昨日、WOWOWでやってるのを初めて見たんですが
それまでの話とラストが噛み合ってないような気が・・・。
感情や受け取り方は、人それぞれだし意見もいっぱいあると思うし
「これが正しい」ってのは、ないと思うんですけど・・・。
結局は、ハッピーエンドじゃないと思ったんですけど
友達は「ハッピーエンドやん」と言ってました。
私は、コーフィが処刑された時主人公と分かち合えたので
なんらかの形でハッピーエンドとして終わって行くものと思ってたら
主人公が108歳で、未だに生きてて死の望んでる、死にたくても死ねない。
これは、1日でも多く生きて罪をつぐなう・忘れないようにという
コーフィの思いやと思うんですけど・・・。
みなさんの個人的な考え、聞かせてください!!

A 回答 (4件)

映画ではラスト、主人公は常に笑顔ですよね。


それが答え。

ケムリというバンドがこう唄っています
「新たな出会いの喜びをもたらすための悲しみなのか」
生き続けるということを考えると辛いことばかりが目立ってしまうけど、
それ相応に幸福も訪れますよね。

長生きすることが一概に悪いこととは言えないという意見でした。
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恐らく的外れだと思いますが。


ワタシはあれはハッピーエンドでは無いと思います。
かといってバッドエンディングでも無いと思います。
たまたま原本を入手、まだ最後に至っていないのですが           (((((((^^;;;

ただ、個人的に思いますのは、女の子を殺した犯人も、
その他様々にも人の欲望が存在しますよね。
その欲望の果てに、様々な問題が起こります。
欲望の最たるものは不老不死だと思います。
コーフィーは、人の命を動かせる力を持っています。
そのことによって、もしかしたら彼を利用する人間が
出てくるかもしれません。
そこで、彼が人の命は人の定めるもので無く、
神より与えられたものだと考えていればどうでしょう。
コーフィーは、トム・ハンクスに長い命を与えることで、彼を苦しめる気持ちは無かったと思います。
人の命の老いや死を、むやみに操るとそれに伴う苦しみや悲しみの深さを伝えられるのがトム・ハンクスだと思ったのだと思います。
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HINTになれば、ぐらいの気持ちで・・・


あの映画は基本的に原作に忠実ながら
ラストだけ変えているんですよ。
原作の最後の1行「ああ、神よ、ときに(グリーン・マイル)は
あまりにも長すぎる。」
は映画版でもほぼ忠実に使われていますが
映画版では原作の最終章で語られる決定的に残酷なエピソード
(トム・ハンクス夫妻の乗ったバスが事故に遭い
 愛する妻が自分の腕の中でなすすべもなく死んでいくが
 自分は“生命を注入されて”しまっているので
 かすり傷しか負わず死ねない)
がカットされ、代わりに原作にはないアステアの「トップ・ハット」から
最後のヤマ場へいたる盛り上がりの部分が
脚色されているんです。

個人的には、運命を呪うしかない残酷話を
奇跡と感動の物語に作り替えた映画版の野心は認めますし
それなりの成果も出していると思いますが
全く感動出来ませんでした。
原作ははっきり言って嫌いです。
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わたしの感想文・・



 わたしもハッピーエンドではないと思っています。
コーフィは純粋な心の持ち主で、ただ辛すぎるこの世界からいなく
なりたかっただけ。自分に感謝してほしいとかそういうのを全然思って
なくて。
 結果、長生きになってしまったトム・ハンクス(役名忘れました)は
自分への罰と思って先立たれる大切な人たちを見送る・・。コーフィが
辛いといったこの世界にいつまでも残らなければならないことが罰。

 原作ですと自分の奥さんの死のシーンもつらいです。自分がこの世から
天使を消してしまった後悔が・・。
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