欧米から日本国内で伝道している宣教師は、
保守派出身の宣教等熱心な派が多いと感じます。

リベラルな派(中絶反対・同性愛賛成・女性聖職者賛成)は日本への伝道に消極的なのでしょうか。

私の推測理由は、日本は世界的に宗教インフラ不毛の地であるため、
伝道熱心な宗教右派しか入って来ないというものです。
 (例:TV等のメディア伝道、チャップリン等の気軽な伝道に乏しい。
    キリスト教信徒が少ない為キリスト教書籍も高い。教会一人あたりの負担も大きい。
    敗戦による宗教アレルギーもあり伝道が困難。)

どのようにお感じになりますか。

    

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A 回答 (5件)

>日本は世界的に宗教インフラ不毛の地であるため


思い違いしているのではないでしょうか?

日本は確かに無宗派の人は多いですが、宗教心は高いのではないでしょうか?
むしろキリスト教など一神教の持つ傲慢さを考えると、日本の方が優れているのではないかと思います。
ただし日本の神道(天皇中心の国家神道と異なる)は、経典として明文化したものはキリスト教に比べると貧弱ですが。

文化は高いところから低いところに流れます。
宗教も同じで、高いところから低いところに流れるとしたら、欧米より高い宗教心(というか信心)を持つ社会にキリスト教のような傲慢な宗教が浸透するのは困難なのではないかと思います。

日本は、災害が多いので「自然を畏れ」、共同作業を必要とする稲作文化であるので「和を持って尊しとなす」。
日本人のDNAを見ると周辺諸国に比べ非常にバラエティに富み、周辺諸国にはない中東やヨーロッパにあるDNAを含むにも関わらず同一民族のように見えます。

これは互いの信心に深く立ち入らず「八百萬の神々」で全ての人の価値観を抱合し、キリスト国教化以前のローマ帝国のような国であったから、日本列島にやって来た様々な民族の同化が進んだのではないでしょうか。

ヨーロッパには、キリスト教化以前の精霊などというアミニズムが有りますし、大きな木の幹にしめ縄縄を張って敬うなんてのは、古代ゲルマンにもあったといいます。

「自分が信ずる神しか許さない」と言うのは日本人の「和を持って尊しとなす」精神とは相入れません。
従って、傲慢に自己主張するリベラル派は嫌われるのではないでしょうか。

ですから、逆に日本の神道を天皇家との関係を絶ち切った上で世界に広めたら、キリスト教vsイスラム教などの一神教の宗教に起因する争いごとが減るのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

神道の視点からの御回答、ありがとうございました。

文化の流れに関しては勉強不足なのですが、
>ヨーロッパには、キリスト教化以前の精霊などというアミニズムが有りますし、大きな木の幹にしめ縄縄を張って敬うなんてのは、古代ゲルマンにもあったといいます。
古代ゲルマンの信仰に関して興味が湧きました。

お礼日時:2011/04/15 12:45

昔、イエズス会がキリスト教の布教に来たことが


ありましたね。

あのとき、日本の庶民と討論した記録が残って
いるのですが。

「信じる者だけが救われる。信じない者は救われない」

「それでは、死んだ父母、祖先は救われないのですね」

「・・・・・」

「入るの止めた」

ああいう人工的な宗教は日本人にはそぐわないのでは
ないでしょうか。
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この回答へのお礼

確かに、儒教的なものとは相入れない信仰ですね。
hekiyu様、ありがとうございました。

お礼日時:2011/04/15 13:01

洗礼は受けていませんが、心はクリスチャンな者です。



さて、私みたいな人間にとってキリスト教の教義で最も理解しづらい、つまり受け入れがたいところは「一神教」というところだと思います。
日本は、根っからの多神教でインドがこれから先も永遠に多神教がメインであるように、この先も永遠に多神教であると思います。そもそもが八百万の神ともう神様だけで八百万人もいますし、仏教が入ってきても神仏が融合してしまいました。欧米的な価値観だと「アミニズム」ってやつらしいですね。一神教の立場だと「原始的宗教観」だそうです。もう、こういうところが一神教信者は傲慢だなと感じるところですがね・笑。

どちらにせよ旧約聖書にもあるように、一神教の神様は「俺以外はインチキ。俺以外を信じるな」と強く主張していて、これは日本人の宗教観および価値観とは相容れないところじゃないかなと思います。

私も昔、教会のミサの末席にいたことがありますが、なんというか、日本のクリスチャンは信者の方も聖職者の方も信者を増やすことには極めて消極的ですよね。新興宗教と一緒にされたくないというプライドがそうさせるのか分かりませんが、洗礼を受けていない人は別に無理にこなくていいというのが日本人クリスチャンの典型なのかなと思います。ゆえに私もいつからか教会にはゆかず、ひとりで祈ることにしました。イエスが「あなたが祈る場所が教会である」といっていますからね。

ただこれは今に始まったばかりではなく、あのフランシスコ・ザビエルも「よき実をつける人は多いが、それを取ろうとしない(いい信心を持っているけど、布教活動には消極的)」と嘆いていますので、キリスト教が伝道されたときからの宿命なのかもしれません。
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この回答へのお礼

eroero1919様、ご回答ありがとうございます。

>キリスト教の教義で最も理解しづらい、つまり受け入れがたいところは「一神教」というところだと思います。
「家族よりも、自分のいのちよりも神の栄光を優先するべきなのが一神教」と理解していますが、
やはり一神教はネックですか。

>日本のクリスチャンは信者の方も聖職者の方も信者を増やすことには極めて消極的ですよね。
カトリックは求道者を放置する期間がやや長いというだけでしょう。信徒になれば日本はかなり強要される国だと思います。

>フランシスコ・ザビエルも「よき実をつける人は多いが、それを取ろうとしない(いい信心を持っているけど、布教活動には消極的)」と嘆いていますので
布教当初からそうだったとは知りませんでした。ありがとうございました。

お礼日時:2011/04/15 12:58

こちらテキサス州、ヒューストンです。



うちの教会は洗礼派ですが、牧師さんが現代的なので、リベラルな人もいます。募金をして、世界のあちこちにミッショナリーを送っています。

具体的には、アフリカの無医村にお医者様が何人か家族で行っています。セネガル、ケニア、ウガンダ、タンザニアの国々で、セネガルを除いてはどの国もイギリスの植民地だったので、基本的に英語が通じます。

南米にもボランティアが行くことがあります。教会を建てにいったり、医療チームが短期で出かけます。

勇気のある若者は、夏休みに中国に聖書を配りに行って、逮捕されたりしています。

経済的に貧しい国に、聖書の教えと共に、公衆衛生や医療を持ち込むのがひとつの形ですので、豊かな日本は外れてしまいます。判りやすい人助けが目的のようです。

あとは、歴史的に日本はカソリックのテリトリーなのかもしれませんね。
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この回答へのお礼

アメリカ在住の方からのご回答感謝です。
私自身宣教師を擁する福音派の教会で常々疑問に思っています。

>豊かな日本は外れてしまいます。判りやすい人助けが目的のようです。
日本に伝道しない理由として参考になりました。ありがとうございました。

お礼日時:2011/04/15 12:49

個人的には、そんなに大層な理由はなくて、



・島国であること
・言語体型が欧米諸国と違うこと
・元々の宗教観が違うこと

の3つかなと思います。結局欧米から見た日本って、文化は全く違うし言葉(日本語)も難しい。行くにしても片道10時間はかかる。しかも宗教観が基本違うので広めるには物凄い労力が必要。・・・というわけで、今でも謎の国なんですよね。そんな国で信仰を広めようとしたら、やはり相当の気合がある人じゃないと・・・・ってことじゃないでしょうかね。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。

確かに地理的に極東ですから布教しにくいのかもしれません。
ありがとうございました。

お礼日時:2011/04/15 12:40

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