「罰」というのは「罪」があってはじめて下る。それではいったい­「誰」のなにゆえの「罪」だったのか、が問題になりますよね? ここまではOK? あなたは「国家」の「罪」とでも言いたいようですが、あくまで「­罪」を犯し、「罰」と受け止めるのは「人」。これは一般的な日本­語。「罰」とは有情のものが、意識上で苦しんではじめて成立する­。ドストエフスキーも同意してくれるでしょう。石原氏も「受け止­め方の問題」といっているのは、そのへんを理解してのこと。 ならば、為政者は一人の為政者としてどこに罪があったのか? 民は民一人ひとりが胸のどこに手を当てればいいのか? 考えよ、と石原氏は言いたかったわけでしょ? 「事実」というのはことごとく数量化されていきます。Mいくつの­地震であったとか、何Kmにわたって放射能が…とか。 「罰」というのは「受け止め方」の問題であって「事実」という言­葉はそぐわない。 いわば主観。客観的な事実は「地震」。 だからとんでもない被害に苦しんでいる方と、日常の人とで、「受­け止め方」が違うのは当然、と冷静になった石原氏も気づいたんで­すよ。



質問と言いますか、お願いです。
上記の文章に対する率直な感想をお聞かせ下さい。
言わんとすることは、まあなんとなく理解できるのですが、
何か釈然としません。
内容についてでも、文章力についてでもなんでも構いません。

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A 回答 (3件)

なにやら、こねくり、こねくり、こねくり回していますが。

何を言いたいのか、はっきりして欲しいです。

×によって、苦しむのは、当たり前ですが、苦しんだからって、それが×とは限りませんよね。被災者でも、被災者でない人でも、天災を、文字通り天×と受け止めた人は、一人もいないと思います。

よっぽど、何かツミの意識を抱えていたり、何か宗教に囚われている人の中には、天災も天×だ、と感じた人もいるかもしれません。

しかし、天災で苦しんでいる人がいるのに、赤の他人が、「天×が下った」なんて、言うのは、子供が考えても、おかしいです。裸の王様です。半ば「いい気味だ」というようなニュアンスさえ感じられます。我欲がどうの、言っていましたが、人一倍、豊かな生活をしている人が、庶民に向かって何を言うか、と思います。自分のことを神様とでも思って、自分だけ除外しているのでしょうか。

なお、あくまで、これは、天×発言に対するものであり、政治的な能力に対しては関係ありません。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
この文章は、石原発言を批判する人のコメントです。
やはり分かりづらい文章ですよね。

お礼日時:2011/06/07 15:47

そもそも、天災を天罰といったことが大きな誤りです。


この文章では、そのことを認めず、「罰」であるということが事実であるというような前提にたって、「受け止め方」云々に逃げていて、そもそもの大きな誤りから目を逸らせようとしているのです。
理路整然としているように装って、読者を誤った方向に誘導しているので、「釈然」とするわけがないのです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
この文章は、石原発言を批判する人のコメントです。
やはり分かりづらい文章ですよね。

お礼日時:2011/06/07 15:48

苦しいフォローですな。



自らの言動に責任が持てない時点で、彼は表舞台から撤退するべきです。
何の脈絡もなく、あの頑迷ないつもの表情のまま「天罰」といっただけ。
選挙前だから自らの発言がマズイと思った。それ故の後付けの言い訳でしかない。
現時点で、彼をフォローしなければならないのは自公のみ。つまらない文章ですな。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
この文章は、石原発言を批判する人のコメントです。
やはり分かりづらい文章ですよね。

お礼日時:2011/06/07 15:48

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