学校の課題で出されたのですが、検索をかけてもコレ!というページはヒットしませんでした・・・

またこの「いつから天皇中心の神の国になったか」という事と「日本は単一民族国家か?」という問題は何か関係あるのでしょうか?
一緒に課題を出されたので何かしら関係はあるのだと思うのですが、見当がつきません。

すみませんが教えていただけたら幸いです。

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A 回答 (5件)

日本人全体が「日本は天皇を中心とした神の国」と意識したのは明治のときです。


また「日本は単一民族」だという意識も明治のときです。
神道を国家の宗教とした(廃仏毀釈)のは明治のときです。
これは明治政府の政治政策なのです。
戦争と共にこれらが強化されていきます。

そもそも天皇や朝廷ですら仏教や儒教を受け入れ、天皇や朝廷によって寺や仏像が作られていたのですから、江戸時代末期までは、誰も日本が神の国とは考えていなかったはずです。
しかも一般の人は天皇や朝廷の存在すら詳しくは知らなかったのです。

ただし、政治形態としての「天皇中心国家」の成立は、これまでの方々が書かれているように、大化の改新か天武天皇のころでしょう。
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この回答へのお礼

いわゆる「神道国家」というやつでしょうか?形式としては記紀で記されたあたりから「天皇中心の国」だったけれど、国民の意識として広く認知されだし、政治形態としても強化されだしたのは明治政府の時ということですかね。
どうもありがとうございました。とても助かりました!

お礼日時:2003/09/21 17:08

江戸時代は、幕府や将軍様が”お上”であって


天皇という存在を一般市民は、知らなかった
そうです。
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この回答へのお礼

そうなんですか!ということは記紀の頃と明治以降が天皇中心の時代の大きな山場ということですかね。
どうもありがとうございました!

お礼日時:2003/09/21 17:00

小笠原諸島では英米人が日本に帰化したようです。



参考URL:http://www.asahi-net.or.jp/~et7t-tum/bonin-his.h …
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この回答へのお礼

ありがとうございます。サイトにも行って見ました。何か手がかりになるものがありそうなのでじっくり検討させていただきます。

お礼日時:2003/09/21 16:55

>「いつから天皇中心の神の国になったか」



出題者の思想を疑う質問ですね。この先生のサヨク傾向が
感じ取れます。

日本が天皇を中心とした中央集権国家となったのは、
壬申の乱に勝利した天武天皇からでしょう。
まもなく日本書紀の編纂に取りかかっていますので、No.1
の方とほぼ同じ回答です。

それから「神の国」についてですが、古代は祭政一致の政治
が行われていましたから、卑弥呼の時代から既にそうであった
と思われます。

時代を下るにつれ、政治と祭事(宗教)は分離していくの
はどの国も同じですが、日本の場合は天皇家が神道の祭事
をずっと行い続け、政治の実験はその時代ごとの実力者たち
(藤原氏とか武家政権など)に引き継がれたことが特徴かと
思います。


「日本は単一民族国家か?」の質問についてですが、これは
近年の遺伝子レベルの研究が進むことで、明確に否定されて
いるかと思います。
現在の日本人の多くは、周辺から流入した多くの民族が混血
していることが、DNAの解析でほぼ分かっています。
(参考URLを参照)

参考URL:http://www.okweb.ne.jp/kotaeru.php3?q=151726
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この回答へのお礼

参考URLのサイト見させていただきました。
自分でもいろいろ調べてみたのですが、民族についてはやはり単一民族国家ではなさそうですね。
天皇中心になったのはやはり記紀の頃ですかね。卑弥呼の時代にすでに「神の国」になっていたというのはちょっと驚きです。
参考にさせていただきます。どうもありがとうございました!

お礼日時:2003/09/21 16:52

「日本書記」「古事記」が書かれた時期だと思います。


その歴史書には、アマテラス→ニニギノミコト→神武天皇という神と人間を繋ぐ系譜がかかれています。
いわゆる天孫思想ですね。
神のお造りになった国をその子孫である天皇が治めるという理論です。
ヨーロッパ中世の「王権神授説」に似ていますね。

>「日本は単一民族国家か?」
 アイヌ民族がいますね。昔もエミシなどがいましたから単一民族ではありません。
 記紀が書かれた時代は帰化人が増えた時代です。彼らと比較することによって、国家意識、民族意識が高まったのではないでしょうか?
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この回答へのお礼

記紀で天皇の先祖が天照大神だと記されていた頃ですか。
その頃帰化人が増えたということは知りませんでした。
参考になりました!どうもありがとうございました。

お礼日時:2003/09/21 16:45

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Qどこまでが正装?

「正装」とはいったいどこまでが「正装」なんでしょう?
男性で半そでのシャツの場合って必ずネクタイはいるのでしょうか?
襟にボタンがあるシャツの場合別にネクタイはいらないと誰かに聞いたことがあるのですが・・・

Aベストアンサー

こんにちは。
ご質問の「正装」の意図するところがちょっとわかりにくいのですが・・・。
男性の正装といえば、皆さんがお答えのようにモーニング、燕尾服・・・となりますので、「オンタイム」の服装という捕らえ方でよろしいでしょうか?
TPOによる、社風によると行ってしまえばそれまでなのですが、味気ないので、社会人の経験上、受ける印象を述べますね。
ダークスーツ:社内式典、ちょっとしたパーティーなどにもOK。
普通のスーツ(上着付き):基本。営業マンは必須?普段の通勤、仕事に。夏だと上着なしでもOKという会社も。
ブレザー:若いうちはさわやかで好印象ですが、スーツよりは砕けて見えるらしいです、年配者には特に。
半そでシャツにネクタイ:夏の通勤、普段の仕事ならOK。それでも、ここからは略装です。
ノーネクタイ:くだけまくりの印象です。仕事中はNG。ただし、臨時に事務所の片付け作業などは例外的に許される?
仕事によっては、制服が作業服、ポロシャツ、エプロンなんてのもありますね。
あるいは、私服(?)OKの会社だと、そもそもオンタイムの特定の服装自体がない、のですから。
うーん。でも、先日のプロ野球のスト騒動のときに、古田選手会長はスーツでしたよね。
個人的には、あのくらいがオンタイムのすれすれラインだと思っています。
たとえTシャツでも、ジャケットを羽織るとちょっと改まった感がアップしますし。
やはりTPOなんでしょうね~。私見ばかりで、申し訳ありません。

こんにちは。
ご質問の「正装」の意図するところがちょっとわかりにくいのですが・・・。
男性の正装といえば、皆さんがお答えのようにモーニング、燕尾服・・・となりますので、「オンタイム」の服装という捕らえ方でよろしいでしょうか?
TPOによる、社風によると行ってしまえばそれまでなのですが、味気ないので、社会人の経験上、受ける印象を述べますね。
ダークスーツ:社内式典、ちょっとしたパーティーなどにもOK。
普通のスーツ(上着付き):基本。営業マンは必須?普段の通勤、仕事に。夏だ...続きを読む

Q本来の神道の考え方は「天皇を中心とした神の国」ですか?それとも国家神道だけですか?

現在の神道(神社本庁系?)は国家神道の流れを汲んでいるようですが、
明治以前の神道の形も、「天皇を中心とした神の国」なのでしょうか?
多神教(八百万の神?)とは矛盾しているように感じるのですが。

それとも、天皇家とは直接関係のないところで、神道の考え方は成立していて、「~神の国」は明治政府による創作なのでしょうか?

本来の神道(土着信仰としての神社?)について知りたいのですが、調べても難しくてよくわかりませんでしたので質問しました。
当方素人のため、わかりやすくお願いします。

Aベストアンサー

こんばんは。難しいけど、面白い質問ですね。
私は勉強不足で国家神道についてはよく知らないのですが

>明治以前の神道の形も、「天皇を中心とした神の国」なのでしょうか?

日本神道の最も古い文献は古事記・日本書紀です。
わかりやすく現代語訳されたものが出版されていますからぜひ読んでみられるといいと思います。
ただし、古事記や日本書紀以前から神道はあったと思われます。
たとえば魏志倭人伝に
「身分の高い人が尊敬される作法を見ると、ただ手を打つだけで、中国の跪拝の代わりとする。」
との記述があり、これは神社にいって柏手を打つことを思わせます。
ただし、古事記・日本書紀以前にあった史書は蘇我蝦夷が自殺をはかって自宅に火をつけたときに
焼けてしまって現存せず、内容もわかっていないようです。

古事記や日本書紀のテーマはおおざっぱにいって二つあると思います。
(1)皇位を継承するのは天照大神の子孫に限られる。
(2)怨霊鎮護

(1)はまさしく「天皇を中心とした神の国」であることを主張するものだと思います。
天皇家が万世一系で(そうではないという意見もあるようですが)現在まで続いてきた要因のひとつであるといえるのではないでしょうか。

ただし、神道でこういったテーマを掲げているにもかかわらず、江戸時代には天皇家の権威はかなり落ちていたようです。

また(2)においては、政治的陰謀によって不幸な死を迎えた人物が怨霊となって祟るのを、神として祀ることで鎮めようとする内容が記されています。

代表的なのは奈良県大神神社の大物主命です。10代崇神天皇の御世、疫病や風水害がおこり、また人民が背くなどして国が乱れたのは大物主命の祟りであるとして、大物主命の子孫である太田多根子を神官として大物主命を祀らせることで、大物主命の祟りは納まったと記しています。

大物主命は出雲大社の大国主命と同一神とされています。
というのは大国主命の前に光り輝く神が現れて「私を祀るように」といい、
大国主命が神に名を問うと「私はあなたの幸魂・奇魂」と答えたとあるためです。
そして大国主命が自分自身である大物主命を祀ったのが大神神社だということです。

この記述をどうとらえるかは研究者によって意見が分かれると思いますが
私は大物主命=大国主命とは初代神武天皇が日向より東征してやってくる以前に大和にあった政権の王だと思います。
というのは、神武は東征に出立するにあたって
「東にはニギハヤヒが天の岩船を操ってすでに天下っている」と発言しているからです。
ニギハヤヒは正式名称を天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊(あまてる くにてる ひこ あめのほあかり くしたま にぎはやひ の みこと) といいますが
大物主命は倭大物主櫛甕玉命という別名もあり
二神は櫛・玉が一致するところから同一神ではないかと言う説があります。
ここから、神武以前に畿内に王朝があったと考えられます。
ニギハヤヒは物部氏の祖神とされていますから、その王朝は物部王朝であったという説もあります。

また初代神武天皇と10代崇神天皇はどちらも和風諡号をミマキイリヒコといい、ふたりは同一人物であるという説もあります。

とすれば、記紀に記された崇神天皇代の記事は日向から東征してやってきた崇神=神武が自らが滅ぼした物部王朝の王を怨霊と怖れ、神として祀った話だということになります。

では大物主と同一神であるとされる出雲大社の大国主はどうなるんだ、となると思いますが
梅原猛氏によれば、大物主という神が根の国とされていた出雲へ追放されたのが大国主ではないか、「出雲の国譲り」というが、もともとは「大和の国譲り」だったのではないかとしておられます。

>多神教(八百万の神?)とは矛盾しているように感じるのですが。

これは私自身の考えですが、
日本は多神教ではありますが、神も輪廻転生すると考えられたのではないかと思われます。
輪廻転生というのは仏教の考えですが、古事記・日本書紀が成立したころ、すでに日本には仏教が伝来してかなりの年月が経過しており、また日本では本地垂迹説をベースに、神仏が習合されていました。

本地垂迹説というのは、日本古来の神々は仏教の神々(仏)が衆上を救うために仮にこの世に姿を現したものであるとする考え方で、仮にこの世に姿を現した日本古来の神々のことを垂迹、神のもともとの正体である仏のことを本地仏といいました。

天皇が即位すると大嘗祭が行われますが、この儀式は天皇が天照大神と同体となるものではないかと言う説があります。
つまり、天皇とは天照大神の生まれ変わりだと考えられたということだと思います。
http://www.tanken.com/daijyo.html
また日本の神は子を産みますが、子とは神の分身のことを意味しているのではないかという説もあります。
八百万といいますが、それは神が分身を作った結果で、
もともとの神はそんなに多くない野では、と思います。

>純粋な土着信仰としての神道があったなら、今も残っているのかも気になります。

大神神社は三輪山を御神体とし、神殿を持ちません。
地元に伝わる伝説では、神は神殿はおろか、拝殿すらつくることをこばんだとのことです。(拝殿はあります。)
また大阪府枚方市交野市あたりは肩野物部氏が本拠地としていたところですが、星田妙見宮などやはり神殿のない神社があります。
 http://murata35.chicappa.jp/meisho/myokendensetu.htm
これらは神殿のある神社よりも古い形態を残す神社で
物部氏による祭祀の形態ではないかと思います。

反対意見もあると思いますが、ひとつの意見としてお考え下さい。
 

こんばんは。難しいけど、面白い質問ですね。
私は勉強不足で国家神道についてはよく知らないのですが

>明治以前の神道の形も、「天皇を中心とした神の国」なのでしょうか?

日本神道の最も古い文献は古事記・日本書紀です。
わかりやすく現代語訳されたものが出版されていますからぜひ読んでみられるといいと思います。
ただし、古事記や日本書紀以前から神道はあったと思われます。
たとえば魏志倭人伝に
「身分の高い人が尊敬される作法を見ると、ただ手を打つだけで、中国の跪拝の代わりとする。...続きを読む

Q天皇に人権を与えない憲法は、憲法自体が憲法違反というパラドックスになってませんか?

天皇に人権を与えない憲法は、憲法自体が憲法違反というパラドックスになってませんか?

Aベストアンサー

天皇陛下は、日本国の象徴でありますが、一方で、現人神ではなく人間でもあるのですから、公務から引退出来るようになるのは、当然の事思います。

人間は誰でも、後期高齢者と言われる年代になっても、公的な仕事を若い時と同じようにするのは、肉体的にも、精神的にも、無理があるでしょう。

昭和天皇の時も、晩年は、ご公務の活動をされているときのお姿を見るにつけ、御労しい感じがしていました。

象徴の退位が、法律上問題があるのなら、早急に、法改正すべきだと思います。

Q【宗教】「今上天皇」って今は何の神様になっているんですか? 歴代の天皇陛下は亡くなると何かの神に昇進

【宗教】「今上天皇」って今は何の神様になっているんですか?


歴代の天皇陛下は亡くなると何かの神に昇進されるんですか?

昭和天皇は戦争の神様ですか?

今度の平成天皇が亡くなると地震の神様になるのかな?

明治天皇は何の神様だろう?売国奴の神様?文明開化の神様?鎖国を解放した自由の神様かな?

死んだら神様ネーム貰えるって羨ましいなあ。

Aベストアンサー

明治天皇と皇后である昭憲皇太后は日本一初詣の参拝者の多い明治神宮の祭神。。。要するに神様です。

Q神社の巫女さんの衣装(装束)について

神社の巫女さんの装束に関心があります。
白い衣に赤い袴。装束の規定や歴史などについて詳しいサイトやルーツをご存知の方教えてください。
祭事の時には、巫女さんの装束が派手になりますがそういったことも教えてください。袴はなぜ赤いのでしょうか?

Aベストアンサー

すみません、詳しくは書けなくて申し訳ないのですが・・
神道の世界は「できるだけ古風な日本の生活を守る」というのが
考え方のベースにあるとどこかの神道系のサイト(または本)で読ませていただきました。それで、基本的に神道の世界は平安時代のものが
ベースになっているようです(時代に応じて変化した部分もあり、そのものではないです)。
巫女装束に関してもベースは平安時代など古代~中世の日本のものに
そのルーツを求めることができます(これも変化した部分はありますが・・)。平安や中世の頃に描かれた巫女の絵などは今の巫女と
ほとんど変わるところはない と思われるほどです。

赤い袴は・・
宮中の女官や、同一社会圏の貴族の女性達も紅の袴を穿いていましたので、
神道に関わる女性=天皇家と深い関わりを持っている女性ということなのだと思います。

残念ながら巫女装束についてのまとまったサイト、本に
ついてはよく知りません。
神道・巫女関係や装束(巫女・神道系や宮廷装束)関係のサイト、
本をあたってみてください。

参考画像として・・


http://images.google.co.jp/imglanding?imgurl=http://www.chikuyusha.jp/ITiinndayori/0903/kannagiKadono.jpg&imgrefurl=http://www.chikuyusha.jp/ITiinndayori/0903/dai3kai.html&usg=__3PyMok1xWBb-s5ugTmjHGi8XKEc%3D&h=312&w=325&sz=27&hl=ja&um=1&tbnid=6rbd4o0JQuj5tM:&tbnh=113&tbnw=118&prev=/images%3Fq%3D%25E8%2581%25B7%25E4%25BA%25BA%25E3%2580%2580%25E6%25AD%258C%25E5%2590%2588%25E3%2580%2580%25E5%25B7%25AB%26ndsp%3D20%26hl%3Dja%26inlang%3Dja%26sa%3DN%26um%3D1%26oe%3DShift_JIS&q=%E8%81%B7%E4%BA%BA%E3%80%80%E6%AD%8C%E5%90%88%E3%80%80%E5%B7%AB&ndsp=20&inlang=ja&sa=N&um=1&oe=Shift_JIS&start=0

貴族の生活
http://www.iz2.or.jp/kizoku/
http://www.iz2.or.jp/kizoku/shozoku2.html

すみません、詳しくは書けなくて申し訳ないのですが・・
神道の世界は「できるだけ古風な日本の生活を守る」というのが
考え方のベースにあるとどこかの神道系のサイト(または本)で読ませていただきました。それで、基本的に神道の世界は平安時代のものが
ベースになっているようです(時代に応じて変化した部分もあり、そのものではないです)。
巫女装束に関してもベースは平安時代など古代~中世の日本のものに
そのルーツを求めることができます(これも変化した部分はありますが・・)。平安や中世の...続きを読む

Q天皇が神様になったのはいつから?

天皇が神様になったのはいつからですか?

古事記だと、神様の子孫ってことになるんだろうけど、
古代から、神様だと信じられていたんですか?
蘇我馬子のころは、天皇暗殺とか平気でやってるから、
あんまり権威がなさそう。

でも中世だと、島流ししても殺すことはしてない(多分)から、
ほかの貴族や武士とは別格って感じですよね。

明治以降は、本当に神様だと信じられていたんでしょうか?
例えば、ヒトラーや金正日とかを「英雄」だって思い込んだり
ローマ法王やダライラマとかを「聖人」(厳密な意味じゃ違うけど)って感じることはあっても、
それは、一般人とは次元が違う、「立派な人」っていう意味です。
あと、死んだ人を神とか仏とか敬うのも分かる気がします。

でも生きている人を、「神」(つまり、人じゃない)って考えるのは、
科学的な近代以降では、かなりすごいことだと思うんですが
本当に天皇は神だと信じられていたんですか?

Aベストアンサー

現代の日本人は「神」というと一神教の神を想定して、そこから連想するので実態とはかなりかけ離れています。

天皇が「神」である、ということは一神教の神とはまったく違う概念なのです。

まず、一神教の神は人間ではありません。人間に「俺のことを崇めたら守ってやるから、俺を崇めてほかの神を崇めるな!!」という超自然的ななにかです。原則的にはモーゼに十戒を授けたエホバが唯一絶対神、ということになります。
これは最初から神であって人間ではありません。

ところが、多神教の国々は日本を含めて無数の神がおり、特に国を支配する王族は「神の末裔」ということになっています。
日本でも天孫が天下ってから人間と交配して、天皇家の一族になっていきますし、古代エジプトは本来はギリシャ系の移民なのに、現地民を支配するために「王はホルス神が人間の姿をしている」としていましたし、王が死ぬと「ホルス神は新しい体を借りてよみがえった」というふうにされていました。

つまり神は「人間ではないなにか」であると同時に「人間の形をしたなにか」でもあったのです。
日本でも太宰天満宮の菅原道真のように神格化された存在があります。彼はすさまじい怨念を残して死んだために、もともと人間でありながら「人間ではない何か」の力をもったとされ、神様として祭られたのです。

ですから、日本の天皇も朝廷成立の頃には「日本の神々を束ね総覧し、日本の民をまとめて神と会話するモノ」という宗教的な意味合いを持っていたようです。現在でも天皇の仕事に新嘗祭や 大嘗祭など天皇しか執り行えない儀式があり、儀式の内容は秘密になっています。
このようなことを行える唯一の存在である天皇は、臣民というただの人から見れば、少なく見積もっても「人ではない何か」であり、そうであれば崇め奉る存在であり、崇め奉るから「神」なのです。
そして人間ではないなにか(本当は人間ですが)をお世話するのも人のままでは問題があります。人が神に触れると神が穢れるからです。
そのため、天皇をお世話する人は宗教的な儀式を通じて神と交流できる能力を授かった、とされたり、後には仏教的な方法論を取り入れて、出家した人は現世から離れたので人ではない(化外の人といいます)として、天皇を治療する医師は頭を丸めて出家したことにしたりしました。
すべてはフィクションなのですが、人を「人」が治めたのでは政が出来ないため、そのようなフィクションがどの国でも必要だったのです。

ですから古事記の時代や卑弥呼のような存在を含めて、彼らは神だったといえますし、民衆はそれを信じていたわけです。
明治期になっても、現代でも天皇が神であることには変わりがありません。しかし、それは一神教的な神(人間ではない何か)ということではなく、政上のフィクションである、ということです。
その意味で戦後行った「人間宣言」は一神教であるアメリカ人からすれば「神である天皇を神の座かひき下ろして武装解除した」という勝利ですが、当時の日本人にとっては単に「政治的な権力から天皇が身を引いた」というメッセージに過ぎなかったのです。
当然明治期でも大戦期でも戦国時代でも、天皇が人間であることは当たり前のことであり、それを「神」としているのは制度上、政治上のフィクションであったからです。


島流しの話が出ていますが、日本は制度上、古事記の時代からずっと朝廷が「人」に権力を付与する形で今まで来ています。征夷大将軍は天皇が与えるものですし、内閣総理大臣だって天皇が任命するのです。
マッカーサー率いるGHQは実に日本の実情を理解していたと見え、アメリカやその他世界に向けては「天皇が人間宣言した」として日本が敗戦した事実を納得させ、日本国民には「権力は手放すようにしたけど、天皇は日本の権威のままだからね」と日本の国体そのものが変更になったわけではないことを印象付けたわけです。
実にうまい方法で、その代り日本人が「神」という言葉の意味が分からなくなってしまったのです。
それでもこれだけ日本が長い間平和を教授できているのですから、たいした副作用ではないのかもしれません。

ということでエジプトの例を含めても「神」の正体は、支配される側の民衆が納得するだけの「権威」というべきものなのかもしれません。
現在でも天皇が御璽(天皇のはんこ)を押さなければ、法律も条約も成立しませんから、今でも天皇は日本の政治上の権威であり、だからいまでも神であるといえるのです。

現代の日本人は「神」というと一神教の神を想定して、そこから連想するので実態とはかなりかけ離れています。

天皇が「神」である、ということは一神教の神とはまったく違う概念なのです。

まず、一神教の神は人間ではありません。人間に「俺のことを崇めたら守ってやるから、俺を崇めてほかの神を崇めるな!!」という超自然的ななにかです。原則的にはモーゼに十戒を授けたエホバが唯一絶対神、ということになります。
これは最初から神であって人間ではありません。

ところが、多神教の国々は日本を含めて無...続きを読む

Q天皇の生前退位に着いて、皇太子を代行にして、象徴天皇として在位するのが、良いのか 退位して皇太子が天

天皇の生前退位に着いて、皇太子を代行にして、象徴天皇として在位するのが、良いのか
退位して皇太子が天皇になるのか、天皇の体調を考えれば、仕方ないと思いますか?
天皇が、退位された場合、元号は、平成から変わるのでしょうか。
退位された天皇の肩書きは、何になるのでしょうか?、ふと疑問に思いました。
皆さんは、生前退位についてどう思いますか。元号は変わるでしょうか。退位された天皇のは、今後何と呼ばれるのでしょうか、
宜しくお願い致します。

Aベストアンサー

大事な点に気付いていません。われわれ日本国民は、幸いにもこの現憲法が施行されて以降戴いた二代の天皇の人間的素晴らしさに助けられています。法律が生前退位について何の規定も設けなかったことは、生前退位などを認めれば、天皇が権力闘争の道具にされる怖れがあるといった指摘があることも理由かもしれませんが、根本は天皇を人間として認めなかったことにあります。ゆえに、日本国国民が認められている基本的人権、権利が与えられませんでした。そしてどう示せばいいのか判断をまる投げにされた象徴としての地位です。幸いだったというのは、それを受け止めた二代に渡る天皇が聡明だったことです。日本国民にとって、あるいは日本の外交上にとって好ましからざる天皇であったとしても、法律上退位させられる仕組みは無かったのですから。
日本人は往々にして、このような不幸な出来事について、あらかじめ口にしたり明文化することを避ける傾向にあります。そうすることによって、あたかもそのような事態が避けられるかのように。天皇というものが国民の総意に基づく地位であるならば、老いという理由ばかりでなく、その地位を継承できる方法を国民の総意で決めておく必要もあると思うのです。

大事な点に気付いていません。われわれ日本国民は、幸いにもこの現憲法が施行されて以降戴いた二代の天皇の人間的素晴らしさに助けられています。法律が生前退位について何の規定も設けなかったことは、生前退位などを認めれば、天皇が権力闘争の道具にされる怖れがあるといった指摘があることも理由かもしれませんが、根本は天皇を人間として認めなかったことにあります。ゆえに、日本国国民が認められている基本的人権、権利が与えられませんでした。そしてどう示せばいいのか判断をまる投げにされた象徴として...続きを読む

Qイザナミ命は天つ神?国つ神?それとも・・・

 個人的に知りたいことです。探しても見つからなかったので質問することにしました。。
○イザナミ命はイザナギ命と国産み、神産みをして最後に火神を産んだことによって死んでしまい、その後、黄泉の国に住まうことになるのですが・・・
●イザナミは死後、黄泉津大神と呼ばれる存在になるのですけれども、それは天つ神、国つ神もしくはそのどちらでもないのどれに属するのでしょう・・・?
 私見的なことでも、たった一言で終わる回答でもよいので意見を下さい!

Aベストアンサー

素戔嗚尊は出雲に降りて、国津神となりました。その前は天津神です。つまり、『この世』で働くと『国津神』で、『あの世(高天原・黄泉)』で働くと、『天津神』みたいです。
ゆえに、アマテラス等諸神や国などを産んだ神『イザナギ命・イザナミ命』は天津神なのでは?

参考URL:http://www.pandaemonium.net/menu/devil/Nagi_mi.html

Q元明天皇の父はどなたですか?

(1)天智天皇 中大兄皇子のこと
(2)天武天皇 (1)天智天皇の弟(大海人皇子のこと)
敗:大友皇子 (1)天智天皇の子供 壬申の乱で(2)叔父に敗れる。
(3)持統天皇(女) (1)天智天皇の娘+(2)天武天皇の妻
(4)元明天皇 (3)持統天皇の子供
(5)文武天皇 (4)元明天皇の子供
(6)元正天皇(女) (4)元明天皇の子供

合っていますか?
辞書で調べたら天智天皇の第4皇女と出ていましたが、
(1)天智天皇は自分の娘である(3)持統天皇との間の子供ということになってしまいます。

どこが変なのでしょうか?教えてください。

Aベストアンサー

専門分野ですが、文字で説明するのは難しいですね~。

(4)元明天皇(女)は…。

(1)天智天皇の第4皇女であり

父方((1)天智天皇)から見た場合
(3)持統天皇(女)の異母妹(いずれも父親は(1)天智天皇だけれど、(3)持統天皇の母は蘇我倉山田石川麻呂の娘・遠智媛で、(4)元明天皇の母も蘇我倉山田石川麻呂の娘ですがこちらは姪媛という人)であり

母方から見た場合
(3)持統天皇(女)の従姉妹((3)持統天皇の母と(4)元明天皇の母は、いずれも蘇我倉山田石川麻呂の娘で姉妹だから)であり

(2)天武天皇と(3)持統天皇(女)の間に生まれた息子((7)草壁皇子)の妻であり

(5)文武天皇と(6)元正天皇(女)の母親(父親は(7)草壁皇子)です。

こちらの系図が分かりやすいかも((1)天智天皇と(2)天武天皇が兄弟になっていないけれど)。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~kitanok/dokusho2/ozunu3.html

はい。
「天智天皇の娘の子=(7)草壁皇子」と「天智天皇の娘=(4)元明天皇」が結婚しています。

ただし、(2)天武天皇…(1)天智天皇の弟(大海人皇子のこと)は、疑問視している説もありますよ。

専門分野ですが、文字で説明するのは難しいですね~。

(4)元明天皇(女)は…。

(1)天智天皇の第4皇女であり

父方((1)天智天皇)から見た場合
(3)持統天皇(女)の異母妹(いずれも父親は(1)天智天皇だけれど、(3)持統天皇の母は蘇我倉山田石川麻呂の娘・遠智媛で、(4)元明天皇の母も蘇我倉山田石川麻呂の娘ですがこちらは姪媛という人)であり

母方から見た場合
(3)持統天皇(女)の従姉妹((3)持統天皇の母と(4)元明天皇の母は、いずれも蘇我倉山田石川麻呂の娘で姉妹だから)であり

(2)天武...続きを読む

Q 学問の神様として祀られている菅原道真は、いつ頃から学問の神様として祀

 学問の神様として祀られている菅原道真は、いつ頃から学問の神様として祀られ受験生の参拝の対象となったのでしょうか。

 かつては、京の重職を左遷されたことで怨霊となり、事ある毎に災害や異変が起きると京都の人々は、菅原道真の怨霊だと恐れていましたが、怨霊封じで神社を建立し、英霊とすることで怨霊封じから学問の神様という流れになってきたとも思いますがどうでしょうか。

 分かる方おりましたらご回答ください。

Aベストアンサー

学問の神様と広く言われるようになったのは江戸時代からです。
徳川綱吉が湯島に学問所を作って以来、学問所の近くに元々からあった湯島天神が、学者さんや学生さんに信仰されるようになりました。その後、寺子屋でも祀られて庶民にまで浸透しました。

ちなみに湯島の学問所では、公式には孔子を祀っていました。


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