出産前後の痔にはご注意!

戦争には一般市民を攻撃してはいけないなどルールがあると知りました。そのルールについてもう少し知りたいです。また当時のアメリカ軍はなぜ一般市民をまきぞいにする原爆を投下したのでしょうか?戦いに勝てばなんでも許されるという前提のもとに投下したのでしょうか?回答、宜しくお願いいたします。低レベルの回答でお願いいたします。すみません。

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A 回答 (5件)

こんにちは




> 戦争には一般市民を攻撃してはいけないなどルールがあると
> 知りました。

一般市民、つまり交戦資格の無い非戦闘員(下記の条約上では
"文民"という表現)の保護については

「戦時における文民の保護に関する1949年8月12日のジュネ
ーヴ条約」(通称 ジュネーヴ第四条約)
http://www.mod.go.jp/j/presiding/treaty/geneva/g …
及び、
「1949年8月12日のジュネーヴ諸条約の国際的な武力紛争の
犠牲者の保護に関する追加議定書(通称 第1議定書)、
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/treaty1 …
そして、
「1949年8月12日のジュネーヴ諸条約の非国際的な武力紛争
の犠牲者の保護に関する追加議定書(通称 第2議定書)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/treaty1 …

が あり、戦時下における文民の生命、財産、の保護と、生活をする
ために必要な場所や施設(住居、教会、食品庫、水道)への攻撃の
禁止などが定められています。


> 当時のアメリカ軍はなぜ一般市民をまきぞいにする原爆を投下
> したのでしょうか?

まず、前述の様な戦時国際法、国際人道法、との関係については
後ほど触れるとして、当時の米国が我が国に対して原爆を使用し
た理由として、戦争の早期終結、自国軍人の犠牲者の低減、と
いった理由が今まで定説とされていましたが、昨今の研究によると
"兵器として実戦での有効性(被害範囲、威力、自軍への影響等)
を確認した"とする説が有力になりつつあります。

ざっくばらんに言えば「我が国を実験台とした」ということでしょう。


> 戦いに勝てばなんでも許されるという前提のもとに投下したので
> しょうか?

さて、この原爆投下が戦時国際法及び国際人道法に照らしあわせ
ると違法行為になるか否か? が、ご質問の真意かと存じますが、
前述の"ジュネーヴ条約(関連議定書も含め)"は、すべて太平洋
戦争終了後に締結されましたので、原爆投下時(1945年8月時点)
の米軍及び米国政府においては、これら諸法を遵守すべき要件は
ありません。


当時有効であった類似の条約としては

「陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約」及び同附属書「陸戦ノ法規慣例ニ
関スル規則」(通称 ハーグ陸戦条約/規定)があり、その中(規則
25条)に
「防守せざる都市、村落、住宅又は建物はいかなる手段によるも
これを攻撃または砲撃せざるを得ず」
という いわゆる 「無防備都市攻撃の禁止」と、

空戦法規第24条での、爆撃についての軍事目標主義、つまり軍隊
の基地、弾薬庫、兵器庫、軍需工場等、明確な軍事目標以外への
爆撃の禁止

などがあります。

しかし、前者においては「無防備状態」の定義が曖昧で、また後者
については"法規"と言っても、正確には"条約案"という扱いで、なん
ら法的拘束力が無いものであるため、原爆はもとより東京大空襲の
ような"無差別爆撃"に対しても、その違法性を明確に指摘する根拠
は当時は無かった、と思われます。
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この回答へのお礼

回答、ほんとうに有り難うございました。私にはちょっと難しいかもしれませんが教えて頂いたサイトをなんども読んで理解していきます。

お礼日時:2011/03/31 21:05

戦時国際法については以下にあります。



http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%A6%E6%99%82% …

実はいろいろと細かいことが決まっているんですね。

アメリカがなぜ原爆を使ったのかということについては、いくつもの理由があげられると思います。決してなにかひとつだけの理由ではなかったはずです。
建前上の理由は「パールハーバー攻撃への復讐」です。アメリカ人の論理からすると、そもそもパールハーバーで卑怯な攻撃をしたのはお前たち日本人なのだから、それに見合う復讐をされるのは仕方がない、というものです。一般的なアメリカ人が口にする理由はこれだと思います。
また、味方の兵士の命を10人救うために、敵国の国民が100人死ぬのはやむを得ない、という考えもできます。それに耐えられないなら降伏しろ、というわけです。
その他に、大金を投じて開発した新型爆弾を実戦で使わないままにしておくのはもったいない、という思惑もあったでしょう。どんなものでも実際に使ってみないと使えるのか使えないのかが分かりません。広島と長崎で分かったことは、たしかにたった一発で都市がまるごと消飛ぶほどに強力だけど、被曝問題など後の問題が大きすぎて使い物にはならないというものでした。実際問題、長崎以降はどの戦争でも使われていません。アメリカがいくらビン・ラディンが憎いといっても、彼を核爆弾で吹き飛ばすことはできませんでした。
被曝がどんなにやっかいで深刻な問題を引き起こすか、アメリカ人は現代に至るもピンときていない気がします。現代でも劣化ウラン弾による被曝問題が指摘されていますが、米軍は劣化ウラン弾を使い続けています。実は劣化ウラン弾によっていちばん被害を受けているのが他ならぬ米兵なのです。
もちろん、投下する前は誰もそこまで深刻なことになるとは思わなかったでしょう。広島と長崎の経験が、「原爆は恐ろしい」ということを気付かせたのです。
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この回答へのお礼

回答有り難うございました。本当に勉強になりました。

お礼日時:2011/03/31 06:15

一応「戦時国際法」 (ないし「戦時法」) という国際法があって, 例えば


・ふつ~に生活している非戦闘員を殺しちゃダメ (もちろん「戦闘員」は殺してもいい)
・正規の戦闘員をつかまえたらきちんと保護すること (逆にいうと, ゲリラのような「非正規戦闘員」に対しては, 「つかまえたあと拷問をするだけして殺す」ことがあっても戦時国際法には反しない)
などが決められています.

実際に戦争になったら, そんなのそうそう守れませんけどねぇ.

あと, 事実としては日本も「一般市民をまきぞえにする攻撃」をしてたりします.
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この回答へのお礼

回答有り難うございました。勉強になりました。

お礼日時:2011/03/31 06:16

原子爆弾が投下されなくとも、日本は負けていました。

東条英機も山本五十六も一、二年は戦えるけども、長期戦は・・・と言っていましたし。

一番の思惑は、実験台です。当時、アメリカはソビエトを警戒していました。(大戦後、ソ連の影響を受けて、中国や北朝鮮が建国され、アメリカの危惧するところは、ソ連の存在共々、現実となります)

アメリカが強大な殺傷兵器を保有していることを世界に知らしめる絶好の機会だったのです。当然、国内でも野党は反対します。
トルーマン大統領は、ソ連のスターリンに原爆投下を打診していました。国内よりも早くに。

日本は開戦当初アメリカが思った以上に奮戦したのです。国のために命を懸ける精神力ももつ。高い技術力。
現在、自衛隊にF2戦闘機があるけど、当初は、日本で開発される予定でした。でも、アメリカが嫌い、(恐れたという説も)結局技術面で日米共同開発となってしまいました。

不況、震災・・・色々あっても概ね平和・・・その平和をつくり上げたのは先人たちですね。兵隊さんも一般市民も。決して無駄死にじゃありません。

震災後の原発事故の放射能にナーバスになるのは、心のどこかで、原爆の恐ろしさをダブらせるからだと思います。

この回答への補足

戦争の国際ルールって建前だけだとは思いますがどんなルールだったんでしょうか?

補足日時:2011/03/30 22:42
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この回答へのお礼

回答有り難うございました。確かに放射能=原子爆弾って考えてしまいます。

お礼日時:2011/03/30 22:43

戦争は「軍」と「軍」との闘いですからね、基本。

一般市民を巻き添えにしちゃいかんというのはかつては暗黙のルールだったんですが、勝てば官軍、勝つ為には手段は選ばんというわけです。

アメリカが原爆投下したのは、戦争を早く終わらせる為の最後の手段です。昭和19年後半~昭和20年にかけて日本軍は連戦連敗。アメリカとしては、日本が無条件降伏の勧告を受け入れるのを待っていたんです。一般市民を巻き添えにしよう等という意図はありませんでした。しかし帝国陸海軍上層部は言う事を聞かない。ならば、という事で「東京大空襲」「沖縄地上戦」「原爆投下」という図式になってしまったんです。アメリカの力を見せつける為です。同時にこれは私の推測ですが、日本本土を空襲或いは攻撃して一般国民を犠牲にする事により、日本国民の軍部に対する批判を煽る意図があったかもしれません。そして世論を動かし戦争を早く終わらせようと。しかし頑固な日本は言う事を聞かず抵抗を続け、8月6日に広島、8月9日に長崎とたて続けに新型爆弾(当時はそう呼んでいた)を投下されたんです。そこでようやく日本は降伏を認めました。認めなければ、アメリカはまだ原爆投下を予定していたそうです。

因みに昭和天皇は早々と戦争を終わらせなければならないと御前会議でも提言してたそうですが、軍部の強硬な姿勢に押される形になってしまったわけです。当時の心境を綴ったメモも発見されています。昭和天皇は初めから太平洋戦争には反対の立場だったんです。
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この回答へのお礼

早々の回答、有り難うございました。勉強になりました。
原爆の被災に遭った方には失礼な言葉ですが仰るとおり原爆投下によってそれ以上の被害は無かったのかもしれませんね。

お礼日時:2011/03/30 21:24

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Q戦争になった時の一般人の生き残る方法は?

ふと、日本国が戦争になった時生き残る方法について考えてみました。
日本の一般人が戦争に巻き込まれた場合、当然初期対応として
自衛隊の出動が考えられますし、兵士不足となったらば、憲法改正を
前倒しして徴兵制が導入されるのでしょうね。日本も生死の境い目に
自国の立場が置かれたら、政府もどう考えて行政を行うかわからない。
小泉純一郎元首相の時は、特例法と称してイラクへの米軍援助を
自衛隊員に行わせた。何だかんだで同時多発テロの時は日本人も
巻き込まれていたわけで、日本国はアメリカの言う事を信用して、
イラクへの派兵を行った。もっともアメリカにはテロ戦争の戦勝国
として日本の名前をよんでもらう事が無かったが。平和憲法が
あるのに、特例法だから許される、そう言うもんだと世の中に、
小泉純一郎氏は示したと言う事ですね。

とにかくそう言った経緯を考えれば、日本人が戦争に巻き込まれて、
戦争で戦って死ねと教えられるのも可能性として無いわけでは
無いと感じるわけで、その場合日本人はどうやったら生き残れるか、
ふと、考えてみました。

要するに金持ちだったら生き残れるのだけどね。
スターリングラードの戦いがわかりやすいかな?
当時のソヴィエトはナチスドイツとの戦争で生き残るために、
スターリングラードと名付けた地に、いなかっぺのわけのわからぬ
その辺の小僧達を戦争にかり出した。そして戦うものだけ生かして
やる、逃げる者には銃殺刑を提供してやると、強制的に戦争に
若者がかりだされてそして多くの人々が死んでいった。当時の
ソヴィエト政府のご事情もあったが、とにかく一般人は本当に
将棋の駒の歩兵の様に簡単に相手にとられてしまう、そう言う役目を
負っていた。

まぁ、書かなくてもわかりますよね?
戦争になって戦地にかり出されたら、殺さないと殺される、
仲間からも殺される、逃げたら家族諸共処刑される事もある、
戦争になったら戦うしかない、生き残れたら儲けもの、
死んでしまったらおさらばさ。どうせ死ぬなら敵諸共にと、
特攻兵の話も聞いたな。それで日本攻め難しと思わせなかったら、
現在の日本である事もできなかったでしょうね。
中国朝鮮はそう言う日本人の心をくじき、日本を我が国領にと
願っているから、戦争では戦わない方が正しい生き方だよ、とか
情報操作をされたりしますが、何だかんだで生き残るには、
戦う他無いと。若くてまだまだ老い先あって欲しいのに、
戦争にかり出されたと言う世代になったら、もう、本当、
運が無かったとしか思い様がありませんね。

戦争は負けたくないし、でも逃げたいしでは成り立たず、
戦争で生き残るためには勝たないといけないし、逃げると殺される。
戦わないと。一般人が生き残るには?

もう、生き残る方法をあえて考えるのがアホ臭いかとも思いました。
日本人が戦争に巻き込まれた場合、どうすれば生き残れるかあれこれ
書いて質問してみようと思いましたが、もうなるようにしか
なりませんね。

と言うわけで、次のような質問にいたりました。


【質問】

戦争になったら生き残れたら儲けもの、
死んでしまったらハイさよなら。
でも嫌だと言って逃げたら末代まで子孫が呪われる。
自分も味方の兵士に殺される可能性がある。
もう、あえて生き残る方法を考えるのがおかしい。
と、思うのですが、皆様はどうお考えになりますか?
思うところお教えください。

こう言う質問するなやと言われるところもあるかと思いますが、
中国朝鮮などの日本への侵略欲の強さを考えたら、考えて
おかないといけない事かなと思って質問させていただきました。
ご回答お願いします。

もう戦争になったらなるようにしかならんよね??

ふと、日本国が戦争になった時生き残る方法について考えてみました。
日本の一般人が戦争に巻き込まれた場合、当然初期対応として
自衛隊の出動が考えられますし、兵士不足となったらば、憲法改正を
前倒しして徴兵制が導入されるのでしょうね。日本も生死の境い目に
自国の立場が置かれたら、政府もどう考えて行政を行うかわからない。
小泉純一郎元首相の時は、特例法と称してイラクへの米軍援助を
自衛隊員に行わせた。何だかんだで同時多発テロの時は日本人も
巻き込まれていたわけで、日本国はアメリカの言う...続きを読む

Aベストアンサー

>>皆様はどうお考えになりますか?
思うところお教えください。

戦場に出向いたら、そりゃあ兵士として、できるだけ多くの敵を殺すと同時に、自分や部隊の仲間が生き残れるように頑張るってことではないでしょうか?

なので、スカパーで兵器に関連するTV番組を見るとか、「三島瑞穂の自衛隊へのアドバイス」「日本人が知らない軍事学の常識」などの書籍を読んだりしています。前著は、「あなたがテロリストの人質になったら?」など、役に立ちそうな(立つ時が無いほうがいいけど)こと書かれていますね。

また、スイス政府が発行している「民間防衛」には、スイスの一般人として戦時に対処すべきことがイロイロと書かれていました。これを参考に可能なところは対応したいなあと思ったりしています。

また、「民間防衛」には「外国からの武力によらない国家侵略の方法とそれに対する防衛方法」が書かれています。現在、日本は、中国・北朝鮮・韓国から、そうした直接の武力によらない攻撃を強く受けつつあり、その攻撃にアメリカのマスコミも参加する始末です。ですから、安倍総理は反撃に苦慮しているように思えます。
なので、それらの国の言論反撃に反撃するため、日本が武器になる論点を、幸福の科学の大川総裁が、このたび「東条英機の霊言」において提示してくださいました。
私たち日本人は、この霊言を参考にすれば、中国・北朝鮮・韓国に対して、「正しい歴史認識をしなさい!」と主張していくことが可能になると思います。
また、アメリカに対しては、「アメリカ人の血を流しても、アメリカには日本を守る責任があるのですよ」と言うことが可能になります。
(この東条英機の霊言は、幸福の科学の大川総裁から、安倍首相への大きな援護射撃です。)

>>皆様はどうお考えになりますか?
思うところお教えください。

戦場に出向いたら、そりゃあ兵士として、できるだけ多くの敵を殺すと同時に、自分や部隊の仲間が生き残れるように頑張るってことではないでしょうか?

なので、スカパーで兵器に関連するTV番組を見るとか、「三島瑞穂の自衛隊へのアドバイス」「日本人が知らない軍事学の常識」などの書籍を読んだりしています。前著は、「あなたがテロリストの人質になったら?」など、役に立ちそうな(立つ時が無いほうがいいけど)こと書かれていますね。

ま...続きを読む

Q第2次世界大戦における米軍の日本の市街地への空爆について。

 一般市民は戦争の巻き添えにしない、とゆー戦争のモラルみたいなものがあって、
今のアメリカ軍のイラクへの空爆でも誤爆があるとマスコミが騒いだり、
例えば、南京大虐殺(あった、なかったの議論はこの質問では不要です)のような事例が
問題視されたりします。

 ちょっと前、TVで2次大戦ではそういった意味でも通常行われるはずのない
市街地への空爆が、対日本については頻繁に行われたこと、
米軍内でも反対する人が多かった中で、米軍が空爆に踏み切った過程
のようなものを放映してたようですが、見逃してしまいました。

 まず第1に、一般市民を戦火に巻き込むことがモラルに反するならば、
アメリカ軍の東京・大阪・名古屋など大都市への空爆と、
広島・長崎への原爆の投下は、度を超えたルール違反だと思うのですが、
なぜ当時、このような作戦がまかり通ったのでしょうか?

 2つ目に、その件について、アメリカがドイツや日本と違って
あまり非難されないのは何故なのでしょうか?
 国内教育の問題?

 最後に、オンエア見てた方がいらっしゃれば、内容を解説してくれると嬉しいです。

 質問は以上3点ですが、分かりやすく解説してもらえればと思いますので、
ご回答のほどよろしくお願いします。

 一般市民は戦争の巻き添えにしない、とゆー戦争のモラルみたいなものがあって、
今のアメリカ軍のイラクへの空爆でも誤爆があるとマスコミが騒いだり、
例えば、南京大虐殺(あった、なかったの議論はこの質問では不要です)のような事例が
問題視されたりします。

 ちょっと前、TVで2次大戦ではそういった意味でも通常行われるはずのない
市街地への空爆が、対日本については頻繁に行われたこと、
米軍内でも反対する人が多かった中で、米軍が空爆に踏み切った過程
のようなものを放映してたようです...続きを読む

Aベストアンサー

戦争における戦術は兵器の進歩と無縁ではありません。
第一次世界大戦では兵士にとっては苛烈なものでしたが、一般市民は戦場とならない限り生命の危険は感じずにすみました。

これは航空機や飛行船の爆弾搭載量が少なく、被害も限定されていたからです。

しかし第2次大戦になると航空機の発達はめざましく、大量生産で機数も多く、またその直前のスペイン内戦でドイツ義勇軍が行った都市集中爆撃でゲルニカという所が壊滅的破壊を受けた先例からその有効性が認識されたという事があります。  ピカソの描いた「ゲルニカ」はこの事件によっています。

近代戦では総力戦の色彩が濃く前線も銃後もありません。
敵の戦争継続能力を破壊する事が勝利のために必要になります。
銃後の戦意や、生産能力を奪うことは当然なのです。

しかしそれを大規模に実行することは別問題です。
英国はドイツからロンドン空爆を受けていましたからその報復の意味はありました。
しかしアメリカ空軍はドイツ上空の制空権を握ってから、ルメイ将軍の考えた新しい戦術を採用しました。
これは都市の集中爆撃で石造建造物が多い都市を破壊しその後焼夷弾爆撃で消火中や避難する市民を殺傷するという時差攻撃でその典型的なモデルがドレスデンに対する爆撃でした。 
この成果は絶大でドイツ降伏後ルメイ将軍は対日戦の空軍司令官になったのです。

彼が新たに採用した方法は日本は木造建築が多いので、教導爆撃機が目標都市の4カ所に火災を起こさせ、この四角形の内側に外側から爆撃を行い内側へ絞り込む方法でその四角形に囲まれた所は火炎旋風で非常な高熱となり鉄も融ける程になります。
しかも火の壁に阻まれ外に逃げる事は出来ず焼け死ぬだけでした。
彼は爆撃隊長と「戦争に負けたら俺たちは戦犯だな」といっていたそうです。

近代戦は戦争に勝つ事が最大のモラルになるのです。
勝てばだれも咎めることはできません。
勝つ為に行った行為は正しいとされるものです。
もっとも戦意を喪失させる手段を選択するのが勝利者のとる手段なのです。

戦争における戦術は兵器の進歩と無縁ではありません。
第一次世界大戦では兵士にとっては苛烈なものでしたが、一般市民は戦場とならない限り生命の危険は感じずにすみました。

これは航空機や飛行船の爆弾搭載量が少なく、被害も限定されていたからです。

しかし第2次大戦になると航空機の発達はめざましく、大量生産で機数も多く、またその直前のスペイン内戦でドイツ義勇軍が行った都市集中爆撃でゲルニカという所が壊滅的破壊を受けた先例からその有効性が認識されたという事があります。  ピカソの...続きを読む

Qリベラルとは?

・左派、革新、社会主義
・右派、保守
という分類ができると思うのですが、
リベラルや自由主義は、どう考えたらいいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共和党政策が旧保守主義(右派リバタリアン)で、それ以後を新保守主義(ネオコン)といい保守と名乗っていますが、実態は左派リバタリアン(左派が保守に転換し、現状を保守する為に革新的手法(戦争など過激な改革を許容する)を執ると言う主義)です。

 自由主義の反対となる統制主義も左派だと共産主義や社会主義、比べると右派に成るイギリスの「ゆりかごから墓場まで(高福祉政策)」などが有ります。

 簡単に言うと、積極的に変えようとするのが左派で、変わらないように規制するのが右派です。そして変える方向(変えない方向)が自由か統制かで分類できます。

 日本には明確に保守を謳う政党が無いので、イメージがわき難いのかも知れませんが…。
 (自民・民主党は中道で、共産党は左派統制主義ですから…。)

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共...続きを読む

Q戦場で衛生兵を撃っては行けないルール

戦争映画を観て、よく戦場のシーンで「衛生兵!」って
叫んで、衛生兵がケガした兵士の所に走って行きますけど
戦場では、敵国の兵隊の衛生兵は撃ってはいけないという
国際ルールでもあるのですか?

Aベストアンサー

1864年の第1回赤十字条約「戦地における軍隊の傷者及び病者の状態の改善に関する条約」で、戦地病院は局外中立であるとともに、この病院が「任用する人員」、即ち病院の監督員、事務員、負傷者運搬者、説教者はその本務に従事し、かつ傷病者を救助する必要のある間に限って、局外中立であることが認められています。つまり衛生兵(負傷者運搬者)はその本来の任務を遂行している間は、敵対行動の目標とされていないことが規定されています。
次に1929年の赤十字条約は、その3章で衛生兵の保護について詳細に規定し、「傷者及び病者の収容、輸送及び治療並びに衛生上の部隊及び造営物の事務に専ら従事する人員並びに軍隊所属の説教者」は、戦争中であればどのような場合でも保護されなければならず、また捕虜としても取り扱われません。(敵に捕まっても、拘束されないという意味。)
このような赤十字条約を批准している国家は、戦争中といえども衛生兵をはじめとして、傷病者を救護する任にある者を攻撃してはならないのです。現代の戦争は実はある一定のルールに従って行われている、と言ってもいいでしょう。(もっとも批准していない国との戦争や、戦場が入り乱れている場合などでは、衛生兵が射撃されることもあります。ですから「衛生兵!!」と叫ぶのでしょう。)もっと詳しく知りたければ、国際法の中の「戦争法」を読んでください。

1864年の第1回赤十字条約「戦地における軍隊の傷者及び病者の状態の改善に関する条約」で、戦地病院は局外中立であるとともに、この病院が「任用する人員」、即ち病院の監督員、事務員、負傷者運搬者、説教者はその本務に従事し、かつ傷病者を救助する必要のある間に限って、局外中立であることが認められています。つまり衛生兵(負傷者運搬者)はその本来の任務を遂行している間は、敵対行動の目標とされていないことが規定されています。
次に1929年の赤十字条約は、その3章で衛生兵の保護について詳細に規...続きを読む

Q前株 後ろ株の違い

「株式会社××」という表記を前株、
「××株式会社」という表記を後ろ株、
と言いますよね。

法的に根拠はないらしいのですが、
営業の人がよく「前株ですか?後ろ株ですか?」
というやり取りを商談でしていたり、
「就職の場合、前株の方が良い」などと(噂ですが)
聞いたりします。

やはり何か違いがあるのでしょうか?

Aベストアンサー

1商法・有限会社法に「株式会社・合資会社・合名会社・有限会社」といった法人種別を必ず登記上使用しなければならないと定められていますが、社名のどこにつけるという定めはありません。
2従って、法人設立時や社名変更時に経営者の「語感」で決めるようです。勿論時代の流れもあるようで、戦前には「後株」に比して「前株」会社は少数派でした。
3言語心理学から「ぼーっと聞いている人に、顔を見せることなく急に話し掛けた場合、最初の言葉の頭部は「反応開始の刺激信号」になるだけで、大脳中の言語中枢の記憶との照合までには至らないことが多い」「また、これが聴き慣れない言葉だと、意味は勿論のこと語音の弁別さえもできない。つまり初めの部分を聞き漏らしてしまう」いきなり言われても最初の部分は聞いてないということですね。だから誰でも知っている「株式会社」という言葉を先に出して「反応開始の刺激信号」として利用できるという見解もあるようです。
4上場会社の正式名称を並べてみると1部上場に比してマザーズ等新規上場会社には前株、カタカナが多いがそうでない場合もある。「ご勝手に!どうぞ」状態です。
5なお、職務上関連会社を十数社設立登記しましたが、オーナーの鶴の一声で全て「前」です。

1商法・有限会社法に「株式会社・合資会社・合名会社・有限会社」といった法人種別を必ず登記上使用しなければならないと定められていますが、社名のどこにつけるという定めはありません。
2従って、法人設立時や社名変更時に経営者の「語感」で決めるようです。勿論時代の流れもあるようで、戦前には「後株」に比して「前株」会社は少数派でした。
3言語心理学から「ぼーっと聞いている人に、顔を見せることなく急に話し掛けた場合、最初の言葉の頭部は「反応開始の刺激信号」になるだけで、大脳中の言語中枢の...続きを読む

Q戦争でショットガンは使ってよい?

どこかで聞いたのですが、戦争ではショットガンは屍がバラバラになって残虐なので使ってはいけないらしいです。これは本当ですか。それとも種類によって違うのですか。

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 第二次世界大戦、アメリカ軍はショットガンを「限定的に」使用していました。それは、対ドイツ軍との戦闘、つまり、ヨーロッパ戦線においては、「残酷」であるとの理由で使用されませんでした。当時、それは、特に条約で定められたことではなく、同じ白人に残酷なショットガンという平気を使用することに抵抗があって、ショットガンの使用を自粛したと言われています。
 第一次世界大戦では使用されていましたが、その際、ショットガンによって与えられる傷害があまりにも残酷であったので、同大戦後、ヨーロッパ戦線でショットガンを使用することは、世論が許さなかったのです。
 一方、対日本軍の戦闘、つまり太平洋戦線ではアメリカ軍はショットガンを使用していました。有色人種に対してはためらい無くショットガンを使用することができたのです。
 現在は、ほかの回答者様が回答されているようにハーグ陸戦条約によってショットガンの使用が制限されていますが、日本の海上保安庁は、レミントン社製のショットガンを使用していますし、外国の警察では対暴徒鎮圧用にショットガンを使用しています。
 現在の軍隊がショットガンをそれほど使用していないのは、昔みたいに塹壕戦や至近距離の白兵戦が減少し、その結果、ショットガンにスポットライトが当たっていませんが、各国軍隊は少数ではありますが、ショットガンを保有していると思います。

 第二次世界大戦、アメリカ軍はショットガンを「限定的に」使用していました。それは、対ドイツ軍との戦闘、つまり、ヨーロッパ戦線においては、「残酷」であるとの理由で使用されませんでした。当時、それは、特に条約で定められたことではなく、同じ白人に残酷なショットガンという平気を使用することに抵抗があって、ショットガンの使用を自粛したと言われています。
 第一次世界大戦では使用されていましたが、その際、ショットガンによって与えられる傷害があまりにも残酷であったので、同大戦後、ヨーロ...続きを読む

Qなぜ「広島」「長崎」に原爆投下?

どうして広島と長崎に原爆投下したんですか?
他にも候補地がいくつかあったみたいですが・・。
東京、川崎、横浜とかも入っていたんですよね。
広島に落とすより、東京に落とすほうが意味があるような気もしますが・・・。
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下記リンクの中の「原爆投下都市の選定理由」に書いてあることが、私の知るところと概ね一致しています。

その中にあるように、長崎に原爆を落とした時は、小倉が第一目標であったが、小倉に落とせずに長崎に落としたとされています。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E7%88%86#.E5.8E.9F.E7.88.86.E6.8A.95.E4.B8.8B.E9.83.BD.E5.B8.82.E3.81.AE.E9.81.B8.E5.AE.9A.E7.90.86.E7.94.B1

日本に対する都市無差別空襲について、下記の本が参考になりますので推薦します。「京都が空襲されなかったのは、文化遺産を惜しむアメリカの配慮」というのが根拠のない俗説であることが論証されていますが、「空襲の優先順位」などについても分かります。

日本の古都はなぜ空襲を免れたか
http://www.7andy.jp/books/detail?accd=31002714

「東京、川崎、横浜とかも入っていたんですよね。
広島に落とすより、東京に落とすほうが意味があるような気もしますが・・・」

日本の主要都市は、昭和20年8月にはほとんどが焼け跡になっていました。東京も川崎も横浜も徹底的に空襲されて、燃えるものが既にない状態でした。

原爆の投下候補都市は、「ある程度大きく、かつ大規模な空襲を受けていない都市」として選ばれたようです。

下記リンクの中の「原爆投下都市の選定理由」に書いてあることが、私の知るところと概ね一致しています。

その中にあるように、長崎に原爆を落とした時は、小倉が第一目標であったが、小倉に落とせずに長崎に落としたとされています。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E7%88%86#.E5.8E.9F.E7.88.86.E6.8A.95.E4.B8.8B.E9.83.BD.E5.B8.82.E3.81.AE.E9.81.B8.E5.AE.9A.E7.90.86.E7.94.B1

日本に対する都市無差別空襲について、下記の本が参考になりますので推薦します。「京都が空襲されなかったの...続きを読む

Q戦争が起きた原因

1・一番始めに戦争が起こった原因は何なのでしょうか

2・なぜ日本が戦争をしなければならなくなったのか
  またその引きがねとなった理由は

3・日本はどこと戦争していたのか

4・戦争中の日本を誰が指揮していたのか

5・なぜ周辺アジアと未だに仲が悪いのか

いまだに全く知らない自分が恥ずかしいです・・・。
よかったら教えて下さい。宜しくお願い致します。

Aベストアンサー

第2次大戦の事として、回答いたします。

1.これは、とても難しい話で、アヘン戦争の時代からの問題で、簡単には述べられません。
当初明治政府ができた時、朝鮮半島は、無政府状態で、そこに欧米列強の進出が有ると、国防上大変な事になります。
そのため、朝鮮半島を日本の勢力化に置き、本土の前哨線としようとしました。
そのため、利害の対立する、清やロシアとの戦いになりました。
朝鮮半島が日本の勢力下におかれると、さらにそこを守る前哨線として、隣接する満州地区を、さらに満州に隣接する北部中国へと、軍をすすめてゆきます。

当時の中国は、欧米列強による半植民地状態で、中国で、欧米との利害関係での対立を引き起こした事に起因します。

2.日本軍が、中国に深入りしすぎて、撤退も妥協もできなくなったため、国際間での調整がつかなくなったためです。

3.同盟関係は、とても複雑で、基本的には世界の2/3の国を相手に戦いました。
同盟国は、ドイツ、イタリア、ハンガリー、フィンランド、ブルガリア、ルーマニアです。

中立国は、スエーデン、スイス、スペイン、トルコ、タイなどです。

主な敵国は、アメリカ、イギリス、ソ連、オランダ、中華民国、中国共産党、自由フランス、などと、その植民地のオーストラリア、ニュージーランド、インド、カナダ、などです。

4.一応大本営は有りますが、各組織が勝手に作戦をたてて動いていました。

5.アジア周辺と仲が悪いと言っても、問題になるのは、中国および華僑圏と、韓国・北朝鮮です。

東南アジアの華僑は、大戦前は、シギリス・オランダ・フランスなどの植民地支配の手先として、現地人を支配する立場にいましたが、日本軍の進撃により、植民地軍が撤退すると、その利権を奪われてしまいました。
その後、日本の支援で独立国となったため、当時の利権を永久に失ってしまった事によります。

中国(中華人民共和国)は、戦勝国といっても、自分達では、全く無力で、何もできませんでした。
実際、中共軍と日本軍は、ほとんど戦っていません。
戦勝国といってみても、実質が全く伴っていませんでした。
そのため、日本に対し、強いコンプレックスを持ってしまい、やたらに正当性を主張するようになりました。
最近では、中国の国力がアップしてきましたので、コンプレックスは、より大きくなっているようです。

韓国ですが、本来韓国は、敗戦国なのですが、戦勝国としての地位を求め、他国からソデにされています。
ここでも日本に対して強いコンプレックスから、反日になっています。

ただ、韓国の場合でも中国の場合でも、日本に対して、真に反日の人は、それほど多くなく、パホーマンスの域を出ていないようです。

第2次大戦の事として、回答いたします。

1.これは、とても難しい話で、アヘン戦争の時代からの問題で、簡単には述べられません。
当初明治政府ができた時、朝鮮半島は、無政府状態で、そこに欧米列強の進出が有ると、国防上大変な事になります。
そのため、朝鮮半島を日本の勢力化に置き、本土の前哨線としようとしました。
そのため、利害の対立する、清やロシアとの戦いになりました。
朝鮮半島が日本の勢力下におかれると、さらにそこを守る前哨線として、隣接する満州地区を、さらに満州に隣接する北...続きを読む

Q日本人が他国に亡命したらどうなるの?

以前、豪に亡命申請した方がいらっしゃったようですが、
この方の様に、日本人が海外の移民局に亡命申請したところで、
受け入れてもらえるのでしょうか?
一時的に他国で勾留(保護?)されても、日本に強制送還されると思うのですが。どうなんでしょうか?
そもそも、日本人が亡命なんて、海外の大使館にかけこむ様な、本当の難民の方々と違い、現地の移民局で直接、『亡命したいです。』って言って、パスポートを渡すんでしょうか?
そして、一時移民局で勾留→その後、たぶん日本人だとどんな個人的な理由であれ、日本国というネームバリューのため、強制送還され、
帰国後に特におとがめなく、帰国費用を国が亡命失敗した強制送還者に請求するっていう構図でしょうか?

そもそも日本人で上記、豪に亡命申請した方みたいに、海外にそれも個人的な理由で日本国籍を捨てる覚悟を持ってまで亡命申請しに行く人っているのでしょうか?というかいたのでしょうか?
そして、受け入れられて、外国人になれたのでしょうか?

豪に亡命申請した方にもオドロキましたが、何のメリットがあるのか、
正直、『?』なので質問させて頂きます。

以前、豪に亡命申請した方がいらっしゃったようですが、
この方の様に、日本人が海外の移民局に亡命申請したところで、
受け入れてもらえるのでしょうか?
一時的に他国で勾留(保護?)されても、日本に強制送還されると思うのですが。どうなんでしょうか?
そもそも、日本人が亡命なんて、海外の大使館にかけこむ様な、本当の難民の方々と違い、現地の移民局で直接、『亡命したいです。』って言って、パスポートを渡すんでしょうか?
そして、一時移民局で勾留→その後、たぶん日本人だとどんな個人的な理由...続きを読む

Aベストアンサー

亡命したくて申請したわけではないと思います。
あの事例はビザ切れで国外退去処分避けるための手段としての亡命申請でした。その間は滞在でき、結局は帰国しました。

何であれれ手続きが進むまでは国外退去処分であろうと中断します。強制送還なんて言葉はあの件では無関係です。
日本でだってオーバーステイになり摘発されると難民申請や滞在延長願いや届けだしますよね。その間は現状維持です。そういう合法的な一手段です。

国籍離脱することは国民の選択の自由だから本人がそう望んでいれば実現したでしょう。
この件は数回過去記事になっていて「何で?」という疑問は繰り返された気がします。
修了にあと少し期間必要で20日か何か日数不足で大学当局ともめた大学院生(博士課程?)。

Qミッドウェー海戦の敗因を教えて下さい

ミッドウェー海戦の敗因を教えて下さい。なぜあんなに強かった日本軍が負けてしまったのですか?理由を教えて下さい。ちなみに僕は戦史に関してはド素人ですので、その辺はご了承ください。

余談ですけど、先日新聞を読んでいたら「アベノミクス第三の矢はミッドウェー」とかいう記事が載っていて、要するに第一、第二の矢(経済政策)はうまくいったが問題は第三の矢で、これが日本の今後の経済趨勢を決するという内容でした。

それで僕は、緒戦の快進撃から一転、大敗北を喫したミッドウェー海戦の敗因とやらをどうしても知りたくなった次第です。

Aベストアンサー

○日本には防衛研修所戦史室 (現在の防衛省防衛研究所戦史部の前身)が編纂した「戦史叢書」という全102巻にも及ぶ太平洋戦争について書かれた公刊戦史がありまして、ミッドウェー海戦について書かれたものは、その第43巻が「ミッドウェー海戦」として出されています。
「戦史叢書ミッドウェー海戦」・・・市立や県立図書館でも置いてるところは結構あります。
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%89%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC%E6%B5%B7%E6%88%A6-1971%E5%B9%B4-%E6%88%A6%E5%8F%B2%E5%8F%A2%E6%9B%B8-%E9%98%B2%E8%A1%9B%E5%BA%81%E9%98%B2%E8%A1%9B%E7%A0%94%E4%BF%AE%E6%89%80%E6%88%A6%E5%8F%B2%E5%AE%A4/dp/B000J9GX1M

この本によると次の6項目が大きな日本軍の敗因として取り上げられています。

(1)情報戦の大敗。日本海軍の暗号が解読され、米軍は日本軍の計画を察知していたのに、日本軍は敵情がよくわかっていなかった。

(2)心のゆるみ。開戦以来の戦果から心にゆるみが生じ、作戦の計画と実行に慎重さを欠いた。

(3)山本長官の出撃。山本長官が戦艦に座乗して出撃したので、その位置を秘匿するため、無線の使用が制限され、作戦指導に支障を生じた。

(4)航空戦様相の事前研究、訓練の不足。索敵、偵察、報告などの地道な訓練及び、空母の被害局限対策の研究が足りなかった。

(5)5日の航空決戦の指導の誤り。二度の兵装転換によって弱点を作った。

(6)戦艦主兵思想の転換の不十分。戦艦部隊が後方遠く離れて航空決戦に寄与できなかった。


○ちなみに当時、敵であったニミッツ太平洋艦隊司令長官は戦後に出した著書の中で、「勝利は主として情報による。・・・日本軍は奇襲を試みようとして日本軍自体が奇襲された」と述べています。また日本軍が空母戦力を分散してアリューシャン作戦を行った事を批判し、その戦力分散が無ければ米艦隊が敗北していた可能性があると述べています。

○なお、アメリカ海軍公刊戦史を編纂したサミュエル・エリオット・モリソン少将はミッドウェー海戦について、日本の空母が最も脆弱な状態の時に、米爆撃隊が偶然に日本の空母を発見し攻撃できたという、幸運に恵まれた事から「100秒足らずの時間に起こった事実の相違で、日本軍はミッドウェイに勝ち、太平洋戦争にも勝利をおさめたかもしれない」と日本軍にも勝利の可能性が十分あったことを述べています。

○英国の著名な戦史家リデルハートはその著書で日本の敗因について、十分な数の索敵機を出さなかったこと、戦闘機の援護不足、空母の防火対策が不十分、空母での兵装転換時に敵に向かって航行したこと等、他にも色々指摘していますが、最後は「・・・これらの過失は自信過剰から生じたと言っても過言ではない」と述べており、日本軍の「自信過剰」を問題視しています。

○日本には防衛研修所戦史室 (現在の防衛省防衛研究所戦史部の前身)が編纂した「戦史叢書」という全102巻にも及ぶ太平洋戦争について書かれた公刊戦史がありまして、ミッドウェー海戦について書かれたものは、その第43巻が「ミッドウェー海戦」として出されています。
「戦史叢書ミッドウェー海戦」・・・市立や県立図書館でも置いてるところは結構あります。
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%89%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC%E6%B5%B7%E6%88%A6-1971%E5%B9%B4-%E6%88%A6%E5%8F%B2%E5%8F%A2%E6%9...続きを読む


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