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http://okwave.jp/qa6405322.html 及び http://okwave.jp/qa6428056.html で質問しましたが、更に疑問点が見つかったため、改めて質問します。

Windows95が発売されて間もないころのPC入門誌を持っていますが、中には、これって本当?というものも見受けられます。
Windows95の時代(およびそれ以前)は、イ~ニの事例はごく普通だったのでしょうか?
(かっこの部分は、文章を見ていて疑問に思った点です。)

----引用ここから----

イ:置き場所の問題さえクリアできるなら、ビギナーにはデスクトップ型がお勧め。ノートは2台目に持つのが理想的だ。
(そんなものだったのですかね?当方も昔はテンキー付きモデルがなかったのでノートを避けていましたが…)

ロ:(お下がりPCをもらうときは)それはいつごろ発売されたのかを聞いて、2年前(1993年以前?)より昔だったら丁寧にお断りしたら無難かもね。
(今はどうなのかも併せて気になります。あまり古いと表計算とワープロが精一杯、変換も賢いとは言えないのがその理由でしたが…)

ハ:(ウイルスに)いちばん感染しやすいのが、お友達からもらったフロッピーディスクのデータだといわれている。
(昔のウイルス感染はメディア経由が一番多かったのでしょうか?)

ニ:(HDDは)とりあえず500MBぐらいが目安。
(95の時代は500MBでもよかったんですかね?当時でもミドルクラスで800MB~1GB前後あったと思いますが…)

----引用ここまで----

gooドクター

A 回答 (12件中1~10件)

>音源自体もFM音源とPCM音源の両方を用いる形だったかな。


>MIDIは鳴らす機構が無く、ソフトMIDIを使うか外部シンセを使うかで、ソフトMIDIが非常にショボかったんですよね。
>PCM音源にしても、追加ボードでようやく使えるという機種も結構ありましたし。
PC-98に関してはこれだけど
IBM PC/AT互換機の場合、クリエイティブ社のSound Blasterが事実上ゲームなどでの標準的な
ボードでした。(他のメーカも互換を売りにしていたくらいですから)
ですから比較的サウンド周りはサウンドカードさえ付ければ充実していました。(サウンドカードを搭載しないと音すらまったくでないでせいぜいM/Bからのビープ音程度)
またFM TOWNSの場合はCD-DAを利用したゲームがたくさんありました。

>各種ソフトもそんなに大容量でもないし。フロッピー1枚とか2枚で動くソフトも結構あったかと。
>Windowsのソフト自体がまだ、あまり充実していない時期だったと思います。
>今のように動画が手軽に楽しめるという環境でもありませんでしたし、ゲーム等にしろ今のように数GB使ったりとか言うことも無く、
>せいぜい大きくても30MBくらいでしたし。
PC-98やIBM機はそんな感じでしたね。
FM TOWNSはすべてのマシンにCD-ROMを標準搭載されていましたのでCD-ROMを使っているが
容量的には数十MBってのも有ったけどCD-ROMの容量をいっぱいまで使ったゲームもありました。

>Windows95が主力になってきて、HDDの容量も10Gとか20G等が出てくるようになってくるとゲームなんかも数百MB使う作品も出てくるようになりましたね。
そんなまだHDDが10GBにすらなってない数ギガの時代にフルインストールに2.1GBを必要とする鋼鉄のガールフレンドという
エヴァのゲームは衝撃的でした。


>相当長く使われてきたOSで、ハード環境(特に記憶媒体や3D関連)が大きく変化した時期なので、結構利用者の利用スタイル等で見てる時期の環境というのが結構違ってくるんじゃないかと。
特に3D関係は一般向けでの初(?)とも言える3DカードなるEdge 3Dってカードがありました。
DirectXが出る前だったこともあり独自APIでした。(セガが積極的にゲームを移植していました。)
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

あの頃はメインメモリーが8MBでギリギリ、32MBあれば余裕といわれていましたね。
当方も当初は知識がなく、2002年時点でWindows2000が最新OSだと思っていたぐらいでした。

お礼日時:2011/01/13 17:45

細かいところまで書き出すとキリが無いので、一般ユーザ視点で書いたら、


また色々とフォローがはいっていますが、

このように、この時代というのは多種多様だったんですよ。b
NEC製DOSとDOS/Vの対立構造とかそういうのもあった時代だし。
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この回答へのお礼

再びありがとうございました。
PC事情を知ったのはずいぶん後なんですよね…(Windows2000が2002年時点の最新版と思っていた)

お礼日時:2011/01/13 17:46

知識者同士の意見交換参考になります。



当時のころというのはユーザがいろんなフリーソフトを駆使して環境を都度作り作りしながら運用していたをいう記憶があります。
メーカのデフォのままつかってても動かないソフトとか結構あったように思います。

メディア関連にしろ、デフォはオンボ2Dのみで、追加ボードとして3Dアクセラレータ乗せて2D/3D環境にしていたんですよね。
NECのマルチメディアってTVチューナつきのキャプチャボード載せてるだけってイメージがありました。
(それってWin3.1J時代だったかな?よく覚えてません。)

あと、このころはまだまだ、ゲームとかWindowsを介さないソフトが多かったので、
起動時にDOSかWindowsかを選べるようにしてたりとか、やってました。

音源自体もFM音源とPCM音源の両方を用いる形だったかな。
MIDIは鳴らす機構が無く、ソフトMIDIを使うか外部シンセを使うかで、ソフトMIDIが非常にショボかったんですよね。
PCM音源にしても、追加ボードでようやく使えるという機種も結構ありましたし。



> 当時はまだ、MBクラスでもやっていけたということでしょうか?

そうですね。
各種ソフトもそんなに大容量でもないし。フロッピー1枚とか2枚で動くソフトも結構あったかと。
Windowsのソフト自体がまだ、あまり充実していない時期だったと思います。

今のように動画が手軽に楽しめるという環境でもありませんでしたし、ゲーム等にしろ今のように数GB使ったりとか言うことも無く、
せいぜい大きくても30MBくらいでしたし。
Windows95が主力になってきて、HDDの容量も10Gとか20G等が出てくるようになってくるとゲームなんかも数百MB使う作品も出てくるようになりましたね。

Window95って、Windows3.1Jと共に、相当長く使われてきたOSで、ハード環境(特に記憶媒体や3D関連)が大きく変化した時期なので、結構利用者の利用スタイル等で見てる時期の環境というのが結構違ってくるんじゃないかと。
自分みたいにDOS主体で使っていると、その時期からあまり先に進まない状態での記憶しかないし(汗

自分が本格的にWindowsに移行したのは95の末期時期ですしねぇ。
nVIDIAがVoodoo2で台頭してきた時期でしょうか・・・。
ゲーム主体の学生時代では、DOSの方がゲームはまだまだ充実してましたので。
その流れに併せてWindowsに移行したって感じですね。当時は。

> HDDがあまり大容量化していなかったら、Windows7もMBクラスのHDDで間に合っていたかも?

それは無いと思います。OSが小容量だったとしても、今の技術の流れを考えて、今のPCは容量を食う要素はたくさんありますので。
特に動画とか1本の容量で軽く100MBとか普通に食うのでこれをたくさん作って動画サイトにアップする人とか、ぜんぜん足りないですよね^^;

まぁ、逆に記憶媒体が潤沢になってきたから、高い技術を乗せることが出来ると言えるのではないかと思います。
3D技術にしろ、容量が少ないために粗いポリゴンでやるしかなかったというのもあるでしょうし。動画編集とかそういった部分も関連するでしょう。当然記憶媒体だけではなくCPUやメモリ等の向上が大きく関与しているのは言うまでも無いと思いますが。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

HDDの大容量化は想定外だったそうで、これに機材がついていけなくなり、本来の容量より少ない分しか使えないケースがよく起きています。
実際に使える容量こそ計算方法の違いやフォーマットによりやや目減りしますが(500GBだと実際に使えるのは460GBぐらい)、160GBのHDDをつけても130GB弱しか使えない「ビッグドライブ問題」はその代表例です。

お礼日時:2011/01/13 17:43

コンピューター関係の方か 突っ込みありがとう



DirectXについての記事 ソースを出せってもその雑誌捨ててしまってるし
証拠たる証拠も 今では出せないんですけどね

確か 1997年ごろの日経WIN-PCか何かの記事だったことは確か
なんせ まだDOSやってる頃にDirectXのこと書いてあったので そういうWindows Games SDK
なる用語は オイラの当時の知識にはなかった
記憶にないものを書きようがない ということで

>そりゃDirectXの前身となるWinGだと速度面に問題がまだまだあったから

それがわずか半年やそこらで 一斉に変わってしまったその変わり身の早さというか
作るほうの言い分がそのまま通ってしまうソフトウエア業界というか
ユーザーほったらかしというか

あの記事信用してDOS移植ゲームを買いあさって 後でエライ目をみたから覚えているわけですよ

ま とにかく当時のNECのバリュースター 「マルチメディアだ」という竹中直人のCM ありゃダメですわな
V13にしてもPCM音源のみで DOSゲー移植だからFM音源なんだけどWindowsに特化したい割には
使ってるチップセットや シーラスロジックのクソオンボードグラフィックなどなど

泣かされました
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この回答へのお礼

再びありがとうございました。
PCはただの趣味程度ですが、興味は深いです。

お礼日時:2011/01/11 23:46


まぁ、昔はそう言われていた気がします。
ただ、ノートPCはサブとして使うのが理想というのは今現在も、そうだと思いますね。個人的には。


その時代だとそうかも。ちょうどPentiumが台頭してきたころだったと思いますが。
古いPCはゲタ履かせてクロックアップを図ったりしてましたしね。


メディア経由が多かったのは確かだと思います。
というのも、そもそも、ネット自体の利用者が、マニアクラスの人間ばっかでしたので。
PCの所持率自体もきわめて低く、ネットはマニアがテレホ時間に利用するという形態でしたので、
メディアからの感染の方が多かったのではないかと思います。


当時なら、そのくらいが一般的かと。
まだまだ、320MBとか、640MBのHDDが主力の時代ですし。

自分のPCは確か250MBだったかなぁ・・・。

Win95って確か20MB程度しか食わなかったかと。今みたいにOSだけで1GBとかアホな食い方はしてないですね。
このころは、2GBのHDD持ってるってだけで、すげー。って感じだったと記憶してます(自身が学生だったというのもありますが)。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

当時はまだ、MBクラスでもやっていけたということでしょうか?
HDDがあまり大容量化していなかったら、Windows7もMBクラスのHDDで間に合っていたかも?

お礼日時:2011/01/11 19:30

>その他不治痛・東芝などのOSR/1では別々の扱いで


自分の記憶違いだといけないけど東芝版なんてあった?
富士通版はFM TOWNS版とFM-R版が出ていた。後はEPSON版。
それらは店頭販売無しで通販のみ。
でそれらはOSR1のみでOSR2はでなかった。

>8割のメーカーがまだ完全にWindwosでのゲームを作る予定はない そうなまだDOSからの移植が大半で
>しかしその半年後Direct Xが出てからはガラッと変わって全社Windwos上でのゲーム開発になったねー
>あのアンケートなんだったんだろうね まだメーカーも新OSを信用してないってのもあったし
そりゃDirectXの前身となるWinGだと速度面に問題がまだまだあったからアクション性の強いゲームには
不向きだった。
DOSでハードウェアを直接叩くプログラムの方が効率がよかった時代。

>まだ出たての頃はDirecx xも不完全で
最初のDirectXはWindows Games SDKって名前でDirectXって名称ではなかったはずですけど

>当時の特にNECでは自前OSしかインストできんかった
いや普通にPC-98版のLinuxもFreeBSD(98)なんかもインストールできました。

>OSR/1ではソフトの互換性の問題が大であった
これはOS側と言うよりソフト側の問題が大きかった。
PC-98は起動ドライブによってドライブレターが順不同。
IBM PC/AT互換機はHDDがCから割り当てられた。
このドライブレターで問題が発生することがあった。(行儀が悪いソフトは環境変数を使わずに
ドライブをCで決め打ちしていた)
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

NEC天下時代はいろいろ複雑な事情があった、ということでしょうか。

お礼日時:2011/01/11 19:24

そりゃ時代が進めばPCの性能もあがりますし 特に日本人は小型化が得意だし



Win95の本持ってるってことは OSR/1とOSR/2の出た頃とか知ってるのかな?
初期Windows95 OSR/1ではNEC用と その他不治痛・東芝などのOSR/1では別々の扱いで
NEC用は不治通には入れられなかったし 逆もまたしかり

1パテ2GBx4の制限もあったし 当時のPCゲームはDOSからの移植で 256色があればまだいいほう
MIDI音源のFM音源をそのまま移植しただけってのが多かった
1996年のコンプティークという雑誌に ゲームメーカーにアンケートを取ったことがある
8割のメーカーがまだ完全にWindwosでのゲームを作る予定はない そうなまだDOSからの移植が大半で

しかしその半年後Direct Xが出てからはガラッと変わって全社Windwos上でのゲーム開発になったねー
あのアンケートなんだったんだろうね まだメーカーも新OSを信用してないってのもあったし
そもそもWin3.1が「あの出来」では信用もなかったんだろうね

まだ出たての頃はDirecx xも不完全で 確かDirect x2なんてあった時代
これDirect X3とX2では互換性に問題があってねー
アダルトゲーのD.Oの「虜」ってゲームで(今の販売はムリだろうね) 虜はdirect X2 虜2がDirect X3
同じゲームメーカーの作品なのに ゲームやる際に毎度Direct Xの入れ替えをしなくちゃならんかったことは記憶に新しい
さらに当時のマイクロソフトでそのDirct Xの開発にかかわった人が X2を作った人だと思うけど
おそらく互換性の問題で退社するにあたり 日本語雑誌でインタビューでそのいきさつを「大人の言い方」で書いてあった記事もあった

本来はPCというのは単なる「箱」で ソフトは互換性があって(OSもしかり)どんなソフトでも
インストできるはずなんだけど 当時はPCがソフトを「選ぶ」時代だった

今といっても前からだけど 汎用DOS/V機(死語)ならLinuxでもWindwosでも XPでもWin7でも
入れられて当然なんだろうけど 当時の特にNECでは自前OSしかインストできんかった
OSR/1ではソフトの互換性の問題が大であった

あとこれは某巨大掲示板で聞いた話だけど OSR/2の開発もNECがアメリカでやってたらしい
もしこれ成功していたら いまだ「黒船の再来」が遅れていたかもしれません
開発費が異様に高くついてしまって それでNECがアメリカから撤退した
その上でOSR/2では互換性OSになり NECの独断でのOSR/1は恐竜の絶滅のように世の中から消えた

この非互換性が日本のPC発展を遅らせたのも原因だし
NECが全PCの80%のシェアを持つ強力な時代では みんなNECにヘコヘコしないとやってけなかったし
(エプソンプロテクトの問題など)
H-98なんてモデルでは100万円相当と そりゃNECの好き放題・やりたい放題の時代でもありました
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
昔はNECの天下でしたね。富士通もTOWNSなどを販売していましたが、98(Windows98ではない)にはかないませんでした。

お礼日時:2011/01/11 19:22

イは、当時のノートはSTN系液晶で視野角は最悪、バッテリの持ちは悪い。

性能は低い。価格は高いと4拍子いや5拍子6拍子とついていました。
それでも、仕事や設置などの関係で購入する人はいました。まあ、95が出た当時は、デスクトップがDX4からPentium(P5)の時代で、Pentium問題が言われた頃ですからね。プロセッサそのものの差は、上位ならクロックが低い程度のものもあるにはありましたが確か高かった。いろいろな面でノートとして耐える能力や持ち運び性能がなかったのです。
デスクトップでさえも、というよりソフトウェアも含めて、当時はまだ十分な域には達していませんから、ノートを1台目に買うのはなかなか・・・。今は、ノートでも十分な性能がありますけどね。下手すると携帯でもネットとメール、ちょっとした文書の閲覧、カジュアルゲーム程度なら十分です。即ち、Pentiumなど今の携帯の足下にも及ばないとも言えます。

ロは、グラフィックスアクセラレータがないモデルが、93年以前の主流です。Windows95もそれ単体ではインストールできないモデルも多かった。特にアクセラレータがない機種、ハードディスクが登載されないか、容量が少ないものがあること。そしてメモリが足りない機種があること。さらに、数値データプロセッサやオーバードライブプロセッサが登載されておらず、x87処理ができない物があることが理由です。(ちなみに、x87演算器はi386 DX系からコプロセッサとしてCPUに統合されたが、一部製品には価格を抑えるためx87を省いたSXが採用されていました)

ハは、そうです。当時は3,5インチフロッピーが主流です。5インチが圧倒的少数派になった時代。4倍速CD-ROMが主流になった時代です。尚、国内でのインターネットは95発売を機にようやく普及期となります。まだ、従量制のパソコン通信概念主力でした。この頃、パナソニックが開発したPD(Phase change Disc/Dual)が光学メディアで650MBを達成し、WOODYに採用されCMも打たれていました。
そんな時代です。ちなみに、会社はFAXが主力です。

ニは、初代95が出た時にはメーカー製PCのハードディスク容量は完全に850MBが主流になりました。その一世代前は420MBや510MBでした。ちなみに、初代windows95に必要な最小ハードディスクは、約40MBだったと記憶しています。尚、当時のメインメモリは8MB~16MB、FP DRAMが主流から世代交代期に入りつつあり、EDO DRAMが主流に乗り始めた頃でした。尚、当時の1ドライブでの最大容量は2GBに達していなかったはずですが、1GBクラスが高い時代だったはず。
尚、ハードディスク性能が桁外れに向上し始めたのは、それから1年半~2年後。GMRヘッドが開発されてからと記憶し、一気に10GBを越えます。


こんなところでしょうか?
私個人としては、ここから6年ぐらいが、ハードやメーカーOSのワクワク感では最盛期でした。よく覚えています。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
今はケータイもそこそこな能力ですからね…(おかげで若者のネット人口が若者人口より早く減っているとか)

お礼日時:2011/01/10 21:31

イ:デスクトップも現代のミドル・タワーを寝かせたような大きな筺体でしたね。


  ノートは存在していましたが、部品のコンパクト化がネックになり、当時のデスクトップとは比べ物にならないくらいの低スペックだったと記憶しています。(当時は日本DECからもノートが発売されていましたね。)

ロ:これはどうなんでしょうね・・・・・?

ハ:当時はインターネットも普及していなかったので、感染源は社内LANかフロッピーディスクしかないと言われていましたね。メディアもフロッピーしか存在しない時代でしたからね。

ニ:容量は全然、覚えていないです。

現代とは比較にならないほど低スペックな時代でしたが、Windows95はマン・マシン・インタフェースでは画期的なものでした。Apple社のPCもマン・マシン・インタフェースに長けていましたが、いつの間にかWindowsが主流になって行きましたね。
貴重でもあり、面白い時代にPCを経験したことをラッキーに思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
今のPCもやがては「ものすごく低スペックだった」と呼ばれる日が来ると思いますが、インターネットが近未来といわれていた時もありましたね。

お礼日時:2011/01/10 18:44

>1GBはデスクトップPCでも、1995年以降だろうと思います。


いや自分自身Win95発売半年くらい前に自作したPCに1.2GBのHDDを搭載させました。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
1.2GBも今では懐かしいですね。

お礼日時:2011/01/10 18:36

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