痔になりやすい生活習慣とは?

日本は、朝鮮半島と台湾島を併合し、日本の領土としました。
一方、満州帝国は満州人である溥儀を皇帝とした日本による
傀儡政権の国家です。
どうしてこんなまわりくどい国会経営をしたのでしょう?
満州も、朝鮮や台湾と同じく「併合」でも良かったんじゃないでしょうか?

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A 回答 (3件)

 満州を、併合して日本の一部とすることは国益を侵害することになるから。


(もし、そうなれば、樺太以外にも、直接、日ソが大陸で長大な国境線を接し、安全保障上
大変なことになる\(^^;).. 

日露戦争後のポーツマス条約により日本は北満州からのソ連の影響を排除することには失敗した。石原莞爾石原は満州国という(一応)独立国をそこに作ることによりソ連との緩衝地帯を作りたかったのである。彼としては日露戦争後に日本がやり残した国防の一部を自らの手でやりたかったのであろう。

 
 石原が満州国を建国したこと自体は歴史上、かして誤りではなかった。明治から昭和にかけての人たちのロシア(ソ連)への恐怖は現在の北朝鮮の脅威よりもはるかに大きかった。それを取り除くために行ったはずの日露戦争にしても結局はあれだけの血を流しながら、世界情勢とのからみからロシアの勢力を満州全体から追い出すまでには至らなかった。

 したがってどうしても満州のあの地に緩衝地帯(ロシアからの防波堤)を作りたい、という思いは当時の日本人の共通したものであったと思う。

 本当は日露戦争後、日本が取得した満鉄を買収しにきた米国人の鉄道王ハリマンにさっさと満州なんか売っぱらってしまったらよかったのだ。そうすれば満州の防衛は必然的に米国が担当したであろうし、賠償金代わりの多額の資金が日本の手に入ったであろう。(いや、満鉄日米共同経営、満鉄付属地を帝国陸軍・米海兵隊共同警備というのもある)

 それにソ連の脅威よりは米国の傘に入っていた方がはるかにましであったろう。井上馨ら元老はそう考えてハリマンと交渉していたが、小村寿太郎はそれでは日露戦争の英霊にすまない、といってハリマンの提案を拒否した。それがまた日米関係悪化の原因の一つであったことは否めない)

 さらに経済の面から考えても、当時の日本としては満州国は必要であった。昭和の初期当時は日本への原料供給地として、あるいは輸出製品の市場として満州は不可欠であった。(”満蒙は日本の生命線”と言った松岡洋右の言葉はあながちうそではないのである)

 当時は第一次大戦後で世界経済はブロック化し、世界貿易が縮小していたために、後発国で植民地の少なかった日本は世界市場から締め出されていた。したがって欧米列強の手が届いていない海外市場の確保が至上命題であったのである。

 もしハリマンが満鉄を買収し、満州が米国の支配下となっていれば平和裡での貿易という形になっていたであろうが、如何せん小村がそれを拒否してしまったために満州は”無主の地”のままであった。(当時満州は軍閥の手にあり、まだ中国国民党政府の主権がおよんでいない。)
 したがって石原がこの地に満州国を建てたのはある意味で歴史の必然であったと言ってよかろう。日本は満州国と対等な関係で自由貿易を営むことにより必要な資源などを確保し、輸出市場なども確保できたはずだからである。

  石原自体は中国を侵略していくつもりはまったくなく、無主の地である満州に五族共栄のソ連防波堤政権ができれば国防面からも経済面からもよい、と考えていたわけである。

 一応、別の国だから緩衝地帯となるので、日本の一部としたらまずいのである。
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 第一次世界大戦当時、ヨーロッパが戦場になり、中国が列強のパワーの空白地帯となったため、日本はドイツの中国利権を奪取し、中国に対して21カ条の要求を行った。



 第一次世界大戦が終了し、欧米が復興するに従って、戦争中に日本が好き勝手をやりすぎていると批判の的となり、9カ国条約が結ばれるに至った。

・9カ国条約ウィキ記述
 この条約は、中国に関する条約であり、門戸開放・機会均等・主権尊重の原則を包括し、日本の中国進出を抑制するとともに中国権益の保護を図ったものである。

 この9カ国条約を無視するのは、即座にこの条約の他の調印8カ国(アメリカ合衆国・イギリス・オランダ・イタリア・フランス・ベルギー・ポルトガル・中華民国)と敵対するものとなってしまうわけです。

<参考:対華21カ条・・・ウィキ記述>
第一次世界大戦において中華民国は中立であったが、日本の対独宣戦布告に対し、山東半島において交戦区域を設定し自国領内での日独の戦闘を容認していた。しかし、日本軍は交戦区域外に進出、維県(三水の維)を占領し、青島攻略後も中国領の占領を継続した。中華民国政府は交戦区域からの逸脱に抗議し、日本の膠済鉄道(山東鉄道)管理権要求を拒否し、青島陥落後は交戦区域全廃止しドイツ租借地外の日本軍の撤収を要求している。

しかし日本は要求に応じず、山東支配の確立と、従来の権益の拡大を求めて、1915年(大正4年)1月18日、大隈重信内閣(加藤高明外務大臣)が中華民国の袁世凱政権に5号21か条の要求を行った。主に次のような内容であった。

第1号 山東省について
ドイツが山東省に持っていた権益を日本が継承すること
山東省内やその沿岸島嶼を他国に譲与・貸与しないこと
芝罘または竜口と膠州湾から済南に至る鉄道(膠済鉄道)を連絡する鉄道の敷設権を日本に許すこと
山東省の主要都市を外国人の居住・貿易のために自ら進んで開放すること
第2号 南満州及び東部内蒙古について
旅順・大連(関東州)の租借期限、満鉄・安奉鉄道の権益期限を99年に延長すること(旅順・大連は1997年まで、満鉄・安奉鉄道は2004年まで)
日本人に対し、各種商工業上の建物の建設、耕作に必要な土地の貸借・所有権を与えること
日本人が南満州・東部内蒙古において自由に居住・往来したり、各種商工業などの業務に従事することを許すこと
日本人に対し、指定する鉱山の採掘権を与えること
他国人に鉄道敷設権を与えるとき、鉄道敷設のために他国から資金援助を受けるとき、また諸税を担保として借款を受けるときは日本政府の同意を得ること
政治・財政・軍事に関する顧問教官を必要とする場合は日本政府に協議すること
吉長鉄道の管理・経営を99年間日本に委任すること
第3号 漢冶萍公司(かんやひょうこんす:中華民国最大の製鉄会社)について
漢冶萍公司を日中合弁化すること。また、中国政府は日本政府の同意なく同公司の権利・財産などを処分しないようにすること。
漢冶萍公司に属する諸鉱山付近の鉱山について、同公司の承諾なくして他者に採掘を許可しないこと。また、同公司に直接的・間接的に影響が及ぶおそれのある措置を執る場合は、まず同公司の同意を得ること
第4号 中国の領土保全について
沿岸の港湾・島嶼を外国に譲与・貸与しないこと
第5号 中国政府の顧問として日本人を雇用すること、その他
中国政府に政治経済軍事顧問として有力な日本人を雇用すること
中国内地の日本の病院・寺院・学校に対して、その土地所有権を認めること
これまでは日中間で警察事故が発生することが多く、不快な論争を醸したことも少なくなかったため、必要性のある地方の警察を日中合同とするか、またはその地方の中国警察に多数の日本人を雇用することとし、中国警察機関の刷新確立を図ること
一定の数量(中国政府所有の半数)以上の兵器の供給を日本より行い、あるいは中国国内に日中合弁の兵器廠を設立し、日本より技師・材料の供給を仰ぐこと
武昌と九江を連絡する鉄道、および南昌・杭州間、南昌・潮州間の鉄道敷設権を日本に与えること
福建省における鉄道・鉱山・港湾の設備(造船所を含む)に関して、外国資本を必要とする場合はまず日本に協議すること
中国において日本人の布教権を認めること
5号条項は秘密・希望条項とされていたが、中国側が21ヶ条要求を突きつけられたと喧伝し、国際的、主にアメリカからの批判を浴びた。日本は5号条項を後に撤回した。
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日露戦争(1904年から1905年)後、日本は満州の権益を取りました。


しかし、そもそも満州の権益はロシアも撤退しなければならないものでした。さらに、日露戦争ではアメリカは日本に肩入れしましたが、それは満州の権益を狙ってのものです。日露戦争は直接戦ったのは二か国ですが、実際は多国が関与していました。
ですので1931年の満州建国ですらアメリカもイギリスもフランスも認めない立場でした。1933年の国際連盟総会で列強による共同管理が圧倒的多数で可決しました。これをきっかけに日本は国際連盟を脱退し、第二次大戦に向かっていきます。
併合どころか傀儡政権ですら認められなかったのです。そこまでの力がないのに取りすぎたのです。
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Q満州国建国の目的を教えて下さい。

なぜ日本は満州国という独立国を建国したのですか?当時の国際事情や国内事情などを踏まえながら、建国の目的を教えて下さい。

Aベストアンサー

当時、日本を含めた列強諸国は中国に数多くの利権を有していました。
これはアヘン戦争以来、一世紀近くに渡って列強諸国が鎬を削って中国での利権獲得競争を行った結果でした。
そして植民地獲得競争において出遅れた日本において、満州周辺で獲得した利権はほぼ唯一に近い「海外利権」でした。
このため当時の日本では「満蒙の特殊権益」は「明治以来、先人が苦労と犠牲と投資を重ねて獲得した利権」であり、また「国家の生存に必要不可欠」と認識されていました。
しかも当時は世界恐慌の結果、引き起こされたブロック経済化により日本製品は欧米やその植民地の市場では高額の関税を課せられる事となったために、その重要性がかなり誇大に意識されるようになっていたのです。
誤解を恐れず敢えて言えば「戦後の日本における一時期の憲法9条」のように、その是非を議論すら許されないという風潮があったのでした。
しかしながら第一次大戦以降の世界的なナショナリズムの高まりにより、中国においても列強に奪われた利権を奪い返す国民運動である「「国権回復運動」が起こりました。
ただしこのようなナショナリズムに根ざす運動は、現在でもそうですがしばしば過激化し、外国勢力への排撃運動に近いものになる事もよくありました。
その結果、日本人の多くは中国で獲得した利権が危機にさらされており、それが日本という国家の生存すら危うくしかねないという(現在の視点からすれば)かなり大げさな意識がもたれていました。
これは戦後の日本でも「日米安保は戦争の道」「PKO活動で日本は軍国主義化する」とか後から見ると馬鹿馬鹿しい話が大きな政治問題になったことを考えれば、理解しやすいのではないかと思います。

ただし満州事変当時の日本政府はまだ国際協調路線を取って、交渉で穏便な事態解決を望んでいました。
ところがその前にロンドン軍縮条約で引き起こされた「統帥権干犯問題」のため、政府は軍の統制を取ることが出来ず、満州事変により日本軍は政府の不拡大方針を無視して満州の殆どを制圧し、一気に「特殊権益問題」の解決を図ったのでした。
この行為は現在では「軍の暴走」とされますが、当時の日本ではマスコミは拍手喝采して支持し、事態の不拡大を計った「政府の弱腰外交」を非難しています。
そしてこの国民世論の後押しを受けて建国された満州国について、欧米との対決を望まなかった当時の犬養毅首相は承認を渋りますが、五・一五事件で暗殺され(犬養は統帥権干犯問題を引き起こしてこの事態を招いた張本人のひとりであるので、自業自得の一面もあります)、日本政府は軍の暴走と国民世論に引きずられる形で満州国を承認、欧米との全面対決、そして国際連盟脱退へと向かってしまいます。

このように満州国の建国は決して日本が国家意思として行ったものではなく、当時の日本人の「満蒙の特殊権益」に対する過剰な意識と中国側の反発、そして軍の統制問題などが絡み合ったために、一部の暴走を国家が追認するという非常に危ういものでした。
しかしそれが当時は「大成功」を収め、国民からも高く評価されてしまった事で、その成功体験が後の日中戦争、そして太平洋戦争の遠因となり、大日本帝国を滅ぼしてしまうのです。

なお満州事変当時の日本国民の意識について論じた本で、簡単な書籍としては「日米もし戦わば―戦前戦中の「戦争論」を読む(光人社)」などがあります。

当時、日本を含めた列強諸国は中国に数多くの利権を有していました。
これはアヘン戦争以来、一世紀近くに渡って列強諸国が鎬を削って中国での利権獲得競争を行った結果でした。
そして植民地獲得競争において出遅れた日本において、満州周辺で獲得した利権はほぼ唯一に近い「海外利権」でした。
このため当時の日本では「満蒙の特殊権益」は「明治以来、先人が苦労と犠牲と投資を重ねて獲得した利権」であり、また「国家の生存に必要不可欠」と認識されていました。
しかも当時は世界恐慌の結果、引き起こされた...続きを読む

Qもしハルノートを受諾し、大日本帝国が続いていたら?

今日の夜9:00~NHK真珠湾スペシャルを見ましたが・・・

ハルノート原案では、日本軍全面撤退と引き換えに20億ドルの対日借款が盛り込まれていた。
それが国務省内で練り直され、対日強硬派の言い分が通り、借款の項目は削られた・・云々


なかなか興味深い番組でしたね。


でも

当時の日本政府・軍部の主流派から見て、ハルノートは受け入れられない。それどころか対英米戦は既定路線・・・・かな。


さて、今回、あくまで IF ですが

日米戦争を回避でき、大日本帝国も明治憲法もそっくりそのままで今日この21世紀のIT社会に至ったらどうなったことでしょう?

若者が茶髪でスマホに熱中し前を見ずに道歩き、少女がローライズでパンツ半分見せながら道歩いて、それでも大日本帝国存続中だとしたら。

いったいどんな日本社会になっていることでしょうね?

テクノロジーは今の現実そのままの社会で、国体は大日本帝国。

つまり往時(1941時点で)、あと数年を待たずして、台頭する巨大な軍事大国ソ連、蒋介石を追い出し中国の覇権を握った中国共産党。米国はこれらと対峙するために、日本を利用せざるを得なくなるのです。良い悪いはこのさい別として。

尚、連合国による対独・対伊 の戦争はあり、歴史通り連合国の勝利に終わったとします。日本だけがそのまま。


今どんな日本社会になってますか?あくまで IF です。

今日の夜9:00~NHK真珠湾スペシャルを見ましたが・・・

ハルノート原案では、日本軍全面撤退と引き換えに20億ドルの対日借款が盛り込まれていた。
それが国務省内で練り直され、対日強硬派の言い分が通り、借款の項目は削られた・・云々


なかなか興味深い番組でしたね。


でも

当時の日本政府・軍部の主流派から見て、ハルノートは受け入れられない。それどころか対英米戦は既定路線・・・・かな。


さて、今回、あくまで IF ですが

日米戦争を回避でき、大日本帝国も明治憲法もそっくりそのまま...続きを読む

Aベストアンサー

afv2012さんの回答に対する意見です。

>>そして、軍事以外でも20世紀の主要な産業において、エネルギーや資源の問題は深刻です。
>> けっきょく、何らかの形で海外から資源やエネルギーを得るすべがなければ、資源の乏しい日本は衰退せざる得ません。

>>もし、こうして資源もなく、確固とした産業を持たないままでは…

日本が資源を海外に頼らざるを得ない状況はメタンハイドレートや核融合発電を実用化してみせない限りどこに転んでも変わりませんよ。戦争を回避した仮想の大日本帝国でも、実際の戦後日本でも。

勿論、戦中の相手であったアメリカと比べては凄く物足りなかったような気がしますが、戦前日本の産業基盤がそんなに貧弱な訳じゃありませんでしたよ。

もしかして此れが「確固とした産業を持たない」とされている戦前日本の姿(?)でしょうか。
これは戦中の敵国であった日本を出来るだけ嘲笑する為に日本を今の朝鮮、中共みたいにポンコツしか作れない産業未開国のように酷く描写している連合国側のプロパガンダアニメです。

第二次世界大戦中のポパイのアニメ(反大日本帝国)
jp.youtube.com/watch?v=NzRgvt_0Trg

Tokyo Jokyo
jp.youtube.com/watch?v=QGbQjyrHjF8

しかし実際はどうだったんですか。
ご存知の通り戦中には歴史上最大の戦艦である大和級戦艦を、しかも3隻も建造したのですよ。(大和、武蔵、信濃。ただし、信濃は途中で空母改装)

それ以前に有色人種が白人国家の技術力に頼らずに独自設計で独自に建造した世界最初の近代艦船の「薩摩」もあったし、戦後連合軍側は鹵獲した旧日本軍の航空機に適用された技術力を高く評価しました。

(軍事兵器しか評価しなかったような気がしますが、そもそも軍事技術というものはその国の工業技術力の尺度を表すのですからね。)

既に戦前からそれなりの技術力と工業力を持っていた日本を 確固とした産業を持たないと評価するには無理があると思います。

>>… 国内での国民の不平不満はかなりの高さで暴動や革命思想へと容易に誘導される不安定な不穏な状態が続くでしょう。

>>ちょうど南米の共産主義国家が歩んだ道筋に似た感じになるのではないかと想像されますが、日本はアメリカから遠いので、より共産主義国家の影響力が高くなる可能性は強く、共産主義革命が成功してしまう可能性もありえます。

戦争を回避した帝国より、寧ろ実際の戦後のドサクサの中の暫くの間に未だ自衛隊も編成出来ずになんの軍事力も無かった時、そして60~70年代の高度成長期に団塊世代の青年(今はジジババですけどね…)どもが火炎瓶と石投げたり竹槍振るったりする暴力的な共産主義闘争を繰り広げた時代のほうがもっと共産主義革命が成功しやすかった環境だと思いませんか。
スパイを丸腰に容認してしまってた実際の戦後の方がもっとやばかったんじゃないですかね。

そして南米の国家は、土着文明を破壊して占領してきたスペイン、ポルトガルの植民地だった地域が独立したばかり、国家としての基盤が非常に軟弱な地域でした。
当然、この隙が共産主義勢力を安易に許してしまう結果となり、これが直ぐに南米社会主義政権の誕生に直結したのです。

それに対して日本は王家が途中で断絶するなどインディオ民族としてのアイデンティティを相当失ってしまった南米地域とは違い、長い時皇室を断切なく継続的に維持しながら昔から地道にソフト、ハード的なものを積み上げる等、長い時にかけて大和民族とその国家としての基盤とアイデンティティを確立することが出来ました。

国家としての基盤とアイデンティティの丈夫さがガン並みに違うのに、南米と同じく呆気なく共産化する、というのは無いじゃないんですか。

物理的にソ連からの距離は日本が南米より近いからソ連からの風当たりそのものは南米へのより遥かに強いかもしれません。
しかし、民族としてのアイデンティティと国家としての基盤が既に確立した日本がそんなに共産主義の波に安易に巻き込まれるはずがないんでしょう。

更に「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す、恙なきや」中華秩序からの離脱を告げるこの文章が書かれた以来、日本は決して中華勢力の侵入を許した事が無かったんです。依然として中国からの文物は受け続けながらですね。
中華大陸とシルクロードを全て制覇して更には東ヨーロッパにまで飲み込もうとしたモンゴル帝国の侵略も食い止めたんじゃないんですか。

大陸からの侵略にずっと立ち向かってた歴史、経験があるから日本が又大陸勢力であるソ連の侵略を簡単に許す訳にはいかないと思います。

(実際にはハルノートを日本が拒否したのも、ある意味ではそれまで大陸からの侵略に屈服してなかった伝統の続きでないのか、と私はそう思っています。ただ、その時は日本としては始めての海洋勢力からの脅威で、その始めての海洋勢力との全面衝突には負けて今に至る…んじゃないんですかね。)

>> この惨状の日本をソ連が黙ってみているとは思えず、何らかの形で冷戦時代初期に良くあったように、武装革命を影で援助し、武器を供給したりされる可能性は高いと思えます。

しかし実際の戦後日本でもないのに、此れをただ見ているわけでもないですね。日本の方もソ連のやり方を黙ってみているだけじゃ居られませんよ。

こんな共産主義勢力が余計な真似をしないようにした法律がありました。「治安維持法」。
勿論、この法律が真っ当な国民まで些細な理由で無闇に捕まってしまうなど、立憲主義に違背し国民の権利を一部侵害した負の側面もありましたが、
共産主義勢力、無政府主義勢力等の国家の治安に害悪を及ぼす諸勢力が帝国内外部からの混乱を煽るのを食い止める事には相当に役が立ちました。

そもそも帝国がずっと存続していたならこの治安維持法を国民の権利を侵害しない、ながらももっと有効に国家の安全を脅かす勢力を食い止めれる方向へ何回も改正されてる筈でしたね。

(もしかして、実際今の日本に一番必要なのはこの治安維持法かも知れません。ただ、前述のように立憲主義に違背されるように要素は改正する必要はあるんですけど…)

今更やっと日本版NSCだね、特定秘密保護法だ、スパイ防止法だ、と急いで対内外諜報対策が用意されてるのが救いなんだけど、とにかく戦後日本が敵性国家のスパイを丸腰で許して来たたのはご存知の通りですね。
しかし、戦後GHQによって旧帝国の各機関が解体される前は日本にも一応諜報機関が存在して、その能力はかなり優秀だったと要られます。

もしソ連が密かに武器を配るなど日本内部から革命を煽ろうとしても、それが日本側の諜報機関によって食い止められるのは間違いないでしょう。



…取り敢えずハルノートを受け入れるのはとにかくアメリカをはじめとする連合国側の下に入るというのだから、この点では史実の敗戦後の日本がアメリカの同盟国になったのとあんまり差が無いと思います。
大陸共産勢力の中蘇からの脅威に対応するために日米が連合するのは…

多分、こうなったら南米のようになるのではなく、他ならぬ実際の今の日本と似ている情勢になったんじゃないのかと思います。
はい、今の「第二次安倍政権の日本」みたいにですよ。
今年2013年度の安倍政権は憲法9条を解釈改憲して集団的自衛権を容認しようとしたり、日本版NSC,秘密保護法などの安保対策を用意する等、アメリカとの連帯を強めて中共からの脅威を含む様々な安全保障的なリスクに対応しようとしていましたね。

ハルノートを受け入れた大日本帝国はデブ将軍が率いる独裁国家北鮮でも、社会主義革命が成功してしまった南米のようにでもなるわけは無いです。
多分今の安倍率いる自民党政権が目指す国家の姿に似ているではないかと思います。(安倍晋三が敢えて始めてからハルノートを受け入れて戦争を回避した帝国を想像してあんな政策を推進するわけではないですけどね。)

ただ、旧帝国なら朝日、毎日新聞はあるけど9条も日教組も共産党もないから一部偏向報道するマスコミは処分して立憲主義、国民の権利を侵害し得る憲法、法律の「穴」を適切に改正してアメリカとの関係を改善しただけで良いでしょう。

又の長文、駄文申し訳ございません。

afv2012さんの回答に対する意見です。

>>そして、軍事以外でも20世紀の主要な産業において、エネルギーや資源の問題は深刻です。
>> けっきょく、何らかの形で海外から資源やエネルギーを得るすべがなければ、資源の乏しい日本は衰退せざる得ません。

>>もし、こうして資源もなく、確固とした産業を持たないままでは…

日本が資源を海外に頼らざるを得ない状況はメタンハイドレートや核融合発電を実用化してみせない限りどこに転んでも変わりませんよ。戦争を回避した仮想の大日本帝国でも、実際の戦後日本で...続きを読む

Qもし日本が太平洋戦争をしていなかったら・・

満州を放棄し、中国へ侵攻している全ての軍隊を引き上げて、
日米戦争を回避していたら、今頃(現代)の日本やその周辺国はどうなっていましたか?

例えば、
・今頃、韓国、北朝鮮、台湾やグアム、サイパン、パラオなどはパスポートのいらない日本国内旅行ですか?
・フィリピンはアメリカ領、インドネシアはオランダ領、インドやマレーシアはイギリス領、ベトナムはフランス領のままですか?
・今のような、日本は経済大国になっていないのでしょうか?

考えてみたら、戦前の日本のほうが領土的に広いので、戦争していなかったら今とどう違っていたんだろうと、ふと疑問に思いました。

Aベストアンサー

戦前の軍事書籍を読むと分かるのですが戦前の日米対立とは即ち「中国市場を巡る対立」でした。
もともと市場規模が小さく、資源も少ない日本を支配しても米国の得にならない事は明白であり、そんなことは当時から分かりきった話でした。
このため戦前から日本では「米国の圧力は中国市場を獲得するために目障りな日本を潰すためのもの」という認識だったのです。
そして戦前の日本では日清・日露の両戦争を始め多くの戦争と犠牲を通じて獲得した「満蒙の特殊権益」はいかなる理由があろうと手放してはならない、という意識が極めて強かったのです(戦後で言えば「憲法9条を絶対に守れ」と似たようなものです)。
この結果、中国大陸での武力行使は国民の強い支持を得る事となり、必然的に中国市場を巡る日本と米国との対立を深める事になってしまいました。
しかし逆に考えれば、大戦後に中国が共産化してしまえばもはや、中国における利権対立も無くなるわけで、日米の対立要因も失われるでしょう。
そうなると戦後の日本はかつての韓国やインドネシアのように軍部が強い影響を持ちつつも、開発独裁体制の元で経済成長を遂げ、その後の民主化の発展に伴い軍部の影響力も次第に減少していくものと考えた方がよいかも知れません。

戦前の軍事書籍を読むと分かるのですが戦前の日米対立とは即ち「中国市場を巡る対立」でした。
もともと市場規模が小さく、資源も少ない日本を支配しても米国の得にならない事は明白であり、そんなことは当時から分かりきった話でした。
このため戦前から日本では「米国の圧力は中国市場を獲得するために目障りな日本を潰すためのもの」という認識だったのです。
そして戦前の日本では日清・日露の両戦争を始め多くの戦争と犠牲を通じて獲得した「満蒙の特殊権益」はいかなる理由があろうと手放してはならない、と...続きを読む

Qなぜ「広島」「長崎」に原爆投下?

どうして広島と長崎に原爆投下したんですか?
他にも候補地がいくつかあったみたいですが・・。
東京、川崎、横浜とかも入っていたんですよね。
広島に落とすより、東京に落とすほうが意味があるような気もしますが・・・。
気象の関係と言うことも聞いたことがありますが、わかりません。

Aベストアンサー

下記リンクの中の「原爆投下都市の選定理由」に書いてあることが、私の知るところと概ね一致しています。

その中にあるように、長崎に原爆を落とした時は、小倉が第一目標であったが、小倉に落とせずに長崎に落としたとされています。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E7%88%86#.E5.8E.9F.E7.88.86.E6.8A.95.E4.B8.8B.E9.83.BD.E5.B8.82.E3.81.AE.E9.81.B8.E5.AE.9A.E7.90.86.E7.94.B1

日本に対する都市無差別空襲について、下記の本が参考になりますので推薦します。「京都が空襲されなかったのは、文化遺産を惜しむアメリカの配慮」というのが根拠のない俗説であることが論証されていますが、「空襲の優先順位」などについても分かります。

日本の古都はなぜ空襲を免れたか
http://www.7andy.jp/books/detail?accd=31002714

「東京、川崎、横浜とかも入っていたんですよね。
広島に落とすより、東京に落とすほうが意味があるような気もしますが・・・」

日本の主要都市は、昭和20年8月にはほとんどが焼け跡になっていました。東京も川崎も横浜も徹底的に空襲されて、燃えるものが既にない状態でした。

原爆の投下候補都市は、「ある程度大きく、かつ大規模な空襲を受けていない都市」として選ばれたようです。

下記リンクの中の「原爆投下都市の選定理由」に書いてあることが、私の知るところと概ね一致しています。

その中にあるように、長崎に原爆を落とした時は、小倉が第一目標であったが、小倉に落とせずに長崎に落としたとされています。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E7%88%86#.E5.8E.9F.E7.88.86.E6.8A.95.E4.B8.8B.E9.83.BD.E5.B8.82.E3.81.AE.E9.81.B8.E5.AE.9A.E7.90.86.E7.94.B1

日本に対する都市無差別空襲について、下記の本が参考になりますので推薦します。「京都が空襲されなかったの...続きを読む

Q想像力と創造力の意味の違いって

想像力と創造力の意味の違いって何ですか?
簡単に教えてください。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 辞書を引けばすぐわかると思いますが、違いを意識しながら説明させていただくと、「想像力」のほうは現在自分の知識内にある事をもとにして心に思いをえがく力、「創造力」のほうは現在存在しないものを新たにつくり出す力、でしょうか。

Q日蓮宗と創価学会の関係

先日初めて日蓮宗の葬儀に参列しました。
日蓮宗にあまり馴染みがなかったので、「教えて!goo」で日蓮宗を
検索したところ、「創価学会」とつながりがあることがわかりました。
具体的にどういう関係なのか教えてください。

あと、日蓮宗って仏教ですよね(違っていたらごめんなさい)
なぜ、仏壇の中に仏様がいらっしゃらないのでしょうか?

Aベストアンサー

仏教には大きく浄土系と法華経系があります。
簡単に説明すると(ちゃんと信心がある人には怒られそうですが)
浄土系というのは「南無阿弥陀仏」さえ唱えていれば救われるというものです。
法華経系にはさらに密教系、禅宗系、日蓮系があります。
この中でも、古参、新興ともに団体が多いのが日蓮系でなんですね。
浄土系に対抗して「妙法蓮華経」さえ唱えていれば救われるという
日蓮大聖人の教えに反しているんじゃないかと思われるものから
儒教と迎合したものまで種々雑多なんですね。

創価学会なんですが、最初は創価教育学会といいまして、
宗教団体ではありませんでした。それが、道徳教育には宗教が必要だという考えもあって
日蓮正宗へ参加します。でもって袂を分かつんですが、日蓮正宗方の言い分は
邪流に走ったから破門なんですが、創価学会方の思いは「散々、貢がせておいて
いらなくなったらポイっかい」というものです。
なので、創価学会は寺院も坊さんもおらず、葬式も友人葬として学会員で行います。
日蓮正宗が学会を池田教といえば創価学会は正宗を日顕宗と呼んだりしています。
悪く言えば、しいたげられても尽くしてきたのに、必要がなくなったら
あっさりとフラれたときの逆恨みとでもいいましょうか、
聖教新聞なんかを見るとあからさまな攻撃記事がありますね。
共通点と言えば、双方とも何か言えば必ず反論してくるところです。

仏壇に仏像がない理由ですが
現在の仏像というのは仏教を広めるために他の宗教の神様が仏に帰依したという
考えのもとできあがったもので、本来、釈迦が説いたものには偶像という概念が
ありませんでした。日蓮大聖人もまた釈迦が説いた仏法への回帰を目指していたため
正統な日蓮系には偶像崇拝はないんですね。

仏教には大きく浄土系と法華経系があります。
簡単に説明すると(ちゃんと信心がある人には怒られそうですが)
浄土系というのは「南無阿弥陀仏」さえ唱えていれば救われるというものです。
法華経系にはさらに密教系、禅宗系、日蓮系があります。
この中でも、古参、新興ともに団体が多いのが日蓮系でなんですね。
浄土系に対抗して「妙法蓮華経」さえ唱えていれば救われるという
日蓮大聖人の教えに反しているんじゃないかと思われるものから
儒教と迎合したものまで種々雑多なんですね。

創価学会な...続きを読む

Q「いずれか」と「いづれか」どっちが正しい!?

教えて下さいっ!
”どちらか”と言う意味の「いずれか」のかな表記として
「いずれか」と「いづれか」のどちらが正しいのでしょう???

私は「いずれか」だと思うんですが、辞書に「いずれか・いづ--。」と書いてあり、???になってしまいました。
どちらでもいいってことでしょうか?

Aベストアンサー

「いずれか」が正しいです.
「いづれ」は「いずれ」の歴史的かな遣いですので,昔は「いづれ」が使われていましたが,現代では「いずれ」で統一することになっていますので,「いずれ」が正しいです.

Q戦前の日本は何故東南アジアに進出したのでしょう?

先日ある老人と話をしているときに、ふと東南アジアの話になりました。
老人は元軍人で、次のような独自の歴史観を語りました。
「戦前の東南アジアは、西洋諸国の植民地支配下にありとても独立国といえるものではなかった。独立してたのはせいぜいシャムぐらい。そこへ日本軍が解放軍として進出した。だから現地の8割ぐらいの人間が日本に感謝している。戦後独立国になれたのも、半分は日本のおかげである」

 戦前の東南アジアについては無知ですので、このことがどれほど本当かは知りません。
 日本は中国と長く戦っていました。それにも関わらず戦線を拡大して東南アジアへ進出していったのはなぜでしょうか?
 東南アジアの人は日本軍に対してどのような感情を持っていたのでしょう?

 よろしくお願いします。

Aベストアンサー

基本的な情報をお伝えいたしましょう。
(1)東南アジア諸国の状況
インドを含めて現在の東南アジア諸国は1941年当時は以下の国の植民地でした。

★インド・パキスタン・バングラデシュ・スリランカ・ネパール・ブータンはイギリス領インド帝国を形成。
★ミャンマー(ビルマ)は一時インド帝国に編入されていたがイギリスによる別枠の統治を受ける。
★タイ(シャム)は唯一の独立国。第二次大戦の時は日本と同盟を結ぶが日本の戦況悪化と共に立場を変え、終戦時は戦勝国となっている。
★ラオス・ベトナム・カンボジアはフランス領インドシナ植民地。
★マレーシア・シンガポールはイギリス領海峡植民地。
★インドネシア・ブルネイはオランダの植民地。
★フィリピンは1898年からアメリカの植民地(それ以前はスペイン領)
★なお、赤道以北の旧ドイツ植民地の諸島(パラオ諸島、カロリン諸島など)は日本の委任統治領であった。

(2)なぜ東南アジアへ進出したか。
1932年の満州事変以来日本は中国に進出して行き、蒋介石政権と戦い続けていた。中国の蒋介石政権を後援していたアメリカはさまざまな外交圧力によって日本の侵略を緩和しようとしたがうまくいかず、ついにABCD包囲線による石油禁輸でもって日本に中国から手を引くように脅した。これに対して日本は対米戦も辞せずとして、当時オランダ領の石油などの資源を入手するために東南アジア進出を決意した。
とこういう経過ですね。(#1の補足でのyoshinobu_09さんの認識は順番の誤りです)

(3)東南アジア諸国の対日感情の変遷
戦争初期はイギリス・オランダなどからの解放軍として歓迎される。しかし、日本軍の現地研究不足(理解不足)による圧政、資源・労働力などの収奪により、対日観が変化。そのため、日本と旧宗主国との戦闘の合間を縫って独立を模索し始める。日本降伏後は旧宗主国に対する独立運動を継続して独立を勝ち取る。

一例としてミャンマーを取り上げると独立直前に暗殺されたアウンサン将軍(アウンサンスーチー女史の父)は当初日本で同志と共に軍事訓練を受け、ビルマ独立義勇軍を結成して日本の援助のもとに対英ゲリラ戦争をしかけて英軍をミャンマーから追い出すが、その後第二次大戦途中から日本軍に距離を取り始め、イギリス軍の反攻とともに対日反乱を起こして日本を排除します。その後、戻ってきたイギリス軍に対しても独立を主張しますが、別のビルマ人勢力により独立直前に暗殺されてしまいます。

最後になりますが、歴史を考える時に細かいディテールにとらわれすぎることは禁物です。大きな流れと全体の動きをまず知る必要があります。歴史的事件の中で各個人が体験したことは嘘ではありませんが、また「歴史上の事実」であるとも認定できないのです。

さらに言えばある事件に対して各個人がどう思ったかということは確かに人によって異なりますが、いくつもの感想・感情がある中で多くの人が思ったこと感じたことがその時の潮流となって政治を動かし歴史を動かしていきます。こうした流れを理解するのが「歴史観」であると私は考えています。

基本的な情報をお伝えいたしましょう。
(1)東南アジア諸国の状況
インドを含めて現在の東南アジア諸国は1941年当時は以下の国の植民地でした。

★インド・パキスタン・バングラデシュ・スリランカ・ネパール・ブータンはイギリス領インド帝国を形成。
★ミャンマー(ビルマ)は一時インド帝国に編入されていたがイギリスによる別枠の統治を受ける。
★タイ(シャム)は唯一の独立国。第二次大戦の時は日本と同盟を結ぶが日本の戦況悪化と共に立場を変え、終戦時は戦勝国となっている。
★ラオス・ベト...続きを読む

Q中華人民共和国と中華民国は全く違う国ですか?

1.台湾は国の名前ではなく中華民国の県みたいなものですか?
2.中華人民共和国と中華民国は全く違う国ですか?
3.台湾と今の中国(中華人民共和国)は全く別の国ですか?

Aベストアンサー

>「中華民国を国として認めている国にとっては違う国になりますし、国と認めていない国にとっては、同じ国の1地域になります」ということはいまでもはっきりせずもめている状態ということですか?

 そのとおりです。先日も、元中華民国(台湾)の総統の来日を認めるかどうかで、日本と中華人民共和国でひと悶着在りましたね。

>そして世界の多くの国(日本を含め)は台湾は中国の一部だと認識しているということでしょうか?

 そのとおりです。ですから、国際的なスポーツ大会では中華民国ではなく「チャイニーズ・タイペイ」という折衷案みたいな国名で参加しています。

>パスポートは中国とは違うものになるのですよね?

 はい、違います。

Qアメリカが中国から台湾を守ろうとするのはなぜ?

建前では民主主義国家を守るというのはわかるのですが。
アメリカにとっては台湾はそれほど重要性のある国だとは思えないのですが、なぜ中国との関係悪化というリスクを背負ってでも守ろうとするのですか?

Aベストアンサー

海峡というのは経済的にも、政治的にも、軍事的にも重要な戦略拠点です。
 日本・台湾・フィリピンなどは中国が太平洋へ軍拡することができないようにするための、蓋のようになっています。アメリカや日本などのように貿易によって経済が成り立っている国には、海峡の安定は欠かせません。またそれによって東南アジアの政治的安定などが保たれています。
 個人的にそれをどう思われようが自由ですが、現在の日本の経済発展は、アメリカの世界戦略によって保たれているのは事実ですから。もしも、中国が台湾を侵攻すれば、そのことで中国が軍事力を太平洋への拡大する拠点を手に入れれば、日本や東南アジアは当然にして世界レベルでの混乱が生じます。国際関係というのは単純な2国間問題ですますことができません。


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