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先日友人と先の戦争の話をしていて、私は

「どうして玉音放送なんかで日本が戦争をやめることになったのか分からない。本当に天皇の意思に忠実に従うのであれば、開戦の詔書の「豈朕ガ志ナラムヤ」の文言を見れば、天皇の意思は戦争による解決を望まないと言うことが分かるので、開戦の詔書の内容を知ったら『東條は天皇の望んでおられない戦争での解決を決意した逆賊だ』と言うだろうし、その時点で東條内閣は瓦解したのではないか?」

といったら、友人は

「「豈朕ガ志ナラムヤ」の文言は日本政府は隠蔽していたのだろう。もし国民が知ったら士気が下がるだろう。」

と言うのです。

開戦の詔書の「豈朕ガ志ナラムヤ」の文言は隠蔽されていたのでしょうか?

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A 回答 (2件)

昭和16年12月9日朝日新聞夕刊(第20008号)の1面トップに、開戦詔書の全文が掲載され、昭和天皇の遺憾の意を示す「洵に已むを得ざるものあり豈朕が志ならむや」も削られることなく出ております。



日露開戦の詔勅においても、明治天皇がやはり「豈朕が…」との文言があり、太平洋開戦の詔勅は、これに倣っての遺憾の意の表現をしたと推測されます。

詔(みことのり)は、天子の意を広く臣民に知らしめることを目的としており、その文言の一部または全部が臣下の一存で改ざんあるいは隠蔽されようものなら、不敬罪として処断されるのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

隠蔽されていなかったんですね。

しかし、それならどうして開戦の詔書に記された天皇の戦争での解決を望まないと言う意思を無視して戦争での解決を試みておきながら、玉音放送による天皇の意思を汲んで戦争を終結したのかという疑問は残りますね。

お礼日時:2011/02/18 22:24

社交辞令と言う言葉は覚えておくと良いかもしれません。



素晴らしい言葉使い、いつも敬服しております。
とは記載しておりますが、

社会通念上での挨拶であり、実際には敬意など持っていないと言う事です。


止むを得なかった。
止められなかった。

これは、開戦~終戦までを総括出来る言葉です。
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この回答へのお礼

開戦の詔書も玉音放送も社交辞令なんですか?

それなら玉音放送があっても戦争を終結するとは思えませんが。

お礼日時:2011/02/18 22:19

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