私は、キリスト教のクリスチャンです。
プロテスタントです。

結論から言いますと、神を信じることによって病が癒されるという奇跡はあるのでしょうか?

私は、ある病を持ってます。
手の多汗症でした。その手の大量の発汗を止めるために、手術をしました(1997年より保険適用が可能になった)。しかし、その発汗が止まったのは良いのですが、その代償として、お腹、お尻、背中から、大量の発汗がでるようになりました。(医療用語で代償性発汗という)

医師からは、代償性発汗についての説明は、あまりありませんでした。

それは、おいておいて、私はこの代償性発汗のため、夏の社会生活は困難になっております。
このような体験をしている人は、日本に数多くいます。
中には、自殺した人も多数います。あるところでは訴訟にもなっています。

この手術は、不可逆的なものなので、元に戻りません。

その後私は、何かを求めていたのでしょう、キリスト教の門をくぐったのです。

私は、唯一の神がイエス・キリストであり、イエスは多くの病を持った人を癒し
また、多くの奇跡を起こしたお方だと信じております。

私はどうしても、目にこそ見えないキリストを信じることにより、この病が癒されれば
と切に願っています。

キリスト信仰において、このような病が癒されるという奇跡は起こるのでしょうか?
私は、もはや、キリスト信仰しかありません。
しかし、現実、この代償性発汗は尋常じゃないほどつらいのです。

どうか、ぜひ、コメント願います。

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A 回答 (13件中1~10件)

きぐるみの雑学教室ぅぅぅ



今日のお料理 じゃなくて お勉強は<体温調節> です。

人間は蛇や昆虫と違って、外の温度によって体温を変えるとことはありません。
常に一定の体温を保つので、蛇のように冬眠しません。
常に一定の体温を保つ動物を<常温動物>を呼びます。

人間には筋肉があります。
これは重いものを持つ以外、発熱の機能を持っています。

例えば外が寒いと ぶるぶる体が勝手に震えますよね。
例えば寒気がして体が勝手にぶるぶる震えだし、体温計で計ると、38度近かったりしますよね。

人間は常に一定の温度を保とうと勝手に自律神経がやっちゃいます。
寝ているとき呼吸が止まらないのも、心臓が止まらないのも、自律神経が勝手に働いてやっているから。

寒いときは、筋肉を震わせ、摩擦を起こして熱を発生させ、体温の低下を防ごうとします。
だから 冷凍庫に入っても、すぐには冷凍庫の温度まで体温は下がらないわけです。
そのかわり 筋肉が震えて熱を出し始めて、一定の体温を保ち続けようとする。


体内に悪い菌が入ったとき、体は勝手に筋肉を震わせ体温を上げて、悪い菌を熱で殺そうとする。
人間の体温と同じ温度だと、ものすごく増殖する菌も、40度の環境だと死んでしまうものが多い。
だから、悪い菌が入ったら、ぶるぶる体が震えだし、もりもり体温が上昇するわけです。

このぶるぶる体が震えているとき、体を冷やしたらだめ。
頭だけはいいけど。
脳は熱に弱いので、あまり上がりすぎるとよくない。

で、ぶるぶる震えているときは、自律神経が体内に入った悪い禁を焼き殺すために体温をわざと上げているので、冷やすと殺せなくなる。
で、ある一定の体温まで上昇したら、筋肉は体温を上昇させるのをやめるため、体の震えはとまる。

そしたら、そこで初めて体温を下げるわけです。
体温が上がっていると、あちこち痛い、筋肉もぶるぶるしたので痛いし、呼吸も苦しいし、あちこち痛い。
だから熱を下げないと体が辛い。

そこで短時間に体温を下げるには どうしたらいいか。
首の右側、大きな動脈が走っているから、ここを冷やす。
ここを通った冷めた血液が体全体にいきわたる。

つぎに足のつけての内側。
ここにも太い血管が通っているので、ここに冷却材を当てる。

すると、頭を冷やすだけより短時間に早くからだが元の体温にまで戻りやすい。
平熱より下げちゃうと、また体が平熱にしようと震えだすので、調節は必要で、37度前半まで下がったら、冷却材は抜く。
抜かないと、寒い。辛い。


で、私の友達は、猛暑の中でまったく顔に汗をかかない。
化粧崩れしない女。 不思議なほどまったく顔に汗をかかない。
だけど、背中はすごいことになっているらしい。
別に手術したわけじゃなくて、そういう体質なんですって。
Tシャツ着ると、背中がすごいことになるらしい。

私はTシャツがそんなことにはならない代わりに、滝のような汗を頭皮からと顔にかく。
まるでシャワーを浴びた後のように ボタボタと落ちる。
もちろん 湿度が高く室温が高い環境でだが。
目に汗が入った痛いんだなぁ。

で、考えたわさ、 リラックマアイスマクラー(クーラー)。
首に冷却材を巻くの。ラッックマのかわいいカバーつきの冷却材ならださくない。
これでばっちり、 まったく顔に汗かかなくなった。

スポーツをしていたら、これでもおかしくないのですが、スーツきてたら そういうわけにはいかないですよね。
だから スーツを着るのなら、改造が必要でしょう。
襟が首に当たる部分の内側に冷却材を入れるとか、内股に冷却材を入れるポケットをつくって、そこに冷却材を入れて、薄いのですぐとけたら、交換するとか。

サポーターみたいな網包帯みたいなもので、内股に張ってもいいし。


汗をかく理由は体温調節のため。
体温が上昇したら交感神経が働いて、常に一定の体温に保つために、汗をかくことで、熱を体の外に出している。
だから 汗をかいたあと 寒くなる。
汗はからだの中の温度を含んでおり、その温度を外に出すので、上昇した体温が下がる。
汗を出したりして体温が上昇するのを防ぐ。

顔や頭皮から熱を汗を通して外に出す人もいれば、背中や足の裏から出す人もいる。

かなめは 上昇した体温を早めに下げれば、汗をかく必要が無い。
まあ 毛穴がつまるので、汗はかいたほうがいいですが。

りらっくま アイスマクラ。 ね?
この別バージョンを自作すればいいだけの話。

やってみたーさい すっごい効果抜群なはずですから。

涼しいですよぉ~ 楽園ですよぉ
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この回答へのお礼

ご意見、ありがとうございます。
いろいろなことを試して見たいと思います。

お礼日時:2011/04/17 00:03

ご質問をお読みしまして、思い出した箇所は以下の箇所でした。

イエスは次のように述べています。

マタイによる福音書 17章14~23節
一同が群衆のところへ行くと、ある人がイエスに近寄り、ひざまずいて、言った。「主よ、息子を憐れんでください。てんかんでひどく苦しんでいます。度々火の中や水の中に倒れるのです。お弟子たちのところに連れて来ましたが、治すことができませんでした。」イエスはお答えになった。「なんと信仰のない、よこしまな時代なのか。いつまでわたしはあなたがたと共にいられようか。いつまで、あなたがたに我慢しなければならないのか。その子をここに、わたしのところに連れて来なさい。」そして、イエスがお叱りになると、悪霊は出て行き、そのとき子供はいやされた。弟子たちはひそかにイエスのところに来て、「なぜ、わたしたちは悪霊を追い出せなかったのでしょうか」と言った。イエスは言われた。「信仰が薄いからだ。はっきり言っておく。もし、からし種一粒ほどの信仰があれば、この山に向かって、『ここから、あそこに移れ』と命じても、そのとおりになる。あなたがたにできないことは何もない。」しかし、この種のものは、祈りと断食によらなければ出て行かない。一行がガリラヤに集まったとき、イエスは言われた。「人の子は人々の手に引き渡されようとしている。そして殺されるが、三日目に復活する。」

ルカ福音書 17章6節
「もしあなたがたにからし種一粒ほどの信仰があれば、この桑の木に、「抜け出して海に根を下ろせ」と言っても、言うことを聞くであろう」。

もしあなたが目に見えないほどの信仰でももっていれば山を動かすすことが出来るし、道端に植えてある木を移動して海に移すこともできると述べています。これは私どもクリスチャンの信仰について一度吟味するよう求めているともいえます。

むかし年老いた婦人と知り合いになりました。宣教師として日本に来て体が動かなくなったので引退したということでしたが、4帖半程度の小さな部屋で、何もないところからおもてなしをしていただきました。私の生涯は日本のためにあり、現在までにすべてのものを使い切ってしまったことがもっとも感謝なことと申しておりました。その婦人があるとき大きな集会に誘ってくださったので行ってみました。そこで繰り広げらていた光景は車椅子で3-40年生きてきた方が車椅子から立ち上がって走り回る光景でした。キリスト教の伝道集会ではあったのですが、驚くべき光景でした。それは信仰に応じて報いられるという光景だったのです。宣教師の婦人の信仰でも癒せない病を癒してもらうために彼女はそのような集会に参加していたのではないかと思うものです。

私どもクリスチャンは自分勝手な考えで神様の行われることを制限してわならないと思います。「求めなさ、さらばあたえられるであろう」、「叩きなさいしからばひらかれるであろう」などなど多くの言葉がイエスの口から語られています。できると信じることからなにかが始まると思いますが、できないという想定からは何も生まれてきません。

癒されると信じてそのまま生涯を終えることが出来るなら、それも立派な信仰と思います。 

イエスの山を動かす信仰の言葉の後は次のように語られています。 

「少しも疑わず、自分の言うとおりになると信じるならば、そのとおりになる。 11:24 だから、言っておく。祈り求めるものはすべて既に得られたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになる。 」     
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この回答へのお礼

「そこで繰り広げらていた光景は車椅子で3-40年生きてきた方が車椅子から立ち上がって走り回る光景でした」←これこそ奇跡ですね!!

生きる希望の光が私自身にも、少し見えてきたような気がします。

お証、誠にありがとうございました。

お礼日時:2011/04/12 22:38

イエス・キリストは死んじゃった人でしょ。



まだ生きてる人にサティヤ・サイ・ババという人がいますよ。
この人は奇跡で人の病気を治してくれる方です。自分の病気は治せないけど人の病気は治せるそうです。

今なら、まだ間に合うかも。
日本にも支社ができたので、問い合わせてみればよいです。

http://www.sathyasai.or.jp/
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この回答へのお礼

ご意見、ありがとうございます。

私は、キリスト教の信徒ですので、サイ・ババさんを崇拝してしまうことになります。
つまり、信徒の私にとってキリスト教に反するものとなってしまうのです。
それが、怖いです。
医療ならともかく・・・。

お礼日時:2011/04/17 00:07

手術を受けるにあたってリスクも説明され、そのリスクも承知の上で手術を受けることに同意する契約を交わしたら、リスクが起こったとき、受け入れなければならない。


もし、リスクが説明不十分であったのなら、病院を訴えるべきです。
契約書にサインした後も、十分な説明が無かったことが証明されたら、賠償金を請求できます。
例えばいいことばかりを言って、リスクが起こる人は稀だと説明を受けたとか、第三者が立ち会ってそれを証明できたら、裁判で勝てる見込みはある。

その軽減手術を受けて少しはよくなったのであれば、さらに何度か受ければ軽減されるかも聞けばいいと思います。
もちろん手術を何回も受けることにより、別のリスクが発生するのかも聞いて納得してから受けるべき。


とはいっても、現実問題、最先端医療を提供する機関でないと、改善は難しいと思うし、日本では受けられないと思います。
文献を調べて、どの外国の病院なら、成功例を複数あげていると調べられたとしても、渡航費用や医療費は全額自腹でしょうから、とても実現は難しいと思います。

例えば内臓移植で日本では受けられないので、海外で受ける人がいます。
それを受けないと死ぬ。
だから両親は募金活動をしたりして、何千万とかかる費用をなんとか捻出しようとしたりしている。

その死ぬしかない人たちに比べれば、まだいい方なのですが、それでも苦しみは持続しており、生活に大きな支障が出ているのであれば、どうにかしたいものですよね。

医学的なことはよくわかりませんが、催眠療法というものがあります。
怪しい療法ですが、自律神経の異常により、顔が赤くなってしまう人とかに、催眠療法で治すという話がある。
効果は薄いと思うし、第一催眠にかかりにくいのが通常ですから、施術されて途端に交感神経が今とは違うようにはならない。
一時的なもので、何度もかけなおし続けなければならない。

顔がすぐに真っ赤になる人に対して、最先端医療の現場では、脳だったと思いますが、その部分を手術することで、赤面しなくなったりします。
催眠やプラシーボ効果ではなく、身体的なスイッチを変える手術をすることで、赤面症が治る。
ただし、日本じゃ行っていないので、催眠療法など怪しいところにすがっては、散財する結果になっているのが現状。


あなたが今望んでいるのは、催眠療法と仕組みは同じです。
自分に暗示をかけることで、神経を違う回路にしようとしているようなもの。

自己暗示をかけ続け、どうですか?
懸命に暗示をかけ続けたのに、変わらないってことは、信仰が薄いからではなく、暗示にかかりにくい普通の人だからです。

暗示にかかりやすい人は、キリストと同じ箇所から毎年クリスマスになると出血します。
自己暗示により肉体を変化させることができる、ものすごく暗示にかかりやすい人だから可能なんです。

もしも「あの当時は手の平ではなく手首に釘を打ち付けていた」と言えば、その人は手首から出血し、出血死してしまうので、言わない方がいい。

第一、イエスの話は、エジプトの神話が元ですので、御伽噺であって実話じゃあないので、どこからでもいいわけだし。

御伽噺を真実だと思い込み、出血さえもできてしまう信仰心の高い というより暗示にかかりやすい信者もいる。
が、あなたは違う。

で、現実問題、どうしてもというのなら、催眠がとてもうまい人を探し出し、催眠により軽減されるかやってみればいいと思う。
催眠ですから時間とともに効果は薄れ元に戻ります。
そうなる前にまたかける。
ずっと消える前にかけ続けることで、体にどの状態が普通か記憶してもらう。

後は、自己催眠で「冷たくなる」と体の体温が低下するイメージトレーニングをする。
暗示と一緒で、横になって体をリラックスし、目を閉じて、手にひらに ぽとん・・・ぽとん・・・・と水滴が落ちるイメージをする。
だんだん片方に手だけ冷えてくるまでにイメトレができるようになったら、もう片方も同じイメージをして体温が下がってくるイメージを持つ。
そうやって今度は別な部分の体温が下がるイメージをする。

オリンピック選手は、そのイメトレのトレーナーを雇い、試合5分前に自己催眠を一気に自分でかけ、覚醒した状態で試合に臨む人もいるそうです。

訓練して5分で催眠完了。

運動選手専門で、そのトレーニングをする人が存在する。
ひっぱりだこだと思うが、術をかけられるひと、催眠状態に導くのがうまい人、自己催眠のやり方をトレーニングして教えられる人を探すって手もあります。

信仰を持つにいたった人は暗示にかかりやすいタイプなので、見込みはあります。
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この回答へのお礼

ご意見、ありがとうございます。

自己暗示や、催眠療法も良い手段かも知れませんね。
いろいろ、調べてみたいと思います。

お礼日時:2011/04/12 16:17

>キリストを信じることにより、この病が癒されればと切に願っています。



 病は癒されるでしょう。

 でも、癒されたいから信じる→癒されたいものごとがないとしたら信じなくてもいいや
 
 ではダメだと思いますね
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この回答へのお礼

ご意見、ありがとうございます。

病の有無に関係なく、私は、イエス・キリストを神と信じます。

お礼日時:2011/04/12 14:43

○信仰における奇跡は必ずあるものですが、それで病気が必ず治るものではありません。



これは病気というものの本質の差によるものです。多くの場合、病気は自身で長年かけて作っていますから、特に悩みや執着のあく想念が自らの体を傷つけるというのが病気の原因です。
信仰に入って、自分が自分がという思いが減り、結果として悩みや執着のあく想念が減っていけばそれに伴う病は消えていくものです。癌などはその典型ですね。
どの宗教でもこのようなことは起きていますね。
このような自身で創った病気は大抵治りますが、今是生まれるときにもってきた課題としての病、先天的、後天的なものはそれ自身が修行課題ですから治らないことになっているのですね。
例えていえば、ヘレンケラーなどがその典型ですね。ヘレンケラーがいくら望んでも目も耳も治ることはありませんでしたね。運命を受け入れてそれでも尚、前に進むということですね。
あなたの病がどの分類のものかはわかりませんが、つまり、信仰によっても治るものあり、そうでないものありなのです。
私も仏神に対する強い信仰はありますが、それでも毎年この季節のつらい花粉症は辛子だね1粒ほどもよくなりません。まあ、そのようなこと仏神に望みもしませんがね。
という話ですね。
唯一チャンスがあるとするならば、2000年前のイエスと同じように、現代の生きた救世主にめぐり会うことですね。
現代はそういう時代ですから、探してみることですね。教会や寺院で助けたまえ、治したまえと祈ってもだめかもしれませんね。
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この回答へのお礼

「現代の生きた救世主にめぐり会うことですね」←私もそれしかないのかなぁと脳裏では、そのように考えてもいます。

ありがとうございました。

お礼日時:2011/04/12 14:46

まず、入会する前にお勉強をして、<処女より生まれピラトによって処刑され3日後に生き返ったということを信じる>ということにいたったので、入会することにしたわけですよね。



常識でみんなが「ありえん」と思うことを、あなたは「ありえた 私にはわかっている」と確信を持ったので、入会したわけですよね。
それだけでもすごいことです。
常識とは違う思考ができてしまうのだから、普通じゃあない。

この地点であなたは他の人と違う感覚・常識などを持っているわけです。

「バナナが目に前にある」と思えば、バナナが存在すると認識できる能力があり、だからこそ、イエスが存在したと認識し、入会にいたったわけですから。

その普通の人が持っていない類稀なる能力を使えば、思うだけで実現するはずですよね。
他の人には見えないものが、あなたには見えたとなるはずですよね。

あなただけじゃあない、キリスト教徒全員、思ったことが実現するはずですよね。

実際は認識したからじゃなく、そうなったらいいなぁ と将来の明るい展望を出だして入会した 確信は持っていないが、「こんなこといいな できたらいいな あんな夢 こんな夢いっぱいあるけどぉ みんなみんなみんな かなえてくれる不思議な力でかなてくれるぅ」とドラえもんの歌みたいな淡い期待で、利益を求めて「望みをかなえてくれたら代償に信じてやる」というのは、、、、
代償を得られなかったら信じないってことで、今代償を得られていないので、信じていないってことですよね。

「だって、ルルドの泉など、本当に奇蹟が起こるのなら、キリスト教国の人々は誰一人病になっていないはず。国家で健康保険料を3割にせず、ルルドの泉を配布して税金を安くするはず」

とおしゃりたいのなら、その通り。

現実を言うと、ルルドの泉を飲んで病が治ったと証明された人は、たった一人もこの世に い な い。
最初に治ったといわれる人は、ルルドになど行ったこともない。

話が創造されて、その人がルルドに行って泉の水を飲んだら、難病が治ったという話になってしまっただけ。

よく「この水を飲むと癌が治る」という霊感商法がありますが、本当に癌が治るのなら、とっくに国がやって医療費抑えていますよね。

がっかりさせて申しわけない。
ただ、これはローマ・カトリックだけが悪いのではない。
信者が勝手に話を作って、捏造したから。
学者ほど騙されやすい。
普通の人がおかしいと検証するところを、学者は「おかしい」と気づかず素直に結果だけを信じる。
過程に捏造が無かったかまで疑わない。


http://www.tenoase.com/061003riba-saru.html
2008年3月以降の証言が無いので、うーん というところなのですが、一応国から開業認定をもらっているので、怪しいことはできないはず。
もし、霊感商法みたいなことをすれば、国から開業取り消しをくらうはずだから。

藁をもすがる思いでルルドに行く費用があるのなら、この病院に聞きにいってみてはどうですか?

ちなみにキリスト教に救いを求めて相談した場合の慣用句ですと、「その苦しみは神からあなたに与えられた試練です。喜んで試練を受けてください、神が与えられるものに無駄なものはまったくありません」です。
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この回答へのお礼

「その苦しみは神からあなたに与えられた試練です。喜んで試練を受けてください、神が与えられるものに無駄なものはまったくありません」←その御言葉は私にとって非常につらものがあります。

また、貴殿が紹介して頂いた、クリニックなのですが、私はそのクリニックで「代償性発汗」を軽減する手術を受けました。

結果、軽減はされたのですが、やはり、それでも、気温25度を越すと耐えられないです。

お探しいただいて、誠にありがとうございました。

お礼日時:2011/04/12 14:52

カトリックのクリスチャンのものです。



他の方も既にご回答されております通り、ルルドの泉が有名です。ここで起きた病を治癒する泉は、奇跡として正式にカトリック教会から認定を受けています。
カトリックでは自然では成し遂げられないような出来事、神の業が現れなければ起きえない超自然的な現象に対して教会が正式に調査し、奇跡として認定することがあります。
私もホームページで得られる程度の知識かもっていないのですが、その認定プロセスというのは大変厳しいようです。多分野の科学者による調査のほか、短くても数十年、長いと世紀をまたがって調査される程です。

さて、それが本当に奇跡かどうかは正直なところ分かりません。ただ、ルルドの奇跡認定の過程を以前ホームページで見たことがあるのですが、一流の科学者が何十年もかけて調べ尽くした結果、奇跡としか言いようがないとの結論を得たのです。この事実は神様の癒しを信じる人にとってはとても心強く、奇跡として信じるに値する事だと個人的には思っています。

病気と向き合って行くことは本当に大変な事だと思いますが、そのような奇跡的な出来事もあります故、どうか神様による癒しをこれからも信じて、よき癒しが得られますよう、微力ながらお祈りしています。
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この回答へのお礼

ご意見、まことにありがとうございます。
ルルドの泉存在については、あまり聖書を通読していないので知りませんでした。

そこが、奇跡だと認定されているのなら、是非、行ってみたいです。

お礼日時:2011/04/12 14:41

あなたが、その宗教を深く信じていれば、効果があるでしょう。


よく、「医者が小麦粉を薬だと言って飲ませると効く」といいます。
「そんなの気のせいだ」と言うなかれ、催眠術で「これは焼けた火ばしだ」と信じさせて、腕に押しつけると、そこに火傷のような水泡ができた、という有名な実験があります。
それに比べれば、病気の体調の悪さや多汗症の症状の改善など、楽勝でしょう。
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この回答へのお礼

ご意見、ありがとうございます。

お礼日時:2011/04/11 22:22

素人考えですので、違うかもしれませんが、その時はお許しを請うだけですが。

信仰によって病が治ったり、軽くなるという話は良く耳にします。キリスト教での癒しは『神と和解する事』によって成就されると感じます。

という裏付けがあります、神と云う言葉は、その存在を自分以外に求めた場合には『見つけられない事になっています。』信仰とは飽く迄も個人の問題だからです。貴方が『神』と和解するしか、貴方は貴方の信仰を成就出来ない性質のものと感ずるからです。

神父さんや、司教さんが幾ら一生懸命に貴方のために祈ったとしても、貴方には何の関係も無いと感じます。貴方が貴方の為に懸命に祈る他には『貴方の救いは』無いと感じます。

そこで『救い』が成就される条件を書いてみます。救いが成就されるためには、(一回)貴方の願いが悉く『否定される必要があります』今の貴方なら『多汗症からの解放』と云う事になります。

祈る事の意味は『叶えられない事を望む』という意味があります。従って貴方が幾ら祈ったとしても、貴方の願いは叶えられる事はありません。

それにもめげないで貴方が、祈り続けた場合『やはり貴方の願いは届く事はありません。』幾ら貴方が祈ったとしても貴方の願えは叶えられる事は在りません。

貴方の中の貴方の願い(計らい)が消えるまで、叶えられる事は在りません。貴方の願いは『聞き入れてもらえないのだ!』と貴方が気が付くまで、貴方の苦しみが続きます。

ですが貴方の願いが『聞き入れと貰えない事を』了承する時、貴方は自身の神と出会う事が出来ます。貴方の願いが適わないと納得する時です。貴方が願っている事は『適わない事』だからです。

人間の精神世界は『不思議な現象があります』欲しいと願う心が『欲しいものを遠ざけている現象です』或は嫌っている心が『嫌っている事を呼び寄せている場合です』

貴方の書いたものを見ている時、そう感じます。貴方の意識が欲しいものを遠ざけていると感じます。貴方が欲しがらなくなった時(多汗症を意識し無くなった時)貴方の救いは成就されると思います。

今の貴方は『多汗症の為に地獄を見ています』ですが其の多汗症は、貴方が天国を求めすぎているせい』と感じます。貴方が天国を捨てるか、或は地獄に落ちる決心が出来た時『治ります』

言い方を替えるなら『貴方の意識の持ち方、或は、貴方の生きる態度の間違いから』多汗症に悩んでいます。多汗症と仲良くなった時点で多汗症は『意識には上がって来なくなります』

その時は『自身の神と和解しています』貴方の『意識』と貴方の中の『識られざる神』が、今は仲違いしています。貴方は自分の意識のみで万能の神の役割を演じようとしているだけです。

人間が意識のみでやろうとする時に『意識の根底で、漠然とした圧迫を受けます』今の貴方は、『心の矛盾』を結果として、不安という形で受け取っています。

迷える子羊が救われる時とは、『救われない事を』心から受け入れた時と言えるからです。貴方が治らない事を『心から了承した時』『心の矛盾は解消されます』

全てを捨てた時にしか、貴方には満たされる事がありません。その事が分かる事を『信仰の世界に入る。』と云うと感じます。
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この回答へのお礼

ご意見、ありがとうございます。

貴方が欲しがらなくなった時(多汗症を意識し無くなった時)貴方の救いは成就されると思います。
                ↑
             それが、難しいのです。



 

お礼日時:2011/04/11 22:28

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