30歳・女です。

自分は2年ほど前にどん底を味わいました。

その頃、精神的な病を抱えており、母親と二人暮らしでしたが、母親との生活が自分に追い打ちをかけていると感じていたので、一人暮らしをするため用意していたら、逆に追い出されてしまいました。

その時母親に、野垂れ死にして来い、と言われました。

病人である子供に母親が放つような言葉ではないと、今となっては母親も病んでいたのだろうと思います。

先日久しぶりに会った際にも、あんたの顔なんか見たくないと言われましたが、子供として、そんな言葉をかけてくる母親を持った自分が情けないと落ち込みました。

未だに親を自慢になど、到底思うことができません。

自分は恥ずかしい親を持ち、反面教師にしている恥ずかしい名ばかりのオトナです。

その後数ヶ月間、一人暮らしをしましたが、うどんを作るにも往生するような、体力的にも難儀する状態となり、

本当は自殺したかったのですが、

自分を諦めたくなかったので、癒され心の支えになってくれる恋人を探し、自分からお願いして付き合ってもらいました。

その人のおかげで今日溌剌とした日々が送れています。

有り難いことではあります。

ふと、あの頃、親身になって心配してくれた家族、友達、知り合い…誰一人いなかったことを思い出し、ものすごく泣きたくなります。

皆、形ばかりの存在であったのだと。

どん底の時には、励まし勇気づけてくれる人もいないのでしょうか?

自分で立ち上がるしかなかったのでしょうか?

体験的に、自分の危機は独力で乗り越えるしかない、とわかりました。

困った時にこそ、人は助けてくれない、と身に染みました。

強くなれたのは大変良かったのですが、なんとも寂しい気持ちになります。

テレビで被災者の方が、人に勇気づけてもらえたから、今度は自分が人を勇気づけられるようになりたいと言われていました。

不謹慎かも知れませんが、この方は幸せだなと思いました。

自分は究極に助けてほしかった時に独りぼっちだったので、

誰かを助けたいような高尚な気持ちにはならず、

困った時は基本的に自己解決、という頭になってしまいました。

人には極力頼らず、

助けてもらいたい気持ちはありますが、

人は人を救えないという結論に至っています。

自分は人に助けてもらえる価値がなかったのでしょうか?

今でも悲しくて、涙も出てきません。

A 回答 (2件)

昔の人の言葉に「いかに知音(知り合い)を持つとも、頼らず、ただ御身ひとつと知るべし」というのがあります。

昔の人は偉かったですね。「他人なぞアテにしないで自分ひとりと心得よ」とおっしゃっていたのです。

しかしね、「誰も助けてくれなかった」というけど、恋人はどうなの?心の支えになってくれたのではないのかね?「自分からお願いしたから助けてくれたわけではない」と解釈しますか。行きがかり上そうなったのかもしれないけど、支えになってくれたことには変わりはないのではないですか。
「自分から頭を下げたのだから違う」というのは傲慢というものでしょう。というより、質問者さんが手を伸ばしたから、その手を取ってくれたのではないですか。

こんな話があります。昔といっても数十年前です。そのエッセイの作者がある山奥の村に行ったときのこと。平家の落人伝説もあるほどの山の中の集落で、そこの子供たちは毎日すごい山道を歩いて小学校に通っていたそうです。山道をはつらつと歩く子供たちを見て
「君たちは達者だな。しかし、こんなすごい山道で転んだらどうする」
といったそうです。すると利発そうな子が目をくりくりっとさせながら
「おじさんは変なこというね。転んだら、自分で起きればいいじゃないか」
といったそうです。
転んだら、自分で起きればいい。そういうことです。精神的に自立するって、そういうことなんじゃないんですか。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

非常に感銘受けました。

これからは自分ひとりと心得て生きていきたいと思います。

ありがとうございました!

お礼日時:2011/04/16 00:27

おはようございます、素人です。



困ったとき、自分は行動を起こしましたか?。助けてほしいと言い
ましたか?。

まわりにいる人達は超能力者じゃありません。ある程度察すること
は出来ても、本当にそう思ってるか断定は難しいです(思ってなけ
ればお節介になると思います)。言葉にしなければわからないこと
なんて沢山あると思うのです。

また本当に重いことは手助けするにも本気でなければ助けられませ
ん。中途半端な気持ちなんて役に立たないと知っている人こそ、気
軽に助ける事は出来ないと思うのです。

そしてこれが重要。自分は他の人を助けましたか?
人間基本的にgive&takeなんですよ。何かしてもらったら返す義理を
意識するかも知れません。しかし何もしなければ何もしてくれなく
ても仕方がないと思うのです。

まず双方向を強く意識しましょう。閉じこもっていたら誰からもヘ
ルプはこないと思います。

命の相談センター(正式名称は違うと思われ)も、受けるのが基本
です。アクションを起こせる人しか助けられないと思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

人助けはめちゃくちゃにやりました。

若くしてガンになった憎い愛人の連れ子にさえ、ガンの治療第一人者の方の著書を、タダ同然であげたものです。

いくらギブしても、テイクされないことはあります。

それがわかりました。

テイクバックを求めたのがいけませんでした。

見返りこそ基本的にないものと考えて生きたいと思います。

お礼日時:2011/04/15 20:24

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