最近、少し厄介なことで悩んでいます。
私には中学時代から高校時代にかけて、ひどく苦手な子がいました。その子とは中学生の時に同じクラス、同じ部活でしたが、事あるごとにその子に「やだ、頭悪いんじゃない?」とか「ホント何にもできないんだね~」などよくバカにされていました。高校も一緒で同じクラスになることもたびたびあったので、そういったことは6年続いていました。笑って済ませばよい話だったのでしょうが、当時の私は今考えると恥ずかしいほど自尊心が高く、ニコニコとやり過ごしながらはらわたが煮えくりかえっており、「いつか絶対何かで勝ってみせる!!そしてぎゃふんと言わせてやる!!(死語ですがこれ以外上手い表現が思いつかないので・・・)」と思うようになりました。しかし、勉強も運動もわりとできる子だったので中学、高校の間はほとんど「勝った」と感じたことはありませんでした。
大学はその子と私は進路がバラバラだったので別々のところに進学しました。それ以降も、もうほとんど会うことはないのは分かっているのに「何かであの子に勝ちたい」という思いは消えませんでした。
中学から今までにかけて勉強や部活などがきついときに「ここでへばったらあの子に負ける!」という思いで気持ちを奮い立たせてきました。関わることもないであろう相手に恨みから闘争心を燃やすなどもちろん馬鹿げた考えなのはわかっていたし、だいたい勝ち負けで判断するのも間違っていると思っていました。でも、その思いが自分が努力する時に良い糧になったのは事実です。
しかし、最近このような気持ちを抱き続けても無駄でないか、と思えてきました。その子と直接のつながりがなくなった以上、その子に直接「勝った」ということを示すことも、相手に負けを認めさせることも難しい、と考えたからです。このように感じたということは昔の事を根に持って勝ち負けにこだわるというくだらないことをやめるいい機会なのでしょう。しかし、長い間その気持ちを糧にいろいろなことをがんばってきたのを考えると、「この気持ちを捨てたとき、今後つらくなったときに自分を発奮できる何かがあるか?」と不安になってしまいます。一番いいのはその子への恨みをなくすことでしょうが、私は非常にしつこい人間で未だに相手のことを許したりわすれたりすることができません。相手への悔しい気持ちで自分を発奮させていた期間が長いだけに、その気持ちがなくなったときの事が想像できません。下手したら腑抜けのようになってしまうのではないかと心配です。
このくだらない対抗心を抱き続けるのもどうかと思いますし、かといってそれをやめた時の事が怖くてかんがえられません。自分で考えてもどうしても堂々巡りになってしまいます。
なにかアドバイスなどありましたら是非回答をお願いします。
かなりの長文で失礼しました。

A 回答 (3件)

>そしてぎゃふんと言わせてやる!!



共通に、この言葉が口癖だった友人がいました。
妹の友達でもあるのですが、とてもまるまる太った、熊のぬいぐるみみたいな子で、人当たりソフトなのですが、スタイルや容姿に劣等感が強くあったらしく、その内面、ものすごく気が強く、質問者同様、とても執着心が強い人でしたね。
何か傷つけられることがあると、絶対復讐に燃えるタイプ。
外見そうはとても見えないのですが。
ライバル意識が突出している人は、本人が一番苦しいのではないでしょうかね。

僕の友人の場合は、とても好きになった男性がいて、妹に相談しながら、猛アタックして深い関係になったそうですが、その彼が僕の妹を気に入ってしまった?とかで。

妹は彼にはまったく興味なく、純粋に友人の恋の応援をしていたのに、その後ひどい嫌がらせをされるようになってしまい、僕がつきあいをやめさせました。
恐らく、友人が彼にしつこかったので、彼は妹をだしにしただけなんだと思います。
自分がふられたからと、しつこくつきまとって、同じ思いをさせてやろうとさんざん策略して嫌がらせをしたので、最初は印象良い子だったのですが、容姿に劣等感もってしまっている子は病んでしまうのかな、、、と残念な気持ちになりましたね。

男みたく競り合う対抗心が強いのは、女性の場合、星座が火の エレメントの人にはとても多いと改めて思いました。
気になる男をしとめるためには、いくらでも使いそうな勢いで、お金さえあれば何でも手にできるという考え方みたいです。
妹がとても悲しんでいたので、身内びいきするわけではないですが、哀しい人に感じられる前に、もう少し自分のことばかりでなく、大人になれたらいいのにと、客観的には感じざるを得なかったですね。

スポーツならいいですが、対抗心で勝っても、何の意味もないんですよね。
力つけたことを保ち続けられなければ。
金メダルとるような人たちは、共通して、いつも戦いや闘争心、対抗意識を超越したすがすがしい所にいるものなんですよね。
だから、気持ちがそうしたものを意識している内に勝ちはないと、僕は思ってます。
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こんにちは。



何も、悩むことではない。
あなたは、そうやって自分自身を磨いてきたわけだし、ステージをレベルアップさせてきたわけだから、それでいいのでは?
どうすれば自分が進歩するかを学んだわけだ。
相手を“ギャフンといわせる”という必要はない。

世の中、あなたのレベルを超えた人間はいくらでもいるわけだし、いつ目前に現れるかわかりません。
今度はその人を目標に自分を磨いていけばよろしい。

自身の人間性のレベルアップは死ぬまで続きます。
無駄、ということはない。

いかが?
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>ニコニコとやり過ごしながらはらわたが煮えくりかえっており



なかなか出来ない事だと思いますよ。
普通はその段階で衝突してます、しかし貴方はそれをなさらずに
グッと堪えられた訳ですよね。
一方は他人を見下して平気で居られる人、もう一方はその屈辱に
耐える人、どちらが優れているか一目瞭然だと私は思います。


>勉強も運動もわりとできる子だったので中学、高校の間はほと
>んど「勝った」と感じたことはありませんでした。

人間の価値を判断する基準は勉学や運動のみでしょうか?
もし貴方がそうお考えになるのであればそれはとても残念な事で
す。確かに学校では学力や運動能力がそのまま通知表に表れます
し、会社では勤務評定でその能力が評価されます。
しかし、人間が本当に必要なものとは、利他愛であったり、正し
い道徳心の弁えであったり、寛恕の念であったり、言い換えれば
心の美しさにあるのではないでしょうか。
他人を馬鹿にし平気で見下す人物にそういった心の美しさは感じ
られません。
貴方はご自身を卑下する必要などどこにもないという事に気付く
べきです。


>恨みから闘争心を燃やすなどもちろん馬鹿げた考えなのはわか
>っていたし、だいたい勝ち負けで判断するのも間違っていると
>思っていました。

つまりご自身では間違いをわかっておられる、という事ですよね。
あとは抑えがたい気持ちに打ち勝事が貴方にとっての勝利なので
はないでしょうか。


>でも、その思いが自分が努力する時に良い糧になったのは事実
>です。

怨みから湧き起こる対抗心を糧にする・・・。
それが良い意味でのライバル心で互いに相手を認め、切磋琢磨する
という事であるならばそれもまた可だとは思います。
しかしながら貴方の場合、文章を読む限りにおいて、そうではない
ように見受けられます。
誰かを見返す為に努力する。その結果相手にぎゃふんと言わせて、
一時は心が晴れるでしょう。しかしその後に何が残りますか?
結局貴方も、その相手同様に相手を見下して満足するような人物に
なってしまうだけですよ。


>この気持ちを捨てたとき、今後つらくなったときに自分を発奮で
>きる何かがあるか?」と不安になってしまいます。

世の中の多くの人は自己の向上心であったり、家族を守る為であっ
たり怨み以外の事を糧に日々努力し、生活を送っているのではない
でしょうか。
どす黒い怨みに悶々としつつ、それを糧にする生き方は美しい生き
方とは言えません。考えてもみてください、世界総人口大凡69億
人の中でたった一人の、愚かな人間に対する恨みから湧き起こる対
抗心を糧にして日々生きて行かれるのですか?
何故貴方がそんな愚かなたった一人の人間の為に、この先も復讐心
を持ち生きなければならないのですか?
私だったらそんなくだらぬ一人の事はサッパリ忘れ去ります。


>下手したら腑抜けのようになってしまうのではないかと心配です。

69億の人口の中でたった一人に対する対抗心を失っただけで腑抜
けになると本当にお思いですか?
もっと視野を広げるべきです。恋人や友人知人との交友、家族との
絆に喜びを感じてそれを糧に生きる事も出来る筈ですし、その方が
貴方にとって本当の幸せに繋がるものだと信じてください。


以上、長々と思うままに書き連ねましがた、どうか否定から入るの
ではなく前向きに「よし、やってみよう!」と奮起なさっていただ
けたらと思います。
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