存に役立たない状況が過去においてあったということでしょうか?

ところで、「花を好む遺伝子」というのは、実際に遺伝学者か誰かが突き止めて発見しているのですか?
宜しくお願いします。

Aベストアンサー

こんにちは。
「花を好む遺伝子」というのは理論上存在しません。
どうしてかと言いますと、もしそのようなものがあるとしますならば、例えば星を美しいと思う遺伝子や、宝石を好む遺伝子など、この世のありとあらゆる美しいものを好む遺伝しがそれぞれあるということになってしまいます。そしてもちろん、このようなことは事実上、ちょっと考えられません。

では何故、我々は花を美しいと思うのでしょうか。それは、多くの人が生後にそう学習するからです。従いまして、我々人間と同様に、チンパンジーにも花を好むことを学習するのは十分に可能です。但し、野生動物は生きてゆくために食べることが何よりも優先ですから、その生活のほとんどが花より団子ということになると思います。

では何故、多くの動物は花を美しいと感じることができるのでしょうか。
我々動物の脳には、環境からの入力情報に対して利益・不利益、安全危険を判定する能力が生得的に備わっています。視覚入力でしたら色彩が鮮やかで目立ち、判別しやすい。加えて上下左右が整然と安定している。動物の脳はこのようなものに安心感を覚え、報酬刺激と判定します。これに対し、色形が不安定で識別しづらいものには不安を感じます。そして、この基準に照らしますと、動物にとって花は本質的に美しく安全なもとなり、我々人類はこれに基づいて花を愛する文化を育んできたということになります。

ではでは何故、植物は動物に好まれる色や形を身に付けたのでしょうか。それは、植物が動物を利用するためです。具体的に述べますと、花の蜜で昆虫を呼び寄せて受粉してもらう。あるいは、熟した実を鳥や動物に食べてもらい、中の種子を遠くに運んでもらうといったことです。
今から一億年ほど前、陸上動物のほとんどは色覚を持たない色盲でした。ところがそのころ、植物界に被子植物の出現という大変革が起きました。
それまでの裸子植物は、毒を持ったり棘を生やすなど、ひたすら動物に食べられないようにして自分たちの身を守っていました。ですが、新しく現れた被子植物の生命戦略は、自ら目立ち、動物に食べられてもらうことによって子孫を残すという、180度の大革命でありましたた。そしてこれにより、動物は植物から蜜や果実などの栄養を得、植物は確実に子孫を残すという「動植物の共生関係」が確立されました。

しばらくして地上から恐竜がいなくなりますと、それまで夜行性であった我々の祖先は昼の世界に進出します。すると、そこには色鮮やかな花や果実が咲き誇っていました。それまで色盲だった我々の祖先は、色覚という新しい能力を発達させることにより、その中から赤く実ったより栄養のある果実をいち早く見つけ出すことができるようになありました。そしてこれにより、我々の祖先は生存競争に勝ち残りました。

このように、我々が何故花を好むのかと問われるならば、そこには一億年前の「被子植物の出現」と、これに伴う「色覚の発達」といった生物学的要因が背景にあるのではないかと考えます。
因みに、チンパンジーが花を食べていたとしますならば、それは蜜の味を学習したためと考えるのが妥当と思われます。霊長類の強みは雑食性であり、基本的に食べられるものは何でも食べます。ですが、もしかつてその主食が花であったとしますならば、とてもでは栄養が足らず、少なくとも現在のような繁栄は成し遂げられなかったのではないかと思います。

こんにちは。
「花を好む遺伝子」というのは理論上存在しません。
どうしてかと言いますと、もしそのようなものがあるとしますならば、例えば星を美しいと思う遺伝子や、宝石を好む遺伝子など、この世のありとあらゆる美しいものを好む遺伝しがそれぞれあるということになってしまいます。そしてもちろん、このようなことは事実上、ちょっと考えられません。

では何故、我々は花を美しいと思うのでしょうか。それは、多くの人が生後にそう学習するからです。従いまして、我々人間と同様に、チンパンジーにも花を...続きを読む

Qなぜ花はきれいとされるのか?

女の人のハンカチのプリントがお花だと素敵に見えますが
ゴリラの絵だと少し不快に感じます。

それはなぜですか?
「花はきれい」という固定観念があるからですか?

よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

こんにちは。
我々が花を美しいと感じるのは、これは生物学的な反応であり、固定観念ではないです。
植物が花や実を付けるようになったのは今から二億年ほど前のことです。これは、動物の目を惹き付けるためです。
それまでの裸子植物は棘を出したり毒を持ったりしてひたすら動物に食べられないように身を守っていました。これに対しまして、被子植物といいますのは動物に食べられることによって受粉をしたり種子を運んでもらうなどの恩恵を受けています。このためには目立たなければなりません。この進化が成功し、被子植物は現在でも繁栄しています。
またこれに伴い、その直後に動物の方にも「色覚の発達」という新たな変化が起きました。これは、美味しい蜜や果実を素早く見付け出さなければならないからです。
我々動物の脳には「利益と不利益」、この二種類の反応しかありません。従いまして、注意が促され、何らかの感覚入力がありましたならは、脳は必ずや「利益・不利益」、このどちらかの判定を下さなければならないわけです。
どのような特徴が注意を惹くのかは無数に試され、生存競争に勝ち残ったものが現在の花です。植物は元々、動物の目を惹き付けるように進化しました。我々が花を美しいと感じるのはこのためと考えられています。

この反応は全人類に共通であり、
味覚や触覚などの「近感覚にはワンダフル!」ですが、
視覚や聴覚などの「遠感覚にはビューティフル!」と、
外国でも同じような表現を使います。
このように、花が美しいのは我々人間が動物である証であり、それは固定観念ではなく「既成概念」です。
では同様に、人類にとっては女性が美しいのもまた生物学的反応の結果に他なりません。
「女性は花柄のハンカチを持つべきだ」
残念ながら、これは固定観念ということになると思います。このようなものは文化的な性差別であると主張するひとはずいぶんと増えました。ですが、女性の美しさと花の美しさに共通の生物学的価値があるとしますならば、人類にとってこのような文化は必然であったと言わざるを得ない部分は多分にあると思います。このため、結果的には多くの女性が花柄のハンカチを好みます。
だからといいましても、ゴリラのハンカチは個人の自由ですから、女性が使ってはいけないというのは偏見です。ですが、そこにゴリラのジャケットやゴリラのパンツだったとしますならば、これはちょっと近付かない方が良いかも知れません。

こんにちは。
我々が花を美しいと感じるのは、これは生物学的な反応であり、固定観念ではないです。
植物が花や実を付けるようになったのは今から二億年ほど前のことです。これは、動物の目を惹き付けるためです。
それまでの裸子植物は棘を出したり毒を持ったりしてひたすら動物に食べられないように身を守っていました。これに対しまして、被子植物といいますのは動物に食べられることによって受粉をしたり種子を運んでもらうなどの恩恵を受けています。このためには目立たなければなりません。この進化が成...続きを読む

Qなぜ「美しい」と感じるのか

自然や芸術作品を見て美しいと感じるメリットはなんですか?
進化する上で便利なことでもあったのでしょうか。
また、黄金比というものがありますがなぜあの比率なのですか。

その他にも「進化論視点からのメリット」以外のアプローチも聞かせて頂けたら幸いです。

Aベストアンサー

私は母方の家系から美的センスを受け継いでおり、絵画の良し悪しが分かるほか、芸術の理論もある程度は理解できるという自負を持っていたのですが、Tarou_Y様の質問は、あまりにもストレートな剛速球で、一瞬、頭が真っ白になってしまいました。

が、良い刺激をいただいたものと考え、気を取り直して、出来る限りのことを書かせていただこうと思います。

まず進化論的アプローチですが、結論から述べますと、哺乳類の場合は美しさのメリットはゼロ、鳥類の場合は美しさのメリットあり、だと思います。鳥類は嗅覚が退化して視力が進化しており、色を認識する能力も高いという傾向があります。したがって、鳥にとっては美しさや色の鮮やかさは健康状態が良好であることを示す指標であり、クジャクを頂点として、異性の獲得には美しさを競い合うことが多く、それにより、健康状態が良好な子孫を残していくという実利があるように思われます。他方、哺乳類は極度に聴覚が発達した生き物であり、色彩を認識する能力は低いという傾向があります。人間は哺乳類の中では少数派の優れた色彩感覚を持っている動物ですが、哺乳類の枠から外れるほどの特殊な生き物ではありません。哺乳類の場合、異性の獲得は、直接的な体力勝負で決まる傾向があり、極端な例ではオットセイは一番強いオスが多数のメスのハーレムを作るという生物だし、昨日NHKで放映された「ダーウィンが来た」によれば、もっとも人類に近い類人猿のチンパンジーにしても、メスや群れのリーダーの座を争う際は、体力の誇示が基本だそうです。

次に、自然と美という観点についてですが、自然を美しいと感じるのは、癒し効果があるとかリラックスするとかいう程度のメリットしかないと思います。かつては自然の模写がもっとも優れた美術であると考えられていたこともあるのですが、ヨーロッパ文化の場合、近代の始まりと共に強い自我を肯定的にとらえる傾向が出てきて、単なる自然の模写よりも、人間の内面を描いた精神的作品のほうが優れているという方向に考え方が変わってくるわけです。この傾向は、シュールレアリズムやドイツ表現主義において頂点に達し、フロイトの内面心理分析とも密接な影響関係を持ちながら勢力を拡大させていきます。また、カメラの登場により、写実の価値が激減してしまい、美術には写実を超えた何かが求められるという傾向が強まります。その結果、人間性を描いた作品をさらに乗り越え、美の基準が分からなくなってしまった時代において、純粋に色彩や形態だけで強く心を刺激するという象徴絵画や、写実性の残滓を示しつつも、人間などの形態を極度にデフォルメして描くキュビズムなどが登場してくるのです。この傾向を極端に推し進めたのは実験的絵画やダダイズムに分類されるマルセル・デュシャンという人物で、単なる目に優しいだけの絵は「網膜的」なものに過ぎないと言う主張をしています。

美術が算数と大きく違う点は、答えはひとつではない、ということです。一般論からいえば、こういった空間配置や色彩感覚が望ましいという古典的な基準はいくつかあり、黄金比もそのような基準のひとつだと思えばよいでしょう。なぜ黄金比を見て人間が美しさを感じるのかというと、おそらく、黄金比が木の葉や巻貝など自然界で見られることが多く、それを見て美を感じるという、自然の癒し系効果の延長上にあると思います。つまり、黄金比は古典的な絵画理論であり、現代において最新の理論であるわけではありません。

しかし、美術だけではなく全ての分野について言えることですが、何事も基本をマスターした上で、自分のスタイルを貫くのが最強の王道です。絵画の場合、感情のおもむくままに色彩を塗りたくるロマン派の傾向に対して、基本を理解しつつ、それからの逸脱を柔軟に許容する新古典派という一派が出てくるのは、必然的な結果であると思います。たとえば、新古典派の巨匠はアングルという画家ですが、古典派のレオナルド・ダ・ヴィンチと同様、人間の体についての解剖学的知識を持っており、どういう体勢をとるとどこの筋肉が盛り上がるはずだとか、どの部位はここまで曲げることが出来るが、それ以上曲げると脱臼するだとかいう知識を持っているわけです。にもかかわらず、それを無視してでも、「多少の嘘っぱちが混ざっているが、こっちのほうが説得力がある」という理由でデッサンを決めてしまうのです。彼はデッサンの天才と言われていますが、たとえば力強い老人男性の肖像画を描くときは、どのようなポーズを取らせたら最も効果的に、この老人の力強さや精神力を表現できるか考えた結果、いすに座った男性が両手でひざをがっしりつかんでいるポーズを採用、この腕を描くために、解剖学的正確性を無視して、腕がうなっているように描いてあるのです。解剖学的正確性にこだわるより、人間の内面を的確にとらえるには、そちらのアプローチのほうが向いている、という良い例だと思います。

これが、問題のアングル作品です。腕だけでなく、いすの形も不自然な構図だと思います。隠れている側には表に出ている側とはちがって、ひじかけ部分が存在しないという特殊ないすでないかぎり、この体躯の人物が狭いひじかけの間に入れるわけがないように思います。
http://www.izo.com/images/2007/09/09/070909ingres_3.jpg

以上、なんとか説明しましたが、分からないことがあれば、お気軽に質問ください。絵画のよう感覚的なものを説明するには、言葉は適しておらず、あなたが意味を理解できないこともあれば、私が適切な表現を思いつかないときもあるでしょう。出来る限りで、なんとか回答したいと思います。

このたびは、めったにない、すばらしい文化的刺激を与えていただき、まことにありがとうございます。

以下は雑文で、興味がなければ読み飛ばしていただいてもよいのですが、私はもともと、大学生の時に、ドイツ人哲学者ヘーゲルという人の社会科学を勉強していた人間です。ヘーゲルは芸術も結構分かる人で、美学についてもいろいろと深いことを言っていたのですが、学問は細分化が進んでおり、彼の美術論については、私は教科書的な知識しかもっておりません。今回、Tarou_Y様のご質問に返答させていただくに際して、あわててヘーゲルの美学の解説を読み返したのですが、ほとんど参考にならなかったどころか、突っ込みどころばかり見つかりました。彼はイスラム教の詩を評価していましたが、偶像崇拝禁止のイスラム美術については言及がみつかりませんでした。おそらく、本物のモスクやカリグラフィーは見たことがなかったのだと思います。また、古代ギリシャの美術を高く評価するのに対してローマは嫌いという特徴を持っており、ローマ的な建築やモザイク画やイコンへの言及も見つかりませんでした。この思考の枠組みだと、ローマ帝国が東西に分裂した後、東ローマ側ではギリシャ化が進み公用語がラテン語からギリシアに切り替わったという史実は説明できません。これも多分、モザイク画やイコンは見たことがなかったのでしょう。また、彼は西欧旅行は何度かしているのですが、彼がアングルを見る機会があったか、非常に興味深いところです。彼の説明の体系上、新古典派の出番は本来は存在しないのですが、彼は現実感覚に富んだ人物であり、多少の体系上の不整合があっても、優れた作品と判断したものは、なんでも取り込みます。ドイツではフランスと違って、ロマン派と新古典派の争いという現象が明確でなかった可能性があり、アングルの「基本は守りつつ、人間性の表現のためなら、多少の逸脱やデフォルメはやる。絵画全体としての予定調和を壊してしまうことはせず、全体としては調和的にまとめる」というのは、ある意味、非常にヘーゲルに近い態度で、興味が尽きないところです。

私は母方の家系から美的センスを受け継いでおり、絵画の良し悪しが分かるほか、芸術の理論もある程度は理解できるという自負を持っていたのですが、Tarou_Y様の質問は、あまりにもストレートな剛速球で、一瞬、頭が真っ白になってしまいました。

が、良い刺激をいただいたものと考え、気を取り直して、出来る限りのことを書かせていただこうと思います。

まず進化論的アプローチですが、結論から述べますと、哺乳類の場合は美しさのメリットはゼロ、鳥類の場合は美しさのメリットあり、だと思います。鳥類は...続きを読む

Qチンパンジーも花に美しさを感じるのか??

生物学カテゴリで同名タイトルの質問に回答したところ立ちどころに終焉しました。
チンパンジーが美しさを感じるのかなどと美しさを用いて議論を進めるのに異議がある回答者は私一人というのです。こちらには同様の異議のある方はおりませんでしょうか。
また私の方が具体的で、美しさを使う論者の方が抽象的だと思うのですが、逆のようなのです。抽象的にテーマの考察を進めようとしているのは私の方ではありませんよね。
一参加者として何が解決した締め切りなのかもよく分かりません。
以上の件ならびにこのテーマにおける科学的な取り扱い方について科学カテゴリとしてご教授ください。
質問の議論のみに終始できる回答者さん、宜しくお願いします。

Aベストアンサー

 人間同士でも美しさに対する感じ方、それを感情と言い換えてもいいですが、異なっていないかどうかはよく分かりませんね。ただ、おおむね同じらしいということは、自分が感じて反応していることを、他人も同様に表現していることから、強く「どうやら非常に似ている」と推測できます。

 異種の生物、この場合チンパンジーですが、人間のような感じ方をするかどうかは、人間同士の基準は用いにくくなります。それでも、「生きていくうえで何の役に立つわけでもないものでも好むものがある」という基準なら、観察可能です。

 それなら、チンパンジーにも確かにあります。そして、動かないもの、さらには絵や写真でも、そういうものはあります。チンパンジー各々で異なりもすれば、複数のチンパンジーで煮たようなものを好む傾向もあります。

 観察例は僅かと言わねばなりませんが、手話などの非音声言語をチンパンジーに教える実験がずっと行われ続けています。主目的が人間とのコミュニケーションですので、チンパンジー自体の感性について、突っ込んで研究した例は、残念ながらありません。

 それでも、人間と同じような感じ方をした内容を伝えて来ることは、しばしばあるようです。チンパンジーの内面は知りようもありませんが(それは人間同士でも同じ)、外に現われた言動を見る限り、美しさ(あるいは、醜さ、綺麗さ、汚さ等々)について、チンパンジーは人間と似通っていそうだと言っても問題は少なそうです。

 人間同士でも美しさに対する感じ方、それを感情と言い換えてもいいですが、異なっていないかどうかはよく分かりませんね。ただ、おおむね同じらしいということは、自分が感じて反応していることを、他人も同様に表現していることから、強く「どうやら非常に似ている」と推測できます。

 異種の生物、この場合チンパンジーですが、人間のような感じ方をするかどうかは、人間同士の基準は用いにくくなります。それでも、「生きていくうえで何の役に立つわけでもないものでも好むものがある」という基準なら、観...続きを読む

Q形質転換効率?の求め方

プラスミドの導入による細菌の形質転換のレポート作成中です。
形質転換効率(cfu/μg)求める式、どなたか教えていただけませんでしょうか??
また、プラスミドによる薬剤耐性化が問題となっている細菌感染症の例には、どのようなものがありますか??レポの提出日、明日なので、誰か助けてください><よろしくおねがいしますmm

Aベストアンサー

形質転換効率の意味を理解していれば、単純な割り算、掛け算です。特に公式のようなものはありません。
パラメータは
A. コロニーの数(プレーティングするを振っていたなら、数十から数百コロニーまいたプレートを採用します。少なすぎるとサンプリングによる振れが大きくなりますし、数えるのが不正確になります。同じ量をまいたプレートが複数ある場合は平均します)。

B. Aを与えたプレーティング細胞の体積
C. プレーティング細胞全体の体積(回復培養のため加えたSOC培地の体積でよろしい)
D. 使用したプラスミドベクターの重量(ライゲーション産物の場合はベクターの重量のみで、インサートは勘定にいれない)

計算例)
A=150 cfu, B=100 uL, C=1000 uL, D=1 ngとしましょう。

まいた100 uL中に含まれるプラスミド量は
1 ng x 100 uL/1000 uL=0.1 ng

そのプラスミド量で150個のコロニーが出たので、1 ugあたりに換算すると

150 cfu x 1 ug/0.1 ng= 150 cfu x 1 ug/0.0001 ug=1.5x10^6 cfu/ug

となります。単位につくmicro (uであらわしています), nano (n), pico (p)が順に1/1000ずつ小さいことをあらわすのは説明不用ですね。

薬剤耐性化の設問は、日常生活とのかかわりを問うているもので、専門知識よりむしろ新聞の社会欄に出てるような話題を求めているのではないですか。たとえば、院内感染で騒がれているのはどのような感染症でしょう。

形質転換効率の意味を理解していれば、単純な割り算、掛け算です。特に公式のようなものはありません。
パラメータは
A. コロニーの数(プレーティングするを振っていたなら、数十から数百コロニーまいたプレートを採用します。少なすぎるとサンプリングによる振れが大きくなりますし、数えるのが不正確になります。同じ量をまいたプレートが複数ある場合は平均します)。

B. Aを与えたプレーティング細胞の体積
C. プレーティング細胞全体の体積(回復培養のため加えたSOC培地の体積でよろしい)
D. 使用...続きを読む

Q美しい風景を見ると心が癒されるのはどうして

美しい風景写真を壁紙にしています。
心が落ち着くからです。
森林浴など、自然に触れると癒されるのは当然のことです。
写真を集めていて疑問に感じたのは、
同じ自然でも、平凡な風景写真と絶景写真とでは癒し度が違うということ。
何が違うのか?
美というものを感じるからだと思いますが、
では美とは何なのか?
いろいろな疑問が想起されました。
疑問をまとめると、
1.ある風景を見て美しいと感じるは人類共通なのか?
2.美しい風景が特に癒し度が高いのは何故?
3.人は何をもって美しいと感じるのか?風景の美とは何か?
4.風景を美しいと感じる心理と、女性を美しいと感じる心理は共通なのか?

ちなみに美しい風景とは、Googleでキーワード「絶景写真」で画像検索したときに
でてくるような風景です。
参考本などあれば教示願えれば幸いです。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

こんにちは。
「美しいと感じること」と「癒されること」は脳内の反応が異なります。「美しい」というのは感覚情報に対して高揚感を得るということです。これに対しまして、「癒される」というのは心に安心感が与えられるということです。
我々の脳はこのふたつを同時に扱い、美しい風景に癒されたと感じています。ですから、より美しい風景は癒し度が高いのではなく、高揚感が増すのではないでしょうか。このため、脳内に発生する報酬も大きくなります。

視覚的な美しさといいますのは主に色彩から得られるものであり、鮮やかさや鮮明さが人類に共通の基準となります。これに対しまして、「上下安定」や「左右対称」といいますのは全てのひとに安心感を与えます。芸術家といいますのは美しさを表現するのが商売ですが、基本的にはこのような人間の心理に共通する要素の組み合わせを極限まで追求していることになります。ですから、逆にこのルールをわざと崩すことによって見るひとに強い印象を与えることもできるわけですが、同時に芸術かガラクタかの境界線もまたここにあります。
山の緑に裾野の安定感、鮮明な尾根を境に輝くような青い空、風景といいますのはこのようなものを併せ持っています。更に、特に急激な変化というものがなく、果たしてそこに動き回る危険が存在しないという状況は「精神的な安全」を保証します。そして、壮大な風景といいますのは新規性を掻き立て尚、遮るものは何もなく広範囲に渡って極めて安全ということであり、我々はこれを開放感と呼んでいます。ですから、オフィスや部屋の壁紙に向いているんですね。

紅一点、むさ苦しい男どもの中に女性がいればそれだけで和みます。女性といいますのは男性と比べるならば誰にとっても安全な存在です。ですから、女性に癒されることと風景に癒されることには十分な共通点があるのではないでしょうか。そして、色鮮やかな服を着てすらっとしたヒールを履けばそれだけ美しさも引き立つわけですから、美しい女性の姿は男女どちらから見ても高揚感を伴うものなのだと思います。

こんにちは。
「美しいと感じること」と「癒されること」は脳内の反応が異なります。「美しい」というのは感覚情報に対して高揚感を得るということです。これに対しまして、「癒される」というのは心に安心感が与えられるということです。
我々の脳はこのふたつを同時に扱い、美しい風景に癒されたと感じています。ですから、より美しい風景は癒し度が高いのではなく、高揚感が増すのではないでしょうか。このため、脳内に発生する報酬も大きくなります。

視覚的な美しさといいますのは主に色彩から得られるもの...続きを読む

Q女性はなぜ花や宝石が好きなのか?

私が今までお会いしてきた中で、女性は男性に比べて
花や宝石が好きな傾向があるように思います。

私自身は実用性もなく、見るだけの花や飾りの宝石に
魅力を全く感じなのでなぜ女性は花や宝石が好きなのか
理解できません。

なぜ、女性は花や宝石が好きなのか教えて下さい。

Aベストアンサー

お花が好きなのは、単にきれいなものが好きだからだと思います。
人間は皆きれいなものが好きだと思いますけど、これは女性特有かもしれないですね。
ヨーロッパの歴史とかみていると、花を育てるための温室や庭園に興味を持っていたり、
品種改良に熱心なのは○○侯爵夫人だとか伯爵夫人だとか、女性が多い気がします。
花の名前に個人名がついている場合、男性のほうが多い気がするので、
男性も好きだと思うんですけど・・男性が好きなのは、ゲームのように
新しい品種を作り出す試行錯誤が好きって気がするので。

で、歴史的には宝石が好きなのは、男性のほうだと思います。
宝石を巡って血を血で洗う争いを繰り広げてきたのは男性です。
女性じゃないです。
これは、希少価値があるので自分のステータスを示す装飾品になったからってことと、
宝石が花のようにしおれてしまわず、いつまでも美しいままだっていう価値が続くからだと思います。
装飾品としての異性の容姿の美醜にうるさいのも男性のほうです。
これは論文で見かけました。
何カ国かで調査したら、男性のほうが女性の容姿にすごくシビアで、
女性はあまり男性の容姿にうるさくないらしい。
結婚相手の条件として第一位に「巨乳」「足首の細さ」だとか並べる男性は簡単に想像できますし実際に見かけますけど、
「手首の太さ」「眉のりりしさ」とか並べる女性は想像できません。
それに男性は、自分の能力の高さを誇示する目に見える証の一つとして、美人を選びたがるでしょう?
苦労して身を立てた人が、成功すると糟糠の妻をぽいっと捨てて若くきれいな女性と再婚したり。

だから、「きれいである」ってことに価値があるんだと思いますよ~花も宝石も。
人間はきれいなものを身の回りにおきたがる性質があるってことで。
で、男女で、「女性はきれいなだけで価値を認める」けど、
「男性は自分のステータスシンボルになるもの、自己の優越性を他に知らしめることのできるものを選ぶ」のでは?
#1さんが言うように、車を選ぶのも同じだと思います。
フェラーリとかポルシェとか、好きなの男の人のほうじゃないですか。ハマーでもいいですけど。
男の人はとにかく、他人を引き離せるものが好き。
装飾品の起源は、原始時代、男性が自分の権力を誇示するために動物の毛皮や
珍しいきれいな色の石を加工してネックレスにしてみたりすることから始まったといいますし。

男女の差はあるとしても、ちょっとずつの違いなので、
花に興味がない女性、車に興味がない男性、などがいるんだと思います。
あと文化差もあると思う。女性はお花が好きなほうがいいのよ、みたいな雰囲気あるじゃないですか、日本って。

あと余計ですが#8さんが仰っている、クジラのオスメスの話。
雄のほうが闘争心が強いから逃げない、
自分の雌が他の雄に狙われていると思うから逃げない、って聞いたことがあります・・・。
気づかっているのは雌の心配をしてというより、自分の所有物が奪われそうだっていう自分の心配だって。
クジラは一夫多妻の生き物だかららしいです。

お花が好きなのは、単にきれいなものが好きだからだと思います。
人間は皆きれいなものが好きだと思いますけど、これは女性特有かもしれないですね。
ヨーロッパの歴史とかみていると、花を育てるための温室や庭園に興味を持っていたり、
品種改良に熱心なのは○○侯爵夫人だとか伯爵夫人だとか、女性が多い気がします。
花の名前に個人名がついている場合、男性のほうが多い気がするので、
男性も好きだと思うんですけど・・男性が好きなのは、ゲームのように
新しい品種を作り出す試行錯誤が好きって気がす...続きを読む

Q脱皮する動物

私はヘビが脱皮することを大人になるまで知らなかった人間ですが、
(小さい頃から都会住まいだったもので、ヘビは動物園以外見たことがありません)
先ほど、ニュースでカニの脱皮シーンをやっていてビックリしました!
カニが脱皮するなんて知りませんでした!!

セミとか、青虫が脱皮するのは知っていましたが、
他に『こんな動物も脱皮する』っていうのがあったら教えてください!

Aベストアンサー

 基本的に体が固い殻で覆われた外骨格の生物は、脱皮しないことには大きくなれませんので、みんな脱皮します。昆虫類、エビカニなどの甲殻類、蜘蛛、ダニ等、みんな脱皮します。また、ヘビ、トカゲ、カメ、ワニなどの爬虫類も脱皮します。
 哺乳類は脱皮しないように思われがちですが、人間でも皮膚の表面が垢となって少しずつはげ落ちていくのは、生物学的には脱皮と見なせますので、脱皮すると言えないことはないです。特にクジラやイルカではまとめて表皮が剥げるので、いかにも脱皮しているように見えます。同様に鳥の羽毛が抜け替わるのも脱皮の一種とされます。


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