自殺とは、何ですか?
自分の生命を自ら絶つその行為の意味は、一体何なのでしょう?

自殺について、思うところがあれば何でも回答を下さい。
どのような立場の人でも構いません、あなたの考える「自殺」とは何か、
聞いてみたいのです。

ちなみに私は、学問としての哲学の素養が無い素人なので、専門的な用語などは
殆どわかりません。できれば私のような人間にも了解しうるやりかたで、回答を
お願いします。

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A 回答 (15件中11~15件)

自殺にはいいと思いません。

私はそのような方はこの世から逃げていると思うのですが、仮にあの世があるならば,この世を嫌だから,と逃げだしても,あの世で「この世は嫌だから,また自殺をするのではないでしょうか。」、逃げていたはなにも解決しないと思います。それを乗り越えてこと生きる価値があると思いますし,例え失敗しても,やりとおしたことで満足感と自身が沸いてくると思いますが 
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この回答へのお礼

ご回答、有難うございます。

searchingboyさんの考える、自殺の是非はわかりました。
しかしその前に、自殺者は何故自殺しようとするのか、ということを
考えられたでしょうか?「それを乗り越えてこそ生きる価値がある」
という節がありますが、自殺者は、生きることに価値を見出せないの
だから、自殺と言う行為に出うるのではないでしょうか。まぁ、これは
私個人の考え方ですから、他にも自殺の条件的なものはあるのでしょうが。
すこし、その箇所が気になったので、失礼を承知しつつ言わせてもらい
ました。

お礼日時:2001/04/23 00:32

自殺。

年間三万人の人が自殺するそうですね。
すごい数ですよねぇ。
私(♀)自身は、自殺について否定はしません。

今まで自殺しようか、と漠然と考えたことは何回も
あります。その時の心理を今思い出すと、
「この世に自分が生きる場所はない、
 この世に自分は必要ない、自分の嫌な面は治らない、
 生きていて申し訳無い、この先いいことなんか無い」
・・・という絶望感のみでしたね。行為に意味はない。

なぜそこで死ななかったんだろうか?と考えると、
やっぱり心のどこかで「またいいことあるさ」って
部分があったんでしょうね。死ぬの怖いし。お腹すいたし、家に帰ろう、ってとこでしたね。

私の知人で今まで二人自殺者がいます。
彼らに共通することは、「恨み」でしたね。
恨みながら死んでいきました。二人とも優しくて
正義感が強く、正直な人でした。それが故に、
自殺によってこの世の不条理と決別するしかなかった
のかな。
この世には納得できないこと、いくら自分が正しくても
どうにもならないことが山ほどありますよね。
彼らの場合の自殺の意味は、自分のプライドみたいな物
だったんじゃないかと私は思っています。
 
絶望感、厭世感、もうひとつは自分の最後のプライドを
守る為、というのが自殺の意味?かなぁ。
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この回答へのお礼

自殺された知人が、二人もおられるとは…。

言葉を失ってしまいます。
確かに、この世の中、正直者が馬鹿を見る、というような部分もありますね。
世の中と自分の信念との行き違いが、一人の人を執拗に苦しめることはあります
よね。しかし信念は譲れない…。このような葛藤が、gokigenさんの知人を
追い込んだのかも知れませんね。無論、私はその方々を知らないので、何とも
適当な物言いになってしまいますが、立派な方たちだったのでしょう。そのような
方々の生き様を見て、プライドを守るため、という考えを持たれるのは、何とな
くわかる気がします。

有難うございました。

お礼日時:2001/04/22 02:20

こんにちわ。


こういうテーマって本筋見失う事多いのですが
まず、生は自分のものと考えていいですか?
また、他人に干渉を受けない。
「身寄りのない老人、山上の仙人、誰も面会に来ない死刑囚」このような人には残された者自体がいないか
悲しまないか。

「いいやっかいばらいができた」人は平気でいいます。人間を美化した上での質問か、個人として考えた場合の質問か定義していただけると有り難いです。

この回答への補足

こんにちは、kierkeさん。

>まず、生は自分のものと考えていいですか?
はい。そう考えてくださったほうが良いかと思います。自分ではない何かに、
生の立脚地を還元してしまうと、質問をした私自身、ややこしくなりすぎて
本筋を見失いかねません。生とは何か、自分とは何か問うこと、確かにこの問題
を考えるうえで必要なことだと思います。kierkeさんのように"考える"こと
を大切にする人にとって、そのことを放置したまま、「自殺」について論じる
ことは我慢ならないかもしれませんが、それは今のkierkeさん自身の立場に
基づいて考えてもらって結構です。

>他人に干渉を受けない。
それもまた、kierkeさんの立場に還元して考えてもらってほしいです。できる
なら、今のkierkeさん自身の、一般化されない考え方を聞いてみたいです。
ですから、この質問、kierkeさん自身の、個人の問題として考えてくださって
結構です。というか寧ろ、その方が私にはいいかな。一般化してくださっても、
私の頭の中で、それを処理しきる自信が無いですから。従って、人間を美化しても
しなくても、kierkeさんの考え方に応じて、やり方を決めて下さって結構です。

補足日時:2001/04/22 02:04
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僕が思うには、


自殺をする人の精神状態は多分普通じゃありません!

すなわち、正常な状態ではおそらく自殺など怖くてできないでしょう!
だから、「僕は絶対に自殺しない!」とは言い切れないです。
だっていまこう話している状態はまぁ正常ですので
追い詰められ精神に異常をきたした状態になれば
正常の状態の論法は通用しないと思います!

僕個人の意見では、まぁ死にたくなくても人間は死ぬんだから
自殺するこたぁないよなぁ・・と年下の子が自殺したとういう
記事を見たとき思いますねぇ・・!
だけどそう思うことすら思い上がりかもしれません!
これが僕の意見です。参考になれば幸いです!
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この回答へのお礼

ご回答有難うございます。
言うまでも無く、「自殺」というのは敏感な問題ですから、慎重な態度で
考えなければならなくなりますね。

自殺者の精神状態、これは正常ではない…。私もそう思います。ですから、
精神的に弱いだの強いだの、という論理は自殺者には当てはまらない。
人にはそれぞれ、何にだって苦悩する理由があるはずですから。あるいは最初
から私の質問が的外れだって言っても良いかもしれないですが。まぁ、それは
そうとして、tappyさん自身の慎重な意見、有難うございます。

お礼日時:2001/04/22 01:45

 自殺が何なのかを考えるには、まず「死ぬことがなんなのか」を考える必要があるかも知れません。


 しかし、少なくとも生物は必ず死にます。とすると、自殺は「自らの意志によって死期を決定すること」だと言えます。
 憲法的に言うなら人は「生きる権利と義務」がありますから、純粋に悪いことです。しかし、考え方にもよりますね。

 次に、自殺の理由です。大きく分けて2つあります。それは「十分生きることに満足し、自分で生に幕を閉じたいから」と、「生きることに疲れ絶望し、生きていたくなくなったから」です。
 個人的には、前者に対しては条件付きで奨励します。その条件とは「自分の死と、死の経緯と、その理由を知って悲しむ者がいないこと」です。人生に満足し、死ぬことに後悔もなく、みんなに自信を持って「俺はいい人生を送った」と言えるようなら、それ以上の人生はありません。逆に「お疲れさま」と笑顔で見送りたいくらいです。
 しかし、後者は許せません。
 僕は若輩者で、本当に辛いことや悲しいことを経験したことはありません。しかし、いくら悲しいからと言って、悲しみや絶望に囚われたまま死んでいって、喜んでくれる人がいるでしょうか?そして自分はそのたった一つの人生に満足なのでしょうか?そんな答えは分かり切っています。
 そんな人はどう苦しもうと構いません。しかし、遺された者を苦しめることだけは許せません。許されません。たとえ自分の人生があまりに辛いものであっても、自分が理不尽に死んだとき悲しむ者がいるなら、せめてその人のためにも生きるべきです。頑張って生きても「不憫な人でした」と言われてもいい、「一生懸命生きて、後悔はしていないだろう」と思わせてあげなくてはなりません。そんな人たちのために、そんな自殺の仕方はしてはいけません。

 そんなところですね。

この回答への補足

ご回答、有難うございます。
自殺が果たして良い事なのか、否か、ということに関しては、曖昧な書き方
なので、Yuya_Tachibanaさんも、判断しかねているのだな、と考えておきます。

次に、自殺の理由についてです。確かに、残された人々には、非常に大きな
悲しみが与えられるでしょう。その悲しみというのは尋常ではないはずです。
そのことを考えると、自殺という行為は、他人に迷惑をかけるという意味で、
歓迎される行為でないことは確かですね。しかし、そのことが全ての自殺者に
通じるならば、自殺など無かったはずです。自殺者だって、残された者のことを
少しは案じ得る。しかし、それを通り越しても、自らの命を絶ちたいと考える
はずです。第一、どんなやり方、どんな経緯であろうとも、自殺という死の方法
からは、残された人々は一定以上の悲しみを得ずにはいられないはずです。残さ
れた人々が納得できる自殺など、果たして存在するのでしょうか。

補足日時:2001/04/22 01:06
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Q哲学の辞書か概説書 英語と日本語

あまり哲学に詳しくはないのですが、最近、英語の哲学関連の文献を読む機会があり、そもそもの用語の使い方からして、閉口しています。文献自体は、古代、中世哲学ではなく、近代、現代哲学に関わるものだと思うのですが、その分野もカバーしている英語の哲学の辞書(分厚い物である必要はありません)か、英語の概略書のようなものがあれば、教えて頂きたいと思います。
多少、古い辞書や文献でも構いません。
できれば、邦訳されているものであれば、両言語を確認できるので、なおよいですし、日本語の辞書、文献でも、英語での用語が載っているものであれば、意味があると思います。

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

廣松 渉 (編集)『 岩波哲学・思想事典』、岩波書店(http://www.amazon.co.jp/%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E5%93%B2%E5%AD%A6%E3%83%BB%E6%80%9D%E6%83%B3%E4%BA%8B%E5%85%B8-%E5%BB%A3%E6%9D%BE-%E6%B8%89/dp/4000800892/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1415798992&sr=8-1&keywords=%E5%93%B2%E5%AD%A6%E6%80%9D%E6%83%B3%E8%BE%9E%E5%85%B8)
古いですが、各語句に対応する英語を含めた外国語も載っています。


Ernest Sosa,(編集)“A Companion to Epistemology”,Blackwell Publishers(http://www.amazon.com/Companion-Epistemology-Blackwell-Companions-Philosophy/dp/0631192581/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1415798674&sr=8-1&keywords=A+Companion+to+Epistemology)
認識論中心ですが、辞書形式です。古いです。

山崎 正一(編集)『現代哲学事典』、講談社現代新書(http://www.amazon.co.jp/%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E5%93%B2%E5%AD%A6%E4%BA%8B%E5%85%B8-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E6%96%B0%E6%9B%B8-225-%E5%B1%B1%E5%B4%8E-%E6%AD%A3%E4%B8%80/dp/406115625X/ref=sr_1_fkmr1_2?ie=UTF8&qid=1415798208&sr=8-2-fkmr1&keywords=%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E5%93%B2%E5%AD%A6%E8%BE%9E%E5%85%B8%E3%80%80%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E3%80%80%E6%96%87%E5%BA%AB)
もっと古いです。外国語が載っていたか覚えていません。ただ、安価です。

廣松 渉 (編集)『 岩波哲学・思想事典』、岩波書店(http://www.amazon.co.jp/%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E5%93%B2%E5%AD%A6%E3%83%BB%E6%80%9D%E6%83%B3%E4%BA%8B%E5%85%B8-%E5%BB%A3%E6%9D%BE-%E6%B8%89/dp/4000800892/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1415798992&sr=8-1&keywords=%E5%93%B2%E5%AD%A6%E6%80%9D%E6%83%B3%E8%BE%9E%E5%85%B8)
古いですが、各語句に対応する英語を含めた外国語も載っています。


Ernest Sosa,(編集)“A Companion to Epistemology”,Blackwell Publishers(http://www.amazon.com/Companion-Epistem...続きを読む

Q学問の頂点に位置する哲学の役割

私は大学の物理学の教授から
『学問の頂点に立つのは哲学だ。哲学の発展なくして自然科学、物理学は現在に存在し得ない。』
と教わってきました。

私もアリストテレスの時代のエーテルや4元素説から、ロックの経験主義、ルソーの啓蒙思想などを経て、哲学の発展と共に自然科学が発展していたものと思っています。
もちろん時代を間違えた有能な科学者が日の目を見ることなく没することも多々ありましたが…
常に時代や科学の指針付けを行ってきたのが哲学だと考えています。

そして現在、自然科学では生命倫理、特許権争い、捏造、従来の定義での問題性(例えば心理学は科学か否か)など様々な問題が起きています。

今一度、哲学が自然科学の指針を導く重要な転機だと思います。

そこで
現代における哲学の自然科学における役割とはなんですか?
また現代科学の問題点にメスを入れるようなことは現在していますか?

Aベストアンサー

哲学無き科学は人を幸せにしないのだと思います。
経済学も国民が豊かになるように、と研究される場合人を幸せにしますが、いかに儲けるかを追求すると弱者から効率よく集金するシステムの考案につながります。医学も然り(人を幸せにする目的があるならどうして研究結果を捏造などできるでしょうか?多くの薬害や公害事件も忘れてはいけません)
アポロ計画やヒトゲノムの解読だって人を幸せにしなければ膨大な費用の割には何も残らないでしょう。

ですから
>現代における哲学の自然科学における役割
とは研究結果ではなく、研究目的に対して語られるべきだと思います。(研究者がその研究を始めるきっかけでも良いでしょう)
また既存の技術に対する活用指針ではないでしょうか。(遺伝子組み換えやヒトクローンは「できるか否か」のみならず「やるべきか否か」も考えねば人を幸せにできないと思います)

正しい哲学は科学に対する足かせではなく、科学の羅針盤となる事ができるのです。
どんなに科学が進歩しても研究/活用するのは人間だから、そして人間がどのように生きるかを考える学問が哲学だからです。

役割が終わったのは哲学ではなくイデオロギーでしょう。イデオロギーは科学を混乱させ研究結果を捻じ曲げるからです。(イデオロギーが絡んだ歴史学・考古学の珍妙さは説明するまでもありません)

>現代科学の問題点にメスを入れる
社会科学においてはあるでしょう。(貧富の差を生み拡大させる現在の経済学に対する批判とか)でも多くの哲学者は文系のせいか(?)あまり自然科学の分野においては発言していないかも知れません。

この神なき国にこそ、哲学が必要ではありませんか?
え?日本は神の国だって?昔はね。でも今はお天道様なんて知らないで、カネが全てという人ばかりですからね。

P.S.
その物理学の教授は謙虚な方ですね。普通はご自分の学問を持ち上げるものですが、その教授の発言が今ネットで別のディベートを生んだ、こういった智の連鎖は喜ぶべき事だと思います。

哲学無き科学は人を幸せにしないのだと思います。
経済学も国民が豊かになるように、と研究される場合人を幸せにしますが、いかに儲けるかを追求すると弱者から効率よく集金するシステムの考案につながります。医学も然り(人を幸せにする目的があるならどうして研究結果を捏造などできるでしょうか?多くの薬害や公害事件も忘れてはいけません)
アポロ計画やヒトゲノムの解読だって人を幸せにしなければ膨大な費用の割には何も残らないでしょう。

ですから
>現代における哲学の自然科学における役割
とは...続きを読む

Q英語での哲学問答サイト

 このOKウエブの哲学サイトのような問答を英語で出来る
 国際的なサイトをご存知の方教えていただけないでしょうか?
 たとえば、ハイデッガーやデカルトなど、訳本そのものが難解で
 日本語の問答では意味不明のものになっている過去の哲学者について
 なるべく原典に近い言語でQアンドAをしたいと思います。
 
 もしご存知の方おられたらよろしくご教示ください。
 

Aベストアンサー

初歩の哲学から難解な哲学まであって…
最初に確かレジスターで登録作業があるんです。

私には難解過ぎた部分があったのでチラ見でしか
なかったですが。(人物の名前すら一苦労)

英語に自信がおありなら覗く価値はあるかと
思います。よ。

参考URL:http://www.ilovephilosophy.com/phpbb/index.php

Q「役に立つ学問」「役に立たない学問」とは?

学問の存立する根拠は、「役に立つこと」のみに存しないのはいまさら言うまでもないと思います。しかし一方で「役に立つこと」が学問の契機になることもあります。古代エジプト人は、東方起源の学問を発達させながら、それを例えば測量術や建築術のような実用と決して離さなかったといわれます。しかし古代ギリシア人は、幾何学や哲学、その他の諸学を日常の実用から切り離して、日暮し天空を眺めてすごすような、純粋な精神的境地を開き、そうした境地が人生にとって「役に立つ」つまり意義深いと考えていたようです。
僕は大学で建築を学んでおり、大学院では建築論という建築の哲学みたいなことを研究します。なぜ建築するのか?などについてアリストテレスやウィトルウィウスの本を読み研究しています。こんな役に立たない学問を研究して意味があるのか?と言われるときがあります。大学は役に立たないといわれている学問を研究する場ではないのかと自分では思っています。学問の在り方について教えていただけませんか?

Aベストアンサー

役に立つということは「お金を儲ける手段」や
「直接生活と直結している」としての学問か否か
ということですか?
それ以外に意味のあることが世の中たくさんあると
思うのですがどうでしょう?

それになぜ建築するのかがわかっていないと建築に
関する法律や公共性などについて方向性が曖昧になる
と思うのですが、役に立つの?と言う人の
考えがわかりませんが、素人意見ですみません。

私は長い間美術に関する学問を学んでいましたが
建築よりずっと役に立たないと言われ続けていました。
若い頃には色々考え悩みましたが今では同じことを
人からいわれても「そうだね役に立たないね
だからほっといてくれよ。」と言おうと思っています。

役に立つの?と言った人に役に立たなかったとしても
自分に意味があればいいのじゃないかな?
その意味を他人にわかってもらうもよし放っておくもよし
学問に対する姿勢はひとそれぞれですよ。

Q院試対策として英語か仏語で哲学史の勉強がしたい!おすすめの本を教えてください!

こんにちは。大学院進学志望の大学三年生です。
私は将来、フランス哲学の研究者になりたいと思っています。
大学1、2年の頃はなんとなく興味があり、趣味として哲学を勉強していたのですが、今から半年前の大学3年の夏頃から、真剣に哲学を勉強したいと思うようになりました。
それからの半年間は、所属している大学に哲学科がないので、所属しているゼミ(応用倫理学)の先生に他大学の授業を紹介して頂いたり、自分で研究書を読んだりして勉強してきました。
しかし、半年前までは研究者になることを真剣に考えていなかったこともあり、私は語学をほとんど勉強してきませんでした。
英語は大学に入学して以来ペーパーバックを二冊読んだ程度で、おそらく高卒の直後から実力はまったく伸びていません(2005年4月に受験したTOEFL IBTで520点程度)。
フランス語の勉強を始めたのは三ヶ月前の12月からで、もう少しで基礎文法が一通り終わるくらいの実力です(コレクションフランス語の入門編、初級編、文法編を一通り学習した程度)。
また、専門的な哲学の講義を受けたことがほとんどなく、哲学史全体の流れなどがまったくわかりません。

そのような私ですが、2008年9月末から行われる東大文学部の学士入学試験、2009年1月末から行われる東大大学院人文社会系研究科の修士課程入学試験を受験することを考えています。
前者については哲学あるいは倫理学の専修過程、後者については哲学研究室あるいは倫理学研究室を志望するつもりです(来年度、直接に研究室を訪問して決めたいと思っています)。

入学試験対策として、語学の勉強と哲学(史)の勉強を並行して進めていきたいと考えています。
フランス語に関しては、さしあたり、渡辺諒『フランス現代思想を読む』『20世紀フランス思想を読む』を購入しました。仏語の原文と日本語訳、加えて丁寧な解説が載っていることから、目的に適っていると考えたためです。
しかし、英語に関しては、適当なものが見つけられずにいます。「自分が院試の勉強をしたときにはこれを使った」、あるいは「おそらく、これはいいと思う」というものがありましたら、教えて頂けますでしょうか。仏語のものも、なにか他に良いものがあれば教えて頂けると幸いです。
ご回答のほど、どうぞよろしくお願い致します。

こんにちは。大学院進学志望の大学三年生です。
私は将来、フランス哲学の研究者になりたいと思っています。
大学1、2年の頃はなんとなく興味があり、趣味として哲学を勉強していたのですが、今から半年前の大学3年の夏頃から、真剣に哲学を勉強したいと思うようになりました。
それからの半年間は、所属している大学に哲学科がないので、所属しているゼミ(応用倫理学)の先生に他大学の授業を紹介して頂いたり、自分で研究書を読んだりして勉強してきました。
しかし、半年前までは研究者になることを真...続きを読む

Aベストアンサー

んー回答つかないね。笑
哲学の質問じゃないからだろうけど。
東大の院試、文系はどこも変わらないし
コンセプトはずっと今もかわらないと思うから書きますが、
英語もフランス語も、文法レベルは通り越していて、
正しい意味を汲み取り、思うところを正確に伝えられるか。
だから気を大きく持って取り組めばいいんです。
英語でペーパーバックが誤解なく読めて、あらすじや感想がまあなんとか書けるくらいなら大丈夫。
フランス語もそのくらい。文法だけなら準一級程度で十分。
とはいえ、インテリジェンスを示すだけの意思疎通をこなすには、
半年や一年の学習ではスパイの訓練でも受けない限りまず無理だと思う。

で、哲学書つまり第一次資料の原書は、学部では数ページの短いものや抜粋しか読まない。
サルトルやバルト、フーコー、ミッシェル・セールやルイ・アルチュセールくらいは一冊二冊読んでみましたと言ってすむけれど、
デリタやクリステヴァ、ドゥルーズ、ガタリを一冊読むように学部生に期待している人は誰もいない。。。

それよりも、学部生は、レポートや論文を書くために、自分で探した研究者の論文を読むわけだ。
自分で探すことで勉強になっているのと、
日本語だけでなく英語やフランス語で書かれている二次資料をはじめから終わりまで読みきることで、
難解ではなく理路整然とした使える外国語を勉強する。
つまり、研究発表や論文執筆に役立つ語学力が、院に入るときの問題なのであって、
何冊も原書で一次資料にあたる語学力は、もっとあとでドクトラを取るにあたっての課題となるわけです。

渡辺さんの本は、Passageなどの東大現行の語学テキストと並行して、語学書として読み、
哲学史と哲学書は、日本語ですばやくしっかりとお勉強なさるほうがよろしいです。
そして、大学の図書館に海外の論文がたくさん置いてありますから、
興味のあるもの10本くらいコピーを取って挑戦してみられるとよいです。
アメリカではフランス現代哲学の研究は非常にさかんですから、英語の紀要論文がたくさんあります。

んー回答つかないね。笑
哲学の質問じゃないからだろうけど。
東大の院試、文系はどこも変わらないし
コンセプトはずっと今もかわらないと思うから書きますが、
英語もフランス語も、文法レベルは通り越していて、
正しい意味を汲み取り、思うところを正確に伝えられるか。
だから気を大きく持って取り組めばいいんです。
英語でペーパーバックが誤解なく読めて、あらすじや感想がまあなんとか書けるくらいなら大丈夫。
フランス語もそのくらい。文法だけなら準一級程度で十分。
とはいえ、インテリジェ...続きを読む

Q【学問って以外に数は少ないですが】慧学(えいがく)?とはどういう学問なのですか? 智慧の慧学。

【学問って以外に数は少ないですが】慧学(えいがく)?とはどういう学問なのですか?

智慧の慧学。

慧学とは智慧。

ちえ。

智慧と知恵の違いって何ですか?

ちえの学問ってピンと来ません。

Aベストアンサー

仏教を修行するに際して必ず学ぶべき最も基本の修行法の事です。
学問では無く修行です。

慧学は戒学(かいがく),定学(じようがく),慧学(えがく)の3つ。

戒は戒律のことで、「戒禁」(かいごん)ともいい、身口意(しんくい)の三悪(さんまく)を止め善を修すること。
定は心の動きを静め,精神を統一すること,
慧は理性により道理をありのままに悟ること。


身口意(しんくい)の三悪
○身における3つの行為
・殺生(せっしょう):人間や生物の生命を奪うこと
・偸盗(ちゅうとう):盗むこと
・邪淫(じゃいん)--:邪悪な性行為
○口における4つの行為
・妄語(もうご)----:ウソをつくこと
・綺語(きご)------:不当に飾りたてたことばを用いること
・悪口(あっく)----:悪口を言うこと
・両舌(りょうぜつ):二枚舌を使うこと
○意における3つの行為
・貪欲(とんよく)--:むさぼり欲しがること
・瞋恚(しんに)----:怒り憤ること
・愚癡(ぐち)------:真理に暗くおろかであること

Q哲学者ゲーテの言葉 この言葉を英語で知っている方

ゲーテの言葉で気になった言葉があったのですが、英語だとどのように訳されているのか知りたいです。

日本語では、
ただ、ひたすら自分が正しいと思う、道を歩けばいい。
他人がどのような道を歩こうと、気にしてはいけない。
と書かれています。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

ゲーテの言葉で有名なのは、以下のものです。
自分自身の道を迷って歩いている子供や青年の方が、他人の道を間違いなく歩いている人々よりも好ましく思う。

一方、ダンテの言葉で以下のものがあります。
お前の道を進め。人には勝手なことを言わせておけ。
Go your own way and let the people talk.
又は Go your own way; let others talk.
ネットの例
http://www.meigennavi.net/pc/word/026/026339.htmhttp://matome.naver.jp/odai/2124529995468747114/2124530021991150065
http://ameblo.jp/salesjapan/entry-10150318612.html
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1012408690
http://topquotescollection.com/go-your-own-way-let-others-talk/
http://lee-byungkyu.jugem.jp/?eid=11

ゲーテの言葉の方がひねくれています。
ダンテの言葉の方が御質問の言葉に近いように思います。

ゲーテの言葉で有名なのは、以下のものです。
自分自身の道を迷って歩いている子供や青年の方が、他人の道を間違いなく歩いている人々よりも好ましく思う。

一方、ダンテの言葉で以下のものがあります。
お前の道を進め。人には勝手なことを言わせておけ。
Go your own way and let the people talk.
又は Go your own way; let others talk.
ネットの例
http://www.meigennavi.net/pc/word/026/026339.htmhttp://matome.naver.jp/odai/2124529995468747114/2124530021991150065
http://ameblo.jp/salesjapan/en...続きを読む

Q価値の哲学 価値考量(カント哲学の関係で)

いつもお世話になります。
カントの哲学を理解しているわけでは有りませんし、カントは「価値・所有・交換」といった概念には関心が無いようですが、私なりに考えてみると、非常に困った問題が有ることに気がつきました。

価値考量 価値を量的に考える事ですが、

私たちの主観は対象の「量」「質」「様態」「関係」さらに「時間」と言った、種類の違う概念を総合して一つの概念(価値)の量的評価を行う能力を持っていると考えますが、この能力は、全て、経験から得るものでしょうか?

それとも、例の難解な「形式」は、経験に関わらずに普遍的に全ての人間が持っているものでしょうか?

Aベストアンサー

ご質問はこの間から気になっていました。

>私たちの主観は対象の「量」「質」「様態」「関係」さらに「時間」と言った、種類の違う概念を総合して一つの概念(価値)の量的評価を行う能力を持っていると考えますが、この能力は、全て、経験から得るものでしょうか?

という部分がよくわかりません。
まず、「価値」というのは「関係」の概念ですよね。
Aに価値がある、というのは、絶対的な概念としてはありえません。
つねにBにとって、あるいは、Cに対して、という、関係としての概念として立ち現れてくるもの、と考えることができると思います。
となると、こうしたことは経験的認識の範疇である、と考えられるのではないでしょうか。
カントの扱う「先天的総合判断」の範疇にはないような気がします。

それに対して前半の「量」「質」「関係」「様相」というのは、「カテゴリー」のことを、「時間」(そして「空間」)は、人間の感性に与えられた「直観」のことを言っておられるのだと思いますが、こうしたことによって下される判断、というのは、先天的総合判断と呼ばれるものです。
先天的、というのは、字義通り、生まれる前から、経験とは無関係に、人間に普遍的に与えられている能力のことです。経験から得られるものではありません。

いまひとつ質問者さんがどういった意味で価値、あるいは比較考量ということばを使っておられるのか、おそらく経済学との関係があるのではないか、と想像するのですが、私にはわかりません。
上で「価値」について考えることは経験的認識ではないか、と書きましたが、質問者さんの問題意識とはずれているような気がします。
ということで、「先天的総合判断」についてのごく一般的な回答となってしまいます。質問者さんの問題意識とはかみ合っていないと思うのですが、どうかご容赦ください。

カントは、経験論者ヒュームのあとを受けて、あらゆる認識は経験と共に始まる、とします。
けれども私たちの認識がすべて経験的なものであったら、決して普遍的・必然的認識(誰がいつどこでどのように考えたとしてもかならずたどり着ける真理)には到達できないだろう、と考えます。
経験によって知ることができるものを積み重ねただけでは、その外にあるものが正しいかどうか知ることはできないからです(だからその部分に関して、ヒュームは「考えないこと」にします)。

経験したことのないことがらについて、判断できるのはなぜか。
あるいはまた数学の命題、たとえば「直線は2点間の最短距離である」が真である、といえるのはなぜか。
それは、私たちのうちに先天的な認識形式が存在するからだ。

それでは、なぜこの認識形式が客観性を持っている、といえるのでしょうか。
ここでカントは、認識の対象に目を向けます。

対象というものは、私たちから独立した存在ではない。
対象は、私たちの主観の先天的形式が構成したものである。

それまで認識というものは、あくまでも対象が中心でした。
対象は、私たちとは独立に、客観的に存在していることが前提だったわけです。
カントはそれをひっくり返して見せた。
私たちが「対象」として認識できるのは、私たちの主観が、そのものを対象として取り上げ、意識の俎上にのぼらせているからだ、と。

私たちの認識は感性によって、対象の直観が与えられる。
それを悟性が思惟することによって、認識が成り立つ、とカントは考えます。
こうした判断は「先天的総合判断」であって、単に「わたし」のみが主観的に下した判断ではなく、普遍的・必然的な判断であり、あらゆる学問の基礎となるべきものである。
と、これがカントのいう「先天的総合判断」です。

>例の難解な「形式」は、経験に関わらずに普遍的に全ての人間が持っているものでしょうか?
そういうことです。

ただ、今日から考えると、煩雑でいささか無理のある先験的判断のプロセスを理解する必要はないと思います。
むしろ大切なのは、「対象」というのは、私たちの主観が取り上げたものである、というカントのコペルニクス的転回ではないのでしょうか。

ご質問はこの間から気になっていました。

>私たちの主観は対象の「量」「質」「様態」「関係」さらに「時間」と言った、種類の違う概念を総合して一つの概念(価値)の量的評価を行う能力を持っていると考えますが、この能力は、全て、経験から得るものでしょうか?

という部分がよくわかりません。
まず、「価値」というのは「関係」の概念ですよね。
Aに価値がある、というのは、絶対的な概念としてはありえません。
つねにBにとって、あるいは、Cに対して、という、関係としての概念として立ち現れて...続きを読む

Q英語の哲学てきな質問です。質問も理解できてない・・

質問はis world government necessary to overcome the negative consequence of anarchy?です。
自分の質問の日本語訳は「世界政府は無政府状態の否定的な結果を克服する必要性があるか?」
だと思うのですが、世界政府があるのに無政府状態とはどんな場面なのでしょうか?
それと訳が間違っていれば直してもらえると助かります。。。是非お手伝いおねがいします。

Aベストアンサー

こんにちは。

哲学はよく分かりませんが・・・^^;
Is world government necessary ...?といっているので、
普通に訳せば「無政府状態の否定的な結果を克服するために、世界政府は
必要なのか?」というのが質問の内容だと思います。

英語でエッセイ(レポート)を書いていらっしゃるんでしょうか。
私だったら・・・まずそのthe negative consequence of anarchy とは
何かを文献を元に示して、世界政府によってそれが克服できるかどうかを議論する
と思います。

あんまりお役に立てなくてすみません。
ご参考まで。

Qキリスト教とギリシア哲学の関係性を教えてください。 国教化される以前からギリシア哲学(ローマの知恵?

キリスト教とギリシア哲学の関係性を教えてください。
国教化される以前からギリシア哲学(ローマの知恵?他)を取り込み広まって言ったとネットで読みました。
ギリシア哲学との関係は教義を統一しようとした時からだと思いこんでいたので正しい知識が知りたいです。お願いします。

Aベストアンサー

ギリシア哲学の字句が念頭にあるのならば「西洋哲学を学ぶためにはキリスト教の理解が必須だと聞きました。理由をできるだけ詳しく教えてください。」の質問はしないだろう。お前、馬鹿じゃないの。

教えてやろう。イエス先生は愛というものを人間に疑問を持たせるために訪れたのである。
それ以前は愛は人間に無かったのだ。


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