ゼロ戦の値段について質問です。

二次対戦中日本軍が最も購入した航空機はゼロ戦だと思いますが
リベットの数が多すぎるなど生産性の問題がよく取り上げられる割に数は沢山容易できたというのがどうも合点がいきません。

たとえばP51Dなどは5万ドルほどでP38の半分以下の値段になっており
生産性価格性能ともに文句なしの航空機になっていました。

もちろん、選べるエンジン自体少ない当時の日本の工業水準の低さは
機体設計に大きな制限をかけていたことも重々承知していますが

特に生産性が高い訳でもなく、資源性に気を配られた設計というわけでもなく、その上、終戦間際には完璧に旧式化してしまっていた。

それなのに、何故日本はゼロ戦に生産の重点が置いたのかよくわからないのですが
「戦争をするのに数を揃えなければならず、ゼロ戦はコストが安かったから、ちょうど良かったのかな?」

と漠然と推測しています。


自分でも資料など探したのですが、当時の日本軍航空機の価格表などは発見できず
当時の戦闘機の価格比較もままならない状態です。
#(一応、ゼロ戦が「現在の価格で6000万くらい」というのは発見したのですが(兵器にしては安すぎるので胡散臭い)このほかの航空機の価格などもわからないとなかなか比較できません。


ご見識のある方がいらっしゃいましたら当時の日本軍の戦闘機価格などを教えてください。
歴史カテゴリーよりプラモデル関係の方の方が飛行機そのものの造詣が深いのでは無いかとおもいこちらに質問させていただきました。

どうかよろしくお願いします。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (7件)

>何故日本はゼロ戦に生産の重点が置いたのかよくわからないのですが


新規開発する程の余裕がなかったからというのが実状だと思います。
例えば車にしてもエンジンを含めて統べて新設計する場合は販売価格の100倍以上といわれています。

航空機になるともっとでしょうね。
当時の日本には最高の工業力をつぎ込んでも現状維持が精一杯。それでも後半は同じエンジンでも部品精度が悪く満足な性能が出なかったそうです。
因みに日本は溶接技術はかなり低かったので、艦船もリベット止め(溶接艦もありますが、歪みがひどく完成時点で使用不能状態)、戦車にいたっては溶接による割れが発生したまま前線投入という状態だったそうです。

同じ敗戦国のドイツは終戦まで高性能兵器を開発し続けたのは国民性の違いなのでしょうか?
私の好きな国民性を表す言葉にこんなのがあります。
「戦車のエンジンが壊れるとドイツ人は完全に修理する。アメリカ人はエンジンを乗せ換える。ロシア人は新しい戦車を持ってくる。日本人はだましだまし使って壊してしまう。」使い捨て文化の根源ですかね?
    • good
    • 1
この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
確かに日本の艦上戦闘機の開発は遅れていたようですね。
烈風も間に合わなかったですし。

国民性の言葉。大変面白く読ませてもらいました。
そこらへんは家なんかが凄くそうですね。欧米は家や家具を修理しながら使うのが常識で余り買うということはしないのですが、日本の場合、ぼろくなるまで使って買い換えるというところが特徴です。
石造文化圏ではなく木造文化だからこそという感じがします。
ログハウスなんかもロシアでは多いです。
木は再生する代わりにぼろくなります。一方、石は壊れますがぼろくならないですから。
もったいないという言葉は日本独特の表現でもあります。

アメリカは文化の始祖に石造文化が残っている感じがしますね。
自分たちの伝統的文化と、新大陸文化を組み合わせてきたゆえ、細部にこだわらずとりあえず組み合わせてみるみたいなハイブリットな雰囲気が確かにあります。

ドイツは「戦争の士気が下がり、ロシアのような革命が起きるから国民の生活水準を下げてはならない。」とヒトラーが厳命したため、戦争突入3年目まで戦前の90%以上を保ち続けています。3年以降も日本より生活水準はズット高かいものですから、確かに戦争での被害は大きかったのですが、生産性の深刻な悪化を防ぐ対策を最初から理解して採っていたようですね。

お礼日時:2011/03/06 20:08

修正です。

こんなのがありました↓。昔の製品の価格を今の価値に換算するのって難しいですね。


>零戦(堀越 奥宮) 616ページによると零戦の機体価格は約5万5千円
>完備価格(エンジン、プロペラ、車輪、兵器、装備品)を含めるとその2倍弱と見て
>よいだろう(同617ページ)

参考URL:http://www6.atwiki.jp/army2ch/pages/136.html
    • good
    • 0

ドイツ



 陸の上で戦闘するので脱出して助かる可能性が高い

日本

 海の上なんで、助からない、だから復帰できない。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

いや、海の上というのはあるんですけど、

日本の場合特殊なのは
海があるから助からない→だから、最初から助けることを想定しない。
という点です。

海に落ちたパイロットを救うのは普通に行っていました。
たとえばバトルオブブリテンではプカプカ洋上に浮いているパイロットを
独英双方ちゃんと拾い上げていますし

アメリカなどでは機内にビニールボートなど入っており
戦闘後、観測機など飛ばしていたようです。


むしろ、陸上だから助かるかというとそうではなくて、
第二次世界大戦は総力戦であったがために国民全体で敵兵を憎む傾向がありました
たとえばドイツ軍パイロットがイギリスの町に落ちて民間人にリンチされたり
また逆もあったり。

そうでなくても、少なくとも、陸上に落ちるということは、まず99%の確立で捕虜になりますからその時点でパイロット生命がたたれます。
残り一パーセントの確立にかけて見方の勢力圏まで生還するのはものすごいつわものです。


海に落ちようが、陸に落ちようが死ぬ可能性は高いですが
この行為にはちょっとしたプロパガンダ効果もあります。
「わが軍は仲間を見捨てない」アメリカ映画で100万回繰り返されるようなせりふです。

・・ロシアは別ですが^^

お礼日時:2011/03/06 20:28

約10万円



 当時の国産自動車が3500円でしたから、28倍

今の国産自動車が300万円として、300x28=8400万円。

で、一回ずつ8400万円を支払っていたらお金が無くなっちゃいますが。

あとで支払うからと借金をし続けたので、ほとんど支払っていませんから負担もなく(^_^;

今の国債発行と同じですね。(^_^;


生産性が悪いけど、その分を性能と操縦者の技術でカバーしてました。


敵が1機落とす間にこちらは10機落としている、と。(^_^)v

初期の段階では敵は操縦熟練者ばかりでしたが撃ち落され(死んで)

練度の低い操縦者ばかりになりましたから、敵は数で攻めるしかなく1:3で攻撃するようになったり、とにかくスピードを出してゼロ戦から逃げられるようにしたり遠くから撃ち落せる機関銃を開発したりと苦労してました

結局は物量で負けちゃったのですが。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

回答ありがとうございます
当時の日本軍の一人十殺の希望的観測は本当に無謀でしたね。

一撃離脱戦法は第二次世界大戦でいきなり広まったわけではなく
航空機の速度性が能劇的に上がっていった一時大戦後から二次大戦終結にかけて
幾度となくハヤリスタレを繰り返しながら変遷していきました。

ゼロ戦の配備当時、敵は中国であり、その敵航空機は大半がロシア製の複葉機と旧式単葉機でした。このとき敵機と100~200キロの速度差があったゼロ戦は、格闘戦ではなく一撃離脱戦法をしています。格闘戦というのは、機の性能が互角あるいは劣っている場合に行う場合が多く。100kmも速度差がついてしまうと一撃離脱したほうが良くなります。そのほうがリスクが低く、ローコストです。

なぜなら、格闘戦は非常に熟練度が必要な曲芸のような戦法であり、一撃離脱はその3分の1の速度で習得できたからです。単純計算でアメリカ軍のパイロットは日本の3倍の速度でふえ続け。一方、日本は兵に非常にコストがかかるにも関わらず人命軽視な思想と作戦が災いしたため死亡率が高く、パイロットは減少傾向になってしまいました。

日本軍が追い詰められ、パイロット数、機体数はさらに差がつき。十倍二十倍と戦力差が広がったわけです。

サッチウェーブ戦法のような、2対1で当たる戦法は、経済的で、死亡率も低く(機体の防弾性が高いのでさらに確率は低くなります)、機体に負荷がかかりにくいので堅実で実直な手では無いでしょうか。結果的にゼロ戦とワイルドキャットのキルレシオですら1:10だったと記憶しています。

個人的には、物量だけではなく、
現代のビジネスで当たり前に行われるはずのコストに対する思想が全く軍部になかった。というのが惨敗原因の一つではないかと感じます。

兵にチャンスを与えれば、成長や改善の可能性があります。(たとえばドイツやアメリカには撃墜された後、生還してエースパイロットになるようなケースが割りとあります)しかし死んでしまうとそこで終了なので可能性自体が費えます。戦争が短期ならばそれでもいいのですが、長く続ける気が全くない思想でもあります。


というのはまったくお礼と関係ないのですが・・・すみません。

お礼日時:2011/03/06 18:51

>6億程度


チョット高すぎると思います・・・
当時ドイツのティーガー1戦車が30万ライヒスマルク(日本円で15万円位)No、1さんの換算比をあってはめると現在の約3億円。
この戦車は同国のMe109の3機分、パンター戦車2両分という超高級戦車。

ってことはMe109は1機1億円。
1億4千万というのは良いところではないでしょうか。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

ありがとうございます。


僕も一億前後でないかと思います。
というのも昔の飛行機は今ほど高度では無いですから、むしろ戦車や野砲のような重厚な材質の製品の方が昔は高額なものだったはずです。



当時の日本円とドルの為替は4円=1ドルくらいだったと思いますが
日本の人件費は安いので物価はアメリカの二分の1程度だったと思います。

しかし戦争のせいで経済は国内のみで殆どのものが閉じていますし、単純に比較は出来ませんから

ゼロ戦の価格はやはり国内製飛行機と比較したほうがわかりやすいかも。

お礼日時:2011/03/06 19:11

「紫電改びっくり99の謎」P235によると零戦の工数は1万4000~1万5000だったそうです。


(空母に載せるためにあちこちに穴をあけて軽量化するような手間の掛ることをやったとか)
ということは、材料や部品(鉄板とか機関銃とかタイヤとか)を全部政府が別に調達して
支給してくれた場合(官給)でも、工員を約1万5千時間働かせる手間賃が必要ということです。

飛行機作ってからの調整やら試験やらも全部1万5千時間に含まれているものと仮定して、
今現在、こんな工事を三菱の防衛部門が請けると2億円ぐらいでしょう。
(これが10数年前だったら、外注に出さず正社員にやらせていたからもっと高かった。)
で、これに官給分の部品代を加えると?????

2億といっても初度費用(製造設備、設計、試作なんか)は計算に入れていません。
兵器の場合はこれが結構バカになりません。
1万機作ったといっても乗用車なら2か月足らずで作る台数ですから。
それからマイナーチェンジの費用も結構掛るはずです。
これも車でいうとフルモデルチェンジ以上の設計変更です。

ですから6000万というのは胡散臭いを通り越してます。
10倍の6億程度が妥当なところだと思います
    • good
    • 0
この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

当時の日本人の人件費はアメリカ人と比べるとかなり違うのでそこらへんがごちゃごちゃしています。

たとえば戦争中のことを堀越氏自身が述懐していますが

ゼロ戦の工数はP51Dの3、7倍だそうです、戦争中、両国の経済は閉じているので、殆どの製品は国内で造ることになります。ですから、ゼロ戦を作るのはP51Dの3、7倍の苦労をしなければならずP51Dはゼロ戦より3,7分の1の値段で作れることになります。

が、両国の人件費は大きく違うので最終的にP51Dはゼロ戦より二倍も高価です。

また、当時の飛行機や工業製品は今より高度ではなく、使っている金属の価格自体も大きく違います。時代を下るほど重ければ重いほど高価になる(つまり素材が単純である)傾向が強いようです。

なかなか難しいですね・・。

お礼日時:2011/03/06 19:23

 おはようございます。


 ゼロ戦の価格をネットで調べたところ…

 当時零戦は7万円でした。それで現在の消費者物価指数は当時の約2000倍ですから現在の値段にすると1億4000万円という事になります。

 …という説明をするサイトを見つけました。(下記URL(パソコン用)参照)

http://www.biwa.ne.jp/~yamato/zeke.htm

 価格に関しては諸説あるので正確な値段は把握できないかもしれませんが、機体に装備する武器によって価格が違ってくると思うのでサイトで紹介されているのは「参考程度」としたほうがいいかもしれません。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
リンク先拝見いたしました。

14000万は妥当な気がします。

お礼日時:2011/03/06 20:13

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q零戦が日本国内各地を飛行する日は?

日本人保有の三菱「零戦」が準備が出来次第、日本各地を飛行すると思いますがスケジュール等ご存知の方がおられましたら教えて下さい。過去にアメリカから日本に里帰りした「零戦」が沖縄から北海道まで飛行した例がありましてお聞きします。・・・零戦の運動性能に興味がありましてお聞きいたします。
宜しくお願い致します。

Aベストアンサー

2016年5月までに数回の一般公開飛行を目指していますが、そのために先月中旬から本格的にスポンサー企業の募集を開始したばかりで、飛行スケジュールなどは今のところ一切決まっていません。

http://www.zero-sen.jp/information/20160219.html

Q日本帝国陸軍航空隊の戦闘機の型式について教えてください

海軍航空隊の戦闘機の型式は十の位が機体設計変更を表し、一の位がエンジンの設計変更を表している(例:零戦二一型はエンジンは初期設計のままで、機体設計が変更された零戦)と聞いたのですが、陸軍航空隊の戦闘機は、例えば一式戦闘機(隼)の場合、I型、II型、III型と機体設計とエンジン設計の識別がされていないように思うのですが、当時の陸軍航空隊における型式呼称について、詳しくご存知の方がいらっしゃいましたら教えてください。気になって眠れません(本当は寝てますけど・・・)

Aベストアンサー

ここで聞いてみるのが良いでしょう。
過去ログにあるかもしれませんので、調べてからね。
http://www.warbirds.jp/ansqn/

Q単座の零戦に二人乗りしてもちゃんと飛べますか?

単座の零戦に二人乗りしてもちゃんと飛べますか?
零戦てのはただの例えなんですが、単座戦闘機に無理して二人(スペース的に無理だったら20歳の太っていない男性と、小学校低学年の子供が乗ると仮定して)乗っても問題なく飛べるでしょうか?
実際、零戦は爆弾や増槽を積めるので、それを積まなかったら、小学生一人の重さなんてたいしたことないと思うんですがどうでしょうか?

Aベストアンサー

航空エンジニアです。

重量的には、不可能ではないです。当時の日本軍が零戦に搭載したのは、戦闘爆撃型の63型で250Kgでしたが、普通の零戦(当初は爆装はしなかった。新型零戦が登場してきて、爆装する機体が出てきた)は30Kgか60Kgの陸用爆弾1個ですから、子供の体重程度から青年までの体重クラスです。

これを抱いて離陸できたのですから、重量的な見方だけなら可能となります。

ただ実際の戦闘機コクピットを見た経験はありますか。座席に座ったとき、計器板の下にある方向舵のペダルを踏むことになります。現用の軍用機は引退したF-1以外は原型がアメリカ製なので、計器板下に足を入れられるスペースがあります。座ったとき、計器板を扱いやすいように身体に近づける工夫ですね。横のところも計器類やスイッチ類、左側にはエンジンをコントロールするスロットルもあります。操縦桿は足と足の間から出ています。座るとき、操縦桿をまたぐように座るわけです。

高機動を売り物にしたゼネラルダイナミックス社製のF-16型戦闘機とこれを三菱が拡大改良したF-2戦闘機は、機動戦闘中に操縦者に加わる高いGを逃がすため、座席に半分寝たように座るため操縦桿が足の間に設置できず、右手の横にジョイスティックのような小型の物を着けています(最近は旅客機にもありますが)。

コクピットは小さな空間に飛行に必要な計器類、先頭に必要な計器類やスイッチを大量に設置しているため、人一人が乗り込むのがやっとです。

今のではないよと言う話になりそうですが、太平洋戦争時代は特に日本人の体格が今よりも小さかったんです。今、背が高いと言われるとしたら、180センチ以上はありますよね。

戦争当時徴兵を受けて参戦した若者は、大正中期から昭和初期に生まれた人です。私の亡くなった父親は大正7年生まれ、戦争終結時にやっと27歳でした。太平洋戦争が始まって徴兵され、甲種合格だったそうです。

父の背は165センチ。昭和35年生まれ、現在50歳の私ですら175センチあります。私が子供の時はもっとも背が高い方で、高校1年でほぼ止まったときは、後ろから2番目でした。卒業時は前から数えた方が早かったですが。

私の父親の頃は、165センチで5尺5寸と言うことで背が高い方に入りました。当時の男性は、多くの人が5尺程度、150センチクラスだったと言うことです。180センチというと6尺豊かな大男と言われるほどののっぽだったんです。

と言うことから考えれば判ると思いますが、コックピットは今の戦闘機と比較し、かなり小型だったんですね。まして栄えエンジンは初期型が940馬力くらい、後期型の栄21型で1030馬力という低出力でした。アメリカが近代化した日本に提供した航空機技術は、100年遅れの技術だったと言われています。

当時にアメリカの戦闘機が2000馬力クラスだった時代に、倍の馬力がある戦闘機と互角以上の戦いをするため、零戦は極限まで軽量化されてました。コクピットも当時の標準的体格に合わせて小型化してますから、たとえ当時に人であっても、コックピットに子供を乗せたら、操縦桿動かせないという状態になってしまいます。

現実的に飛行は不可能でしょうね。現在の戦闘機であっても、1人用コックピットに子供を乗せるのは、物理的に不可能です。

航空エンジニアです。

重量的には、不可能ではないです。当時の日本軍が零戦に搭載したのは、戦闘爆撃型の63型で250Kgでしたが、普通の零戦(当初は爆装はしなかった。新型零戦が登場してきて、爆装する機体が出てきた)は30Kgか60Kgの陸用爆弾1個ですから、子供の体重程度から青年までの体重クラスです。

これを抱いて離陸できたのですから、重量的な見方だけなら可能となります。

ただ実際の戦闘機コクピットを見た経験はありますか。座席に座ったとき、計器板の下にある方向舵のペダルを踏...続きを読む

Q2つ質問です。1.日本陸海軍の航空機の搭載20ミリ機銃についておしえて

2つ質問です。1.日本陸海軍の航空機の搭載20ミリ機銃についておしえてください。
日本陸海軍は仲が悪くて、共同利用や汎用性は一切考えなかった。それで、
海軍初の20ミリ機銃は零戦でスイスのエリコン砲、陸軍初の20ミリ機銃はドイツのマウザー砲だと理解してます。

採用砲が異なっていれば、修理部品や弾薬補充に汎用性がなくなります。アメリカは汎用性に徹していて、航空機は陸海軍ともブローニング砲です。
では、海軍内、陸軍内では統一性はあったのでしょうか。つまり、海軍なら一式陸攻、紫電改にも20ミリ機銃がありますが、エリコン砲ですか。陸軍でも4式戦や4式重爆もマウザー砲ですか。


2.現在の海上自衛隊の護衛艦の搭載砲でも
アメリカ製の3インチ砲とイタリア製の76ミリ砲
アメリカ製の5インチ砲とイタリア製の127ミリ砲
と2種類あります。
統一しなかったのでしょうか。

Aベストアンサー

こんにちは

> では、海軍内、陸軍内では統一性はあったのでしょうか。つまり、
> 海軍なら一式陸攻、紫電改にも20ミリ機銃がありますが、エリコン
> 砲ですか。陸軍でも4式戦や4式重爆もマウザー砲ですか。

海軍は"は99式20mm機銃"が主力の20mm機銃だったと思うのですが、
逆にそれ以外のものってちょっと知らないです(試作とかは あると
思いますが)

陸軍では ホ5(2式 20mm固定機銃)ですかね。その前のホ1,3って
確か"試作"だったと思います。

99式のほうは数度改良があったものの、全く異なる銃(砲?)ではない
ので、"統一性"って言えば、まぁそうなんでしょうね、他に見当たり
ませんし・・・。

ちなみに、マウザー砲 って"MG 151/20"のことでしょうか?

確か はるばるドイツから潜水艦で、砲800丁、弾40万発輸入して、一部
の三式戦(飛燕)に載っけて"すこぶる評判は良かった"ものの、その後
コピーはおろか、整備も完璧に出来なくて"それでお終い"になったよう
な・・・。


> 2.現在の海上自衛隊の護衛艦の搭載砲でも
> アメリカ製の3インチ砲とイタリア製の76ミリ砲
> アメリカ製の5インチ砲とイタリア製の127ミリ砲
> と2種類あります。

両方とも護衛艦に載ってるのは確か"日本製鋼所"製ですね。いわゆる
"ラ国"(ライセンス生産/ライセンス国産)版のヤツ。

ちなみに弾も国産("ダイキン"製)ですね。


> 統一しなかったのでしょうか。

積めるなら、大きい砲のほうが そりゃ良かったでしょうね。
1発あたりの威力(投射量)は 5inchのほうが全然大きいですし。

でも、その(DD~汎用護衛艦~を 計画した)時に 入手可能な実用的な
艦載砲が他に見当たらなかったことや、何より砲熕システムとして
"軽かった"こと、DE(護衛艦)との弾薬共用を意図してたこと、などが
あって3inch(62口径 76mm砲)を採用したのだろうと思います。
もちろん 前述のラ国の兼ね合いもあるとは思いますが・・・。

やがて時代が進み、護衛艦もどんどん大型化してゆき、艦載砲に求め
られる能力も対空、対水上(ってもおおかた対小型舟艇レベルですが)
から"対地支援(攻撃)"も加わるようになってきて、やっぱ3inchじゃ
役不足だね、となり、うまいことに能力の高い5inch砲も現れたので
「じゃあそれにすっか」という事になり、今に至るんだと思います。

こんにちは

> では、海軍内、陸軍内では統一性はあったのでしょうか。つまり、
> 海軍なら一式陸攻、紫電改にも20ミリ機銃がありますが、エリコン
> 砲ですか。陸軍でも4式戦や4式重爆もマウザー砲ですか。

海軍は"は99式20mm機銃"が主力の20mm機銃だったと思うのですが、
逆にそれ以外のものってちょっと知らないです(試作とかは あると
思いますが)

陸軍では ホ5(2式 20mm固定機銃)ですかね。その前のホ1,3って
確か"試作"だったと思います。

99式のほうは数度改良があったものの、全く異なる銃...続きを読む

Qなんで色んな地方空港に零戦の復元機が離着陸してるの? どこ主催のイベントなの? 中国や韓国の軍事挑発

なんで色んな地方空港に零戦の復元機が離着陸してるの?

どこ主催のイベントなの?

中国や韓国の軍事挑発になりませんか?

それでなくても北朝鮮が連日、ミサイルを打ち上げている緊迫した時期なのになに呑気に昔の戦闘機で過去に侵略された側の人間もこととか考えてる?

零戦で撃たれて死んだ遺族とかのことや北朝鮮も中国も零戦を飛ばしてる日本を見たら、軍事的挑発にしか見えませんよ。

キチガイすぎるのでは?

Aベストアンサー

その話は、初めて、聞きました。
零戦は、アメリカの、スミソニアン博物館には、完全な、同型機が、保存された居ると、聞きましたが、レプリカ状のねな、同型機が、日本で空を飛んでるのですか?
もし、そうでも、単なる昔えの憧憬で、問題は、有りません。
実戦には、使え無いし、単なる、復元で、それより、北朝鮮の、ミサイル発射や、中国軍の尖閣諸島えの侵犯とか、南シナ海の、スプラトリー諸島の、不法な、軍事施設建設とか、咎め立てする、事犯は、数え切れません。
一部の、日本の、零戦愛好者が過去の、同型機を、復元したとて、全く、問題に、成りません。単なる郷愁です。

Q週刊零戦をつくるのゼロ戦には20mm機銃が無いのですか?

CMで見て週刊零戦をつくるに挑戦しようと思うのですが、主翼に20mm機銃が無いように思います。単なるミスでしょうか?それともこの型式にはもう20mm機銃は装備されていないのでしょうか?

Aベストアンサー

幾多のHPを見る限りですが、
零戦21型は「主翼に銃身が収まる」99式機関砲一号一型を積んでいたようです
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E4%B9%9D%E5%BC%8F%E4%BA%8C%E3%80%87%E3%83%9F%E3%83%AA%E6%A9%9F%E9%8A%83
羽根より銃身が出ている99式機関砲二号はこの後の22型甲からのようです。
なので、主脚が出ている付近の羽根に穴が空いていますので、そこが弾の発射口のようですね。

タミヤのプラモでも銃身は出ていません。
http://www.tamiya.com/japan/products/60317zero_fighter/index.htm

Q戦後初、零戦が再び日本の空を舞う

零式艦上戦闘機(零戦)が今月27日、海上自衛隊鹿屋航空基地(鹿児島県鹿屋市)の上空を飛ぶ。機体を所有するニュージーランド在住の日本人と、防衛省などの調整が終わったことが20日、わかった。
日本の空を零戦が舞うのは、戦後初めてで、関係者は「日本の繁栄を築いた先人の勤勉さと技術革新に、思いをはせるきっかけにしてほしい」と語った。
飛行予定日は27日で、28、29を予備日としている。

また、どこかの人々がイチャモンを付けるでしょうか・・・?
戦争が始まるとか、軍靴の音が聞こえてくるとか、徴兵制が始まるとか・・・等

Aベストアンサー

私は戦後平和ボケ反戦世代ですが撃墜王坂井三郎著『大空のサムライ (講談社)』を読んでいて零戦に違和感はありません。技術的なことは堀越 二郎著「零戦 その誕生と栄光の記録 (角川文庫)」に書かれています。機体が軽いので戦闘機同士の戦闘ではめっぽう強いのですが、被弾すると簡単に炎上してしまう欠点があったようで、米軍は実機を調べて対策を練ったようです。

最近「刑事フォイル」というTV映画が流れていますが、第二次大戦時の英国の雰囲気が伝わって来て興味が持たれます。日本では「お国をあげて」戦ったわけですが、英国では戦闘機乗りも含めて一人一人が勝手に動いているあたりが面白いと思います。私はわざわざ鹿児島まで零戦を見に行く気力はありませんが、あの程度の機体で戦艦をも撃沈したりした時代があったという歴史を振り返って見るのは悪いことではないと思います。

反戦気分がまだ残る日本ですが、私は塩野七生さんの書かれた欧州や地中海を舞台とした戦争や海賊の本を読んだり、「国史美談」や「坂の上の雲」で近代日本の戦争の歴史を読んだりして、戦争については興味を持っています。宇宙時代+テロ時代の21世紀の戦争は別の形になるのでしょうが、平和ボケ日本でも技術や軍事を見る目を養うことは必要だと思います。尖閣や台湾を中国に乗っ取られてから考え始めるのでは遅いですから。

私は戦後平和ボケ反戦世代ですが撃墜王坂井三郎著『大空のサムライ (講談社)』を読んでいて零戦に違和感はありません。技術的なことは堀越 二郎著「零戦 その誕生と栄光の記録 (角川文庫)」に書かれています。機体が軽いので戦闘機同士の戦闘ではめっぽう強いのですが、被弾すると簡単に炎上してしまう欠点があったようで、米軍は実機を調べて対策を練ったようです。

最近「刑事フォイル」というTV映画が流れていますが、第二次大戦時の英国の雰囲気が伝わって来て興味が持たれます。日本では「お国をあげて」戦...続きを読む

Qゼロ戦とムスタング51が空中戦したら性能的にムスタングの圧勝になります

ゼロ戦とムスタング51が空中戦したら性能的にムスタングの圧勝になりますか?それともパイロットの技量や飛行機の位置取りにより違ってきますか?何かデザインを見るとムスタングはプロペラ機の集大成みたいに思えるのですが、どうでしょう??

Aベストアンサー

このように、現代ではありえない空中戦を推測するというのは楽しいですね。
私は元戦闘機設計技師の弟子で、ただの戦闘機マニア、格闘技マニアです。

まず、当時の記録では、機体の性能以前に、ゼロ戦のパイロットの技量、ガソリンの質、敵機の情報、戦闘機の数量というすべての面で日本軍側が圧倒的に劣っていたので、結果的にムスタングの圧勝だったので、その印象が強いようですが、
さて、それらが完全に同条件になった場合はどうでしょう?

空中戦の場合必要な要素というのはたくさんありますが主に「戦闘機の性能」「パイロットの技量」で考えると、
性能面では、設計がより新しいムスタングが、速度、上昇力、武装、防御力で多くの面で勝っていますが、
ゼロ戦の場合は、「旋回性」という非常に重要な要素が勝っています。

では、意外と検証が難しいのは「パイロットの技量」です。
単純に「双方同程度の熟練者」と言ってしまえば簡単なのですが、
熟練したパイロットというのは、
●自機の性能を限界まで使いこなせる、
●敵戦闘機のことを熟知している、
●敵パイロットの癖を熟知している、または最初のわずかな戦闘で、敵パイロットの癖を見極める能力が高い。
●戦闘の長時間の緊張に耐えられる精神力
●周辺の情報を察知する認知能力
などかなり多くの要素が必要となります。

同じ戦闘機とはいえ、そもそも機体の設計思想が全然違うので、格闘技でいえば剣道とフェンシングのような異種格闘技みたいなものですから
重視すべきは、敵戦闘機の性能の熟知度と敵パイロットの癖の熟知度が意外と大きく影響すると思います。

例えば、人間の格闘技では以下のようなことがよくあります。
AさんはBさんより強い、BさんはCさんより強い、CさんはAさんより強い。
じゃあ誰が一番強いの?ってなりますよね。
これは相手との愛称の良し悪しと「特定の敵をどれくらい知っているか」によるからなのです。

以上のことから総合的に推測しますと、「理想的熟練パイロット同士の1対1の戦闘」の場合、
主に有利な攻撃ポジションを得やすいムスタングが攻撃するのをゼロ戦はその旋回性を生かして守勢にまわりつつ反撃するチャンスを伺って攻撃するというパターンになりそうです。
結果、なかなか勝負は決まらないまま長時間の戦闘になり、最終的にはより強い緊張感を強いられるゼロ戦パイロットの集中力低下から敵に攻撃チャンスを与えてしまうという結果になりやすいのではないしょうか?

おそらく10回勝負すれば、6:4かせいぜい7:3位でやはりムスタングの勝率が高いかなという気がしますが、
ムスタングの圧勝ってことは絶対にないと思います。

ちなみに、趣味のコンバットフライトシュミレーターではゼロ戦のほうがムスタングに圧勝しました。
一応実機の性能を設定したプログラムをされているはずなので、あまりでたらめではないとは思いますが、
私の技量を考慮してもレシプロ機の格闘戦において旋回性がいかに重要であるかを実感させられました。

添付画像は1995年にムスタングとゼロ戦が同時離陸したときのものです。
ゼロ戦の軽さを感じました。
あ、私はゼロ戦はあまり好きではないので決してゼロ膳贔屓な意見ではありません。

このように、現代ではありえない空中戦を推測するというのは楽しいですね。
私は元戦闘機設計技師の弟子で、ただの戦闘機マニア、格闘技マニアです。

まず、当時の記録では、機体の性能以前に、ゼロ戦のパイロットの技量、ガソリンの質、敵機の情報、戦闘機の数量というすべての面で日本軍側が圧倒的に劣っていたので、結果的にムスタングの圧勝だったので、その印象が強いようですが、
さて、それらが完全に同条件になった場合はどうでしょう?

空中戦の場合必要な要素というのはたくさんありますが主に「戦闘...続きを読む

Q零戦の形式について

零戦の形式についての質問です。
零戦は一一型から始まり、二一型、二二型、三二型、と改造されていきますが、その次に一気に五二型に発展してゆき、四X型が飛ばされているように思えます。
その後に五四型や、六四型が存在しているため、四という数字が不吉で跳ばされたという訳ではなさそうですが、果たして四X型という零戦は存在していたのでしょうか?
計画だけで実現しなかったのか、或いは意図的に跳ばされたのか、その辺の事情をご存じの方のご回答をお願いします。

また、もし四X型が存在していたのであれば、それはどのような仕様だったのかもお教え下さい。

Aベストアンサー

零戦四一型は、中島二一型の20mm機銃をドラム弾倉からベルト給弾に変え、装着弾数を増やして武装強化を図ったものです。

同様に二二型の20mm機銃をベルト給弾に変え、同時に翼長を短縮したのが五二型です。

結局ベルト給弾式の20mm機銃が開発される前に二一型の生産が終了したため、四一型は生産されませんでした。

参考URL:http://blog.livedoor.jp/nakataka829/archives/11769289.html

Q日本軍の特攻機などについて

日本軍の特攻機に興味が出てきました。神風や人間魚雷の回天などのプラモデルってありますか?宜しくお願いします。

Aベストアンサー

回天はFine Moldsから1/72スケールで出てます。
パッケージは「出口のない海」バージョンで¥1600。
http://www.finemolds.co.jp/kaiten.html

また特攻機には「神風」と言う機種はなく、ありとあらゆる機体が使用されました。
従って、資料を調べれば特攻機のマーキングなどもわかります。
ちなみに、1/72の桜花のキットもあります。


人気Q&Aランキング

おすすめ情報