尊厳死の問題を考えているうちに、尊厳というものに対して人によって解釈が大きく異なることに行き当たりました。
 尊厳とは何かを理解する前提に、尊厳という言葉自体の成り立ちを知ることが必要だと感じたので、ご存じの方の力をお借りしたいです。
 私の感覚からすると、そんなに古い言葉ではないような、明治時代位に作られた言葉じゃないかと思うのですが…

A 回答 (1件)

日本国語大辞典(小学館:日本で一番大きな国語辞典)によりますと、荀子-致士篇に「尊厳而憚、可以為師」として出ているようですから、紀元前3世紀頃にはあった言葉でしょう。



日本には、遅くとも7世紀には入っているのではないかな。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 ありがとうございます。
 思ってたよりずっと長く使っているのですね。
 荀子というと、もともとは中国の言葉だったので、意味ごと輸入したと考えたらいいのでしょうね。

お礼日時:2003/09/24 16:18

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

関連するカテゴリからQ&Aを探す

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Qご注文の方を繰り返します・・・

ご注文を繰り返します、ではなくて、ご注文の方を繰り返します、という言い方・・・
皆さん、聞いたことがありませんか?
この言い方って、どんな印象を持ちますか?
この「方」って何?と思ってしまいます。

Aベストアンサー

はーい、よく耳にしますよー。ファミレスに限らず、最近は割りとまともそーなレストランでも、けっこーへーきで使ってたりしますねー。

どんな印象か?といわれると、んー、「バイトだなー」って感じですねー。正社員でその仕事に誇りを持ってる人、とゆー感じはしないですねー。「こうしろといわれたからしてますがなにか?」ぐらいの感じなのかなー、と。バイトの子に、それ以上を望むのは無理かー、と。

ただ、割とこの種のことには寛大なんですねー。あきらめ、ともちょっと違うかー。「お前が日本語変だからだろ」とかゆー突っ込みは、ちょっとあっちに置いといてー。

たとえば「こちらきつねうどんになります」ってゆー日本語ありますねー。あれも気持ち悪いなー、いーかげんにせーよ、と思ってたんですが、「問題な日本語」って本を読んでたら、あれは「(あなたの想像とは違うかも知れませんが、こちらが)きつねうどんになります」とゆーニュアンスをこめた表現ではないか、という指摘がされていて、なるほどー!と思ったんですよー。

つまりですねー、どんなへんてこりんな日本語であれ、それはおそらく「そうなるべくしてそうなった」とゆー理由があるはずなんですねー。それがろくでもない理由かどうかはともかく、おそらく「こういう理由でこういう表現が生まれたのか」ということがあったはずなんですよー。

そー考えると、案外とどんなにへんてこりんと感じる日本語でも、突き詰めれば「なるほど、そーゆーことかー!」とゆー新たな発見があるのかもなー、と思ったんですねー。なので、へんてこりんな日本語も、頭から「変!却下!以上」としないで、「これはなんでそーなったんだろー」と思うよーになってしまいましたー。そーすると、あんまり気にならないんですねー。意外と「あれ?こっちのほーが、表現としては便利かも?」と思うこともあったりしてねー。意外と「変な日本語」って、今の時代に便利にできてるのかもー? だからそーゆーのが生まれたんでしょーねー。

はーい、よく耳にしますよー。ファミレスに限らず、最近は割りとまともそーなレストランでも、けっこーへーきで使ってたりしますねー。

どんな印象か?といわれると、んー、「バイトだなー」って感じですねー。正社員でその仕事に誇りを持ってる人、とゆー感じはしないですねー。「こうしろといわれたからしてますがなにか?」ぐらいの感じなのかなー、と。バイトの子に、それ以上を望むのは無理かー、と。

ただ、割とこの種のことには寛大なんですねー。あきらめ、ともちょっと違うかー。「お前が日本語変...続きを読む

Q感覚と解釈の違いについて

他人と自分が感じたこと(感覚)は、いっしょなのかどうか、と、同じことに対して感じたことをどう解釈したかとは、どのように違うのでしょうか?

Aベストアンサー

●あなたの質問の本意が良くつかめませんが
 仮に「感覚」と「解釈」の違いは?という設問だとするなら。

 感覚:本人に由来する。
 解釈:論理に由来する。 とすることができると思います。

●しかし 感覚であれ解釈であれ絶対的なものもあれば 相対的なものも
 ありますので それが他人といっしょかどうかは その命題それぞれの感覚・解釈を
 個別に分析してみるひつようがあります。

 ※一部のHPでは目に見える色はひとそれぞれに違うという考え方が
  あるらしいのですが。
  色の明度や彩度のちがいは当然あるでしょう(目の曇り汚れ・受容体の個性など)けれども。
  個々人が受容する色の持つ特定の周波数の違いはありません。
  だれでも同じ色に見えているのです。
  違う色に見えるのは病気です。赤にどんなフィルターをかけても赤は赤以外には
  なれないのです。赤に100パーセント緑しか通さないフィルターをかければ
  赤は黒になってしまいます。色のように絶対的なファクターを持つということは
  他人といっしょの感覚であると言えます。
  ただどのような赤か?という感覚になるとそれはひとそれぞれです。
  脳のなかの膨大なファイルのなかから比較対照して比ゆするわけですから
  命題が相対的な事柄に変わるわけでひとそれぞれになるのは当然です。

  ※なかなか理解できない方もおられるようなので繰り返します。
  視覚の明度や彩度は当然ちがう。が 色(周波数)は絶対的で
  変わらない。もし変わる人がいたらそれは障害で視覚に異常がみられる。

●あなたの質問の本意が良くつかめませんが
 仮に「感覚」と「解釈」の違いは?という設問だとするなら。

 感覚:本人に由来する。
 解釈:論理に由来する。 とすることができると思います。

●しかし 感覚であれ解釈であれ絶対的なものもあれば 相対的なものも
 ありますので それが他人といっしょかどうかは その命題それぞれの感覚・解釈を
 個別に分析してみるひつようがあります。

 ※一部のHPでは目に見える色はひとそれぞれに違うという考え方が
  あるらしいのですが。
  色...続きを読む

Qアニメご注文はうさぎですかは2期までですか?それともまだ、ありますか?

アニメご注文はうさぎですかは2期までですか?それともまだ、ありますか?

Aベストアンサー

うわさでは・・・
ご注文はうさぎですか?3期製作決定!
2017年秋より放送開始予定

だそうです。

Q美学史という言葉自体あるのかわからないんですが

最近哲学を勉強し始めたばかりなのですが、同時に美学に関しても知識を深めていきたいと思っています。
美学に関しては日本にあまり良い書物が無く、今道先生くらいと言われましたが、実際に読んでみてもいまいち私の頭ではまだ把握しきれない部分が大きいです。
もう少し初心者向けで今までの美学の歴史の流れが分かるようまとめてある本などあったら教えて頂きたいです。
哲学のほうはやっと今までの流れが理解できたところです。
専門的に学ぼうとしているものではないので、どちらも基本的なところを全体的に学んでいきたいと思っています。
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

必ずしも美学は美術史とともにあるわけではありません。
美学史という分野もちゃんとあります。
質問者さんは、哲学の側からのアプローチだと予想するのですが
ギリシャ時代からの、真・善・美のなかの美についての美学の流れと
ドイツのライプニッツ=ヴォルフに影響を受けたバウムガルテンにはじまる、感性の学としての美学があります。
もちろん、両者は影響を与え合って今日に至るわけです。
(もちろん、技法や素材などについて論じる場合もありますが、それだけではありませんのでそういう学び方だと大局はとらえにくくなってしまうように思います。)

流れをおおまかにとらえるのに、よい本ということですが、
あまり思いつかないのですが、
もしかしたら、もうすでに理解された哲学の流れのなかで
それぞれの思想家が、「美」に対してどういう見解を持っていたかを学ぶことで
美学の流れも理解できてくるように思います。
また、美学ではなく芸術哲学という分野などともリンクするので
対象とする書籍もそのへんまで広げて探してみるといいものが見つかるかもしれません。

Q消費税代金引換でのご注文が3月で到着が4月1日以降

消費税増税の件で教えて下さい。
代金引換でのご注文が3月で到着が4月1日以降の場合は何パーセントでしょうか
注文は3月で支払うのが4月になるのですが‥‥
よろしくお願いしますm(_ _)m

Aベストアンサー

売買契約が成立した時点での税率になりますので、5%とするのが基本です。

ただ、具体的な取扱いは業者により異なり、注文受付時点を以て売買成立とする事業者と、宅配業者引き渡し時点を以て売買成立とする事業者があります。これにより扱いも変わってきます。

中には、発送にかかる日数を見込んで27日頃で切ってしまい、以降の受付を8%で扱う例もあります。

このため、質問者のケースがどうなるかは、あらかじめ販売事業者のホームページ等で確認するひつようがあります。

Qこの言葉の出典ご存じないですか??

 お世話になります。
 どうやら回向文のようなんですが、「光明遍照十方世界 念仏衆生摂取不捨 至心帰命阿弥陀 阿字十方三千仏 弥字一切諸菩薩 陀字八方諸聖教 皆是阿弥陀 願以此功徳 平等施一切 同発菩提心 往生安楽国」というのがあるらしです。

 「光明遍照十方世界 念仏衆生摂取不捨」は『観無量寿経』からの出典ですよね。最後の「願以此功徳 平等施一切 同発菩提心 往生安楽国」は善導大師の『観経疏』の冒頭の「勧衆偈(十四行偈・帰三宝偈」からの出典ですよね。
 その間の、「至心帰命阿弥陀 阿字十方三千仏 弥字一切諸菩薩 陀字八方諸聖教 皆是阿弥陀」の部分は誰の何をもとにしているんでしょうか?
 ちょっと調べたところ、曹洞宗さんでは「光明遍照十方世界 念仏衆生摂取不捨 至心帰命南無阿弥陀仏」と唱えてからお念仏を称えるそうですが、それを考慮したとしても「阿字十方三千仏 弥字一切諸菩薩 陀字八方諸聖教 皆是阿弥陀」は分かりません。
 どなたか、ご存知でしたら教えてください。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

こんばんは、baka-hageさん。


●てことは、やっぱり誤字の系譜なんですかねぇ。



うぅぅ……キリキリキリ…うぅ…イテッ、テテテ… 

癪が… ちょっと ちょっと ヾ(-_-;)

八方塞りから、ちょいと故事をあたってみました。

to be stuck on all sides

【 故事 】
昔、中国で、楚の項羽が漢の軍勢に囲た。 夜、四面(四方)の漢の軍中から楚の歌がきこえてきたので、項羽は楚の民がもはや漢軍に降伏したと思って驚いた。このことから「四面楚歌」とは、まわりじゅう敵だらけで孤立して助けのないことをいうようになった。 この「四面楚歌」のように、何かのいわれがもとで特別な意味を表す言葉が作られた場合のその事柄、あるいは、その言葉を故事という。中国で作られ、広く使われてきたものが多く、漢字だけではその意味はわからない。

例としては、「杞憂」「傾国」「推敲」「登竜門」「白眉」「傍若無人」などがある。

Q居酒屋で働いてるのですが、最近飲み放題を導入して何名様かご注文いただき粗利率が、大体65~75%ぐら

居酒屋で働いてるのですが、最近飲み放題を導入して何名様かご注文いただき粗利率が、大体65~75%ぐらいです。この数値って少ないですか?そんなものなんでしょうか?
ぜひ飲食店の経営者さまや従業員さん、経営コンサルの立場からご意見お聞かせ下さい。
ルールと致しましては、90分で1680円(税込)。
30分前にラストオーダー。
延長料金は1時間550円
2名様からご注文OKです。
少人数で来店される方が多いので、2か3人が平均人数です。

Aベストアンサー

原価率30%以下なら望ましい経営が成り立つのが、大体の飲食業。
粗利率70%以上

65~75%の粗利率なら望ましい。

人件費が大きな割合を占める業種(IT、派遣業)なんかでは、粗利率20%以上でも難しい。

Q「女の浅知恵」という言葉の哲学的解釈は如何にあるべきか?

「女の浅知恵」という言葉の慣用的用法は、正しいのでしょうか?
そして、
この言葉の指し示す真の意味は何でしょうか?

知恵や叡智をあらわすソフィア(英語:sophia、ギリシア語:Σοφια)は女性名詞であり、神学的にはこれは女神として表現されます。
そして、
般若のサンスクリット、prajñā(ぷらじゅにゃー)も女性名詞であり、仏典で般若は覚母(かくも)と呼ばれ、チベットなどの男女交合像では女神の姿で表現されております。

であるとするならば、
智恵は女性に属するものではないか?

にもかかわらず、
本来、智慧深い女性が、その深い智慧に似つかわしくない行動をするから、
「女の浅知恵」と呼ばれるのであろうか?

⑨ネコに、分かりやすく、教えてケロ!!

これは、フィロソフィーという名が示すとおり、哲学の根幹にかかわる深い問題だと思います。

https://www.youtube.com/watch?v=ZuRjSaFP7lU

Aベストアンサー

これを言っちゃおしまいよという回答を寄せます。


 かつて身分制が《はなやかりし》頃には しばしば男尊女卑の風潮を伴なっていたと思います。したがって 浅知恵と言えば その知恵の浅いのは 男よりは女のほうにあてがわれた。ということだと思います。


 知恵が女性的なものではないか?
 これは ですから 男としての存在か女としての存在か どちらに知恵はあてがわれるのか? という問いではないと思うのです。

 男としても女としても それぞれの精神の内の《女性的なるもの》にかかわって知恵が引き出され得て 実践的なチカラを発揮する。ということに尽きると思うのです。

Q普通、一ご注文につき送料・代引き手数料として・・・といと??

●一ご注文につき送料・代引き手数料として全国一律735円を頂戴いたします。

・・・というと、1回の注文でいくつ買っても735円?
それとも、買った商品の数につき735円がかかるということですか??
例えば2つ買ったら735円×2・・・?

いまいち読解できません。
よろしくお願い致します。
ちなみに自分は後者と思ったのですが・・・・><

Aベストアンサー

この場合は前者でしょう。
「一ご注文」というのは「1回のご注文」という意味で、
一回の注文の中には5つの商品があってもよく、
hana0521さんが考えた後者の場合には
「一商品につき」というふうにかかれると思います。

いくつか欲しい商品があるのなら、一度に頼んでしまえば
送料は735円で済む、ということになると思います。

いいお買い物を!

Q仏法と生命の尊厳について

仏法と生命ですが、仏法は生命について何かを説いているのでしょうか。
もし、そうならば、生命は仏法の中で、どのように説かれているのでしょうか。
具体的に、仏法の中で生命が、どのように説かれているのか、ご存知の方、ご教示をおねがいします。

Aベストアンサー

ちょっと長くなりますが、仏法(法華経)ではまず、生命は永遠と説きます。
 そして、仏法におけるその生命の定義ですが、我々の思いというか、その思いを生じさせる心こそが生命そのものとしています。心を精神と言い換えてもよく、つまり、肉体と精神、これを仏法では『色心(しきしん)』と言い、色は色形あるもの(それゆえ、いずれ朽ち果てる無常のもの)と心は色形なきもの(それゆえ、朽ち果てるという終わりがなく永遠なるもの)の二つに分けますが、この世界で活動している我々はその色心で成り立っています。 
 一見すると、目で捕らえられる肉体が主体で、捕らえられない心の方が客体のように思われがちですが、仏法では逆で心というか精神こそが主体、本質となり、肉体はその心の座するところで、いわばガンダムのモビルスーツとそれを操るパイロットのような関係と捉えられればよいかと思われます。ですから、肉体というものは自分の所有物ではあっても、決して自分自身ではないということです。
 たとえば、自分という思いは物心ついた頃から、それこそ死に到る時まで決して変わることはありませんが、その肉体においては子供の頃、成人の頃、壮年、老年とどんどん変化して、傍から見ればまるで別物のような存在かと思われます。まさに仏法の説く色心そのものかと思われます。
 確かに、有形で変化して様変わりするものが本質であるはずもなく、無形で不変なるものを本質、その実体と捉えることの方が合理的です。そしてこの点を踏まえて、かのデカルトは『我思う、ゆえに我あり』という言葉を残したのです。つまり、私という思いがあってこそ自分自身があるのであって、肉体があるから自分があるのではない、と結論付けたのです。彼は仏法を知らなかったとは思いますが「絶対確実なるものは心だ」という、仏法に相通ずる考えを持っていたのでしょう。 
 ともかく、(心=生命)こそが真の自分自身で、それは決して朽ちることも果てることもない永遠の存在であるということです。
 そして、ついでに宿命についても触れておきますが、その自己そのものである永遠の生命に、その生命が為した善悪の行為が、いわゆる業として刻まれて、過去、現在、未来へと苦楽の報い(因果応報)を受けていくことが宿命になるのですが、そのことを一般的には運命などといいますが、結局、自己の生命が永遠の存在であるがゆえに、色心として存在している時に為した全ての行為が、善悪にわたり連綿と引き継がれて、結果として全部自分に返ってくるということで、よく聞く話で、「自分は別に何も悪いことをしていないのに、なぜ自分は、このようなひどい目に遭うのか」というのがありますが、それは現在だけしか見ていない話で、過去世に自分が積んだ悪業を知らないだけのことなのです。もちろん、真逆のパターンもありますが、いずれにせよ本来、自分そのものは永遠の存在であるということを知らないがための短絡的な考えといってよいでしょう。これをたとえれば、ある車で交通違反を犯してから、車を何台乗り替えてもその罪が消えることはなく、それを償うまで、そのドライバーに付いて回るようなものです。 
仏法の言葉に『過去の因を知らんと欲せば、現在の果を見よ』というのがありますが、まさにこのことを言っているかと思われます。
 ともかく、自分が永遠の存在であると知り、その為す善悪の報いが全て自分に戻ってくることが分かれば、誰も世間を騒がせるような悪しき行為はしなくなるかと思われます。なぜなら、誰だって未来の自分を悲惨な目に遭わせたくないはずだからです。先ほどの仏法の言葉の続きに『未来の果を知らんと欲せば、現在の因を見よ』というのがありますが、今後の自分の運命をどうするかも、すべては自分次第だということです。
 以上ですが、仏法の説く生命の永遠性については、もっと勉強されればいろいろと人生に役立つかと思われます。
     
                            
                 

ちょっと長くなりますが、仏法(法華経)ではまず、生命は永遠と説きます。
 そして、仏法におけるその生命の定義ですが、我々の思いというか、その思いを生じさせる心こそが生命そのものとしています。心を精神と言い換えてもよく、つまり、肉体と精神、これを仏法では『色心(しきしん)』と言い、色は色形あるもの(それゆえ、いずれ朽ち果てる無常のもの)と心は色形なきもの(それゆえ、朽ち果てるという終わりがなく永遠なるもの)の二つに分けますが、この世界で活動している我々はその色心で成り立っていま...続きを読む


人気Q&Aランキング

おすすめ情報