昨日、嫁の祖母が危篤状態という連絡を受けすぐ病院に行きました。

医者からは『もういつ逝ってもおかしくないから心の準備をしててください』と言われました。

重い病気ではなく老衰みたいです。(90歳です)

この状態から回復することはあるんでしょうか?

老衰での危篤状態はどれぐらい生きることができるのでしょうか?

携帯が鳴るたびビクビクしてまったく心の準備なんてできません。

人それぞれかと思いますが、経験談など回答お願いします。

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A 回答 (1件)

私の父は肺癌で危篤状態と言われてから「少し落ち着いたのでまだ今日は大丈夫です」って言われて、一旦家にもどったのですが、また直ぐに病院からの電話で呼び戻されました、その後御臨終ですって事になったのですが、病気や年齢とか個人差はありますので、正確には分かりませんが、元看護師の経験上でお話すると・・・



おそらくバルンカテーテル(おしっこの管)が入っているはずです、そのおしっこの量が問題です。
おしっこが出なくなってから大体24時間以内に亡くなってるケースが多かったです、しかも病室に入ると「死臭」がします、準備と言っても亡くなってからなので、冠婚葬祭の会員で積み立てをしているのかどうか、また生命保険や共済に入っているのかを一度確認しておく必要があるでしょう。

それと宗教関係で、どの宗派とか年長者なら決まっていると思います。

葬儀屋には事前連絡は必要ないと思います、後は親戚の連絡先の確認です、直ぐに来れるのかどうかまた、遠方の場合はどうするのかを事前に調べておくのも良いでしょう。

遺影とかの写真はどれにするのか、亡くなってからの準備って結構あるものです。

でも、90歳なら大往生だと思いますので、暖かく見送ってあげて下さいネ☆
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    • 5
この回答へのお礼

ありがとうございます。

昨日はおしっこは出てなかったみたいなんですけど今日は自分で少し出したみたいです。

お礼日時:2011/04/11 13:15

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Q危篤から臨終までの期間は普通どれくらいか

仕事上の付き合いの人が、6月の終わりから祖父か祖母が危篤ということで、県外の実家へ帰省しました。
(実家には、父親、母親が健康でいるそうです)
9月になっても戻ってきません。まだ危篤状態とのことです。
いつ戻れるか、と聞いても「わからない」と答えます。

通常、危篤状態になってから臨終するまでの期間はどれ位なんでしょうか?
普通2~3日か、長くても1週間くらいかと思っていましたが、3ヶ月近くも危篤状態が続くことはあるのでしょうか?

それから、危篤になったら通常、臨終まで親戚家族はたとえ県外に住んでいても、仕事や学校とかがあっても、帰省してそばにいるものなのでしょうか?

不謹慎な内容かもしれませんが、私の身の回りの人でこのような亡くなり方をした人がいず、全くわからず困っているので回答お願いします。

Aベストアンサー

危篤状態というのは、長いものも正直あります。
こん睡状態で半年といった友人を見たことがありますが

仕事や学校を休んでまでも駆けつける、相手なのかどうか?ですよね。

例えば仕事を休んでまでも、何ヶ月も?休める会社があるはずないでしょうが、親兄弟まででしょうし。

一度その方のご実家に連絡をして、家族の方に確認してみてはいかがでしょうか?

何気なく
「このたびは、大変な事になっているみたいですが、ご病人の様態はいかがですか?」
等といってみるのもひとつですよ。

Q点滴だけでどれ位生きられるのでしょうか?

86歳の祖母が今月5月の17日から点滴のみで寝たきり状態です。
4月に酸素濃度が低いと言われ入院。
そのままご飯を飲み込むのが難しくなり、鼻から食事を取るようになりました。
5月の15日に胃ろうの手術を行う予定でしたが、体調が悪そうなので断念。
そして17日の朝に危篤と言われ、あと30分しかもたないでしょうと連絡があり、家族で病院に駆けつけました。
病院に着いた時は安定しつつあり、それでも2.3日が山でしょうと言われました。

今10日以上経ちましたが、変わらず点滴のみで酸素を鼻から送っています。
心拍数は70くらいで酸素濃度は時々80代まで下がってしまうようですが基本的に95以上はありますし、おしっこもちゃんと出ているようです。
血圧も標準です。
何を言っているか聞き取れないのですが、1日2.3回は口を動かして言葉を発します。
寝返りもうちます。
時々笑ってくれたりもします。
帰りたいのに帰れない、言葉も伝わらないことで怒って弱々しくですがパンチしたりもしたそうです。

それでも病院側はまた鼻から管を入れて食事するのは難しいでしょうと言います。
このまま点滴だけで...と言う感じです。

重度ではないですがもともとパーキンソン病も持っています。
身長140cmない位で体重は今25kgあるかないか位です。
今は歩くことは不可能です。

身内として見てるのも辛い、可哀想で仕方ありません。
私達の家から祖母のいる病院まで片道3時間程かかるので、次また危篤の連絡が来た時、最後一緒にいてあげられないんじゃないかと母といつもヒステリックになってしまってしまいます。
私も仕事が忙しく、母も父方の祖父祖母の世話をしていてずうっと付きっきりにはなれない状態です。
鼻からの管がこれから先出来ないと断定された時、点滴だけでどれ位生きられるのでしょうか?
昼間はKN3号と言う点滴を入れているようです。

どなたかお返事くだされば嬉しいです(;_;)

86歳の祖母が今月5月の17日から点滴のみで寝たきり状態です。
4月に酸素濃度が低いと言われ入院。
そのままご飯を飲み込むのが難しくなり、鼻から食事を取るようになりました。
5月の15日に胃ろうの手術を行う予定でしたが、体調が悪そうなので断念。
そして17日の朝に危篤と言われ、あと30分しかもたないでしょうと連絡があり、家族で病院に駆けつけました。
病院に着いた時は安定しつつあり、それでも2.3日が山でしょうと言われました。

今10日以上経ちましたが、変わらず点滴のみで酸素を鼻から送っています。...続きを読む

Aベストアンサー

水分と最低限の栄養素だけ点滴で賄えれば、何年も生きる方もいますよ。
自発で呼吸ができず人工呼吸器をつけ、点滴だけで数年生きて、数年ぶりに目覚めたといった話を聞いた事はありませんか?

KN3は維持薬ですね。水分の維持をする為のものです。これだけでも生きられますが、胃ろうができない方に高カロリーの点滴を使う事もありますが、高齢でその状態ではちょっと難しいかも知れませんね。

人間は、食事をせずとも点滴だけで生きていられるんですよ。

ただし高齢で体重も少ないですからどうしても感染症等の危険もあるでしょうし、臓器の状態、おそらく血液検査や胸部、腹部エコー等もされているでしょうが書かれていませんからなんとも。。
前日まで元気そうに見えていても、翌日急変してその数時間後にはという方もいれば、数か月の方もいますしね。

余命は、現場にいても医師でも数時間前~数日前まで判断できないものです。

残された時間を大事にお過ごしください。お大事に。

Q危篤状態のおばあちゃんに早く死んでよと思う

心優しい方は見ないでください
私はすごく酷い性格です。

今、ひいばあちゃんが入院していて、危篤状態です。三ヶ月前から。
三ヶ月前から、お医者さんに今夜が山と10回は言われて、身内が県外から何度も集まっています。
そんな中、ひいばあちゃんの娘、ABCと孫のD(私の母です)が、いがみ合っています。

二十四時間、付き添いをしなくちゃいけないんですけど、ABCDの誰がいつ付き添う、付き添わないやお金のことでケンカしていて、私にとばっちりがすごく飛んできます。

そして今月、
私は友達と遊ぶ予定が三つと、大好きなアーティストのライブに行く予定があります。
それをDに言うと、
「お前はひいばあちゃんの式には出ないのか⁉︎」と激怒されました。

ひいばあちゃんのことは大好きです。
最初、入院ってなったときは悲しくてたまりませんでした。今も思い出を振り返ると涙が出たりします。
けれど、三ヶ月もその状態で、
いつもとばっちりで怒られて、オムツを交換してあげたりするのも、正直すごく嫌で、時々、早く死んでよと思ってしまいます。

大好きなアーティストは滅多にこんな田舎には来てくれません。
三ヶ月間、友達からのお誘いも全て断って、そのうち誘ってくれなくなるかもしれないし、バイトの帰りにはいつも病院に行って、何の楽しみもありません。

早く死んでよと時々思っても、後からそんなこと思った自分にドン引きして、むしゃくしゃして涙が出ます。

友達と遊ぶこともできなくて、ライブにも行けなくて、死んでほしくないけど死んでほしいと思ってしまったり、ABCDのケンカに巻き込まれたりで、元々弱っちい心が疲れておかしくなりそうです。
どうやって乗り越えたらいいと思いますか?

音楽が好きだけど、聴いていると怒られるし、イヤホンしてると周りの声が聞こえません。
思い通りにいかなくて、それだけで死んでって思う自分の腐った性格にもうんざりです。

心優しい方は見ないでください
私はすごく酷い性格です。

今、ひいばあちゃんが入院していて、危篤状態です。三ヶ月前から。
三ヶ月前から、お医者さんに今夜が山と10回は言われて、身内が県外から何度も集まっています。
そんな中、ひいばあちゃんの娘、ABCと孫のD(私の母です)が、いがみ合っています。

二十四時間、付き添いをしなくちゃいけないんですけど、ABCDの誰がいつ付き添う、付き添わないやお金のことでケンカしていて、私にとばっちりがすごく飛んできます。

そして今月、
私は友達と遊ぶ予定が三...続きを読む

Aベストアンサー

それはね、誰でもそうなんだよ。
ほとんどの人は、君と同じに思ってる。
実の娘でもね。
それは間違いない。

「危篤状態」というのは「ほぼ助からない状態」ですよね?。
9割は助からない。
しかも、その期間が3ヶ月間とかなり長い。
そうなってくると「早く楽になって欲しい」と周りは思うし、周りもその次の段階「早く楽になってくれればなぁ」を考えだすんです。

人が死ぬってことは、悲しいことである他に「大変なこと」でもあります。
遺産の問題や、死亡してからの手続きの問題、お寺の問題、等々、様々な雑多な問題があります。
それらを片付けて、やれやれ、というのが本当のところ。
悲しんでばかりもいられないし、やることは山積みだし、それに加えてそれがいつなのかがわからない、となれば、そりゃあイライラもします。

悲しいのは悲しいのだけど、悲しむことって「限度」があるものですよ。
人間はそう出来てる。
葬儀の最中だってお腹がすくし、個人の顔を見ながらおむすび食べていたりね。
思い出話したりして、笑ったりする…そういうのが「普通」なんです。

あなたも同じじゃないですか?。
悲しいのは悲しいけど、アーティストのコンサートに行きたい。
オムツを変えるのは、臭いし汚いから嫌だ。
それはね、誰だって同じなんです。
私は違うよ、っていう人ほど、自分に嘘をついてるものです。
嫌なものは嫌だし、好きなモノは好き。
それこそ、当たり前の人間の感性です。

あなたは酷くなんか無いよ。
それはわかって。
その上でもう一度、今、コンサートに行くべきなのか?を問いなおして下さい。
出た結果こそが、最良の選択だと思います。

君はよくやってる方だよ。
自信持てばいいよ。

それはね、誰でもそうなんだよ。
ほとんどの人は、君と同じに思ってる。
実の娘でもね。
それは間違いない。

「危篤状態」というのは「ほぼ助からない状態」ですよね?。
9割は助からない。
しかも、その期間が3ヶ月間とかなり長い。
そうなってくると「早く楽になって欲しい」と周りは思うし、周りもその次の段階「早く楽になってくれればなぁ」を考えだすんです。

人が死ぬってことは、悲しいことである他に「大変なこと」でもあります。
遺産の問題や、死亡してからの手続きの問題、お寺の問題、等々、様々...続きを読む

Q低血圧 上60以下 危篤状態

40歳女です。普段から低血圧で上95ぐらいですが「大したことはない」とドクターに言われているので、冷えやダルさ以外は気にしておりませんでした。

先日突然立っていられなくなり呼吸困難になり動けず、30分後に救急要請しましたが、到着までさらに30分ほど待つ間に落ち着いて、念のため病院に向かいました。

救急車に乗った時点で、血圧は上65くらい(下は不明)でした。
到着まではかなり低かったはずです。

今日知って怖くなったのですが、これは危篤状態とのこと…
しかしずっと意識は保ち、手足のしびれもなく、点滴の後は電車で帰宅しました。



私はあやうく死ぬところだったのでしょうか?
それにしては回復が早いなーと気になり質問した次第です。
何かご存知の方や同じような体験をされた方がいらっしゃいましたら
ご回答ください。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

副交感神経の過剰興奮時には、その程度の血圧の人は珍しくありません。仰臥位になって下肢挙上でたいていよくなります。

Q祖母の危篤で会社を休むことはいけないことですか?

こんばんわ。

みなさんの考えをお聞かせください。
彼の祖母が危篤状態となったそうです。
その祖母は幼少期から高校まで一緒に住んでおり、共働きの親の変わりに保育園の送り迎えをしてくれたそうです。
彼は就職を機に田舎を出ており、実家までは片道10時間ほどかかります。
祖母の危篤を火曜に知り、水曜会社へいって上司に話をして、木曜から金、土(会社カレンダーによりたまたま土曜出勤)3日休暇をもらうと言っていました。

実は去年も危篤となり、2日休暇をもらい、実家に帰りました。しかし祖母は持ち返し、今年また、危篤となりました。
そのとき、次かえるのはお葬式のときにすると言っていました。

私と彼は遠距離恋愛で、私は土日休みだったので、今度の土曜出勤は有給をとってほしいな~と言ったら、仕事忙しいムリと言っていました。(危篤を聞かされる前に、言いました)

私が話したのは、
同僚はいいよって言ってるかもしれないけど、そんなに休んだらみんなに迷惑だし、上司もいい気はしないんじゃない?と。
実家が遠いし、言い方悪いけど、また持ち越したり、長引いたり、月曜は友引だし、お葬式は結局また休まないといけないし、亡くなってから帰ったら?ご両親や兄弟がちゃんと看取ってくれるし、といいました。

彼の言い分は看取ってあげたい、仕事が休めるんだから休んでもいいだろう、親も帰ってきなさいと言っている、だそうです。

確かに有給の使い方なんてその人の自由だし、私自身自由に休めない仕事なので、休めるだけマシだから休めるんなら休んだら?とも思います。
家族に優しい彼をすばらしいとも思います。
自分が「休んで」って言ったとき、忙しいって言ったくせに・・と思って憤りを感じているだけなのかもしれません。

私なら、周りに迷惑だし、そんなに休んで大丈夫なんて、もしかして会社にいらない存在?(大げさですが)とか思っちゃいます。
親が危篤とかならまだしも・・。

考えていたら自分がすごく冷たい人間に思えました。私自身うまれたときから祖母2人、祖父1人がすでにいなくて、祖父1人は幼少期一緒に暮らしていたものの、死を聞かされたのは亡くなってからでしたので、何か感情が欠乏しているのかもしれません。。

結婚しているわけでもないので、そこまで干渉しなくても?って自分でも思います。(一応この彼と今後結婚の話になっています)

自分でも考えがまとまらず、どうしてこんなに気になるのか分かりません。。

そこで質問なのですが、みなさんなら、遠くの実家の祖父、祖母が危篤の場合、会社を何日も休んで帰省できますか?
またこの理由で何日も休むことをどう思いますか?
思ったこと何でもいいので、お聞かせください。

こんばんわ。

みなさんの考えをお聞かせください。
彼の祖母が危篤状態となったそうです。
その祖母は幼少期から高校まで一緒に住んでおり、共働きの親の変わりに保育園の送り迎えをしてくれたそうです。
彼は就職を機に田舎を出ており、実家までは片道10時間ほどかかります。
祖母の危篤を火曜に知り、水曜会社へいって上司に話をして、木曜から金、土(会社カレンダーによりたまたま土曜出勤)3日休暇をもらうと言っていました。

実は去年も危篤となり、2日休暇をもらい、実家に帰りました。しか...続きを読む

Aベストアンサー

こんばんわ

>またこの理由で何日も休むことをどう思いますか?
理解を示します。
私が同じ会社であれば、是非駆けつけてくれと思います。
でも、忙しいとわかってる時期にデートでの有休は、その人の品性を疑います。
また、一人できりもりされてる個人経営の会社ならそうかもしれませんが、社員一人が休んで大丈夫でない会社は、システム的に問題があるんじゃないかと。。
会社の規模にもよるでしょうが。。

相談者さんの「祖父母への想い」と、彼氏さんの「祖父母への想い」は同じではありません。
字に書くと同じですが、要は個人への想いですから、人が違うと想いも違ってきます。
ましてや、彼氏さんにとっては親代わりのおばあ様だったのでしょう?
これは、相談者さんが幼少時から祖父母がいないとか、祖父母の臨終に立ち会ってないというのとは関係なく、「自分が大切な人が危篤になったらどうするか?」です。
例えが悪いですが、相談者さんは彼氏さんが危篤になったら、会社を休んででも駆けつけたいと想いませんか?
駆けつけて当然だと思われるかもしれませんが、しかしながら世間的には家族である「祖父母」には、家族ですから会社も理解してくれるところが殆どでしょうが、まだご結婚前の彼氏彼女だと理解も得られないことも多いです。
祖父母には慶弔休暇などつきますが、彼氏彼女にはつきません。
彼氏彼女のほうが祖父母より下だと言ってるのではなく、「祖父母」「親」「家族」「彼氏彼女」というような言葉でくくるのではなく、「大切な人」という大きな枠組みで相手の気持ちを想像してあげてください。

>自分が「休んで」って言ったとき、忙しいって言ったくせに・・と思って憤りを感じているだけなのかもしれません
わからなくもないですが、人の生死に関わるときは、自分の気持ちより、まず当事者のことを先に思いやりましょう。
これは結婚してる夫婦であっても、まず人間として、そうすべきだと思いますよ。

こんばんわ

>またこの理由で何日も休むことをどう思いますか?
理解を示します。
私が同じ会社であれば、是非駆けつけてくれと思います。
でも、忙しいとわかってる時期にデートでの有休は、その人の品性を疑います。
また、一人できりもりされてる個人経営の会社ならそうかもしれませんが、社員一人が休んで大丈夫でない会社は、システム的に問題があるんじゃないかと。。
会社の規模にもよるでしょうが。。

相談者さんの「祖父母への想い」と、彼氏さんの「祖父母への想い」は同じではありません。
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Qがん末期の非常に危険な状態とは

がんの末期において危険な状態の血圧の低下というのはいくつぐらいまで下がっていくと危険なのでしょう。また呼吸の浅さはどうやってわかるのですか。酸素吸入の目盛りを上げると血圧が上がるのはなぜですか?脈拍数の低下の非常に危険なボーダーラインというのはいくつなのでしょうか。他に油断を許さない危険な状態というのは何で判断するのか教えて下さい。

Aベストアンサー

 兄が脳腫瘍で亡くなりましたが、そのときの状況でも。

 病院で血圧を測定する機械に触れましたが、上が60を切ると機械が電子音を出して緊急性を表していました。
 また、血中の酸素濃度が95%を下回ると危険な状態と言えるようです。逆に言うと、95%を上回るように酸素を送り込む必要があります。
 こういった状態のとき、脈拍数は180と非常に高い数値を示していました。血圧や血中酸素濃度が低いにもかかわらず脈拍数が落ちてきたら非常に危険だと言えるでしょう。

 本当に死の直前では、呼吸が見るからに弱弱しくなり、呼吸が止まることがどんどんと多くなりました。呼びかけると思い出したかのように呼吸を始める感じでしたが、まさに「息を引き取る」という表現そのままに死へ至りました。

 全体としては、「血中酸素濃度の低下」「急激な血圧の低下」「呼吸の力強さの低下」の順で危険度が増す感じでした。
 あくまで脳腫瘍の例ですが、参考になればと思います。

Q入院中の家族が危篤状態を見過ごされた可能性について

先の質問に関して、皆様のご意見を賜りたいと思います。

家族が末期ガンで、1か月あまり入院していました。

ある日の早朝、病院から、「○○さんの血圧が下がっているので、病院に来てもらえるでしょうか。いま、先生も向っていますので」と電話がありました。
準備をして、タクシーを飛ばし、約1時間後に家族が入院している病室に行くと、すでに主治医が心臓マッサージをしていて、その20分後に、患者の臨終が宣告されました。

最後の1か月、私は夕方の4時半から夜の8時半頃まで、毎日、患者の身の回りの世話のために病院に行っていて、その前夜も患者の顔や体を拭いて帰宅したのですが、いつもは目を覚ます患者が、この日は眠ったまま目も開けず、看護師さんが血圧を計ると、いつもは120~130くらいあるのが、100くらいしかないので、ヘンだなとは思ったのですが、誰も異変とは気付かないで、翌朝まで放置され、そのまま息を引き取ってしまいました。

少なくとも亡くなる前日の夕方から、場合によってはもっと前の時間から、すでに危篤状態だった可能性があるのですが、疑問なのが、それまで誰も、患者の異変に気が付かなかったのかということです。
日曜日だったので、終日、当直の医師しかいなかったというのはしかたがないにしても、前日から眠ったままで、血圧も下がってきていた患者の異変に、誰も気を払わなかったというのが不思議でしかたありません。

この文章だけでは判断はつき兼ねるとは思うのですが、これを読まれたかたの印象として、危篤状態を見過ごしていた可能性があるか、それとも現在の医療では、こうしたこともやむを得ないのか、率直な感想を賜りたいと思います。

ちなみにこの病院は某国立病院で、私自身、患者が眠っているものと勘違いして、そのまま帰宅してしまったことを反省しています。

先の質問に関して、皆様のご意見を賜りたいと思います。

家族が末期ガンで、1か月あまり入院していました。

ある日の早朝、病院から、「○○さんの血圧が下がっているので、病院に来てもらえるでしょうか。いま、先生も向っていますので」と電話がありました。
準備をして、タクシーを飛ばし、約1時間後に家族が入院している病室に行くと、すでに主治医が心臓マッサージをしていて、その20分後に、患者の臨終が宣告されました。

最後の1か月、私は夕方の4時半から夜の8時半頃まで、毎日、患者の身の回りの世...続きを読む

Aベストアンサー

患者側からみたら完全に病院側の過失(見過ごし)でしょう。

ただ、病院側からすると「よくあること」「異変だとは思わない」とあくまでも過失は認めないと思います。

ご質問の
>現在の医療では、こうしたこともやむを得ないのか    ですが
病院・担当していた看護士によって違いがあるのが現状だと思います。

ちょっとした変化でも見過ごさない病院の体制、また看護士であれば今回のようなことは防げた可能性もあると思います。

実際私の祖母も質問者様と同じような状況で亡くなってしまいました。

末期がん術後、少し術後譫妄(せんもう)が出てしまい病院に付き添いを懇願しましたが冷たくあしらわれました。

家族が付き添いたかったのは祖母が心配なのはもちろんですが、病院の看護体制に疑問を持っていたからです。

夜間の見回りもろくにされておらず、ヘルパーが見て回る始末・・・。

朝祖母の病室に行くと点滴が抜けてベッドが血まみれで祖母の手は腫れ上がる、体に入っていた管が抜けて大量出血等何度も危険な状態にさらされました。

亡くなった時も祖母がベッドから起き上がろうとして倒れこんだのがどうやら深夜・・・。
でそのまま大出血。朝呼ばれた時には輸血が始まっていて祖母の顔は真っ白で部屋には血液の匂いが充満していました。

その日の午前中に血圧が下がり始め苦しそうにしたのであわてて看護士を呼びに行くも
「そんな大げさにしないでください大丈夫ですから」と言われる始末。そしてそのまま苦しそうに息を引き取りました。

私も質問者様と同じような見過ごしではないのか?という疑問を今でも抱いています。
でも、それを言って事を起こしても祖母は帰ってこないので苦しいですが諦めていまるのが現状です。

患者側からみたら完全に病院側の過失(見過ごし)でしょう。

ただ、病院側からすると「よくあること」「異変だとは思わない」とあくまでも過失は認めないと思います。

ご質問の
>現在の医療では、こうしたこともやむを得ないのか    ですが
病院・担当していた看護士によって違いがあるのが現状だと思います。

ちょっとした変化でも見過ごさない病院の体制、また看護士であれば今回のようなことは防げた可能性もあると思います。

実際私の祖母も質問者様と同じような状況で亡くなってしまいました。

末...続きを読む

Q末期癌~死ぬまでの状況を教えてください。 

末期癌~死ぬまでの状況を教えてください。 
末期癌の母は現在ホスピスケアを受けています。
これから母の面倒を見るのは私の役目なのでこれからどうなるのか不安です。

母がすいぞう癌だと宣告されたのはおよそ1年前です。
肝臓にも転移しており既に手遅れでした。
今年の3月頃までは癌だと思えないほど元気な母でしたが
4月頃から急に階段を転げ落ちる様に容態が悪くなってしまいました。
あらゆる箇所の骨に転移し、強い痛みも出てきました。
肺へも転移し、咳がひどいです。
今ではほんの少し動いただけでも息切れがひどく、時々咳き込んで嘔吐してしまいます。
急に食欲もなくなりました。
一日、一日ごとにどんどん体力がなくなり弱くなっていきます。
母はこれからどうなっていくのでしょうか。
苦しみが増しますか? 
意識は最後まであるものですか?
自分でトイレにも行けなくなったらどうすればいいのですか?
この状態で、あとどのくらいと考えていればいいでしょうか。。。

文章がうまくまとまっていなくてすみません。
少しでも心の準備ができればと思います。
宜しくお願いします。

Aベストアンサー

「人はがんでは死なない」という言葉があります。
がんが特別な毒素を出すわけではありません。
では、なぜ、人はがんで死ぬのか?
それは、がんが増殖することで、臓器に様々な障害が起き、
その障害が引き起こす様々な症状によって、死にいたるのです。

様々な症状の一つには、疼痛もあります。
これは、モルヒネなどによりかなりコントロールできるようになってきました。

気管支のがん細胞が増殖して気管支を塞げば、窒息の危険があります。
肝臓のがんが増殖して、肝臓の機能が低下すれば、体内の様々な化学作用
が止ることになり、肝性昏睡などの様々な症状を起こします。
大きな血管にがんができて、血管が破れるということも起きます。
腎臓の機能が低下すれば……
脳の機能が低下すれば……

つまり、がんがどこにあり、その臓器は、どんな仕事をしているのか、
ということです。
何が起きても不思議ではない、ということです。

「苦しみが増しますか?」
軽くなるということはないでしょう。
出てきた苦しみを押さえるということになります。

「意識は最後まであるものですか?」
わかりません。
先に昏睡状態になる場合もありますし、最後まで、意識がはっきりしている
場合もあります。

「自分でトイレにも行けなくなったらどうすればいいのですか?」
状況によりますが、オムツということも考えてください。
尿はカテーテルを留置することになります。

残酷な言い方ですが、何らかの理由で昏睡状態になった場合、
「それを治療して、昏睡から醒めさせて、延命をする」ということを
しないという選択肢もあります。

末期症状は、医師や看護師がよく知っています。
まずは、医師や看護師と相談してください。

「人はがんでは死なない」という言葉があります。
がんが特別な毒素を出すわけではありません。
では、なぜ、人はがんで死ぬのか?
それは、がんが増殖することで、臓器に様々な障害が起き、
その障害が引き起こす様々な症状によって、死にいたるのです。

様々な症状の一つには、疼痛もあります。
これは、モルヒネなどによりかなりコントロールできるようになってきました。

気管支のがん細胞が増殖して気管支を塞げば、窒息の危険があります。
肝臓のがんが増殖して、肝臓の機能が低下すれば、体内の様々な化...続きを読む

Q84才の父が食事を食べなくて衰弱する一方

父(84歳)が、この前の暑さでまいってしまったのか、食事を受け付けなくなり、一切食事を拒否します。意識はしっかりしていますが、しんどい様子で眠っている時間が多いようです。
医師に相談すると、食事をとらないほかにも、点滴もしても10分と長続きしなくて(自分で抜いてしまう)もうやめてしまったと言いましたので、当方がべったり付き添いで見守っていた所2本まで点滴が入りました。多少安心しました。(私が居なくなるとまただめかもしれません)
老人が食事を取らなくなる理由は何なんでしょうか?エンシュアという液体栄養物質も嫌がって口にしませんし・・。
父親が言うには、圧迫感があるというのです。
それだけで、食欲は無くなるものなのでしょうか?

聞くところによると、老衰の症状として、衰弱と食欲の減退から食事を取られなくなり、更に衰弱が進行し、死に至るケースが老衰であるという考えがありますが、どうなのでしょうか?(このケースは老衰によるものなのでしょうか)

医師も初めてのケースらしく戸惑っております。(処置する方法が見つからない) 頑なにここまで食事を拒むケースは見たことが無いようです。精神面からアプローチすべきか?  老人性痴呆を疑ってみるほうが良いのでしょうか?医師も病院を出て行ってほしがります。正直この状態で出て行けば、必ず死が目の前です。

身体は、がりがりで、生きているのが不思議な状態です。栄養経路を断絶し、このまま、家で見取って最後を迎える方が本人の為なのか、わかりません。

どうぞ、お知恵をお貸しください。

父(84歳)が、この前の暑さでまいってしまったのか、食事を受け付けなくなり、一切食事を拒否します。意識はしっかりしていますが、しんどい様子で眠っている時間が多いようです。
医師に相談すると、食事をとらないほかにも、点滴もしても10分と長続きしなくて(自分で抜いてしまう)もうやめてしまったと言いましたので、当方がべったり付き添いで見守っていた所2本まで点滴が入りました。多少安心しました。(私が居なくなるとまただめかもしれません)
老人が食事を取らなくなる理由は何なんでしょうか?エ...続きを読む

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僕の母は胃腸科の入院で点滴の限界を医師から告げられ、飢餓状態で命も危なく(飢餓と発熱)当院では手に負えないこと、そして胃ロウ手術の実績のある医師のいる救急病院の紹介をされ、待ったなしで父と僕の兄弟姉妹で相談して胃ロウ手術のできる病院に入院し、手術の内容と過去の手術実績、成功率の説明(インフォームドコンセプト)をうけ、手術承認書を書いて、手術室控え室の隣(カーテンを引いただけ)の手術室で手術をして貰いました。父、僕、妹が隣で手術が終わるのを待ちました。手術後は胃ロウの回りに肉や皮が盛り上がって外部と胃の内部が栓付きチューブでつながった状態になって内出血も無ければ10日~2週間位後(はっきり覚えていない)包帯をとって退院OKがでて、ホームへ一ヶ月以内に戻れました。
医療や介護が家族でできない以上、他人の医師や看護婦や介護士に任せるしかありません。できるだけ頼み込んで要望を入れてしまうしか無いですね。腹を立てていてもお父上の飢餓状態と命の危険が進むだけです。飢餓状態になると脳に十分なブドウ糖や酸素や血流量が確保されずお父上の正常な脳機能(判断能力)が無くなってしまい、栄養失調状態が続けば脳萎縮などが進行して痴呆が進行しないとも限りませんので、まず飢餓状態から脱出するために、早急な胃ロウ手術が必須となります。できるだけお父上の手術に絶えるだけの体力があるうちに手術をされた方がいいと思います。僕の母の場合が、手術病院から胃腸科医院に迎えにきてもらい、手術に耐えるだけの体力を確認して1~2日経過を見てから手術を行いました。
貴方のお父上の場合、お父上の体力があるうちに、胃ロウ手術をされた方がいいような気がします。精神科の治療は時間がかかりますし、飢餓状態が続くほど脳も萎縮して痴呆が進むのではと思います。
精神科は元気で十分な体力と痴呆もなくまともに精神科医師との会話が成立することが前提で、治療に半年以上かかるかと思います。その前に飢餓状態が進めば、命が危なくなってしまう恐れが十分あります。
飢餓状態を回復するには、精神科より、栄養を確保するための便法としての胃ロウ手術の方が良いかと思います。飢餓状態になるとお父上がまともに意思表示さえできなくなってうつろな状態になって、精神科どころでないと思います。
まず、生命を維持できるだけの栄養を身体に取り込むことが必須だと思います。精神科が必要なら命の危機がなくなったそのあとでよいのではないでしょうか?
胃ロウの手術できる病院の医師に一度お会いになって説明を受けたり、手術概要を書いたパンフレット(説明書)を貰ってこられたら如何でしょうか?

僕の母は胃腸科の入院で点滴の限界を医師から告げられ、飢餓状態で命も危なく(飢餓と発熱)当院では手に負えないこと、そして胃ロウ手術の実績のある医師のいる救急病院の紹介をされ、待ったなしで父と僕の兄弟姉妹で相談して胃ロウ手術のできる病院に入院し、手術の内容と過去の手術実績、成功率の説明(インフォームドコンセプト)をうけ、手術承認書を書いて、手術室控え室の隣(カーテンを引いただけ)の手術室で手術をして貰いました。父、僕、妹が隣で手術が終わるのを待ちました。手術後は胃ロウの回りに...続きを読む

Q酸素濃度が85%(救急車の中で)

5月5日に祖父(93歳)が吐血して救急車で運ばれました。
それでも5日6日は元気そうにしていたそうです。
7日は誰も付き添いもお見舞いもできず、8日に病院へ行ったところ、祖父があまりにも変わっていてびっくりしたそうです。顔つきも変わっていたし、ずっと目を閉じていて、ご飯を食べるときも目を閉じたまま(食べたのはお粥を10口と牛乳1口)で、「目を開けて」と何度呼びかけても閉じたままだったそうです。
祖父は以前からボケていたのですが、5日6日は点滴などのチューブを抜こうとしたり導尿しているのにトイレに行こうとしたりして危険なので7日は縛られていたそうです。
私は縛られていたせいで祖父がそうなってしまったのではないかと思いましたが、叔父は「救急車の中で測ったときに酸素濃度が85%だったから、脳細胞がやられたからではないか」と言います。
脳細胞がやられるのに2日も要するのでしょうか。
ほかには何が原因と考えられるのでしょうか。
また『酸素濃度が85%』というのはどのような影響を及ぼすのでしょうか。
祖父は食べることが一番の楽しみのようで、いつもおいしそうにモリモリ食べていたから、食べるときにも目を閉じたままというのはとても気になります。
(吐血は噴門部からのもので検査の結果はまだ出ていません。)

5月5日に祖父(93歳)が吐血して救急車で運ばれました。
それでも5日6日は元気そうにしていたそうです。
7日は誰も付き添いもお見舞いもできず、8日に病院へ行ったところ、祖父があまりにも変わっていてびっくりしたそうです。顔つきも変わっていたし、ずっと目を閉じていて、ご飯を食べるときも目を閉じたまま(食べたのはお粥を10口と牛乳1口)で、「目を開けて」と何度呼びかけても閉じたままだったそうです。
祖父は以前からボケていたのですが、5日6日は点滴などのチューブを抜こうとしたり導尿...続きを読む

Aベストアンサー

おっしゃっているのは、酸素"飽和度"のことだと思います。他の症状については分かりませんので、酸素飽和度と私の入院中の経験談だけ。

健康な人なら、安静時はこの酸素飽和度は98~99%あるようです(100%でないのは、表示が二桁だからです)。

私は喘息持ちで、酸素飽和度も普段から低くて、安静時で94~95%です。
階段などを上り下りして息切れしたりしていると92~93%。
ちょっと発作をおこせば、安静時でも88~90%になり、その状態で歩いたりすると84~85%になります。
かなりひどい状態になると安静時でも85~86%になって、身動きすると、本当に苦しくなります。
この位になると主治医に、このまま泊まっていきなさい(=入院しなさい)といわれて、酸素チューブで酸素を鼻からすって、しばらく病院にごやっかいになります。

今まで一番低かった酸素飽和度は、大発作をおこして、真夜中に救急車で運ばれていた時で、70%台だったと思います。さすがにチアノーゼといって体中が真っ青になっていました。意識もちょっと朦朧としていて、数値を思い出すことはできません。
救急車内で、すぐ酸素マスクをさせられましたが、それでも85~86%。この時は、病院でも一晩酸素マスクさせられました。(マスクはチューブより酸素吸収率が高いのです、息苦しくて大嫌いですが。そしてもっとひどい呼吸困難者は、酸素テントに入らされるはずです)

この時は高濃度の酸素を長期間吸いすぎると、二酸化炭素が体内から排出されにくくなるからと、安静時でも94~95%になる程度の酸素量しか許してもらえませんでした。

……などとえらく自分語りをしてしまいました。

ま、つまり酸素飽和度が一時的に85%になったからといって、それで脳細胞がやられてぼけたと言われると、じゃあ今の私は、何なんだ?ってことで。実際、倒れた次の日は元気そうだったんですよね?

あと入院をよくする者の経験談として……

入院すると高齢者の方は呆けることが多いです。特に個室に入った人などで身内の付き添いさんがいない人は、ぼけやすいです。
もともと認知症(痴呆)の治療として、最近は老人ホームでも身の回りに思い出になるものを置き、小さな家具などは家で使っていたものを使用することが望ましいといわれるくらいです。
それがいきなり、無個性な病院の、見知らぬ部屋、見知らぬ人(医者・看護婦・入院患者など)、窓の外の身知らぬ風景、そんな中に入れられるのですから、ぼけやすくなるというもの。
しかも、もともとかなりの高齢で痴呆もあったんでしょう?痴呆が一気にすすんだとしても仕方がないかも知れません。

できれば、細かいものでもいいので、家で普段使っていた思い出に繋がるものをどんどん持参し、ベッド周りに置くとか、短時間の見舞いではなく、なるべく長い時間いて、色々横で話してきかせるとか、してあげた方がいいですよ。
そして、病気も心配でしょうが、退院してよいとなれば、早く家に連れて帰ってあげてください。思い出の家で生活すれば、改善の余地があると思います。

かつて、同じ大部屋の入院して一気に呆けたおばあちゃまが、退院して次の通院時に、私のいる大部屋に遊びにきてくれたら、まともになっていて、驚いたこともあります。

ではでは、どうか、大切にしてあげてくださいね。

おっしゃっているのは、酸素"飽和度"のことだと思います。他の症状については分かりませんので、酸素飽和度と私の入院中の経験談だけ。

健康な人なら、安静時はこの酸素飽和度は98~99%あるようです(100%でないのは、表示が二桁だからです)。

私は喘息持ちで、酸素飽和度も普段から低くて、安静時で94~95%です。
階段などを上り下りして息切れしたりしていると92~93%。
ちょっと発作をおこせば、安静時でも88~90%になり、その状態で歩いたりすると84~85%になります。
かなりひどい状態になると...続きを読む


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