・・・ちょっと聞いていただきたいです。
芸能人から様々な方がいて今回被災地に何らかの支援をしたいといっている人や実際に行っている人を眼にしました。
その中であんまりのことに見かねて支援のためになりふり構わずトラックで現地に乗り込んだ方に心から感動したりしました。
チャリティーなどを行っている方々をみて手を合わせて感謝しました。
その反面、ある芸能人がロックンロールに ちなんで69個ロールケーキを寄付しましたとかいってるのを耳にして馬鹿じゃないの?祭りじゃあるまいし ちなんで?ってなんだよ?と怒りを覚えたりもしました。(支援というより売名っぽく見えてありがたさを感じられませんでした)
そういうのをどう思われますか?(支援するなら誠意でして欲しいと私は思います。)

昨日の余震は余震と呼ぶには大きいものでした。
やっと復旧しようとしている気持ちや現状を削ぐほどでした。
実家と連絡がとれたとき・・・余震の不安とまた起きた停電で泣いていました。
何もできない自分に怒りさえ覚えてうちひがれました。
まだまだ時間はかかるのは分かっています。
頑張ってといわれても・・と現地の人は苦しくて日々の生活にも事欠いています。
また 折角助かったのに様々な苦しみを抱えている人もいっぱいいます。
できることが余りにも少なく祈るしかできない自分に苛立ちます。
同じ日常を送ってることさえ申し訳ない気分になります。
誠意ある支援はしたいものの私は余りにも無力です。
みなさんはどうおもわれますか?

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A 回答 (3件)

とあるロックミュージシャンがロックンロールに ちなんで


これから1年間、毎日6900円を寄付すると言った話は聞いたことがあります。
この人は自分で寄付しながら募金活動をして
「募金を持って被災地に行き、炊き出しをしたい」と語っています。
こういう人は凄いと思いますが、69個ロールケーキを寄付しましたと言われると何かイラっときますね。(誰かは知りませんが)
食料寄付のつもりなんでしょうが、はたから見たら売名っぽく見えますし
悪評ばかり広まるのは確実ですね。

>同じ日常を送ってることさえ申し訳ない気分になります。
誰だって出来ることの限界はありますし、あまり考えつめて自分の日常生活を否定するのは危険ですよ。
どう感じるかは人それぞれですが、日常生活をおくれる我々が悲観的になったら
被災されている方々はもっと暗くなっちゃいますよ。
まぁ、被災地でもないのに買い溜めしている人は反省して欲しいですがね。

>誠意ある支援はしたいものの私は余りにも無力です。
被災者の気持ちになって考えること。
質問者さんはすでに誠意ある行動をしていますし、その気持ちを風化させないことが
一番の誠意じゃないですかね。
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この回答へのお礼

食料を寄付してくれたことには感謝ですが、なぜにちなむって言葉がでたのか。。現地の人の気持ち考えたらいい年した男性がそんなことは言うべきじゃないと私は思ったのです。売名とかいい人の振りしてるんじゃないかとか・・どこか浮かれたものを感じて腹が立ったんだと思います。

被災地の弟は仕事で薬を扱っていて津波の被害区域に無料配布することが決まったそうです。私はそんな弟が心くじけることがないよう支えていきます。
それが今、節電など以外に私ができることであると思いました。

お礼日時:2011/04/11 22:48

無力である事は私も感じます。


一応、阪神大震災の経験がありますので、現地の方がどのくらい困られているかなんとなくはわかります。本格的に困った時は、やはり水やすぐ食べられる食事がありがたいのですよね。後は眠れる空間。
で、少し前であると暖を取るための道具が欲しいものだったと想定されます。
そして、少し余裕があると、身を清潔にしたり、もう少し静かに眠れる環境とか、家族と多少話せる空間とかプライバシーを守れる領域が必要になってくると思います。

程度によって、どの方がどれくらいの支援を必要とされているか、これは確認してみないとわからない事だと思います。
また、現地の方も自力でなんとかしようと言う気持ちになっている方もいらっしゃいますから、場合によっては支援が必要ないと思われる方もいるかもしれません。そのような方に支援を申し出ても、ありがた迷惑になってしまうかもしれません。

また、支援される側もあぐらをかいて、ただ支援が来るのを待つと言う姿勢では余りよくないような気がします。(少ないとは思いますが)

また、私の知り合いには、精神的なケアが可能な専門家がいるのですが、現地に赴いて一人一人精神的ケアが必要か確認した後、カウンセリングを行ったという話も聞きます。

そういう意味では、本当の意味でのボランティアとは、本当に助けを必要としている人の所へ赴き、必要としている物を過不足なく提供する事であるのではないでしょうか?そのためには、まずヒアリングが必要になる事かと思います。日本人は優しい人種かと思いますので、助けが必要かと聞かれた時に相手の事を思ってNOと言えない方もいるかもしれません。その部分を推し量って本質的な解を導き出せる能力を持ちえる事も大事な事なのかなと思います。

少し危険なのは、親切の押し売りになってしまう事かと思います。一人の人がこれは大事だろうと思って現地に出向き、ヒアリングを行わずに何かアクションを起こした場合に、殆どの方がそのアクションを必要としていなかった場合もあるかもしれません。アクションを起こした方にとっては満足なのかもしれませんが、満足感を満たすために、現地の方を盾にするような行為を取ってしまってはある意味よくない行為であるとも考えられます。

また、個人的には、ごくごく一般的な人であれば、一人の人が助けられる人の数は一人ぐらいなのかなと言う感じがしないでもありません。そういう意味では自分に無力感を感じてしまうのは事実です。
しかし、この事が事実なのであれば仕方の無い事なのかもしれません。

ですので、苛立つ気持ちもわかりますし、申し訳ない気分にもなる事もわかりますが、そのような気持ちに苛まれる時間があるのでしたら、その時間を使って自分には何ができるだろうか、という事を一生懸命考えられる事が前向きな姿勢であるような気がします。今すぐにその答えは出ないかもしれませんが、そのような思考を巡らせていけばいつか役に立つ事が来る事と思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
自分にできること・・・最近はずっとそればかりですね。
せめて・・と思い、停電の実家にランタンを送りました。
自分だったらどうして欲しいかな?そう思うところからもう一度始めてみて自分でできることを探していこうと思います。

お礼日時:2011/04/10 02:20

ロックンケーキか。

明るい馬鹿ですね。

支援はお金が一番と思います。

誠意は飾りです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

お礼日時:2011/04/10 02:16

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