昨日も芝公園で2500人の原発反対デモが行われたようですが、原発を反対してる人は原発からの電力の供給量、原発が無くなった際の電力供給源をしっかり認識した上でデモをされているのでしょうか?

確かに原発がある事で今回のような事故が二度と無いとは言い切れません。
ですが、危ないからダメだ・・・と、大の大人が感情論だけでデモを起こすのはどうでしょうか?

私の親戚も福島原発の事故で避難しなくてはならない状況になりましたが、私は現状原発を無くすのは現実的に考えて不可能だと思います。

原発に反対される方がいらっしゃいましたら意見をお聞かせねがえませんでしょうか?
危ないから・・・と子供のような回答はいりません。

よろしくお願いします。

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A 回答 (20件中1~10件)

原発は国策です。

第二次大東亜戦争に突入しないためにも、国産エネルギーは必要。
反対してる人は、また戦争起こしてもいいと考えてるのと同義です。

安全だとかコストが安いとか温暖化とか、後付けで無理やり理由付けをしようとするから本質が見えなくなる。わが国は経済立国だから、エネルギーを使ってモノを作り続けなければ生きていけない。エネルギーが無くなれば国家存亡の危機です。どっかの誰かがすぐに襲い掛かってきます。

ひらがなとカタカナがなくなっちゃいますよ?
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再びお邪魔します。



極論として、現状の原発の管理体制であっても原発が必要、従来通りの電力が絶対的に必要であり、削減など考えられないので原発は絶対に必要と言う考えの方々であれば、是非、原発の近所に引っ越していただきたい。
その上で、身を持って安全を訴えていただき、『安全』の根拠を示していただきたいものです。

それができずに「必要」だと言わないで欲しいと思う。
あまりにも『無責任な発言』だと思いませんか?。

何かあっても災難は自分自身に直接降りかかってこないから、でも今まで通りの贅沢をしたい。
これって、普通の人間の考えることではないと思いますが如何でしょうか。

他人を犠牲にしてでも、自分の直接の利益だけを求めるための発言と思いますが如何でしょうか。

実際福島の方々は、このような状況で直接被害を受けているわけです。
その方々の身代わりをしてでも電気が欲しいと言われる方々が賛成しているわけです。

身代わりなんかとんでもない。ただ電気だけが欲しいと言うのは、あまりにも自己中心的考えではないでしょうか。
原発に賛成ならば、是非、引越しをしていただいて、できれば敷地に隣接する場に住んでいただきたい。
それを拒むのであれば、賛成する資格はない!!。
安全な場にいて、原発賛成などとほざいている輩はあまりにも身勝手すぎる発言だと思いますよ。

放射線の被害を受け避難されている方々に対して、どのように「賛成」の意を伝えるのでしょうか。
わたしとしては興味津々です。

心ない人間が管理するような原発を前面廃止し、新しい生活習慣を築くことがいかに大切なことが理解いただけないでしょうか。
実際、今までの原発事故って、ほとんどすべてが『人災』ですね。
まだ人類が原子力を操るなんてムリなんですよ。
人間が管理することを考えている限り、絶対にムリだと思います。

まぁ、今回の事故で、如何に電力会社が無能かわかったと思うのですが・・・。
恐ろしいことだと思います。
にも関わらず、まだ原発は絶対に必要だと思いますか???????。

どう考えても、まったく筋の通らない考え方だと思いますよ???。
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rawer1209さんの考え方は自分は原発のリスクに真正面から向き合わず電気だけ欲しいというわがままな子供の様な考えだと思いますがいかがです?



それと原発は使用済み燃料の最終処分の技術が確立していないことは理解されています?

現在の案は300m地下に保存だけで今回の地震を考えると本当に将来に渡って安心かと疑問になります。

原発を推進するならその技術を確立することもしないと堂々と原発は問題ないと言えないでしょう。
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「原発」自体は恐らく大変安全なものだと思います。


しかし、それを管理する「人間」、あえて言えば「電力会社の体質」に大変大きな「欠陥」があるわけで危険な物になっているわけです。
従って、原発に反対している者です。

http://oshiete.goo.ne.jp/qa/6521866.html
他の所で私の意見を述べています。

>私は現状原発を無くすのは現実的に考えて不可能だと思います。
「楽」や「贅沢」のためであれば、少々の犠牲はしかたないことだから「不可能」なわけですね。
「現実的に考えて」と書かれていたので、客観的に見て『同意』となります。

今回の電力会社の対応、政府の対応をメディアを通して見て、原発を賛成している人達のすぐ近所に原発建設案が出たとき、賛成し積極的に推進活動されるのでしょうか。

それであれば、私は「敬意」を持って推進派と闘いたいと思いますが、原発は必要だが自分の家の近くには造らないでくれと言う方々であれば、「人間としての『心』」を疑い、憎しみを持つ闘いをするでしょう。



今は、原発を必要としない「社会」を造ることを考えるべきではないでしょうか。
使いたい放題エネルギーを浪費するような、今までの考え方を改めるべきではないでしょうか。

今私もこうやって電気を使ってパソコンから書き込みしていますが、今は稼働時間を1/3減らし、計画的に使用するように心がけています。

「否定」や「諦め」からは決して新しい物は生まれません。
50年前の技術では、現代の「携帯電話」は『夢のアイテム』でした。
誰も否定せず、諦めなかったから実現できています。

原発なんかなくたって、電気の消費を抑える社会は造ることができる可能性は『0』じゃあない。

ゴチャゴチャできない理由を述べるより、できる方法を皆で考えましょうや!!。


「原発」って、
『赤ちゃんが、信管の付いた爆弾で遊ぶようなもの』なのです。(今現在では)
原発自体の管理システムは限りなく完璧かも知れないが、その管理システムを管理する『人間』に欠陥があるために、この表現は適切だと思います。
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原発に反対の理由はみかけの発電コストが安くても今回の福島第一原発の様な事故が起こったら補償費が発電コストの安さを上回るからです。

それと廃棄物処理費用の金額を推進派は聞かれても正確に言わないので信用なりません。(ちなみに原子力推進の為に年間約4000億円が国の予算として支出されています。)

運転中の原発を今すぐ止めろとは言いませんが耐用年数が来た原子炉を延命することには反対です。削減分は省エネの推進と原発の分の発電をガス火力と石炭火力に切り替えるべきです。
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私は広瀬隆氏の著作は大抵読んでいて、最近まで筋金入りの「原発反対論者」でした。



でも3/11からの経過を見てちょっと考えが変わったように思います。

原発が今回問題を起こしたことで、原発のどこに問題が実際にあって、反対をしてきたことの根拠が何処にあったのかということがかなりクリアになったように思います。

推進論者がこれまでのように自信たっぷりに危険がないということを無根拠でいうことはなくなったはずですし、彼らが謙虚に現実を見るというそれだけでも3/11が双方に取っての今後に寄与するだろうと思います。

まだまだフクシマが今後どうなっていくかが分からないのでなんともいえませんが、私は、これではじめて推進論者と反対論者が同じ土俵で、共通した目標に向かって結論が出せる素地が出来たのではないかと思っています。反対論者は、もちろん感情は抜きで日本の未来を見据えて欲しいです。少なくともあつものにこりてなますをふくというようなことのない様にしたいとは思います。

私は原発は捨て去るには惜しい魅力があるし、実用に向けてまだ改良の余地があるのではないかと思います。それが見えた段階で原発推進論者になるかもしれないです。

ご参考まで。
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原発推進論者の悪いところ。

代替エネルギーはどうする?それはある意味脅し。

まだ、大半の人は理解していないんです。福島県の原発は、もうこの世に存在しないということを。あと半年もすれば、世間一般に当然の事態として認知されます。
第一原発の1~4号機は廃炉確定です。5と6号機と第二原発は残ってる?ここは避難指示区域です。もう使えないんですよ。それに福島県民は使うことは絶対許さない。

原発が無かったら発電は出来ない、では無いんです。原発が無かったらどんな発電ができるか、なんです。そして、そこからありとあらゆる知恵を絞って原発ではない発電方法を考えるんです。

火力発電は二酸化炭素を排出するし、化石燃料を消費するからだめ?冷静に考えてごらん。化石燃料じゃなければ火は燃やせませんか?
水力発電はダムが必要?本当ですか?ダムが無ければ水力発電は出来ませんか?
他にもアイデアはいくらでも出てくる。

もう一度言います。福島県にもう原発は存在しません。それはあと数ヶ月すれば日本国民全員が理解します。
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質問者さんがおっしゃるように、原発に代わる電力供給源がない以上、やみくもに反対することは私もできませんが、できれば無くなってほしいとは思います。


でも、原発の恩恵で暮らしていて、ちょっとの停電のたびに文句を言っているようでは説得力はないですよね。
今回の事故が起きるまでは、私自身も原発の恩恵を受けていることや原発には大きな危険があることをぼんやり意識はしていたものの、近所にあるわけではないので真剣にとらえたことはありませんでした。
首都圏の電力を担う原発の事故で、生活を脅かされる福島・茨城などのみなさんのこと、命がけで対応しているみなさんのこと、今回初めていろいろ考えさせられました。
原発を今すぐすべて廃止することは難しくても、今回のことで世界中が原発の問題点をもっと真剣に考え、より安全なものが生まれるきっかけになってくれることを願うばかりです。
そして、被災者の皆さんが1日も早く元の生活に戻られることを祈っています。
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こんにちは。

素人です。
私は原発を必要だと思っていますが、あえて原発反対派の思考で考えてみます。
原発反対デモ参加者の殆どが人より"心配性"なんですよ。
水道水は不衛生で飲めない、中国産の食べ物は危険、放射線レベルを毎日チェックしてから出勤等、
心配性な人って必ずいますよね。
そんな人たちが集まりデモってるわけです。
中には実際に放射能汚染を経験した方や親族で経験された人もいるでしょう。
ですが、殆どはこの"心配性"気質が強い人たちが集まっているような気がします。
だから彼らにとって原発反対の理由は1つしかなく「危ないから」なんです。
子供っぽいと言われたらそれまでですが、彼らにはそれが全てです。
その後の電力の供給量の問題なんてのは「危ないくらいだったら節電する!」っていう人たちなんです。
その中からデモに参加できる行動力のある人を選出すると、かるく2500人くらいは集まるでしょう。
電力供給により経済発展を優先するか、電力不足だが安全を優先するかの違いです。
ちなみに私は「そんなの心配してたら何もできない」っていう考えなので原発推進派です。
結果、現在のような事故が発生して、生命の危険にまで陥っているわけですがね。
やはり長生きするのは彼らのような"心配性"な人たちなんでしょうね。
彼らが原子力安全・保安院になれば完璧な管理をしてくれそうですが
100%拒否されますね。
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「危ないから駄目だ」や「感情だけの反対」、この意見も大切だと思います。


とかく男は、いろいろな理由をつけて戦争をしたり、アスベストなどの発がん性物質の生産をし続けたりしています。
悪いとわかっていても、それを中止すると何かが機能しなくなるとか、誰かが損をするとか、ある団体から圧力があるとか、途中でやめられないとか言ってやり続けているものがたくさんあります。
過去には「水俣病、PCB汚染、薬害、無駄な干拓、河川敷など」沢山ありました。

これを「改善策がないから、できるまで続ける」「技術的、政治的に判らない者は反対するな」では、改善はできません。
昔、アメリカが大気汚染対策と日本車の輸入規制を目的として、当時としてはとても不可能と思える排気ガス規制をしましたが、数年後にホンダビックがその規制をクリアして、世界中がビックリしました。
これ以外にも、日本の技術者は上司に無理難題を押し付けられ、苦労して解決してきているのです。
上司はどうしたらできるとか判っていません。
「やらなければ、会社がつぶれる」と指示をだし、発破をかけるのです。

女性を中心とした心の叫びというような反対運動は、大変重要だと思います。
ベルリンの壁が壊されるときの、デモ行進をTVで見ました。感動しました。
今の日本は、長いものに巻かれすぎです。
正しい目を持ち、悪いものには反対し、改善を促すことが重要です。
改善は、知識と技術のあるものがしてくれます。
私たちは私たちのできる事をやりましょう。
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