地名の赤間関はどう読みますか?
あかませき?せきませき?それとも?
教えてください。

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この回答へのお礼

suimasen! ima nihonndeha naku kankokukara kono MAIL wo okutteimasu
dakara global IME to iu nihongo nyuuryoku SYSTEM wo DOWN LORD suru
jikanga nakute ro-maji de kakasete moraimasu.
kankokuno daigakuno kouenkai de dousitemo yomigana ga hituyou desita
hontou ni tasukarimasita^^

お礼日時:2001/04/18 22:08

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Q【朝鮮通信使・赤間ヶ関についてよまれた歌】

朝鮮正史が下関の赤間関に関するものを歌った歌で、
「月出るの・・・ むらさきの海の硯・・・」(すみませんうろ覚えです)
それについて、韓国語を当時の日本人が日本語のカタカナで書きとめているものを見たのですが、
(「シャリ ヒョンサン ハテ・・・」というもの)
全く解読できません。
どなたか、この歌に関すること何でも結構ですので、何かご存知であればぜひ教えていただきたいのですが、よろしくお願いいたします。特に、その韓国語のもとのハングルを知りたいです。

Aベストアンサー

多分、ハングルではなくて漢語(または漢詩)の形式で読まれているのだと思います。
元の片仮名がもっと分かれば多少は分からないわけでもないですが、
> 「シャリ ヒョンサン ハテ・・・」
では、短すぎて難しいです。

この部分だけを考えれば、多分「出於釜山・・・」とでもなるのでしょうか。この形式だと七言の形に近いですが、実際がどうだったかは私には分かりません。
またハテについてはなにも漢字を当てていません。

Q18世紀の地名辞典の中の地名

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http://www.chosunonline.com/news/20110808000034

地図中の Sea of Corea の少し上にある Matsima,それから北海道の中にあるように見える Aqua という地名は現在のどこにあたるのでしょうか?

Aベストアンサー

Matsima
たぶん 松前
MATSUMAE

http://en.wikipedia.org/wiki/Matsumae_clan
「Due to their location, and their role as border defenders, the Matsumae were the first Japanese to negotiate with Russia in any semi-official way.」
これが18世紀後半で地図が作られて頃の話。

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MATSUMAE

MATSUMA
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Q仏教に関する漫画を読みたいです。

京都の事や「絶対他力」や「阿弥陀如来」など目に入った言葉を調べる内に
凄く仏教に興味がでてきました。

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そこで仏教に関する漫画があればわかりやすいのかなと思い質問に至りました。
仏教に関してさわりだけでも勉強になる漫画があれば是非ご紹介ください。

Aベストアンサー

 
 仏教でマンガといえば、『ブッダ』が王道だと思います。
 
 しかし漢訳された用語(われらが葬式仏教からも身近な用語)から入るならば、坂口尚の『あっかんべェ一休』なんかのほうがいいかもしれません。

 手塚治虫なら『火の鳥』の『鳳凰編』が奈良の都と大仏の時代を描き、哲学的仏教の臭いがします。純日本的な山岳信仰などとインド的な仏教徒の関係も垣間見えて、日本史マニアから見ても、全編に漂う空気はすばらしいの一言につきます。

 同じく『火の鳥』の『太陽編』では古代の仏教導入期を描き、こちらでは日本古来の神々のところに仏教がやってきます。仏教の考え方というよりも、仏教伝来の背景や宗旨のウラにある利害関係など、日本人にとっての仏教とは何かを、多面的に考えるきっかけをくれると思います。

 この2編は仏教が全く違う立場で描かれており、あわせて読むと一層興味深いと思います。
 『火の鳥』はそれぞれの編で完結している形で、『ブッダ』よりも短いのが残念ですが、マンガ史上の一大傑作とみなされている作品です。ストーリーやキャラクターの設定はさすが手塚で、興味を沸きたててくれるでしょう。
 『鳳凰編』のほうは昭和末期にアニメ映画化されており、DVDなどもあったと思います。

 仏教用語の場合、もともとのインドの言葉(サンスクリット語、梵語とも)の音をもってきて漢字を当てた“阿修羅”や、意味から訳された“因果”なんてことばが混ざっていて、カタカナだらけのブッダだと、ご希望に副えないかもしれません。
 日本仏教なら『火の鳥』をおすすめします。 

 いずれもマンガなので作者の解釈や物語上の設定変更(架空の設定)があり、異説的な部分もあります。しかし、興味を沸きたてるという意味では充分です。

 ほかに、簡単な仏教史の概要なら、小中学生向きの『日本の歴史』のようなハードカバーの奈良~鎌倉時代の巻に、鑑真、空海や日蓮、親鸞らが簡単ながら、かならずでてくるはずです。思想などはあまり学べませんが、顔とセリフがあるので、基礎的暗記というか、人の名前を覚えるのはラクです。

 また、信徒の勧誘や教化が目的と思われますが、親鸞や日蓮の考え方や生涯をつづったマンガを見たことがあります。これらは入門には適さないと思いますが、インターネットにも公開されているかもしれません。
 
 

 
 仏教でマンガといえば、『ブッダ』が王道だと思います。
 
 しかし漢訳された用語(われらが葬式仏教からも身近な用語)から入るならば、坂口尚の『あっかんべェ一休』なんかのほうがいいかもしれません。

 手塚治虫なら『火の鳥』の『鳳凰編』が奈良の都と大仏の時代を描き、哲学的仏教の臭いがします。純日本的な山岳信仰などとインド的な仏教徒の関係も垣間見えて、日本史マニアから見ても、全編に漂う空気はすばらしいの一言につきます。

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Q駒ヶ根市「経塚」の地名由来を教えて

大河ドラマで宮島に平家納経の「経塚」があるようですが
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Aベストアンサー

わからないのに回答しては失礼かもしれませんが、、、、
 
次の講座が近日開かれるそうです。
信濃の歴史講座 第2回
日時 平成24年1月29日(日) 13:30~ (開場13:00)
場所 飯田市上郷考古博物館
講師 長野県立歴史館原明芳さん、飯田市上郷考古博物館岡田正彦
内容 南信州の経塚、発掘からみた中世の人びと―鍋・釜・銭そして―
http://www.city.iida.lg.jp/iidasypher/www/info/detail.jsp?id=7998
http://www.iida-museum.org/news/201201.pdf
 
なお、一般論でいうと、地名はその地域で何か歴史的なものを感じさせますが、どこでもその内容がはっきりしているとは限らないようです。
経塚も、あちらこちらにそうした地名を見かけますが、わからないことは多いようです。
駒ヶ根市は大田切城(平安時代の長寛年間(1163~1165年)に築城)のあったところのようです。
http://www.asahi-net.or.jp/~qb2t-nkns/itiran_nagano.htm
この地域も武田(甲斐源氏)とは関係があったようです。
大田切城(長野県駒ケ根市赤穂太田切)菅野友則の城。治承4年に源氏武田信義らの進攻に戦わずに落城。
上穂城(長野県駒ケ根市赤穂上穂町)上穂重清の城。福与城に籠り、落城後は武田氏に降る。織田軍侵攻で上穂重清は大島城で討死。
赤須城(長野県駒ケ根市赤穂上赤須)片切一族の赤須氏の城。大塔合戦に出陣した赤須為幸が古城を修復。赤須清玄は武田氏に従い、織田軍侵攻で大島城にて討死。
 
一条行忠は、治承四年(1180)父に従って源頼朝の挙兵に呼応して、信州伊那郡の大田切郷で平家軍と戦い初陣の功を立てた。その後、駿河へ出兵して平家の軍と戦い、平家討伐戦には源義経の指揮下に入って、父とともに数々の戦功を立てた。ところが、甲斐源氏武田氏一族の勢力が拡大することを嫌った頼朝は次々と武田氏の武将を斥け、元暦元年(1184)、一条忠頼も鎌倉において誅殺され、行忠も父に連座して常陸に流され、のちに誅殺された。
http://www2.harimaya.com/sengoku/html/k_amari.html
 
日本では、経塚は11世紀に貴族の寺院建立と同様に作られ始め、12世紀を盛期にして衰退します。その後、聖が諸国で納経活動を行って民間の富裕層で広まり、やがて寺院が信者に現世利益や追善供養の意味で、扁平な小石に経典の字句のうち一文字を書写して多数埋納するのを勧めるようになります。そうした場所は、寺院のソバが多いです。やがてそうした風習は廃れてしまうので、地域の呼称だけが残って跡形もないという場所もあるようです。
駒ヶ根市には光前寺という大きなお寺もあります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%89%E5%89%8D%E5%AF%BA
 
ご質問の場所とは違いますが、このような経塚もあります。
http://gbs3.rds.toyo.ac.jp/chuseibo/data/C18/049/index.html
 
秋田県の経塚を一覧にしたサイトがあります。
http://www.pref.akita.jp/hotta/database/kyuouduka/kyozukahyou.htm
http://www.pref.akita.jp/hotta/database/kyuouduka/kyoudukabunken.htm
地名に経塚とあっても、由来も詳細も不明なところはあるようです。
 
多くの経塚は偶然発見されるもので、地名も経塚となっていて、その由来らしいことが伝わっているのは少ないのではないでしょうか。
http://okyouduka.jp/about-okyouduka/origin
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%8C%E5%A1%9A_%28%E6%B5%A6%E6%B7%BB%E5%B8%82%29

わからないのに回答しては失礼かもしれませんが、、、、
 
次の講座が近日開かれるそうです。
信濃の歴史講座 第2回
日時 平成24年1月29日(日) 13:30~ (開場13:00)
場所 飯田市上郷考古博物館
講師 長野県立歴史館原明芳さん、飯田市上郷考古博物館岡田正彦
内容 南信州の経塚、発掘からみた中世の人びと―鍋・釜・銭そして―
http://www.city.iida.lg.jp/iidasypher/www/info/detail.jsp?id=7998
http://www.iida-museum.org/news/201201.pdf
 
なお、一般論でいうと、地名はその地域で何か歴史的な...続きを読む

Q町名や地名などで呼ばれている人を教えてください

「明神下の親分」や「本所の鉄」「花川戸の助六」など町名、地名で呼ばれている人物を教えてください。架空の人物だけでなく「黒門町の師匠」とか噺家さんや役者さんも知りたいです。

Aベストアンサー

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国定忠治(上州国定村)、吉良の仁吉と吉良常(三河国吉良)、神戸の長吉と神戸一郎(歌手だそうです。)、関の孫六(刀包丁の名品)と関の弥太っぺ(東映時代劇で検索して下さい)、沓掛の時次郎(てなもんや三度笠で餡かけの時次郎を先に覚えました)

ご存知、水戸黄門、足利尊氏、新田義貞、飛騨の匠、伊勢新九郎(北条早雲)

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駿河次郎、伊勢三郎、武蔵坊弁慶、常陸坊海尊、直属の家来ではないですが、扇の的で有名な那須与一

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