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実は私、あまりお年寄りって得意じゃありません。

ぶっちゃけ白状してしまうと、どうにも汚らしい外見が苦手です。
さらにはこれはお年寄りに限らず、小学生低学年以下の子供についても言えるのですが、まともな会話が成立しない人との会話がどうにも苦手です。
介護や保育の仕事をしている方をみると、相手が意味不明なことを発言していても 「ああ~、そうなの~。よかったね~」とか対応できているのが凄いと思ってしまいます。

介護や看護の仕事をしている人って、他人の汚物処理などを抵抗感無く(もしくは一般より低い抵抗感で)出来る人ですよね。
でもこの汚物とかへの抵抗感の強弱って、その人の人間性の高低と本当に関係あるのでしょうか。

世間一般的に、高齢者に親切な人って良い人と見られます。
今回の震災などでも、困ったお年寄りにボランティアで介護に行ってる方が大勢いらっしゃいます。
すいません。私には出来ません。

ところで売春や風俗で働くことに抵抗感が低い人も世の中に一定数います。
これらの女性(男性にもありますが)の方たちは、世間から蔑んだ目で見られがちです。

でも一説には、元看護婦の女性にそのスジの仕事に従事する傾向が決して少なくないのは、他人の身体に触れることへの抵抗感が薄いからだとの説もあるようです。

他人の汚物処理とかに対する抵抗感の強弱って、本当に人間性の高低と関係するのでしょうか。
また売春風俗従事の抵抗感の強弱って、本当に人間性の高低と関係するのでしょうか。

お考えをお聞かせください。

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A 回答 (7件)

自分の利益を優先する例だけど



例えば電池が品薄なのにおとな買いする人とか

風俗業にたいしては社会風紀への影響や

楽して設けてるみたいな認識が世間にはあるのかもね

実際らくかどうかはしらないけど

株の取引なんかも批判的な人いますよね

楽して儲けるのは良くないみたいな
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この回答へのお礼

とすると、肝心のポイントは売春が楽であるとみなされているということに尽きるのでしょうか

お礼日時:2011/04/15 13:44

50代男性です。



どうしても人間性の高低に話を持っていきたいようですね。

私は貴方と同時代の人間です。
私は祖父が農家という環境だったので糞便に対する抵抗感はゼロです。
貴方はそういう環境に無かったので抵抗感があるのでしょう。
つまり同時代であっても環境の違いで差が出るのです。

同時代に生きていても個人個人の環境は異なることで個性が生じます。
貴方の説だと同時代=同一個性であり、
個性の差(糞便に対する抵抗感の差)は人間性の高低であるという導き方には無理があります。

そもそもタブーとされた性行動に抵抗感が低かった女性という定義自体に疑問点がありますね。
自ら進んでタブーを犯したのか強要(レイプなど)されたのかで二つに割れます。
自ら進んだ場合でも抵抗感の低い環境であればタブーではないですね。

現代の風俗産業に従事する女性もほとんどは金銭の為(お金に困ったか、より多くお金が欲しい)という環境の問題ですね。
性行動に抵抗感が低いから従事しているという説自体に無理があります。
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この回答へのお礼

残念ながら議論がかみ合わないようです。
何度も回答いただき恐縮ですが、これで。

お礼日時:2011/04/16 22:59

50代男性です。



>汚物への拒否感や、自分が好意や性欲を感じない異性との性交渉にどれくらいの拒否感を持つかも社会性の産物で、時代や社会により変化するのですか?

まず汚物ですが汚物を燃料や肥料や建築材料にしている場合は嫌悪感はゼロですね。
拒否感どころか、むしろ貴重品ですね。
私が子供の頃でも祖父の農家では大便小便家畜の糞などは大事にしていましたし、
私もせっせと手伝った記憶があります。
なので私には汚物への嫌悪感はありません。

好意や性欲を感じない異性との性交渉についてですが、
日本において発祥年代は不明ですが明治初頭までの農村地帯では若衆小屋などで若者はフリーセックス状態でした。
他に娯楽がないからと妊娠能力の確認の必要からだと思います。
(性交ではありませんが成人女性の生理中の小屋(村協同です)というのもありました。)
同様に若者がフリーセックスもしくはホモセクシュアルという習慣は世界各地(常にではないがどの時代でも)にあります。
エスキモーには妻貸し(来客に妻を提供する)というのがありましたし、
日本でも寒村では稀人(まれびと:まあ来客の一種です)に娘を提供するという風習もありました。
寒村では御馳走としては他には無かったのではないでしょうかね。
エスキモーの場合は別室というのがありませんので子供時代に見ているので嫌悪感を覚える要素も無かったでしょうね。
これはエスカーという映画にもなっています。

食う(嗜好は抜きして)産む育てるという行為以外は社会性の産物です。
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この回答へのお礼

色々と興味深い内容をお教えくださり、とても勉強になりました。
感謝いたします。

ただ、お話しの内容は本質問で問いたい内容とは少しずれているんです。

汚物や性に対する抵抗感は社会や時代によって変化すると言う点は理解できました。(本当に勉強になりました)

しかし今回知りたかったのは、仮にその抵抗感が社会や時代によって変化するとしても、その各々の時代社会において通常一般人より抵抗感が強い・低い場合の人間性との関係なのです。

たとえば近世以前の農村において現代と比較しフリーセックスの傾向が強かったとして、その時代はその時代でのタブーがあったはずです。
私が知りたいのは、その近世以前の農村社会においてタブーとされた性行動に抵抗感が低かった女性は人間性が低かったのかという点です。

また逆に今後未来において、現代よりもさらに糞便に対する抵抗感が一般的に強くなったとして、そういう世相において糞便に対する抵抗感を持たず他人の糞便処理を躊躇なく出来る人間は人間的に高いのかという問題なのです

お礼日時:2011/04/16 00:54

こんにちは。



仰られている事、
それら全ては『個人の価値観、世界観』に違いがある…、
と言う事です。

価値観、世界観はまた、『主観』となり、
ストレートにそれらを表現する事は『主張』となります。

また価値観や、世界観は『個々の過去の経験や体験』によって
形付け、条件付けされています。

経験、体験はその一部が『他人と共有』する事があっても、
全ては共有できません。

よって、『価値観、世界観』の共有は無いのです。

そしてそれ故に『主観 対 主観』は常に対立の構図を示します。

>抵抗感、人間性

これら2点も、『質問者様の主観が反映されている』のです。

そして『回答者様の主観』同様です。

ですから、『相手の価値観や世界観の是非』は問題視する事はできません。

できる事は『そのような価値観、世界観も“ある”』という、
容認だけです。

それを否認すれば、“葛藤、混乱”が生じるだけです。

それらが生じればやがて“論争、争い、戦い”に発展しかねません。

そのような“個々の価値観、世界観”を認める事です。

それら価値観、世界観も
“経験、体験が増える事によって変化してゆく”モノです。

それを“成長”と呼んでいるのだと思います。

それでは。
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この回答へのお礼

すいません、質問の趣旨とどう関わるか分かりませんでした。

私がどのような主観・価値観を持っているかの話ではないです

お礼日時:2011/04/15 15:00

50代男性です。



人間社会はベースを動物に置きながら社会基準を上部に持っています。
これは脳の働きに置き換えると分かりやすいです。
いわゆる大脳新皮質が社会性に関連する部分です。
大脳新皮質は下等生物では小さく、高等生物は大きい傾向があり、
人類では、中脳、間脳などを覆うほどの大きさを占めています。
大脳新皮質が少ないあるいはほとんどない生物でも子育ては出来ますので、
生物の基本的な生活は大脳新皮質を必要としていないのです。

食べ産み育てるという基本的な生活(生存といった方が正しいかも知れません)以外の社会性は大脳新皮質の働きによるものです。

人間以外の動物界にも婚姻形態はありますが、
浮気、不倫に関しては何ら制限はありません。
雄、雌ともにチャンスがあれば浮気も不倫も行われます。

浮気、不倫の横行に関しては人間界も同様ですが、
そこには社会的な制約や処罰が待ち構えています。
これが人間界だけに存在する社会性です。

つまり抵抗感の強弱というのは社会性の産物です。

基準は時代とともに変化します。
男女七歳にして席を同じくせずという時代もありました。
現代の日本では考えられませんが国が違えば今でも実施されています。
明治の元勲の妻女は元芸者というのが多々あります。
芸者は売春風俗従事とは異なりますが時代背景からすれば大差は無いでしょう。
明治の元勲が妻の出自を隠した形跡は無いので抵抗感や差別感は無かったでしょう。

人間性の高低というのも社会性の一種ですので時代とともに変化するものです。
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この回答へのお礼

ごめんなさい。
いまひとつおっしゃりたいことが理解できませんでした。

汚物への拒否感や、自分が好意や性欲を感じない異性との性交渉にどれくらいの拒否感を持つかも社会性の産物で、時代や社会により変化するのですか?

自分がセックスしてもいい、むしろしたいと感じる異性と、どのくらい抵抗なく性的関係に踏み込めるかは社会性や時代により変化すると思いますが、そう思わない相手と性交渉するのに抵抗感を持つかどうかは関係なくないですか?
しいて言うなら売春などの行為についてどれくらい社会的糾弾がなされるかの上下により変化するだけで、本人がその社会的不利益とは別にどれくらい生理的嫌悪感をもつかは別問題ではないでしょうか。

明治の元勲と芸者云々の問題も、社会的抵抗感の問題であって、その芸者がどのような感覚をもって花柳界に足を踏み入れたかは別論だと思います

お礼日時:2011/04/15 14:58

人間の高低なんて誰がどの基準で判断するのか自分は知りません。


軽々しく人間の高低なんて言える人は凄いと思います。


>でも一説には、元看護婦の女性にそのスジの仕事に従事する傾向が決して少なくないのは、
>他人の身体に触れることへの抵抗感が薄いからだとの説もあるようです。

これはどこのデータですか?
初めて知るデータです。出典を知りたい。


>他人の汚物処理とかに対する抵抗感の強弱って、本当に人間性の高低と関係するのでしょうか。
>また売春風俗従事の抵抗感の強弱って、本当に人間性の高低と関係するのでしょうか。

冷静に考えればこの説は間違いだってわかるでしょう。
他人の汚物処理が出来る人は「抵抗感が弱い」から出来ると決めつけているのも間違いです。

抵抗感が強くても、人間が生きていく上で必要だから出来るんです。


人間の高低ってよくわからないけど
生きていくことになんらかの障害がある人の
その障害を取り除いて、その人が生きやすく手助け出来る人がエライと思う。

その仕事がたとえ風俗だとしても、それで人を手助け出来るなら
人から蔑まれてもエライと思う。
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この回答へのお礼

ええと、とりあえず私は人間の高低を決めてはいないのは理解くださってますよね?

次に元看護婦に風俗嬢が多いかどうかですが、もちろん私が社会的に調査したわけではありませんので、「一説には」と書いておきました。
「元看護婦 風俗 多い」とでもググッてみると山ほど検索結果が出ますので、まんざらほとんど知られていない俗説でもないようです。

>他人の汚物処理が出来る人は「抵抗感が弱い」から出来ると決めつけているのも間違いです

そうですか?身内の介護でやむを得ずとかならまだしも、世に職種は数多存在する中で抵抗感が強い人はその仕事をあえて選択しないのではないでしょうか。給与水準も低い業種ですから。

その他色々と疑問点があるのですが、このくらいにしておきます。
議論になってはいけないので。

ご回答いただきありがとうございました

お礼日時:2011/04/15 14:50

子供のころにごみだしに言ったら



近所の人に偉いねっていわれました

偉い人いい人とは他人のあまり好きじゃない事をする人

世間ではそれが常識です

個人の利益と社会の利益は利害相反があります

社会のために自己犠牲を払う人はいい人の評価を受ける傾向があります
ボランティアなど

自分の利益を優先する人はさげすまれる傾向がある

そういう基準ですね

世間ではそういう基準で判断すると思うので

質問者さんの認識とは食い違うとおもいます
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この回答へのお礼

ご意見ありがとうございます

まず最初に、ボランティアなどの行為、それ自体がいわゆる善行であることには否定していません。

私が論点としているのはそのような行為に抵抗感がどれくらいあるのかと、人間性の高低との関係です。

また売春をする行為は自分の利益優先なのでしょうか?
もしそれが自己利益優先の経済活動として、蔑まれるとしたなら自分の利益のために売春以外の一般的な商売(経済活動)する行為と違いはどこにあるのでしょう。

お礼日時:2011/04/15 13:43

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