A 回答 (26件中1~10件)

zakky74でございます。



僕は、今の危機はチャンスだと観ています。

そして、それを言い切るのは新しい日本としてのスタートとなると観ているからです。それには、旧い日本は断ち切らねばなりません。

明治維新を切り開き、
Made in Japanで躍進した事も、

日本は、それまでの旧い日本を断ち切って大きな飛躍を成し遂げました。即ち

>この震災に対しては、ゼロから出発の考え方が必要だと思う。

ここに対しては、全く同感なのですが次の

>明治以来、それ以前の教育がこの200年以上この日本に脈々と育ってきた知識が今、必要になってきたと思う。これまでの、経済成長が目的の考え方が、一面原発事故になったと思うし、経済格差にも関わったと思う。これだけ困った人が出たのだから、近い将来幸わせになる考え方も必要になると思う。ただお金を渡すだけなら、誰でもできることだと思う。

に対しては、明確に違うと思います。

その答はもう出されています。それがあっても、今の日本です。それがあったかと言っても、日本は敗れてきました。

明治以来、それ以前の教育が・・・とありますが、これは旧い日本であり、それがあっても今の日本なのですから、真に勇気ある日本の姿とは、この旧さを断ち切らねばなりません。

旧い日本では、世界に踊りだす事は出来ませんし、日本らしさではありません。真の日本らしさとは、常に自らの過去を切り離し大転換を果たしてきた事であり、決して過去に戻る事ではありません。

今、復興・復興と謳いながら、中身を見てみると復旧・復元に終わっているのが99%です。復興ではなく、復旧・復元レベルの事を復興と言っているのです。それくらい知恵もアイディアもありません。

復興は、復旧・復元とは違います。

その様に、日本の復興とは、日本の復旧・復元とは違います。大震災が起きる前の日本に戻す事では、復興とは呼んではいけませんし、何の意味も価値も創出できません。大震災が起きる前に戻すレベルでは、一体何の為に大きな破壊があったのでしょうか?そして、失われていった命をどう理解すれば良いのでしょうか?

それと、日本の復興も同じです。

旧い日本に戻ろうとするレベル、環境破壊が起きる前に戻ろうとするレベル、資本主義経済の暴走が起きる前に戻ろうとするレベル、アメリカ・西洋化する前の日本に戻ろうとするレベル・・・これは、ゼロからの出発でもなければ、新しい日本でもなければ、真の日本らしさでもありません。

そんな姿勢では起こりえなかったのが、

明治維新
Made in Japan

だったんです。今また、新しい大変革を起こそうとする僕たちは、この事をよく理解しておく必要があります。旧い日本に戻る事は、真の日本の姿ではありません。

>原発事故に責任のある方も、発想の転換が必要です。何なんでも原発ですか?環境にやさしい電力についての原点に戻るべきです。

原点に戻るのは賛成ですが、原点とは旧い何かにあるとは限りません。旧さがあっても、今です。原点は、最も旧いところと、最も新しいところを同時に持ち合わせている事です。

真の原点にそった発想こそが、今の時代、この日本において必要なのではないでしょうか?そして、今はそれが誕生しています。

日本の復興、人間の復興、サムライの復興に向けて、真の日本とは一体何なのか?今の時代、今の日本では、一体、何をどの様にすれば良いのかについて、明確な答を持つべき時だと思います。

また、その答に向かい、一致団結する事だと思います。
それでこそ復興は成ります。

この回答への補足

回答ありがとうございます。
どうすればある程度納得出来る復興とは何か。
3ヶ月過ぎたのに、都会でテレビを通して見ているのと、実際の風景とはずいぶん違うのではないでしょうか。
今は、政治と東電が主に急いで動いてくれないと、いつまでも変わらない状態になってしまいます。
被害を受けた人たちも法律が動き始めたら、どんどん利用して復旧に貢献しなければならないし、まだまだ助け合いが必要だし、知識がある人たちが、知恵を出して復興を目指して突き進むしかないと思う。
私も何か貢献できるように考えていますし、義援金支援しています。今、出来るのはこれだけに頑張っています。しかし、国会のだらしのなさは、イライラします。

補足日時:2011/06/26 11:20
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この回答へのお礼

こんなにご回答を得るなんて驚いています。
やっぱり、あれだけ安全と言っといて、想定外を理由に、責任逃れを一時的に言った東電や自民党の原発維持発言を見ても、今の責任逃れしか見えないし、これからどうするのか決めることも出来ない東電と政治家。
可哀想なのが避難している人々だけしか映らない。もっと、東電や政治家がもっと何かができるかを考えるべきだし、国家公務員も法律がないと動けないなんて、言わないで積極的に動くべきだと思う。

お礼日時:2011/07/24 19:59

zakky74でございます。



多くの人は、今のリーダーシップは情けないだとか、最低だとか、仰いますが、僕は逆にとてもチャンスだと観ています。日本の国民性が目覚め、個人一人ひとりが主体性をもって日本を変革する良い機会であると。

僕は20年間続く日本経済の長期沈滞を見るにつけ、今までのリーダーのポジションにいた人も、そんなにリーダーシップを発揮している様には思えません。そして、もっと言えば、Made in Japanの躍進によってモノ作り・製造業で世界No1を取った時、世界経済No2のポジションになった時に、明確に次なる産業へと踏み出し、日本の世界戦略を打ち出すべきだったと思います。

今のリーダーだけがおかしいのではなく、もう長い間おかしかったですよ。


>これ以上にない問題山積をいかにして毎日の中で解決していくのか、政治家、官僚、専門家そして国民が考えていい知恵を出し合って、長い期間を費やすしかないと思う。一つの集団だけの解決はもう無理だと思う。そして、利権絡みの政策は古い思想だと思う。それをやってしまったら、進歩のない日本だと世界から笑いものになってしまいます。

今また、グローバルリーダーシップが必要な時です。

世界は、日本の動きに注目しています。
良い意味でも、悪い意味でもですね。

悪い意味では、今は日本からフェイドアウトしていますね。今まで圧倒的な貿易黒字を出し続け、明らかに偏りを創り続けてきました。これからは、日本製品が世界に受け入れられなくなっていくでしょう。

今回の3.11東日本大震災による大地震・津波・原発事故・風評被害は、未曾有の危機である事を認識し、そして日本の国民性は実は危機ととても相性が良く、危機を逆にチャンスへと引っくり返す素晴らしい底力を発揮するという事を確認する時ではないかと思います。


>今までの日本は、○○がなければ○○が出来ないという社会で、○○と違う方向を行うということを否定していたと思う。つまり、一つの方向でなければいけないという考え方です。原発が絶対で、地熱や太陽光の利用には何も研究(少しは研究費は出しているかもしれませんけれど)もしないで、ただ無駄の一辺倒で反対ばかりして何も進まない日本になってしまったように思います。

日本は、意思決定スピードがとても遅いです。
整理整頓が出来ません。

今のままリーダーのポジションだけに任せていては、何も変革は起こりません。僕は、変革の出発点は、日本の国民性であり、日本人一人ひとりの意識改革からである事を確信しています。

明治維新の時も、戦後のMade in Japanの時も、国に対して期待も希望も持っていませんでした。逆に、それが国民一人ひとりのリーダーシップが発揮され、底力が機能し、日本に大変革を起こすキッカケとなっていきました。

人材です。

重要な事は、民間からの優秀な人材が生み増えてくる事です。これからはここにこそ関心を持っていく事ではないでしょうか?リーダーが・・・とか、財源が・・・と、周りのせいにばかりするのではなく、自分たちからできる事、身近な関係性からできること、沢山あります。

特に、人材です。

何をするにしても、人から始まります。

今から日本は、モノ作り・製造業に置いてきた日本の中心産業を、明確に人づくり・教育産業へと移動させる事ですね。それは、日本の国力を高める事でもありますし、同時にエネルギー問題や環境破壊問題にも助けになります。

人材を育成するのですから、発電所が要りません。
また、環境破壊も軽減されます。

自然には、治癒能力がありますから、人間が人間を開発する間に地球には自らの治癒能力によって休んでもらえば良いんです。

モノ作り・製造業では、これから中国やインドなどまだまだ台頭してくる国がございます。日本は、アジアを低く見下してきた余韻が残っている為に、アジアの市場ではMade in Japanは売れませんし、そう簡単に進出を赦してくれません。

そんなレッドオーシャンに身を投げるよりは、寧ろ技術力の高さを売りにして、教育によって伝達していって、アジアの国々にはどうか豊かになってもらったらいいと思います。

同時に、サムライの精神やわびさび美学などの教育もしながら、日本式文化や日本式習慣も学んでもらえれば、アジアのモラルも一気に世界水準となり、東洋と西洋のバランスが取れてきます。

そんな日本らしい道を歩むべき時ではないかと思いますね。日本が、教育や文化に走るとき、最も日本らしさが発揮されるかと思います。そうして、世界でも位置づけも確保できると思いますし、尚且つ、世界を平和に導くことだってできると思います。

この回答への補足

ご回答ありがとうございました。
この震災に対しては、ゼロから出発の考え方が必要だと思う。
明治以来、それ以前の教育がこの200年以上この日本に脈々と育ってきた知識が今、必要になってきたと思う。これまでの、経済成長が目的の考え方が、一面原発事故になったと思うし、経済格差にも関わったと思う。これだけ困った人が出たのだから、近い将来幸わせになる考え方も必要になると思う。ただお金を渡すだけなら、誰でもできることだと思う。
原発事故に責任のある方も、発想の転換が必要です。何なんでも原発ですか?環境にやさしい電力についての原点に戻るべきです。

補足日時:2011/06/13 09:50
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zakky74でございます。



復興とは何なのかという事がとても大事だと思います。
復旧・復元と復興は明確に違います。

今、新聞やテレビなど、およそ復興と書かれているものの99.9%は僕が観るところ全部復旧・復元の話です。実際は復旧・復元なのに、復興という言葉を使っているという点を、国民一人ひとりは見抜かねばなりません。

そして、メディアや政府、東電関係者たちだけに復興(復旧・復元)を任せていたのでは、この先はずっと旧い産業・旧い経済・旧い技術・旧い感動パターン・旧い消費パターンに留まり、いつまでもアメリカ・西洋を真似しながら従わなければならなくなるでしょう。

これからは、アジアの時代ですし、アメリカ・西洋にはこれ以上はまねできるモノが無くなったので、日本は独自路線を歩まねばなりません。復興の方向性とは、日本の復興、アジアの復興、心の復興、人間の復興でもあります。

そんなビジョンがないまま、いくら財源を確保して、今までの旧い産業に流し込んだとしても、何も発展性はありませんし、未来価値もなく、未来への希望や可能性も開かないでしょう。

復旧・復元と復興は明確に違います。

復興を語るのであれば、真の責任を語るのであれば、どんな日本を創りたいか、どんな生き方をしたいのか、ここに対して真剣に一人ひとりが向き合う事ですし、復興のモデル、復興のビジョン、それを一人ひとりから話し合っていく事が大切なんだと思います。

今のリーダーシップのままでは、恐らくまた大量のお金が既得権益者たちに流れて、すぐに経済の停滞と、次元の違うバブルの煽りを喰らう事になるでしょう。

日本国民は、今こそ一致団結して、モノ作り・製造業の旧い産業にストップをかけて、新しい産業、新しい技術、新しい経済大陸の発見、新しい成長エンジン、新しい国づくりのモデルを世界へと発信すべき時に来ています。

3.11以降の日本。
これは、まるで変わらねばなりません。

大地震・津波・原発事故・風評被害・・・

その事の意味は、日本全体の生まれ変わりを要求されています。
日本の国民性が、サムライの心、和の心として復興する事を要求されています。

組織に負けない個人をどう創るか?
集団に負けない個人をどう創るか?

西洋の中途半端な個人戦や個人主義ではなく、全体を調和させていきながらも全体に翻弄されない真の個人、真の自立された一人ひとり、それが日本から始まる新しい経済大陸発見につながる最短距離だと確信しています。

この回答への補足

こんにちは。
この頃、関東大震災後の後藤新平が行なった東京復興が話題になっていますが、話題性になってぐらいに、この地震、津波、そして原発事故の解決がこれ以上にうまくいくのか心配です。
この頃のTVで見ると部分的には戻っているところばかり写していますが、都会にいるとどの程度もとにもどっているかわかりません。
これ以上にない問題山積をいかにして毎日の中で解決していくのか、政治家、官僚、専門家そして国民が考えていい知恵を出し合って、長い期間を費やすしかないと思う。一つの集団だけの解決はもう無理だと思う。そして、利権絡みの政策は古い思想だと思う。それをやってしまったら、進歩のない日本だと世界から笑いものになってしまいます。
今までの日本は、○○がなければ○○が出来ないという社会で、○○と違う方向を行うということを否定していたと思う。つまり、一つの方向でなければいけないという考え方です。原発が絶対で、地熱や太陽光の利用には何も研究(少しは研究費は出しているかもしれませんけれど)もしないで、ただ無駄の一辺倒で反対ばかりして何も進まない日本になってしまったように思います。

補足日時:2011/05/28 14:21
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過去の政権や歴代の原子力安全委員会にも責任はあるでしょう。


事故や故障、点検漏れなどが何度もあったにも関わらず、きちんと対処せず原発を無理に推進してきたところがあります。

一例として、もんじゅの事故を受けて科学技術庁が高速増殖炉懇談会を設置したときのエピソードがあります。
このときは、議論のさなかに自民党が存続方針を出してしまったそうです。

毎日jp:「国策民営」 日本の原子力、戦後史のツケ
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20110420dde …

安全をないがしろにしてきた過去の政権、それに従ってきた東電、安全対策の見直しを行わなかった現政権、すべてに責任があると思います。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
原発は国策事業だと現政権は認めました。
私は、国策として推進した当時の自民党政権に乗っかった東電の社風にも大いに問題があったと思う。
いくら賠償しても国と東電の原子力に対する考え方を変えないと済まされないと思う。
つまり、今の電気事業の考え方の見直しの時期に来たと思う。
いまの電力会社の独占では済まされないし、もっと自由化ができるところはすべきでないでしょうか。
人間には知恵があるのだから、どんどんその知恵を出すべきだし、一部の人間が考えている進歩しない考え方に頼っててはいけないと思う。
例えば、革新的でない霞が関の人たちや原子力村の人たちなど。

お礼日時:2011/05/21 07:32

zakky74でございます。



>遅くなりましすみませんでした。
>ご回答ありがとうございました。

>原発と少し話がそれるのですが、津波の被害の市町村の復興の考え方は、・・・可能な限りの技術で行くしかないのかなー。

復興は、復旧・復元とは違います。

この事の理解から入る必要があるのですが、多くの指導者たちやリーダー格の存在は、その事を理解していない様ですね、マスコミも含めて。今ある復興に向けた動きや復興構想の描き方は、明らかに復旧・復元で留まっています。多くの人が、復旧・復元と復興の違いを理解しておりません。

或いは、理解していても、敢えて復旧・復元に留めている可能性もあります。

重要な事は、3.11東日本大震災は自然と文明の両方から来た創造的破壊であるという点です。重要な事は、破壊の為の破壊ではなく、創造的破壊であったと観る事です。

そこに対して、僕たちは一体何を創造するべきなのでしょうか?

自然・文明から来た創造的破壊に対して、一体どんな破壊的創造を返すべきなのでしょうか?それをとことん追求する事が真の復興に向かう道です。

何年もかけて、借金を創りながら、3.11がおきる前に戻したところで、それを創造と呼んで良いのでしょうか?それを復興と観てよいのでしょうか?それでは、失われたものの大きさや、或いは強烈に生まれた感謝・感動・喜びなどには、一体どんな意味があったというのでしょうか?

復興もそうですし、責任もそうなのですが、そうしたところまでを含みながらの責任を負うべきですし復興を遂げる事です。然るに、建物やインフラや防壁、或いは原発収束の様な話だけに留まるのは、破壊的創造にはなりえませんね。

そして、破壊的創造は日本国民一人ひとり、みんなが団結していく事が大切ですし、その原動力を持ってするからこそ復興が可能なので、部分的な責任追及や、金銭面やインフラだけの責任問題に留めるのは、今の時代、この日本のリーダーシップには物足りません。

1億3千万にんの力量を終結するリーダーシップが重要です。

>しかし、原発は、可能な限りではなく、安全第一の、想定外の事が出ても対処できないと、核爆発と同じことが起きてしまう。そんな原発を建設するところはないと思う。そこを考えないと困ります。

これは仰る通りではありますが、専門家だけに任せる話でもありません。積極的に僕たちも参加していく事が大切です。民間からも、原発収束シナリオを提出しているところが数少ないですがあります。

その中には、旧い原子モデルを修正した新しい原子モデルの提案に基づき、原子物理学の新しい領域に貢献しようとする姿もあります。そうする事で、放射能除去技術などは直ぐにでも、幾つでも開発する事ができるというものまであります。また、それを原発収束だけのイメージで留めるのではなくて、世界に数多く点在する原発も意識しながらデータを取って、多くを提供するイメージも持つ事までも提案しています。

世界に先駆けて、放射能除去技術を含め、新しい学問の領域を開拓する機会でもあるというんですね。

そうした原発収束シナリオに目を通されて、なるほどそうだと思えば強く発信したり、誰かに見てもらったりしながら積極的に参加する姿勢が大切なのではないでしょうか?

それでこそ、甚大な被害に合われた方々の心情面に対してのフォローにもなりえますし、過去へ戻る動きではなく、未来を創造する動きへと転じる事になるかと思います。

>それができなければ、事が起きてどう責任を取るかなんて再び考えたくない。

仰る通りですが、真の責任の取り方とは、もう二度とこの様な哀しい思いや苦しい思いをさせない事ですね。そして、その為に行う事は、これをキッカケにしてどんな破壊的創造を起こしていくのかについて関心を寄せるべきかと思います。

特に、3.11東日本大震災が起きる前から、日本経済は20年間も続く長期沈滞が起きていました。今回をきっかけにして、旧い産業、旧い経済発展モデル、旧い理解方式、旧い認識方式にオサラバする時ではないでしょうか?

日本は、危機に強い国です。

黒舟来航時には、明治維新を切り開き、
第二次世界大戦敗戦時は、Made in Japanの躍進、

今、3.11の東日本大震災は、日本の心、日本の可能性を大きく目覚めさせます。ここから、大きな経済成長と日本の飛躍に向かうために、これからは一部のリーダーに任せるのではなく、歴史が示してきた通り日本の国民性、日本のサムライの精神がリーダーシップを発揮する時かと思います。

如何でございましょうか?

この回答への補足

回答いただきましてありがとうございます。
3.11に被害を受けられた方々は、0からの出発ではなく、マイナスの人が多いと思います。
三陸に限らず、岩手から千葉までの津波の被害、これは日本全体の心の被害と言っても過言ではないと思います。
これからの日本は地震や火山の活動期に入っていたのに加えて、この大地震でその可能性が大きくなったそうです。
それを考えると、自然災害が起きて一時的な復旧や復元では済まされなくなるような気がします。
今の縦割り的行政ではなく、長期的な政策(つまり、国がよりいっそう危機管理の充実)が必要になってくると思う。
ここで、被害を受けられた人たちが多くいるのですが、私は一番困っている人から優先順位をつけて、その人からの要望を聞き、それをある程度適えてやれば、そんなに困っていない被害者の方も理解してくれると思う。
これからは、今までの考え方を少しづつ変えていく方向へもっていかないと日本は続かないと思う。
そこに、人が考えた方向に行くのではなく、いつも人の意見には疑問を持って、自分が意見を出せるように私もしたいです。
それが、自然的破壊に対する日本人の答だと思います。

補足日時:2011/05/21 07:15
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>技術者方は敗北と言っている気がしました。


>それまでは、信頼をしていましたが、それが全くなくなりました。
>この震災で原発の考え方の変わった方が多くなったのではないでしょうか。

原発への考え方なんて、しょうっちゅう変わっていますから。ご心配なく。

技術者の敗北宣言なんて毎度のことです。原発だけではなく、鉄道、ダム、社会インフラは、皆ヒヤヒヤしながら毎日を過ごしています。それでも皆目を向けてくれないのが殆どです。

原子力なんか、総理大臣から注目してくれるだけ幸せなんです。原発以外にも注目してあげてください。一生懸命やっているのに、可愛そうです。
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この回答へのお礼

再度、ご回答ありがとうございました。
去年ですか、東京ドームでの事故がありましたが、あれも技術者の失敗作ですね。
もう5~6年前にも六本木のドアに子供が挟まって死亡した事故、これも技術者の失敗作です。
本当にきりがないですね。
しかし、この二つは改善できたか、できる方向に行くに違いないと思いますが、原発は安全第一でないと改善以上それ以上でないと動かしては困ると思う。

お礼日時:2011/05/05 17:27

原発は国策なので国の責任が大きいと思います。

勿論、東電にも責任がありますが。
それよりも、今回の原発事故の復興財源に関して、増税等の話も上がっておりますが、
私は、東電の供給地域(東京等の関東圏)が負担すべきと考えます。何故なら、これまで
東電の供給地域の住民の利得の為に稼働してきた原発が被害を与えたなら、これまで利得を
得た人々が負担すべきです。関係のない地域まで賠償関係で巻き込まないで欲しい。
もちろん津波・地震による災害の負担は全国民で負うべきと思いますが、福島原発事故補償は
これまで電力を浪費した東京都民が負うべきと思います。

この回答への補足

ご回答ありがとうございました。
今日の新聞に東電の電気料の値上げの話が出てましたが、これもあなたの言う「(東京等の関東圏)が負担すべきと考えます。」負担の一種ですか。

補足日時:2011/05/04 10:09
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>何でも有権者の責任にすることは、なんだか戦争責任もその時の有権者が


>悪いということになってしまうような気がします。
>全ての国民は、原発を支持する人だけでないと思う。

私は、東電と政府に責任がないとは言っていない。事後処理が適切だったどうかは、明らかに東電と政府の責任が出てきます。現に、そういう段階に来ています。管総理、海江田大臣、清水社長の狼狽ぶりから、感じられます。

今回の事故そのものに、東電と政府に責任があるのであれば、きちんと事後処理する能力もないのに、原発を推進したことでしょう。事後処理の良否が、効いてきます。今の段階で、断定するのは、まだ早いということです。5月に専門委員会を作るそうだから、そこで、何がしかの見解が固まると思います。

何でも有権者の問題にしているわけではなく、原発推進する政権を選んだのは、国民(多数決の原理)だから、国民にも責任があるということになりませんか。主権者は国民です。権利には責任が伴います。

原発を支持しなかった国民は、そういう政権を作れなった結果責任が生じるのではないですか。反対したら、責任がないのであれば、議会制民主主義の意味がなくなると思います。何でも反対すれば済むことになりますから。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
私国民の一人として、二重三重安全が担保されていたと思いましたが、想定外の津波でこのような状態になり、「想定外」という言葉でにごされた気がして、技術者方は敗北と言っている気がしました。
それまでは、信頼をしていましたが、それが全くなくなりました。
この震災で原発の考え方の変わった方が多くなったのではないでしょうか。

お礼日時:2011/05/04 10:00

zakky74でございます。



>ご回答ありがとうございました。
>地震と津波の被害だけだったら余り責任論はないと思いますが、津波による原発の事故は、今後の電力の事情と原発政策の根幹にかかわる重大の問題になると思うので、何が悪かったのかを検証(責任論も含む)しない限り先には進まないと思う。

何の為の責任追及であるのかを明確にさせませんか?

責任の取り方には、大きく観て2つあるかと思います。それは、自分の為だけの責任の取り方、そして自分を含む全体の為の責任の取り方、です。

前者は分かりやすい責任の取り方であり責任追及です。
後者はとても見えにくく、分かりにくい責任の取り方であり責任追及です。

どちらも、責任を取り、責任を追求しますが、まるで方法や、選択する思いや、生きる姿勢・態度が違ってきます。そして、日本が相性が良いのが後者であり、前者の責任追及はアメリカ・西洋に相性が良いです。

僕は、責任問題と責任の追及は大切だとは思いますが、今の時代、特に日本であれば、後者型の責任の取り方が大切であろうと確信しています。つまり、日本らしい責任の取り方であり、責任の追及の仕方です。

これは美しい世界です。

その責任の取り方について、以前にブログに書いた記事がございますので、手前味噌で恐縮ですし、厚かましいおススメとなってしまうのですが、是非、目を通してくださいませ。

【原発事故の責任問題。東京電力に?政府に?
http://ameblo.jp/shima-zakky/entry-10865083497.h …

真に責任を果たすとはどういう事でしょうか?

それは、原因を知ったからこそ、逆に原因から解消解決する姿勢なのだと思います。原因から解消解決するお話として、もう一つ紹介したい話がございます。

=====
=====

ある村。そこにはりんごの木がありました。勿論、りんごの木の主は誰から見てもハッキリ分かるものですから、りんごをもぎ取る権利はりんごの木の主である事は誰も目から見ても明白です。

ある日、りんごが盗まれました。
りんごの木からりんごがもぎ取られていたんですね。

それで、警察を呼んでりんごを盗んだ犯人を捜しました。
程なくして、りんごを盗んだ犯人が見つかりました。

めでたし、めでたし・・・

とはなりませんでした。その1週間後、またりんごが盗まれたからです。
りんごの木の主は、また警察を呼んでりんごを盗んだ犯人を捜します。
暫くして犯人は見つかりました。

めでたし、めでたし・・・

とはなりませんでした。またもや、りんごのが盗まれたからです。

=====
=====


話は、ここまでです。
この話から学べる事があります。

果たして、りんごを盗んだ犯人探しは、真の原因だったのでしょうか?もし、原因だったのでしたら、どうしてまたりんごは盗まれて、木の主はいつも警察を呼ばなければならなかったのでしょうか?

原因だと想っていた事は実は原因ではなく、それさえも現象だったんですね。つまり問題の原因は、そこではなかったんです。

ここからは、問題の解消について、新たに僕が用意したお話です。

=====
=====

ある村。
りんごの木がありました。

そこでは、誰が見ても、りんごの主であると分かるりんごの木がありました。

ある時、りんごが盗まれる事件が起きました。近所の人たちは、警察を呼ぶ事をりんごの木の主にすすめましたが、りんごの木の主は警察を呼びませんでした。

変わりに次の日から、りんごの種を植えて、何とリンゴ園を作り出しました。もちろん、次々とりんごが盗まれていく事は変わりありませんでした。

ですが、何年・何十年も立つ頃には、その村では一切りんご泥棒が生まれなくなりました。何故ならば、その村では泥棒をしなくてもいいくらい、沢山のりんごが溢れかえっており、もはやりんごを盗む必要などなくなったからです。

=====
=====

如何でございましょうか?

観点を変化・運動・移動する事で、こうした問題の解消と解決に違いが生まれてきます。前者のストーリーでは、恐らくりんご泥棒は延々と生まれ続けるでしょうし、警察の仕事も永遠になくなりません。何より、それをいちいち気にしているりんごの主の心情が穏やかではありません。

ストレスはいかほどでしょうか?

後者のストーリーでは、一見すると泥棒を助長させる様にも見えますが、本質的な原因からの解消を果たしています。ですので、泥棒という存在さえも生まれない様になっています。存在さえも赦さない、という点が穏やかでありながら、問題の存在を赦さないとてもハードで、圧倒的な問題解決方法です。

僕は、犯人探しや責任者探しなどは、目の前の些末な事だと思っています。

それはそれで、既に法律や規律などがあるでしょうから、それに則ってやれば良いと思います。そこに関心やエネルギーなど、余り力を注ぐとストレスになってしまいます。

それよりも、法律・規律を含めた一切の問題が存在出来なくなってしまうとても穏やかで激しい問題解消を提案しますし、推進したいです。そうでないと、生きたかったのに命を失った方々や、最後まで津波と戦っている人たち、または原発事故の最前線で戦っている人たちの意味とは何だったのでしょうか?

重要な事は、本質であり、原因が何なのかを見抜く事だと思います。

如何でございましょうか?

この回答への補足

遅くなりましすみませんでした。
ご回答ありがとうございました。
原発と少し話がそれるのですが、津波の被害の市町村の復興の考え方は、当初は堤防をもっと高く作ればよしとし、それはどのくらいか津波の高さかそれ以上か果てしなくなったと聞いておりました。
1つの問題の解決でも現行以上に守る姿勢が必要に迫られているようですが。
今の人間の技術では無理も出てくると思う。法律も無限に、例えば馬鹿でかい堤防を作れるわけがないと思う。やっぱり、現行の法律や可能な限りの技術で行くしかないのかなー。
しかし、原発は、可能な限りではなく、安全第一の、想定外の事が出ても対処できないと、核爆発と同じことが起きてしまう。そんな原発を建設するところはないと思う。そこを考えないと困ります。
それができなければ、事が起きてどう責任を取るかなんて再び考えたくない。

補足日時:2011/05/05 16:59
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おやおや、mahlergstavさんはキレちゃいましたね。

「俺はおまえらなんかが知らない事情を知ってんだ! 何にも知らん連中が責任追及なんてぬかすんじゃねえ」ですか・・・

まあmahlergstavさんがホントに事情を知っていて発言したのなら、原子力村(原子力関係者の集団をさす言葉)の連中はまだ他にもいろいろとヤバイことを隠しているうえに責任の所在をウヤムヤにしたいと願っているということになります。

質問の本題に戻りましょう。福島原発の責任は、現政権や東電だけの責任ではありません。

歴代政権とそれを選んだ国民の責任でもありますが、危険性を把握して国民に正確に伝え理解させて了解を得る責務を果たさなかった歴代原子力安全委員会にその多くがあります。

ここに興味深い資料があります。昭和44年に福島第一原発の3号機の安全性について原子炉安全専門審査会(原子力安全委員会の専門部会)がまとめたものです。
http://www.aec.go.jp/jicst/NC/about/ugoki/geppou …

このなかに冷却材喪失事故の場合『解析の結果では炉心スプレイノ系統が作動してその冷却効果により燃料の溶融は生じないが、燃料棒本数の13.5%は、過熱のための被覆に破損がおこる。また、事故後のドライウエル圧力は、十分低く抑えられ、約33日後には大気圧にもどる』さらに『大気中に放出される放射能は、全沃素が約315Ci(131I換算以下同様)希ガスが約1.6×10^4Ci(0.5MeV換算、以下同様)である』と書かれています。いい加減なお話です。

冷却材喪失事故で燃料の溶融が起きて3号機で約25%の燃料損傷が起きました。炉内圧力の制御は成り行き任せの状態です。4/23に原子力安全委員会は放出され続けている放射能は毎日154×10^12Bqと言い出しました。1Ci=3.7×10^10Bqですから、この30日間で想定の10倍以上の放射能をまき散らしています。

これまで原子力発電のコストは火力並みと言われてましたが、今となってみれば、原発のコストを政策的に火力並みとしていたのでしょう。カタストロフィックな事故を想定し、その対策を行えば原子力発電のコストはどんどん膨らんでいきます。しかしそれでは政策として進められない。火力並みというレベルであれば、受け入れられる。その線で行くしかないじゃないか・・・というのが、経産省の思いであり、原子力安全委員会は暗黙の裡に、その意を汲んでいたのでしょう。

専門家として尊敬されていた人たちは、実はとんでもない連中で、国民を謀っていたということになるでしょう。
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