大津波の被害地気仙沼で被害者の言葉を聴くことがありました。
大方の人は、大津波警報が出ていてもまさかこんな大きな津波が来るとは思わなかったと言うのです。この地でも過去100年余の間に三陸大津波、昭和大津波、チリ地震津波と三度も今回の津波に匹敵する津波被害に遭っているにこれですよ。
成程今回の津波が来る以前何度も地震があり津波警報が出たのに、大きな津波が発生せずに終わった事や空振りに終わった津波警報に住人が慣れてしまっていて、今回の警報にも反応しなかったし、危機感を抱かせなかった事も多くの被害者が出た原因でもあります。
でも明治大津波被害の戒めで海岸近くに住居を設けず遠くの高台に家を作っていたので今回は被害に会わなかった地域もあります。
今回の未曾有の津波被害を後世の人に、如何すれば教訓として伝える良い方策が出来るのでしょうか。お教え願います。

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A 回答 (9件)

>この地でも過去100年余の間に三陸大津波、昭和大津波、チリ地震津波と三度も今回の津波に匹敵する津波被害に遭っているにこれですよ。



此処にチリ地震津波があることからわかるように、これを意識して動いてしまった所が多いんですよ
チリ地震の時は確かに大きかったが、大したものじゃなかった
その御蔭で規模を見誤ったという話があるんです

>今回の未曾有の津波被害を後世の人に、如何すれば教訓として伝える良い方策が出来るのでしょうか。お教え願います。
津波の到達地点をしっかりと記しておく事でしょうかね…
ttp://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110329-OYT1T00888.htm?from=navr

この回答への補足

大船渡には過去の津波の最高位を期した看板や石碑まであるにも関わらず、無視してきた報いがこれですよ。良いのでしょうか。

補足日時:2011/04/15 14:59
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この回答へのお礼

釜石や大槌には明治三陸津波や昭和三陸津波が此処まで来たという印や石碑が沢山見られます。なのに被害に会った、仕方ない事です。

お礼日時:2011/04/15 20:58

長く住んでいると慣れてしまい自分の都合のよいように解釈するようになります


私なら津波がくるであろう地域には頼まれてもすみません,体調が悪ければ
動くこともできず,助かる可能性はほとんどありません,人生長いのですから
酔って寝ているときに津波がくるといわれても動けませんよね
職業でも皆さん通勤は時間を毎日捨ててまで通っているのですから
危険な場所には住まないこと,しかしどこへ住んでも自由ですから
他人がとやかくいうことではありません。

この回答への補足

私は当事者だから言ってるのですよ。街には過去の津波が此処まで来たと言う印があります。それを無視して住んでいて津波被害に会っている、どうも納得行かないのですがね。

補足日時:2011/04/15 20:43
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この回答へのお礼

部外者がとやかく言うなってのは賛成です。

お礼日時:2011/04/15 20:46

今回の被害は「教訓が生かされない」と言うか「教訓があったからこそ被害にあった」と言う部分が大きかったと思います。



「万里の長城」と言われていた防潮堤、ご存知ですか?
これは世界各地からも視察に来る程、完璧な防潮堤とされ、過去の津波被害も完全に防いで来た実績がありました。

しかし、これが建設される前には「それを作らなければならないだけの理由」があった訳です。

明治、昭和の二度に及ぶ津波被害を受け、
「もう二度と同じ被害は受けない」
その思いから、海寄りと内寄りの二重の構造、高さは約10メートル、上辺の幅約3メートル、総延長約2.4キロに及ぶ、全国最大規模の宮古市田老地区の防潮堤を作り上げたのです。

それからこの防潮堤は、チリ地震の大津波など、実際にこの地区の津波死者数0と言う成果を残しました。

人間は、教訓を得る際に、必ず「比較しなければいけない何か」があるのです。

過去の明治、昭和の三陸大津波の時には「無かった」防潮堤。
だからそれを造ろうとする。
造る際に比較すべき事は、津波が「実際に来た高さ」だったのでしょう。

それらを教訓とし、実際に被害を防いだ際には「安心」に変わります。
やがて「安心」は「自信」に変わります。

それが今回の被害の拡大に繋がった事も間違いないと思います。

では、今回の震災で得た教訓は何だったのでしょうか?

10メートルの防潮堤を遥かに超えた15メートル以上の津波が教訓になるのでしょうか?
それを超える防潮堤を造れば良いのでしょうか?

違います。
今回の教訓は「どんな物を造っても、人間の想像を遥かに超える事がある」と言う事実です。

そして、それが「一番取り返しが付かない」と言う事です。

だから「絶対」なんて事は無い。

原発でも言えますね。
「絶対安全」なんて無いと言う事を痛感させられます。

犠牲になった方々は、今残されている我々に対し、道を示して下さっています。
「教訓」なんて、言葉ではあまりに軽すぎる。

でも、「大切な人を守りたい」「大切な物を守りたい」のであれば、自然と答えは見つけ出せると思います。

この回答への補足

それは嘘です。大船渡の防潮堤は1,200億円も掛けて造って今回は役に立ちませんでした。原子力発電が安全だなんて思ってた人は馬鹿です。一寸は知識のある人は危険だと知っていましたよ。それと一緒で津波が来れば流されると知っていた人ははやくに避難していたし、第一津波に襲われるような海岸の低地にはすんでませんでしたよ。如何でしょうか。

補足日時:2011/04/15 16:42
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この回答へのお礼

人情はあなたの仰るような簡単なものではありません。災難は過ぎれば直ぐ忘却に彼方ですよ。

お礼日時:2011/04/15 21:08

今回の津波をなめてますね。




>この地でも過去100年余の間に三陸大津波、昭和大津波、チリ地震津波と三度も今回の津波に匹敵する津波被害に遭っているにこれですよ。

これらを防ぐ機能と防災意識はどの自治体にもありました。
防潮堤もありますし、過去の津波を防げる指定の避難所も多数用意されていた。

現地では「チリ津波はここまで到達」という看板もたくさん立っています。


それを遙かに上回る津波だったから「来るとは思わなかった」のですよ。


中には慣れのせいで遅れた人もいます。
小さな津波だって油断して死ぬ人が必ず出ますからね。

しかしそれはごく一部の話であって、大多数は違います。


警報が正常に機能していなかったことも被害が大きくなった原因です。

チリ津波では誰もが情報を得られて避難できたからあれだけの被害で済んだのです。

しかし今回は地震の影響が大きく、
「停電」によりテレビが使えなくなったから情報の取得が出来なかった。

さらに、防災無線も「大津波」という情報しか伝えなかった。

ちゃんと気象庁が発表している津波の高さと到達時刻を現地に伝えられていたら、
ここまでの被害にはならなかったでしょう。


沿岸から2km程度離れた町では防災無線のスピーカーすら無い所も多かったんですよ?

沿岸部ばかり報道されがちですが、
同じ市内でも町によって対応が全然違ってきます。

防災スピーカーがついてなくて停電しているということは、
ワンセグを持ってない限り津波の情報すら得ることが出来なかったということです。

事実、地震からしばらくして普通に買い物に出かけて、
津波が来てることも知らずそのまま津波に流されたような人もたくさんいたのです。



よって、教訓は現地の人よりも行政や国が得る必要があります。
『津波の高さと到達時刻を現地に伝えられるようにすること』
これが国への教訓です。



「来るとは思わなかった」というのは「一生来ると思わなかった」のではなく、
「今回、予測の高さを伝えられていなかったから」という意味でしょう。

誰だって「津波警報」とだけ言われたらせいぜい6m以内だと思うでしょう。

例えるなら、「大雨」という天気予報だけを見て、
あなたは100年に1度の大洪水が起きることを予想しますか?

そういうことです。

この回答への補足

『例えるなら、「大雨」という天気予報だけを見て、
あなたは100年に1度の大洪水が起きることを予想しますか?
そういうことです。』・・・・・?????
でも私の家が崖崩れの危険がある土地にあるなら、予想して非難します。大津波警報を無視して避難せず亡くなったのは当然で自業自得ですかね。

補足日時:2011/04/15 14:57
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この回答へのお礼

仙台の荒浜は海岸近くに振興住宅地を業者が造成していて、他より安く売った為、若い人が住み始めそれで今回の津波で、多くの住民が亡くなりました。私はその荒浜を知っていて、これで津波が来たらどうなるのか思ってましたが案の定やられてしまいました。人間て本当に始末に終えないものですね。

お礼日時:2011/04/15 20:55

質問への回答としては「教育で伝えていく」しか方法は無いと思います。


それでも転居もあるでしょうし恐怖の体験、感覚は世代が変わってしまうと伝承されないかもしれません。

仕事の関係で数年間仙台市に住んでおり岩手三陸側の方々とも接しておりました。一様に郷土愛が強く「住んだら良い所だすっぺ?」と酒の席では必ず言われ、震度3~4の地震は日常茶飯事みたいな地区なので怖い所だとの感想を告げると必ず1978年の宮城県沖地震は凄かったという話しを年配の方々はします。行政も宮城県沖地震の日(6/12)を防災の日と定めて防災訓練を奨励していたのですから「狼少年的油断があったのか‥」津波に関しては第二波の被害が大だったとの事で非難する時間はあっただろうにと傍観者としては言えます。

さて復興についてですが正直なところ地盤沈下も発覚し年々過疎化も進んでいたわけですから郷土愛は我慢して頂いて経済的効率と安全を重視して国が強制的に換地してしまって良いと思います。
あれだけの近距離に点在する小さな漁港は非効率です。公務員の利権のために整備され(金を捨てられていた)ていたのを見直す絶好の機会です。
非情であり非謹慎でもありますが確実にまた数十年度同じ事が起こりえます。その時の復興もまた税金で行われるのです。

この回答への補足

原子力発電所が危険と知っている人は原子力発電所の近くから早くに脱出していました。津波が恐ろしいと知っている人は海より離れた高台に昔から住んでいました。無知で阿呆な人が原発事故や津波に遭うには当然なのです。賢い人が生き残っている、それで良いのではないでしょうか。何方か反論待ってますよ。

補足日時:2011/04/15 16:46
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この回答へのお礼

政府の復興委員会と地元の要望とが上手く噛み合うのか心配です。

お礼日時:2011/04/15 20:59

人は、まさか自分がこれほどの災害に遭遇するとは思って居ない。


仮に、その危険性を理解していても、それを排除するための色々な障害が有る。
少ない可能性で被災することと、色々な障害を排除するための経費とを比較して、経費が掛からない方を選ぶ人が有ることは仕方ない。

事実、今後このような大災害が起きる可能性は相当に少ないと考えて、同じように今の場所に再建する人は大勢出てくるでしょう。
もちろん、今後又大きな地震が起きれば、今度は速やかにこれまで以上の高台に避難はするでしょうが。

原発だって、すべてを脱原発にするのと電力不足や経費のことを考慮して継続して利用するでしょうね。
もちろん、許す範囲安全改造はするでしょうが、許す範囲を超える大災害を否定することは出来ませんよね。

この回答への補足

仕方ないで済めばこれに越した事は無いのですかね。

補足日時:2011/04/15 15:01
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この回答へのお礼

スマトラ地震の余震の大きいのは3か月後にありました。M9の東日本大地震の余震はきっと大きいのがあります。津波も発生するでしょう。その時になって、反省しても間に合いませんよ。

お礼日時:2011/04/15 21:01

私たちは、現状を知らず、ただ不安、心配しているのみです。


あなたの如く現在は勿論将来のことまで心配される方もおられる事に救われる思いです。。
このコーナーの中に、只現政府や東電の処理方法を批判し退陣を要求するばかりで、具体的にどうすれば、よいかは提言殆どありません。国中の学者や知事たちが復興に関する会議が始まりました。この中で当然多くの提案議論がなされるでしょう。教訓は情報網も発達し、後世に伝える方法も、より多くなりました。しかし災害は忘れたころにまた来るでしょう。国家は国民の命を守ることが、最大の任務です。従ってすべての法律はその為にあると言っても、過言ではありません。地震や津波に関しても、教訓を生かし新しい法案や条例ができ、後世に残してくれると思います。

この回答への補足

中央の学識者の復興委員会と現場がどう納得できる施策が出来るかどうかが問題でしょう。

補足日時:2011/04/15 15:02
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この回答へのお礼

明治以来の三度の大津波被害も忘れる大衆ですから、教訓は後30年もすれば消えてしまうでしょうね。

お礼日時:2011/04/15 21:03

別にこの手の話は津波に限ったことではありません。


家を建てるときは、その土地の古い家の建て方を良く見て建てろと言うし、その土地に長く住んでいる人の話をよく聞いて建てろと言います。

ボクは神奈川県鎌倉市大船に持ち家があります。今は事情があって海外に住んでいますが、日本のその家に住んでいたときに台風がやってきて記録的豪雨、あちこちで土砂崩れが起き、近くの柏尾川が氾濫して多くの家が床上浸水の被害に遭いました。
古い家はみな土台を高くして無事でした。被害に遭ったのは新しい家ばかり。

ボクは不動産屋から、この地域はよく洪水が起きるから少し家の土台を高くしておいた方がいいとアドバイスされていたので、そういう家にしていました。
経済性・効率性だけでなく、いろいろな情報を総合的に考慮する必要があります。

この回答への補足

亡くなった人は仕方が無かったという事でしょうか。

補足日時:2011/04/15 15:03
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この回答へのお礼

今回でも過去の津波被害を学んで高台に住んだ人は無傷でしたよ。貴方みたいな人が多くいればよいのですがね。

お礼日時:2011/04/15 21:05

とにかく津波被害の映像・証言を伝えることでしょう。


これほど大津波の映像があるのは今回ぐらいです。

過去の記録は文献や証言、写真・津波後の映像もわずかです。

この回答への補足

一杯ありますよ。地元の図書館や役所で見られます。特にチリ地震被害は1960年ですから有ります。それを広めてないマスコミが悪いのではないでしょうか。

補足日時:2011/04/15 12:14
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この回答へのお礼

大船渡市の郷土館で過去の津波の写真や映像が多く見られますよ。

お礼日時:2011/04/15 21:07

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